慶應義塾

ジャパニーズウイスキーの時間

公開日:2025.11.25

登場者プロフィール

  • 山田 健太(やまだ けんた)

    その他 : 山田平安堂代表法学部 卒業

    1995年慶應義塾大学法学部卒業。三井住友銀行勤務を経て1997年より現職。2016年に「漆のある空間」をテーマにHeiando Barをオープン。ブログで料理やウイスキーの情報を発信。

    山田 健太(やまだ けんた)

    その他 : 山田平安堂代表法学部 卒業

    1995年慶應義塾大学法学部卒業。三井住友銀行勤務を経て1997年より現職。2016年に「漆のある空間」をテーマにHeiando Barをオープン。ブログで料理やウイスキーの情報を発信。

  • 笹川 正平(ささかわ しょうへい)

    その他 : SASAKAWA WHISKY代表その他 : 特選塾員

    1996年慶應義塾普通部卒業。2005年成蹊大学経済学部卒業。家業の酒造業を継承し、2021 年SASAKAWA WHISKY 設立。富士北麓に富岳蒸溜所を開設し、ウイスキーづくりに励む。

    笹川 正平(ささかわ しょうへい)

    その他 : SASAKAWA WHISKY代表その他 : 特選塾員

    1996年慶應義塾普通部卒業。2005年成蹊大学経済学部卒業。家業の酒造業を継承し、2021 年SASAKAWA WHISKY 設立。富士北麓に富岳蒸溜所を開設し、ウイスキーづくりに励む。

  • 土居 丈朗 (どい たけろう)

    経済学部 教授

    1999年東京大学大学院経済学研究科博士課程修了、2009年より現職。博士(経済学)。日本だけでなく、スコットランドやケンタッキーの蒸溜所見学に行くことも。

    土居 丈朗 (どい たけろう)

    経済学部 教授

    1999年東京大学大学院経済学研究科博士課程修了、2009年より現職。博士(経済学)。日本だけでなく、スコットランドやケンタッキーの蒸溜所見学に行くことも。

ウイスキー冬の時代を越えて

山田

近年、ジャパニーズウイスキーの評価が世界的に高まっています。日本洋酒酒造組合では「ジャパニーズウイスキー」が定義づけられており、該当する条件は原材料、製造工程から貯蔵、瓶詰め、色調整にまで及びます。人気が高まるにつれて国産ウイスキーの水準も上がりました。

笹川

皆さんはどのようなきっかけでジャパニーズウイスキーを飲み始めたのでしょうか。

土居

私がウイスキーをたしなみ始めたのは2007年です。日本では1983年にウイスキー消費量がピークを迎えましたが、そこから減り続け、「ウイスキー冬の時代」の終わり頃とされる時期でした。「冬の時代」には、製造免許を持っていてもウイスキーを造らない蒸溜所が増えていき、メーカーは次第に淘汰されていきました。

結果的に大手酒造メーカーが残り、それにより2000年代前半に良質なウイスキーが登場した側面もあると思います。

山田

風向きが変わったのは、この10年ぐらいのように思います。

笹川

そうですね。2023年には、サントリーがウイスキーの製造を始めて100周年を迎えましたが、ウイスキーが売れない冬の時代もあったと思います。

土居

実は、私がウイスキーをたしなむきっかけがサントリーでした。2007年に上梓した著作がサントリー学芸賞をいただき、受賞の記念に、大阪にある〈山崎〉の蒸溜所を見学させてもらいました。蒸溜所でウイスキーを造ったのと同じ水を使った水割りを飲ませてもらい、こんなに美味しいお酒があったのかと驚きました。

山田

それは美味しいでしょう!

