慶應義塾

カウンター越しに見る風景

登場者プロフィール

  • 志村 久弥(しむら ひさや)

    その他 : 株式会社綱八代表取締役社長その他 : 新宿三田会副会長商学部 卒業

    1983年慶應義塾大学商学部卒業。卒業後、株式会社綱八へ入社。専務取締役を経て39歳で3代目社長に就任。今年創業100周年を迎えた。

    志村 久弥(しむら ひさや)

    その他 : 株式会社綱八代表取締役社長その他 : 新宿三田会副会長商学部 卒業

    1983年慶應義塾大学商学部卒業。卒業後、株式会社綱八へ入社。専務取締役を経て39歳で3代目社長に就任。今年創業100周年を迎えた。

  • 原田  アンナベル聖子(はらだ アンナベルせいこ)

    その他 : 和食レストラン「KOMB」オーナーシェフ環境情報学部 卒業

    2011年慶應義塾大学環境情報学部卒業。懐石料理店で基礎を学んだ後、独立。2022年に神楽坂に「KOMB」を開店。ケータリング、料理教室などの事業も展開している。

    原田  アンナベル聖子(はらだ アンナベルせいこ)

    その他 : 和食レストラン「KOMB」オーナーシェフ環境情報学部 卒業

    2011年慶應義塾大学環境情報学部卒業。懐石料理店で基礎を学んだ後、独立。2022年に神楽坂に「KOMB」を開店。ケータリング、料理教室などの事業も展開している。

  • 兼光 保文(かねみつ やすふみ)

    バー「Mr.Alcoholic」代表

    新宿、麻布十番などでバーテンダー経験を積んだ後、赤坂にてMr.Alcoholicをオープン。多彩なカクテルを提供しつつ、学生時代に習得したマジックで、来店客を楽しませている。

    兼光 保文(かねみつ やすふみ)

    バー「Mr.Alcoholic」代表

    新宿、麻布十番などでバーテンダー経験を積んだ後、赤坂にてMr.Alcoholicをオープン。多彩なカクテルを提供しつつ、学生時代に習得したマジックで、来店客を楽しませている。

2024/11/25

お店を開くまで

志村

天ぷら屋「新宿つな八」は、新宿に本店がありまして、駅ビルやデパートなどに支店を今、30店舗ぐらい展開しています。祖父が創業して、私は3代目なのですが、お蔭様で今年で創業100年の年を迎えました。

祖父の実家は新宿で魚屋をやっていたのですが、祖父は次男で、魚屋は長男しか継げなかったので、自分で何かをしなければいけないと、いくつか飲食店をやった際、天ぷらが性に合って、そこから始めて100年という形です。

僕自身は40年ほど前に、「つな八」に入社しました。今はオーナーですが、30代前半まではカウンターで天ぷらを自分で揚げていたので、今日は経営者としてだけではなく、現場にいた人間の視点からもお話ししたいと思います。

原田

私は環境情報学部出身で、メディアデザインを専攻していたのですが、あまり自分の性に合っていないなと思って。趣味で好きな料理をやろうと、卒業と同時に神楽坂にある懐石料理屋に修業に入りました。そこで2年働いた後、いったん辞めさせてもらったのですが、料理とは全然違う仕事を少しやってから、またそのお店に戻りました。

それからフリーランスになって、出張料理や料理教室をやっている時、ちょうど和菓子の虎屋さんから、3年後に赤坂店がリニューアルオープンするので、食事の監修をしてもらえないか、とお声がけいただき、いくつかの店舗の食事の監修を担当させていただきました。

志村

その後、独立されたのですか?

