慶應義塾

福澤諭吉の智徳論──J・S・ミルとの関連を中心に

公開日:2026.03.19

登場者プロフィール

  • 安西 敏三(あんざい としみつ)

    その他 : 甲南大学名誉教授

    塾員

    安西 敏三(あんざい としみつ)

    その他 : 甲南大学名誉教授

    塾員

はじめに

ただいまご紹介にあずかりました安西と申します。本日は「福澤諭吉の智徳論」ということで、ジョン・スチュアート・ミルとの関連においてお話ししたいと思います。

ミルはわれわれの時代から「経済学者としてミルには見る・・べきところがない」と言われていました。しかしながら政治思想史や政治学の上では現在も、なお輝いている人物です。特に福澤諭吉が精読した『自由論』、あるいは『功利主義論』、さらに『女性の隷従』といった書は今なお古典として読まれています。

私が今日、智徳論をなぜここで紹介するのかと言いますと、昨年出版した『福澤諭吉の思想的源泉』(慶應義塾大学出版会)の中で説明が少し不足している面があるということと、私が勤めていた甲南大学は、旧制甲南高等学校が母体で、平生釟三郎(ひらおはちさぶろう)や2代目の伊藤忠兵衛ら関西財界人が尽力してつくった高校ですが、人物教育を主眼としております。人物教育というものは、具体的には徳育論になりがちです。それでは智育の問題はどうなのかという話になります。

余談ですが、平生の奥さんのスズ夫人は慶應義塾の幼稚舎で音楽を教え、福澤にも音楽の教育的側面・徳育に影響を及ぼしました。先ほど歌われたワグネル・ソサィエティーを生み出すことにもなった、と幼稚舎の先生であられた白井文子さんから聞いております。そのようなこともあり、智育と徳育の関連を考える上で福澤諭吉という思想家は大変参考になると思い取り上げた次第です。ここでは研究対象としてですから、学ぶところが多いという意味では「先生」ですが、「先生」の敬称は略させていただきます。

儒学的モラリズムへの批判

「新しい世界には新しい政治学が不可欠である」。これはJ・S・ミルに大きな影響を与えたアレクシ・ド・トクヴィルが述べた言葉で、小幡篤次郎がその一部を翻訳し、福澤も援用しております。福澤は明治10年代に『アメリカのデモクラシー』を全巻ではありませんが精読しています。そのイントロダクションにその言葉がありまして、福澤はそこに付箋紙を貼付しています。ただし明治6年頃にはトクヴィルが知識人の間では相当話題になり読まれていたと言われておりますので、福澤も当然トクヴィルについては以前から知っていたと思われます。

それまで福澤が批判の対象にしていた儒学というものは、大体朱子学を奉じている学者が多いのですが、その儒学の基本とは何であるのかと言いますと「己を修め人を治める」、あるいは「修身斉家治国平天下」です。これは『四書五経』の1つの『大学』で論じられている政治哲学です。儒学は、まさに「修身斉家治国平天下」の政治哲学であると、島田虔次ではありませんが、よく言われているテーゼです。

しかしながら「修身斉家」と「治国平天下」は果たして連続的思考としてよいであろうか。福澤は、そういう疑問を提示します。「修身斉家」の問題は個人の情の問題である。「治国平天下」の問題は政治の問題である。政治固有の原則というものも学ばないと、皆「修身斉家」のほうにいってしまう。

つまり、これは政教一致論ということになりモラリズムにいく契機が強くなるわけです。大体モラリズムに人間は弱いわけです。現在の政治についても業績や政策能力よりも、個人的品行について批判する場合が多い。しかし、それを福澤は「ちょっと待ってくれ」と言う。文明社会という新しい世界では、そういった古代中国、堯・舜・禹三代の治世の政治学では駄目なのだと。その時代は確かに「修身斉家」で全てが治まるという見方があった。しかし、それを福澤は批判するのです。

新しい文明世界には何が必要なのか。それが「内に存する無形のものを以て外に顕わるゝ有形の政に施し、古(いにしえ)の道を以て今世の人事を処し、情実を以て下民を御せんとするは惑溺(わくでき)の甚しきものと云うべし」(『文明論之概略』巻之2 第4章。以下引用は断りのない場合同書)というわけです。つまり「修身斉家」とは区別された「治国平天下」の政治に関する学問が必要であると。これは政教一致批判であります。

