慶應義塾

【特集:東アジアから考える国際秩序】【第2セッション】国内政治が揺さぶる国際秩序

登場者プロフィール

  • 森 聡(報告)(もり さとる)

    法学部 教授

    1997年京都大学大学院法学研究科修士課程修了。2007年東京大学大学院法学研究科博士課程修了。博士(法学)。専門はアメリカの外交・安全保障、現代国際政治。法政大学法学部教授を経て22年より現職。著書に『国際秩序が揺らぐとき』(共編)他。

    森 聡(報告)(もり さとる)

    法学部 教授

    1997年京都大学大学院法学研究科修士課程修了。2007年東京大学大学院法学研究科博士課程修了。博士(法学)。専門はアメリカの外交・安全保障、現代国際政治。法政大学法学部教授を経て22年より現職。著書に『国際秩序が揺らぐとき』(共編)他。

  • 倉田 秀也(報告)(くらた ひでや)

    その他 : 防衛大学校教授法学部 卒業法学研究科 卒業

    塾員(1985政、88法修、95法博)。専門は安全保障論、韓国政治外交史。日本国際問題研究所研究員、杏林大学助教授、教授等を経て2008年より現職。著書に『朝鮮半島と国際政治』(共編)他。

    倉田 秀也(報告)(くらた ひでや)

    その他 : 防衛大学校教授法学部 卒業法学研究科 卒業

    塾員(1985政、88法修、95法博)。専門は安全保障論、韓国政治外交史。日本国際問題研究所研究員、杏林大学助教授、教授等を経て2008年より現職。著書に『朝鮮半島と国際政治』(共編)他。

  • 西野 純也(討論・司会)(にしの じゅんや)

    法学部 教授、同東アジア研究所所長法学部 卒業法学研究科 卒業

    塾員(1996政、98法修、2003法博)。2005年延世大学校大学院博士課程修了(政治学博士)。専門は現代韓国朝鮮政治、東アジア国際政治。16年より慶應義塾大学法学部教授。23年より同東アジア研究所所長。著書に『激動の朝鮮半島情勢を読みとく』(共著)他。

    西野 純也(討論・司会)(にしの じゅんや)

    法学部 教授、同東アジア研究所所長法学部 卒業法学研究科 卒業

    塾員(1996政、98法修、2003法博)。2005年延世大学校大学院博士課程修了(政治学博士)。専門は現代韓国朝鮮政治、東アジア国際政治。16年より慶應義塾大学法学部教授。23年より同東アジア研究所所長。著書に『激動の朝鮮半島情勢を読みとく』(共著)他。

2025/03/08

西野

第2セッションでは、お2人の専門家をお迎えし、主にアメリカ、韓国で現在起きている国内的な政治変動が、国際秩序にどういった影響を与えているのか、あるいは今後与え得るのかという点について議論を進めていきます。

第1セッションの議論でも、トランプ政権の再登場に関する議論がありましたので、両者は密接に結びついている部分が多いのではないかと思います。まず、森先生からトランプ政権の対外政策についてお話をお願いします。

分極化の構造

私からは「トランプ政権―国際秩序のゆくえ」ということで報告をさせていただければと思います。

1つ目は「トランプ再選は何を意味するのか」ということです。ポイントとしては、トランプ政権は二重の秩序変革を追求するということで、国内と国際場裡でこれまでの現状を変えていくような取り組みをどんどん進めていく。それを有権者は実際に期待しているといった話をします。

それから2点目は、本題の「トランプ次期政権は国際秩序にいかなる影響をもたらすのか」です。トランプ政権が発足してこれから様々な政策を進めることでアメリカがこれまで世界で果たしてきた役割がどのように変化するのか。リベラル覇権秩序と呼ばれるような、アメリカが主導する国際秩序というものにどんな影響をもたらすのか。トランプ政権のインプリケーションというものを考察してみたいと思います。

まず、選挙の結果、これはもう皆さんご案内の通りです。よくメディア等では圧勝と言われますが、得票差は270万票、全体の1.7%であり、全体として見るとトランプが圧勝という状況ではない。アメリカは真っ2つに割れている状況で、それぞれが異なる連邦政府のあり方、アメリカの世界における役割についての考えを持っているということです。上院と下院の議席数も僅差で、アメリカの中でイデオロギー的分極化という状況が進んでいることがわかります。

このイデオロギー的分極化というのは一般的に2つの属性で定義されます。1つ目は、政党のイデオロギー間の距離が離れていくことです。様々な社会経済問題、政治問題に関する方向性、考え方について対照的な見方があり、この距離がどんどん開いていく。

もう1つは、政党内におけるイデオロギーの凝集性・一体性がどんどん高まっていきます。このような2つの状況が起こりますが、2大政党間でだいぶ異なった政府、あるいは権力行使のあり方についての考えがどんどん開いていく。政権交代が起こると、少数党となるほうは世の中が間違った方向に進んでいくと思い、そして政権党は、世の中は正しい方向に進んでいると思うようになるわけです。

昨年11月の選挙は、表面的には経済問題でアメリカのマクロ経済はパフォーマンスがよくても、物価高による家計の圧迫が問題として大きかった。それから、バイデン政権期にかなりの数の移民が暫定的な仮入国措置でアメリカに入っており、そのことの社会不安が注目されました。

ハリスは民主主義の防衛、人工妊娠中絶の権利の保護を訴え、ある意味、民主党支持者の関心を汲んだ王道の選挙戦術を採った。それに対してトランプは、自分が大統領の時は経済はもっとよかった、世の中も平和だった。それから不法移民が入り過ぎたことで犯罪が起き、社会問題が起きていると言って、経済そして移民にまつわる不満や不信をすくい上げました。

蓋を開けてみると、投票した4割ほどの有権者は経済や家計の問題を重視し、移民問題も、イシューとしては非常に重要度が高かったので、ハリスの選挙戦術は外れてしまいました。いま申し上げたようなことが表層的な説明になるかと思います。

