慶應義塾

高等教育の地平を拓く ダブルディグリープログラム

公開日:2026.04.10

登場者プロフィール

  • フアド・ベニス

    エコールサントラルナント名誉教授

    フアド・ベニス

    エコールサントラルナント名誉教授

フアド・ベニス教授は、慶應義塾大学理工学部と30年にわたり密接な学術連携を続けてきた、フランス・ナント市の工学系グランゼコール、エコールサントラルナント(ECN)において、長らく国際部長を務められた。その間、義塾理工学部・理工学研究科との協働により2005年に設置されたダブルディグリープログラムの運用において、ECNのみならず、パリ、リヨン、リール、マルセイユの4都市に所在する姉妹校との協力体制の構築に尽力された。さらに2007年には、欧州域内の工学系高等教育ネットワークT.I.M.E.に理工学部が加入する際にも中心的な役割を果たし、他大学との連携拡大に大きく貢献された。

ご専門であるロボティクス分野の研究に加え、長年にわたる卓越した国際学術交流への貢献に基づき、2025年11月6日、義塾より名誉博士の称号が授与された。以下に掲載する講演録は、その授与式に続いて演説館で行われた記念講演の記録であり、同時期に開催されたダブルディグリープログラムに関する国際シンポジウムの出席者をはじめ、多くの国際教育関係者が参列した。

ダブルディグリープログラムの歴史や運用の経緯については、講演の中でご本人が詳しく語られているが、このプログラムの開始を契機として、欧州協定校との交換留学も大きく前進した。矢上キャンパスには毎年数十名の留学生が訪れ、留学から帰国した日本人学生たちと語らう光景も、日常の風景となっている。

塾生ならびに教職員の視野を海外へと広げる雰囲気を育み、ひいては義塾の国際的プレゼンスの向上につながる一歩を築いたベニス教授の貢献は、極めて大きいと言えるだろう。 

(慶應義塾大学理工学部教授 小尾晋之介)

はじめに

本日は、現代の高等教育における最も重要で刺激的な取り組みの1つであるダブルディグリープログラムについてお話しできることを、大変光栄に思います。

知識や技術、そしてイノベーションがかつてない速度で国境を越えて行き交う時代において、大学には新たな責務が求められています。それは、学生をそれぞれの専門分野の優れた人材として育成するだけでなく、異なる文化の中で協働し、対話し、新しい価値を生み出すことのできるグローバル人材として育てることです。

ダブルディグリープログラムは、この使命を達成するための最も有力な手段の1つです。異なる国や学術文化を持つ2つの大学が協力し、単一で一貫性のある、変革的な学びの機会を提供するという大胆な構想を体現しています。

このプログラムでは、学生は共同で設計されたカリキュラムに沿って、一部を母校で、残りを海外の提携大学で学びます。修了時には、両機関から正式に認定された2つの学位を取得します。これらのプログラムは、単に2つの学位を得るという以上の価値を持っています。文化や制度、そして異なる視点を結びつける架け橋として機能するのです。学生は2つの学術環境を実際に体験し、多様なアプローチから学ぶことで、真にグローバルな思考を育む機会を得ます。

ダブルディグリーは、個人の成長と専門性のさらなる深化への扉を開くものです。しかし、形式的な枠組みを超えて、このプログラムはより本質的な価値を体現しています。それは、共有されたビジョンと相互の信頼です。こうした取り組みは、先見性あるリーダーシップの成果でもあります。何年も前、一部の大学関係者の中で、機関の相互協力が単なる学生交換や提携を超えたものになり得るという考えが生まれました。学部長や教授、国際コーディネーター、管理部門などの先駆的な担当者たちは、科学と同様に教育もまた、アイデアが自由に行き交うときにこそ発展することを理解していたのです。彼らの先見的な取り組みは、知識と文化が出会い、学びがグローバルな対話へと広がっていく道筋を切り開きました。

