慶應義塾

女子プロレスの時代

登場者プロフィール

  • 柳澤 健(やなぎさわ たけし)

    その他 : ノンフィクション作家法学部 卒業

    1983年慶應義塾大学法学部卒業。『週刊文春』『Number』編集部などを経て2003年独立。著書『1985年のクラッシュ・ギャルズ』が格闘ノンフィクションの傑作と話題になる。

    柳澤 健(やなぎさわ たけし)

    その他 : ノンフィクション作家法学部 卒業

    1983年慶應義塾大学法学部卒業。『週刊文春』『Number』編集部などを経て2003年独立。著書『1985年のクラッシュ・ギャルズ』が格闘ノンフィクションの傑作と話題になる。

  • 三田 佐代子(みた さよこ)

    その他 : フリーアナウンサー法学部 卒業

    1992年慶應義塾大学法学部業。テレビ静岡を経て古舘プロジェクト所属。プロレス専門チャンネル「サムライTV」のキャスター。著書『プロレスという生き方』

    三田 佐代子(みた さよこ)

    その他 : フリーアナウンサー法学部 卒業

    1992年慶應義塾大学法学部業。テレビ静岡を経て古舘プロジェクト所属。プロレス専門チャンネル「サムライTV」のキャスター。著書『プロレスという生き方』

  • 雫 有希(しずく あき)

    その他 : プロレスラーその他 : 僧侶文学部 卒業

    2021年慶應義塾大学文学部卒業。宝塚歌劇団をこよなく愛し、プロレスと歌劇がコラボするキララヅカ花激団を2021年に設立。浄土宗僧侶としてチャリティー興行も主催。

    雫 有希(しずく あき)

    その他 : プロレスラーその他 : 僧侶文学部 卒業

    2021年慶應義塾大学文学部卒業。宝塚歌劇団をこよなく愛し、プロレスと歌劇がコラボするキララヅカ花激団を2021年に設立。浄土宗僧侶としてチャリティー興行も主催。

2025/04/25

冬の時代を超えて

三田

これまで大勢のプロレス関係者とお仕事をさせていただきましたが、慶應出身者とお話しするのは初めてなのでとても新鮮です。

柳澤

女子プロレスの時代と言うと、1970年代にビューティ・ペア、80年代にクラッシュ・ギャルズ、90年代に団体対抗戦時代という3つの盛り上がりがあります。その後、全日本女子プロレス(全女)解散後に冬の時代を迎えますが、女子プロレスはここにきて人気が復活していませんか?

三田

とても盛り上がっています。全女と、クラッシュ・ギャルズの長与千種さんが立ち上げたGAEA JAPAN(ガイア・ジャパン)の解散に象徴される2000年代は観客が最も少なかった時期ですが、今はお客さんも選手も増えている状況です。

私は2007年から2013年まで東京スポーツ新聞社主催の「プロレス大賞」の選考委員を務めていましたが、女子プロレス冬の時代と言われた2004年から2008年までは、女子プロレス大賞の選手が該当者なしという扱いでした。ですが、2009年にさくらえみ選手が受賞したことで再注目されるようになります。

その後、新団体スターダムが旗揚げし、愛川ゆず季選手や紫雷(しらい)イオ(現WWEイヨ・スカイ)選手といったスター選手が誕生しました。

私は2007年デビューなので同期がほとんどいないんです。紫雷イオさんと紫雷美央(みお)さん、ピンキー真由香ちゃんのたったの4人。でも前年の2006年デビューには松本浩代さんや十文字姉妹、仙女(センダイガールズプロレスリング)の1期生の方々がいました。

三田

昨年引退したSEAdLINNNGの中島安里紗さんやPURE-Jの中森華子選手も2006年ですね。

プロレスに演劇を取り入れる

三田

雫さんはどういう経緯で女子プロレスラーになったのでしょう?