トランプの目指す「二重の秩序変革」

より深い説明としては、現在のこのアメリカの置かれている状況を変革してほしい、打破してほしいという欲求がアメリカの一般市民の間にたまってきていたということだと思います。

ワシントン中央政治に対する信頼感は、ピュー・リサーチセンターが定点観測している世論調査の結果を見ると、1960年代半ばの78%ぐらいをピークに、基本的には下落傾向で今や22%前後です。要するに、今の政治・社会・経済システムがおかしい、政府のやっていることは間違っている、何か信用できないものがあるという不信感がずっと蓄積されてきている。

そうした中、有権者に「大統領にどういう資質を求めるか」という質問をすると、1位が「国をリードする能力」、2位が「変革を実現する能力」となる。出口調査では、リーダーシップを重視した有権者のうちの65%がトランプに投票し、変革を重視した有権者の73%がトランプに投票したという結果でした。

そこから何が言えるかですが、トランプはよく選挙(2020年大統領選)に不正があったと言っていました。かたやハリスは、民主主義を防衛すると言いました。民主主義の防衛というのは要するに現状維持のメッセージとして受け止められた。一方、選挙の不正は、もちろん字面通り受け止める人もいたと思いますが、今のシステムは何かおかしい、きちんとした予算配分が実現していないという不満を持つ人たちへのメッセージとなった。つまりトランプは現状変革、現状打破の候補者としてのイメージを浸透させることができたのではと思います。

トランプはこのことを自覚していて、事実上「二重の秩序変革」を目指すとみられます。すなわち、一つは自分たちはワシントンの既得権益の打破を目指すというマンデートを持っていると。それを「ディープステートの解体」という言い方をする人たちもいます。

つまりは民主党の政策を一掃していく、例えば多様性とかいったものはよろしくない、Wokeと言われる考え方も逆転させなければいけない。それ以外にも、言説のみならずエネルギー資源を含めて様々な規制を撤廃していく、ということを目指すことなどが内でやることだろうと思います。

リベラル国際秩序の否定

他方で、本日のテーマの「国際秩序」について政権1期目からトランプは、反グローバリズムということを言っています。これは、いわゆる「リベラル国際主義」をワシントンがコスト度外視で追求してきた結果、アメリカの国力消耗につながったという見方です。リベラル国際主義に対して反発し、こういう伝統的なアメリカの外交路線を振り払わないとアメリカの国力再生はないんだ、アメリカを偉大にするためには従来の対外関与姿勢を否定しなければいけないということです。

このリベラル国際主義というのは、アメリカはリベラル国際秩序を支えなければいけないという、一種のイデオロギーとして理解することができると思います。

主要な取り組みの1つ目は、同盟を通じた大規模地域紛争の抑止です。しかし、これをやった結果、経済が発展した同盟国のただ乗りを許したではないかとトランプは批判します。要するにアメリカは食い物にされていると。

2つ目は、多角的貿易体制を通じた貿易自由化の促進です。これについてトランプ独自の世界観で言えば、雇用の流出だけではなく、外国が貿易黒字を上げてアメリカが損をしているという見方をします。

そして、民主主義、法の支配、人権を推進するための外交や武力介入をした。その最たるものがイラク戦争ですが、トランプとその支持者らは、そこで不要な犠牲を払ったと言います。さらに、開放的な政治・社会制度を通じた移民活力の取り込みにより、特にバイデン政権の時に移民の大量流入が起こってしまったと非難します。

こういうものの進行をこのまま許していくとアメリカはどんどん消耗していく。本当はアメリカの力を増進するためにあったはずの制度が、それを支えるために力を傾注した結果、自分が消耗するという本末転倒な状況になってしまっている。だからここを変えなければ駄目だというのが、トランプ主義の基本的な問題意識としてあるということです。

保守的な現実主義と一国主義

そうすると、アメリカの平和と繁栄を消耗させずに世界にどう関与すべきか。ここがベースラインとなってトランプ政権に入る人たちの考え方は組み上げられます。そこには2つぐらいの考え方があると観察されます。

1つは、一国主義と言われるような考え方を持つ人たちで、アメリカの対外的な責務や負担はできるだけ軽減し、アメリカは身軽になるべきだということです。どの国も自国の平和と繁栄を最優先するのは当たり前なのですが、アメリカの場合、自国以外の平和と繁栄のためにもかなりの責務とコストを負っていましたので、それを振り払って自分のことに絞るということです。

2つ目は、アメリカの限られた力やリソースをヨーロッパや中東より、自分たちの最大のライバルで挑戦国である中国への対応に振り向けるべきだという考え方です。これら2つのアプローチで世界に向き合っていく考え方があるということになります。

もともと共和党の中には、アメリカはどのように世界とかかわっていくべきなのかについて3通りぐらいの考え方がある。1つは保守的な国際主義、2つ目は保守的な現実主義、3つ目は保守的な一国主義ということになります。この3つのうち、トランプ政権に入るのが、保守的な現実主義の世界観を持った「優先主義者」と呼ばれる人たち、もう1つが、保守的な一国主義といった世界観を持った「抑制主義者」と呼ばれる人たちです。

保守的な現実主義というのは基本的にはルールではなく力を通じて世界を見ていきます。力で追い上げてくる中国に対抗していく。目的と手段のつり合いを重視しますので、手段の制約に対しては非常に自覚的です。そして理念や価値を他国に押し付けず、それに基づいて力を行使することは基本的には考えません。

具体的に言うと、最大の挑戦国である中国に厳しく対抗するためヨーロッパ・中東よりインド・太平洋を優先する。そして中国への対抗連合を重視する。つまり同盟の類を積極的に強化しようと考えます。ただし、中国の体制批判はしても、体制転換は目指さない。

しかし、興味深いのは、中国との戦略的競争はどういう条件の下で終わると思うか、と保守的な現実主義者の人たちに聞くと、2つ可能性があると回答します。1つは、中国がアメリカと競争する力を失い、弱くなった時。もう1つが、共産党の統治の性質が根本的に変わった時。このどちらかが起こったら戦略的競争は終わると。そこではやはりパワーと政治体制が問題になるわけです。

