執筆者プロフィール
安形 麻理(あがた まり)
文学部 図書館・情報学専攻教授安形 麻理(あがた まり)
文学部 図書館・情報学専攻教授
2026年6月27日の午後に文学部図書館・情報学専攻の開設75年を祝う記念式典、講演会、祝賀会を三田キャンパスにて開催しました(上記写真)。週前半に発生したダブル台風への懸念から、開催の判断に苦慮する日が続きましたが、当日は大きな影響はなく、来賓や卒業生など250名以上にご来場いただき、開催できました。準備や運営にあたり、学部や学部長秘書、関連事務部門や用務員の皆様、そして多様な卒業生、在校生の多大なるお力添えをいただいたことに、慶應義塾の強みを実感しています。
北館ホールで行われた記念式典では、主催者挨拶に続き、岩谷十郎副学長、歳森敦筑波大学副学長、須田伸一メディアセンター所長、亀山渉早稲田大学図書館長、三浦太郎日本図書館情報学会長、そして2023年度まで専攻で教鞭をとられていた倉田敬子国立国会図書館長からの祝辞に加え、専攻と縁の深いカリフォルニア大学バークレー校のマイケル・バックランド名誉教授からのビデオレターも上映しました。続く松浦良充常任理事による記念講演「日本における大学教育の現状とこれから:知識生成プロセスの変動と大学における「知」の未来」では、大学教育制度改革、AI時代における慶應義塾の取り組み、専攻の教育が果たす役割について示唆に富むお話をいただきました。さらに、専攻の歴史や卒業生の活躍を紹介する記念動画の上映、国立台湾大学およびイリノイ大学アーバナ・シャンペーン校からのお祝いメッセージの紹介に続き、ワグネル・ソサイエティーの伴奏により塾歌を斉唱し、閉式となりました。ホワイエでの小展示では、開設からの歩みをたどる写真や展示品、メディアセンターや福澤研究センターから借用した資料と並び、歴代の卒業論文中間発表レジュメ集など学生時代を鮮明に思い起こさせる資料も懐かしそうに手に取られていました。
その後は生協食堂にて、同窓会組織SLIS三田会が主催する祝賀会となりました。佐藤学部長や名誉教授をはじめとする来賓のスピーチ、パワーポイント上映が行われるなか、旧交を温め、また新旧世代の新たな出会いもあり、最後には應援指導部の先導のもと「若き血」を熱唱して散会しました。終了時には雨も上がり、キャンパス周辺では各期の二次会がにぎやかに行われました。
専攻の前身である図書館学科が1951年に文学部内に開設されたときは、Japan Library School(日本図書館学校)という名称も持っていました。大学レベルで図書館学を教える日本初の機関で、第2次世界大戦後に連合国軍総司令部(GHQ)の民間情報教育局(CIE)と米国図書館協会(ALA)の支援のもとに作られたものです。開設時は5人の教員と1人の図書館員がすべてアメリカから派遣され、通訳付きで英語の授業が行われていました。現在まで続く、高密度教育と国際的な視野のルーツはここにあるといえるでしょう。最初期には米国政府やロックフェラー財団からの財政的な支援も受けていました。専攻の歴史については、紙幅の制約から、式典にあわせて刊行した『75年記念誌』や、2001年の『50年記念誌』などに譲り、ここでは慶應義塾に当専攻が開設された経緯と現在まで続く縁に絞って簡単に述べます。
専攻に残された資料からは、日本図書館学校の開設先として選定されるにあたり、慶應義塾の校風や福澤諭吉の精神が高く評価されたことがわかります。1950年にGHQの要請により、ALAからイリノイ大学図書館長ロバート・R・ダウンズ教授が日本に派遣され、慶應義塾のほか関東と関西の複数の大学を候補として選定しました。同年末にワシントン大学のロバート・L・ギトラー図書館学校主任が来日し、候補大学を調査し、慶應義塾に日本図書館学校を開設することを勧告する報告書を提出しました。慶應、京都大学、東京大学の最終候補比較表を見ると、西洋の思想の受容や教育への展開といった哲学や他の高等教育機関からの学生受入可能性などの項目で慶應が最も高く評価される一方、授業料や蔵書規模では相対的に低い評点が付いています。この報告書は現在、旧図書館2階の塾史展示館に展示されています。
実は、ギトラー教授は1951年1月10日の福澤諭吉の誕生日に三田キャンパスを訪問し、清岡暎一訳『福翁自伝』英訳版を贈られていました。後年書かれた自伝には、『福翁自伝』に深く感銘を受けたことが記されています。初代主任教授となったギトラーは、当初の滞日予定を延長し、1956年6月まで教鞭をとりました。その間に創設されたギトラー奨学金は現在まで毎年、学業人物ともに優秀な学部生に授与され続けています。近年、ギトラー教授が滞日中に家族に宛てた手紙がバックランド名誉教授により発見され、専攻に寄贈されましたので、今後デジタル化や整理を進めていく予定です。
また、選定に関わったダウンズ教授の本務校イリノイ大学からはお祝いのメッセージをいただいただけでなく、同大学情報学研究科のJ・スティーブン・ダウニー教授を招いた国際ワークショップの開催が今年6月に3回目を数えるなど、学術的な交流が続いています。イリノイ大学も運営に深く関わるハーティトラストという、デジタル化された書物の共同リポジトリに、慶應義塾大学メディアセンターがアジア圏から唯一加盟しているのも、ギトラー教授に高く評価された義塾の校風の表れだといえるでしょう。
開設から75年、時代の趨勢にあわせて「情報学」という名称の追加、複数回の大規模なカリキュラム改訂、大学院課程や社会人大学院「情報資源管理分野」の創設などの変化を経ながら、情報という角度から問題を見付けて解決できる人材の育成を続けています。卒業生は、各種の図書館界や研究職はもちろん、IT業界や一般企業での情報管理など、さまざまな職場で専門性を活かして活躍しています。デジタル化や生成AIなどの急速な技術的発展による社会の変化のなか、図書館・情報学の果たす役割は一層大きくなるでしょう。開設100年、またさらにその先に向けて、教育と研究のあり方を不断に検討していく所存です。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。