登場者プロフィール
堤 裕(つつみ ひろし)
その他 : 株式会社紀文食品代表取締役社長経済学部 卒業1980年慶應義塾大学経済学部卒業。同年、株式会社紀文(現紀文食品)入社。マーケティング室長や秘書室長などを歴任し2017年より現職。
堤 裕(つつみ ひろし)
その他 : 株式会社紀文食品代表取締役社長経済学部 卒業1980年慶應義塾大学経済学部卒業。同年、株式会社紀文(現紀文食品)入社。マーケティング室長や秘書室長などを歴任し2017年より現職。
柏原 光太郎(かしわばら こうたろう)
その他 : 一般社団法人日本ガストロノミー協会会長経済学部 卒業1986年慶應義塾大学経済学部卒業。同年、株式会社文藝春秋入社。グルメガイド「東京いい店うまい店」を長年手がける。2018年より現職。
柏原 光太郎(かしわばら こうたろう)
その他 : 一般社団法人日本ガストロノミー協会会長経済学部 卒業1986年慶應義塾大学経済学部卒業。同年、株式会社文藝春秋入社。グルメガイド「東京いい店うまい店」を長年手がける。2018年より現職。
鵜飼 真妃(うかい まき)
その他 : だしソムリエ®創始者その他 : 株式会社OFFICE MAKI 代表環境情報学部 卒業1997年慶應義塾大学環境情報学部卒業。2011年にだしソムリエアカデミー(旧協会)を設立し、世界初のだしソムリエ資格をスタート。
鵜飼 真妃(うかい まき)
その他 : だしソムリエ®創始者その他 : 株式会社OFFICE MAKI 代表環境情報学部 卒業1997年慶應義塾大学環境情報学部卒業。2011年にだしソムリエアカデミー(旧協会)を設立し、世界初のだしソムリエ資格をスタート。
田楽がルーツ
このたび、紀文食品おでん研究班が『おでん学!』(祥伝社新書)という本を出版しました。私たちは1994年から30年以上、「紀文・鍋白書」というかたちで、鍋料理を調査・分析し、発表してきました。2023年にはウェブメディア「オデンガク」を開設し、日本の食文化の魅力を発信しています。
面白いですね。おでんと一口に言っても奥が深そうです。
おっしゃるとおり、おでんの食べ方は地域ごとにさまざまです。おでん種(だね)だけでなく、だしの素材やつくり方によっても味付けは随分違います。そうした多様性を知ってもらおうと、この本の巻頭に「日本全国おでんマップ」を掲載しました。土地ごとに好まれるおでん種や味付けの違いが一目瞭然で、話題のお店や最近のトレンドなども盛り込みましたので、是非楽しんでいただきたいです。
名古屋育ちの私にとって、家庭のおでんと言えば味噌おでんでした。味噌おでんには、すっきりしたおつゆで煮込み、味噌ダレを後から付けるタイプと、初めから味噌で煮込むタイプがあります。わが家は後から味噌ダレを付けるタイプの食べ方でした。
おでんの「でん」は田楽から来ていると言われます。こんにゃくや豆腐にお味噌を付ける食べ方がやがて煮込み料理になりました。名古屋では田楽として食べられていた頃から味噌が使われていたのでしょうね。
そう思います。名古屋の味噌は味付けが濃厚です。
赤だし味噌で煮込むかたちが定着したのもその流れだと思います。煮込みタイプの発祥時期には諸説ありますが、『おでん学!』では、これが主流になっていくのは明治時代としています。
最初は煮込んだ種に味噌を付けていたのですね。明治時代に主流になっていくのは何がきっかけだったのでしょうか?
