慶應義塾

慶應義塾の体育教育──大学体育研究所の取り組み

公開日:2026.07.22

登場者プロフィール

  • 石手 靖(いしで やすし)

    研究所・センター 体育研究所教授

    石手 靖(いしで やすし)

    研究所・センター 体育研究所教授

塾生全体の体育教育を念頭において

慶應義塾は創立当初より、西洋流の体育思想を取り入れた福澤先生のお考えの下、体育教育を重視してきました。そして、明治25(1892)年に体育会が創設され、大学部および普通部の塾生全員が体育会に入り、体育会費を納めて、学問のための運動に取り組みました。当時の塾生数は、1,000名程度。その後、時代は移り変わり、学生競技が盛んになり、体育会は、一部の学生の加入となりました。社会では、体育会系などと称された時代もあります。その中で慶應義塾大学体育研究所は、昭和36(1961)年に設立され、塾生全体の体育教育を考え、成果を上げてきました。


そこで、本日は、体育研究所の取り組みの一部について、慶應義塾の体育教育に触れながらお話しさせていただくわけですが、その前に、お伝えしておきたいことは、現在の慶應義塾の体育教育には、様々な立場の多くの方々が携わっておられるということです。


塾内の体育、スポーツ、健康に関わる組織を挙げれば、保健管理センター、スポーツ医学研究センター、大学院健康マネジメント研究科、そして、慶應義塾体育会が挙げられます。昨年、慶應義塾大学グローバルリサーチインスティテュート(KGRI)のセンターとしてのKEIO SPORTS SDGsという組織も誕生しています。これは、慶應義塾のスポーツ・運動・身体活動を担う専門部門と関連部門の横断型プラットフォームです。またSFCの体育科目については、体育研究所の教員とは別のSFCの学部の先生方がご担当されています。


そして、これらの各組織に所属する多くの先生方、スタッフの皆様が慶應義塾の体育教育に関わっております。また、大学各学部やその他の諸研究所やセンター等の先生方、そして、一貫教育校の先生方、各キャンパスにおられる多くの職員の皆様──私は教員と職員は、学校の両輪と理解しております──など、多くの方々のお陰で、慶應義塾の体育教育が成り立っているという理解でいます。決して、体育研究所が先導して、担っているわけではないのです。


そのことを踏まえた上で、慶應義塾の体育教育について、体育研究所の取り組みからお話をさせていただきます。

「身体健康精神活潑」

体育研究所は今年で、設立65年目を迎えます。私も昭和36年生まれですから、同い年ということになります。この65年間に、これまで先輩の先生方をはじめとして、様々な取り組みをして現在に至っておりますが、本日はとくにここ10年間のことに焦点を当てたいと思います。


体育研究所のホームページ冒頭には、体育研究所の3つの理念についてこう記されています。「体育研究所は、『知育・徳育・体育』の一翼を担う組織として、体育・スポーツ科学に関する研究と教育を実践し、慶應義塾におけるスポーツ振興を推進します」。そして、「『未来を切り拓くための行動力に溢れた塾生を育てる』ことが基本方針です」と記されています。


また、ホームページの所長挨拶には、こうあります。「『身体健康精神活潑』という福澤諭吉先生の書があります。この意は活発な知的活動の前提として、肉体の健康を保つことの重要性を強調したものです。人間のあらゆる活動の基盤として身体の重要性を説き、それを日頃からの鍛錬で健康に保つことで、精神の知的活動も活発になると考えたのです」。


続けて「また、『先ず獣身をなし而して人心を養う』という教訓も示されています。健康な身体と精神を保ち、学問のみならずスポーツを実践し、高い人格を養うことが重要です」とも記されています。


これらのことは、今から約20年前、慶應義塾創立150年を迎えようとしている時期に、塾内外において、体育研究所が担う役割を明確にしようと、所内の将来構想委員会にて検討し表したものです。体育で、自尊共生の態度を養うために、感動体験や塾生の交流実践ができるプログラムができないものか。自己の殻に閉じこもらず積極的に他人とコミュニケーションをとる訓練、いわば慣れる場を提供できないものか。そして、自己の身体と向き合い、その存在の認識を強く持ち、自己を高める独立自尊、また、他人の存在を理解し、ともに切磋琢磨し目的達成を目指す行動力を育てられないものか。このようなことを検討した結果、先のホームページの言葉が表されました。