現実には、当面体制転換を自分たちから積極的に仕掛けていくことはやらない。ただ、長期で見た時、体制かパワーのどちらかの面で、アメリカが決定的に優位になる状況に至るまで対立は続くのではないかということです。

一方、保守的な一国主義は国家主権を重視します。アメリカの平和と繁栄は他国の平和と繁栄とは切り離して存立し得るという前提に立って世界を見ます。ヨーロッパや中東、アジアで何が起ころうが、基本的にアメリカは自分の国に対する攻撃を抑止できるような軍備を持って、通商で貿易黒字を上げていれば安泰だといった見方です。

「安全保障の可分性」という考え方は民主党と対照的です。民主党は、あらゆるものがアメリカの平和と繁栄にかかわっているというグローバルな安全保障観を持っているのですが、それとは違い、アメリカの平和と繁栄は世界のそれとは切り離して存立すると考えます。理念や原則ではなく、実利で考えていくということです。

一国主義の抑制主義者は、自国防衛のための軍備増強、2国間の通商関係での貿易黒字を優先し、同盟国の防衛は自明ではない。同盟国はアメリカの平和と繁栄にとって不可欠という前提はないので、「なぜ同盟国を防衛する必要があるのか」「なんでウクライナを守らなければいけないんだ」「なんで台湾を守らなければいけないんだ」という問題意識が出ることになります。地域紛争がヨーロッパやアジアで起こるのであれば、それを抑止する取り組みは一義的に地域諸国がやるべきだと。

ウクライナに関しては、「大西洋の反対側にいるアメリカがなんでウクライナ支援の7、8割を負わなければいけないんだ。ウクライナの目の前にいるヨーロッパ諸国がもっとやらなければいけない」というのがトランプをはじめとする抑制主義者の考え方です。

「選択と集中の安全保障政策」

トランプ政権の具体的な政策を安全保障と経済と外交との3本柱で分解すると、安全保障は「選択と集中の安全保障政策」となると思います。ヨーロッパ・中東ではなるべく早く紛争を終息させたい。なおかつ、同時並行で、中国に対抗する取り組みを進めていくことになると思います。中国に対しては軍備増強、核・通常戦力の増強もあると思いますし、米軍の前方展開の拡充、それから何より重要なのが防衛産業基盤の拡充が大きなアジェンダになるだろうと思います。

台湾政策に関しては粛々と進む印象です。第1次トランプ政権で台湾政策を担当していた方と昨秋東京でお話ししたら、第1次トランプ政権、バイデン政権、第2次トランプ政権と、継続性が顕著になるだろうと言っていました。粛々と台湾の非対称的な防衛能力の強化を支援していくのではないか、と言っていました。

防衛予算増は、台湾も含めて他の国に対して求めていく可能性があります。どういうタイミングで誰に何を求めるかは別として、根本には一国主義・抑制主義の人たちからすると、地域諸国はもっと防衛努力をしなければいけない、同盟国に対しては、国防予算を増やし、防衛負担も増やし、安全保障上の役割を拡大しろ、といった要求を本来的に持っている。ヨーロッパでは欧州諸国が欧州防衛のためのコストを負うべきだという方針がかなりはっきりと出てくると思います。6月のハーグでのNATO首脳会議でおそらくトランプ政権はそういった欧州諸国による欧州の国防支出増を求めていくのではないかと思います。

それに対してインド太平洋のほうでは同盟国との防衛協力を促進すべきだという議論が前面に出てきて、ヨーロッパほど波風が立たないのではないかと現時点では予想しています。

脱価値的な外交の特徴

2つ目が通商政策です。高関税政策、WTO体制の正当性の否定、そして様々な通商政策の安全保障例外の適用、エネルギードミナンスの追求といった取り組みを進めていく。

3つ目が脱価値的な外交ということになります。民主主義、法の支配、人権といった価値を押し付けないとも言えますし、権威主義国家の指導者との取り引きを厭わない、障壁を感じないとも言えます。

民主主義対専制主義とバイデンは言っていましたが、トランプの脱価値的な対外観では、民主主義の同盟国に格別の処遇を与えるといったことがなくなる。リベラルデモクラシーの同盟国が特権的な扱いを受けることはなくなるわけです。したがって追加関税も容赦なく中国と並べられて対米貿易黒字が大きい国は標的にされる。抑制主義者は、同盟国だから手厚くもてなすという視点を持っていないと思います。

これまでポスト冷戦時代のリベラル覇権秩序には階層性があって、市場経済型自由主義的民主主義の国家であることがステータスでした。頂点にいるアメリカに近く、様々な価値規範を共有しているので一番上層にいる。その下に一定の行動を規範共有する非民主国家群がいて、一番下に「ならず者国家」がいるというように、序列の規範構造の下で秩序というものが観念されていました。

アメリカが、今お話ししたような世界における安全保障と経済と外交における役割を変えていくと、この階層構造は変わってきます。例えば安全保障分野ではセキュリティープロバイダーとしての信頼性が揺らいでくる。そして、開放的経済システムの推進勢力としての役割はすでに減退しています。これはもう超党派で、民主党もそうだと思います。脱価値的な外交をやるようになれば、民主主義、法の支配、人権といった価値が埋め込まれたルールの推進勢力としての信頼性も低下していくことになります。

中国の大国化とグローバルサウスの台頭

同時に、国家資本主義型の権威主義国家としての中国の大国化はもう現実化しています。リベラルデモクラシーで市場経済型でなくても強国ないし大国になれるということを証明した。同時にグローバルサウスの存在感が高まり、かつ民主主義国家で政治的な混乱が起こり、ポピュリズムが台頭する。このようになると、かつて縦に並んでいたグループがどんどん横に倒れていく。そして秩序の多元化みたいなことが起こってくるということが、一つの見立てとして言えるのかと思います。