原田

ちょうど、虎屋さんに入って1年半後くらいにコロナ禍になって、その時に「今なら、お店をやりたいな」と思ったんですね。

コロナ禍以降、飲食店も、お店で料理やお酒を提供するだけでなく、テイクアウトなどの需要も増えて来ました。そんな今であれば、レストランだけではない、違う飲食事業も同時に展開するスタイルも受け入れられるのではないか。そんな思いもあり、「KOMB(コンブ)」を始めました。

兼光

私は慶應の理工学部在学中に、奇術愛好会に所属していたのですが、その時バイトの一環で、バーでマジックをする機会があって、それが初めてバーで働いた経験でした。

その時に、自分のパフォーマンスに対して、目の前のお客様が直接反応を返してくれる、そのことに魅力を感じました。高校生の時から飲食店経営には興味があったのですが、バーを始めたいと本格的に思ったのは、その時が初めてです。

志村

開店するにあたって、どこかで修業はされたのですか?

兼光

学生時代は蒲田のバーでバイトで働いていました。そこはオーセンティックバーという、本来は敷居の高めなバーなのですが、どちらかというとカジュアルな雰囲気のお店で、楽しく働かせていただきました。

その後は新宿や麻布十番のバーでも働きました。いざ自分でお店をやる時、土地によって客層の違いや、求められる雰囲気が異なるのではないかと思い、実際に働いて、その違いを理解したいと思ったからです。

新宿ではカジュアルな雰囲気のお店、麻布十番ではクラシカルでオーセンティックなお店で働きました。

原田

料理人と違って、バーテンダーは1人で対応しなければならないことが多いですよね。

兼光

そうですね。バーといっても求められるものはお酒だけではないので、料理も作れるようにならないといけない。また自分は、人としゃべることは得意ではないので、コミュニケーション能力も養う必要があると感じていました。

それでようやく、去年の9月、赤坂にお店「Mr.Alcoholic」を出すことができました。コロナの影響もあって、お店を出すタイミングも難しかったのですが、ちょうど物件も空いていて、良いタイミングで開店できたと思います。

カウンターの利点

志村

天ぷら屋という業態を考えた時に、カウンターで食事をしていただく利点として、天ぷらは揚げ物なので、やはり揚げ立てをすぐ食べてもらうのが絶対に美味しいんですね。うちはテーブルもお座敷もありますが、同じエビを揚げても、カウンターでは、すぐ食べてほしいので、火の通し方も加減して、少しレアになるようにします。

一方、テーブルに持っていく時はカウンターと違って、何品か盛って出さなければならない。そのため、衣もしっかり揚げ切って、持っていく間に天ぷらの衣が崩れないようにするんです。

兼光

カウンターとテーブルで揚げ方を変えているんですね。

志村

そうです。カウンターは、「エビです、キスです、ナスです」と1品ずつ出すので、熱々の状態で食べてもらえます。そのため、職人がこのタイミングで食べてほしい、という状態で品物を出せるわけですね。

あとは、お客様を間近で見られることは大きいです。例えば、お酒を飲んでいる人と、飲まずに食事を楽しんでいる人では、食べるペースが違いますよね。それを見切ることがすごく大事で、天ぷらを出す順番も変えたりもします。

原田

食べる人のタイミングに合わせられる、ということですね。

志村

そうそう。そのほうが、お客様も嬉しいと思うんです。ここぞという時に出してもらえたほうが。

原田

直にお客様の反応が見られるというのは嬉しいですよね。

「KOMB」では、毎月コース料理を変えています。そのコースにはそれぞれストーリーがあって、それをお客様と一緒にみんなで作り上げていくんです。お客様の目の前で季節の食材を見せ、料理し、味わっていただき、1つの物語のようにコースを楽しんでいただきます。

自分や他のスタッフが料理の解説をしつつ、どんどんコースが進んでいくうちに、盛り上がって、最後に「ああ、今日はよかったね」という感じにみんなで楽しめるというのは、カウンターでやっていて本当によかったなと思います。

志村

基本的にコース料理なんですか。

原田

基本、コースだけです。最後に土鍋ご飯を必ず出すんですが、1つの鍋で炊いて、みんなでそれを分け合って食べます。

もちろんお客様はみなさん、お知り合いというわけではないのですが、1つの鍋で炊いたご飯を分け合って食べることで、自然と一体感が出るんです。それはお客様にとってもすごくいい体験だろうなと思うし、私も嬉しくなります。

