慶應義塾

格闘王国 ブラジル

登場者プロフィール

  • 小堤 啓史(こづつみ ふみと)

    その他 : 株式会社キッド代表その他 : 理工学部体育会少林寺拳法部総監督法学部 卒業

    1994年慶應義塾大学法学部卒業。様々な格闘技に触れ、今は趣味で総合格闘技に打ち込んでいる。

    小堤 啓史(こづつみ ふみと)

    その他 : 株式会社キッド代表その他 : 理工学部体育会少林寺拳法部総監督法学部 卒業

    1994年慶應義塾大学法学部卒業。様々な格闘技に触れ、今は趣味で総合格闘技に打ち込んでいる。

  • 松田 紀太朗(まつだ きたろう)

    その他 : KJJ慶應柔術三田会代表環境情報学部 卒業

    1996年慶應義塾大学環境情報学部卒業。卒業後から現在までロサンゼルスのグレイシー柔術アカデミー(グレイシーユニバーシティー)にてグレイシー家より直接柔術を教授され、近年はセミナーのアシスタント・通訳として携わる。

    松田 紀太朗(まつだ きたろう)

    その他 : KJJ慶應柔術三田会代表環境情報学部 卒業

    1996年慶應義塾大学環境情報学部卒業。卒業後から現在までロサンゼルスのグレイシー柔術アカデミー(グレイシーユニバーシティー)にてグレイシー家より直接柔術を教授され、近年はセミナーのアシスタント・通訳として携わる。

  • 笹森 智之(ささもり ともゆき)

    その他 : カポエィラ・テンポ笹森道場代表環境情報学部 卒業

    2006年慶應義塾大学環境情報学部卒業。ブラジルでカポエイラの研修を受け、指導者へ。一方で、バンダイナムコスタジオでクリエイターとして働く。動画投稿、総合格闘技練習など幅広く活動する。

    笹森 智之(ささもり ともゆき)

    その他 : カポエィラ・テンポ笹森道場代表環境情報学部 卒業

    2006年慶應義塾大学環境情報学部卒業。ブラジルでカポエイラの研修を受け、指導者へ。一方で、バンダイナムコスタジオでクリエイターとして働く。動画投稿、総合格闘技練習など幅広く活動する。

2024/09/09

カポエイラ、柔術との出会い

笹森

私は高校でカポエイラ(格闘技と音楽、ダンスの要素が合わさったブラジルの文化)を始め、大学在学中にはサークルを立ち上げました。社会人となった後も続け、今では道場主も務めさせてもらっています。

ただ、最初はカポエイラをやるつもりはなかったんです。当時、総合格闘技がすごく人気で、「俺もこれをやるぞ!」と思っていたのですが、いざやろうとすると、ものすごい身体能力を持った選手だらけの世界なので、そうそう勝てないだろうと思って。

そこで、行き着いたのがカポエイラでした。

小堤

カポエイラは、どういった競技なのでしょうか。

笹森

簡単に言うと、足技が中心の格闘技です。足技自体は他の格闘技にもありますが、カポエイラの技は地面すれすれに動きながら蹴りを放ったり、逆立ちをしながら技を繰り出したりと様々な動きがあります。総合格闘技は、転んでもそのまま闘うし、投げ飛ばされても闘うこともある何でもありの競技なので、その中で、カポエイラの多様性のある動きは有効なのではないか。そう思ったのも始めた理由の1つです。

小堤

松田さんは、実際にグレイシー柔術をやろうと思われたきっかけは、何だったのでしょうか。

松田

僕は環境情報学部を卒業してからアメリカに留学した際にグレイシー柔術に出会いました。元々、格闘技に興味があったわけではなく、何か体を動かしたいと思い、現地の電話帳の「ジム」というカテゴリーを見たら、そこにグレイシー道場が載っていたのです。当時、UFC(Ultimate Fighting Championship) という総合格闘技団体で、ホイス・グレイシーが活躍して有名になったこともあって、名前は知っていました。

始めてみると、武術、護身術をメインにやっていて、いわゆる総合格闘技のイメージとは全然違い、あまり怖くなく、やりやすいと感じました。僕は日本に帰ったらSFCで体育の先生になりたいと思っていましたが、実際に何を教えるか、専門分野があまりなかった。そんな時、グレイシー柔術に出会い、護身の武道のため学校教育として授業で教えるのに適しているな、と思いました。