さまざまな記録がありますが、かつては串に刺して煮込んだものを屋台で売っていたようです。
この本にも登場する本郷の「呑喜(のんき)」は1887(明治20)年創業なのですね(現在は閉店)。私はこの近所で生まれ育ち、よく呑喜におでんを買いに行かされました。家にお客様がいらっしゃる時に鍋を渡され、呑喜にお使いに行くのです。
種の値段は覚えていませんが、お店の人に「何百円分入れて」と頼み、鍋に入れてもらって持ち帰っていました。当時はまだ東京の山の手のほうでもお豆腐屋さんがラッパを吹きながら移動販売していた時代で、これが私にとって最初のおでんの思い出です。
東京で好まれるちくわぶ
実は今日のために、知り合いのおでん屋さんに取材しました。その方によると、店で人気のおでん種は圧倒的に大根なんだそうです。営業中に大根の注文がいくつ入るかで、その日の売上げの見当がつくほどだとか。
人気の種は、子どもには玉子、しらたき、はんぺん。お母さんたちの間では、ちくわぶが断トツで、続いて巾着。お父さんたちの間では牛すじが断トツで後は練りものだそうです。僕は玉子としらたきとちくわぶが好きなのですが、思いがけず子ども舌であることがわかってしまいました(笑)。
ちくわぶを初めて食べたのは、小学校の給食の時間です。子ども心に美味しいと感じ、家でも晩ごはんにちくわぶをねだるほどでした。間違えてちくわを買ってきた親に駄々をこね、わざわざ商店街に探しに行って近所の八百屋の隅でバケツに水を張って売られているのをようやく見つけました。
あの…ちくわぶって何ですか? あまり馴染みがなくて…。
あ、ご存じないですか。小麦粉でつくるちくわを模した練りもののことです。
知りませんでした。ちくわではないのですね。
ちくわよりも少し大きいです。私も慶應に入ってから東京で暮らし始めましたが、それまでちくわぶの存在を知りませんでした。ですが、東京の人たちにとって好きな種の上位に入る存在ですよね。
では、東京の人たちはちくわを食べないのですか?
いえ、もちろんちくわも食べますが、ちくわぶも好きなんです。
地域によって入れる種は違うのですね。西日本では牛すじがポピュラーですが、わが家のおでんには入っていませんでした。お麩をおでん種として食べたこともありません。
がんもや厚揚げはどうですか。
厚揚げはありましたが、白いはんぺんを初めて食べたのは東京でした。それも長野出身の友人が注文しているのを見て知りました。
白はんぺんと半平
いつも疑問に思うのですが、「ご当地おでん」には地域で自然発生的に生まれたものと、後からつくられたものがあると思うんです。
そうですね。例えば名古屋は味噌おでん、静岡は黒いおでんといった特色がありますが、誕生の背景や伝わった経路などまではわかっていません。
『おでん学!』によれば、はんぺんと牛すじの東西分布がきれいに分かれていますね。東日本で食べられているはんぺんを「東高西低」、西日本で食べられている牛すじを「西高東低」と呼ぶのが面白い。
たしかに牛すじは関西のイメージが強いですね。
名古屋には牛すじもはんぺんもなかった気がします。
いえ、実は名古屋にもはんぺんはあるのですが、「白はんぺん」と呼ばれるのです。東側にあったものが西側に伝わる時に名前が変わったのでしょう。
と言うのも、「はんぺん」は名古屋でさつま揚げを指すからです。「半平」と書きますが、これと区別するために「白はんぺん」と呼ばれるようになったと言われています。
呼び名の違いと言えば、さつま揚げは九州で「天ぷら」と呼ばれますよね。
そうですね。おでん種がよその地域に定着する時には、別の名前が付くことが結構あるようです。
練りもの今昔
紀文では今、どれほどの品目数の練りものを扱っておられますか?
大きく分けると大体120種類。お正月などに売り出す季節限定商品も含めると200品目にはなります。ただ、アイテム数は以前に比べて少なくなっています。
それはなぜですか?
