登場者プロフィール
北村 甲介(きたむら こうすけ)
その他 : 株式会社リビングハウス代表取締役社長商学部 卒業塾員(2000 商)。アパレル商社等を経て、2004年に祖父の代から続く株式会社リビングハウスに入社。2011年より同社代表取締役社長に就任。
北村 甲介(きたむら こうすけ)
その他 : 株式会社リビングハウス代表取締役社長商学部 卒業塾員(2000 商)。アパレル商社等を経て、2004年に祖父の代から続く株式会社リビングハウスに入社。2011年より同社代表取締役社長に就任。
インタビュアー関口 暢子(せきぐち のぶこ)
その他 : H2Oリテイリング株式会社社外取締役監査等委員塾員
インタビュアー関口 暢子(せきぐち のぶこ)
その他 : H2Oリテイリング株式会社社外取締役監査等委員塾員
2022/06/15
提案力でオリジナリティを
──インテリア・家具業界で独創的な取り組みを次々と打ち出し注目されている北村さんですが、コロナ禍による巣ごもり需要で家具やインテリアへの関心が高まる中、リビングハウスのオリジナリティや強みをどう考えられていますか。
僕たちのオリジナリティは、店舗と商品、接客する人の3つの合わせ技にあると思っています。つまり、そのそれぞれを個性的に組み立て、さらにその組み合わせによってオリジナリティを高めています。
中でもとくに大きいのが「人」です。僕たちはコンサルティング提案というスタイルを取っており、モノだけをお勧めするのではなく、お客様が家で快適に暮らせて気分が高揚する、「コト」を生み出すツールとして家具やインテリアがあると思っています。これをモノ売りではなくコト売りと呼んでいます。
例えば、お客様がどんな住まい方をしたいのか。家具を買い替える時、お住まいの家はどんな空間なのか、家具はどんな色がよいのかといったことをしっかり聞いて、ベストアンサーを提案します。こうしたスタイルの店は家具インテリア業界では決して多くありません。
──小売りだけでなく、法人ビジネスも手がけていらっしゃいますね。
そうですね。例えば、マンションの開発事業者やハウスメーカーの依頼を受け、モデルルームを演出する空間づくりも行います。オフィスやホテル、コワーキングスペースを手がけることもあり、空間をおしゃれにしたいというお客様のニーズに応じてさまざまな商業空間をつくってきました。小売りを主体にしながら、こうした事業も展開して空間価値を高めている会社はあまりありません。
──おしゃれな空間価値ということですが、日本の生活習慣にはまだ根づいていないように思います。
僕たちは「日本を空間時間価値先進国へ」という理念を掲げています。空間時間価値とは、空間で過ごす時間の価値を感じるという意味ですが、ご指摘のように日本は残念ながらまだ後進国です。
日本で家具インテリア文化が栄えていない理由は2つあると思うのです。1つは家で過ごす時間が短いこと。日本人はハードワーカーであるとともに、外食産業やエンターテインメント産業など「外」の部分が栄えすぎています。ヨーロッパでは家族が食事をする場所と言えば、当然家を指します。日曜日はレストランも開いていません。日本の生活スタイルはこうした国々と根本的に違い、家の中のモノにお金を費やす程度が低いのです。
もう1つは家の中をどんなにおしゃれにしても日本人は他人に見せない。ホームパーティーの文化がなく、他人に見せないところにお金をかけても仕方がないという意識があります。それに比べ、ヨーロッパなどではソファやお皿などを定期的に買い替えるきっかけがあるわけですね。
むしろ日本人は、車や時計、カバンなど、人に見えるところにお金をかけます。ヨーロッパで高級車に乗っている人はごくわずかで、みんな1台の車をぼろぼろになるまで乗ります。そういう人たちにとって、新車を3年おきに買い替える日本人の消費スタイルは信じがたいでしょうね。そういう文化的な違いの中で、僕たちは空間で過ごす時間を楽しめるようにしていきたいと思っています。
コロナ後の家具インテリア業界
──コロナ禍で “おうち時間”が増えたと言われています。消費者の意識の変化は実感されますか。
それはもう180度変わりました。なにしろお父さんが家にいるわけですから。2020年4月~5月に最初の緊急事態宣言が出た後、6月から12月ぐらいまではどこの家具屋さんも収益が上がったのではないでしょうか。ただ、2021年はステイホームが続く中、需要がひと回りし、前年比が全体的に少し落ちているのが一般的な傾向だと思います。
でも僕らは前年比で21年も伸ばすことができた。これは重要なことだと思います。分析すると、一般的な家具屋さんは路面店が多く、特定の目的で訪れる人がほとんどです。それに比べ、商業施設に出店しているリビングハウスは目的客ではない人にもリーチできる。たまたま立ち寄ったお客さんから、接客提案を通して潜在的な需要を引き出せた結果かなと思っています。