私は1998年から2002年に放映されていたプロレス中継番組『格闘女神ATHENA』のアテナフレンズのメンバーだったのです。同時期には神取忍選手が別の番組の1コーナー「ガチンコ・ファイトクラブ」に出演しており、風間ルミさんと新団体LLPWの選手を育成している様子に衝撃を受けました。私は『ATHENA』で、神取選手対堀田祐美子選手のヴァーリトゥード戦や、ナナモモさん(高橋奈七永(たかはしななえ)・中西百重(なかにしももえ))の金網デスマッチを見て、女子プロのコアな部分の影響を受けたんです。

柳澤

この頃は激しいプロレスの時代の断末魔という感じですね。

そうですね。GAEA JAPANの解散は私が高3の時でしたが、それまではプロレスを見たこともありませんでした。

プロレスを始めたのは、高校で友だちづくりにあぶれてしまった時に、女子プロレスが自分の世界に合うと思ったからです。女子レスリングもオリンピック競技となり、山本美憂さんや伊調姉妹、浜口京子さん、吉田沙保里さんが出ておられました。学校生活ではコンプレックスだった私の体格が評価される世界があるのを知ってとても驚きました。

柳澤

雫さんがやっている「キララヅカ花激団」とは何ですか?

「キララヅカ」は、演劇とプロレスを融合したものです。私が単に宝塚を好きすぎるのがきっかけで始めたのですが、もう1つにはケガでリングに上がれずに落ち込んだ時に、形を変えて上がれる場所として演劇が良いのではと思ったのです。

実はそのきっかけとなったのが、慶應の通信教育課程で受けた岡原正幸先生の授業でした。スクーリングで「自分史を語る」という授業に参加したのですが、これはまず皆で自分史を語り、参加者の誰かの人生を演劇で再現するというものでした。この授業のおかげで演劇というものが身近になりました。

三田

ネットフリックスのドラマ『極悪女王』の時代は登場人物が生活に困っていたり、複雑な家庭環境の中でプロレスに活路を見出す人が多く登場しますが、今は必ずしもそうではないですよね。

かつては中学卒業後、すぐ入門する選手も多く、25歳で定年と言われていました。今は雫さんが僧侶のお仕事をしているように、ご自分の活動を続けながらレスラーをやっている方も多くいます。最近はアイドルや芸人、女優を志す中でプロレスにたどり着くケースも増えていますね。

柳澤

クラッシュ・ギャルズの時代は女子プロレス団体も全女しかなく、全女を辞めることはプロレスを辞めることでした。その後、ジャパン女子(ジャパン女子プロレス)等ができ、新たな流れが生まれましたね。

ハイレベルな日本の女子プロレス

女子プロレスの団体は今や、男女混合を含めると20近くが活動しています。選手も増えています。

柳澤

僕は広田さくら選手のファンクラブの会長を12年ほど務めていますが、今は女子プロレスの状況も随分良くなっていると感じます。『1985年のクラッシュ・ギャルズ』を書いた2011年頃も女子プロレス業界はまだ低迷しており、選手たちもバイトしながら続けていました。今は、女子プロレスラーとして生計を立てている人も少なくありません。

選手も団体も多いので相変わらず厳しい世界ですが、それはあらゆる業界に言えることですしね。女子プロレスが仕事として成立するようになったのは大きいと思います。近年は米国のプロレス団体AEWの試合に日本の女子プロレスラーが参戦しており、ますます賑やかです。

三田

これだけ多くの女子プロレス団体があるのはおそらく日本だけですよね。米国やヨーロッパ、メキシコにも大きな団体に所属する女子選手がいますが、技術も指導体系もきちんとしている女子の団体は日本以外にないのではと思います。

今は日本でプロレスをやりたいと日本の女子プロレス団体を目指してやってくる海外の女子選手も多く、米国のスター選手メルセデス・モネさんはセンダイガールズプロレスリングの里村明衣子(めいこ)選手の指導を受けるためにオフシーズンに仙台まで来るほどでした。日本の女子プロの技術の高さは、トリプルHのような世界最大のプロレス団体、米国WWEの大物男子選手も認めています。

「全女は戦う宝塚だ」

柳澤

そんな女子プロレスを日本でテレビ中継し始めたのは、マッハ文朱(ふみあけ)さんが活躍していた1975年頃からですよね。この頃のテレビ局は視聴率を稼ぐために選手に歌を歌わせていました。マッハ文朱さんも歌手としてデビューしましたし、ビューティ・ペアも歌がメインでした。

それを完全に変えたのが長与千種とライオネス飛鳥のクラッシュ・ギャルズでした。長与千種という天性の演出家が男子プロレスの"打撃"を全女に取り入れ、ラリアットやサソリ固めといった技を駆使して、女子プロレスを激しいものにしていったのです。