1つには共働きのご家庭が増えたからです。専業主婦の方が台所に立っていた時代は鍋で煮込むのが主流で、私たちもさまざまなアイテムを商品化しました。さつま揚げ一つとっても、ゴボウ巻きやイカ巻きなど、ラインナップが豊富でした。
その後、平日の夜などに調理の時間が短くなるにつれて電子レンジで温めるケースが増え、購入されるアイテムも限られていきました。
それは少し寂しいですね。
かつては彩りや形にもバリエーションがあり、見て楽しむ味わい方がありました。
さつま揚げにイカが入っていたりすると食卓は楽しいですね。おでん種の売れ筋は昔に比べて変わっていますか? 練りもの製品にも栄枯盛衰があるのでしょうか。
昔は種ものが一つひとつ大きいのが特徴でした。最近は次第に小さくなっています。
それは家族の人数が減っているからですか?
というよりも、食卓に並ぶお皿の数が多くなったからかもしれません。
真ん中にどんと置いて「今日はおでん!」という食べ方ではなくなっているのですね。
いろいろな種類の種をたくさん食べたいニーズもあると思います。
なるほど。手づくりをするご家庭で、大根やジャガイモ、ロールキャベツくらいまではつくる気がしますが、練りものをつくるご家庭はまだあるのでしょうか。
つみれや肉団子はつくるかもしれませんが、昔に比べて減っているでしょうね。
すると、家庭ごとにお好みの練りものやメーカーがあったりするのですかね。
日本中で獲れる魚が違うので、好まれる練りものも地域ごとにさまざまです。じゃこが獲れる地域はじゃこ天が人気ですし、イワシならつみれ、愛知県でも豊橋のほうはちくわで、青森ならぼたんちくわという具合です。だしの味も当地の醤油屋さんや味噌屋さん、酒屋さんがありますから、地域の食材や調味料を使ったおでんが食べられています。
練りものの中でも、かまぼこにはさまざまな種類がありますよね。1種類の魚しか使わないとか、添加物を使っていないといったようにバリエーションが実に豊富です。
そうですね。当社でも消費者の皆さんのニーズに応えて、塩分控えめの種ものを売り出しています。おっしゃるとおり、最も差別化が進んでいるのはかまぼこです。
紀文のおでん種は新機軸みたいなものも模索していますか?
魚と何かを掛け合わせる、といったことはずっとやっています。40年前に発売した商品ですが、すり身に豆腐を混ぜた「魚河岸あげⓇ」という商品は、すり身だけでつくった商品をしのいで売上げナンバーワンの練りものに成長しました。今は何かと食感ブームでもあるので、歯ごたえの良い食材を混ぜたりといったことにも挑戦しています。
ただ、おでん自体が昔からあるベーシックな料理ですので、劇的な変革はなかなか起こらない側面もあります。
ご当地おでんは拡がる
紀文が地域色を打ち出したおでん種の中では、どのエリアが一番売れるのでしょう。
これまでに青森や静岡、姫路、高松、鹿児島などでご当地おでんを売り出してきましたが、一番は名古屋の味噌おでんですね。
なんと! やっぱり地元でよく食べられているのですか?
いえ、名古屋の方々だけが買っているわけではないので、全国的に人気なんだと思います。
全国で買えるのですね。
そうです。今年はご当地おでんシリーズの新作として「東京下町風おでん」を出しました。さらに、名店監修シリーズとして名古屋の「赤からおでん」や博多の「一風堂とんこつおでん」といった新機軸も展開しています。
「一風堂とんこつおでん」は一風堂のスープでおでんを食べるのですか?
そうです。一風堂さんの監修を受けてラーメンのイメージに合うスープを再現しました。「赤から」もそうですが、だし感にこだわって開発した商品です。
名店とおでんでコラボするというのは初めてでしょうか。
そうですね。これまでは具材や食べ方の特徴に着目して地域色を打ち出してきましたが、だしを前面に打ち出したのは初めてです。流通網が拡がったことで、1カ所の工場から各地の味を全国にお届けできるようになったのが大きいと思います。それで美味しいと思ってもらえたら、ぜひ現地に足を運んで実際に召し上がっていただけると嬉しいです。
商品化する基準みたいなものはあるのですか?
