慶應義塾

タオル進化論

登場者プロフィール

  • 金野 泰之(きんの やすゆき)

    その他 : 金野タオル株式会社代表取締役商学部 卒業

    1986年慶應義塾大学商学部卒業。8年余の銀行勤務後、大阪府泉佐野市でタオルの製造・販売を手がける。現泉佐野商工会議所会頭。

    金野 泰之(きんの やすゆき)

    その他 : 金野タオル株式会社代表取締役商学部 卒業

    1986年慶應義塾大学商学部卒業。8年余の銀行勤務後、大阪府泉佐野市でタオルの製造・販売を手がける。現泉佐野商工会議所会頭。

  • 阿部 哲也(あべ てつや)

    その他 : IKEUCHI ORGANIC株式会社代表取締役文学部 卒業

    1991年慶應義塾大学文学部卒業。愛媛県今治市に本社を置くタオルメーカーの経営に携わるかたわら、タオルソムリエとしてタオルの魅力やこだわりを発信中。

    阿部 哲也(あべ てつや)

    その他 : IKEUCHI ORGANIC株式会社代表取締役文学部 卒業

    1991年慶應義塾大学文学部卒業。愛媛県今治市に本社を置くタオルメーカーの経営に携わるかたわら、タオルソムリエとしてタオルの魅力やこだわりを発信中。

  • 内野 孝信(うちの たかのぶ)

    その他 : 内野株式会社代表取締役法学部 卒業

    2013年慶應義塾大学法学部卒業。創業78年のメーカーで祖業のタオル製造をはじめ、リラクシングウェアやベビー用品等の製造販売を手掛ける。

    内野 孝信(うちの たかのぶ)

    その他 : 内野株式会社代表取締役法学部 卒業

    2013年慶應義塾大学法学部卒業。創業78年のメーカーで祖業のタオル製造をはじめ、リラクシングウェアやベビー用品等の製造販売を手掛ける。

2025/05/26

産地の違い=製法の違い

内野

阿部さんは「タオルソムリエ」としてどのような活動をなさっているのですか?

阿部

タオルソムリエは、タオルの生産地として知られる愛媛県今治市の資格なのです。今治には私たち機(はた)屋のようなメーカーや染色を専門にしている事業者、卸会社などがあります。販売は基本的に小売店が行いますが、私たちもお客様からタオルについて訊かれた時に、同じ言葉で説明できるようにと資格が設けられました。

金野

大阪府泉佐野市と愛媛県今治市がタオルの2大産地と言われています。どちらも綿糸を原材料にしていますが製法が違います。一言で言うと大阪は"後晒し"、今治は"先晒し"です。

「晒し」とは糸についた不純物を取り除いて漂白する工程のことで、大阪では加工する前の生糸を織機で織った後に晒すので後晒し。今治は糸を晒し、染めてから織り上げるので先晒しと呼ばれます。

阿部

つねづね産地の違いはお酒に似ていると思っていました。日本酒やワインは産地と蔵が紐付いているように、タオルも産地ごとに仕上がりが異なります。それをお客様が感じとって選んでいます。

タオルの接客で不思議なのは、お客様が皆、乾いた手でタオルを選ぶことです。実際は濡れた手を拭くために使うし、拭いた後は洗濯をしますよね。その観点から、私たちの店では洗った後の製品をお試しいただいています。

すると、それまで好みだと思い込んでいた物と、しっくりくる物が違うことも多いようです。触感をご自身の物語とセットにして評価される方もいて、一概にふわふわだけが好まれるわけではないのを実感します。

内野

良いタオルと言っても人によって好みは全然違いますね。ふわふわが好きな人もいれば、しっかりした質感が好きな人もいます。

私たちは産地に紐付いた製品づくりというよりも、どのようなタオルを作りたいかを考えてきた会社なので、吸水性の良さを大前提にしてきました。阿部さんが言うように、お客様の好みは実に千差万別。何がスタンダードか、定義するのは難しいですし、そもそも定義するものなのかとも思います。

おうち消費の先には

金野

日本人はいろいろな嗜好を持っているから、ドンピシャの製品はなかなか見つけられないでしょう。

でも皆さんはタオルにそれほど関心があるのですかね。もちろん毎朝タオルは使うけれど、特別な感情を持つことはあるのだろうかと、昔から考えています。

阿部

というと?