土居

それまでウイスキーを飲む習慣はなかったのですが、この日以来ウイスキー派になりました。

サントリーはその後、ハイボールムーブメントを興し、ウイスキー消費が喚起されたことでジャパニーズウイスキーブームの火付け役になりました。それ以前にも芽生えはあったのでしょうか。

笹川

ジャパニーズウイスキーが世界的に注目され始めたのは、ISC(International Spirits Challenge)等の国際的な品評会でサントリーが賞をとったことが大きいと思います。

風穴をあけたハイボール人気

笹川

かつてウイスキーは学生の酒というイメージがあり、高級酒と言えばブランデーでした。ウイスキーの人気が高まったのはサントリーのブランディングの賜物だと思います。今やハイボールは、ビールと並ぶ市民権を得ています。

土居

最近の学生はハイボールで乾杯をしますね。人気の秘訣は割って飲めること。アルコールを薄められるのでお酒が強くない学生にとっても飲みやすいのでしょう。

そういう飲み方ができるお酒と言えば、かつては酎ハイでした。実は国内のウイスキー消費量が減り始めたきっかけの1つが、酎ハイブームだと言われています。蒸溜酒同士の競合というのが皮肉ですが、ビールやワインがウイスキーの消費量を奪ったわけではないというのは、不思議な歴史のめぐり合わせですね。

笹川

飲食業界でもウイスキーは"難しいお酒"という印象があったように思います。昔はバーに行かないと飲めない敷居の高いものだったし、食事には合いにくいとも言われていました。そのイメージをハイボールが変えたことで一気に裾野が広がったのでしょうね。

土居

私の学生時代、ハイボールは飲み放題のメニューに入っていませんでした。ワインの輸入関税も高く、学生が飲むものと言えば大体ビールと日本酒でした。だから、37歳で飲み始めたのは割と遅いウイスキーデビューだと思うんです。

山田

僕もウイスキーが好きになったのは40代に入ってからです。昔はお酒が強くないこともあって、カクテルのような飲みやすいお酒を飲んでいました。

笹川

僕もお酒は強くありませんが、なぜかウイスキーだけは飲めました。ワインやシャンパン、日本酒はダウンしてしまうのに、ウイスキーだけは何杯でも飲めた。

土居

どうやって飲んでいたのですか?

笹川

水割りかハイボールです。ウイスキーを楽しく飲めたのも、僕がウイスキー造りを始めたきっかけの1つです。

山田

僕がウイスキーを飲めるようになったのは、落ち着いて味わえるようになったからです。お酒を飲むのも体力が要るじゃないですか。だんだんとお酒に強くなっていくうちに、ラムやジンとともにウイスキーにもはまっていきました。

土居

私は蒸溜所見学がきっかけで最初から〈山崎〉でした。今の高騰ぶりが想像もつかないほど値段もまだ安く手に入りやすかったので、ボトルで買って味わっていました。

そのうち、今度は山梨にある〈白州〉の蒸溜所見学にも誘っていただき、〈白州〉を飲むようになりました。私にとって〈山崎〉は非の打ちどころがない優等生タイプで、〈白州〉はハイボールに合うさわやかな二枚目というイメージです。

ですが、次第にブームが極まり、12年ものが店頭に出なくなってしまった。これは困ったと思った時に、サントリー〈オールド〉に出会いました。それ以来、家では〈オールド〉を飲んでいます。

ソーダ割は気軽に飲みたい

笹川

バーを経営されている方はお仕事でたくさんウイスキーが買えるのでうらやましいです。

山田

確かにお店では毎週のように新しいウイスキーに出会えます。だけど、ジャパニーズウイスキーは高騰しているので自分で買っていたらきりがない。今はノンヴィン(熟成期間表示のないノンヴィンテージのこと)ですら普通に買えなくなってしまいました。

土居

昔が懐かしい(笑)。かつては日系航空会社の国際線に乗ると、〈山崎〉か〈白州〉か〈響〉が飲めました。最近また復活しつつありますが、価格が高騰したことでまったく置かれなくなった時期もありました。サーブできる値段ではなくなって、航空会社もメニューから外さざるを得なかったのでしょうね。

山田

笹川さんも蒸溜所の経費でどんなウイスキーでも買えるのではないですか?

