執筆者プロフィール
細谷 浩美(ほそや ひろみ)
政策・メディア研究科 教授専門分野/建築・都市デザイン、都市研究
細谷 浩美(ほそや ひろみ)
政策・メディア研究科 教授専門分野/建築・都市デザイン、都市研究
長らく拠点を構えるスイス・チューリッヒ。8月のある日、私は日除けを下ろし、窓を閉め切った部屋で過ごしていた。外の気温は38度、部屋にクーラーはない。この街では冷房機器の導入に許可が要り、事前に断熱や日除けの設備を示さねばならない。室外機が景観を損ねるとして問題視されることもある。暑さから逃れる場所はなく、仕事の生産性は落ちる。不便な話に聞こえるだろうが、ここ数年は、この規制を別の文脈として読むようになった。「機械に頼る前に、まず建築で解け」。そう問われているのではないかと。
では建築でどこまで解けるのか。日射は窓の外側で遮るのが鉄則で、日除けと重い蓄熱体からなる外壁、夜間の通風を組み合わせれば、熱波時の最高室温が約7度下がるという実測がある。冷房が冷やすのは空気だが、建築が冷やすのは壁や床などの表面だ。これらの面が冷えていれば、人は室温28度でも涼しく感じる。
しかし、問題は部屋を出た先にあった。チューリッヒ中央駅に隣接する再開発地区では、気温が20度台後半の日に、地表面で42度が計測された。ガラスの壁面と硬い舗装が昼のうちに熱を蓄え、夜になっても放熱し続ける。住民投票を経て選ばれたあの「最良の都市計画」が、完成までの15年間で、気候の変化に追い越されてしまった。
この夏、その地区の広場に市民団体が3日間だけ野花の草地を敷いたが、会期が終わるとそれらは別の場所に移されていった。せっかくの取り組みを恒久的なものにできないのは、想像力が不足しているからではない。地下に駐車場と埋設管があり、根が張るための土の体積が足りないからだ。気候への対応は、平面から断面の問題へと移りつつある。
これからの設計は、更地に描くことよりも、すでにあるものに手を加えることのほうが多くなる。自由度が下がり工費もかさむが、スイスに残る「厚い壁」を壊すことは、すでにある冷却装置を捨てるようなものである。昼に溜まった熱を夜の空気が引き取っていくという循環がなくなったら、都市はその熱をどこへ逃せばよいのだろう。今後この国で快適さを保つことは、ますます難しくなるのかもしれない。それでも、すべてを機械や設備で解決するのではなく、ある程度の不便さを引き受けながら成立する設計を探っていきたい。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。