こうした取り組みは、単なる学術上の流行ではなく、複雑に相互に結びついた現代社会の要請に応えるために生まれた、高等教育における深い進化の表れだと言えます。今日、私たちは先人たちが築いた基盤の上に立っています。そして今、未来を見据える中で、これらのプログラムに新たな推進力を与え、新たな課題に適応させるとともに、科学技術の革新を支える原動力としての役割を改めて確認していくことが、私たちに求められているのではないでしょうか。

1.歴史的背景と主要概念

ダブルディグリープログラムの役割を理解するには、高等教育における国際的な学術移動(モビリティー)の概念が、どのように生まれ、進化してきたのかを把握する必要があります。学生が大学間を自由に移動しながら学べること、そしてそのような学びのモビリティーに対して大学が互いの課程や基準を相互に承認できるという考え方は、比較的新しいものです。これは20世紀後半、グローバル化が高等教育を変革し始めた時期に形作られました。

欧州では、1987年に創設されたエラスムス・プログラムが最初の大きな節目となりました。モビリティーは、それまでのような限られた人だけの特権ではなく、欧州機関が支援する組織的で大規模な取り組みへと発展しました。エラスムスは、海外留学での学修が母校によって正式に認定されるという原則を導入しました。これは学術的な風景を根本から変える、小さな革命とも言える出来事でした。

この仕組みは、言語や文化の交流を促進しただけでなく、大学に対して学事暦、評価制度、カリキュラム内容の調整を求めることにもなりました。こうしてエラスムスは、後にダブルディグリー(二重学位)やジョイントディグリー(共同学位)プログラムといった、より統合的なモビリティーの形へと発展していくための実践的・文化的基盤を築きました。この動きは1980年代から1990年代にかけて、さらに加速していきました。

ビジネススクールや経営大学院では、1980年代初頭に、最初の体系的なダブルディグリープログラムが登場しました。これらの機関は、グローバルリーダーシップや異文化コミュニケーションにおいて、国際経験が不可欠であることをいち早く認識していました。その実践は、学術基準の調整、カリキュラムの整合、2機関間の責任分担といった概念が、実現可能であり、かつ極めて有益であることを示しました。

この成功は、他の分野、特に国際協力が有用であるだけでなく不可欠でもある工学・科学分野に急速に広がっていきました。実際、T.I.M.E.ネットワーク(Top Industrial Managers for Europe)のような先駆的なネットワークは、エラスムス開始からわずか2年後の1989年という早い段階で、工学分野における最初の体系的なダブルディグリーの枠組みを構築し、その基盤を築いていました。こうした先見的な取り組みを進めた人々は、地球規模の課題には、地球規模で育成された技術者が必要であることを理解していました。そして、その実現のために、大学間のパートナーシップと信頼関係の構築に着手したのです。

1990年代末になると、欧州域内高等教育の調和に向けた動きは、ボローニャ・プロセス(1999年)によって新たな段階に入りました。その目標は、学位構造の比較可能性と、共通の単位互換システム──欧州単位互換制度(ECTS, European Credit Transfer System)──を備えた、一貫性のある欧州高等教育圏(EHEA, European Higher Education Area)を創設することでした。

多くの点で、ボローニャ・プロセスは、エラスムスやT.I.M.E.が始めた取り組みを制度として定着させたものだと言えます。すなわち、国境を越えた学修の相互承認を、より確かな仕組みとして確立したのです。こうした先見的なパートナーシップと実務的な制度調和の組み合わせが、ダブルディグリーが広く発展するための理想的な条件を生み出しました。それまで例外的で特別な取り決めであったものが、数十人ではなく数千人の学生に恩恵をもたらす、信頼性の高い再現可能なプログラムへと変わっていったのです。

今日、私たちが知るダブルディグリープログラムは、垂直移動と水平移動の2つの異なる種類のモビリティーを組み合わせたものです。学生は、2つの大学、2つの国にまたがる統合された学修経路を修了し、2つの公式な学位を取得します。こうした取り組みは、単なる学術的な連携を超え、戦略的な大学間パートナーシップへと発展してきました。

過去20年間で、このようなプログラムは理工系分野を中心に急速に広がり、教育機関、研究所、産業界を結ぶ強力な国際ネットワークを形成してきました。それは学術的卓越性や労働市場への訴求力の向上に寄与するだけでなく、グローバルな視野を持つ次世代のエンジニアや研究者を育成する基盤にもなっています。