笹川

職業柄、調査はします(笑)。でも、なるべくバーで飲むことにして、よほど気に入ったものを買うという感じです。

以前は、年代物ではないニューボトルでもサントリー、ニッカ、キリンの3強でしたが、最近はイチローズや厚岸(あっけし)ウイスキー、静岡ウイスキーが人気です。国内のメーカーは計画中のものも含めると150社ほどあり、人気の蒸溜所はニューボトルも手に入らなくなっています。高騰ぶりはすさまじく、スコットランド産の〈マッカラン〉や〈ボウモア〉、〈ラフロイグ〉は1990年以前のレアボトルが高額でオークションに出るほどです。

山田

そういうのをハーフショットで飲ませてくれるバーがいいですよね。

笹川

老舗のバーにはストックがありますが、ウイスキーブームに乗ってオープンした新しめのバーには滅多にありませんね。

土居

ストックのあるお店の情報は、どのように仕入れるのですか?

笹川

お酒仲間から「ここがすごいよ」といった評判を聞きます。

山田

都心を少し離れると安く飲ませてくれるバーがありますが、都内のバーのレアウイスキーは高いですね。さらにジャパニーズウイスキーが希少になったことで、〈白州〉や〈山崎〉の水割りやソーダ割りは気軽に飲めなくなってしまいました。何だか申し訳ない気持ちになる。

土居

ウイスキーが安かった頃は割り放題でしたが、今はとくにそうなっていますね。

笹川

そうは言っても、僕は水割りもソーダ割りも美味しいと思うし、蒸溜所をやっておいて何ですが、ハイボールが一番好き。古典的なウイスキーファンの間には、常温ストレートで飲まなければいけない、みたいなこだわりがありますが、一方でソーダでしか出せない香りがあると思うんです。

山田

わかります。香ってくるよね。僕が一番好きな飲み方は氷が少し溶けたロック。(ウイスキーと水が同量になる)トワイスアップくらいの冷えている状態で飲むのが美味しい。

過熱するブームの中で

笹川

ウイスキーは収集文化も活発ですね。投機目的で買う人たちも多いのですが、ボトルのラベルに表示される熟成年数もコレクション熱が高まる1つだと思うんです。それによって価値が判断されやすくなり、投機筋が過熱するのは皮肉ですが。

土居

コロナ禍前にロンドンのヒースロー空港の免税店でサントリーが〈山崎〉18年のプロモーションをしているところに通りがかりました。ボトルが棚にずらりと並んでおり、日本ではお目にかかれない光景に驚きました。ウイスキー発祥の地である英国でPRするのが目的だったのだと思いますが、免税店はそれ以外の国の人たちのほうが多く通りがかるので誰に向けて売っているのだろうとも思いました。

山田

先生は買わなかったのですか?

土居

もちろん買いましたよ(笑)。あんなにたくさん売っているのを見たことがなかったし、めぐり合えないものにはつい手が出てしまいます。18年はもうなかなか手に入りませんが、熟成ものは飲みますか?

山田

僕は記念に飲んでおこうかなと思うくらい。熟成が進むと優しい味になりますが、個人的には少しパンチがあるほうが好みです。

土居

〈山崎〉はコロナ後に再び出荷され始めましたが、たしかに12年経っていないアンエイジドは風味にも若さを感じます。私はもう少し寝かせてから出てきてくれたほうが深みがあるだろうな、とは感じますが。

山田

国内のメーカーは今きっとどこも増産しているのでしょうね。

笹川

中国を主とした投機需要が少しずつ落ち着き、サントリーの製品も手に入りやすくなりました。10年後はもっと手軽に買える世の中になっていてほしいです。

熟成工程のロマン

笹川

ウイスキーの工程のうち、機械が関わるのはごくわずかな期間で、製造工程のほとんどは熟成という自然作用に委ねる期間です。12年と言えば、赤ちゃんが中学生になるわけですからすごい年月です。これほど長い間、原酒を木樽に閉じ込めておく熟成工程のロマンティシズムはすごいと思うんです。

土居

そうですね。ニッカウヰスキー創業者の竹鶴政孝さんが北海道の余市で蒸溜所をつくる時に、熟成期間のあまりの長さに誰も出資してくれなくて困ったという話がありますが、無理もないと思います。奇特な方がお金を出してくれたから造れるようになったわけですが、普通のビジネスはそれほど長い年月待てませんから。

笹川

ウイスキーはとにかく時間がかかる事業です。僕も蒸溜所を始めるために出資を募って回りましたが、資金繰りに苦労しました。いろいろな人から「10年は儲からないんでしょう?」と。