兼光

バーとしては、カウンターのメリットは、商品の提供に便利ということがありますね。カクテルも、いわゆるショートカクテルとかカクテルグラスに入っているようなカクテルというのは、1秒でも早く出せたほうがいいので。そして、お客様1人1人に目が届くよう、お店全体を見られることが利点ですね。

また、普通の飲食店はテーブルのメニューが重視されますが、バーは、バックバーに見えているボトルや、カウンターに書かれているメニューなどが重要なので、それが一番目に入りやすいのもカウンターなのだと思います。

原田

カウンターならではの見せ方ですね。

兼光

そうですね。バーで必要なのは、お酒を出すことに加えて、いかに付加価値を付けるかということだと思うんです。

例えば、ハイボールも、正直、裏で注いでも同じものが提供できます。でも、しっかり丁寧に作っているところをお客様の目の前で見せて、商品の説明をすることで、満足度を上げることができる。そこが一番の利点だと思います。

志村

皆さんに共通すると思いますが、やはりその料理のプロセスを目の前で見せられますよね。天ぷらであれば、エビの皮をむいたり、衣を掻いたりするところを見せてから、お客様の目の前で揚げる。揚げる時の“シュワーッ”という音や、ゴマ油の香ばしい匂いも、食べる前の期待感を煽るのに一役買っていると思います。カウンター席に座るお客様もそれを期待されている。

空間を作る際の工夫

原田

ただ、お客様の目の前で作る、ということは裏を返せばすべてを見られてしまう、ということでもあるんですよね。

志村

そう。カウンターも含めて、裏側まで、全部お客様の目に入ってしまいます。例えば包丁や、取り皿の置き方1つでも、お客様の印象が大きく変わってしまう。そういった点も含めて、空間作りというのはすごく大事です。

若い頃、祖父に「久弥、カウンターは歌舞伎やお能の舞台だからな」と言われたことがあります。職人は歌舞伎の役者と同じだよと。常に演じているんだから、ちゃんと佇まいを正せと。今でもよく覚えています。

兼光

それくらいの心積もりでいろ、ということですね。

志村

特に、うちだと職人は白衣を着ているので、汚れが飛ぶと目立ってしまう。だからこそ、清潔感を保って、佇まいをしっかりしなければいけないんですね。

職人自身の動きも含めて、1つの演目を演じる舞台だと思いますね。すべてがお客様に見られていて、舞台裏の大道具小道具も含め、ちゃんとした佇まいの中で1つの空間を作っていく。そこは大事にしていきたいと思います。

原田

私もその点は意識しています。お店の造り自体が小さいので、調理場も全部見えてしまいます。もちろん見せたくないものまで見えてしまうこともあり、それをお客様が見ても、マイナスな気持ちにならないようにと。

例えば、鉛筆1本でもまっすぐ置く。包丁もまっすぐ、まな板に平行に置くとか。それだけでお客様も気持ちいいと思うし、気分よく食べてもらえます。

兼光

細かいところですが、そこが重要なんですよね。

原田

逆に、ちょっと散らかってくると、お客様自身もザワザワしてきて、せっかくコースで順々に出していくという物語性も崩れてしまう。

まずマイナスの要素はなるべく減らしていき、少しでも気持ちよくなってもらえるように、お花や、所作も、言葉選びも気を付けるようにしています。もちろん、全部がうまくいくわけではなくて、「あの時ああ言えばよかった」とか、毎日考えてしまいます。それでも少しずついい空間にしていって、最後にお客様が「いい時間だったな」と思ってもらえるようになってほしい。

志村

お客様の目障りとか耳障りになるようなことは極力排除したいということですよね。

原田

そうですね。そうすると、不思議とお客様も、節度のある声でしゃべってもらえるようになります。そんなふうに駆け引きというか、こちらもちゃんとするから、よろしくお願いしますと、態度で示せる気がしますね。

兼光

私の店も、空間作りは、お店を出す時に、設備なども一から作っていける状態だったので、それこそカウンターの長さや高さ、幅も自分で考えました。そこにズレが生じるだけで、快適ではなくなってしまうこともあるので、そういうところはセンチ単位でこだわりましたね。