金野

タオルは贈答品の定番でもありますよね。これは卸しや小売りの人たちが努力してくれたおかげなのですが、その結果、「タオルはもらうもの」という意識が強くなっていきました。わざわざ買わなくても、家の中には使いきれないタオルが溢れている状態ができてしまった。

バブルが崩壊し、タオルの贈答文化が減少し、ようやく自分でタオルを選ぶ文化が生まれました。当時は節約志向が強く、安価な物が求められました。これからは本当に良いタオルを選ぶ時代になってほしいと思っています。

内野

コロナ禍のおうち消費でタオルに関心を持つ人が増えたそうで、1日の終わりに良いタオルを使うのがご褒美だという人もいます。家庭の中の物を見直す機運が高まったのは、タオル業界にとって良かったことの1つでした。

阿部

確かにコロナ禍でのおうち消費はものすごく勢いがありました。皆さん、家の中の生活をいかに豊かにするか、というところに関心が移っていきましたね。家にいる時間が長くなったことで、納得感のある物を気持ちよく使うことにシフトしていきました。

内野

ライフスタイルを見直す機運が高まったことで、お客様がその製品を使う意味も考えられるようになったように思います。ブランドのストーリーやものづくりの背景をお伝えすると、納得してお求めいただけます。それによって「こういう肌触りのタオルが欲しい」といったニーズも増えてきたように思いますが、金野さんはいかがですか。

金野

欲しい物がある方々はリクエストがはっきりしています。ですが、もう一方にはそういう要望がない方も依然としておられます。コロナ禍で日用品への意識は確かに変わりましたが、タオルに関しては衛生的な観点から「ウイルスが付いているかもしれないから捨てちゃおう」という動きもあったのではないでしょうか。

タオルに映るライフスタイル

金野

さらに、現代はライフスタイルが大きく変化した一方で、核家族化が進み、家同士の往来がほとんどなくなりました。その結果、お客さんを家に上げる機会が減り、トイレに上質なタオルを置かなくなるケースも増えたのではないかと。

内野

確かにそうですね。

金野

家のタオルは温泉旅館でもらった物でも構わないというご家庭もあります。体裁もあるので、外に持ち出す物は良い物をと考え、お金をかけるとしても、外に持って出るフェイスタオルやハンカチになる。

以前に、屋外で使う夏向きの製品として、気化熱を利用して体温を下げるタオルマフラーを開発したら、「夏にマフラー」と意外性もあり、マスコミにも取り上げられ大好評でした。汗をかいても洗濯機に放り込めるのも良かったようで、生産量が予想以上に大きく伸びました。

内野

二極化も進んでいるかもしれません。最近は若い女性の間で、顔を拭く時にタオルを使う人もいれば、使い捨てのフェイシャルタオルを使う人もいるそうです。使い捨てのフェイシャルタオル派にはタオルに菌が付着するとスキンケアに良くないという意見があり、タオル派にはふわふわの触感で拭きたいという意見があります。

時間の使い方にも現れていて、時間を節約するために洗濯が楽なものを選ぶ人もいれば、同じ1時間を豊かな時間にしたいと言って良いタオルを使う人もいます。

金野

なるほど。

内野

そういうニーズに応えるために、フェイスタオルとバスタオルの間の"スモールバスタオル"を作りました。洗濯槽の中では嵩張らず、ハンガーでも干せるサイズです。

阿部

どれくらいのサイズ感ですか。

内野

バスタオルよりも短く、幅は50センチほどです。それくらいのコンパクトさならば、洗濯で楽をしたいという単身世帯のニーズにも応えられるのではないかと。

大きいタオルが嬉しかった時代

金野

ここにもライフスタイルの変化が現れていますね。日本人にとって標準的なバスタオルの幅は、大体60センチですが、バブル経済終わり頃の1990年前後は70センチでした。少しでも大きいほうが贅沢で嬉しいという時代だったのですね。