土居

その点は100年前とあまり変わらないのですね。

笹川

そんな産業製品はウイスキーくらいではないかと思います。2020年には〈山崎〉55年が1本300万円という価格で発売されて話題になりました。200本限定という希少性から、オークションなどで1億円以上の値が付いたそうです。

価格はともかく、55年もの間熟成させるなんてすごいことです。自分で仕込んだとしても、生きている間に飲めないかもしれないほどの時間をかけている。テクノロジーが進んだ社会で、これほど原始的な製造業もないでしょう。

土居

繰り返し出荷するわけではないから、一期一会的と言うか、次に造るシングルモルトのブレンドとの味の連続性は気にしなくていいわけですよね。

山田

たしかに仕込んだ本人が飲めないのは寂しいな(笑)。

笹川

本当にそうです。僕もウイスキーを造り始めたけれど、自分が生きている間に評価されない可能性だってありますからね。息子や孫の代にまで関わる事業ですよ。

山田

ウイスキーの時間はむしろそれくらいのほうが自然なのかもしれませんね。

スモーキーフレーバーの謎

笹川

ウイスキーの熟成工程では、気温が高いと樽の木が膨張し、寒くなると収縮します。これを昼夜繰り返すうちに、外気との呼吸と樽材成分の溶出によりアルコールの不快成分や不快臭、刺激臭が減少し、アルコールを風味豊かな状態にしてくれるのです。熟成に使う樽も味に大きく影響します。

ウイスキー造りには米国ケンタッキー州でつくられたバーボンウイスキーの中古樽が多く使われていますが、この他にシェリー樽やワイン樽など、さまざまな種類の熟成樽が使われます。同じ原料、工程で造った原酒でも、どのような種類の熟成樽を使うかによって熟成後の味はまったく違います。こういうところもウイスキーの面白さの1つです。

土居

ボトルのラベルにもそういった情報が記されていますよね。

笹川

そうですね。「シェリーカスク熟成」とあれば、シェリー酒の樽を使って熟成しており、実際、ドライフルーツのような果実味を感じます。「バーボン熟成」はバーボンを造った樽を使っており、バニラやキャラメルのような風味が感じられます。

山田

SASAKAWA WHISKYでも樽を入手するのは大変だったのではないですか?

笹川

中古樽の価格が今かなり上がっています。中国やインド、東南アジアでもウイスキーの生産が活発で、樽は世界中で争奪戦が繰り広げられているんです。

土居

樽の内側を焦がす「チャー」という工程がありますよね。私も〈白州〉の蒸溜所で実際にチャーの様子を拝見したのですが、それがスモーキーフレーバーの素だと思っていたのです。ところが、蒸溜所の人によれば、スモーキーフレーバーをつくるのはピートだと言う。

木を焦がすことで燻製のような風味を生むと思い込んでいたのですが、そうじゃなかった。では、樽の内側を焦がすのは何のためなのか、そして、どういう原理でスモーキーフレーバーがつくられるのかが知りたいです。

笹川

ウイスキーのスモーキーフレーバーは、仕込まれる麦芽がピーテッドされたものかそうでないかによります。糖化酵素を生成するために原料となる大麦を発芽させ、発芽が成長しすぎないように煙で燻(いぶ)し、乾燥させて発芽を途中で止めるのです。一般的にはこの乾燥に無煙炭を使用しますが、ピートが家庭用燃料として一般的だったスコットランドでは、アイラ島などの一部の地域でまだ乾燥工程にピートが使用されています。

ピートとは地層に堆積した草や苔が炭化した泥炭のことです。これを燃やすと特有のスモーキーな香りが付きます。ウイスキー特有のスモーキーフレーバーは、麦芽をこのピートで焚くことでつくられます。

樽の内面をチャーリングするのは、スモーキーな香付けのためではなく、木材を焦がすとバニリンという成分が生成され、熟成中にウイスキーにバニリンが溶出するからです。これによってウイスキーにバニラの風味が付くのです。

土居

なるほど。長年の謎が解けました。

日本がオリジン"ミズナラ樽"

山田

日本ではミズナラの樽もよく使われていますよね。今〈シーバスリーガル〉もミズナラの樽で熟成した製品を売り出しています。ミズナラの樽は今もつくられているのですか?