原田

大事な部分ですよね。

兼光

あと、バーだとお客様と会話する機会は多いのですが、雰囲気によって、お客様もしゃべりやすかったり、しゃべりにくかったりするんです。

先ほど、お客様の声の大きさの話がありましたが、お酒が入ると酔っ払って声が大きくなる方も多い。それは自然なことなので、私のお店は、あまり声の大きさを気にせずに楽しめるような環境にしたいと思っています。

志村

そうした雰囲気作りというのは、元からこうしたいなというのがあったのか、それとも色々なバーを見ていく中で、自分だったらこうしたいと考えてやられたのですか。

兼光

バーをやる時は、オーセンティックなバーをやるのか、カジュアルなバーをやるのか、だいたい二極化して考えると思うんですが、自分としてはちょうどその間にいい塩梅があるのではないかと思っているんです。しっかりしたお酒や料理も出すし、雰囲気もあるけれど、リラックスして楽しむこともできる。ちょうどいい塩梅の空間作りを心がけています。

多様化する食事形態

兼光

最近は本当に食事形態が多様化していますよね。特にコロナ禍以降、ウーバーイーツなどの人気も高いです。そういったことの影響はありますか?

志村

基本的に僕らは、胃袋産業で、食事は必ずどこかで1日2食か3食は誰でもされると思うんですね。ただ、食事に対するこだわりというのは、たぶん人それぞれのパターンがあると思っています。夕飯は自宅で手作りのものを食べたいという人もいれば、3食ジャンクフードで済ませてもいいと思う人もいる。そんな中、外食に来られる方は必ず来店される意図や動機があると思うんです。

今回コロナで、みんなが集まっておしゃべりして食べる、いわゆる会食が駄目だと言われましたよね。あれはやっぱり日本国民はショックだったと思うんですよ。今コロナが終息しましたが、コロナ禍の影響で、食事の雰囲気は二の次で、お腹がいっぱいになればいいや、という人たちも、多少増えてしまった感はあるんですね。

兼光

安く、お腹が満たされればいいと。

志村

だから余計に、カウンターがあるお店に行く意味というのは、僕らがしっかりとお客様に伝えていかなければいけない。そうしないと、たぶんお客様は来てくださらないと思う。「よし、このお店に行ってみよう」という価値をどのように僕らがアピールするか、それがちゃんとお客様のアンテナに引っかかるようにしないといけない。

原田

お店に来ていただかないと、伝わらないこともありますからね。

志村

結局、お客様は、新規のお客様か常連のお客様かの2種類しかいないじゃないですか。2度目以降は常連さんとして、いかにそのお馴染みのお客様を増やしていけるかが商売の原点だと思っています。

そういう意味では、最初のきっかけは何でもいい。今はネットとかSNSとか、色々ありますよね。そうして来店していただいたお客様に「来てよかったね」と言われるようにする。来店から退店されるまでの2、3時間でお客様にカウンターの良さをどう感じてもらうか、それをどれだけ伝えられるかではないかと思います。

兼光

コロナ禍以降、客層の変化はありましたか?

志村

お1人様が増えましたね。お1人様はやはりカウンターがちょうどいいじゃないですか。

ただ、カウンターは敷居が高いというイメージがどうしてもあると思うんですよ。特に天ぷら屋や寿司屋のカウンターに一見(いちげん)でプラッと行って「よっ」というのはなかなか。僕でも入れないかもしれない(笑)。

原田

緊張してしまいますよね。

志村

そういったイメージを軽減することも大切かなと。例えばうちではちょっと敷居が低いランチ──野菜の天ぷら定食や天丼なども提供しています。入門編ではないですが、そんなところから入ってもらって、カウンターに座ってもそんなに怖くないわねとか、このくらいの値段で食べられるならいいね、とか良いイメージを持ってもらうようにするんです。