大家族が多かったもっと昔は脱衣室が手狭だったため、風呂上がりに家の中で大きいバスタオルを巻いて過ごすことも普通でした。今はそんなことないでしょうけど。むしろ最近はタオルなんて拭ければいい、という価値観を反映してか、薄くて小ぶりの物が好まれるようになっています。

薄くて小ぶりなバスタオルは、原材料も少なくて済むので、SDGs的にも良いでしょうね。少量の水と洗剤で洗えて乾燥も速いという利点があります。泉佐野市のタオルは「泉州タオル」と呼ばれますが、私たちは昔から薄手のタオル作りが得意なので、とてもありがたい流れです。

内野

乾きやすいのは重要ですね。

金野

最近は外に干さない家庭も増えているでしょう?

内野

そうですね。

金野

部屋干しで速く乾く物はニーズが高いのです。薄手のバスタオルは金野タオルでも作っており、ネット通販でも根強い人気があります。

阿部

生地の耐久性はどうですか?

金野

分厚いほうが一般的に丈夫ですが、いずれにせよ洗濯で糸は傷むのであまり大きな違いではないと思います。

内野

一般的には、ふわふわなタオルほど耐久性が低いとされています。柔らかいほどダメージに弱く、多くのメーカーはこれを両立することに力点を置いていると思います。

柔軟剤は使ってはいけない?

内野

阿部さんはケアの仕方も発信されていますよね。表面のパイル部分が寝た状態で乾燥すると仕上がりがカピカピになってしまうとよく言われますが。

阿部

SDGs的な観点で言うと、買ったばかりの風合いが続くのが最も環境負荷が少ないと考えております。吸水性が悪くなったり、手ざわりが硬くなったり、黒ずんだり臭ったりするのは洗剤過多か"すすぎ不全"が原因で、そういう状態になるのは大抵、洗剤や柔軟剤を入れすぎるためです。

内野

わかります。そうですよね!

阿部

そういう正しいケアもお伝えするために、イケウチオーガニックでは商品がお客様の手元に渡ったところで終わりとせず、むしろそこを関係性のスタートと捉えています。この発想から、2022年にはメンテナンスサービスも始めました。

風合いが悪くなると一度リセットする必要がありますが、その方法はあまり知られていません。そのまま使い続けられてしまうと、全然もたないといったクレームにつながりますが、適切に扱えばタオルは長持ちするのです。

金野

私もそう思います。

阿部

パイル地(タオル特有の生地)は綿の糸と織り方の組み合わせからなるので、本当は大差はないはずです。産地や素材も大切ですが、耐久性を左右するのは設計の違いとされています。

洗剤や洗濯機のコマーシャル等でよく「時短」「節水」が謳われますよね。タオルの洗濯にはある程度水の量が必要ですし、すすぎも3回ぐらいは必要でしょう? "すすぎゼロ回"とか"少ない水量で洗える"というのは、タオルと肌着に関しては、ちょっと考えにくい。でも、それを標準にされてしまうと、目で見えない細かな不純物が残ってしまいます。それを落とせれば元の表情に戻り、長く使い続けられます。

内野

柔軟剤のコマーシャルで、効果を表現するためにタオルが使われますよね。あの組み合わせは誤解を招く可能性があります。「風合いが長持ちしない」のは、実は柔軟剤を入れすぎていることが多いので。

阿部

それは同感です。アウターのような衣類なら型崩れ防止になり、乾燥時間も短縮できるのでしょうが、肌着やタオルのように吸水性が命とも言える製品に柔軟剤を使われると機能が損なわれてしまう。

金野

洗剤を使いすぎてはいけないというのは、タオルに限らず衣料全般に言えますよね。洗剤メーカーの表示される使用量は大体最大量ですが、わりと皆、きれいになると思い洗剤を多めに入れる傾向があります。昔は水で洗っていたのだから、汚れていなければ洗剤は本来不要のはずなんです。