ただ、アメリカではトランプ的な外交が未来永劫一貫して続くわけではなく、また民主党政権がそのうち誕生するかもしれない。すると、アメリカ外交というのは、もっぱら利益や取り引き、そして力による威嚇に基づく外交と、価値や信頼を強調する外交との間で振幅を繰り返すことになります。もちろん、どの政権もこの両方をやるわけですが、民主党政権と共和党政権で比重が変わるわけです。そのような一貫性のなさが出てくるので、その結果、様々な約束、コミットメントの信頼性を高められない事態が増してくると思います。

中国であれロシア、北朝鮮であれ、アメリカとディールをしても次の政権がまたそれをどう変えるかわからないと、外交で何か約束をして均衡をつくる取り組みが非常に難しくなってくる。すると、国際政治、国際関係が流動化し、秩序が希薄化していきます。政治体制が異なる国の間で安定をもたらすような、あるいは均衡をもたらすような協定や了解をつくることが非常に難しくなってくると思います。

さらに力の行使を抑制的にやることが超党派的になってくると、合意やルールを下支えして、裏付けるその担保となるアメリカの力が期待できないということになる。するとますます新たな改革、新たな均衡みたいなものを支え、それを持続化させていくような取り組みが非常に難しくなるので、多くの場合はせめぎ合い、不信感を拭えないような大国間関係、あるいは国際政治が続く可能性があるかと思います。

多極化と多元性のゆくえ

西野

有り難うございました。トランプ政権発足後の国際秩序というセッションのテーマに見合ったお話をいただきました。

第1セッションでは、中国とロシアが多極化という言葉を使って秩序を語っているという議論が出ました。森先生の報告では多元性という言葉が出てきました。いわゆる米中戦略競争が続いていく中で中国・ロシア側は多極化を目指す。アメリカはトランプ政権の下で政策が推進され、多元性というものが実現していく。となると、この権威主義の中国ロシア側と、アメリカが目指す秩序の折り合い、落ち着きどころはどういうところになるのか。森先生のお考えを伺いたいと思いました。

第2期トランプ政権の人事ではルビオ長官、ウォルツ補佐官、そしてコルビー防衛次官という、いわゆる対中強硬派と言われている方々が布陣することになると思います。そうなると、中国との対抗という中でアメリカの同盟、あるいはいわゆるミニラテラリズム(小数国による協力枠組みを重視するアプローチ)と言われる、日米韓、あるいはAUKUS(米英豪)、QUAD(日米豪印)という枠組みが持続していくのか。それとも何らかの形で変質、あるいは衰退していくのか。このあたりをどのように見ればいいのでしょうか。

実は、森先生のアレンジで昨年10月ワシントンに一緒に行かせていただいた時、コルビーさんにお会いしました。その際、これまでの日米韓協力というのは対北朝鮮中心であった。しかし、今後も日米韓協力を強化するのであれば、中国に対抗するための枠組みとしてでなければ意味がないという趣旨のことをおっしゃっていて、大変興味深かったです。

これまでバイデン政権下で、あるいは日本も韓国尹政権も目指していた多国間あるいはミニラテラルの枠組みがどういう運命を辿る可能性があるのかという点について、ぜひ後ほどお伺いできれば有り難く存じます。

韓国型のリアリズムとリベラリズム

西野

それでは続いて倉田先生からご報告いただきます。倉田先生は北朝鮮にも精通していらっしゃいますが、本日は韓国に焦点を合わせてお話をしてくださいます。

倉田

実は私はこの1、2年、かなり強い虚無感に襲われています。なぜかと言うと、北朝鮮が韓国との関係で、安全保障、統一問題の2つの側面をどのように整合させようとしているかということが私の研究の一部だったのですが、一昨年末に北朝鮮が、もう統一はしなくていい、韓国は敵対的な国家であると言ってしまったからです。

北朝鮮が分断の現状維持に傾斜していることは、私だけでなく多くの専門家が認識してきたと思うのですが、「統一をしなくていい」と言ったことは少なからぬ驚きでした。

そして昨年末の韓国の戒厳令、これもまた一種の失望を感じました。民主化以降、韓国の民主化過程を見てきました。それほど韓国が直線的に上手くいくとは思っていなかったのですが、紆余曲折はあるにせよ、徐々に民主主義が制度化されていくと考えていたら、あの戒厳令です。まさにもう先祖返りしてしまったわけですよね。

冷戦終結直後、私の恩師の一人が言った言葉を今反芻しています。それは「北朝鮮の不安定性を過大評価してはいけない。そして韓国の安定性も過大評価してはいけない」ということです。

北朝鮮が冷戦終結後、「苦難の行軍」だとか飢餓の問題などありながらもサバイブして今日に至っているということを考えると、様々な不安定要因があるにせよ、やはりあの国には体制の強靭性がある。他方、韓国は安定しているようで実は不安定要因がいくつかあって、それが今回の戒厳令にもつながっていったのだと思います。

では、この戒厳令に導かれるような要因がどこにあるのかというと、全部が全部ではないですが、韓国の中の理念の対立だと考えています。それをあえて最大公約数的なもので区別すると、韓国型リアリズムと韓国型リベラリズムに分けられるのではないか。その2つの勢力はあらゆる面で対立しているわけではなく、いろいろなグラデーションがあるのだけれど、対立の局面というのが今回、戒厳令の発動まで至らしめた一つの大きな要因ではないかという問題意識を持っています。

韓国型リアリズムの原型

倉田

リアリズムというのは力関係を最重要視し、国と国との関係に理念や道徳、価値観を持ち込むことを抑制するという特徴がありますが、韓国のルーツを遡るとこれは朝鮮解放直後に辿り着きます。1945年に朝鮮が解放された当時、連合国は国際信託統治構想を発表し、5年を限度とする国際的な枠内で朝鮮半島を単一の朝鮮にすることを考えた。しかし、そんな枠組みには反対だと言った一人が李承晩です。