SFCで体育の非常勤講師を14年間勤めた後、現在は柔術の道場を主宰しています。グレイシーの認定トレーニングセンターではありませんが、グレイシーで学んだ理念や技術を受け継いで教えています。

小堤

私も、元々総合格闘技をやりたかったのですが、塾生だった当時は学内にそうした競技をできる団体が何もなかった。そんな時、理工学部の少林寺拳法部がすごく強いと聞いて、入部することにしました。少林寺拳法は全然知らなかったのですが、4年間、一生懸命やって、大会で優勝することもできました。

その後、空手や、様々な競技を学んでいたのですが、結婚前に、最後に何かやり残したことはないかと思った時、寝技をやっておこうとブラジリアン柔術を始めたんです。

ただ、やってみると、打撃は今まで取り組んできたこともあり、他の格闘技でも通用する部分はあったのですが、柔術でスパーリングをした時には何もできなくて。とにかく衝撃でした。

笹森

寝技だったから、打撃をやっていても通用しなかったと。

小堤

そうです。寝たら何をしたらいいのか、まずわからない。殴ろうにも、あんなにきちんと倒されて抑えられたら無理、というような感じでした。

カポエイラ、柔術の成り立ち

小堤

カポエイラでは踊りや音楽も重要な要素と伺いましたが、殴り合う格闘技とは少し違うものでしょうか。

笹森

そうですね。成り立ちが不明であるのが1つ大きいです。16世紀にアフリカからブラジルに、労働力として黒人が大量に奴隷として連れていかれ、恐らくその頃にできたと類推されています。500年ぐらいの歴史がありますが、どういう経緯で、何が混ざってできたのか、はっきりわからないのです。

おそらくアフリカの色々な部族が集められた際、言葉が通じなくても、身体の動きを通じてコミュニケーションを取ることはできた。そうして自分たちのアフリカの文化を共に楽しむことで、仲間意識を高めるという意味合いもあったのではないかと。踊りの要素、音楽の要素が混ざっているのも、そうした影響が強いのではないかと思います。

松田

色々とミステリアスな部分が多いですね。

笹森

ただ、発祥があいまいな分、誰かがつくったものが、その後、分派して、色々問題が起きていくようなことは逆にない。それぞれが自由にやっているので、流派によって技の名前も違ったり、ルールや考え方も全然違ったりします。

小堤

なるほど。ブラジルで柔術というと、グレイシー柔術と、ブラジリアン柔術。この2種類がありますが、違いはなんなのでしょうか?

松田

混同されがちなのですが、グレイシー柔術は競技スポーツではなく護身を根幹の理念とした武道で、その起源は日本の柔術だと言われています。元々柔術は日本の戦場でできたもので、後に嘉納治五郎が柔術を近代化させて講道館柔道としました。その嘉納治五郎の弟子である前田光世がブラジルに渡り、グレイシー一族に授けたのが、いわゆるグレイシー柔術の起源とされています。

小堤

なるほど。

松田

グレイシー一族が日本の柔道を修正し、寝技を主体としたグレイシー柔術を確立しました。その後、柔術のスポーツ面が発展しブラジルで広まり、ブラジリアン柔術となったのです。

笹森

つまり、元を辿れば同じ柔術、ということなのでしょうか?

松田

そうなると思います。ブラジリアン柔術も元々はグレイシー柔術なのですが、だんだんスポーツ的な要素が濃くなり、護身的な要素が省かれ、競技として確立していった。寝技を主体として、絞め技・関節技などを用いて競い合う格闘技ですね。ブラジリアン柔術と聞くと、こちらのスポーツ競技を連想される方が多いのではないのでしょうか。

似ている部分は多くありますが、護身に重きを置いているのか、スポーツに重心を置いているのか。それが大きな違いかと思います。グレイシー柔術にもスポーツの側面はありますが、優先事項は競技で競うことではなく、実際のシチュエーションでどう身を守るかです。まず護身を核として身につけ、その後に柔術対柔術を始めることで、「最高の護身術」であると同時に「素晴らしいスポーツ」として両立させています。

小堤

松田さんのところに習いに来る人は、グレイシーとブラジリアン、どちらをイメージされていることが多いのでしょうか?