江戸期にあっては支配層は侍でありました。だから武士というものは、今で言えば官僚にあたる。戦国時代の戦う武士たちとは違います。官僚的素養がないと、とてもではないけれど行政を担うことはできない、ということで、儒者たちは中国の士大夫の思想も学んでほしいと言います。

そういう意味で、政治に携わることが旧支配層の武士たちのメインの事柄であったと。福澤は文明の世界を念頭においてそれを批判します。「政治の名を何と名(なづく)るも必竟人間交際中の一箇条」(巻之1 第3章)と。これは要するに、政治も社会の中の一部なのだ、全てではありませんよ、ということです。だから職を失った士族たちに対して、様々な分野で活躍しなさいと言うのです。それをミルやギゾーあるいは『西国立志編』で有名なスマイルズなどの思想を入れて啓蒙するわけです。統治は官吏に任せては駄目だ。そして自分たち士族だったものが政治以外の私的領域で活躍する場を持つことが、まさに文明の政治だと言うのです。

文明とは道徳と智恵の進歩

文明というものは精神(mental)の問題でもあります。つまり精神を形作る道徳(moral)と智恵(intellectual)の進歩が必要だと言います。これは主としてヘンリー・トーマス・バックルの『英国文明史』という当時よく読まれた本からの引用であります。「人の智徳の進歩」であります。儒教主義による徳育政治論よりも、儒教政治哲学に代わる「智」による新しい政治学の提示であります。

後に福澤は「儒教主義」による徳育論の復活の動きをみまして、それに抗すべく、ミルの政治経済学試論集や論理学などから得ました知見によって儒教政治学に代わる「科学としての政治学」の必要性を説きます。

これは実践政治学と理論政治学の問題でもありますが、この時、福澤は、儒学は政治学七分、倫理学三分の政治学と論じまして、『文明論之概略』にみられますようにフィロソフィーの価値を高める倫理の書としての儒学を否定しております。福澤が志向しました「科学としての政治学」にはもちろんバックルなどから学びました統計の問題や遠因・近因論なども背景にあると思います。そしてこれは智恵の進歩の問題でもあります。

「国を思う心」(トクヴィルの言う「天稟の愛国心」小幡訳)から「国を思う理」(トクヴィルの言う「推考の愛国心」小幡訳)への進歩の問題、この「国を思う理」を培わなければ文明世界で生き延びることはできない、福澤は政教一致に陥りがちな儒教政治哲学を念頭に置きながら、そう確信したに相違ありません。そうしてミルを読みつつ認識における確実性、すなわち「理」を得るには、「両眼主義」の必要性も認識したでありましょう。

両眼主義

両眼主義というものは福澤に言わせれば「両眼を開て他の所長を見るを得べし」(巻之1 第1章)であります。これはそれぞれ相手の立場、反対論に対しても目配りしなさい、ということです。それによって多事争論も起こり、いろいろな人の考え方を議論すれば、そこに自由が生まれると。そのような比較する視点が重要であると。ミルは、反対論を考慮すると議論において自分の考え方が確実になると論じます。そして知恵の獲得にもなる。それが人間知性の本性であると言うわけです。

もちろん江戸期にも反対論とも言える「諫(いさ)め」の重要性を指摘した人物はいました。例えば堀景山の「聖人」です。堀景山は本居宣長の先生に相当します。それから湯浅常山の武士道です。「東照宮諫言を容れ給ひし事」。主人の前で討ち死にするより、むしろ諫めをする人間のほうが重要だと、それが武士道であると湯浅は言っています。さらに別の解釈可能性について言えば『日本書紀』にも「一書に曰く」と、別の解釈を提示しています。さらに江戸時代には『論語』に対する注釈も朱子学、仁斎学、徂徠学のそれぞれの注釈を比較できるような本が1冊本として出版されています。

しかし、寛政異学の禁で朱子学を正学とすることで、多くの儒者たちは朱子学を奉じることになるわけです。そこで「修身斉家治国平天下」を重んじる。モラリズムに走ってしまう学者が多くなる、それでは文明の新世界では通用しないと。修身斉家の問題と治国平天下の問題は別である、と福澤は強調するのです。