李承晩は、国際信託統治構想は受け入れられず、まず南朝鮮だけで単独政府を樹立する、自由な韓国を作るという構想を発表したわけですね。そして、南朝鮮で単独政府を樹立した後、北に攻め込んで解放するんだというのが「北進統一論」です。その「北進」は武力行使を含むわけですが、単独では無理なのでアメリカを巻き込んで南を拠点として統一する構想をもっていました。それが朝鮮戦争と休戦を経て、再び戦争をしてまで北進統一するのは現実的ではないので1960年に「北進統一論」は公式に否定されます。

以降、朴正煕の下でむしろ北朝鮮の南進にどう備えるかということで、米韓同盟で北朝鮮の南進、再び朝鮮戦争が起きることの抑止が考えられ、今日の韓国的なリアリズムの原型ができたと解釈しています。

なので、彼らにとって重要なことは抑止なんです。圧倒的な抑止態勢をまず固めてその下で南北対話をする。抑止が入口、対話が出口という順番なんですね。したがって彼らにとって米韓同盟が揺らぐことは避けなければいけない。でも実際には朴政権や他の政権において、在韓米軍が削減されることもあり、その過程の中で彼らは「自主」を捉えたわけです。

したがって、伝統的に韓国のリアリズムにおいては「自主」というのは強制された「自主」なのです。そのため、米韓同盟を犠牲にした「自主」というのは基本的にないわけです。

今の米韓同盟においても「戦時」作戦統制権というのがあります。戦争が起きた場合、韓国軍の作戦統制は米軍が持っているという垂直的な指揮統制関係になっている。韓国軍が従属的な立場にあることは甘受し、それを克服することはしない。実際、作戦統制権返還の問題は何度か出るんですが、抑止のためには垂直的な指揮統制関係でいいのだというのが保守政権の立場です。とはいえ、もしこれから先、アメリカが韓国の安全保障に責任を持たないという傾向が強くなれば、この「自主」の極致として核武装論が出てくると私は考えています。

過去の軍出身者政権下では米韓同盟とともに安全保障上、日本との関係が重要であるので、それを可能にすべく特に朴正煕政権は対日ナショナリズムを制御したこともありました。それができなくなったのが民主化以降です。対日関係、特に歴史問題、領土問題についてそういった制御が困難になっているのではないかと思います。

保守政権において、アメリカのように、市民的な価値を拡大するという傾向はあまりないのですが、彼らにとって守護すべき価値は民主的、市民的価値で、それは民族的価値よりも優先すべきであるということです。そして、市民的価値というものが極限に達した場合、北朝鮮に対して武力を使わずに体制転換を試みるといった「和平演変論」に辿り着くのだと思います。

韓国型リベラリズムとは

倉田

他方、リベラリズムの側はどうか。この「リベラル」という言葉ほど、政治学で多様な意味で使われる言葉はないのですが、韓国においてはリアリズムに対抗するリベラリズムは、長い間、軍出身者政権体制の下で抑えられていました。

倉田

韓国リベラリズムのルーツは、これもまた古い話ですが、金九(キムグ)という独立運動家の民族路線なのではないかと思います。彼も国際信託統治構想には反対で、自分たちの力で単一朝鮮まで行くんだと考えていたわけです。その時に北朝鮮への武力行使は考えず、対話をすることでお互いに統一の道が開けるんだと、抑止よりも統一を考えたわけです。

倉田

このようなリベラリズムが表面化されたのが民主化以降なんだと思います。この時、リベラルというのが一体どういうコンテクストで出てきたのかを考えてみます。

倉田

韓国でもリベラル勢力のことを進歩派と言いますが、進歩派を左派勢力とも言いますね。この「左派」は、確かに国内政治において、例えばジェンダー平等とか、多様性についてより寛大ですし、公正な配分を重視するという意味ではリベラルなんですが、対外政策においてはそうではない。彼ら「進歩派」というのは、極論すれば「民族派」と言ったほうがいいわけで、それを「左派」というのはかなり抵抗がある。

倉田

日本では、リベラル・左派勢力というのは、戦前のナショナリズムを否定的に評価して、教科書問題でも靖国神社参拝問題でもみられるように、ナショナリズムから遠ざかっていきます。ところが、韓国の場合はこれが逆なのです。リベラルであればあるほど「民族派」ですから、ナショナリズムと一体化してしまいます。日本政治で「民族派」といったらかなり右の方々ですが、あの国では「左派」と呼ばれる。日本の左右と逆なんです。

倉田

このようなリベラルの人たちは、民主化以降どんどん国会、つまり制度圏に入っていくわけです。彼ら「民族派」も「自主」を唱えるんですが、その「自主」は先ほど申し上げた「保守派」の「自主」とは違い、米国の発言力が高い米韓同盟を変革して、対北関係において韓国の発言力、影響力を高めるという意味で「自主」を主張します。

倉田

例えば、米韓間で垂直的な指揮統制関係を少なくとも水平化しようとする。「戦時」に陥った時、米韓がともに対等の立場で戦争する形にしよう、だから作戦統制権を返してくれと主張する。こういった議論は必ず「進歩派」から出てくるものです。

倉田

彼らはある種の「コリア・ファースト」であって、自分たちの民族的な価値が最優先されるべきだ、ということになります。そこでいう「コリア」というのは、大韓民国だけではなくて北朝鮮も含む「コリア」という意味合いもある。

倉田

彼らは「保守派」とは違って、市民的価値よりも民族的な価値を高く置きます。興味深いことにリベラルであるはずなんだけれど、北朝鮮に対して民主化や人権というような市民的価値を要求したことはあまりありません。リベラルであるはずの彼らは、北朝鮮の民主化、人権には恐ろしく鈍感なんです。そういう一種ねじれの構造がある。

倉田

それが極限まで達すると民族だけの力で国を守っていくんだ、大国に対する意義申し立てをする手段として核武装しよう、ということになるわけです。ですから、極端に言えば「保守派」も「進歩派」も核武装に向かうような構造があるということです。