したがって、ダブルディグリーやジョイントディグリーの進化は、単なる教育上の革新の物語ではありません。それは、モビリティー、相互承認、協力という考え方が、欧州域内にとどまらず世界の高等教育の構造そのものを徐々に変えてきた過程を示すものだと言えるでしょう。

2.「ジョイントディグリー」対「ダブルディグリー」

ここで、高等教育の専門家の間でもしばしば混乱を招く、重要な概念上の違いについて整理しておきたいと思います。それは、「ジョイントディグリー」と「ダブルディグリー」の違いです。どちらも優れた国際教育プログラムの一形態ですが、その考え方や目指す方向性には違いがあります。

ジョイントディグリープログラム(JDP)

JDPは、本質的にカリキュラム中心の取り組みです。提携する大学間で学術的なモビリティの経路を統合し、共同で設計することに重点が置かれています。多くの場合、JDPは修士課程または博士課程レベルで実施され、協力関係にある大学が共通のカリキュラムを共同で開発します。対象となる分野も、ロボット工学、材料科学、データ工学など、非常に専門性の高い領域であることが少なくありません。学生は、あらかじめ定められたモビリティの経路に従って学び、各パートナー機関で1学期以上を過ごします。そして、学習成果が調和された共有プログラムの中で、共同指導による研究やプロジェクトに取り組みます。

JDPの理想的な形は、参加するすべての大学が共同で授与・署名する単一の学位証書を発行することです。しかし実際には、各国の行政的・法的な枠組みの違いにより、2つの国で別々に学位証書を発行しなければならない場合もあります。その場合でも、それぞれの学位証書にはJDPを経たことと国際的な提携関係が明記されることになります。この種のプログラムの代表的な例として、2004年に欧州連合が資金提供を開始したエラスムス・ムンドゥス共同修士課程(EMJMD, Erasmus Mundus Joint Master Degree)が挙げられます。これは、学術的統合の水準、透明性、そして学生の移動性の点において、高い水準を体現したモデルとして知られています。

ダブルディグリープログラム(DDP)

これに対し、DDPは、カリキュラム中心ではなく学生中心のアプローチです。ここではカリキュラムの統合そのものではなく、各パートナー機関が持つ学術的な完結性と卓越性を維持しながら、選抜された学生が両方の教育システムの優れた部分を体験できることに重点が置かれます。

この種のプログラムでは、各機関の学生が通常1~2年という長い期間をパートナー大学で過ごす機会が与えられます。そして両機関の要件をすべて満たした学生には、それぞれが独自の学術的・専門的評価を有する、正式かつ国家で認定された学位が2つ授与されます。

ダブルディグリー制度の理念は、相互の信頼、基準の同等性、そして相互補完性にあります。これは、行政上の実現可能性と教育的な志向の高さとの現実的なバランスの産物であり、各国の教育制度の厳格さと国際経験による付加価値を融合させるものです。

言い換えれば、JDPが学術プロジェクトの共有であるのに対し、DDPは学生の学びの旅の共有であると言えます。いずれも卓越性を体現する仕組みですが、前者がカリキュラム統合に焦点を当てるのに対し、後者は個人の学問的成長や異文化経験に重点を置いています。

こうした概念上の違いに加えて、学生がこれらのプログラムに参加する方法にも実務的な差異があります。DDPの場合、通常は自校に在籍している学生を対象とし、彼らの学修の一部として国際的な経験の機会を提供します。学生は自校に在籍したまま、途中でパートナー大学に移り、学びを深めていきます。一方、JDPでは、外部から学生を募集するケースが一般的です。世界中の優秀な学生が、その国際共同プログラム自体に応募する形になります。これはアプローチの根本的な違いであり、前者が既存学生の学びを深化させるのに対し、後者は新しい国際的な学生集団を形成する点に特徴があります。

