登場者プロフィール
隅谷 彰宏(すみたに あきひろ)
その他 : テイラーアンドクロース代表取締役システムデザイン・マネジメント研究科 卒業2017年慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。創業75年を誇る赤坂の老舗テーラーでスーツの仕立てを手がける。
隅谷 彰宏(すみたに あきひろ)
その他 : テイラーアンドクロース代表取締役システムデザイン・マネジメント研究科 卒業2017年慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。創業75年を誇る赤坂の老舗テーラーでスーツの仕立てを手がける。
渡辺 陽子(わたなべ ようこ)
その他 : コージアトリエ代表取締役兼エグゼクティブデザイナー文学部 卒業2001年慶應義塾大学文学部卒業後、フランスで服作りを学ぶ。婦人服や紳士服、子ども服まで幅広い年齢層のデザインを手がける。
渡辺 陽子(わたなべ ようこ)
その他 : コージアトリエ代表取締役兼エグゼクティブデザイナー文学部 卒業2001年慶應義塾大学文学部卒業後、フランスで服作りを学ぶ。婦人服や紳士服、子ども服まで幅広い年齢層のデザインを手がける。
青木 源太(あおき げんた)
その他 : フリーアナウンサー文学部 卒業2006年慶應義塾大学文学部卒業。日本テレビにて情報番組からスポーツ中継まで幅広く担当し、2020年にフリーに。自前のスーツで番組に出演するなど着こなしに定評がある。
青木 源太(あおき げんた)
その他 : フリーアナウンサー文学部 卒業2006年慶應義塾大学文学部卒業。日本テレビにて情報番組からスポーツ中継まで幅広く担当し、2020年にフリーに。自前のスーツで番組に出演するなど着こなしに定評がある。
2024/12/20
テーラーと対話する愉しさ
私は、父の渡辺弘二が始めた銀座のコージアトリエで洋服のデザインと販売を手掛けています。大学を卒業後、百貨店に勤めた後で父の仕事を手伝いたいと思い、勉強を始めました。それまではアパレルの知識もなかったので、父の伝手を頼りにパリのオートクチュール組合でパターンとデザインを勉強しました。
帰国後も日本のアパレル業界で勉強を続けた後にコージアトリエに入って今の仕事を続けています。「ビスポーク」はテーラーと対話を重ねて作る「Bespoke」がその名の由来ですが、オーダーメイドスーツの魅力はデザインと接客が結びついていることです。
僕はアナウンサーとして日本テレビに15年勤めた後、2020年にフリーアナウンサーになりました。関西テレビの番組でMCを担当することになり、今は大阪を拠点に生活しています。
スーツはもともとすごく好きでした。職業柄、スーツにネクタイが基本で、毎日スーツを着て番組に出演しています。いろいろとこだわりができて、今ではスーツを作りに行くのが趣味のようになっています。
テレビで拝見していますが、いつもビシッとされていますね。
ありがとうございます。ビスポークで実際にオーダーして感じるのは、作る過程が何よりも楽しいということです。時間をかけて生地やデザインを選び、仕上がりが近づくにつれて次第に良くなっていくのを見るのは本当に嬉しいですね。
僕は赤坂一ツ木通りにあるテーラーの3代目です。祖父の代にはマッカーサー元帥や吉田茂首相(当時)のスーツを仕立てていました。祖父は、大日本帝国の大礼服の仕立てを請け負っていた元赤坂の上原洋服店で修業している時に、安田財閥の安田一さんにとても気に入られ、そうした縁から一ツ木通りに店を構えたそうです。
赤坂は銀座ともまた雰囲気が違う街です。父の代にはTBSの番組に出演する芸能人が衣装を作りにきていたそうです。1960年代に活躍したピエール・カルダンやイヴ・サンローランといったデザインオーナーの影響で、日本でも五十嵐九十九(つくも)さんを始めとする〈ブリリアント・シックス〉というデザイナー6人衆がいました。父はその最若手でした。
実は、僕は普段、あまりスーツを着ることがなく、今日は久しぶりにネクタイを締めました。今年に入って2回目くらいです。
最近は“短パンテーラー”を名乗ってインスタグラムをやっています。コーディネートが完璧なテーラーは大勢いますが、短パンで採寸するテーラーはあまりいません(笑)。
たしかにそうですね(笑)。
実は今、テーラーの経営と同時に慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント(SDM)研究科の研究員として、「日本のラグジュアリーを作る」をテーマに研究会も行っています。一般社団法人を立ち上げたり、慶應でシンポジウムを開催したりしています。
テーラーとは長く付き合う
テーラーに足を運ぶのは、敷居が高いとまでは言わないですけれど、誰しも最初は量販店から入りますよね。テーラーのお客様には飛び込みの方もいらっしゃるのですか?