保守と進歩の米韓同盟に対する態度

倉田

冷戦期、民主的な制度がなかったがゆえに、あらゆる民主化進歩勢力が国会外でデモをして、それが不安定要因でした。しかし、この年末の戒厳令というのは、民主的な制度を通じて理念対立が国会内に持ち込まれ、それを戒厳令を宣布して院外の軍隊でひねりつぶそうとした状況であったと思います。

倉田

では、これからどうなるのかということですが、考えておかなければいけないのは、「保守」と「進歩」は対立しているのですが、お互い共有する部分もあって、両者ともに米韓同盟は維持されるべきだとは考えている。問題はそのあり方です。

倉田

同盟というのは基本的に現状維持装置であり、韓国の安全保障はアメリカが責任を持たないと「見捨てられる」という懸念が生まれて、「自主」を主張するということがあったわけです。保守派としては米韓同盟・在韓米軍というのは北朝鮮の武力行使を抑止するためだけにあるというのが前提で、アメリカは在韓米軍の削減をしたことはあっても、概ね韓国の懸念に合わせて、韓国にコミットしてきて、その構図は冷戦終結まで維持されてきました。

倉田

冷戦終結後に起きた現象は、先制行動で、アメリカが現状打破するということです。だからアメリカが戦争を起こして、それに韓国が「巻き込まれ」る懸念が生じたわけです。つまり北朝鮮の武力交渉を抑止する前に、アメリカの武力行使を抑止しなければならないようなことが起きたわけです。

倉田

最近は米中がこれだけ対立している時に韓国は一体どうすべきなのか、在韓米軍は無関係でいいのか、という議論が起きています。韓国軍も在韓米軍も何らかの果たすべき役割があるのではないかと。こういった米中対立の中に「巻き込まれ」る懸念を韓国が持ってしまった。

倉田

では、韓国がそれに巻き込まれることについて「保守派」と「進歩派」の間でどれだけ違いがあるかというと、程度の違いはあってもそれほど大きな違いはない。尹政権の下で、北朝鮮抑止のために日米と協調しなければならないが、他方で日米は対中抑止を強調している。そこで韓国が日米とどのように協調していくかが大きなテーマになりました。一昨年の8月、日米韓の「キャンプデービッド合意」が発表されましたが、尹大統領の発言を見ると、日米の対中抑止に「巻き込まれ」ないよう、韓国は独自に中国には関与しなければならないという意志を見ることができます。

倉田

このような米中対立に「巻き込まれる」という懸念は、「進歩派」とも共有されていると思いますが、台湾海峡問題に在韓米軍や韓国が「巻き込まれ」ることへの懸念は、おそらく「進歩派」のほうが大きいと思います。つまり、在韓米軍が北朝鮮の抑止に特化した硬直化した軍隊であったのを柔軟にしようという議論に対しては、進歩政権は保守政権以上に批判的です。

倉田

うかつなことは言えませんが、この戒厳令から弾劾、大統領が拘束されるという事態で、おそらくわれわれは進歩政権の再来を覚悟しなければいけないと考えています。

倉田

進歩政権はおそらくアメリカに対して「自主」を求めてくる。文政権で途中で終わってしまった作戦統制権の返還、つまり、「戦時」に韓国軍とアメリカ軍が少なくとも対等、あるいは逆に、韓国軍が在韓米軍を指揮統制するようなことは言ってくると思います。

倉田

いままでは、朝鮮半島で戦争が起きた時、韓国軍に対して米軍が作戦統制を取るので、在日米軍、在韓米軍と協議したらよかったわけですね。ところが、もし作戦統制権が韓国軍に返ってしまったら、米軍だけではなく韓国軍とも協議しなければいけないので、この有事対応は非常に難しくなるのではないかと思います。

倉田

そして進歩政権が民族的な価値を優先しているということから、おそらく確実に、尹政権の対日政策をもう一度リセットすると思います。とりわけ徴用工の問題についてはリセットしてもう1回となってくるわけで、キャンプデービッド合意の根幹の日韓関係は大きく揺らぐと思います。

倉田

そして、彼らがインド太平洋戦略や対中抑止、そして台湾海峡を含む米中対立に巻き込まれることに抵抗するのであるならば、おそらくインド太平洋戦略に韓国は与するのかしないのか、という議論が起きてくるのではないかと考えています。

気になる日米韓協力のゆくえ

西野

有り難うございました。韓国のいわゆる保守勢力と進歩勢力は、大きく違うけれども共通項がある、それは米韓同盟は維持すべきという立場である。しかし、どのような米韓同盟であるべきかという点について考えの違いがあるというご指摘をいただきました。

進歩政権になると、日米韓協力がかなり揺らがざるを得ない、とおっしゃいましたが、とはいえ少なくともこの2年間、日米韓協力の強化に3か国がかなり努めてきました。キャンプデービッドの首脳会談で合意した制度化が一定程度進んできている現状も踏まえると、揺り戻しが果たしてどれくらいなのかという点が気になるところではあります。

確かに韓国の中のいわゆる進歩勢力は日米韓の協力には基本的には消極的あるいは否定的な見方が多く、尹大統領の弾劾訴追の最初の案でも日本に偏った外交をしているという文言も入っていたぐらいです。

また、韓国の進歩派勢力は、日米韓協力が強化されればされるほど、北朝鮮はいわゆる北方三角形、中国・ロシアとの関係を深めていくと考える傾向にあり、むしろ日米韓協力を強めることが朝鮮半島を取り巻く国際情勢の不安定化と軍事的な緊張を招くと見ていると思います。

与野党政権交代の可能性が高いことを考えた時、では、日本はそういったあり得るべき状況に対しどういった備えをしなければいけないのか、という点についてぜひ倉田先生にはお伺いしたいと思いますし、日本の対応という観点から森先生にもお伺いできれば幸いです。

韓国の世代による分断

西野

韓国はおっしゃったように保守派と進歩派、外交路線で言えば同盟派と民族派という形で分極化が進んでいるわけですが、もう一つの注目すべき韓国社会の亀裂として、世代の違いがあることは近年よく指摘されます。具体的には60代後半以降というのは保守であり、他方で、現在の社会の中心にいる40代、50代はかなり進歩色の強い世代です。しかし、その下の20代、30代はいわゆる脱イデオロギーの世代であると言われています。