衆論と習慣

そこで、衆論と習慣の問題に入ります。国内衆人の議論、世論というものはどういうものかと言うと、「その時代に在て普(あまね)く人民の間に分賦(ぶんぷ)せる智徳の有様」(巻之2 第5章)であると。これは、だいたい習慣によって「体裁」になります。あるいは「停滞不流の有様」になります。江戸時代は「万事、権現様のお定め通り」という言葉があるように、過去の習慣に拘束されます。「因循姑息」ということです。それが道理であると。

しかしながら、ミルはそういったものは習慣の圧制(the despotism of custom)であり、永遠の停止状態になってしまうのではないか。そこでミルは、指導的立場に立って議論を高尚に導く必要性があると『自由論』で強調します。多数意見は意見がないのと同じだとも言っています。ミルはイギリスの偉大さは集団的偉大さであると言います。しかしながら習慣の圧制に至ると集団的凡庸に陥ってしまう。そこで衆論、世論のレベルを高める方策について、個性の発揮と大人物の養成、あるいは庶民の精神的高尚の育成が非常に重要であると言うのです。

儒学の罪を福澤は精神の奴隷(mental slave)にしてしまっていることだと論じます。ただ、習慣が全て駄目かと いうと、そこが両眼主義のいいところです。智力が権を得る習慣は、「彼の報国心の粗なる者をして密ならしめ、未熟なる者をして熟せしめ、以て我国体を保護することあらば無量の幸福」(巻之2 第5章)になると述べ、そこで習慣の意味を、また考えるわけです。

先程もふれましたが「国を思う心」よりも「国を思う理」のほうが必要だと。国を思う心は儒者たち「修身斉家」が中心となってしまうから、そうではなく、もっとグローバルにものを考えなさい、そして「国を思う理」というものを培う必要があるということです。

西洋諸国の衆論は、個人各個の才智よりも高尚にして人物に不似合いな説と行動をしている。福澤はそう言っていますが、これはミルがイギリスの偉大さは協業能力があって、そういう意味で衆論が優れているのだということに対してです。福澤は東洋諸国の衆論を、「智恵に不似合なる愚説を吐て不似合なる拙(せつ)を尽す者なり」(巻之2 第5章)と論じます。

習慣の相違ということで、衆議の法は「数十百年の古より世々の習慣にてその俗を成し」(同)、それが風習になっていると。「今日に至ては知らずして」事を成す。習慣というものは、久しく同じことをやっていると第2の天然となり、知らず知らずして事を成すと言うのです。これ自体は「Habit is second nature.」ですが、しかしながら習慣は天然、自然ではない。人為、人が作ったものである。だから変革可能性が自然より高いのであります。

天然は当面は変革不可能なものです。そこで自然と作為の問題を区別します。だからミルの言う習慣の圧制(the despotism of custom)は東洋の特徴であると指摘して、それは永遠の昨日、東洋諸国に歴史はない、とミルは言うわけですが、しかしながらミルは別の面で堅実な習慣(the steady habit)の意義を説いております。誤りの是正と確実性を習慣化すれば精神の奴隷どころか、確実な認識に至ることもできるというのです。

日本人がそうしないのは「無議の習慣に制せられて、安んずべからざるの穏便に安んじ、開くべきの口を開かず、発すべきの議論を発せざるに驚くのみ」(同)と福澤は嘆息します。だから、これを批判して議論することを習慣化して物事の判断を確実なものにしようと。

それから続けて、「利を争うは古人の禁句なれども、利を争うは即ち理を争うことなり」(同)。利を争うということは利益の利ということも含めて広い意味がありますが、儒学の世界ではだいたいマイナスイメージです。だから多くの儒者たちは利益に対して悪いイメージを持っています。ところが文明国を見るとそうではない。利益を争うことは道理に適ったものでもあるのだと。

具体例としては、アダム・スミスは利己心に訴えることによって、道理に適う形で国を豊かにする。そしてバックルはそのことが自由貿易をもたらし戦争をやめさせたと論じます。福澤もそこに着眼しています。だから「一国の人民として地方の利害を論ずるの気象がな」いのは駄目だから、「一人の人として独一個の栄辱を重んずるの勇力あらざれば、何事も談ずるも無益なるのみ」。独一個の栄辱とは、ミルの言う「the sense of dignity」です。これが自尊心、あるいは「独立自尊」への契機になります。