笹川

世界的なジャパニーズウイスキーブームを牽引した〈響〉や〈山崎〉、〈白州〉はすべてミズナラ樽熟成の原酒をキーモルトとして使っています。樽に使われるオーク材には、アメリカンオーク、ヨーロピアンオーク、ジャパニーズオークなどがあります。外国のオーク材を使えなかった戦後間もない時期に、サントリーが使った国産樽材がミズナラでした。

最初は苦肉の策でしたが、後年、この樽材特有のお香のような複雑な香りがあるとわかり、その樽で造ったウイスキーが高く評価されたというわけです。それをシーバスリーガルなどの海外メーカーが使うようになったのですね。

山田

ミズナラ樽はサントリー以外のメーカーも使うことができるのですね。

笹川

樽メーカーの有明産業が今も新樽をつくっていますが、生産量が少なく値段も高い。〈シーバスリーガル ミズナラ〉はミズナラのカスクフィニッシュ、つまり他の樽で熟成させた後で熟成の最後の期間をミズナラ樽に貯蔵したお酒を売っています。

実は、ミズナラの木は成長がとても遅いのです。高樹齢でも太くならず、木材として使用できる量が限られます。主に北海道に群生しますが、板材として市場に出た瞬間に買われてしまうので、新規参入の事業者はほとんど買えない状況です。

〈シーバスリーガル〉もミズナラ樽の数が限られるため、カスクフィニッシュというかたちで熟成させているのでしょうね。日本人がミズナラ樽を発見したことが、ジャパニーズウイスキーの世界的な評価につながりましたが、特徴的なフレーバーになることが誰もわかっておらず、10年、20年を経たものがやがて海外から評価されるようになったのは面白いストーリーだと思います。

土居

初期の国産ブレンドウイスキーは基本的には国内向けで、欧米人の味覚に合うものを目指していたわけではなかったと思うのです。その中で味の系統を維持し続け、2000年代にいきなり外国から賞を受けた。ここには何か流れがあるのでしょうか。

笹川

ミズナラ樽のほかにジャパニーズウイスキーが評価される理由が、チーフブレンダーのブレンディングの能力です。サントリーには、ウイスキーのテイストの方向性を決定するチーフブレンダーを務めた輿水精一さんという方がいらっしゃいました。この職を今、5代目となる福與伸二さんが務めておられますが、世界的にも類を見ない鋭敏な味覚の持ち主でなければ務まらない仕事です。

サントリーのブレンダー室の方々は、樽ごとの原酒の味を見きわめて、それを組み合わせることで深い風味をつくる能力を持っています。何万樽もある原酒樽を組み合わせて、味を均一化させられるのはとんでもない技術です。

熟成は自然環境と同じ条件で

山田

日本はスコットランドに比べると、ブレンデッドが少ないですよね。どこのメーカーも基本的に他社には樽を出しません。

笹川

ブレンデッドウイスキーには、モルトウイスキーとグレーンウイスキーがありますね。モルトは大麦のみを原料としますが、グレーンはトウモロコシや数種類の穀物で造ります。実は、グレーンウイスキーを造るには連続式蒸溜機というすごく大きな機械が要るので、大手資本でなければ難しいという事情があります。

山田

グレーンを造り始めている蒸溜所はありませんか。国内に150もあれば、すべてシングルモルトではやっていけなくなるでしょう。10年後くらいには、国産でも美味しいブレンデッドが出てくる気がします。

笹川 確かに、日本は稲作だけでなく、北海道ではトウモロコシの生産も盛んですから、原料の地産地消を目指してお酒を追求すると、グレーンに向かう気がします。日本は大麦の生産量が少なく、SASAKAWA WHISKY は原料となる麦芽をほぼスコットランドから輸入しています。僕たちも、ジャパニーズウイスキーの未来を考えると原材料を国内で生産できるのが望ましいと考えています。