こういった世代分布においてさらに特徴的なのは、いわゆる加齢効果、つまり年齢を重ねることで40代、50代が保守化していくことはないだろうということです。むしろ世代ごとの経験に基づいた世代効果が強いと見られています。

高齢層では朴正煕時代の経済成長の経験、40代から50代では民主化の経験と進歩政権の誕生、そして若い世代ではすでに先進国になった韓国で生まれ育ってきた経験、このそれぞれの世代が経験してきたことが各世代の認識、行動様式に非常に強く効いていると言えます。

こういった韓国社会の世代分布を踏まえた時、近々では政権交代による外交安全保障政策の大きな変化が起こるかもしれませんが、もう少し中長期的スパンで考えた際、韓国の外交安全保障政策の方向性、あるいはスイングの幅がどのようになるのか。落ち着いていくのか、あるいは依然としてスイングの激しい状況が当分は続いていくのか。この点についてもぜひ倉田先生の見通しをお伺いしたいです。

そして、東アジアの国際秩序という観点からは、今後注目すべきは、これは東アジアというよりインド太平洋ということになりますが、インド、東南アジアといった地域、国の重要性です。奇しくも韓国は、尹政権がインド太平洋戦略を策定しましたし、文在寅政権でもインド・東南アジアとの関係を重視する新南方政策を策定して推進していました。

こういった韓国における地域政策の展開を見た時、今後インド太平洋、あるいは東アジアにおける韓国の役割や位置づけがどのようになっていくかという点もお伺いしたいと思います。

トランプ政権はあまり東南アジアに関心がないのではないかと言われますが、森先生にもアメリカの関与という観点から、この地域の秩序にどういった変化が見通せるのかお伺いします。まず森先生からお願いしてよろしいでしょうか。

多極化と多元化の構造

まず先ほど、概念として国際秩序の多極化と多元化という話が出ましたのでコメントさせていただきます。

多極化という概念は、私の理解によると現実世界における政治外交的な文脈で使われる言葉と、国際政治学における分析概念として使われる場合があります。前者は、ロシア、中国、インド等々の国が、アメリカ一強の世界に対するアンチテーゼとして、それが好ましくないから多極世界に向かうべきだという言説として出てきた面がある。もう一つ、これも抽象的ですが、かつてほどアメリカの影響力がなく、他の大国や地域諸国が影響力を持ち始めているので、力の分布がアメリカに集中していないことを指し示すためにこの言葉が使われている面もあります。

他方で、分析概念としては、もともとは資源としてのパワーということで、わかりやすいところで軍事力、経済力をいろいろな指標で数値化した時にどこに極があるんだという議論があるわけです。資源としてのパワーを見た場合、依然としてアメリカのパワーが突出しているということで、代表的な論者としてはスティーブン・ブルックスなどはいろいろな指標で見てみると、アメリカの国力が依然として中国と比べても突出していると言っています。

地域に限ってみても、あるとしてもせいぜいアメリカと中国の二極ではないかという議論があります。

国際社会を見た時、ルールに基づいて関係性が作られている空間もあれば、取引関係による国家間関係もあれば、実は規範が全然共有されていない力ずくの威嚇とか共生の関係があって、これがいろいろな形で国家間に分布しているということがあるのだろうと思います。

そういう中で、それこそアメリカとG7というようなブロック。そして、もしかしたら中国とロシア、プラス、ロシアのウクライナ侵攻の国連総会決議で反対決議を出したような国々のようなブロック。そして、非難決議に賛成はしたけれど制裁を課していないようなブロックといったように、いくつかグルーピングされ、しかも、それらの国々が相互に認め合った階層的な関係はなく、それぞれの道義や権威は並列に近いものになってきているといった状況が生まれてきている。これは90年代の状況とは全く異なっており、それを指し示す言葉として「多元化」という言葉を使わせていただきました。

米中関係が均衡する条件

西野先生からあった米中の戦略的競争の落ち着きどころはどこかということですが、たぶん、「落ち着きどころ」をどう定義するかによると思います。

ザクッとした答えになりますが、一つは、もともとアメリカは中国がアメリカ化して関係がよくなることを期待していたと思いますが、今、もしかしたら起こりつつあるのが、アメリカ外交が微妙に中国外交に似ていくような状況です。要するに利益と力で様々な外交関係を取り結んでいくようなモードです。価値を織り込んだ関係性というものがトランプ政権下で変わるかもしれない。

でも、そういうものは一時的で、政権交代が起こるたびに変わっていくので、落ち着きどころ、つまり持続的な均衡や安定的な関係、お互いに決めた合意や了解を反復的にお互いに履行して、相手が約束を守るであろうという相互の期待を醸成できるような関係はまだまだ作れないでしょう。特に、自分たちが相手よりも秀でているということを証明したいという意識がそれぞれにあるうちは、そこで均衡を作るということにはならない気がします。

米ソもそうでしたが、皮肉にも危機をくぐり抜けるともう少し関係性を安定させなければいけないという意識が双方から出てきて了解やルールを作ることになるかもしれません。武力衝突の一歩手前みたいな危機をくぐり抜けてこそ初めて、均衡を志向するモメンタムが米中双方から出てくるのかもしれないと考えたりもします。

ミニラテラルの位置付けは変わるか

それから2つ目は、対中タカ派がいる中でミニラテラルをどのように位置づけていくのかということですが、総論的に言うと、まさに西野先生がコルビーを引用しながらおっしゃったように、中国に対抗する枠組みとしてこれを重視するということだと思います。

他方で、一般論を超えて具体的に協議をする時、まさにコルビーが言っているように、中国をどう扱うのかというイシューを巡って、既存のミニラテラルの中でその3か国が中国に対してどのようなバランシングの役割を果たせるのかということが試される。もし、そこでアメリカが期待するような役割を全然果たさないことになると、その枠組みや相手国が軽視されるような流れが出てくるかもしれません。