僕らはコロナ後に新店舗を5カ所出店しました。アパレルの撤退を好機と捉え、後の空床区画に入りました。店舗数が増えるのは交渉力が増すのでよい循環になっています。
家業の理念を新しい挑戦に込める
──北村さんは家業を継いで3代目にあたりますが、事業を継ぐにあたり、さまざまな発想で新しいことにチャレンジしています。きっかけになった出来事はあるのでしょうか。
慶應を卒業した時、家業を継ぐという発想はまったくありませんでした。でも、同級生が就職するような大企業にも行きたくなかった。同期が大勢いるような会社に入ってしまうと自分の個性が活かせないという先入観があったのです。重要な意思決定ができるまで数十年かかる会社なんて面白いのかな、と考えていました。
──そういう意味では会社を経営してオリジナリティを発揮したいという気持ちが、当時からあったのかもしれませんね。
そうですね。父親から社長を引き継ぐ時に「会社名を変えようが、他のことをしようが構わないが経営理念だけは引き継いでほしい」と言われました。その経営理念は「快適住空間を創造し、家具インテリア文化の繁栄を築く」というものですが、父親のこの一言は大きかったかもしれません。
今、僕たちが掲げている「空間時間価値の先進国へ」というスローガンや、お花のサブスクリプションや家電の販売といった新しい事業も、「快適住空間を創造する」という先代からの理念を私なりに受け止めて具体化したものです。
僕が「空間時間」と呼ぶものは、もともと父親が「住空間」と呼んでいたものを置き換えた言葉です。空間とひと言で言っても住むだけではなく、商業施設もあれば、公共空間もあり、乗り物、病院などさまざまです。僕は「住」だけにこだわらず、どんな空間でもアプローチできるよう、事業を水平展開していきたいと思っていたので、このように言葉を変えました。
──空間価値の提供という先代からの理念は守りつつ、家具に留まらない事業展開をしたいというのが北村さんのお考えなのですね。
空間は人がそこで過ごしてこそ意味が生じます。その間の時間、例えば、寝室なら眠っている時間、オフィスなら仕事をしている時間といった具合に時間のあり方もさまざまです。空間と時間の掛け合わせで事業を考えると領域はどこまでも広がります。どう広げても父の掲げたインテリア文化の向上につながる。それをきちんと引き継ぎながら、水平展開させていきたいと考えているところです。
例えば、ホテル事業を手がけようという時、ただ素敵なホテルをつくるだけでなく、そこで過ごす人にとっての時間の価値を高めたい。ホテルだけでなく、病院の空間や介護施設のように必ずしも健常ではない人たちが過ごす空間にも、僕たちができることはある気がしています。
──オリジナリティを大切にする経営者というと、起業家の方が多いイメージがあります。北村さんは世襲経営者として起業家の人たちとの違いを感じることはありますか。
僕は1のものを3や5にしようとしていますが、起業家の人たちはゼロから1をつくっているので、その点はすごいなと思います。でも、どちらがよくてどちらが悪いということはない気もします。僕には先代からの基盤がありますが、同時に邪魔する部分もある。それを変える難しさも味わってきました。
──北村さんは世襲であることに引きずられていないように感じます。
それは自分の個性を生かしたい気持ちが勝っているからかもしれません。
フットワークで切り拓く
──実際に成長できるか否かはその人の才覚が左右する部分もあります。個性を成功につなげられる要因はどこにあるのでしょう。
個性を出したい気持ちはありますが、自分のアイデアが絶対に受け入れられるはずだとは思いません。中心はあくまで消費者で、生活する人たちが何を考えて消費行動をとるのかという視点が大切です。僕はそういうお客さん目線が人一倍強いと思います。
──北村さんは行動力も人一倍ありますね。いきなり1カ月ほどインドネシアのジャカルタに滞在したり。
本気で海外出店を考えるなら“土着すること”が必要だと考え、2019年8月にジャカルタで1カ月生活してみました。
この時、ジャカルタ中の家具屋や商業施設をすべて見て回り、マンションやモデルルームをたくさん見て現地の住宅事情を調べました。慶應時代の知人をはじめ色々な知り合いに人を紹介してもらったことも大きく、たくさんの情報を集めることができました。
フットワークが人生を切り拓くというのが僕のモットーです。これまでも実際に足を運び、人と会ってよかったと思うことが多かった。行くべきか、会うべきかと悩むよりも動いたほうが早いのです。限られた時間の中でこれは行ったほうがいいだろうという感性も経験とともに磨かれていきます。
──東京中を自転車で回ったとも聞きました。すごいバイタリティです。
リビングハウスは大規模商業施設に出店する例が多いのですが、コロナ禍の影響で路面のテナントが空き始めている様子も伝わってきていました。そこで社員とともに都内を自転車で見て回ったのです。