土居

逆に大麦の産地を限定すると、日本はつらい面もありますね。とくに麦は穀物の中でも生産量が少ないので。

笹川

ウイスキー用に品種改良されているスコットランド産の麦は、でんぷん質からアルコールに変わる率を示す「アルコール収量」が高いのです。香ばしさやウイスキー固有の重厚なテイストをつくるには、どうしてもスコットランド産のほうがよい。いろいろなメーカーが国産麦を試していますが、ウイスキー用の国産麦芽を育てることも重要です。

土居

酵素を生成させるモルティングの技術が重要なのでしょうか。

笹川

大事なのは、発酵と蒸溜と熟成だと思います。もちろんモルティングも大事ですが、モルトをいかに風味豊かに発酵させるかも重要です。この役割を担うのが酵母菌で、最も美味しいお酒を造るために酵母菌の配合や発酵の仕方を何度も試します。

山田

でも、正解もないでしょう。結果的にそれが蒸溜所の味ということだと思うんだけど。

笹川

そうですね。だから各メーカーが日夜さまざまなパターンで試作を重ねていますが、その答えも熟成期間を経ないと出ない。

さらに蒸溜所の熟成環境がウイスキーの味を大きく左右するので、立地はとても大切です。気温や湿度だけでなく、標高や周辺樹木の植生、海の近くにあるかどうか、といった条件も重要になる。ウイスキーの熟成は基本的に同じ場所で、外気と同じ条件にしなければいけないというルールもあります。

山田

室温管理はいけないのですか?

笹川

自然環境と同じ条件で熟成させるというのがウイスキーの定義なので、温度管理をしてはいけないのです。蒸溜所の外気温が高いと熟成が早まりますが、その分、エンジェルズシェアと呼ばれる蒸発量も多くなります。外気温が低ければ蒸発が少なく長期的な熟成が可能になりますが、熟成には長い時間が必要です。

土居

ウイスキーを造る場所というのは独特ですね。ワイナリーは大体ブドウ畑の真ん中にあるし、日本酒は田んぼの中でなくてもいいので街中にもありますが、ウイスキーの蒸溜所は貯蔵するのに適した自然豊かな環境に立っています。

笹川

僕たちの蒸溜所は標高約1000メートルの地域にあり、年間の平均気温が15度ぐらいのスコットランドに近い環境です。標高がそれなりに高く、酷暑を感じないほどに涼しい土地でないと、日本の夏を乗り切るのは難しいかもしれません。

クセの強さがやみつきになる

山田

笹川さんたちが造ろうとしているウイスキーには、完成形のイメージがあるのですか?

笹川

あります。僕はスコットランドのスペイサイド地方で造られる〈グレンファークラス〉という銘柄が一番好きで、これを目指しています。〈グレンファークラス〉は直火で蒸溜しており、シェリーカスクで熟成させるのですが、ハチミツや果実味を思わせる重厚で甘みのある味わいが特徴です。

土居

山田さんがお好きなウイスキーは何ですか?

山田

飲み続けているのはアイラの〈アードベッグ〉ですね。ピートの香りが好きで10年間、毎日飲んでいました。最近は少し飽きてしまい、実は1年前からテキーラを飲んでいるんです。

〈ブランコ〉という3カ月熟成以下のボトルは青々しさがあって美味しいのです。テキーラと言っても若者みたいにショットで飲むわけではないですよ。少し良いものをロックでチビチビ飲む感じです。

笹川

テキーラも今ブームですね。

山田

ウイスキーが高騰しすぎている影響もあるのでしょうね。

笹川

テキーラもかつては人を酔わせるためにあるお酒の代名詞でしたが、今はいろいろな種類が手に入るようになりました。風味もそれぞれで面白いですよね。

土居

私は〈ラフロイグ〉を初めて飲んだときは衝撃的でした。

山田

〈ラフロイグ〉を最初から美味しいと感じる人は少ないですよね。2度、3度と飲むうちにはまるようになるタイプのお酒です。

土居

自分は結局スモーキーなタイプが好きだということが、〈ラフロイグ〉にはまったことでわかりました。クセが強いので「正露丸みたいな香り」と言う人もいますけど。

山田

僕はアイラ島のウイスキーの中でもピート香が強い〈アードベッグ〉が好きで、うちのバーでも20種類揃えています。限定品が1年で2本くらい発売されるので、オープン以来それを10年間買い続けて20本になりました。

笹川

〈アードベッグ〉も素晴らしいお酒ですよね。ウイスキーラバーは違う味を求め続けるので、好みが次第に両極に振れていく傾向があります。最終的には大体ピーテッドにいき、それに飽きてフルーティーなほうに戻ったりする。

山田

僕は今、その間をさまよっています(笑)。ジャパニーズウイスキーでは〈白州〉です。〈山崎〉は少し甘く感じるんですよね。

笹川

以前、サントリーの方に「〈山崎〉と〈白州〉で味が随分違うのはなぜですか」と聞いたことがあります。

山田

製法が違うんじゃないの?