例えば、名古屋の味噌おでんは味の想像がつきそうですが、皆さんは「青森おでん」と聞いて同じようにイメージできるでしょうか。もちろん青森おでんもメジャーなのですが、企画の段階で、最大の特徴である生姜味噌ダレの味を全国の人たちに届けたいとなれるかが一番重要です。青森おでんは、連絡船を待っている間に身体が温まるものをということでよく食べられたそうです。
それで生姜なのですね。(『おでん学!』をめくりながら)沖縄のおでんには豚足も入っているのですね。食べてみたいです。
沖縄のおでんは鍋料理というより煮物の延長なのでしょう。暖かい地域でぐつぐつの鍋を囲むよりも、一度煮込んだ種を食べると考えるのが自然です。煮物と捉えると種ものも変わってくるのでしょうね。
『おでん学!』でも取り上げているように、当社の担当者が各地の名店を回りましたが、これほどまでに多様であるということは、おでんが地域の食文化を表している証ですし、まだまだ隠れた美味しさが溢れているのも魅力の1つですよね。
おでんが表す地域色
今、おでんを選ぶ楽しさを担っているのはコンビニエンスストアですね。
そうですね。コンビニのおでんにも店や地域ごとに味が違うといった変化はあるのでしょうか。
コンビニも地域ごとに種ものやだしを変えています。大きく分けると東日本と西日本で違いますし、関東と東北、関西と九州でも味付けが違います。九州のおでんは甘いんですよ。
それは知りませんでした。地域ごとに味は随分変わるのでしょうか?
東京と大阪でもまず、かつおだしと昆布だしの違いがあります。実は、おでんという料理はそれぞれの地域のだしをベースに拡がった歴史があるので、そもそもバリエーションが豊富なんです。そういう背景があるので、チェーン展開している専門店の「おでん屋たけし」のようにあごだしと鶏だしを両方提供する店が登場する。個性を出すために独自にメニューを開発するお店は多いと思います。
各地で味やつくり方が違うのですね。お雑煮と似ています。
そうですね。お雑煮もおでんも"家庭の味"がベースにあります。
煮干しだし(いりこだし)でおでんをつくる地域もあります。その土地ごとに好まれる味があります。
最近は鍋のポーションも品揃えが豊富で、食べたい味が選べるようにもなっていますね。
たしかに。スーパーに行くとポーションがずらりと並んでいます。
だしのとり方も日本中で細かく分かれるものですか?
慣れ親しんだだしに対する地域ごとの好みは根強くあると思います。九州や四国は煮干系のいりこだしのほうが多く、椎茸の栽培が盛んな大分では干ししいたけを使った風味が好まれます。
最近はあごだしがブームですが、もとになるトビウオは福岡でよく獲れる魚です。東京には日本中の味が揃いますが、それでも江戸の味と言えば、やはりかつおだしでしょう。
荒節にカビ付けをした枯かれ節ぶしは今、高級品ですが、もともと関東のおそば屋さんでよく使われていました。かたや関西や名古屋ではカビ付けではないかつお節が使われます。同じかつお節でも好みは大きく分かれ、飲食業界ではとくに顕著です。
おでんのだしを昆布でとるのは京都ですか?