今年は、福澤諭吉没後125年の節目の年にあたりますが、慶應義塾の中に、そして、体育研究所の中に、今でも創立当初の先生の考えが脈々と伝授されていることを強く感じています。


体育研究所が設立50年を迎えた平成23(2011)年に発行した「慶應義塾大学体育研究所設立50年記念誌」に長谷山彰常任理事(当時)から祝辞をいただき、こう記されました。「義塾において、保健体育教育は特別の意味をもっています。慶應義塾の創立者である福澤諭吉は、義塾の教育が書を読むだけの座学にとどまることを嫌い、塾生の心身の健康を何よりも重視しました。明治元年、芝新銭座時代の学則には、『午後夕食後は木登りや玉遊びなど、ジムナスチックの法に従い、種々の遊戯いたし、努めて身体を運動すべし』と定められていました」とあります。このことは、福澤先生が説いたことでありますが、私にとっては、体育研究所助手に就任以来、公私にわたりご指導いただきました、長谷山彰先生を通じて教えていただいたように思っています。

体育実技はキャンパスの中での運動の機会

さて、「塾生の心身の健康を何より重視し、努めて身体を運動すべし」。福澤先生の当時は1,000名程度の塾生、たぶんほとんどが寄宿舎に暮らしていたことと思いますが、果たして今のキャンパスにおいて、塾生に対して当時のような運動環境があるのでしょうか?


先月、2026年度春学期が始まり、体育実技の授業には今年度も、非常に多くの塾生の履修希望があり、抽選が行われた種目が多数ありました。コロナ禍の当時、各キャンパスが閉鎖され、オンライン授業が展開される中、体育実技を履修している塾生のみ、キャンパスに入れる措置が取られました。塾生にとって、キャンパスに入り、クラスの友人に会ったり、仲間とスポーツをしたり、それが楽しかったのでしょう。それ以来、体育実技を履修希望する学生が爆発的に増加したように思います。


先に申し上げたように、慶應義塾では、創立当初から運動に親しむことを推奨していたわけですが、塾生数の規模も増大した現在では、キャンパスの中で授業の合間、あるいは早朝や夕方から夜にかけて、身近に運動やスポーツをする場所は、残念ながら整っているとは言えません。私はよく授業の履修生にこう言います。自身の1週間の時間割を組み立てる時に、体育実技の授業を単なる単位取得の目的や各種目の技術向上や挑戦等によって履修するのではなく、運動の機会を時々入れる曜日時限を考えて、計画的に体育実技の授業を組み入れれば、日吉キャンパスの中にある運動施設を利用でき、運動の機会が得られると。


体育実技の授業は、様々な施設で実施されています。日吉記念館や日吉陸上競技場、蝮谷テニスコートなどの大きな施設は、主に体育会の部が練習場や試合会場として使用しており、一般の塾生はなかなか利用することができません。しかし、授業履修をすれば、授業の合間にキャンパスの中で運動の機会を得ることができます。


体育実技における、ウィークリーで開講している種目には、サッカー、テニス、バスケットボール、卓球、ゴルフ、ソフトボール、野球などの多種の球技。柔道、剣道、合気道などの武道。水泳、アーチェリー、フェンシングなどの個人種目を選択することができます。それぞれ、その専門性の高い指導者が授業を担当しています。これは、慶應義塾の特徴の1つと言えるでしょう。


そして、ヨット、スキー、スケート、アウトドアレクリエーション、マリンスポーツやビーチバレー、山岳などのシーズン種目を授業休業中に合宿を伴って開講しています。


こうした体育実技の多くが、体育会各部や各部OBOGの方々の協力を得て、実に40種目以上を日吉キャンパスと三田キャンパスにおいて開講し、塾生が選択できるようになっています。


また、4学期制科目も試みています。2015年度から野口和行教授が、「バックカントリースキル」の名称で、バックパッキングとカヤックの授業を開講しています。7週の日吉キャンパスでのスキル習得授業に加え、週末を利用してアウトドア環境へ遠出ができる利点が生まれています。