そこで福澤は「習慣に由て失うたるものなれば、之を恢復するの法も亦(また)習慣に由らざれば叶うべからず」。ここでは習慣を変ずることは大切である。その場合、ミルの言っているようなindividuality(「個性」)やそういったものが重要で、そういった人たちが新たな習慣を創始して、賢明な行為を行うであろうというのです。

福澤による智徳の分析

それでは今日の本論であるバックル「文明史」を応用したと言われる「智徳の弁」(巻之3 第6章)について考えてみましょう。『文明論之概略』の草稿を研究した方の話によれば「智徳の弁」を書き上げるのに福澤は相当苦心したと指摘しております。

先ほど申し上げましたように、文明はmental progressである。moral とintellectual が本質的であると。このように断言しました。バックルという人は現在ではほとんど読まれていませんが、当時はものすごく影響力があり、それはドストエフスキーやトルストイといった文豪にも及びます。たちまち読まれ、たちまち消え去った思想家とも言われますが、ミルの弟子でもあり、そういう意味では、ミルの影響もあると思います。ミルの場合は、moralというよりはvirtue を重要視しておりますが。

いずれにしても、これは福澤独自に在来の漢語である「智徳」を使用しての分析であろうかと思います。バックルには、私が見た限りですが、こうした分析論はありません。福澤は、そこでmoral を心の行儀として私徳と公徳に分けています。私徳は貞実、潔白、謙遜、律儀のように心の内に属すもの。公徳は廉恥、公平、正中、勇猛といった人間の交際上、社会上に属すものです。これはミルの私徳論と公徳論から来ていると思います。ミルは私徳をself-regarding virtues、公徳をsocial regarding virtues としており、まさに福澤はsocial を「人間の交際上」と翻訳していますことからミルの意図を汲んでいると思います。ミルはその自己配慮の徳を低くみるのではなく、社会的な徳に比して第2次的であると主張します。

もちろんsocial morality という言葉もあり、あるいはthe morality of private life ともミルは使用していますが、ミルは上手くself-regarding virtues、とsocial regarding virtues に分けるわけです。バックルにはない区分を福澤が『大学』『中庸』などを援用して、ミルを参照に明確化したということができるかと思います。

そして、「インテレクト」のほうは、「事物を考え事物を解し事物を合点する働き」(巻之3 第6章)ということで、これも「私智:物の理を究めて応用する働き」と「公智:人事の軽重大小の分別、重大を先に軽小を後にし時と場を察する働き」の2つに分けます。私智や公智という言葉自体も伝統的な漢語としてあります。それを福澤は上手く利用します。その時に、どうもミルのregarding を「智」のほうにも福澤は応用したのではないかと思います。

もともと漢語の私智は「公正でない智慧、狭い考え」のことで『韓非子』などに出てきます。あるいは朱子も「心を尽くすは私智崩さず」と言っている。そういう意味で私の領域のものです。そして「公智」は伝統的な用法では「世間で知られている周知の意」ということになります。

重要なのは、野蛮の太平から文明の太平へという場合、「私智私徳」を推し広めて「公智公徳」にしないと駄目だという福澤の考えです。その場合に聡明叡智(外界の事物の認識と内面的思慮深さ)の働きが必要である。これは『中庸』に出てくる文言です。だから「天下の至聖」は、結局、聡明叡智によって私智私徳から公智公徳に至るのだと。これは漢語に出てくる「大徳」であると。そういう意味では、大きな徳と智恵は不可分な関係にあるということです。

福澤は公智の働きの例として、ワットの蒸気機関とアダム・スミスの経済学を挙げています。これは智恵が世界の面目を一変した例であるというわけです。それから、智徳兼備の例としてクラクソンという奴隷売買の悪法を廃止した人間は智を道具として徳の拡大、即ち公徳の担い手になったと言います。それからハワードは囚人虐待の改善に当たった人物ですが同様だと福澤は論じます。クラクソンやハワードは『童蒙教草』で取り上げた人物ですが、公智公徳をわかりやすく説くために改めて登場させたのだ、と思います。