どうでしょう。名古屋あたりはかつお節系のだしで、昆布巻きもおでん種として食べます。
昆布巻きを多く食べる地域とあまり食べない地域も日本の中で分かれるところです。
そうなんですか。
東日本では昆布巻きが食べられていますが、西日本では昆布はだしをとるもので、おでん種として食べる例はあまり見受けられないそうです。
面白いですね。私の祖母は九州出身で、わが家のすき焼きは醤油と砂糖と日本酒を入れて鍋の中で調理する方式でした。東京のすき焼きは割り下を使うのが一般的ですよね。割り下の存在を知ったのは、中学の修学旅行で東北に行った時です。夕食のお鍋に割り下がジャブジャブと注がれるのを見て「これは何だ」と思いました(笑)。そこでわが家のすき焼きが九州の食べ方だと知るわけです。
お雑煮も同様です。私の妻は東京出身ですが、彼女の両親が福岡出身なのでお雑煮と言えばブリの醤油だしです。東京出身の私にとってお雑煮のつゆは鶏肉のおすまし系だったのですが、完全に押し切られてしまいました。
おでんのだしを継ぎ足すには
私の家では、おでんに魚や海産物を入れて食べる習慣がほとんどありませんでした。タコを入れて食べるのは意外です。
大根はどうですか?
大根は大好きです。だしのつゆが染み込んでほっとしますよね。素材そのものの主張が強くないのでどのような味付けにも合う、本当に奥ゆかしい食べ物だと思います。
大根は日本中どこに行っても圧倒的に1番ですね。
前もって取材させていただいた方に「プロとして何を食べますか?」と訊くと、大根、ちくわぶ、厚揚げ、こんにゃく、玉子という答えでした。なぜなら、どれも味を吸って美味しくなる種だからです。だしのチェックになるそうです。
おでんの名店と言われる店は大根の仕込みに手間をかけます。
やはりそうですか。
だしが十分に染み込んだ大根が出てくると前の日からきちんと仕込んであることがわかります。おでんの鍋には、はんぺんのようにすぐ仕上がるものも入っているので、実は一緒くたに煮込んでよいということにはなりません。
例えば、さつま揚げは煮込むうちにおでん種が持っているだしが鍋の中に滲み出していきますし、逆に大根は味を吸い込む。いろいろな種をミックスしながら、お店の人たちは味のバランスや具材の食感を整えていると思います。
おでんのだしは透明感が肝心ですが、残ったものを閉店後にどうしているのか、いつも疑問なんです。
大根はどうかわかりませんが、種はそのまま使わないと思います。だしは継ぎ足しで使うとよく聞きますが、さつま揚げの油によって白濁してしまうので、きちんと油抜きして品質を管理する必要があります。油が残ると劣化してしまいますしね。
うなぎのたれのようにはいかないのですね。
うなぎは魚の脂がたれの中に染み込んでほしいわけですからね。一般的に、飲食店のおでんは管理して継ぎ足していると思いますよ。コンビニの場合は雑菌を寄せつけないという理由で時間ごとに鍋を洗浄していますが。
夏にもおでんをどうぞ
夏場のおでん屋さんはどうしているのでしょうね。
同じようにおでんを出していますが、冬場ほど売上げは上がらないでしょうね。
紀文の種ものも同じですか。
昭和20年代は夏場にかき氷をつくったり、お弁当を販売していたこともありました。冷蔵庫がない当時は、練りものも傷みやすかったようです。
『おでん学!』によると、秋田にあるおでん屋さんでは、お盆もお正月も欠かさずだしの火入れを行うとあります。秋田は夏でもおでんがよく食べられるのですかね。
東京のおでん屋さんも1年を通して毎日出していますよ。
紀文の製品は夏と冬でラインナップを変えたりしていますか?