昔は紹介が多かったと聞きます。最近はネットで調べたり、口コミ評価をご覧になってこられるお客様もいらっしゃいます。
一度自分が信頼できるテーラーさんに会うと、長いお付き合いになると言いますよね。
「床屋とテーラーは変えてはいけない」と言われますね。ですが、今は縫製まで自社で行えるテーラーは減っています。
フルオーダーで仕立てると、仮縫いなどを含めたら、完成までに数カ月かかります。
そうですね。青木さんは、どういう基準でテーラーを選んでいますか?
僕は見た目の清潔感を大事にしています。清潔感とは何かと言えば、それは見ている方に清潔感があると感じてもらうことです。清潔感は自分が満足していても、周りがそう感じてくれなければ意味がありません。スーツを仕立てる時にアドバイスをもらえるテーラーの存在はすごく大事なのです。
僕はとくに身体のサイズに合っているかどうかを重視します。これは量販店のスーツも同じかもしれませんが、最もフィットするスーツに出合えるのはやはりオーダーなのです。
青木さんのようにスタイルの良い方は普通に仕立てても格好良く仕上がりますが、さまざまな体形の方がいるので、フィットすること=美しさにはならないですよね。
歴史的には、シャネルやクリスチャン・ディオールの後に、先ほどのイヴ・サンローランやピエール・カルダンの時代が訪れます。当時は「女性を解放する」といった合言葉とともに、衣服の形に身体を合わせていました。そうした構築的な服作りがおそらく1980年代頃にアルマーニの破壊的なイノベーションによって崩されていきます。
1990年代には「クラシコイタリア」と呼ばれたイタリアのクラシックなスタイルが全盛を迎えました。その後もさまざまなスタイルが生まれましたが、コロナ後の今はほとんど崩壊していると言えるかもしれません。多様性は大事ですが、スーツを着る人は少なくなっており、クラシックなスタイルは今マーケットの中で苦しい状況にあります。
働く女性のビスポーク需要
私は女性もののオーダーが中心なので、少し事情が違うかもしれません。コージアトリエは逆にスーツのオーダーが増えています。それもかっちりとしたスタイルです。
どういう方が着るかというと、1つはライフスステージに合わせたご家庭での“オケージョン”です。お宮参りや七五三、入学式、卒業式といったご家族での行事にご家族で仕立てられるケースがあります。パパ、ママ、お子様の3人で同じ生地で作りたいというご要望をいただきます。
家族で仕立てるご家庭があるのですか。すごいですね。
人から見られるシーンを想定されるようです。ご家族で統一感があるようにしたいというリクエストをいただきます。
お子さんはすぐにサイズが変わりますよね。
そう。成長期に合わせて仕立てるというのがポイントです。例えば、3、4月に着用される卒業式や入学式に合わせると採寸は1月頃です。この間にも子どもたちの身長が伸びることを想定して作ります。直前にお直しするアフターサービスも含めてオーダーを請けています。
女性服のオーダーが増えているもう1つのニーズは、女性の社会進出です。ファッションの流れを見ても、女性を取り巻く環境はこの数年でさらに変わっています。家庭の中ではママであり、社会では仕事をバリバリこなす女性でもある。今女性の生き方自体が本当に多様化しているのを実感します。
その中で、取締役会のようにフォーマルな場で着られる服が“吊るし”(既製品)にはないという声をいただきます。ですが、私たちの世代はオーダー慣れしていない方も多く、何を選べば良いかわからないというご相談も多いのです。そこで私たちは装いのマナーや、フォーマルな場でもデザイン性を取り入れられるポイントなどを提案しています。
例えば、「襟を正す」と言うように婦人用スーツにも襟は必ず必要ですよとか、この生地でしたら皺になりませんといったことですね。同じ取締役職でも金融業と製造業では見せ方も違うので、お客様のご要望やTPO、職種に応じて考えます。これはファストファッションにはできないことの1つでしょう。
