執筆者プロフィール
泰岡 顕治(やすおか けんじ)
理工学研究科 委員長泰岡 顕治(やすおか けんじ)
理工学研究科 委員長
2026年4月、慶應義塾大学大学院理工学研究科は「創発(Emerging)」を核とした新たな教育研究体制をスタートさせます。この大規模な改革の背後にあるのは、「想像する創発。Imagining, Emerging.」という基本理念です。多様性を重視しつつ、科学技術の専門性を活かして未知の領域に果敢に挑戦し、次代の社会を先導できる人材を輩出することを目指しています。
教育体制については、従来の「3専攻15専修」という枠組みを抜本的に見直し、「4専攻11カリキュラム」体制へと改組します(図参照)。具体的には、「先端数物科学専攻」(数理科学、物理学、物理情報工学カリキュラム)、「化学・生命情報科学専攻」(分子・生物化学、創発理化学、生命システム情報カリキュラム)、「総合デザイン工学専攻」(機械工学、電気情報工学、システムデザイン工学カリキュラム)、そして「人間・社会システム情報科学専攻」(オープンサイエンス、管理工学カリキュラム)の4専攻が設置されます。この新体制では、学部の基幹教育からの連続性を担保しつつ、学修者本位の多様な学びを実現することを重視しています。また、教員が複数のカリキュラムを兼務できる柔軟な仕組みを導入することで、分野の境界を超えた学際的な教育・研究をさらに促進します。
本改革のもう1つの大きな柱が、組織的な研究力の向上を目的とした「研究ユニット」の導入です。研究ユニットは、専攻の壁を超えて立ち上げられるオープンな研究組織であり、「知の共鳴が、未来を創発する。〜尖鋭なる専門知を、世界へとどろく組織力へ」という志の下で結成されました。これは、研究者個人の卓越した「専門知」を、戦略的な枠組みによって組織としての圧倒的なプレゼンスへと昇華させる試みです。2025年4月にプレスタートし、現在47の研究ユニットが結成されており、大型研究予算の獲得や国際共同研究、さらには若手研究者の育成など、多角的な研究活動を展開しています。その領域は、基礎科学・数理科学から、量子技術、生命科学、気候・エネルギー、人工知能・ロボティクス、先進マテリアル、人間・社会まで多岐にわたります。
こうした教育研究体制の刷新と並行して、国際的な取り組みも強力に推進しています。理工学研究科が目指すのは、世界中から学生や研究者が集う「グローバルな学術交流」の拠点となることです。特に、欧州を中心とした世界の理工系高等教育機関との連携を深めており、20年以上の実績を誇ります。現在も、文部科学省の「大学の世界展開力強化事業」に採択された「日欧が相補的に提供するLearning Agreement 型国際共同学位プログラム」(2024-2029年)などの育成を加速させています。
さらに、産学連携の活性化に向けては、2025年4月にオープンした「YIL(Yagami Innovation Laboratory / Yagami Innovation Laboratory)」が中心的な役割を担います。YILは、文部科学省の地域中核・特色ある研究大学強化促進事業(J─PEAKS)の一部でもあり、社会課題の解決を目指す産学連携研究の促進拠点です。ここでは、学生主催のワークショップやAIロボットの実体験、ウェルビーイングやゼロ・ウェイスト活動といった多様なプロジェクトを推進しています。立場を超えて学生、教職員、企業が慶應の未来を語り合い、新たな価値を創造する「イノベーションがここから始まる(Innovation Begins Here)」ことを象徴する施設です。
研究力の向上、そして持続的なイノベーションの創出のために欠かせないのが、博士課程学生の増加と育成です。近年の理工学研究科博士課程入学者数は大幅な増加傾向にあります。慶應義塾全体としても、今後さらなる博士学生の増加を目指しています。そのための強力な支援の仕組みが、科学技術振興機構(JST)の支援による慶應義塾プロジェクト「未来のコモンセンスをつくる博士人材の育成(Keio-SPRING)」です。このプロジェクトでは、博士課程学生が安心して研究に専念できるよう、年額220万円の生活費支援(研究奨励費)に加え、研究費の配分や海外渡航費の補助など、充実した経済的支援を行っています。
さらに、Keio-SPRING では経済的支援にとどまらず、社会のリーダーとして多様なキャリアパスを築くためのセミナー、インターンシップ、メンター制など、高度なキャリア開発コンテンツも提供されています。理工学研究科では、博士学生が先に紹介した研究ユニットに参加し、若手研究者として育成される仕組みを整えることで、社会の様々な場面で活躍できる博士人材の輩出を目指しています。
理工学研究科は、教育・研究・国際化・産学連携・博士支援という重層的な取り組みを加速させ、10年後、世界中から優れた知が集い、グローバルな課題に対して革新的な最適解を提示し続ける拠点へと進化を続けます。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。