執筆者プロフィール

横山 紗亜耶(よこやま さあや)
その他 : 東京大学大学院総合文化研究科博士後期課程塾員

横山 紗亜耶(よこやま さあや)
その他 : 東京大学大学院総合文化研究科博士後期課程塾員
人類学は、「あたりまえ」とされてきた価値観を覆す学問だとしばしば紹介される。しかし、その覆しは、せいぜい「心地よい裏切り」にとどまっていることが多いのではないか。本書で扱っている精神保健、障害者福祉、当事者活動といったテーマに関する民族誌はとくに、「心地よい」内容になりやすい。
これに対し、私がフィールドワーク中に覚えたさまざまな「心地悪い」感覚の意味について考えたいと思って書いたのが、本書である。もちろん私は、「心地悪い」民族誌のほうが優れていて、「心地よい」民族誌は劣っていると言いたいのではない。
ましてや、見ろよ現実はこんなにも「心地悪い」んだぞ、という希望のない話を振りかざしたいのでもない。
ただ、健常者である私が精神障害者について書く以上、健常者にとって都合のいい話ばかりを書くことは避けたいのだ。「心地よい裏切り」とは、多くの場合、健常者をはじめとする多数派の人々の立場が脅かされずに済むと同時に、自らの立場を省みた気になれるような、都合のいい裏切りに過ぎない。私の知るかぎり、フィールドワークを通じた学びは、そんなに甘いものではない。
「心地悪い」という感覚は、本書の調査地である精神障害当事者団体「横浜ピアスタッフ協会(通称、YPS)」の活動において、もともと重要な位置を占めていた。〈お祭り〉と呼ばれるYPSのユニークな活動プロセスは、歌や踊りといった即興のパフォーマンスを通じて、観客として来たつもりの人々を、いつの間にか活動に巻き込むというものである。「狂気」的とも評されるぶっつけ本番のパフォーマンスに対し、「心地悪い」感覚を覚えた観客たちが、気まずさから拍手したり、笑ったりすることを繰り返すうちに、YPSの「身内」になっていくのだ。
YPSの活動にならって、本書はそれを読むプロセス自体が〈お祭り〉になるように書いた。「心地悪い」感覚を端々に覚えながら読み進めるうちに、あなたは自分こそが本書で扱われている問題の一部であることに気づかされるはずだ。それは、私がフィールドワークを進めるうちに学んだことでもある。社会には、都合のいい観客などいないのだ。
※所属・職名等は当時のものです。