長与さんはプロレスの流れを誰よりも上手くキャッチしていました。彼女の言う「滅びの美学」とは、ベビーフェイス(・・・・・・・)と呼ばれる善玉がファンの女の子たちに"痛めつけられる美しさ"を見せることにあります。ファンは血を流して悶え苦しむ長与千種に、周囲とうまくやっていけない自分の苦しさを重ねる。「あの人も私のように苦しんでいる」と同一化し泣き叫ぶのが、クラッシュ・ギャルズのファン心理でした。

リングアナウンサーの志生野(しおの)温夫さんはかつて「全女は戦う宝塚だ」と言いましたが、歌って踊れてファイトもできる女子プロレスが変容していく感じが、クラッシュ・ギャルズにありました。

宝塚歌劇団星組の男役だった桃堂純さんはマッハ文朱さんのお嬢さんなんです。

三田

そうなのですか!?

そういうこともあって20代の宝塚ファンの間でマッハ文朱さんの知名度は高いんです。

柳澤

それは知らなかったな。ちなみに宝塚と女子プロレスは、見ている時の高揚感は似ていますか?

少し違いますね。きらびやかな宝塚に比べてプロレスはシンプルです。一番の違いは、宝塚のお客さんが誰もはしゃがないことかな。

宝塚はとてもマナーに厳しい文化です。

三田

コールとかも駄目?

駄目ですね(笑)。でも東京宝塚劇場と、"村"と呼ばれる宝塚の本拠地は違いますし、全国ツアーで回る各地の会場でも雰囲気はまた違います。地方が緩いところはプロレスに似ているかもしれません。

痛い思いを見せられる仕事

三田

アイドルを経験した現役女子プロレスラーの中野たむ選手はイタビューで「プロレスとアイドルは似ていて、体が痛いか痛くないかの違いしかない」と言っていました。でも実は、それが最大の違いでもありますよね。

柳澤

たしかにそうですね。

三田

元アイドルの現役選手に「華やかな舞台をたくさん経験してきたのに、なぜ最終的にプロレスを選んだのか」と訊いたことがあります。プロレスは相手に痛めつけられて辛いところ苦しいところを、四方八方から見られる仕事ですよね。彼女が言うには「きれいではいられない時間の方が圧倒的に長いけれど、それを応援してもらえるのはプロレスだけ。そこがいい」と。確かにそのとおりだと思いました。

少しコアな話になりますが、宝塚ではまず新人公演(新公)があり、そこで主演になれるか、なれなければ何の役が与えられるかで最初の勝敗がつきます。7年の間に新公の主演が取れないと、トップの路線から落ちるとも言われます。

中野たむさんが言うように、プロレスは確かに痛いのですが、宝塚にもケガはあります。私の大好きな北翔海莉(ほくしょうかいり)さんは立ち回り中に肩が外れても、そのまま舞台を続けたそうです。タカラジェンヌも見えないところで痛い思いはしています。中には役作りのために、あえて厳しい生活を送る人もいるようです。

ケガのリスクが信頼関係を生む

柳澤

雫さんは最初にリングで受け身を取る時は怖くなかったのですか。

最初は怖かったですが、こればかりは慣れになります。

柳澤

頸椎を損傷するリスクもあるわけですから怖いでしょう。最近はあまり危ないことをしませんが、豊田真奈美さんのように、これはヤバい! と思うようなシーンをたくさん作ってきた屈強な選手もいます。

三田

プロレスは人の視線が集まるリング上で、ある意味命を晒して戦っているので、そこが見ている側の心を揺さぶるのだと思いますね。事故は起きてほしくないけれど、身一つで命も心もむき出しにして戦っている姿は、見ているほうにも特別な感動を与えます。

柳澤

プロレスラーはエンターテイナーであると同時に、ケガのリスクを抱える命を晒す仕事でもある。その恐怖と戦いながらリングに上がるヒリヒリした感じは、他の格闘技や演劇とも違いますね。

三田さんは若い女子プロレスラーと接する機会が多いと思いますが、選手たちをどのようにご覧になっていますか?

三田

女子選手の場合、一緒に練習をしている仲間にパンチしたりエルボーしたりすることに躊躇はないのかなと思うことがありました。というのも、なかなか自分の手で人を殴った経験のある女の子っていないと思うんです。実際に訊いてみると、答えは人それぞれでした。

アイドル志望だった子は最初、「怖いなと思った」と言います。ですが、やっているうちに相手が全力でぶつかってくれることこそが自分への思いなんだと分かった、と。それ以来、思いきりきてほしい、それなら自分も思いきりいけると思うようになったそうです。

リングの上で相手との信頼関係が紡げるという話を聞いた時に、これは特別だなと思ったんですよね。そういう人間関係が作れるプロレスラーを羨ましくもあります。

柳澤

女子プロレスラー同士が痛い思いをしながら1つの試合を行うのは、痛みを共有しながら1つの舞台を作っていく共犯関係と言えるかもしれませんね。

雫さんもリングではそういう連帯感を感じますか?