松田

バラバラの人が多いですね。僕らくらいの年齢だと、ホイス・グレイシーやヒクソン・グレイシーなどをイメージされている方が多いようです。最近の方だと、テレビや動画でブラジリアン柔術を見て問い合わせてくることもあります。

ただ、いわゆるブラジリアン柔術を見て興味を持った方は、柔術を競技として捉えています。

そのため、うちはスポーツ柔術の道場ではないこと、グレイシー柔術はまず先に護身がありスポーツはその後にあるもの、という説明から始めます。やりたいニーズと、こちらが教えることに齟齬があると、申し訳ないですし、こちらが一方的に押し付けるものでもないですから。

小堤

少林寺拳法でも、同じジレンマがあります。というのも、入部希望者の中には、ガンガン格闘技をやりたい若者が来ることも多く、そのニーズには応えたいのですが、少林寺拳法も根本は護身術のため、彼らが思っているよりもどうしても地味に見えてしまう。

正直、私が色々格闘技をやっているのも、彼らのニーズを受け止め、こうやったら強くなれるよ、でも、その先に護身や精神的成長があるんだよ、ということを、少林寺を通じて教えていきたいという想いがあるからです。

笹森

カポエイラはそこが難しいですね。先ほども言ったように、流派ごとで色々と異なる部分も多いのです。だから、何を見て道場に来たのかを聞くようにしています。例えばゲームを見て来たのか、フィットネス的な感覚で来たのかを聞きながら、全体の説明をしています。完全にカポエイラを理解して来る人はいないと考えています。

一見、何をしているのか、すごくわかりにくいので、全部、最初に説明します。だんだん格闘的な要素、アクロバット的な要素もできるようになりますよ、と。

総合格闘技における活躍

松田

最近、カポエイラやブラジリアン柔術出身の選手が総合格闘技で活躍するケースが多いようですが、これはどんな要素が大きいのでしょうか。

小堤

ブラジルというくくりで、どこを関連づけるかは難しいとは思います。少し前だと、空手の世界でも、ブラジルがすごく強い時期がありました。フランシスコ・フィリォが極真空手の世界チャンピオンだった時の試合を観ましたが、闘い方に非常に柔軟性を感じました。日本の武道は、どうしても「こうであるべき」という傾向が強く、型にはまりやすい。

でも、私がブラジリアン柔術や総合格闘技の練習に行った時、ジムや道場の空気は何か日本の武道とは違うと感じました。自分のやりたいことをマイペースでやる。それぞれの個性を尊重し、お互いに切磋琢磨していく。そういう柔軟さがある。

その一方で、やる時にはものすごい練習をしている。漫画『巨人の星』に出て来るような、猛烈に前時代的な根性丸出しの練習も恐ろしいほどやっている。そういう両面があるところがすごく面白い。

松田

笹森さん、先ほどのお話だと、カポエイラには変則的な動きが多いようですが、総合格闘技の選手にとって、その動きは読みにくいものなのでしょうか。

笹森

私自身、UFCの試合もよく見ていますが、あれぐらいのレベルになっていくと、普通の攻撃はそうそう効かなくなる。そうなった時、カポエイラ出身の選手や、その動きを学んだ選手の攻撃というのは非常に有効なのではないかと思います。

小堤

総合格闘技の試合で、カポエイラの動きを取り入れたりしたことはありますか?

笹森

試合ではないのですが、軽くスパーリングなどをしている中でやってみたことはあります。蹴りの軌道を軽く曲げたりするだけでも、普通は相手は対応できないですね。

日本の柔道とグレイシー柔術

小堤

グレイシー柔術は前田光世が持ち込んだ柔術が元になったということですが、日本の柔道と似ている点もあるのでしょうか。

松田

現在の日本の柔道とは随分違うのではないでしょうか。柔道は嘉納治五郎が柔術を近代化させたものですが、グレイシー柔術と大きく違う点は、嘉納治五郎は、寝技を投げ技ほど重要としていなかった。

ブラジルには黎明期の柔道が渡り、その中で最初に習ったグレイシー一族、特にエリオ・グレイシーは細い体格のため、柔道の技は彼にとって困難だった。そのため、すべてのテクニックを修正し、力やスピードよりもテコの原理とタイミングを重要視する寝技中心のグレイシー柔術を生み出した。日本柔術というお父さんから、投げ技や立ち技中心の柔道というお兄ちゃんと、寝技中心のグレイシー柔術という弟に分かれたようなイメージかと思います。