これらに加え、今年度から「アウトドアバレー」の名称で私を含めた3名の担当者が開講しました。主な目的は、気候変動への対応、安全なスポーツ、体育の実施です。屋外で実施している種目については、6月から7月にかけて、ここ数年、厳しい暑熱環境にさらされ、安全な実施が保証できない状況となっています。そこで、7週間の屋外コートでの練習と、ビーチで行うバレーボールを教材に、グループワークの実践、ビーチバレーの体験とビーチスポーツ文化を学びます。このグループワークの実践には多くの学びの機会があり、実社会における実践的コミュニケーション能力の育成につながります。そして、暑くなる前の、4月と5月で完結する試みです。

スポーツを深く学ぶための教育

さて、次に、最近の体育研究所が取り組み始めたことを2つ、ご紹介したいと思います。体育実技や体育学講義、体育学演習に加えて、ゼミプログラムを開始致しました。いわゆるゼミナールです。このプログラムは、全学部の学生が参加でき、修了者には修了証が授与されます。慶應義塾大学には、スポーツの専門学部はありませんが、体育会を始めとしたスポーツ関連の学生の活動は、非常に盛んです。その中でスポーツに興味を持ち、より深く学びたいと考える学生は少なくありません。その熱意に応えたいという思いで始めたプログラムです。スポーツサイエンスゼミ、スポーツ価値創造ゼミ、スポーツ&パフォーマンス心理学ゼミを設置していて、体育研究所が設置する副専攻科目の位置づけと考えています。


スポーツサイエンスゼミを担当する稲見崇孝准教授にお聞きすると、志願者には、整形外科医や競技力を向上したい大学アスリート、スポーツアナリスト、シンプルに筋トレ好きの学生まで、動機は多彩です。それぞれ取り組んだ研究の成果を発表する場がゼミの最後にあり、大学院を想定した学びも経験できます。


慶應義塾は学部間の垣根が低く、所属学部以外の研究会にも参加できるなど、学際的に学べる環境が整っています。体育研究所のゼミでスポーツと専門分野といった研究を深め、複数の専門性をもって卒業することは、変化の多いこれからの時代において、大きな強みになるはずです。


このプログラムには、当然、塾生が自発的に申し込むわけですが、塾を卒業し、他大学を含め医学や健康スポーツ関連、理工学などの大学院に進学する塾生も見受けられるようになりました。学部と大学院とのクッションの役割を果たせれば、設置の意義があるものと考えています。


もう1つご紹介します。慶應義塾大学には大学院の1つとして、健康マネジメント研究科がございます。健康マネジメント研究科の専攻には、看護学専攻と公衆衛生・スポーツ健康科学専攻の2つがあります。近年、後者の公衆衛生・スポーツ健康科学専攻と体育研究所の教員が交流を持ち、研究所教員が研究科委員を務め、大学院生の論文指導をするようになりました。これまでも、例えば、理工学部の大学院生の修士論文や学生の卒業論文のテーマによっては、学部の指導教員の先生からお話があり、体育研究所の教員が指導していた事例はありますが、体育研究所として大学院生の指導を担うことで、研究所で研究を積む大学院生が生まれました。このことは体育研究所にとって、非常に大きなことと思っています。


そしてそこには、様々な学部出身の学生や、多様な業界にいる社会人学生との相互の交わりがあり、専門性を追究するとともに、人としての視野を広げることのできる環境ができ上がりつつあります。


2019年9月に、日吉キャンパスの独立館で日本体育学会を開催致しました。この学会は、今では日本体育・スポーツ・健康学会と名称が改まりましたが、体育、スポーツ関係の国内の学会の中では、会員数が約6,000名と最大規模の学会です。体育研究所の所員のほとんどが、学会に所属しています。その第70回記念大会を、是非とも慶應義塾大学で開催してほしいと、当時の学会会長から依頼を受けました。


日吉キャンパスは、日吉駅の目の前にあり、施設も立派であることから学会開催会場としては恵まれていると評価されたわけですが、1点、懸念要因がありました。体育大学や体育系、あるいは体育スポーツ健康系の学部を持つ大学での開催時には、事前の準備から当日の現場の運営まで、その大学の大学院生が活躍するわけですが、体育研究所にはそのような塾生がおらず、当時、日本女子体育大学や国士舘大学などの大学院生の力を借りて開催致しました。


先ほどお話しした大学院生の指導という動きがより活発になり、体育研究所を往来する塾生が増え、教員と塾生の半学半教の精神で大学院生が成長し、体育研究所の新たな力、勢力になることを期待しています。