SNSの影響もあるかと思いますが、今まではもう少し年代が高い、サラリーマンの方や接待でお店を使われる方が多かったのですが、コロナ後は20代、30代の女性のお1人様や若いカップルの方が増えましたね。それはいい傾向だと思っています。

原田

私の場合、「KOMB」ではレストラン事業以外にオンラインショップと料理教室、ケータリングをやっているのですが、それを始めたきっかけは、自分自身が毎日、お店に立って接客をする自信がなく、違う形態も同時並行でやっていきたいと思ったからです。

その気持ちは今でも変わらず、将来的には、レストランの売上は3割ぐらいで、他の事業で利益を上げる形にしたいと考えています。そうすれば、レストラン自体ももっと自分のやりたいことだけをやれるので。

志村

それが実現できれば理想的ですね。

原田

コロナ禍以降、4人以上の団体でご飯を食べに行くことが少なくなりましたよね。私自身、大人数でご飯を食べに行くことが苦手なので、無理に参加しなくていいという意識になったのは、よかったと思います。

「KOMB」では、貸し切りで会社の会食などもありますが、親しい間柄の方々に、ゆっくりと楽しんでほしいという想いがあります。なので、そういった時間がみなさんの間で増えたのは、すごくよかったなと思います。

兼光

必ずしもマイナス面ばかりではなくて、プラス面も大きかったということですね。

私の場合、正直、自分のお店に来る人は常連さんが多いので、そういう意味ではあまりコロナの影響を受けなかったですね。

ただ、やはり遅い時間に飲む人は、すごく減っていると思います。うちは朝までやっているんですが、深夜の3時や4時にふらっと入ってくる人が昔はいたのですが、最近はいないですね。

志村

確かに。今はそういう方は少ないかもしれませんね。

兼光

生活時間が早くなっているのは、すごく感じますね。体のリズムが合うということもあって、自分は遅い時間のほうが元気なのですが、今は、もっと早い時間にも力を注いだほうがいいのかもしれないと思うこともあります。

原田

そこは難しいですよね。食事と違って、どうしてもお酒って、昼間から飲むわけではないですし。

兼光

ただ、遅い時間にバーで1杯飲みたい、と思っているお客様も必ずいると思うので、自分としては、可能な限り、遅い時間に焦点を当てて仕事に取り組んでいきたいとは思っています。

カウンターの敷居は高い?

志村

ただ、新規のお客様を取り入れることばかりに力を注ぎすぎて、お店の本質が変わってはいけないと思うんです。僕自身、バーにしても、寿司屋にしても、やはりカウンターに憧れがあって。特に僕の世代の昭和生まれにとっては、カウンターというのは一流の大人が行く店だ、みたいなイメージがあります。

そこでお馴染みになって、「よっ」「毎度!」でスッと座って、「いつもの」みたいにできると、かっこいいですよね。その憧れや、いい意味での敷居の高さみたいなものは持っておくべきだと思うんです。

原田さんのところはやはり、一見の方より、ご紹介のお客様が来る感じですか。

原田

そうですね。最初は雑誌などを見て、来てくださる方が多かったのですが、最近はご紹介の方が多いです。ただ、和食ってどうしても、店構えなどで、お客様が緊張しがちなので、それは「KOMB」ではあまりやりたくないなと。やっぱりご飯を食べる時には、リラックスした状態で食べてほしい。その意味での敷居は低くしようとしています。

ただ、志村さんがおっしゃったとおり、敷居を極端に下げたいというのではなく、いい意味で、敷居の高さは保っておきたいですね。

兼光

例えばお料理教室で教えた方が、次はお客様としてお店にいらっしゃるケースもあるのでしょうか。

原田

もちろんあります。どちらも使う方もいらっしゃいます。最近は、海外の方も多いのですが、お友達に宣伝してくれることも多く、助かっています。日本の文化や食に興味があり、探究心のある方がいらっしゃると、こちらも料理することがさらに楽しくなります。

兼光

どうしても一定の敷居というのはありますよね。もちろん看板やSNSでの集客で、入りやすいと伝えることも自分としては大事だと思うのですが、敷居は高いけれども、入った時の居心地の良さというものをいかに感じてもらえるかが重要ではないかと思います。ですから、敷居があるというのは、いいことなのかなと。