小堤

日本の柔道でも高専柔道は、寝技が強い人が有利なルールになっています。大本のルーツとして、日本の柔術を考えると、すごく面白いですね。

私も、元々大らかに行われていた競技が、どんどんルール化され、区切られていくのは、あまり面白くないと思っています。例えば高専柔道の試合で、審判が試合を止めることなく、10分間ずっとやり続けるのは、すごいと思いました。

笹森

ブラジリアン柔術を実際にやり、少林寺にこういう動きが生かせるとか、こういうところは似ていると感じることはありますか。

小堤

体幹の使い方が全然違うと思います。ブラジリアン柔術の体幹の使い方を取り入れることで、打撃が強くなる。

あとは、逆に寝技の中で、どうやって少林寺の技を使えるか、ずっと考えながらやっていました。ただ、反則になってしまう技も多々あるので、そのあたりは気を遣います。

松田さんに聞いてみたいのですが、柔術で、相手の痛点やツボを攻撃するのはありなのでしょうか。

松田

スポーツブラジリアン柔術のルールはちょっとわかりませんが、グレイシーでやっている考えや練習はスポーツ柔術とは異なります。

例えば、スポーツブラジリアン柔術では打撃は禁止ですが、実際に路上でもめ事になり、マウントを取られて殴りかかられた時に、どう対応するか。それを第一に考えます。他にも首を直接わしづかみにして絞められた時に、それをどうやって外すかということもやります。

もちろん、目つぶしや急所攻撃、かみつくとか、本当に危険なことはやりません。しかし頭の中では、「相手がそういうことをしてくるかも」という想定でスパーリングをします。

笹森

護身術だから、襲いかかってくる危険がある世界でどう動くか、ということですね。

松田

これはヒクソン・グレイシーの言葉の受け売りですが、昔、ブラジルにグレイシー柔術が生まれた頃、人々は自分の身を守る方法、予期しない事態に対処する方法を学びたいと思い、道場に通った。当時、ブラジルは治安も悪く、物騒だったため、柔術はスポーツではなく自己防衛のための手段だったのです。路上で何か厄介なことがあっても自分の身を守るための技術、理念、自信を身につける、それが、当時の人々が柔術を学ぼうとした一番の動機でした。

小堤

やはり護身の面が強いのですね。

松田

その後に、柔術対柔術というセルフディフェンスの高いレベルでのゲームを楽しみ始めますが、根底にあるのは護身です。そのため、総合格闘技にもそういった要素──何でもありの一面があるのではないかと思います。殴ったり、投げたり、寝技で抑え込んだり、時には寝技から殴りに行く。ストリートと同じ、ルールのない世界と共通しているところもあります。

ヒクソンが総合格闘技の試合でマウントパンチを見せた時に、「何だ、あれ。子どものけんかじゃないか」と笑われたという話もありますが、それをあのトップのレベルでできること自体がすごい。一見、けんかに見えるけれど、そこに至るまでの考え方や洗練された技術などはまるで違う。

ブラジル人と格闘技

小堤

ブラジル人はラテン系で明るく、好戦的というイメージはあまりありませんが、実際に柔術やカポエイラ出身の選手が総合格闘技の大会で活躍して、優勝することも多い。ブラジル人のメンタリティーは格闘家に向いている、ということでしょうか。

笹森

生き抜くための力がすごい人たちではないかと思います。ブラジルに行くと、インフラが日本より少し劣っていて、道がボコボコだったり、次のバスがいつ来るのかよくわからなかったり、水道や電気が止まることもよくあります。MMA(Mixed Martial Arts)のトップの選手でも、ファベーラという貧民街の出身でチャンピオンになった人もいます。そういった経験が格闘技に生きるのではないかと思います。

困難の中から、明るく生きて、つらい経験も、強さに昇華できる。色々な感情の豊かさがある人たちで、それが生きるために培われてきたのかな、という感覚があります。

小堤

カポエイラは、どのくらい人気があるのですか。

笹森

ブラジルも広いので、地域により全然違うのではないかと思います。本部の道場があるところはバイーア州という、昔の都ですね。港町で、黒人がたくさん連れてこられた場所で、カポエイラも盛んです。

サンパウロやリオデジャネイロといった都市部には残念ながら行ったことがないので詳しくありませんが、ブラジルでは600万人ほど、プレーヤーがいると聞いたこともあり、ポピュラーな競技だと思います。