戦略的意義

教育機関の視点から見ると、両モデルはいずれも国際的な認知度と協力関係の強化に寄与しますが、その役割は異なります。JDPは、研究の統合や教育方法の革新、さらには共同認証を実現するための強力な手段となります。一方、DDPは学生のモビリティーを高め、人材誘致を促進し、学術と産業のエコシステムを国境を越えて結びつける長期的な同窓生ネットワークの形成に寄与します。これらが組み合わさることで、学術的卓越性、異文化体験、専門的な影響力を兼ね備えた、相互補完的で一貫性のある国際化戦略が形づくられていくことになります。

3.理工系におけるダブルディグリープログラムの種類

理工学分野におけるダブルディグリープログラムは、2つの教育システムを結びつけ、より広く、より深く、そしてより国際的な教育を提供するために慎重に設計された学修の道筋です。その形態は非常に多様であり、各国の教育制度や提携の思惑を反映しています。形式は機関ごとに異なるものの、多くのプログラムは学術レベルや提携の目的に基づき、いくつかの主要な類型に整理することができます。

この多様性を詳しく見ると、プログラム間の違いは単なる学位名称の差ではなく、むしろ両制度の長所を学生の利益のために融合させる「調整の技」にあることがわかります。原則として、ダブルディグリーとは、授与される2つの学位が同等の学術レベルにあることを意味します。たとえば、学士と学士、あるいは修士と修士の組み合わせです。

しかし多くの理工系大学では、学士課程と修士課程を連続的に結びつけた統合型の学修経路も設計されています。この場合、形式的には最終的に取得した最高学位(多くの場合は修士号)が正式な学位として認定されます。

フランスのDiplôme d’Ingénieur(ディプロム・ディンジェニュール、工学士号)プログラムは、通常5年間の高等教育を経て取得され、欧州高等教育圏(EHEA)では修士レベルの資格として広く認知されています。そのため、「Diplôme d’Ingénieur」 と 「学士+修士」を組み合わせた複合型のダブルディグリーに適しています。このモデルは、欧州の工科大学とアジアやラテンアメリカの大学など、異なる教育体系を持つ機関同士を結びつけるうえで、極めて効果的であることが実証されています。両者が求める品質基準と学術的な深みを維持したまま実現できる点が特徴です。

しかし、学位名称だけによる分類では、国際的な同等性の複雑さを十分に捉えることはできません。学士、修士、エンジニアといった用語の背後には、修業年限、学習成果、選抜性の基準など、多様な要素が存在します。世界的に見ると、学士課程は3年制または4年制である一方、修士課程は国や分野によって1年から3年まで幅があります。また「エンジニア」という称号も、ある文脈では大学院(修士)レベルに相当しますが、別の文脈では学部レベルとして扱われることもあります。

この多様性をよく示す例として、ブラジルが挙げられます。同国のエンジェニアリア学位は5年制ですが、公式には学士課程に分類されます。なので、この学位だけでは博士課程への進学資格は得られません。ブラジルの修士号(メストラード)を取得するには、通常、工学士号取得後にさらに2~3年の修業が必要です。

一見すると、欧州の機関(フランスのグランゼコールを含む)が、形式上は「学士課程」に分類されるブラジルの工学学位とダブルディグリー協定を結ぶ理由が不思議に思えるかもしれません。しかしその背景には、ブラジルのプログラムが持つ学術的な厳格さと高い選抜性があります。ブラジルの工科系大学への入学は、全国統一入学試験「ヴェスティブラー」に基づく極めて競争率の高い選考を経て行われ、優秀な学生のみが選抜されます。この高い選抜性により、これらのプログラムは国内外で学術的・職業的に高い評価を得ています。

そのため、フランスとブラジルの機関が協力する際には、形式的な学位レベルの一致だけでなく、それぞれの制度が持つ本質的な学術的価値を相互に認め合う形で提携が進められました。このことは、より広い意味での重要な事実を示しています。すなわち、ダブルディグリープログラムは、修業年限や学位名称といった形式的な定義に縛られるものではなく、相互尊重、柔軟性、そして学術的・職業的価値の共有を重視する姿勢によって成立しているのです。