笹川

〈白州〉はピーテッドの麦芽とノンピーテッドの麦芽を混ぜているんだそうです。普通はどちらか一方ですが、これらを混ぜると柑橘系のさわやかなフレーバーになるそう。なぜそうなるかはわかりませんが。

こだわりのある蒸溜所

土居

大手のメーカー以外にこれぞという蒸溜所はありますか?

山田

試飲して美味しいなと感じたのは大分県にある久住(くじゅう)蒸溜所です。シングルモルトのファーストボトル(ウイスキーに初めて使われた樽で熟成したお酒)だから年数表記がないのですが、骨格がしっかりしていて、ジャパニーズというよりスコッチ、とくにスコットランドのスペイサイドに近い味わいです。テイスティングなのでストレートで水を加えながら飲みましたが美味しかったですよ。

土居

実は私のゼミの卒業生である加藤喬大さんは、水戸の明利酒類という造り酒屋が実家で、今、ウイスキー造りにチャレンジしています。

ウイスキーに挑戦すると聞いたのは卒業後ですが、彼の祖父が60年ほど前にウイスキー造りにチャレンジしていたらしいのです。ところが工場が火災に遭って断念した経緯があり、彼が免許をとってその夢を受け継ぐことを決めたそうです。高藏(たかぞう)蒸留所という屋号で、2022年から取り組んでいます。まだ造り始めたばかりの時期に、私も蒸留所を見学させてもらいました。

笹川

もう商品化されていますか?

土居

はい。ようやく初めて樽に仕込んだという段階の蒸溜したての1年ものを、試しに飲ませてもらいました。この時は普通のウイスキーとして飲めはしませんでした。長期間熟成させるのは相当時間が必要なようですが、まだ若い原酒を発売してファンを作る取り組みをしているようです。

笹川

ジャパニーズウイスキーの定義としては、最低3年間は熟成させなければいけないのですが、平均気温の高い地域は同じ3年でもより熟成されたものを造ることができ、3年を経なくとも美味しいウイスキーを出荷している蒸溜所もあります。

土居

私が飲ませてもらった1年貯蔵の溶液はパイナップルとまでは言わないけれど、甘みがあり、上手に熟成するともっと美味しくなりそうな感じがしました。その後、ウイスキーとして飲ませてもらい、やはり美味しかったです。

笹川

私がお薦めしたいのは、慶應の先輩でもある堅展(けんてん)実業の樋田恵一さんが造っている北海道の厚岸ウイスキーです。と言ってもとても人気で、なかなか買えないのですが。樋田さんがなぜ厚岸に蒸溜所をつくったかというと、アイラ島と環境が似ているからだそうです。アイラ島と厚岸はともに牡蠣の産地で、アイラ島では生牡蠣にアイラモルトを垂らして食べる食文化があります。

樋田さんの厚岸蒸溜所でも、「厚岸の牡蠣とウイスキーは同じ潮騒を子守唄として成熟を重ねている」という思いで、〈牡蠣の子守唄〉と名付けたボトルを発売しました。

土居

美味しいウイスキーは背景となるストーリーも魅力的ですよね。

〈オールド〉が醸す和の雰囲気

山田

僕は漆器店を営んでいますが、なぜバーを始めたかと言うと、漆の空間をつくりたかったからです。そういう考えから、うちは必ず〈オールド〉を入れています。〈オールド〉の小ぶりのボトルは日本でまだウイスキーが普及していない時代に、日本人の手になじむようにつくられたものですが、黒い瓶に赤いキャップは漆器のカラーリングなんですよ。

土居

なるほど!