相手によりますね。最近、警察署とのタイアップで私の18周年記念の自主興行にKONOHA選手を関西からお呼びした時は、「思いきりきてくれてすごく楽しかった」と言ってもらえました。それは見ている人たちにも伝わったらしく、KONOHA選手のコーチも「すごくよかった」と言ってくれました。

こうした関係は同じ団体にいると作りやすいのですが、団体が増えると初めて試合をする選手も多くなり、試合が手探り状態になります。私の場合、地方の団体の知らない選手と当たることが多いので息が合う選手と出会える機会はとても貴重です。それは親友を探す感覚に近い。

『極悪女王』の時代

三田

『極悪女王』も、「これは私の、いや、私たちの物語だ」と始まりますよね。クラッシュ・ギャルズが輝いたのはダンプ松本さんがいたからでしょうし、同時代によきライバルを見つけられるのは本当に大事だと思います。この人だったらすべてを差し出せるという相手に巡りあえるかどうかが、レスラーの幸せに大きく関わるのではないですか?

それはすごく大きいです。

柳澤

団体が全女だけだったからこそクラッシュ・ギャルズがいて、ダンプ松本がいたわけですよね。タイガーマスクがいたからこそ、「虎ハンター」としての小林邦昭選手がおいしかったように、ダンプ松本もクラッシュ・ギャルズの対角にいたからこそ一時代を築いたと言えます。

里村さんは米国のWWEに指導に行く時、その下部にあたるNXTの若い選手たちにブル中野や豊田真奈美らの映像を見せ、「なぜここでこう動いたか」と問うと言います。

三田

それは里村さんが長与さんから教えられたことでもありますよね。里村さんもGAEA JAPAN1期生として、長与さんから女子プロレスラーの動き方について随分聞かされたそうです。

『極悪女王』を見た人は誰もが「よくこれを演じたな」と驚いたと思いますが、プロレス指導にあたった長与さんや彼女の団体、マーベラスの選手たちは女優さんに演技指導ではなく、新弟子を育てるように一からプロレスを教えたと言います。身体技法を理屈から教えられたことで劇中で皆、プロレスラーになりきれたんだと合点がいきました。

柳澤

そうですね。長与千種のような優れた演出家の影響力は大きいと思います。

女性ファンのまなざし

柳澤

団体対抗戦が行われていた90年代はテレビ中継がなくなり、フジテレビの放送も深夜枠になっていきました。この十数年で人気が再燃しているのはなぜでしょうね。

三田

女子プロレスに触れる機会が増えたのは大きいでしょうね。YouTubeを見て来る地方の方もいれば、インスタグラムから興味を持つ女性もいます。

私も専門チャンネルのキャスターを二十数年務めていますが、かつてはプロレス雑誌やテレビの地上波くらいしか入口がありませんでした。プロレス専門局ができ、やがて団体が独自に配信チャンネルを持つと、試合や会見が個々に発信されるようになります。

柳澤

ネット社会の恩恵ですね。

三田

80年代との違いは、今女子プロレスを見ているのは圧倒的に男性ファンだということです。だから今、どこの団体も女性客を増やす工夫をしていると思います。女の子のお客さんを呼ぶことと、入門したい人を増やすことをほぼ同時にやっています。

例えば、新日本プロレス(新日)と同じブシロードグループの女子プロレス団体スターダムは、新日の興行で提供試合を行うことがあります。それによって、新日の女性ファンが「この子たちもかっこいい!」と言って、スターダムの試合を見に行くようになる。その中からスターダムの入門試験を受けに来る女性が増えたそうです。

今はショッピングモールやお祭りなどの無料イベントでも見られる機会は増えています。

私もイベントプロレスに出ています。

三田

無料イベントで興味を持った方が今度はお金を払って団体の興行を見に行ったり、プロレス団体が開催しているプロレス教室に通うようになったりするそうですね。仕事帰りに身体を動かすうちに女子プロレスラーになった人もいます。"とりあえずやってみる"環境があるのは大きいのでしょう。

