入江 奈緒子
イリエ ナオコ
医学部 分子生物学教室 教授
研究概要
ヒトの生命は、卵と精子といった生殖細胞の受精から始まり、巧みに制御された発生過程を経て、誕生から成熟、そして老化へと一方向に進みます。しかし、個体内で共に加齢した生殖細胞は、受精を経て一旦リセットされ、いわば若返ります。このように特殊な生殖細胞は、「生殖ライン(Germline)」として世代交代の連鎖による生命連続性を担っており、生命の起源から、長い進化の歴史と現代生物の多様性を生み出してきました。ヒトの生殖ラインの研究は、生命やヒトの根源的な謎に迫るとともに、生殖や妊娠などリプロダクションの理解にもつながり、生命科学や基礎医学の発展において重要な課題です。我々は、ヒトの生殖細胞ラインである、初期発生や生殖細胞発生に着目し、細胞・分子制御機構を解明するとともに新たな研究基盤を構築し、その知見をもとに医療応用への道筋を見つけることを目指しています。 これまでの研究では、ヒト生殖細胞の大元となる雌雄共通の前駆細胞、始原生殖細胞(Primordial Germ Cell, PGC)の発生について解析を進めてきました。これは、受精後およそ2週間のごく小さなエピブラスト胚で起こるため、実際に観察することは非常に困難です。そこで、より初期の胚盤胞から樹立されるヒト胚性幹細胞(ES細胞)や、類似した性質を持つiPS細胞に着目し、高効率のヒト始原生殖細胞運命決定モデルの樹立に世界に先駆けて成功し、研究分野のブレイクスルーとなりました(Irie N et al., Cell, 2015(Best of Cell 2015))。この研究モデルを活用し、マウス生殖細胞発生には不要な転写因子SOX17が、ヒト始原生殖細胞の運命決定において不可欠な役割を持つことを示しました。運命決定後の始原生殖細胞は、胚体内を移動し、後に卵巣や精巣となる生殖巣に到達し、エピジェネティック再構成を経て次世代への情報を構築します。我々は、これらの発生に重要な関連因子を同定し、高効率の移動性および生殖巣始原生殖細胞様細胞誘導の新規培養系確立に成功しました(Irie N et al., Nat Cell Biol, 2023)。さらに、転写因子DMRT1が始原生殖細胞発生に特徴的なDNA脱メチル化プロセスに関わり、DNAヒドロキシメチル化修飾に直接結合して、遺伝子発現やトランスポゾンエレメントの制御に関与する新規エピジェネティック制御モデルを明らかにしました。 これらの研究基盤を軸に発展させ、ヒト生殖細胞ラインのさらなる理解と研究プラットフォームの開発を目指します。特に、始原生殖細胞の維持や成熟、そしてその異常による腫瘍化に着目しています。また、生殖ラインの一部として重要な、着床前後胚発生における細胞と分子特性の変化や、着床前胚発生モデルの樹立と制御機構の解明も目的としています。これらの知見を通じて、生殖補助医療やがん治療、老化医療、さらに再生医療や細胞・ゲノム医療の発展に貢献すること目指しています。
専門
ヒト生殖細胞、初期胚発生、エピジェネティックス
論文指導資格
医学研究科における論文指導資格
修士/博士