この「知的な調整」の好例として、エコールサントラルナント(ECN)と慶應義塾大学のダブルディグリープログラムが挙げられます。ECNの学生は、フランスの伝統的なエンジニア養成課程(2年間の予備課程と3年間の工学課程)を履修します。そのうち、工学課程の最初の2年間を優秀な成績で修了した学生は、慶應義塾大学大学院理工学研究科に編入し、2年間の修士課程を修了することが可能です。

一方、慶應義塾大学の学生は、学士課程の前半2年間(フランスの予備課程にほぼ相当)を経て、ECNが提供する工学課程に編入することができます。そこで1・2年次を過ごした後、日本に戻って修士課程を修了します。この場合、全体の修業期間は通常よりも約1学期程度長くなるだけで(学事暦の相違による)、慶應義塾の学生は日仏両国から2つの権威ある学位を取得することができます。同時に、両国で約4年間にわたり重なる形で学術的・文化的経験を積むことができます。

この取り組みは、相互信頼に基づく学術的革新のモデルであり、教育機関が制度上の複雑さを教育の機会へと転換する方法を示す優れた事例と言えます。

世界各地で展開されている多様なダブルディグリー制度は、その成功が完全な対称性に依存するのではなく、相互信頼、柔軟性、そして卓越性への共通の取り組みに支えられていることを示しています。

それぞれの提携関係は、国家の制度、専門性への期待、教育機関のビジョンが交わる独自の生態系を形成しており、その共通の目標は、異なる地域に広がる文化・学問・市場を横断して活躍できる卒業生を育成することにあります。

4.運営基盤:協力を通じた信頼構築

このようなダブルディグリープログラムを安定的に運営し、長期的に成功させるためには、教育理念だけでなく、実務面での緻密な調整が不可欠です。具体的には、以下の諸点が挙げられます。

 ●評価システム(国によって、時には同一国内の地域間でも異なる場合がある)。

 ●単位制度(欧州のECTS、日本のGPAなど)。

 ●学期や研究期間を同期させる必要がある学事暦。

 ●授業料・諸費用(学生間の不平等を避けるため明確な合意が必要)。

 ●入学から卒業証書発行までのプロセス効率化のための事務調整

これらの課題は一見すると障壁のように思えるかもしれませんが、実際には協力を深めるための機会とも言えます。長年にわたり、ECNや慶應義塾大学をはじめとする教育機関は、対話、柔軟性、そして相互尊重を通じて、こうした課題を乗り越える方法を培ってきました。例えば、共同で設置した委員会が定期的にカリキュラムを検証し、成績評価の換算基準を調整するとともに、学生支援についても連携を図っています。これにより、各機関は自らの基準を維持しながら、相手機関の学術的な信頼性を相互に認め合うことが可能になっています。

しかし、最も重要で決定的なのは人的な要素です。成功している提携プログラムの裏側には、常に密接に連絡を取り合う両大学のコーディネーターや学術アドバイザーを務める教職員の存在があります。彼ら・彼女らは学生の支援や単位認定、成績評価の透明性の確保などに重要な役割を果たしています。多くの意味で、これらのコーディネーターはプログラムを支える見えない支柱であり、機関相互の合意を実際の学びの経験へと具体化する存在です。このようなスタッフの献身的かつ個人的な信頼関係こそが、ダブルディグリープログラムを支える真の協力の精神を体現していると言えるでしょう。

5.学生の動機付けと支援:旅の3つの段階

制度や仕組みはさておき、ダブルディグリーの最大の強みはプログラムに参加する学生自身にあります。すなわち、彼ら・彼女らの動機や問題対応力、そして新しい環境に対するオープンな姿勢です。学生の歩みは、通常、相互に関連する3つの段階──留学前、留学中、留学後──を通して展開していきます。

留学前:この段階は極めて重要です。学生は、学業成績の優秀さだけでなく、新たな文化的環境に適応し、コミュニケーションを図り、積極的に関わっていく力も含めて、慎重に選考されます。例えば、ECNの候補者は、オリエンテーションセッションや語学クラス、異文化理解のための準備ワークショップに参加します。また、志望動機書や面接を通じて、ダブルディグリーを単なるキャリアのステップとしてではなく、本人の意思による知的な挑戦として捉えている学生を見極めています。