私は最初から女子プロレスしか見ていなかったので男子のプロレスは知らないんです。

柳澤

かつては女性が女子プロレスを見る理由があったんですよね。今女性が見ても十分面白いと思うんだけど。

三田

プロレスラーになった女性は、友達に誘われて初めて女子プロレスを見に行ったら、こんなに全力で生きている同世代の女の子たちがいると思わなかった、と心動かされたそうです。

宝塚ファンの友だちが私の試合を見に来てくれるのですが、ある男女混合団体の会場では、私のお客さんは皆、宝塚ファンらしい服装で来るのですぐに分かるそうです(笑)。

ですが、そういう友だちからは逆に「全然響かなかった」という感想も聞きます。というのも、演出の仕方によって男性の経営者やプロデューサーの見方が分かってしまうからだそうです。

三田

つまり女性ファンが求めているものを提供してくれていない、と。

そうです。当たり前ですが、グラビアアイドルっぽさを打ち出す演出は女性にウケません。逆に強さを売りにする女子団体の試合にはそういう感じがない。

三田

団体のトップが男性か女性かによって見え方は違うのかもしれませんね。でも、それは気が付かなかったな。

柳澤

男目線のショーを見せられている感じなのですね。

男性の「かわいい」と、女性の「かわいい」は違うと言われるじゃないですか。ビジュアル系はもてはやされると言いますけど、この選手はビジュアル系なの? という意見は女性の間で聞かれます。

柳澤

ビジュアル系の筆頭のようなジュリア選手(現WWE NXT)はどうですか?

ジュリアさんは私の周りでは女性ウケがいいです。

三田

ジュリア選手はかっこいいですよね。グラビアアイドルから女子プロレスラーになった愛川ゆず季さんも最初は男性ファンが多かったところに、ボロボロになって戦う姿を支持する女性ファンが増えたそうです。

覚えてもらえるファンサービス

以前、私の自主興行を見に来てくれた方から「プロレスラーはコスチュームでいる時間が短いので、後で顔が思い出せない」と言われました。試合後にジャージに着替えてしまうと見分けがつかなくなってしまうそうです。

それ以来、私の興行では入場セレモニーならぬエンディングセレモニーを取り入れ、花道を出る時にリングネームをコールすることで名前を覚えてもらえるようにしました。

三田

なるほど。それはいいですね。

この他にもファンサービスとして実況解説を入れています。私も志生野温夫さんや三宅正治さんの実況を聞いていろいろなことを学びました。実況があることで、選手がなぜ痛がっているのかをお客さんに伝えることができます。

柳澤

80年代はサソリ固めと言えば「あれだな」と分かる人が多かったけど、今は技を知っている人がそもそも少ないということですね。

三田

今はインターネットで簡単に調べられるので後から掘っていく愉しみがありそうです。イベントプロレスでは実況を付けてくれる会場もあります。だけど、分からないまま見ても面白いのがプロレスの魅力でもありますよね。

柳澤

イヤホンガイドがあるといいかもね。今はスマホがあるから、聞きたい人だけが聞くこともできるし。

三田

それはいいですね。歌舞伎や美術館のイヤホンガイドのようなサービスはプロレス向きかもしれません。

コロナ後の女子プロレス

三田

お客さんの歓声が響きわたる会場の一体感も観戦に足を運ぶ醍醐味ですが、コロナの時は大変でした。選手にとっても厳しい状況だったのではと思います。

とても悔しい思い出があります。プロレスにはロープの外側に身体を伸ばして技から逃れるエスケープのルールがありますが、この回数を誤って多くカウントされてしまったのです。

客席は声が出せないのでお客さんも指摘できず、そのまま淡々と試合が進みました。試合後には本部からも私が規定回数の上限を超えたとされ、王座剥奪と言われてしまい……。もちろんお客さんは皆すぐに気付いていましたけれど。

柳澤

一番良くないパターンですね。

ニコ生(ニコニコ生放送)が中継に入っていたので、私も「スリーエスケープは絶対にない。映像を見てください」と食い下がりました。この時はセコンドが付いておらず苦しい状況でした。