僕は、さまざまな企業からご依頼をいただき、営業担当者の成績優秀表彰の司会をよくやるのですが、どのような組織でも表彰される方はスーツの着こなしがビシッと決まっています。それを目の当たりにすると、着こなしや見た目が相手に与える印象は全然違うということを実感できます。
アナウンサーの仕事においてスーツは戦闘服だと思ってきました。着こなしが持つ意味合いや相手に与える印象は、信頼できる人に聞くのが一番です。着ている服が相手へのメッセージになるという側面は女性にもありますよね?
そうですね。コージアトリエではいつも3つのSをキーワードにしています。清潔のS、誠実のS、信頼のSです。この3つが身に付ける人に備わるように、接客ではいつも洋服でお手伝いができることを考えています。
その3つのSはアナウンサーにとっても大事です。
スーツをエレガントに着るには
ところで、ヨーロッパの人たちの着こなしを見ていると、日本の着こなしにはエレガントさが足りないなと感じることもあります。
それはどの部分にエレガントさの違いが出るのでしょう?
たぶん人に出ると思います。
なるほど。生地や仕立ての良さといったことではないのですね。
ヨーロッパの人たちは自分の着こなしを見せるのがとても上手です。日本人は良いものを身に付けていても、それをちゃんと伝えるのが苦手なのかもしれません。
僕のイタリアでの仕事のパートナーで、400年続く貴族の家系の男性がいるのですが、彼の4代前にあたる高祖父は100年前に靴づくりを始めた方でした。ミラノの西40キロにあるビジェバノという町に靴づくりの産地を開いたそうです。そこはやがて靴づくりが盛んになり、今ではラグジュアリーブランドの靴のほとんどが、このエリアのファクトリーで作られています。
そのパートナーと一緒に仕事を始めた8年ほど前は彼もまだ27、8歳ぐらいでしたが、そんな若さでも高級レストランでは堂々と振る舞うのです。そのマナーがきちんとしていて、ナイフとフォークを持った時の佇まいが板についていました。
僕はわりとフランクな性格でイタリア人ともすぐに打ち解けられるタイプなのですが、ある時、彼に「それはエレガントじゃない(non elegante)」と言われました。ヨーロッパの人々にとっては、エレガントであることが重要な規範になっているのです。
日本ではあまり聞かない表現ですよね。エレガントさは後天的に身に付くものしょうか。
それはまさに今僕らがやっている研究にも通じるところです。後天的にも身に付けられるものであってほしいとは思います。やはり振る舞いなのではないかな。
なるほど。
ヨーロッパの知人たちは利己的な人に対してエレガントと言いません。「俺が、俺が」みたいなタイプはエレガントとは言えないのでしょう。日本でも、もしかしたら和装の世界にそういう価値観はあるのかもしれませんが。
ヨーロッパ発祥のスーツに、日本人の体形的なディスアドバンテージを感じることはありますか。
ディスアドバンテージは感じます。日本人は顔が大きくて、手足は短い。彼らは胸を張って歩くし、お尻も小さいですよね。
日本人のお尻は下に大きかったりしますが、同じアジアでも韓国の人たちはお尻がぺたんこだったりと、地域によって標準的な体形は違いますよね。そう考えると、着物は日本人の体形によく合っていると思うんです。
着物はたしかに日本人の体形に合っていますよね。
スーツはヨーロッパのカルチャーから出てきたものなので彼らに一日の長があります。それに対して僕は今、「JAXURY」というコンセプトで、ジャパン・オーセンティック・ラグジュアリーを普及させる活動をしているんです。「JAXURY」には、所謂ラグジュアリーとは違う、日本版オーセンティックラグジュアリーというニュアンスを込めています。ラグジュアリーと言うと「贅沢」「華美」と思われがちですが、本来のニュアンスは「めったに得られない喜び」です。