志村

敷居があるからこそ、得られるものもありますよね。

兼光

はい。それに自分のお店はビルの4階なので、場所は入りにくい。そこもある意味、敷居の1つだと思うんですが、ドアを開けた瞬間から別世界が始まるような感じをお客様には味わってもらいたい。それは強く思っています。

海外のお客様との触れ合い

兼光

最近は海外からのお客様も増えましたよね。志村さんのお店など、特に増えているのではないかと思うのですが。

志村

お蔭様で、天ぷらは海外のお客様からの人気も高く、多くの方々に来ていただけています。海外のお客様と日本のお客様でメニューを変えているところもあるようですが、うちは別にそんなことはしていなくて、英訳したメニューを出しているだけです。みなさんおいしそうに召し上がってくださいますね。

みなさん、共通しているのは、シズル感(食欲をかき立てる感覚)やライブ感を味わいたくてカウンターに座りたがる、というところですね。目の前で調理が進んでいくところを見たい方が多く、天ぷらを揚げる場面とか、板前の包丁さばきなどを熱心に撮っている人もいます。

原田

ライブ感を求めて来てくださった方は、それを楽しんで帰ってくれますね。例えば秋だから、キノコが食べられるという期待感を持って来てくださったお客様に、私がキノコ狩りをしたお話をすると、とても興味を示されます。それは日本人でも、海外の方でも同じですね。

特に和食は、日本人にとっての常識的な知識があることが前提で、メニューを組み立てていることがあります。なぜ今日はこの料理を出しているのかなど、海外の方にわかりにくい点については、情報を補足して料理を提供します。

兼光

赤坂はやはり外国人の方がすごく多い。お店は4階なので、入りにくいのではないかと思うのですが、看板を見てパッと入ってきてくれる方も多いですね。

1つ心がけているのは、やはり観光で来ている方が多いので、「このお店に行ったらあれがあった」みたいなハイライトを作ることが大事だと思っています。それがお酒や商品でできたらいいのですが、そこは取り組み中で、今は私のマジックがそのハイライトになってしまっています(笑)。とにかく何らかの形でハイライトを残してあげると、お客様の満足度は高まるのではないかとは思っています。

志村

注文される飲み物は、日本人と違いがありますか。

兼光

国による違いもあるとは思いますが、やはりカクテルを頼まれる方が多いですね。日本人が頼まないような、ウイスキーベースのカクテルなどが人気です。

色々な外国人の方からよくオーダーを受けているお蔭で、こういうものを頼まれるなと大体予想がつきます。カクテルを頼む人は結構強いものを飲んで、1、2杯で帰る方が多かったり、逆にカジュアルな飲み物を飲む方は、何杯も飲んで、長時間お店に滞在していただけたり、そういう傾向はあると思います。

カウンターにおけるコミュニケーション術

志村

日本人でも海外の方でも、やはりカウンターで重要なのはコミュニケーション能力だと思うんです。お客様が10人いれば十人十色ですので、それぞれに合わせて対応しないといけない。

原田

それが難しいのですが、醍醐味でもありますよね。

志村

経験を積むと、最初に座った瞬間の感じとか、オーダーの取り方やお酒の注文の仕方で、この人はどういう人なのか、なんとなくわかってくる。それが面白い。

兼光

こればかりは対面でないと培えないものですね。

志村

うちも店舗数が多いので、職人も何十人もいるんですが、彼らと社内研修で話したりすると、「どうすればお客様と話せますか?」といった質問が出ます。

会話のきっかけは、ちょっとしたことで始まると思います。「今日の季節のものは何」とか、「このエビはどこから入った」とか、よく知っていることは自信をもって話せるじゃないですか。そういう引き出しはいくつか持っておくべきだと思います。

原田

一番、聞かれることですよね。

志村

例えばうちはゴマ油を使っているので、ゴマ油がどうやって作られるのか、今日おすすめの日本酒はどこの何で、どんな天ぷらと合うかなど、商品やメニューに関することから、うまく会話が回っていくと思いますね。