柔軟剤のような界面活性剤を使うと、確かに糸はふわっとします。ただ、柔軟剤は油と似たような性質を持っているので、吸水性を損ない、繊維同士の絡みが緩み、毛羽落ち(綿ぼこり)の原因になってしまう。それによって糸はやせ細り、タオルはガビガビになっていくという仕組みですね。

日本と対照的な欧米タオル事情

内野

ふわふわが好きという好みは、本当に根強いですね。タオルの吸水性は当たり前の性能になっていて、さらに柔らかさが求められる。日本ではふわふわが長い間、価値の上位に置かれ続けてきました。

ですが、欧米と日本ではタオルの価値観が大きく違い、向こうでは糸が切れない加工が主流です。肉厚なタオルが好まれ、糸の量が多いものほど良いとされています。繊細なものづくりが主流の日本とは対照的です。

阿部

確かに、欧米ではポピュラーな強撚糸(きょうねんし)は日本であまり使われません。軟水の日本では、撚りがゆるい"甘撚(よ)り"の糸が一般的です。ヨーロッパのように水が硬い地域で洗濯すると、甘撚りは風合いが変わったというご意見もいただきます。

内野

そうですね。水が硬いと、高温の乾燥機ではすぐにチリチリになってしまうので、日本のタオルには過酷な環境です。日本で繊細なタオルを長く使えるのは、水の性質も大きいと言えそうです。

金野

日本は柔らかめのタオルでも洗濯に気を使いますが、欧米は徹底的に洗いをかける文化です。

15、6年ほど前、ニューヨークのギフトショーに出展したことがありました。ジェトロ(日本貿易振興機構)の担当者からは、柔らかいガーゼのタオルやハンカチは出しても難しいと言われていたのですが、持っていってみると、柔らかいタオルは珍しかったと見えて、結構評判が良かったのです。

阿部

米国はハンカチを使う文化がないですからね。

金野

お手洗いでも紙で手を拭く使い捨ての文化ですね。最近は日本の飲食店でもタオルのおしぼりがなくなりつつあります。こうしたアイテムが市場から姿を消すのは残念ですが、使い捨てのほうが衛生的とする傾向の現れかなとも思います。

阿部

逆に最近は、ハンカチを記念に買って帰る外国人観光客も結構います。

内野

デザインの豊富さも受けているのでしょうか。ハンカチの便利さにも是非気づいてほしいです。

金野

米国のギフトショーに出品すると環境に良いという評価も聞こえてきますよ。弊社の商品はかわいいデザインも多いので、米国ではおもにベビー用品として動いているようです。

タオルが最も売れる季節

阿部

湿度が高い日本では、タオルハンカチが夏場の必需品ですね。都市部は徒歩移動が多いのでなおさらです。一方で地方都市のようなクルマ社会では、それほど重宝されなかったりして、その点は米国も似ているのかなと。

金野

米国の人たちはポケットにあまり物を入れませんしね。

阿部

外気温が34、5度になると蒸し風呂状態になる日本と比べて、米国は気温が高くても湿度30、40%でカラッとしている。気候の違いも大きいように思います。

内野

タオルは夏によく使うイメージがありますが、うちは1年のうち、12月が最も動きます。

阿部

うちも12月です。

内野

大体年末ですよね。1年に一度、大片づけの時期に取り替えるご家庭が多いのかなと推測しています。

金野

昔は夏場こそタオルが売れると言われましたが、夏よりも年末のほうが動きますね。年末以外では新生活が始まる3月。

12月に動くもう1つの理由には、ふるさと納税の控除申請が締め切られるタイミングもあるかもしれませんよ。実は、大阪の泉佐野市は、特産品の泉州タオルが返礼品になっており、納税額上位の人気商品です。