その貴族の友人に「ラグジュアリーはもともと貴族の文化でしょう?」と訊くと、「いや、ラグジュアリーはライフスタイルだよ」と言います。彼のテーブルマナーも子どもの頃、両脇に本を挟んでナイフとフォークの使い方を躾けられたそうです。実際に脇を閉じた状態でナイフを引くと先端に力がかかるので、肉がきれいに切れます。
立ち居振る舞いの美しさは理に適ったものだったのですね。
そうです。それを知ってラグジュアリーが生き方だという意味がわかったような気がしました。そういう優美さはおそらく日本にもあったはずだと思っています。
日本発のクラシックスーツを作る
日本発のオーセンティックラグジュアリーを追究するうえで、私が取り組みたいのが「ジャパンテーラリング」です。これまで日本の職人はイタリア風、イギリス風、フランス風を作ってきましたが、ジャパンクラシックのスーツがあってもいいはず。そこで「AUXCA.(オーカ)」というブランドを立ち上げました。
オーカでは、デコレーョンを足していく西洋の文化に対して、引き算の発想でデザインを考えます。例えば、インド原産の糸を使った生地でTシャツを作りました。デザインはシンプルにし、着心地を追究しました。生地の原価は市販品の8倍くらいしますが、それを身に付けた人がとても素敵に見えるんです。これは西洋の模倣ではできないプロダクトだと思います。
同じような発想で作ったジャケットを貴族の友人に見せると日本的で良いねと言ってくれます。
ジャケットそのものは長い歴史のあるグローバルアイテムなのにです。彼はそのジャケットに触れてみて、さまざまな要素がそぎ落とされ、かつクオリティが高いことを認めてくれたのでしょう。
それは本当に素晴らしいと思います。例えば、ウイスキーはイングランドやアイルランドが発祥ですが、今、世界5大ウイスキーと言われている物には、アメリカやカナダ、ジャパニーズウイスキーも入っています。
同じように、スーツの文化も欧米で始まったものに日本のエッセンスが加わったことで新しいものが生まれたのでしょうね。それがオーセンティックになる未来を、今まさに隅谷さんが作ろうとしているわけですね。
かつて山本耀司さんや三宅一生さん、川久保玲さんが、モードの担い手としてファッションの世界に出ていかれたように、スーツの世界でも国際水準のジャパンクラシックが出てきても良いのではないかと思うんです。そういうものを作るつもりで今デザインに取り組んでいるところです。
無限に拡がる選択肢
オーダーはかけ合わせが無限大と言って良いくらい選択肢が豊富ですよね。英国トラッドとか、イタリア風とか、襟の形を変えるだけでもスタイルは随分変わります。ビスポークでステッチ一つひとつからテーラーと2人で協力して決めていくのは、難しい数式を解くような楽しさがあります。
青木さんはテーラーの方とどのような話をなさるのですか。
スーツが完成するまでは時間がかかりますからね。僕はスーツを格好良く着こなすために趣味で筋トレもしますが、「どこの筋肉を付けたらいいですか」といったことを訊きます。すると、シャツメーカーの方から「胸の筋肉はこれ以上付けないでください」と言われたりします(笑)。
日本人は欧米人に比べて背中の筋肉が少ないので、格好良く見えるようにするにはそういう部分の筋トレも頑張らなくちゃならないんです。スーツを作る時には、この筋肉が盛り上がるとこう見えますよといったことも教えてもらいます。
そうですよね。コージアトリエに来られるのは、基本的に冠婚葬祭やパーティに行くといった目的がある方です。ふらっと来てスーツを作る方はあまりいません。ですので、私たちも目的に応じてどう見られたいかといったお話をしながら、生地やデザインを決めることが多いのです。
女性のスーツのデザインも要素が実に豊富です。襟の有無、長袖か半袖か、アシンメトリーにするか等々、お客様のご要望を伺いながら方向性を決めていきます。
テーラーにとって面白いのは、お客様だけの唯一無二のデザインになることです。生地の選択やデザイン、サイズもオリジナル。最高の物ができると、お客様が羽織った時の感動がとてもよく伝わってきます。
ところで、紳士服の生地はウールがほとんどですか?