東京2020オリンピックと英国サポートのレガシー

先に「行動力に溢れた塾生を育てる」と申し上げました。それに関わることを1つお話し致します。


体育研究所では、5年前の東京オリンピック・パラリンピックの際に、KEIO 2020 Projectと銘打って、2014年から2021年までの7年間、活動しました。これは2013年9月に、2020年の夏季オリンピック・パラリンピックの開催地が東京に決まった際、所内で、日本で、それも東京で開催されるオリンピックを、より身近なメガスポーツイベントとして、塾生に肌で感じてもらい、学生時代の良き経験と思い出にできないものかと検討を始めたものです。オリンピックムーブメントや各競技の理解など、体育・スポーツについて、教育、研究をしている体育研究所として、いち早く塾内に提案し、果たすべき役割は大きいと判断したのです。


まずは、2020年に4年生となる2017年入学の塾生を勧誘する。そのために、われわれの活動提案を理解して推進してもらう、2015年の新入生を数名勧誘しました。そうしてゆっくりと活動し始めた頃に、慶應義塾大学と横浜市と川崎市が、英国オリンピック・パラリンピック委員会を通して東京オリンピック・パラリンピックの英国チーム事前キャンプ候補地となり、2016年1月に正式に決まりました。


他大学も候補地に挙がったということですが、英国のオリパラ委員会によると、日吉キャンパスの緑の多さが自国の英国とよく似ており、選手が滞在するには、ストレスが少ないのではないかという判断だったようです。日吉キャンパスに居ながらにして留学体験ができると塾内でも認められ、活動が活発化しました。語学の能力に卓越した塾生を集めたり、スポーツ関連の学生を集めたり、日吉に英国のトップ選手が集まるわけですから、いろいろなことが想像されました。


事前キャンプとはどういうものなのか? オリンピックのボランティア活動とはどういうものなのか? どんどんと楽しい疑問が膨らんでいきました。スポーツイベントのボランティアを体験したい、2012年のロンドンオリンピック・パラリンピックの際の事前キャンプの様子を知りたいと、2018年にはなんと、1,000人近い塾生がKEIO 2020 Projectの名簿に名を連ねてくれました。それを束ねる40-50名の塾生は、われわれの、私の想像をはるかに超える発想と独創性とで、様々な企画を打ち出してくれました。2回の渡英、横浜マラソンのボランティア体験、日吉キャンパスや日吉商店会のバリアフリーマップの作成、事前キャンプの機運を高める一手として学食への英国にちなんだメニューの提案など、挙げればきりがありません。


ところが、新型コロナウイルス感染症の流行により、2020年の夏のオリンピック・パラリンピック開催は1年延期となり、ほとんどの4年生が2021年の3月に卒業してしまいました。残された3年生以下の塾生も、オリンピック・パラリンピックの延期に伴い、去って行く者もあり数は減りました。当初、われわれが描いた、事前キャンプ中の英国チームのサポートや、オリンピック選手との交流から生まれる、日吉キャンパスに居ながらにしての留学体験は、感染拡大を抑えるための、英国チームとの完全に隔離されたルールの中で叶いませんでした。


正直、私は、なぜ延期なのか? なぜこのタイミングでコロナなのかと、悔しくてなりませんでした。しかし、残された3年生以下の塾生たちは違いました。感染症の影響で様々な制限が課せられる中、最後まで、英国チームのサポートをしてくれました。この塾生たちが、一言で言うと、人と人との交流を楽しむグローバルな人材だったのではないか、生きる力を発揮してくれたのではないかと、確信しました。行動力溢れるとはこういうことでしょう。


今は皆、様々なところに就職して活躍しています。喜ばしいことに、このKEIO 2020 Projectは、2021年9月に、ホストタウン交流の推進に関して、極めて顕著な貢献をしたとして、その功労に対する感謝状を、東京オリンピック・パラリンピック担当大臣からいただきました。1,000名を束ねた、当時の塾生代表の大類なおみ君は、2020年に予定された横浜市の聖火ランナーに選ばれ、聖火のトーチを片手で持ってカッコ良く走るフォームを練習したいと、事前に日吉陸上競技場を訪れ、当時の体育会競走部長距離部門の保科光作コーチにご指導を仰いでいたことを思い出します。