松田

日本だと、カポエイラはどのくらいの人がやっているのでしょう。

笹森

競技人口はわかりませんが、団体数は大小あわせて60グループぐらいあります。日本全国では、練習場所がない県のほうが少ないぐらいです。

日本は特殊で、ブラジルの大きな団体が先生を派遣するようなことをあまりやっておらず、どちらかというと主にブラジルでやってきた人たちが、自分たちの流派を日本でもやろうと、始めるケースが多い。だから小さな団体がいくつも混在しています。

練習内容・道場の雰囲気

小堤

松田さんの道場に来る方々の、男女比はどのくらいですか。

松田

うちは今、女性の会員はいないのですが、ロサンゼルスのグレイシー本部では、ものすごく多いです。女性用の護身クラスもあります。

笹森

日本だと少ないのですか。

松田

そうですね。グレイシーの本部が特殊なのかもしれません。あそこまで女性がたくさんいる道場も珍しいと思います。雰囲気も、ものすごくフランクです。

小堤

グレイシーファミリーはどんな人たちですか。

松田

彼らは、初代がエリオ、2代目がホリオン、ヒクソン、ホイスなどの兄弟で、今は第3世代にあたります。僕が行っている道場は、ホリオンの息子のヒーロン、ヘナーがトップでやっています。40歳くらいで、彼らはブラジル系ではありますが、生まれも育ちもアメリカなので、考え方がアメリカ的だと思います。

大らかで明るいですが、芯の部分は強い。彼らは自分たちの父、叔父、祖父をものすごく敬い、グレイシー柔術が昔ながらの護身を根幹とした武道であることに誇りを持っています。だからといって厳格すぎるというわけではなく、表面的な物腰はものすごく柔らかい。我々のような中年や女性の方、子どもにとっても入りやすいかと思います。

笹森

グレイシーというと、昔グレイシー・チャレンジという、他流派との試合をよく行っていたので武闘派のイメージがあったのですが、そうではないのですね。

松田

たぶんあれは、彼らが他流試合をしたいとか、道場破り大歓迎という意味でやっていたわけではないと思います。元々エリオがブラジルにいた頃にやっていたのは、柔術の護身術としての有効性を証明したい、ということでした。柔術は最高の護身術だ。自分よりも体重の重い大きな相手からも身を守れるということを証明したい。それを世間に認知してほしいという思いから、他流試合をしていたのだと思います。

ホリオンがUFCを創立したのも同じ思いからだと思います。1993年にUFCはできたのですが、その頃には既に色々な格闘技があったので、誰が一番強いのかを決めるのではなく、どのシステムが護身術として最も有効なのかを決めたいということで、各種目を一堂に会させようという思惑があったのです。

小堤

少林寺拳法の場合、一番盛り上がっていたのが30年ほど前、ちょうどジャッキー・チェンがすごく人気があった頃ですね。さすがにその頃と比べると、部員数も減っていますが、それでも大学から少林寺拳法を始めようとする学生は多いですね。特に女性に人気です。

笹森

どういった動機で始める人が多いですか。

小堤

理由は様々ですね。格闘技として少林寺拳法を学び、競技者として強くなりたいという人、実戦やけんかに強くなりたいと考える人がいる反面、自分の心の強さのようなものを持ちたいと思って来る人もいます。

それから、少林寺拳法を学んだ後、総合格闘技の道へ行く人もいますね。私自身、今は総合格闘技のジムでは教えていませんが、総合的な空手の指導もするので、相談された上で紹介することもあります。

幅広い層に楽しんでもらうために

小堤

笹森さんのところには色々な方がいらっしゃるそうですが、人や年齢により、コースを分けたりしていますか。

笹森

基本的に皆同じです。年齢などで区別は一切していなくて、違いは大人と子どもぐらいです。それぞれができる範疇でやってもらえばいいので、最初は足が上がらない人もやっていくうちに、だんだんできるようになります。