そうですね。ただ、夏場はコットンも使います。生地の種類は最近増えてきましたよね。
そうですね。機能性を重視した生地が開発されて、昔よりも選択肢が増えているのを感じます。
レディースでは最近、ウールのような質感を再現したポリエステルの需要が高まっています。働く女性には、長時間座っていても皺になりにくかったり、ストレッチがきいていたりする素材は好まれるようです。
婦人服はトレンドの移り変わりが早いですよね。コージアトリエではデザインの流行をどれくらい取り入れていますか。
私たちは積極的にトレンドを取り入れることはあまりしていません。というのも、一度仕立てていただいた服は、3世代にわたって着続けていただきたいという思いがあるからです。
それはいいですね。
これはファミリーブランドとして掲げているポリシーでもあります。私の父のお客様の中には、70代、80代の方もいらっしゃるのですが、こうした方がお嫁さんやお孫さんと同じ生地でスーツを作ったりします。
“お古”をリメイクされるケースもあります。かつてお祖母様が着ていらしたスーツの肩パッドを少し薄くして、襟を変えてお嬢様が着るとか。こうしたリメイクのご用命も請けています。
世代を超えて着続けてもらえるのはうれしいですね。
先ほど青木さんは「戦闘服」と仰いましたが、うちのアトリエでも「勝負服」と呼んだりしています。そういう服を身に付けるシーンを想定すると、トレンドは強く出さないほうが良いかもしれません。そう言うと少し古めかしい感じを想像されるかもしれませんが、私たちはコーディネートによって新しい着こなしができるということも提案しています。
例えば、上下同じ素材のスーツにパンプスを合わせるといかにも王道のスタイルになりますが、「これにブーツを合わせるとこんな風に着れます」とか、「インナーにニットを入れるとツイードのジャケットでもデニムのパンツが合わせられます」といった具合に、着方の提案をビスポークに取り入れると勝負服でも汎用性が高いファッションになります。これもビスポークの醍醐味の1つです。
その提案がまさにビスポークですね。目的をもって仕立てに行くけれど、それ以外のシーンでも着られるようなアドバイスがもらえると本当に嬉しいです。
テーラーとともに人生を歩む
最近はDXが進んだことで安くて早く作れるスーツも増えています。中国で仕立てを1週間で行って5万円で作れてしまう店もあります。そういう状況に慣れてしまうと、「すぐできないの?」と仰るお客様も出てきます。
青木さんのようにスーツが好きで楽しんで作られる方は、今だいぶ減っている気がします。女性のスーツはいかがですか。
私の肌感覚では、むしろ待つ楽しみを感じておられる30、40代の方が増えている印象です。ファストファッションはもうお腹いっぱいなのかもしれません。こういう生地でこうデザインしてはどうでしょうと提案すると、最初はなかなかイメージできない方もおられるのですが、それを想像するのが楽しいと言っていただけることもあります。
やっぱり皆さん、作る時間を楽しんでおられるのですね。
そうです。反対にお客様のほうから「この生地でこのデザインはどうですか?」と訊かれることもあります。そのような提案をいただけるのも嬉しいですね。
もちろん、生地によってはその特性上合わないこともあります。例えばスカートにすると張りが強く出すぎてしまうとか。そういう時には、「こうしてはどうでしょう」とこちらから逆に提案し微調整をします。