この活動は、2018年度には、慶應義塾創立150年記念未来先導基金公募プログラムとして申請が認められ、「KEIOスポーツレガシー──東京2020オリンピック英国サポートを通じた、"生きる力"を備えた人間育成プロジェクト」として、その後、2021年度まで活動が継続されました。

21世紀の塾生皆泳

さて先ほど、福澤先生没後125年と申しましたが、今年は、小泉信三先生没後60年の節目の年でもありますので、ここで、最近の水泳教育に触れたいと思います。


慶應義塾の水泳教育では、昭和初期に塾長を務めた小泉信三先生の唱えた「塾生皆泳」という言葉を受け、塾生の水泳技術の向上に努めてまいりました。泳ぐ技能を身につけることが、人として重要な素養の1つであると小泉信三先生はその理念を唱えました。塾生は、泳げないことが理由で両親から授かった大切な命を落としたり、溺れている人を助けられないことがないように、というのがその教えです。


慶應義塾創立150年の折、日吉キャンパス協生館地下1階の屋内プールの完成に合わせ、体育研究所では総合的な水泳教育の構築を掲げました。多様な水辺スポーツの体験と水泳実践とともに、海洋・水域での危機管理能力の向上に加え、創発的・協生行動の育成を目指す、21世紀の新たな塾生皆泳です。われわれは、国内外の水難事故現場の視察や国際学会での最新知見に基づき、「自分の命を自分で守る力」を普及させるための研究を行っています。水泳教育をしっかりと意識していこうという姿勢の下、1994年までの体育実技が必修時代に実践されていた塾生皆泳とは異なった方法で、塾生に総合的な水泳教育を施そうと試みています。

世界水準のトレーニング環境を目指して

ここまで体育研究所の取り組みの一端をお話ししましたが、この他にも、運動生理学やスポーツ心理学、また、トレーニングや運動に関することをテーマにした体育学講義、体育学演習も開講しています。


塾生に対するスポーツ・インテグリティ教育、そして、授業とは別に、トレーニングルームや体育研究所が管理している屋外のバレーボールコートやフットサルコートなどの開放にも取り組み、塾生の運動機会の充実を図っています。また、塾生対象の各種スポーツ大会の開催も企画しています。


近年は国際化にも取り組み、韓国の延世大学、オーストラリアのイーディス・コーワン大学とそれぞれ包括連携協定(MOU)を締結しています。スポーツ交流や関連の共同研究による国際化を推進しています。


もう1つ、慶應義塾の体育教育を今後進めていく上で、私の理想をお話ししたいと思います。


私はこれまで研究活動の一環で、多くの海外の大学キャンパスを訪れ、スポーツ施設を観る機会を得ました。ご承知のように米国の大学などは、そのほとんどが広大な敷地、キャンパスを持ち、学生たちは、生き生きとキャンパスライフを送っています。


この3月に米国ジョージア州アトランタのジョージア工科大学を訪れました。アトランタで立ち上がった女子バレーボールのプロリーグ等を視察したわけですが、この大学もやはり広大なキャンパスを持ち、観客席が備えられている巨大なスタジアム、アリーナ、何面あるか数えきれないほどのテニスコートなど、スポーツ施設が充実しております。とくにお伝えしたいことは、大学アスリートだけが使うトレーニングルーム、トレーニング施設とは別に、一般の大学生が使うレクリエーションセンター、トレーニングセンターがあるということです。


慶應義塾が体育を創設当初から大事にしてきたことの発端は、福澤諭吉先生がロンドンで見てこられた、木登りや玉遊びが「ジムナスチック」の法に従い行われていた姿です。これを慶應義塾も取り入れ、学問の集中力を上げよう、健康を保とうと取り入れたわけです。


ですが、慶應義塾に現在、レクリエーションセンターや大型のトレーニングセンターなるものはありません。大学の授業の合間、あるいは、クラブ活動の合間、キャンパスの中でトレーニングが気軽にできるセンターが今や必要だなといつも感じています。


先ほど、お話ししました英国の事前キャンプで使われていたトレーニング機器が英国から寄付され、日吉記念館の中に、GO GB GYMと名づけられたトレーニングルームが現在設けられています。スクワットラックが5台ありますが、アトランタの大学では、スクワットラックだけでも何十台という巨大なトレーニングルームがあります。GO GB GYMは、塾生が毎日、行列をなして使っています。このようなことからも施設をより充実させる必要性を感じます。木登りや玉遊びではもう通用しないと思います。何とか塾生が使える施設を充実できないものかと常に考えています。