小堤

少林寺拳法も、初心者には皆同じ練習をしてもらいます。経験者で、すでに段位を持っている人が入って来ると分けますが、基本的には先輩が後輩を指導します。

松田

OBのコーチもいるのですか。

小堤

OBのコーチも来ますが、基本、自主運営です。技術以外にも、学生たちに色々な経験を積んでもらえる。大学の少林寺拳法部は特にそういう面が強いかもしれません。

笹森

練習の中で何を学んでいくか、というようなところですか。

小堤

そうですね。そこは本当に、チームとしてどう運営していくかも考え、色々な意味で学ばなければいけない。

教える立場になると、責任感が生まれ、技術も後輩にどう伝えたら理解し習得してもらえるかを、一生懸命考えるようになる。それはいい経験になっているのではないかと思います。

松田

大学の部活動ならではの面白さですね。うちの道場は年齢が高めで、平均年齢は40代後半です。

小堤

そんな時から始めて大丈夫ですか。

松田

大丈夫です。40歳以上をメインターゲットにしていて、柔術をライフスタイルにして一生楽しんでいくことを目指しています。

笹森

体力的なものは、そんなに要りませんか。

松田

あまり要らないですね。グレイシー柔術は生き残ることに特化しているので、体力を消耗したら負けです。スパーリングや路上での実際の格闘においても、自分は極力動かずに体力を温存する。相手ががむしゃらになり体力を使い果たしてくれれば、体格差も筋力差も埋められる。極力何もせず、エネルギー効率よく動く、そういう練習をします。

小堤

カポエイラは体力が要りそうですね。

笹森

年代とか、自分の体の状態により、チョイスする動きや戦略が変わってくる感じです。どちらかというと競技に近く、カポエイラの試合に、どう挑んでいくかというようなところがあります。

小堤

試合とは、演舞のような感じですか。

笹森

いや、実際に闘っています。ただ、その闘いも色々な方向性があるので、その組み合わせにもよります。年齢は、うちだと一番上が70歳ぐらいで、一番下は3歳ぐらいですが、年齢も体力も一切関係なく、それぞれできることをやるし、レベル差があれば下の者を尊重してレベルを少し下げてやるという世界です。

松田

ランニングなど、基礎的なトレーニングのようなものはありますか。

笹森

ほとんどの動きそのものが基礎的なトレーニングになっている感じです。例えば、逆立ちや側転をするような動きをたくさん練習すれば、当然そういう身体になっていきます。トレーニングの一環として、腹筋を取り入れていますが、筋力トレーニングはほぼないと思ってもらっていいです。

小堤

普段、あまり運動をしない方も取り組みやすそうですね。

笹森

うちの会社でも最近、クリエーター向けに体験会を始めました。体を動かさない人でも大丈夫なものを教えています。

競い合うことの是非

小堤

私自身、総合格闘技の試合への憧れはあるのですが、大会に出るとなると、会社のこともあるのでなかなか難しいです。経営者仲間で大会に出ている人もいますが、彼は週6日総合の練習をしています。そこまでできるかというと……。

松田

難しいですよね。

小堤

本当に難しい。少林寺拳法の道場、あるいはジムを開いてほしいというオファーをいただいたこともありますが、実際やるとなると大変だと思うので、今はちょっと無理かなと。60歳ぐらいまで総合格闘技を練習し、オーバー60の大会があったら、出てみたいと思いますね。

松田

年齢別にカテゴリー化された大会があると、面白いですよね。カポエイラには大会はあるのですか。

笹森

元々が勝敗を決めるものではないですが、大会をやるところもあります。大会では色々な要素で採点をする形式になっています。

松田

採点競技になるわけですね。

笹森

そうです。ただ、そうなるとどうしても派手な、見栄えのするものが高く評価されがちです。それはどうなのかと。

例えば、古い流派にすごく儀式的で、ゆっくり床の近くを動くような動きをメインとしているものがあります。そこの高名なマスターが大会に出ても評価されなくていいのか、と思うわけです。

派手な舞台で、衆目の中評価されたいという、大会に対する情熱が皆を引き寄せるのもわかるので、自分は否定はしませんが、肯定もできない感じです。

小堤

競技スポーツと違うのですね。

笹森

だいぶ違うところがあります。

松田

スポーツブラジリアン柔術は、年齢が高い方も参加しますし、楽しんでいる方も多い。年齢カテゴリーも5歳刻みにマスター1(30~35歳)、マスター2(36~40歳)と細分化されているので、自分の年齢と、体重、帯の色などで、競い合うことを楽しんでいます。

笹森

競技であれば、基本的には勝てなくなる時が引退、となるかもしれませんが、ブラジリアン柔術のように、年齢のカテゴリーがあると、引退もなく、かつ自分を認められるという、すごくいいモチベーションを保てる環境がありますよね。よくできていると思います。