私たちの場合は1つのきっかけからオーダーを始めてくださるお客様がいて、そういう方々と一緒に年齢を重ねていく関係もあります。お子様の入学式で初めてスーツを作った方が、卒業式や結婚式といった特別なシーンに合わせて新たにスーツを仕立てる。一緒にライフステージを歩む感じですね。
単なるプロダクトとして洋服を売るという以上に、お客様と関係を深めながら人生を楽しめるのはとても楽しい仕事です。
渡辺さんは本当に楽しそうに語りますね(笑)。
お付き合いが長いと、お客様ともつい話し込んでしまうんです。会話が弾むと、後で「今日は何を決めたんだっけ?」となることもあります(笑)。そうしてお客様との距離が縮まることも接客の面白さなのですが。
話が盛り上がると、ついその日の工程のアジェンダを忘れてしまうことはありますよね。
そう。その代わり、プロダクトではないところの深みが生まれます。
やはり長年にわたって築かれた信頼関係が大きいのでしょうね。
“服育”で学ぶ
ちなみに青木さんがスーツを作る時は、どのような動機でテーラーに行かれるのでしょうか。
スーツの着こなしが格好良い人たちを見ると、自分もつい作りたくなって出かけてしまいます。上手に着こなしている人たちのシャツの色や、ネクタイ、チーフのバランス、あるいはこういう生地だとこういうふうに見えるといったことをいつも観察しています。スーツは仕事で身に付ける戦闘服ですが、ビスポークは本当に趣味の領域です。
私は、ビスポークの文化はますます着物に近づいていくと思うんです。きちんと誂(あつら)えたスーツで出かけると、ホテルやお料理屋で働いている人たちには、きちんとしていると伝わります。スーツを仕立てる文化が若い人たちを中心に、良い形で残ってほしいと私は常々思っています。
青木さんがスーツを好きになったのは、何か特別なきっかけがあるのですか?
テレビ局に入社するまでは、所謂リクルートスーツを入学式と卒業式で着るくらいでした。スーツの着こなしをいろいろと教えてもらったのは、日本テレビのアナウンス部です。それこそベルトの色と靴の色と時計の色を合わせるといった基本的なルールから教わりました。
日テレのアナウンス部はスーツの着こなしに厳しいのです。初めてボーナスが出た時には、先輩から「革靴を買いに行こう」と誘われました。最初は自分のボーナスの使い道をどうして人に決められなくちゃいけないのかと思いました。ですが、その靴は今もリペアに出したりして、メンテナンスしながら履いています。
基本的なことを先輩から教えてもらいハマっていった形ですね。
日テレには“服育”があったのですね。
服育! いい言葉ですね!
私はそれを学校教育でも採り入れてほしいとずっと思ってきました。コージアトリエでは慶應の幼稚舎と横浜初等部と中等部の制服のデザインを監修させていただいています。正装の文化や、相手に敬意を表す時の洋服、あるいは、なぜ正装するのかといった装いから学ぶ文化を教育の中で広めていってほしいと思ってきました。
僕のように着こなしを教えてくれる人に出会えるかどうかは、環境次第で大きく変わりますからね。うちには今小学生の息子がいますが、僕は将来、彼のファーストスーツを作りに行くのが今から楽しみで仕方ありません(笑)。うるさく口出ししてしまいそうなので気をつけないといけませんが。
ジェームズ・ボンドがお手本
ちなみに青木さんは、後輩や知り合いにもビスポークを勧めるとしたら、どんなところをアピールしますか?
