執筆者プロフィール

林 貴子(はやし たかこ)
その他 : 株式会社新生銀行執行役員人事部長塾員

林 貴子(はやし たかこ)
その他 : 株式会社新生銀行執行役員人事部長塾員
2019/11/18
2018年4月、新生銀行は大手銀行では初めて兼業・副業を解禁した。新生銀行の前身は、重厚長大産業への長期資金の提供を役割としていた日本長期信用銀行(長銀)である。かつて新卒一括採用、終身雇用、年功序列が前提だった保守的企業がドラスティックに変身した経緯を辿ってみる。
就社から就業へ
長銀の破綻後、国有化を経て外資の経営に移り普通銀行へ転換するに際し、外部から即戦力となる人材を積極採用した。当時は外国人や外資系出身者も多く、経営陣も外国人が半数を占めていた。現在、単体約2200人の従業員のうち、半数を超える中途採用者には異業種からの専門人材も多い。まさに多様な人材を擁する組織において退職者の再入社も稀ではなく、雇用のあり方は柔軟になった。
会社で働くことは組織に仕えることではなく「契約に基づいて組織に一定の役割・成果を提供し、それに見合った対価を得る」という、言ってみれば就社から就業へと行員の意識が変わる中、おのずと、副業や兼業を受容する風土も醸成されてきた。
細則でしばらずシンプルに
こうした背景のもと、社内規程で事実上認めていなかった副業の解禁を決めたのが2017年冬である。
解禁に当たっては、細則を設けず原則を「コンプライアンス(競業、利益相反等)や安全配慮(危険業務)に違背しない限り制限しない」という一点に絞った。対象は新卒者、有期雇用者、パートタイマーも可とし、他社雇用と個人事業主のいずれも容認する。
このような緩い原則に潜むリスクについて、以下のように整理している。
(1)職務専念・労務提供義務。専念義務は、従業員が所期の役割期待を果たしているかの「成果」を人事評価し、労務提供義務は、就業規則を守らせることで担保する。
(2)健康管理・安全配慮義務。当行での勤務は労働法制を遵守させ、兼業する場合は厚労省のガイドラインに従い総労働時間の上限などを設定する。
(3)労働時間の管理・把握。副業に従事した時間の合計を月次で自己申告させるが、日次ベースの厳密な管理はない。問題が見つかれば人事部が介入するが、現時点で該当ケースはない。
(4)競業避止義務。本業でなすべきことを副業に転嫁し個人の利益に帰すことのない限り、問題ないと考える。競合企業、顧客先であっても業務内容によって認める。
(5)秘密保持義務。情報漏洩は副業の有無に関係なく起こり得るものであり、副業のみを特別視しない。副業に就く際には誓約書に同意してもらう。
寛容に過ぎるとみる向きもあろうが、法制度自体が設計途上にあることから、過度にリスクヘッジして自ら規制すると前に進まない。細則で縛らずに自己申告制とし、違背は懲戒する仕組みとし、早期の実現を達成した。
解禁がもたらすメリット
短期的視点での直接的な経営や業績へのメリットは期待していないが、外部のネットワーク構築や就労経験は「キャッシュアウトのない人材育成」とも言える。スキルあるシニアが外に活躍の場を得るケースもあるだろう。中長期的には、多様な視点からイノベーションが起こり得る。多くの企業が同調すれば産業全体でのイノベーションも期待できる。働き方の多様化は、優秀・多才な人材を惹きつけ、人材の獲得に貢献する。需給が逼迫するデジタル人材等、必ずしも長期雇用を志向しない高度専門人材を副業先として受け容れることも期待できる。
副業の容認に象徴される「自由な労働市場の形成」は、深刻化しつつある労働力不足に対する有力な対策の1つとなり得る。
兼業・副業はこれからの労働市場の必然であり、この時流を先取りしてメリットを積極的に引き出そうという狙いがある。今後は兼業・副業を促進する仕組みにも取り組みたい。
流動化は時代の必然
労働力不足が進む一方で産業構造の変化、多様化は加速している。役割期待が固定化された人材を長期に抱え込むことは組織にとってリスクになる。個人の志向も多様化し、組織に丸抱えで人生を託そうという人は減っている。
多様な価値観が混在する中で、必要な時に必要な場所で必要な能力が生かされるという労働の流動化が、日本の社会全体で、さらには国境を超えて定着する時代が来る。
個人の提供価値を市場でやりとりする社会は、自由ではある反面、厳しい競争・格差構造を生む恐れを孕む。労働の流動化が不可避な選択肢であるとしたら、それをどう昇華していくのか。
様々な分野で、雇用形態を問わず、個人の多様な能力を部分的にでも活かせる就労、すなわち価値提供の機会があり、個人がそれを自由に選択できることで社会全体がセーフティネットとして機能する。兼業・副業はそんな未来を拓くキードライバーになり得るのではないか。組織としても個人としても越えるべきハードルは高いが、真剣に考えるべき命題である。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。