智恵と徳義の違い

日本で徳義というと個人の私徳で内に存する、パッシブ(受け身)の人物に備わっているものと福澤はみなします。またミルも言っていますように、一般論としてもキリスト教道徳における受動的服従の教説、積極的よりも消極的ということで、道徳学者や人間の一般的同感はパッシブであるほうが受け入れやすい。

しかしながら福澤は、聡明叡智の働きはアクティブではないと駄目だと主張します。特に学ぶ人間はアクティブでないと駄目だと福澤はミルの『功利主義論』の1節にノートしております。あるいは福澤はチェンバースのPolitical Economy を最初に訳していますが、そこでもアクティブの意味を学んでいます。

バックルではありませんが、徳義は古より変化しない、進歩もしない。それは十戒五倫、モーセの十戒やキリスト教道徳も論語における五倫をと比較して福澤はそれをうけて言っております。

ところが智恵というものは「一度び物理を発明してこれを人に告れば、忽ち一国の人心を動かし、或はその発明の大なるに至ては、一人の力、よく全世界の面を一変することあり」(巻之3 第6章)であります。私徳の功能は狭く、智恵の働きは広いのだと。「徳義は智恵の働に従て、その領分を弘めその光を発するものなり」というようなことを主張するわけです。

徳義は情愛であって規則ではありません。ところが智恵には規則の問題が出てきます。それは事物の順序を整理する目的で、人の誤りを前提にして人の悪を防ぐ目的、人の悪い心をコントロールするには、やはり規則が必要で、それが智恵の問題であると。

ただし、やはり福澤は両眼主義を持っていますから、完全に私徳を無視してはいません。同じ頃に書いた『学問のすゝめ』に「智徳事業の棚卸」(14編)と、非常に面白い使い方をしている一文があります。それから「経済の公論に酔て仁恵の私徳を忘るゝ勿れ」(同編)と。私徳を忘れてはいけませんよということです。だから確かに智徳の力は計算可能性では測りきれないものだが、しかしながら智徳事業の棚卸をしてみるとよいと。1年間に私はこういうことをしたと、それは智恵の問題も含めてであります。

ミルは快は質の問題であると言いました。また、計算可能性は果たして本当に可能なのかという問題でもあります。ベンサムは「最大多数の最大幸福」で計算可能性を前面に打ち出します。確かに福澤は智徳の力は権衡度量では計れないけれども、筋骨の力と同じで、計れないことはないと、理由を付けて棚卸を説いております。

私徳を忘れたらどういうことになるのか、というと儒学にも「修身斉家治国平天下」の中で「治国平天下」を重視する学問が日本にもありました。それは徂徠学です。徂徠学というのは天下国家のことばかり論じて私徳論については無視する。松平定信はそれでは駄目だということで、寛政異学の禁で正学として朱子学を重んじることにしました。徂徠学は倫理と区別された政治の固有性を主張し、政教一致のモラリズムを批判したのです。丸山眞男が戦時中に政教一致のモラリズム批判を念頭において徂徠学の意義を説く助手論文を書いたのも、福澤の問題意識があったと思います。

ただ、棚卸によって誤りを正すことができるのは、ミルが強調します知的存在としての人間の尊厳の問題です。人 間は万物の霊と言われるように、自分の誤りに気付いて訂正することができる。そこが重要です。そういった点も含めて智徳事業の棚卸と福澤は言っていると思います。

徳の両義性

徳の両義性について少し触れておきます。それはmoralとvirtue の違いの問題です。両方とも同じ徳と言っている場合もありますが、どうもミルは言うまでもなく福澤も両者の意味合いの違いは知っていたようです。moral はmores(モーレス)で、要するに風俗、風習を語源としてもっております。この当時よくmoral science が使われますが、この語には「社会科学」の意味も含まれます。一方、virtue は個人的勇猛性に由来します。政治的共同体に参加する道徳という意味でvirtue は使われています。

福澤の『文明論之概略』の草稿では「passive virtue」と言っていますから、そこでmorality を使わなかったのは、恐らくvirtue の考え方に福澤は気付いていたと思われます。そういうことで人間の個人的資質である尊厳さを考える場合にはvirtue を使うというわけです。そうして誤りを正すことができる存在も徳であると。