阿部

泉佐野市は断トツですもんね。今治市もこれに刺激を受けて、一昨年にタオルを返礼品として力を入れていくことになりました。泉州タオルにはなかなか及びませんが。

日本人はなぜタオルを贈るか

内野

ところで、日本にはタオルを贈答品にする独特の文化がありますよね。

阿部

米国の住宅は部屋数が多いので、タオルはまとめ買いするのが普通なのでしょうね。日本の家庭では小ぶりのタオルを普段使いにするのも、大ぶりのタオルがギフトになる理由だと思います。

金野

日本でタオルをまとめ買いすることはほとんどないですね。たくさんあっても置く場所に困るのでしょう。

阿部

向こうの人たちの買い方は本当にすごいですよ。皆、同じものを5枚以上買っていく。住宅事情の違いを実感します。

内野

欧米ではタオルがインテリアの一要素になっています。色を統一するようなこだわりも強い。プライベート空間は家族にとって秘密の場所なので、むしろ贈答は嫌がられる傾向があります。

自分好みのインテリアにしたい時に、他人のセレクトが入り込むのを避けたがる心境はよくわかります。

阿部

好みじゃない物を贈られてもね。

内野

日本の贈答文化は、かつてタオルが高級品だったことによるのでしょう。一般家庭ではまだタオルに馴染みがなかった頃に、珍しいものとして贈り合う文化が広がったのではと推測しています。

阿部

確かに織物の歴史の中でタオルはとても日が浅い。タオルの歴史は、今治では今年131年目です。

金野

日本のタオルの歴史は、140年くらい前までは遡れると思います。私の子どもの頃もまだバスタオルが家庭に普及していない時代でした。もちろん、うちはタオル屋でしたので使い放題でしたが(笑)。

贈答文化が広がるにつれ、百貨店のタオル売り場が拡張されていきましたが、それも今は次第に小さくなっていますね。贈答需要が減る一方、今はそれぞれのショップが個別に扱うようになりました。自分用に選ぶ人が増えているのでしょう。

タオルはさまざまな商品と馴染む性質があります。バスまわりはもちろんですが、衣類品売り場にもありますし、子どもの手を拭くためにファミレスで売っていても違和感がありません。いろいろなシチュエーションにタオルが入ってきています。

阿部

一方で、内祝いやそのお返しに贈られる文化はまだ残っていますね。

金野

贈答は今や贈る方の自己表現になっていると思うのです。例えば、私はこのタオルが気に入ったからそれを知ってもらいたい、と。内祝いなどに選ばれる中にも、こうした方はおられると思います。

至高の推しタオル

内野

皆さんが一番推しているのはどんなタオルですか? 私はどうしても自社の製品になるのですが(笑)。

阿部

私も自社の製品です。イケウチオーガニックの「オーガニック120」というシリーズは、最初に触った時のインパクトはない"普通オブ普通"ですが、最初の風合いが長続きするのが特徴です。おむすびで言うと塩むすびのような一番のスタンダードです。

これを中心に、柔らかさや風合い、吸水量の異なるバリエーションを比較できるマトリクスを独自に作りました。横軸を柔らかさと硬さ、縦軸を乾きやすさと乾きにくさとし、違いが一目瞭然です。どうしてそのようなものを作ったかと言うと、これらの特徴のどれとどれがトレードオフの関係にあるかをお客様に知っていただくためです。

内野

オーガニック120はその原点に当たるタオルなのですね。

阿部

そうです。

内野

私の推しはものすごく細い100番手の糸で織った「しあわせタオル」というバスタオルです。糸は番手の数が増えるほど細いとされ、普通のタオルは20番手と言われますが、その5分の1程度の細さを実現しました。

阿部

100番手は細すぎるでしょう。とんでもないタオルなのでは。

内野

細い糸で織ることで繊細さと柔らかさと耐久性をすべて満たそうとしたのです。ふわふわさと耐久性は対極にありますが、これらを両立させつつ、タオルの機能を超えた感動を与えることに重きを置いて開発しました。随分試行錯誤した結果、税抜価格で14,000円になりましたが、当社のベストセラーです。

阿部

100番手の糸をパイル地に使ったのですか? 単糸ではないですよね?