留学期間中:海外では、学生は新たな学業上の要件や教授法、そして異なる社会環境に直面します。受け入れ大学は、メンタリングや学業指導、文化面での支援を提供し、派遣大学もコーディネーターを通じて継続的に連絡を取り続けます。こうした二重のサポート体制により、学生は常に支えられていると感じるならば、自信を持って学修に取り組むことができます。また、両機関の継続的な連携によって単位認定は円滑に進み、研究内容も適切に調整されるため、学生は学びの「中断」ではなく「連続性」を実感することができます。この連携が十分に機能すれば、ダブルディグリーは官僚的な手続きの迷路ではなく、シームレスで実りある学びの旅となります。

留学後:帰国後、学生は学位の認定手続きを行うとともに、自らの経験を将来の参加候補者に伝えます。この再統合の段階は、「知識の循環」を維持するうえで不可欠であり、海外で得た経験を母校の教育資源として還元する役割を果たします。多くの卒業生がその後もメンターやアンバサダーとして関わり続け、協力関係の持続性や認知度の向上に貢献しています。

6.言語と文化への没入:隠れた強み

ダブルディグリーの体験を構成するさまざまな要素の中でも、言語はおそらく最も強い影響力を持ち、学生に大きな変化をもたらすものと言えるでしょう。ECNの学生は、慶應義塾大学への留学に備えて日本語コースを受講します。これは単に日常のコミュニケーションのためだけではなく、日本文化をより深く理解し、実際に体験するためでもあります。同様に、フランスに留学する慶應の学生も、授業への参加や研究室での活動、そして現地での学生生活に円滑に溶け込むことができるよう、集中的にフランス語を学びます。

受入国の言語を学ぶことは、学習者に大きな変化をもたらします。より深い没入体験を可能にし、相互理解と尊重を育むとともに、職業上の適応力を高めます。また、長期的な就業の可能性を広げることにもつながり、多くの卒業生が両文化の架け橋となる多国籍の環境で活躍の場を見出しています。したがって、言語学習は単なる付随的な要件ではなく、異文化教育における不可欠な要素です。それは、謙虚さ、好奇心、共感力などを育む機会でもあります。これらは、グローバルなエンジニアに求められる重要な資質と言えるでしょう。結局のところ、言語は障壁ではありません。人々やアイデア、そして未来をつなぐ架け橋なのです。

7.ダブルディグリーの声

学生や教授陣の声は、ダブルディグリープログラムが持つ変革力をよく示しています。

この経験を積んだ学生たち、そして彼らを導いてきた教授たちの話に耳を傾けると、すぐに気づくことがあります。それは、これらのプログラムが、2つの世界が出会い、互いに影響を与えながら変化していく場であるということです。

日本でのフランス人学生:慶應義塾大学に初めて足を踏み入れたフランス人学生が口にする言葉として、しばしば「ショック」という表現が挙げられます。しかしそれは、良い意味での驚きを伴うものです。彼らは、これまでとは異なる研究のリズム──迅速で実践的であり、現実の課題に焦点を当てた進め方──に出会います。プロトタイプを作り、試し、失敗し、そして改善していくというプロセスを通じて学んでいきます。そしてやがて、2つの異なる世界が交わることで、自分自身がより強く、より成熟し、より創造的な存在へと成長していることに気づくのです。

次に訪れるのは、文化への深い没入です。日本で生活し、学ぶということは、単に授業に出席すること以上の意味を持ちます。それは、コミュニティの一員として関わることを意味します。学生たちは、先輩・後輩の習慣や、敬意と指導が調和した独特の関係性について学んでいきます。最初の数カ月は決して容易ではありませんが、年末を迎える頃には、フランス文化と日本文化の間を、まるで2つの方程式の間を行き来するかのように、自然に往来できるようになります。

そして、彼らが帰国する時、あるいはキャリアをスタートさせる時、共通して語られることがあります。「採用担当者は皆、ダブルディグリーについて知りたがる」というのです。それは、雇用主が彼らを単なる技術者としてではなく、異なる文化や考え方の間をつなぐ架け橋として見ているからです。双方の立場や思考を理解できる存在として評価されているのです。ある学生は次のように語っています。「このプログラムは履歴書を変えただけではありません……世界の見方そのものを変えたのです。」