まず第一に、所作がエレガントになることでしょうか。大事に作ったスーツに袖を通す時は、自然と丁寧に扱うし背筋も伸びる。手をかけ、時間をかけて作ったものに袖を通すのはすごく良い経験になるということは伝えたいですね。
手軽に手に入るようなものだと、雑に扱ってしまう人も多いじゃないですか。ビスポークではきっとそういうふうにはなりません。雑な印象を与えるのはアナウンサーとしてよくないので、見た目が与える清潔感という意味でも、アナウンサーの後輩には是非勧めたい。
でも、日本のアナウンサーにはおしゃれな方が多いですよね。ヨーロッパのテレビはアナウンサーがおしゃれに見えないんですよ。
日本はスタイリストが付いていることが多いので、最低限のことは教えてもらえるんです。スーツの着こなしで私が憧れるのは俳優の谷原章介さん。いつも本当に格好良くて毎朝8時に谷原さんの番組をチェックしています(笑)。
僕が憧れるのは、ショーン・コネリーやロジャー・ムーアの頃の007の着こなしです。色気があってとても格好良い。007を見ると、スーツを着たくなります。
僕もそう。世代的にはダニエル・クレイグですが、ジェームズ・ボンドの着こなしの格好良いところは、戦えることがまず1つ(笑)。それと同時に、007は劇中で女王陛下に謁見する可能性があるんです。だから彼の着こなしはいつもエレガンスさをまとっていて格好良い。
英国スーツと言えばチャールズ国王。スーツの着こなしがやっぱり格好良いのです。日本の上皇陛下もすごく素敵です。
英国王室のファッションは私もいつも気になっています。とくにキャサリン妃の着こなしは、王道のスーツを着ているのに、一部にファストファッションを取り入れたりして少し“外し”が入っているところに感心します。すべてオーダーではない絶妙な匙加減が素敵です。
“外し”を入れて抜け感を作るのですね。
そう。でも、それが嫌味にならない。本当に勉強になります。
コージアトリエでは、日本の皇室のスーツも仕立てさせていただいています。いつもとてもフォーマルなドレスをご用命いただくのですが、いつかキャサリン妃のようなファッションもお召しになっていただけたらなと密かに思っています。
知っておきたい「装いのマナー」
着こなしを学びたい時に、かつてはファッション誌が強かったですよね。クラシコイタリアが流行ったのは『MEN’S EX』や『LEON』の影響が大きかったと思います。マニアックなネクタイの締め方も雑誌で勉強しました。
雑誌が教科書でしたね。
今は雑誌の影響力が弱くなっているので、青木さんのように良い先生との出会いは本当に大きいと思います。でも、誰もがそういう人に出会えるわけではない。
最近は男性でもネクタイの締め方をご存じではない方がいます。お医者様の中でも普段白衣の下にTシャツを着ている方は締め方をご存じではなかったり。スーツで座る時にジャケットのボタンを外すこともあまり知られていませんね。
そうそう。写真を撮る時にボタンを締めてお腹を引っ込める方がいますが、それは違うんですよとお伝えすることがあります。でもそんなことは学校では教えてくれませんし……。
最近、僕たちの研究会で美容ジャーナリストの齊藤薫さんが仰っていたのは、「美の概念が崩れてきている」ということでした。例えば、電車コスメ。車内でお化粧するなんてはしたないと昔は言われていましたが、今は普通に見かける光景になってしまっています。
変えてはいけないことと変えなければいけないことの分別ってありますよね。
「装いのマナー」ですね。
先ほど「服育」と聞いてなるほどと思いました。
皆、知らなすぎます。
その一方で、あえてルールを崩して楽しむ文化もありますよね。例えば、本切羽(ほんせっぱ)(袖口が開くジャケットのデザイン)で一番外側のボタンを外している人を見たら、「あの人、本切羽じゃん」と、嬉しくなったりします(笑)。
ああ、やっぱり青木さんはスーツが本当にお好きなんですね(笑)。
はい。でもそれはたぶん個人的に楽しんでいるだけで、とくに正解がある話ではないのですが。
青木さんも試しにご自身で切羽のボタンホールを縫ってみてください。自分でやると、縫う人に感謝したくなります。
なるほど。難しいのですね。
そうなのです。ボタンホールはとくに難しい。
不揃いのボタンが格好良いわけ
少し気恥ずかしいのですが、僕はボタンの縫い付けをあえて不揃いにしてもらっています。テーラーの方にはまっすぐ縫わないでくださいと。機械ではなく手仕事で仕立ててありますよというアピールですね。
ボタンが不揃いのほうが格好良いとされるカルチャーの由来はご存じですか?