日米韓の枠組みでは、おそらく北朝鮮戦略と中国戦略が問題となり、日本と韓国の間でどのような目標を目指すべきと考えるのかという擦り合わせをし、これをトランプ政権に打ち込んでいくことを、理論上はやらなければいけないのかと思います。

例えば、今ロシアと北朝鮮との関係がどんどん深まっていく状況の中、どういうアウトカムが日本と韓国にとって望ましいのかという非常に難しい問題があると思います。そこを、もちろん抑止をベースにするとしても何をどこまでやれるのか。何か合意ができればいいですが、もしかしたら何から何まで一致しないかもしれません。

ただ、いずれにせよ北朝鮮に対し、日韓としてどういう取り組みを3か国で進めるべきなのかという意見を揃えることは必要で、同じことは中国に関してもたぶん言えると思います。そこで温度差が出るようだと、中国へのバランシングという文脈において果たせる役割が相当限定されてしまう。

ということなので、総論としては重視するけれど、具体的な協議を重ねていく中で、トランプ政権のその枠組みに対する見方も変わっていくかもしれません。

それから最後に東南アジアです。ご指摘のように、トランプ本人はおそらく東南アジアに対する関心はそれほど高くなく、南シナ海問題などほとんど関心を払っていないと思います。どちらかといえば優先主義者のほうが軍事もしくは戦略の観点から東南アジア諸国、あるいは南シナ海の問題を見ていくことになると思いますので、トランプのハイレベルでの東南アジアのエンゲージメントは第1次政権と同じように、非常に断続的で不規則になると思われます。

しかし、既存の取り組み、東南アジアとの海洋安保や、あるいはデジタルインフラをめぐる協力といった個別具体的なトランプのレーダーに引っかからないような取り組みについては、ワーキングレベルで粛々と協力が進むのではないでしょうか。

単純に分けられない保守と進歩

西野

有り難うございました。それでは、倉田先生よろしくお願いします。

倉田

難しい質問ばかりですが、まず、日米韓協力の揺らぎ、揺り戻しの程度のお話です。

「キャンプデービッド合意」以降いろいろな後続措置があって、日韓の間でも共同訓練の話が出てきていますが、仮に進歩政権になった場合、それを先に進めることはないと思います。枠組みを壊さないまでもサボタージュしていくだろうと私は考えています。少なくともそれぐらい覚悟しておかなければいけません。

こういった状況で日本がどうすべきなのかについて、去年から続いている在日米軍と自衛隊との関係、在日米軍司令部が行政的な司令部から作戦統制権も一部もらって、いわば戦闘司令部として成果を上げつつあるという傾向はおそらく朝鮮半島との関連でも意味を持つでしょう。

決して在韓米軍の代わりを在日米軍にできるわけではないですが、今までの行政的なところから実際に戦闘できるということは大きな意味を持っていく。これから韓国にどういう政権ができようと、この傾向を強めることは重要だと思っています。

世代間のギャップの話をされました。私はあまり「進歩派」の方々とお付き合いすることがないのではっきりしたことは言えないのですが、「保守派」について、例えば、防衛大学校に韓国の士官学校の学生が留学にきています。彼らは、韓国社会の中で相当保守的な人たちといってよいと思います。では、そういう人たちが防衛大学校でどうかというと、かなりリベラルです。つまり、ジェンダーの問題やハラスメントの問題などにかなり敏感です。彼らは保守的ではあるけれど、社会的な多様性について寛大です。

では、逆が成り立つのか。進歩的で多様性についてはかなり敏感なんだけど、対外政策においては「日韓関係は重要だから、歴史問題を提起しないほうがいい」と考える方がどれだけいるのかはわかりません。

保守・進歩については今回、最大公約数で説明しましたが、実際のところそこまで単純化できない。つまり、対外政策においては「保守派」であっても、ジェンダーや多様性においては「進歩派」だったり、対立軸が昔ほど単純ではないということです。だから、このような分け方がこれから先も有効かどうかは疑問に思っています。

「保守派」の未来

倉田

ただ、大まかに言って、いわゆる保守というものが、私が申し上げたような考え方を持ち、進歩が申し上げたような考え方を持つとするなら、おそらくこれから保守の大統領が生まれる可能性はどんどん少なくなる。つまり、大統領選挙で勝ちにくくなる傾向はあるのではないかということです。この間、尹さんが勝った選挙もギリギリでした。なおかつ今回の戒厳令からの一連の事態を踏まえると、これからは保守が勝ちにくくなる時代に入っていくと思います。

倉田

尹大統領は40%の支持率を得た、保守もなかなかやるじゃないかと思っている方もいるかもしれませんが、あれは単純な支持率ではなく野党に対する反対票が入っている。自分は進歩だけど李在明だけは嫌だという人がいっぱいいるので、そういう人たちはおそらく批判票として尹さんに入れている。40%というのは相当眉唾物です。

倉田

私は今回の事態を「銃声なき内乱」と言っておりますが、これだけ保守勢力の下で権力が割れてしまっているわけで、保守勢力・保守の方々にとって、特に若い人の間ではすごく大きなトラウマになると思います。

倉田

ということでお答えになりませんが、2つのことを言いたい。つまり、保守・進歩という軸がぶれている、少なくとも多様化しているから、世代間のギャップもそんなに単純ではないということ。そして、今回保守勢力が割れたことで、ますます保守が、特に大統領選挙において勝ちにくくなる時代に入るのではないかということです。

西野

有り難うございました。保守勢力が直面している厳しい現実を語りながら倉田先生の表情がだんだん暗くなっていくのが印象的でありました。

おっしゃるとおり、朴槿恵大統領に続き尹大統領も弾劾されてしまったこと、そして保守勢力がまとまる見込みが少ないという事実は、韓国政治の今後はもちろん、東アジアの国際秩序を考える上でも重要な考慮事項であると考えます。

本日は長い間、貴重なお話をいただき、感謝申し上げます。

(1月18日に開催された東アジア研究所公開シンポジウムをもとに構成)