三田

私はコロナ禍の無観客試合を経験して、お客さんがいるプロレスがいかに完成されていたかを実感しました。あの時に離れてしまったファンもいるそうです。

逆にネットで見られるようになったのは大きいようですが。

三田

配信が普及して「家で見られて楽」と感じる人たちもいたようですね。会場で皆で声をあげて見るのが楽しいと思う人たちは戻ってきていますが。

柳澤

でも、その文化は完全に戻っていませんよね。僕も『1985年のクラッシュ・ギャルズ』を書いたことでプロレス関係のトークイベントに呼ばれますが、一時は会場の入りが減ってノーギャラになりました。今は配信のほうがお客さんが多いそうですね。

三田

そうなんですね。

柳澤

遠方の人が配信で見てくれるようになったことにより、会場の入りが少なくても以前より多くギャラがもらえることもあります。ブル中野さんも『ぶるちゃんねる』をやっていますし、皆が配信に重きを置く理由は分かる気がする。

三田

YouTubeなどで日本の試合を見た海外のファンも増えています。新日本プロレスが毎年1月4日に東京ドームでビッグショーをやりますが、これに合わせていろいろな団体が興行を打つので、都内各地でイベントが目白押しなんですよ。年末年始は海外のプロレスファンが大勢都内に押し寄せる。

なぜか私のことも知られていて「あなたがサムライの三田さんですか!」と外国のプロレスファンに声をかけられます。「何を見に来たの?」と訊くと「今から東京女子プロレスの試合を見て、その後新木場ファーストリングに行く」と。皆滅茶苦茶くわしいです(笑)。

グローバル化する女子プロレス

柳澤

WWEと新日の関係ってディズニーとジブリに似ていますよね。ディズニーとWWEは王道で、新日本プロレスとジブリはナンバー2ですが、これらが確固たる世界のワンツーでもある。日本のプロレスはWWEに比べるとサブカルチャー的です。

三田

なるほど。日本に来る海外のレスラーはジブリ作品が大好きで、ジブリ美術館まで行く選手も多いです。日本のプロレスにはWWEとは違う良さがありますよね。

柳澤

里村明衣子選手が最近ドイツで試合をした時には、入場のコールに合わせて紙テープが舞いました。ドイツの人たちがどこで手に入れたのか分からないけど、このムーブはサブカル的だなと思いました。

三田

紙テープは日本の文化ですね。浅草橋にある田中商店という文房具屋さんには、あらゆる色の紙テープが揃っています。ドイツのファンはそれを見つけたのかも。

柳澤

そういうジャパニーズカルチャーは、今かつてない大きさで世界を席巻している気がします。日本の女子プロレス選手はアメリカでも人気で里村選手がコーチに招かれたり、ブル中野さんがWWEで殿堂入りを果たしたりしています。

三田

米国には何人も行っていますよね。『極悪女王』がネットフリックスで配信されているということは、海外からも見られているんですね。

柳澤

そう。『極悪女王』は視聴数世界一を目指していました。そういう一般層まで届くコンテンツとしての「女子プロレス」を改めて示したのが2024年でした。

米国ではSukebanが、ブル中野さんをコミッショナーに起用して日本の女子プロレスラーをブッキングしています。あの団体は米国の富裕層の道楽にしか見えないんだけど。

三田

Sukebanは日本の女子プロレスラーが登場するアメリカのプロモーションですが、お金をかけていますよね。女子プロレスラーにギャルメイクをさせて日本のカワイイカルチャーと融合させている。メイクもコスチュームもものすごく手が込んでいるのですが、ネイルアートが長すぎて選手はちょっと試合しづらいみたいです。

女子プロレスが日本を盛り上げる

三田

里村選手は長与千種さんのGAEA JAPAN解散後、みちのくプロレスの新崎人生選手に誘われてセンダイガールズプロレスリング(仙女)を旗揚げします。この時、新崎さんは楽天イーグルスやベガルタ仙台のように地域の人に応援される団体を作りたいと話してくれました。その後里村選手が仙女の社長になった後に、男子の団体に参戦して男子選手と戦ったことがあったんです。その時に彼女のマイクアピールを正座して聞いている若い男子選手がいたので「どうしたの?」と訊くと、里村さんは子どもの時から見ていた憧れの選手なんだと言う。

宮城県出身の彼にとって仙女のプロレスは、野球やサッカー同様、夕方のスポーツニュースで流れる当たり前のものでした。だから、みちのくプロレスのザ・グレート・サスケ選手や仙女の里村選手は馬場さんや猪木さんに匹敵するくらいすごい存在なんだそうです。

里村明衣子選手が宮城県では「われらが育てたスター」としてとても愛されているのを知り、人生さんがやろうとしていたことがちゃんと形になっているんだなと感銘を受けました。