内野

いえ、100番手の単糸です。

金野

製織が難しいでしょう。メーカーは嫌がるはず(笑)。

内野

タイの工場で製造していますが、この話を持ち込んだ当初は、糸が切れやすく効率が悪いからできないと敬遠されました。どうすれば切れずに織れるか、研究に研究を重ね、どこにもないタオルの実現にこぎつけました。

阿部

ちょっと信じがたいな……。

内野

実は、さらに細い140番手の糸でも作った製品もあるのです。

阿部

えっ。

内野

「至宝」という名前で販売しています。「しあわせタオル」以上に高価格になったので、頻繁に売れるわけではないのですが、私たちのタオルの中ではこれがベストかなと思っています。

阿部

140番手は尋常じゃないな。そんなに細い糸でも織れるのですか?

内野

機械の速度を落としてゆっくり織っています。糸は切れやすいわ、織機の回転が遅いわで、生産性が下がるので工場にはとても嫌がられました。

阿部

そうでしょう(笑)。金野さんはいかがですか?

金野

金野タオルでは実にいろいろな製品を作ってきましたが、一番良いのはサイズや重さのバランスを考えて作り上げた普段使いできるタオルです。メーカーとして良い綿糸を使って織りたい気持ちもあり、米国西海岸まで綿を見に出かけ、糸の撚りにもこだわって作った商品もありますが、やはりコストがかかります。

糸はいわば繊維の集まりなので、長い繊維を使うと撚りが甘くできますよね。短い繊維で撚りを甘くすると"毛羽落ち"が起こり、糸がやせ細っていく。だから長い繊維が必要なのです。

繊維の太さも綿によって違ってきます。細くて長い繊維を使えば細い糸ができますが、すると弾力もなくなります。逆に、繊維としては出来損ないとされる太くて長いものを使い、弾力性のある商品も作りました。このように自社の織機でいろいろなバリエーションを試した結果、これまでに作ったアイテム数は1000種類を超えました。

内野

そんなに!?

金野

それぞれに思い入れはありますが、私が好きなのはそれほど柔らかくなく、40番手クラスの糸を使い、密度を高めてしっかり仕上げた「美肌小町」という商品です。これで顔を拭くと、糸が細い分、顔の皮脂をグッと吸い取ってくれる感触があります。自宅でも使っています。

オーガニックなものづくりの世界

阿部

内野さんは素材を見に産地に行かれたりしていますか。

内野

行けていないのです。気候を肌で感じたいと思うのですが。

阿部

例えば、レストランでは作りたいメニューごとに生産者のもとに足を運んで個々に仕入れるタイプと、特定の生産者と組んで一蓮托生でお付き合いするタイプがありますよね。イケウチオーガニックは後者なので、糸のバリエーションがとても狭いのです。140番手の糸なんて仕入れようもなく、最も細くて60番手が限度なのです。

さらに、オーガニックにこだわって生産者の方々と一緒にものづくりをすると、糸の性格も年ごとに違ってきます。それでも毎年同じ量を買い続ければ事業としては継続できる。私たちが行っているのは、そういうタオルづくりなのです。

内野

なるほど。

阿部

持続可能な関係であればトレーサビリティも可能です。もちろん140番手の糸に興味はあるのですが、私たちがそれを追求するのは難しく、環境に配慮するからこそできることに力を入れています。

金野

140番手は糸を見たら織ろうという気がなくなりますよ(笑)。

阿部

そうでしょうね(笑)。オーガニックの綿糸では60番手でも簡単ではないのですから。

金野

紡績(綿を糸にする工程)はどこで行っているのでしょうか。

阿部

タンザニアです。オーガニックな製品を扱うには、紡績の工程も含めて認証を受けなければならず、オーガニック専用の生産ラインを持っている工場と組むことになります。

金野

GOTS認証(Global Organic Textile Standard)ですね。

阿部

そうです。制度の縛りは厳しいのですが、生産者や工場の方々と直接つながっているので、リアリティはあるし、ほっこりしながらものづくりができています。

ちなみに、トレーサビリティや認証の観点で言うと、タオルは様々な工程があるので、認証を取ろうとすると関係するすべての会社が関わってきます。さらに、うちで使う糸の種類は認証との兼ね合いで基本的に1つなので、大きなメーカーと違い、短納期・大ロットの注文は対応できないものもあります。どちらが良いかという話ではなく、こうした違いは大きいと思っています。