持ち帰ってすぐに食べられる詰め合わせは秋冬に展開しています。今年の夏は冷やしても美味しいおでんの詰め合わせを売り出しました。
冷やしおでんも美味しそうですね。
はい。冷やしても、煮物にしても美味しいような種ものとして、レンコンなどの変わり種も入れました。
おでん種のニューウェーブ
私がよく行く大阪の「赤白(こうはく)」というお店はフレンチおでんと銘打ち、「ポルチーニおでん」を出しています。普通の大根の煮込みにポルチーニ茸のクリームソースがかかっていて、それが本当に美味しい。大阪に行くと必ず食べに行きます。
それは美味しそうですね。
昔ながらのおでんもいいですが、ポルチーニおでんのような新しい工夫も新鮮です。赤白のメニューにはトマトおでんもあり、美味しいものは季節にかかわらず食べたくなります。
新機軸と聞いて思い出すのは、銀座の「四季のおでん」です。野菜のおでんが食べられると20、30年前にとても評判になりました。湯むきしたトマトをゆっくり温め、最後にだしをかけて食べさせてくれるのですが、こんなふうに野菜がおでんになるとは! と驚きました。
バブルの終わり頃だったと思いますが、当時の飲食業界はいろいろと工夫しないと新しい需要が掘り起こせなかった時代だったのではないかと思います。
おっしゃるとおり、この頃にいろいろな種ものが登場しました。それに比べ、最近10年ほどは、だしの種類が増えている印象です。
新機軸と言うと、タイスキ(タイ風鍋料理)も似ていませんか。タイの鍋料理も練りものが多いですよね。
そうですね。練りものに適しているのは脂っぽくない魚です。タイでよく獲れる淡泊な魚はおでん種に向いているかもしれません。
変わり種と言うと、金沢おでんのカニ面があります。カニの甲羅に実を入れておでんと一緒に煮込んだものなのですが、現地では昔から親しまれている伝統的な種ものです。
美味しそうですね。私にとって金沢おでんはお麩が入っているイメージです。うま味が染み込んでとても美味しいのです。
ご当地おでんの中でインパクトがあるのは静岡おでんです。あの黒いだしはもちろんですが、かつお粉をたっぷりかけて出てくるのです。
所謂「しぞーかおでん」ですね。『おでん学!』でも紹介しましたが、実は静岡の方々にとって、あのおでんは家ではつくらず、外食で食べることが多いそうです。
かつお粉をかけすぎると、素材の味が埋もれてしまうのですが、郷土料理としては面白いですよね。せっかく来たのだから食べていこうか、という気分になります。
ちなみに、おでんの種に和辛子を付けて召し上がりますか? 僕は大体付けて食べていますが、これも地域で分かれるところでしょうか。
私も付けます。味に変化が出ますよね。
和辛子の特産は福井ですね。
たしかに福井の地がらしは辛いことで有名ですね。
意外なところでは、九州の柚子胡椒もおでんにとても合いますよ。
おでんのシメに茶飯を食べたい
私は、日本酒などを呑みながら食べたい派なので、おでんをおかずにごはんを食べるのが苦手なんです。
でも、おでん屋さんで茶飯を食べる文化がありますよね。
たしかにそうですね。呑喜でもシメに茶飯を食べるお客さんは大勢いました。老舗の「お多幸」も「とうめし」「とうちゃ」と言って、豆腐を茶飯に載せ、それを崩しながら食べるのが名物ですね。
よく煮込まれた豆腐を温かいごはんに載せて食べるんですよね。
それらをかき混ぜて食べるので、決して上品ではないのですが(笑)、これがとても美味しい。
茶飯とおでんの組み合わせはポピュラーなのですか? 実は先日、奈良でほうじ茶で煮込むスタイルの茶飯を初めて食べました。おでんのつゆをごはんにかけて食べるのとは少し違いますが。
茶飯はいろいろな店で食べられますよ。昔から続く有名店では、おでんと言えば茶飯ですから。
茶飯は何となくおでんのシメに食べたくなるものですよね。
おかずかつまみか
柏原さんのようにつまみとして召し上がりたいという方も結構います。
そうなんですね。わが家では普通におかずとして食べていました。味噌がかかっているとごはんにも合うので。
なるほど。
最近福岡から各地に出店している「資さんうどん」も、メニューにおでんを出していますよね。
うどん屋さんでおでん!?
うどんとおでんは西日本では割とポピュラーな取り合わせなのです。九州だけでなく四国や広島でも、うどんとおでんを一緒に食べるスタイルが定着しているんですよ。
うどんとおでんを別々に食べるのですか?