柳澤

里村さんは本当にすごいですよね。仙台の人たちにとって仙女の存在は僕らが思うよりもはるかに大きい。

三田

里村さんは選手としても、コーチとしても優れていますし、仙女を地元に愛されるエンタテインメントにした功労者ですよね。

柳澤

東日本大震災が起こり、人生さんは仙女を退いたけれど、里村さんはその後、道場もなく選手も少ない中で地元に密着して団体を頑張ってつくり上げていきました。そして今や英国やドイツから呼ばれ、190センチもあろうかという大きな選手にデスバレーボムをかましたりしている。ついには世界最大のWWEからコーチのオファーを受けるまでになりました。

『極悪女王』時代の女子プロレスはグローバルスタンダードなコンテンツではなかったんです。いわばテレビの時代で、日本中の女の子が全国を回って熱狂したけれど、結局は国内のカルチャーでした。それはすごいことだけれど、プロレスは今どんどんグローバルになっている。

広田さくらさんのファンクラブも海外のフォロワーが大勢いて、皆、彼女の自主興行を見にやって来ます。女子プロレスが好きでたまらない人が世界中にいて、仙女と試合をさせてほしいと言う選手たちもルーマニアやアルゼンチンなどから日本に来るわけです。

すごいのは、サーシャ・バンクス(メルセデス・モネ)のようなWWEのスター選手も、里村さんをリスペクトしていることです。米国が頂点の時代はすでに終わっていて、日本の女子プロレスが、ジブリのような存在感を見せている。それが今の女子プロレスの面白さでしょう。コンテンツが大きくなるのはこれからだと思います。

女子プロレスをわかりやすく

私も自主興行をやっていますが、それはどちらかと言うと女子プロレスの枠での活動ではないんです。男子の選手や異業種の方も呼びますし、宝塚の要素を取り入れることもある。最近は「ファイティングサロンプロジェクト」という公開練習もやっています。

三田

サロンですか?

そうです。このプロジェクトはお客さんに練習を見せる趣向で、ドラゴンゲートの新井健一郎さんのアイデアがベースにあります。プロレスのワークショップと言ってもよいかもしれませんが、例えばリスト(手首)の取り方やヘッドロックのかけ方を試合前に見てもらい、それを踏まえた上で試合をやるんです。

三田

面白いですね!

他にもここをこうひねると痛いとか、この技はこう返せるといったことを解説しています。宝塚の演劇要素を取り入れる時は拍手の入れ方をデモンストレーションしたり、ペンライトを配ってお客さんに参加できる部分を増やしています。

見に来てくれた友人も「こういう演出は良いね」と言ってくれます。今の選手は皆技が上手いので難しさが伝わりにくいのですが、お客さんに細かいところを見せられる良い機会になっています。

こうしたデモンストレーションは、警察署とのタイアップで逮捕術と護身術を学ぶ参加型イベントにも生きています。

柳澤

アイデアが幅広いですね。

そういうイベントができるのも、ビッグビジネスではないからこそです。警察署と開催した特殊詐欺防止イベントでは、500人ほどのお客さんが集まりました。

地域でやる時は、1つひとつのつながりを大事にできる良さがあります。地域密着という方法は、「少しやってみたい」という人たちの選択肢にもなります。

「ファンは細かく見ていない」

長野に拠点を置く信州プロレスは、ローカルアイドルのパラレルドリームとのタイアップからスタートし、選手もローカルCMに出演するなど少しずつ地元での知名度を高めていった団体です。彼らはごっこ(・・・)と割り切っていますが、4人のお客さんにゴム紐を持ってコーナー代わりに立ってもらう「ゴム紐マッチ」のような参加型の活動が人気です。

三田

素晴らしいアイデアですね。

信州プロレスは活動的で、コロナ直前の2020年1月には東京スカイツリーの広場で出張試合をしていました。それも1月4日です。

三田

つまり新日本の東京ドームでの大型興行の裏ですね。

そうです。その試合に出た選手は終了後、「今から"一・四"に行ってくる」と言い残して、その足で東京ドームに向かいました。ローカルの団体や選手はそうやって人に響くユニークなアイデアを行動に移しています。

そうしていろいろと趣向を凝らすのですが、一周回った結論としては「ファンはそんなに細かく見ていない」ということです(笑)。楽しかった、激しかった、大きかった、次頑張れよ、もうそれに尽きると思います。