金野

農場に綿の品種を替えてほしいと言っても難しい。そういうものづくりということですね。

阿部

そうです。綿栽培は基本的にお任せで、私たちは今年も洪水被害がなくちゃんと採れますようにとお願いをするくらいです(笑)。

金野

農場もタンザニアですか。

阿部

そうです。以前はインドの綿でしたが、肥料や農薬を使う「慣行農業」とオーガニックが隣り合う状況もあり、コンタミネーション(不純物の混入)の問題によってオーガニックの認証が取れなくなってしまいました。他にもシリアが良質な綿の産地でしたが、内戦によってそれどころではなくなり、産地が次第に限られていっています。

環境価値を正しく理解する

内野

贈答文化が落ち着いて、今は各家庭でタオルが余っているという声も聞かれる中で、私たちのショップではタオル回収ボックスを設置し、不要のタオルをお引き受けするサービスを始めました。

阿部

回収されたタオルは再利用するのですか?

内野

リユースとリサイクルをします。リユース品は支援活動を行う団体や子ども食堂への寄付に利用されるほか、災害復興支援活動にも活用されています。

リサイクルは一度糸に戻し、再びタオルとして作り直します。

金野

糸に戻す工程は海外で行うのでしょうか。

内野

そうです。輸送コストを含めても国内でやるより安価でできます。再びタオルにする際には、新しい糸と織り合わせて付加価値をつけます。

阿部

こうした製品にお客さんが何を求めるかですよね。

内野

おっしゃるとおりです。

阿部

私たちもオーガニックな素材を扱っているとお客様からよく訊かれます。「オーガニックは値段が高いけどどこがいいの」と。オーガニックは環境価値なので、普通の綿と比べてどれほどアドバンテージがあるかというのはかなり難しい問いです。

柔らかさや風合いは糸の太さや撚り回数の話なのでオーガニックであることとは関係がありません。私たちもそう言うしかありませんでした。ですが、10年ほど前には「メリットが感じられない物にお金を払えない」と言われていたのに、今はそういう反応は非常に少なくなりました。

内野

そうなんですね!

阿部

お客様の意識は確実に変わってきています。メリットの有無で判断されていたものが、今では、これ(従来製品)を使い続けたらどうなるのかというところまで考えるお客様がいますから。

金野

それは本当にすごいことだと思います。

内野

これまではよく「オーガニックコットンを使っているから安心」と言われていました。その安心は、食品のオーガニックと綿製品のオーガニックを混同することで生じた誤解でした。それが正しく理解されるようになったのは、イケウチオーガニックの皆さんが誠実に説明された成果だと思います。

阿部

有り難うございます。確かにオーガニックの黎明期は、安心安全や長持ちするといった幻想が根強く、そこにフォーカスをしないとマーケティングが成立しない事情もあったと思います。ですが、それでは柔軟剤と同じく「ふわふわになるけれど弊害はある」の弊害の部分は隠されてしまう。その部分を地道に説明し続けないと駄目だと思ったのです。

オーガニックの品質は良いのか

内野

食品と綿では安全安心の捉え方がまったく異なります。それを理解してもらうのは本当に難しいことだと思います。

阿部

綿栽培に使われる農薬は体内に入るものではないので、ユーザーにとって直ちに健康被害があるわけではありません。しかし、そこが混同されたことで、オーガニックじゃない綿は危ないと言われました。黎明期は混同される方が大勢いたのです。