知らないです。ぜひ教えてください。
日本のテーラーは仕事が丁寧なので、きれいに揃える技術を持っています。それに比べると、イタリアのテーラーは仕事が雑です。ところが、そのイタリアのスタイルがトレンドになってしまいました。
その結果、不揃いがおしゃれとされ、流行るようになったのです。キートンのような有名ブランドのスーツでさえ袖口が波打っていたりします。
なるほど。たしかに日本人のマインドなら真っ直ぐ丁寧に仕上げるでしょうね。隅谷さんの言うJAXUARYとは、そうした日本の几帳面さをもう一度見直そうという提案でしょうか。
そうですね。僕は日本製の良さとヨーロッパ製の良さをきちんとアップデートしたいと思っています。日本のスーツはビシッとしていますが、まるで鎧のようで色気がないのです。日本のビジネスパーソンはポケットに財布や手帳など何でも入れたがるでしょう?
そうですね。
スーツはもともとそういうものとして作られていません。ポケットに色々な物が入っているのもエレガントではありません。ですので、ヨーロッパのテーラーたちは顧客にはっきりとバッグを持つように伝えます。
かつて日本のテーラーは、御用聞きのように注文を請けてきました。ポケットが丈夫なスーツがほしいという顧客からのリクエストにも真面目に応えてきたのです。すると、がちがちの芯地を入れるので分厚いジャケットができてしまう。
美しくないのも無理はありません。ポケットに何でも入れてしまうのは悪しき慣習だと思います。
シャツに対する考え方も違います。日本ではシャツを肌着の延長線上にあるものと考えられがちですが、ヨーロッパの人たちにとってはジャケットと同じアウターです。実は日本国内でシャツの工場がなくなりかけているのはご存じでしょうか。
いえ、知りませんでした。
スーツには数十万円かけるのにシャツはカッターシャツで良いと考える人が圧倒的に多かったのです。それによって丁寧な仕事をするシャツメーカーが減ってしまいました。最近は少しずつ変わってきていますが、ビスポークでシャツを作れるシャツ屋さんは今、国内におそらく5軒あるかないかです。
日本のテーラーが減っているのは、お客様のリクエストに真面目に応えた結果、スーツが美しくなくなり、イタリア製に負けてしまったからです。かつて百貨店などでイタリアのテーラーを呼んでオーダー会をやると、70万円もする縫製が雑なイタリアのスーツがよく売れるのに、丁寧に作られた日本の完璧なスーツが30万円でも売れないという状況が見られました。
深く納得しました。僕がビスポークを好きな理由は、テーラーの方からこういう話を聞かせてもらえるところです。慶應では文学部西洋史学専攻を卒業したのですが、歴史や文化に触れられるのが本当に楽しい。ずっと聞いていられると思いました。
そうですね。おしゃれには正解がないので、その歴史を繙いていくのはとても勉強になります。
僕も普段、実際にオーダーされている方と自分の仕事について客観的に話す機会はほとんどなかったので、今日は貴重な体験でした。
(2024年10月3日、三田キャンパスにて一部オンラインで収録)
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。