兼光

引き出しを常にいくつか持ちつつ、実践で経験も積んでいく感じですね。

志村

もちろん、常に話す必要はないと思います。こちらがずっとしゃべっていると「この職人、うるさいな」と思う人もいるかもしれない。その辺は、どちらも人間ですから、相性があるので、すべての人に気に入られなくてもいいと思うんです。

有り難いことに、お客様の中には、「〇〇さんが好き」と、職人を指名してくださる方もいらっしゃいます。それはすごく重要なことだと思っていて、「つな八」のブランド、暖簾の中で美味しい天ぷらを食べてもらい、なおかつ好きな職人がいれば、二重三重にお店との信頼関係が持てますよね。

だからお店のみんなにも、常連さんに「また来るよ」と言ってもらえるような仕事をしなさいと言っています。こういった常連さんの存在は、職人の自信にもなるんです。若い職人が、「社長、この間もわざわざ来てくれましたよ」と、嬉しそうに報告してくれるんですね。その、ちょっとした自信がきっかけで、2人目、3人目、4人目の常連さんが付いてくれるかもしれない。

その人がお店を異動になると、お客様も異動したお店に足を運んでくれることもあって。それはすごく有り難いことですよね。

原田

私もなるべくお客様がどういう雰囲気を持っているか、どのくらいのコミュニケーションを欲しているのかについては、常に気にしています。営業が始まる前に、スタッフと各お客様の情報共有をしっかりします。例えば会社などの接待の場合は、こちらから話しかけるのは最小限にし、商談が和やかに進むことに重きを置きます。

引き出しを増やすという意味では、使っている食材の産地へ足を運ぶようにしてます。そうすると、やはり話のディテールが違ってくるんですよね。お客様も喜んでくださって、「また今年も食べられたね」とか「あの生産者さん、元気なの?」という会話も生まれます。

スタッフにもなるべく同行してもらうのですが、そうするとスタッフも、より心を込めて料理の説明ができ、そこからお客様との会話が広がります。

兼光

色々なことをきっかけに、コミュニケーションが生まれるのですね。

原田

そうですね。とにかくきっかけを作ることができれば、スムーズに、自然と会話ができるのではないかと思います。無理に話しかけようとすると、どうしても不自然になって、すぐに途切れてしまう。

予約の段階でメールアドレスが会社名だったら、その会社を調べることもあります。もちろんそれは言いませんが、ある程度、先方のお仕事の情報が頭に入っていると、奥のほうで聞こえてくる会話がなんとなく理解できて、自分が会話に加われるきっかけになったりします。

兼光

大前提としては、お客様が何を求めているかをまず考え、お客様とコミュニケーションをとりたいと考えています。

もちろん、コミュニケーションをとらずに、お酒や料理を楽しんでいただくだけでも、70点ぐらいの満足度は感じられると思うんです。でもそれだと、いいお店だったね、で終わって、また行こうとはならないケースも多い。

だったら、たとえ少々うるさいと思われても、コミュニケーションを深くとるようにしています。もしかしたらマイナスになってしまうかもしれませんが、それでもある意味勇気をもってやったほうが、自分の業態としてはいいのではないかと思います。

志村

少しでも印象に残ったお店の方が、また来てくれるかもしれませんからね。あまり話すのが得意ではないとのことでしたが、バーテンダーとしての話術は努力によって身に付くようなものなのでしょうか。

兼光

人は、お酒をいただくと、気が楽になってしゃべりやすいということもありますね。そういうお酒の場で、お客様が何を言ったら楽しいかなとか、そういうことを考えてしゃべるようにしています。

ただ、口下手ってデメリットに思われがちなんですが、意外とそうでもないんです。むしろキャラクターとして受け止めてもらえることもあって。それで場が盛り上がることもありますね。