金野

オーガニックについて誤った認識を持つ方が阿部さんのところに来なくなったのはすごいことです。他方で、うちにも「オーガニックコットンで作ってほしい」と言う人がいて、「どうしてオーガニックなのですか」と訊くと「だって良い物でしょ?」と言われる。理解が追いついていない人もまだ多いのが実際のところかもしれません。

阿部

品質の良し悪しで言うと、オーガニックは決して良いほうではないですよね。

金野

農薬を入れて管理しながら育てたもののほうが品質は良いはずですよね。オーガニックコットンは農薬を使っていないから品質にも限界がある。生産者のことを考えれば、農薬の被害がなくなるので、彼らにとっては確かに良いものですが、使う側にとって大きな違いはありません。

阿部

そのとおりです。

金野

反対に農薬を使う場合でも、きちんと後処理している製品もあります。加工できちんと洗い落とされるので危険ではありません。

逆に無農薬で栽培しても後処理で人体に良くない化学系の薬品を使ってしまったら問題です。どっちが安全かと言うより、きちんと管理されているかが大切でしょう。

環境価値を我慢消費にしないために

金野

だからと言って、オーガニックの生産量を増やそうとしても、農薬も使わなければ害虫被害も多いので、それもなかなか難しいですよね。ヨーロッパはオーガニックの生産者に対する理解が進んでいますが、少ない綿の取り合いになり、コストだけが上がっていく状況が生まれています。日本でも生産者のことを考えてオーガニックコットンを選ぶ人が増えると良いですが、コストが上がるなら普通のコットンでいいという人がまだ主流でしょうね。

阿部

私たちも企業の方からオーガニックでタオルを作りたいと申し出をいただきますが、認識の齟齬がないように最初にしっかり説明します。それでもオーガニックで取り組まれますかとお尋ねすると、やはり実現する例は少ない。"際(きわ)のものづくり"をしているのだと実感します。

金野

企業の活動は予算がありますからね。

阿部

そう。普通のタオルとオーガニックタオルを比べる時に、「使用感で劣るが価格は高いオーガニック」を選ぶのは我慢消費になってしまうのです。それを我慢だと思うと一過性で終わってしまうので、限られた中でいかに気持ちよく長く使えるかに考え方を変える必要があるのです。

内野

なるほど。

阿部

我慢している自分が格好良いと思えているうちはまだいいのです。思えなくなる日が確実にきます。その時のために、これは本当に良いと思えないと、自分をだますことはできません。

お気に入りのタオルと暮らす幸せ

阿部

たとえ環境価値の高い商品であっても、触感が良いとか、安心できるといった数値化できない感覚的な部分に訴えていかないと、おそらくずっと使ってもらえないのではないかと思います。

金野

何に重きを置くか、ですね。環境配慮を打ち出したい企業は使用感よりもそれを第1に訴えるべきだし、ふわふわタオルが欲しい人に届けたい場合は、この柔らかさを追求した結果、糸は弱くなりやすいけれど感触は素晴らしいと言うことができます。すべてのニーズを満たす商品はないわけですから。

阿部

そのとおりです。

金野

だから、10人いたら10人が好みのタオルを見つけるために努力してくれるといいなと思うのです。気に入ったタオルがあれば、生活は豊かになるし楽しい。毎朝起きて顔を洗う時も、このタオルは気持ちいいと感じながら今日も頑張ろうと思ってもらえれば、生産者としてもこれほど嬉しいことはありませんから。

阿部

気持ちよいタオルを使う喜びはかけがえのないものですよね。

内野

本当に大きいと思います。

阿部

まだめぐり合っていない方には想像していただきたいのです。朝顔を洗いながらタオルの棚に手を伸ばしますよね。触った感じで「これ当たりだ」と感じたことがきっとあるはず。その当たりをずっと使い続けるのは本当に素晴らしいことなんですよ。

金野

繰り返し使い続けるのは結局、一番好きな物ですからね。

阿部

まさに。私たちはそれを見つけるお手伝いをしているだけで、何が当たりかを選ぶのは最終的にお客様ご自身なんですよね。

(2025年3月18日、三田キャンパスにて収録)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。