そう、うどんはうどんで出てきます。そういう食文化をもった地域もあるので、紀文は「おでんはおかずになる」と捉えています。『おでん学!』もこうした前提の上で書かれています。
なるほど。
資さんうどんは、六つ切りの鍋から好きなおでんの串をセルフサービスで取り出せるタイプです。こうしたスタイルのお店が最近増えていて、先日出かけた梅田のチェーン居酒屋でも座席の目の前に六つ切りのおでん鍋が置いていました。この店は8種類のおでんが食べ放題なので若者にも人気です。
そのお店は知っています。「呼炉凪来(ころなぎらい)」ですよね。今、全国各地に20店舗ほど展開しています。
以前、私と当社の開発担当者との間でこんなやりとりがありました。紀文で販売している袋詰めおでんの商品について、一緒に入っているだしの量が多すぎるのではないか、と投げかけたのです。お皿に出して食べるならだしは種に少し浸っているくらいがちょうどよいのに、パックには汁がなみなみと入っていたからです。
確かにおでんと言えば、薄く入っただしに種が浮いているようなイメージです。
「こんなに入っていたらこぼしてしまうよ」と言うと、「いえ、そうじゃないんです」と。担当者によると、この種ものと汁はラーメンとスープ、ごはんと味噌汁の関係のようなものだと言う。つまり、種ものはメインだけれど、味噌汁やスープを飲むようにだしも飲んでもらい、それを1食分としてお腹を満たしていただく、というわけなんです。
なるほど。そう考えるとちくわぶは麺に相当するのかな(笑)。
その理屈でいくと米飯は要らなくなるのですが(笑)、若い人にとっておでんは歴とした主食になっていると知りました。
とは言え、屋台の時代のおでんは、酒を飲ませるためのつまみでしたからね。それが次第に家庭の中に入り、自家製の味で食べられるようになった。ですから、おかずかつまみかと言われたら、「もともとはつまみだけど、今はおかずとして一人立ちしている」ということだと思うんです。
個食時代に輝くおでん
でもやっぱり家でおでんを食べる日は、食卓の真ん中にお鍋を置いて「今日はおでんの日!」みたいなイメージです。
最近は、誕生日などでなければ、家族が揃って晩ごはんを食べるというシーンは減りつつありますよね。食卓で一緒に鍋をつつくスタイルから、台所の鍋から好きな種ものを取ってそれぞれの時間帯に食べるスタイルに変わってきています。おそらくそのほうが今、お母さんたちにとっても助かるのではないでしょうか。
たしかにそうですね。食事の時間がバラバラなのに一品一品つくるのは大変です。
お鍋は基本的に、皆が集まって食べるものですよね。火にかけてすぐに食べるのが一番美味しい。その点、少し時間が経っても美味しく食べられるのはおでんの魅力の1つかなと思います。
麺と違って種ものがのびたりしませんし、冷めてしまっても温め直せば、また美味しく食べられますからね。
今の生活スタイルには合っている料理だと思うんですよね。
みんなで鍋をつつくという話で思い出したのですが、私が昔、週刊文春の編集部で働いていた時に、ちょうど今上天皇のご成婚スクープ合戦が起こっていました。当時は皇太子殿下でしたが、殿下はほかの人と同じ鍋に箸を入れて食べることはなさらないと言われていたんですね。ところが、当時学習院大学の近くの目白にあった「太古八(たこはち)」というおでん屋さんだけは出入りされて、おでんを召し上がるのが大変お好きだったと聞きました。
おそらく一緒に鍋を囲むお相手が、学習院の学長などの出自が明らかな方々だったからなのでしょう。そういう点でも、皆で鍋をつつくのは、親しさの象徴なのだと思うんです。
同じものを食べたという一体感が生まれますよね。
当時、殿下は福井の黒龍も太古八で知ったそうです。もちろん殿下から直接聞いたのではなく、大膳課の方に教えていただいたのですが。
コンビニおでん小史
おでんの長い歴史の中で、セブンイレブンにおでんの鍋が置かれるようになったのは一大変化でした。