店舗の空き具合だけなら不動産屋の情報で十分ですが、肝心なのは時間帯ごとの人出や他店舗の営業状況だからです。そういうエリアの情報は体感的に知りたい。朝から走り始め、青山、原宿、渋谷、代官山、恵比寿、中目黒といった中心地を6時間ノンストップで回りました。
車は駐車場を探したりと無駄な時間が多いのです。自転車なら裏道で思いもよらぬ物件と出会うこともあります。現場、現物、現実のいわゆる“三現主義”を普段から意識しています。
百貨店再生というチャレンジ
──現在、鳥取の米子の老舗百貨店でワンフロアの空間演出をすべて任されるかたちで再建に関わっておられます。これまでの出店とは違うタイプのお仕事ですね。
だいぶ違います。もともと出店要請を一度お断りしたプロジェクトでした。第一印象は百貨店というよりスーパーで、百貨店も撤退することが決まっていたそうです。でも、ここがつぶれると町が荒廃すると、地元の名士たちが商業施設を買い取った事情があります。
しかし状況は厳しく、お断りする理由を考えながら、「地方都市では百貨店という業態に無理がある。尖った店だけに絞り、三十貨店にしたらどうか」と勝手なことを言わせてもらったのです。すると、先方の社長さんが「北村さん、出店ではなく、ワンフロアを丸々プロデュースしてください」と言うのです。
そんな規模の仕事はやったことがなく正直戸惑いましたが、これは面白くなるかもしれないと感じ、お受けすることにしました。5階建ての最上階をフルリノベーションし、新しい生活スタイルを提案するフロアにリニューアルします。8月にオープン予定です。もちろんビジネスですが、地方創生でもある。本当に熱意をもった人たちばかりなので、僕たちもがんばりたいと思っています。
──今までの店舗形態とは随分違うものになるのでしょうか。
僕らの店舗も入りますが、百貨店が運営する残りの部分も、商材選びやディスプレイを手がけさせてもらいます。百貨店と言えば、バカラのグラスやウェッジウッドのティーカップが並んでいるイメージですよね。不思議とどこのお店も代わり映えがしない。でも、ウェッジウッドの中にも定番とは別のモダンでおしゃれな商品があるんです。そういうものを積極的に打ち出し、イメージを変える提案をしました。
地方の百貨店としてはあり得ないような斬新なフロアをつくるので、チャレンジングな部分もあるのですが、人口15万人都市であえて万人向けではなく30代、40代の若い層に向けました。
それによって一部のお客さんを失うかもしれないけれど、もう少し広域から来てもらい、15万から50万商圏に拡大する。そのためにはお客さんが訪れてくれる、尖った品ぞろえにする必要があるのではないか。そういう提案をしたところ、乗ってくれました。彼らの意思決定もすごいなと思います。
全国各地でつながる慶應の輪
──経営者として慶應で学んだことを実感されることはありますか。
よく冗談で、慶應では4年間サマーバケーションを過ごしていたと言うのですが、塾生時代はゴルフサークルに入っていました。そのサークルにはいろいろな地域から集まってきた同級生がいて、とくに福岡と名古屋が多かったのです。
その中の1人が福岡のテレビ局でプロデューサーをしていて、リビングハウスが福岡に初出店する時には取材してくれました。サークルの友人知人が地域ごとにいて、卒業後も交流が続いています。勉強は熱心にしていなかったのですが、その後のビジネスマン人生にとって慶應に入ったことはとてもよかったなと思います。
──ご出身は大阪ですね。慶應に進学しようと思ったきっかけはあるのでしょうか。
僕は慶應には推薦入学で入ったのです。高校は中高一貫の進学校で、高校時代は野球部に入っていたのですが、慶應への推薦を受けるには評定がギリギリ足りませんでした。それでも部活動を続けていたことがプラスになるのではと思い、引退後にがむしゃらに勉強しました。結果的に野球部を最後まで続けたことも理由となり、慶應の推薦枠をもらうことができました。
──北村さんの行動力は塾生時代からのものだったのでしょうか。
商学部では工藤教和先生の研究会に所属していましたが、大学4年生の時に、学期中にもかかわらずヨーロッパを3週間、バックパックを背負った旅をしたんです。学生はお金がありませんので、航空券が安い時期をねらったのです(笑)。何しろ3週間も姿を見せないわけですから、先生に何と言えばいいだろうと旅行の間中考えていました。帰国してから一応報告に行ったところ、笑って許してくださったとてもやさしい先生でした。
本当に勉強をしない塾生でしたが、この期間は感性を磨くことができた得がたい時間だったと思います。たとえ今タイムマシンで当時に戻っても、たぶん同じことをするでしょうね。
──これからも一層のご活躍を期待しています。今日は有り難うございました。
(2022年4月15日、株式会社リビングハウス東京本社にて収録)
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。