フランスに留学した日本人学生:ECNに留学した日本人学生たちの話を聞くと、フランスの学術文化について語る彼らの目が輝いているのが印象的です。彼らは、議論を重んじる文化や批判的に探究する姿勢に触れ、前提に疑問を投げかけることを学びながら、創造力と自信を育んでいきます。

プロジェクトベースの学習やチームワーク、そして創造性の要求は、学生をそれまでの居心地のよい領域から一歩外へと押し出しますが、その分、新たな可能性の地平を切り拓いてくれます。そしてもちろん、言語の壁もあります。フランス語を学ぶことは決して容易ではありません。しかし、街で初めて自分の力でコーヒーを注文できた時、クラスメートとフランス語で会話ができた時、翻訳に頼らずに教授の話を理解できた時──その1つ1つの瞬間は、まるで勝利のように感じられます。フランス語を身につけることは、単なる語学力の向上ではなく、自分自身を乗り越えたという個の達成でもあるのです。

そして多くの学生がこう語ります。卒業する頃には、もはや1つの故郷だけではなく、もう1つの故郷を得たように感じるのだと。

教授陣の視点:ECNで教授たちに尋ねれば、次のように答えるでしょう。ダブルディグリーは単なる交換留学ではなく、真のパートナーシップであり、継続的な対話の積み重ねなのだと。私たちは共同で論文指導を行い、共同研究の成果を発表し、ときには博士課程の学生を共同で受け入れることもあります。スケジュールや単位制度、行政上の規則を調整するのは容易ではありませんが、その見返りは計り知れません。なぜなら、毎年これらの学生たちが、かけがえのないものを運んでくるからです。新たな疑問、新たな発想、そして新たなエネルギーです。彼らは、教えることの意義や国際協力の大切さを、私たちに改めて思い出させてくれます。

ある同僚が、これを次のように表現していました。「彼らは訪問者としてやって来ますが、科学と敬意の大使として去っていくのです」。フランス語と日本語、学生と教授──あらゆる声に耳を傾けてみると、ダブルディグリーが単なる学術協定以上のものであることがわかります。それは人の物語です。発見と努力、そして変容の物語です。大学同士をつなぐだけでなく、人と人とを結びつける営みなのです。

8.ダブルディグリープログラムの新たな推進力

今後を見据えると、ダブルディグリープログラムは重要な転換点に立っており、これからも進化を続けていく必要があると感じています。学術的な卓越性については、すでに十分に実証されています。だからこそ、これからは環境の変化に適応しながら革新を重ね、新たな活力を与えていくことが求められているのです。

エネルギー資源の転換や人工知能の登場、持続可能なモビリティ、デジタル倫理といった現代の課題は、国境や専門分野を越えて協働できる技術者や科学者を求めています。ダブルディグリープログラムは、技術的な熟達に加え、文化的な知性や革新性、共感力を兼ね備えた新しい世代の専門家を育成するうえで、他に類を見ない役割を担っています。さらに、学術的な価値を超えて、これらのプログラムには新たな使命も課せられています。それは、機関同士の信頼を深め、地球市民としての意識を育み、教育を分断の要因ではなく、人と人とを結びつける力として機能させていくことです。

だからこそ、ダブルディグリープログラムを、固定された協定としてではなく、進化し続ける生きたプロジェクトとして捉えていきたいと思います。包摂的で、多くの可能性に満ちた取り組みとして。なぜなら、あらゆるダブルディグリーには、単なる共同の学位以上の意味があるからです。そこには共通の信念があります─科学と教育が結びつくとき、未来を形づくるにふさわしい強固な架け橋を築くことができる、という信念です。

(冒頭にあるように、本文は2025年11月6日に三田演説館で行われたエコールサントラルナント名誉教授フアド・ベニス氏に対する慶應義塾大学名誉博士称号授与式での同氏の演説の日本語訳である。訳は小尾晋之介慶應義塾大学理工学部教授[講演当時]による。)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。