たしかに、コンビニで買えるようになっておでんがとても身近な存在になりました。
店内の鍋はきちんと蓋をして管理されていますが、それでもだしの香りがお店の中に漂う。これを良しとしたのがすごいと思うんです。
なるほど。その変化は大きいかもしれません。さらに、消費者にとっては1つから買えるのも嬉しいものでした。
おっしゃるとおり。そうしておでんの親しみやすさをコンビニに持ち込んだわけです。おでん鍋をお店に登場させ、家庭の温かみをつくり出したのは大きな変化でした。
たしかにとても画期的です。
それにより、買って食べる、立って食べるスタイルも定着しましたから。私は「買い食いはいけない」「歩きながら食べてはいけない」と言われて育った世代なので、このインパクトはとても大きいものでした。
歴史的に言うと、おでんを食べる場所は屋台から家庭へと移り、さらに、皆で鍋をつつくスタイルから家庭内で個別に食事をとるような食習慣が誕生しました。その後、子どもたちが塾帰りにお小遣いでおでんを食べるニーズも生まれ、種ものの選択肢の幅が拡がるというように楽しみ方が変化してきました。
昔に比べて随分と気軽に食べられるようになったのですね。
時間が経っても美味しく食べられることが、お店側でのオペレーションのしやすさにもつながっていると思うのです。
たしかに、種がふやけたりしないのもオペレーションをしやすくしていますね。
おでん鍋を定期的に洗って入れ替えて、といった作業は自然と効率が求められますが、そうした時にもおでん種は取り扱いやすい食品なんです。
ちなみに、紀文のおでん種はコンビニでも買えるのですか?
買えますよ。いつでもというわけではないのですが。というのも、実はコンビニのおでん種は毎年メーカーが変わるのです。
ということは、同じコンビニでもシーズンごとに味が変わるのですか?
むしろ"変えている"ということだと思います。「今年はこういう方向で」といった意向に応じてメーカーも試作を重ねますから。
愛知のコンビニでは、おでんを買うと味噌のトッピングが付いてきます。このサービスは他の地域にないものですか?
味噌は愛知・名古屋のエリア独自のトッピングです。
やはりそうですか。名古屋は味噌のイメージが強いのですが、実は"隠れだし文化地域"でもあります。だしを使う料理も結構多いのです。
どのようなだしがポピュラーですか。
種類はさまざまですが、私の実家はかつお節類の乾物卸を営んでいるので、削り節でだしをとっていました。そこに普通に味噌を溶き、砂糖を加えて甘く仕上げる感じです。名古屋はつけだれもたくさん売られていて、それだけで済ませることも多いのですが、つけだれにも必ず削り節は入っています。
おでんの可能性はだしが拡げる?
おでんの味付けは、ポルチーニおでんのようにまだまだ工夫できそうな気がします。韓国もだし文化なので、いりこや煮干し、牛骨でだしをとって韓国風にすると若い人にも人気が出るのではと思います。
いいですね。骨だしというと変ですが、韓国のスープはだしがきいているイメージがあります。
骨からも髄からもしっかりだしが出ますし、鶏がらだしも合うはず。ラーメン屋さんのスープは和洋中を問わず、自由に表現していて、おでんにも応用できる部分がたくさんありそうです。エスニックが好きな方にはナンプラーのおでんも人気が出るかもしれません。
ナンプラーは好みが分かれるでしょうね!
とは言え、日本にも魚醤があります。「いしる」を料理に使う金沢はまさに魚醤文化です。
そうですね。
いしるを取り入れた新しい金沢おでんがあってもよいと思います。こうした調味料はだしの親戚みたいなものですし、実はスパイスやハーブもだしの素材なので、良いバランスが見つかると、おでんの可能性はもっと開ける気がします。
いろいろと愉しみが拡がりますね。私たちも新しいことにチャレンジしたいと思います。
(2025年12月1日、三田キャンパスにて収録)
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。