執筆者プロフィール
清水 達郎(しみず たつろう)
総合政策学部 専任講師専門分野/数学、位相幾何学
清水 達郎(しみず たつろう)
総合政策学部 専任講師専門分野/数学、位相幾何学
数学の定理の証明はしばしば山登りにたとえられる。しかし私には、ときに峠の向こうの街への旅のように感じられることがある。
旅は、まずは頭の中だけで始まる。よいアイデアを思いつき、そのアイデアをワクワクしながら実際に紙に書いて試してみる。しかしそれがうまくいくことはなかなかない。単純な思い違いだったり、あるいはちょっとした条件を見落としていたりして、10個のうち9個、あるいは100個のうち99個のアイデアはうまくいかない。やっと問題が解けた気がして、きちんと書き出す。批判的なもう一人の自分やバーチャル師匠が細かくチェックする。するとやはり間違いが見つかり、「この証明はダメだったんだ」というようなことは日常茶飯事だ。寝て起きてすっきりした頭で考えたら論理の飛躍が見つかってしまったり、あるいは人と話しているときに相反する例が見つかってしまうこともざらにある。
しかし不思議なことに、ある一線を越えると、証明の正しさは揺るがなくなる。たとえ細かい誤りが見つかっても、その誤りは実はほかの部分の誤りと相殺して、大筋の証明は揺るがないのである。例えば符号(+/-)の計算がそうだ。初期の段階では、綺麗に合いすぎた計算ほど、実は符号の計算間違いだった、とがっかりさせられることが多い。しかし一度この不思議なフェーズに入ると、あれこれ細かい符号の間違いはしているのだけど、それらがトータルで打ち消しあって、なぜか結論は正しいままなのだ。
つまり、あるレベルを超えた解答は、もうその結論が揺るがないということを私は経験的に感じている。他の数学者も多かれ少なかれこのような感覚を持っているのではないだろうか。他分野の方にも共感してもらえる感覚なのかは分からないが、そこには実証が難しく「厳密な証明」が不可欠であるという数学ならではの特性が関わっているのかもしれない。
まだ旅の数が少ない私には、いつ、どうやってこのフェーズに足を踏み入れるのか、その明確な境界線はまだ見えていない。ただそれはまるで、峠の分水嶺を越えた瞬間に、水の流れる先ががらりと変わるかのように、すべてが良い方向へと転じ始める瞬間だ。分水嶺を越えれば、目指す街はもうすぐそこにある。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。