高尚の精神を目指すということ

結びになりますが、智徳兼備への絶えざる研鑽は福澤にとって文明の要であるということです。すなわち「智を研き徳を脩(おさ)めて人間高尚の地位に昇る」ということです。これはミルの自由論にもその精神がありますし、それを福澤は非常に重んじています。人間は高尚でなければならないというのです。

高尚とは何ぞやということですが、福澤はミル『功利主義論』の書き込みに、「ノーブルフㇶーリング」と書き込みました。福澤の思想が最もよく出ているのはこのノーブルフㇶーリングではないのかと私は思っております。以下がその書き込みです。

「ノーブルフㇶーリングは若き草木の如し 社会中に交わる己が地位の有様に由て容易に消滅す可し 今の少年が妻を娶り官員に為りて後に気力を失ふが如し されども中心に勘弁して賤しき快楽を悦て尚高の気風を投棄せんと欲する者はある可からず 必ず心の内には一点の廉恥存するものあり 旧友が折々尋問に来り或は近辺に居を移さんとする抔 再ひ近かんとするが如きは即ちノーブルフㇶーリングの未た全く枯死せさる者なり 蓋し人に交るの要は此のフㇶーリングを勉めて養成すに在り」

ノーブルフㇶーリング、すなわち高尚の精神は若い草木と同じで、社会的地位によって容易く消える。しかしよく考えると全く枯れはててしまわない。人と交際すればノーブルフㇶーリングが覚醒する。だからそれを勉めて養うには人が人として付き合う必要がある、と言うのです。このミルの『功利主義論』への書き込みは、私の『福澤諭吉の思想的源泉』の表紙カバーにも使わせてもらっておりますが、これは福澤のミルに対する、あるいは福澤の考えを非常によく表しているように思います。質的快楽の問題でもあります。快楽は質の問題である、これも福澤の念頭にはありました。同時に福澤には『論語』冒頭部にあります、学び合った友達が遠きを厭わないで会いに来てくれる。楽しいことではないか。人に知られなくても腹を立てることなく語り合う。「亦君子ならずや」。英訳者は「true gentleman」と訳しております。真の紳士はノーブルフㇶーリングの持ち主であります。福澤の『論語』解釈は難しい問題ですが、これはわかりやすい例と思います。

学んだことを振り返り、同窓の仲間たち、あるいはかつて一緒に学んだ人間と時々会って高尚の精神、ノーブルフㇶーリングを確認し合う。そういったものが重要であると。お互いが同窓であった人間たち、あるいは共に学んだ人間たちと会って、ノーブルフㇶーリングを改めて養成することが重要である。それが社交だと。社交の必要性を福澤はよく言いますが、これもその一環です。

『学問のすゝめ』の最終章である17編にも「人にして人を毛嫌いする勿(なか)れ」とあります。どんな人間でも、やはり自分が高尚でありたいというものは持っているから付き合いなさいと言っていると解釈できます。高尚に到るには確かに努力が必要かもしれません。現在は努力して高尚になるのは、ちょっとダサいのではないかという感覚があるかもしれませんけれど、福澤は人間世界はレベルアップしないと駄目だと繰り返し主張します。それは学校であってもそうです。どこにあってもレベルアップが必要だと。ノーブルフㇶーリングは貴族的精神と訳す場合もありますが、つまりあらゆる分野においてレベルアップする必要があると言っているのです。

人間交際は、そういう意味で必要であると。ギゾーやミルもそれを強調しています。だから福澤も、それを大いに学んで、強調しているということです。

塾長の話にもありましたが、現在、『文明論之概略』を読むということは特に昨今の国際情勢を見ると、ますます重要になっていると思います。そこで道理とは何なのか。国際的に通用する道理は何なのかを考えてほしいということです。ディールによって国益を追求するのもいいけれど、しかし、それは道理にかなっているであろうか。そういうことを考えないと、まさに弱肉強食の世界になってしまいます。そうならないためにも『文明論之概略』は大いに学ぶところがあると思います。

ご清聴どうも有り難うございました。

  (本稿は2026年1月10日に行われた第191回福澤先生誕生記念会での記念講演をもとに構成したものです。福澤諭吉の原文は『福澤諭吉著作集』(慶應義塾大学出版会)に依った。)  

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。