山田

漆の空間を考えた時にカフェは少し軽い。僕はお酒も好きなので、バーにしよう、と漆塗りのバーカウンターをつくりました。そこに〈オールド〉は外せないなと。

笹川

素敵ですね。オールドのボトルはやはり雰囲気があるんですよ。

山田

でも、〈オールド〉はコスパが良すぎるので、バーで飲んでもらおうとすると商売にならない(笑)。だから、空間をきちんと設えて雰囲気をつくりました。

土居

雰囲気代ですね(笑)。私もずっと〈オールド〉で行きたいと思っているわけではないのですが、〈白州〉も〈山崎〉も手に入らなくなってしまいました。家計にも優しいので変えるに変えられない。

山田

日常的に飲むのに〈オールド〉はちょうど良い価格帯ですよね。ジャパニーズウイスキーでこういう美味しいブレンデッドがもっと増えたらいいなと思います。

土居

でも、そういうものを造るには、それなりの生産規模が必要でしょう?

笹川

そうですね。米国がバーボンを大量に生産できるのは中西部に広大なトウモロコシ畑があるからです。今の北海道の生産量では原価が高くなってしまいます。

土居

大手ではない蒸溜所でもモルトでそれなりにやろうとすると、やはり広い蒸溜所が必要ではないですか?

笹川

大変なのはどちらかと言うと製造設備よりも保管コストです。ウイスキーをたくさん造るには熟成庫がいくつも必要です。体育館大の建物を毎年1棟増設していかなければ追いつきません。

山田

10年で10棟になりますね。

笹川

保管効率を高めるために、どのメーカーも高層化するのですが、うちの蒸溜所がある富士箱根伊豆国立公園は高さ規制があるんです。そのため横に拡張せざるを得ず、土地を取得するのも大変です。

パッケージの愉しみ

山田

SASAKAWA WHISKY はいつ頃出荷予定ですか?

笹川

2028年頃を予定していますが、まだわかりません。上手く熟成が進めば予定どおりに出せますが、先延ばしする可能性もあります。こればかりは神のみぞ知るという。

土居

味のイメージはあるのでしょうか?

笹川

風味の方向性のイメージはありますし、原酒の味には絶対の自信を持っていますが、完成品は熟成後の樽を開けてみないとわかりません。すべての樽をテイスティングして熟成度合いを確認していますが、味の確認はできても途中で変えることもできない(笑)。

ですが、尖っていて美味しくない原酒でも、熟成させるととても美味しくなったりするところがウイスキー造りの面白さでもある。もちろんその逆もあるわけで、サントリーでは"熟成に耐えうる原酒"を造ることが求められると言われますが、熟成を進めると次第に個性がなくなっていきます。いかに個性の強いやんちゃ坊主を造るか、僕たちはそこに苦心しています。

山田

逆に言えば、原酒で美味しくないと感じても熟成させるしかないということですね。

笹川

そう。5年後、10年後にしか答えが出ないのです。

土居

SASAKAWA WHISKY のボトルやパッケージのデザインの構想はこれからですか。

笹川

今、気品高く、独創性に富んだデザインをいろいろと練っているところです。

土居

ボトルの形状やラベルは、これからウイスキーを飲んでみようかなと思っている若い人にとっても大きなきっかけになりますよね。

山田

〈I・W・ハーパー〉12年のボトルは切子細工のようなデザインが特徴ですが、一時期、ボトルがつくれなくなって終売になりました。

笹川

他にも〈グレンフィディック〉は三角柱、〈響〉は24角柱というように、個性的なボトルには蒸溜所のこだわりが現れますね。

山田

〈響〉の24角柱は24節気にちなんでいて、ラベルには越前和紙が使われているんですよね。山田平安堂は越前でものづくりをしているので、越前和紙と言われると地元にお金を落とすつもりでつい買ってしまいます。

笹川

ボトルやパッケージの視点でコレクションするのも楽しいですよね。

山田

SASAKAWA WHISKY の箱はぜひ漆でいきませんか(笑)。

笹川

そうですね。高級志向のパッケージはそういうデザインも是非考えていきたいです。

(2025年9月22日、三田キャンパスにて収録)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。