原田

むしろ自分の武器にしてしまう。

兼光

あと、昔は特に、困った時にはマジックに頼ることもありました。今でもホームページやSNSで匂わせているので、お客様の方から、「ここってマジックとかあるんですか」と話しかけられることもあります。そういう意味では、マジックも自分の武器の1つですね。

カウンター文化を伝えるために

志村

敷居の高さにも通じますが、カウンターという空間は、やはり「ハレ」の舞台みたいなところがあると思います。

カウンターに来ていただける理由というのは、やはり目の前で繰り広げられる色々な料理にまつわることだったり、板前やオーナーの人柄だったり、原田さんの言葉を借りれば、1つのストーリーをお店側とお客様で作り上げて、全体で盛り上がれることにある。

カウンターというのは、その中にいる板前や職人が、今日はどういうふうにお客様をもてなそうか、というところに神経を注いで、お客様も、それだけのことをしてくれているんだと感じられると、「今日は来てよかった」と思ってくれる。そんな流れをうまく作り上げた瞬間が、醍醐味といえる時間ですね。

原田

それはすごくわかります。やはり味だけではなく、記憶であったり、その時の気分だったり、すべてが最高潮になった時に「ああ、美味しいなあ」となると思うんです。なので、お客様とお互いのテンションがバチッと合って接客ができた時はすごく嬉しい。

もちろんお店は特別な空間であってほしいと思いますが、同時に家にいるような心地よさも感じてほしい。そのために、接客での態度や言葉遣い、表情、空気感をとても大切にしています。そこでリラックスしたお客様が、KOMBを体験して「ああ懐かしいなあ」とか、「こんなの初めて!」といった、記憶を呼び起こしたり新しい記憶を渡せたらと思います。

兼光

はまった瞬間と言えばいいのでしょうか。私もそれを感じられる時があって、それはお客様に2回目にお店に来てもらえた時です。「前回、楽しんでもらえたんだな」と思えるんです。

カウンターで接客している時は、ただお客様が優しいから笑っているだけじゃないかなとか、心配になってしまうんですが、再び来店してもらった時は、楽しんでもらえたんだな、と実感できますね。

志村

やはり1人でも多くの方々にカウンターの良さを知ってもらいたい、そのために、今後も憧れをお客様に抱かれるようなカウンター文化を発信していきたいですね。

僕の妻の叔父が作家の村松友視さんなのですが、昔彼がサントリーオールドのCMに出た時、バーカウンターに座っている映像に合わせて、ワンフィンガーで飲(や)るもよし、ツーフィンガーで飲(や)るもよし、という宣伝文(ナレーション)が流れたんです。あれはすごくかっこいいと今でも思います。敷居は高いかもしれないけれど、それを越えた時に得られる快感もあると思うんです。

例えば殿方がご婦人を口説く時、話題のフレンチレストランに行くのもいいかもしれませんが、カウンターで蘊蓄を語ったり、カウンターでの嗜みを披露したりすると、ちょっと株が上がると思うんですね。そんなことも含めて、カウンターって、それだけその人の人間性みたいなものが出てしまう場だと思うんです。

それは料理があって、中に板前がいて、雰囲気があることが、総合的にそうさせていると思うんですよ。色々なシチュエーションで、カウンター文化を使いこなしてもらえれば、すごくいいかなと思います。

原田

こんなにウーバーイーツなどが普及して、美味しいものが手軽に届く時代。そうした時に、カウンターに行く理由とは、人と会って、一緒に楽しく美味しい時間を過ごすこと。その時、そこでしか味わえない香りや料理、その先のストーリーを体験することが、カウンターの醍醐味なのではないでしょうか。今後もっと、需要が増えていくと思いますし、「KOMB」でもそうした空間を提供していきたいと思います。

兼光

これからは無人のご飯屋さんとかも増えていきそうですよね。そういう効率のいいご飯の食べ方やお酒の飲み方もある中で、カウンターにしかないものを大切にしていきたいですね。そのためにも、今まで以上にお店独自の個性といったものを出していかないと生き残っていけないと思います。ぜひそういうお店になれるよう頑張りたいです。

(2024年9月24日、三田キャンパス内で収録)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。