慶應義塾

『幻想文学怪人偉人列伝──国書刊行会編集長の回想』

公開日:2026.04.07

執筆者プロフィール

  • 礒崎 純一(いそざき じゅんいち)

    その他 : 編集者・文筆家文学部 卒業

    1983文

    礒崎 純一(いそざき じゅんいち)

    その他 : 編集者・文筆家文学部 卒業

    1983文

40年の編集者生活の中で、ことのほか印象の深かった人たちについての回想を綴ったのが、この1月に出版した『幻想文学怪人偉人列伝』である。

サド裁判の被告として勇名を馳せた澁澤龍彥、『桃尻娘』『窯変源氏物語』の作家橋本治、片腕のサンスクリット学者松山俊太郎、早熟の天才だった吸血鬼歌人須永朝彦、年の大半を温泉で過ごす仙人英文学者南條竹則などなど、12人の怪人偉人のポートレイトが本書には収まっている。

最終章に登場する豪放磊落な大酒家の佐藤今朝夫国書刊行会社長は、「文学はひとの人生を変える力があるから素晴らしいのです」とよく言っていたけれど、編集者の仕事とは人と人とを繋ぐのが基本で、そのうえで書物という特権的で、かけがえのない生き物がそこに絡むから、小説よりも奇なるできごとがしばしばおこったりする。

本書には随所にマルセル・シュオッブの名が隠し味のごとく出てくる。100年以上昔に異国フランスで生きたマイナーな小説家である。高卒時に大学受験もせずに美容師専門学校に通っていた筆者は、このシュオッブが書いた『モネルの書』を読み、人生進路を慶應義塾の仏文科へと大転換する。慶應義塾とことさらに限定しているのは、翻訳をした大濱甫先生が慶應の教授だったからだ。三田の2年生となった1980年、本への署名をいただきに研究室をたずねると、「この本は数百部の限定版で、どこの本屋に行っても並んでいない。いったい誰が読んでいるのかね」と、大濱先生はいささかお嘆きだった。

それから30数年の歳月がたった2015年、恩師が遺した翻訳を軸にシュオッブの全集版をつくり、また40数年たった今年には、今度はシュオッブの傑作集がついに文庫本とまでなって読めるようになった(河出文庫『黄金仮面の王』)。

まだおまけがある。先生のご息女の大濱普美子さんは2022年に泉鏡花文学賞を受賞したが、その受賞作『陽だまりの果て』を私が手がけることになったのも、ほかならぬこのシュオッブの全集制作時の縁からなのだ。

人と本のえにしは本当に奇しきもののようだ。

『幻想文学怪人偉人列伝──国書刊行会編集長の回想』
礒崎 純一
筑摩書房 256頁、2,750円〈税込〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。