先ほどグレイシー一族のデモンストレーションの話がありましたが、カポエイラにも中興の祖のような先生がいて、自分の直系の師匠にあたります。その人がカポエイラを近代化させ、かつ合法化に導き、その先に裾野が広がっていったのです。

その先生も同じように、カポエイラの有効性を見せるために、リング上で他競技の選手と闘って全勝して、カポエイラの新しいスタイル、有効性を示してみせた。世の中に働きかけるには、強さも1つ大きい要素なのかなと思いました。

カポエイラ・柔術を通して学べるもの

小堤

ブラジル人に武道精神のようなものはありますか。

笹森

武道的な精神があるかというと難しいですね。カポエイラは裕福な人たちがやっていたわけではないので。奴隷が解放された後、稼ぎようがなく悪事にカポエイラを使う人たちもいました。そうした行為から、禁止になっていた時期もあります。

そういった悪いイメージを一新するために、中流階級の白人にもカポエイラを教えるなど、在り方を変えてきました。練習も屋内で行うようにし、職業をきちんと持っている人でないと道場は受け入れない、といった改革を行ったのです。

小堤

それは今の総合格闘技の世界にも必要かもしれません。総合はもう、試合会場や来場者の雰囲気からして違うじゃないですか。

笹森

でも、そういう何か鬱屈したものが、正当な場できちんと発揮できることは1つ、格闘技のよいところかもしれません。一種の発散ではないですが、その中で何か精神が養われることもあるかと思います。

そういう集中できるものがあるから、悪事に手を出さないで済むことは、道を説くとは少し違う方向ですが、人をよい方向に導くと思います。

松田

そこは武道に通じるところがあるかもしれません。笹森さんはカポエイラを通してどのようなことを伝えていきたいですか?

笹森

格闘技は直接人と触れ合う機会が多いとも言えます。今、人と人との距離って、すごく遠いじゃないですか。マンションの隣に住んでいる人でさえ、どんな人かわからない。だけど、カポエイラはもちろん、柔術も、やれば人が集まり、直接手を交えられる。そうすることでわかり合える面もあると思います。

また、同じ競技をすることで、コミュニティとしても、心の近さなども感じられる。特にブラジルつながりのものには、なおさら彼らの明るさのようなものも根底にあるだろうし、そういった一面も、競技を通して伝えられるのではないかと思います。

ブラジル的な「大きい家族」のような温かいコミュニケーションをもって、カポエイラを通じ日本に貢献していきたい気持ちがあります。

小堤

身体を通じて修練することは、自分という人間をよく理解する1つの手段だと思っています。最終的には結果を全部、自分のこととして捉え、自分の今の技量に向き合い、きちんと見つめ直さなければならない。相手がいれば、その相手のことを理解する必要もある。

距離感という言い方もできるかと思いますが、人というものをより理解するのに、少林寺拳法はすごくいいツールだと思います。それはどんな武道であれ、格闘技であれ、根底に通じてあるものだと思います。

私は今、大学を中心に、外でも教えることがありますが、日本だけではなく、世界中で、そういった考え方がいい形で広まっていってほしいと思います。自分のこと、相手のことを理解することの大切さが、これからの時代、より必要になるのではないかと。

松田

1つ重要なキーワードになってくる言葉がエゴかと思います。人間、誰しもエゴはありますが、特に柔術、護身、グレイシー柔術をやっていくことで、自分のエゴというものを認識できる。

40過ぎで柔術にどう向き合うか、というコンセプトの中の1つにエゴが出てきますが、いずれ自分よりも下だった者との実力が逆転して、その人に負ける日もやってくる。その事実もしっかり受け入れる。

いつまでも自分が最後まで強いと思い続けるのは、エゴであり、幻想でしかないので、それをきちんと認識して、相手が成長した、と称えられるようになれるくらい、人間として成長しなければいけないと思います。

そうすれば、もっと自分にとって大切なこと──60、70歳になっても柔術ができるという素晴らしい喜びを得られる。そのエゴを認識して自分の中で昇華できたら、もっと自分の人生を長く楽しむことができるのではないかと思います。

小堤

そのような考えで、格闘技と長く付き合っていきたいですね。

(2024年6月21日、慶應義塾大学三田キャンパス内で収録)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。