三田

そうですよね。パッと見で「わあ、面白い、強い、大きい、速い」と言ってもらえるだけでもうれしい。

そうです。身体が大きいだけでもお客さんは驚いてくれます。東京スカイツリーでの試合なんて、場外乱闘で近所の交番にまで流れ込んでいきましたから(笑)。皆、サービス精神旺盛なんです。

でも、若いレスラーに言いたいのは、そういう選手たちも相当な鍛錬を積み重ねているということです。選手はそれを忘れてはいけないと思うんですね。個性に走るのもいいけれど、肝心なことが疎かになってしまうのはマズいです。

柳澤

僕の娘は以前、彼氏の影響で学生プロレスのリングアナウンサーをやっていました。そうしたら今度は、新根室プロレスのリングアナを務めるという。これはちゃんとさせないとマズいと思い、全女の故今井良晴さんとJWPの山本雅俊さんに頼んで指導をお願いしました。

新根室プロレスは地元でおもちゃ屋さんをやっている兄弟が始めたアマチュアプロレス団体で、2017年に"アンドレザ・ジャイアントパンダ"という大きな着ぐるみが大当たりしました。それがきっかけとなって大日本プロレスの興行に参戦することになったんです。

そういう人気の団体なので、リングアナとはどんな仕事なのかということを、娘はカラオケボックスで今井さんと山本さんから教わりました。だから、うちの娘は今井さんの最後の弟子なんですよ。

三田

アンドレザさん、本当に大きいですよね。身長3メートルという。しかもかわいい。

柳澤

根室のアマチュアプロレス団体が巨大な着ぐるみを作ったことによって、いきなり『週プロ』に取り上げられる時代ですからね。その中で『極悪女王』のように1985年のコンテンツがいきなり見直されることもある。今はプロレス全体に自由な空気が流れていてとても良いなと思います。

プロレスに人生を乗せて

全日本プロレスは、信州プロレスとの提供試合がよく入ります。松本にある中華料理屋さんが全日を応援しているからですが。

三田

今は新日でも全日でも、大きい団体が地方で興行を打つ時は、ローカルの団体が協力して提供試合をやるということがあります。

柳澤

最近はそんなふうになっているんですね。アマチュアとプロの境目はほとんどなくなっていますが、選手を目の当たりにすると「やっぱり本物のプロレスラーはすごい!」と思います。

三田

女子プロレスは身体の大きさで人目をひくわけではないので、選手の個性や技術をどう磨いていくかが大事になってきます。180センチ100キロある男子プロレスとは違い、女の子がやっているということがやっぱり特別なんだと思います。

柳澤

そうですね。

でも、中西百重選手にサインをもらった時、握手してもらった手があまりに分厚く、「この人、人間じゃねえ!」と思いました(笑)。握手一つですごさが伝わってくるのがプロレスラーでもあります。

柳澤

広田さんに握手してもらった時は華奢だなと感じましたから人によるのでしょうね。プロレスが宝塚と違うとすれば、選手たちは自分の役で出ることですよね。演劇では俳優が自分自身をステージで見せることはないですから。

プロレスラーはマスクを被ってキャラクターを演じるけれど、そのマスクは半透明なんだ、という文章を僕は以前、書いたことがあります。そこにいるのは100%の自分ではないけれど、ヒールだろうが、ベビーフェイスだろうが、自分自身が本当に出てしまう、出ていないとつまらないというのが、プロレスの面白いところです。

以前、TAJIRIさんに呼んでいただいてSMASHの試合に出た時の、最後にアクトされたTAJIRIさんの言葉が印象的でした。彼は「精度の高いプロレスを見たければ、ロボットにでもやらせておけばいいんだ」と言う。「プロレスは人間がやるからそこに人生が反映されるんだ」というわけです。この言葉は今も忘れないですね。

柳澤

いい言葉ですね。

三田

プロレスには喜怒哀楽がすべて乗っけられるわけですからね。

柳澤

まさにそのとおり。

三田

憎しみを昇華できる仕事はプロレス以外にないと言った女子選手もいました。選手は喜びも怒りも憎しみも全部込めて、自分の身体一つで相手にぶつかっていく。見る側は自分の悔しさや生きづらさをリング上のレスラーに託すことができる。選手も見る側も共に人生をすべて乗せられるプロレスはつくづく懐が深いですよね。

(2025年1月30日、三田キャンパスにて収録)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。