塾生が図書館を利用することによって様々な情報を得るのと同様に、レクリエーションセンター、あるいはトレーニングセンターを利用することが、充実した大学生活を送ることにつながると考えています。

日本セパタクローの躍進を支える卒業生の活躍

昨年11月、私のバレーボールの授業を履修し、卒業後も何度か連絡を取っていた理工学部卒業の秦野智也君から突然電話がありました。彼が私の授業を履修していたのは、今から25年ほど前になります。懐かしく話していると、昨年9月に開催されたセパタクローの世界選手権で、日本代表が初の金メダルを獲ったということです。


セパタクローとは、バドミントンのコートサイズで、籐で編まれたようなボールを使ってゲームする、足を使ったバレーボールのような競技です。アジアでは非常に盛んです。秦野君は塾生の頃から公認サークルのセパタクロークラブに所属し、昼休みや私の授業の前後に日吉記念館で練習をしていました。


最近、授業の後に、セパタクローをやっている学生たちを見かけ、彼らに「秦野君はご存じですか」と尋ねると、「もちろんです」という。秦野君は塾生時代に他大学や社会人選手と切磋琢磨して、日本代表選手の一員だったと記憶しています。そして、今回、金メダルを獲った日本代表チームのキャプテンの春原涼太君も慶應義塾大学の卒業生です。


そのようなことで、金メダルを獲ったのはすごいことだねと話しますと、今年9月には、愛知・名古屋で開催されるアジア大会の正式競技として、セパタクロー競技が採用されると言います。卒業後もお付き合いが続いている卒業生はたくさんおりますが、秦野君や春原君のように活躍し続けている選手たちの存在は、やはり、体育・スポーツ教育の賜物と思っている次第です。是非皆さんも声援を送っていただければと思います。

人と人とがつながるスポーツの豊かさを感じる

最後に私自身が体育教育について、心がけていることをお話しして締めたいと思います。


私の考えるところの大学、あるいは大学教育を一言で申し上げると「人格形成の場」であると確信しております。その中で体育を通じて塾生に何が伝えられるのか。


人格形成、つまり、人を伸ばす。その手法は様々あります。それがコーチング科学と呼ばれるものです。私の授業では履修する学生間で、例えば、競技経験者の1年生が初心者の4年生に指導することなどを人材マネジメントとして捉え、「教える技術・コーチングとは何か」を問いながら実践しています。


次に「リーダーシップ」です。自己主張が苦手な学生にとって、チーム内で、どのように1つの目標に向かってモチベーションを高めていくかというのは、かなり難しい課題です。その点、バレーボールは、互いが声を出し、励ましあう中で、チーム作りができるスポーツです。短期間で組織をまとめていくために自分は何をすべきか、1人ひとりが考える授業を展開しています。


3つ目は、スポーツに偏った人材の育成にならないように心がけています。私自身、留学時代に諸外国のアスリートと話をする中で、彼らが有する自国の文化や社会に対する造詣の深さに驚きました。ですから授業では、単にバレーボールという競技にとどまらず、時に仲間同士で輪になって互いに持つ様々な経験をバックボーンとした考えを吸収し高め合えるように、「語れる授業」を目指し、スポーツが持つ文化的な創造力を身につけてもらおうと思っています。


その中で、私の授業を通して社会で必要とされる「人材育成のノウハウ」「リーダーシップによる組織の活性法」「ビジネスチャンスをつかむ幅広い見識と品格」というものをバレーボールから学んでほしいと考えています。


社会というのは言うまでもなく、人と人とのつながりで、決して一人で生きていけるものではありません。とりわけ無機質となった今の時代に「石手バレー」という1つの旗を通して人間とつながることの楽しさ、それに伴った生活の豊かさといったものを感じて欲しいと思っています。


そのために、教えすぎない。常時、声掛けをする。そして一番大事なことは、1人ひとりをよく観察をすることです。これまで、大学生という人を相手にしてきたことを誇りに思っています。


本日はご清聴ありがとうございました。

(本稿は2026年5月14日に行われた「福澤先生ウェーランド経済書講述記念講演会」での講演を元に構成したものです。)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。