慶應義塾

ピストバイクで駆け抜ける

登場者プロフィール

  • ピストジャム

    その他 : コメディアン法学部 卒業

    吉本興業所属。2001年慶應義塾大学法学部政治学科卒業。下北沢在住歴24年。同エリアを拠点にアート芸人、下北沢カレーアンバサダーとして活躍。芸名の由来はもちろんピストバイクから。

    ピストジャム

    その他 : コメディアン法学部 卒業

    吉本興業所属。2001年慶應義塾大学法学部政治学科卒業。下北沢在住歴24年。同エリアを拠点にアート芸人、下北沢カレーアンバサダーとして活躍。芸名の由来はもちろんピストバイクから。

  • 中島 大(なかじま まさる)

    その他 : 株式会社自転車創業代表取締役CEO理工学部 卒業

    2004年慶應義塾大学理工学部卒業。移動はおもにピストバイク。そこから体験した自転車にまつわる問題を解決すべく、2013年に株式会社自転車創業を創業。

    中島 大(なかじま まさる)

    その他 : 株式会社自転車創業代表取締役CEO理工学部 卒業

    2004年慶應義塾大学理工学部卒業。移動はおもにピストバイク。そこから体験した自転車にまつわる問題を解決すべく、2013年に株式会社自転車創業を創業。

  • 小川 咲絵(おがわ さえ)

    その他 : AX cyclocross team所属ライダー経済学部 卒業

    2020年慶應義塾大学経済学部卒業。在学中は体育会自転車競技部にてインカレ女子ロードレースで2度の優勝を成し遂げる。卒業後はオフロードで行われる自転車競技シクロクロスに参戦。

    小川 咲絵(おがわ さえ)

    その他 : AX cyclocross team所属ライダー経済学部 卒業

    2020年慶應義塾大学経済学部卒業。在学中は体育会自転車競技部にてインカレ女子ロードレースで2度の優勝を成し遂げる。卒業後はオフロードで行われる自転車競技シクロクロスに参戦。

2023/03/24

入口はファッション感覚で

ピストジャム

(以下、ピスト) 僕は吉本興業で芸人をやっています。芸名のとおりピストバイクが大好きで、変速ギアのないシンプルな機構と耐久性に優れたフレームの美しさに魅せられてきました。芸名にはピストバイクのピストとジャムセッションのジャム、自分の好きな自転車と音楽を採り入れました。

大学卒業後、吉本興業の養成所に入り、現在芸歴21年です。在学中、日吉から三田にキャンパスを移ると同時に引っ越して以来、下北沢に24年間住んでいて、今日も三田までピストバイクで来ました。都内の移動は、半径15キロくらいの範囲はいつもピストバイクです。

初めてピストバイクに乗ったのは15年ほど前。それまではクロスバイク、ロードバイクやマウンテンバイクにも乗りましたが、一番ハマったのがピストバイクでした。

中島

僕は理工学部を卒業して企業に数社勤めた後、起業しました。ピストバイクに乗り始めたのは、中高生の頃からストリートカルチャーが好きだったからです。アメリカのメッセンジャーカルチャーを発祥とするピストバイクのファッション的な要素に憧れました。

ピストバイクが日本に入り始めたのは15年ほど前ですよね。僕が乗り始めたのは2008、9年ごろです。当時自宅のあった三軒茶屋から勤務先の渋谷まで2駅のために満員電車には乗れないと思い、ピストバイクを買いました。運動不足の解消、交通費の節約、移動時間の短縮ができる。そういう生活の中で自転車に関する課題を見つけ、それを解決したいと考えて立ち上げたのが今の会社です。

小川

私が自転車に乗り始めたきっかけは、大学1年生の時にKCCというツーリングサークルに入ったことです。1年間、北海道や四国を1周して楽しんでいたのですが、もっとたくさん走りたいという気持ちが強まり、スピードも速くなってきたところで競技をやってみたら? とサークルの先輩に言われ、体育会自動車競技部に大学2年の時に入部しました。1年の休学を挟み、4年間に2度、インカレのロードレースで優勝することができました。

その後、企業に就職し、自転車競技は一旦引退したのですが、もう一度挑戦してみようと思い、昨年から「シクロクロス」というオフロードの競技に参戦しました。

じつは昨日、愛知でシクロクロスの全日本選手権が開催され、初優勝したんです!

ピスト

えー!? それはすごい!

中島

おめでとうございます! じつは僕も先ほどそのニュースをSNSで見たんです。今日お会いする人じゃないか! とびっくりしました。

ピスト

シクロクロスはロードレースやマウンテンバイクなどが合わさった、一番きついとされている競技ですよね。

小川

そうですね。昨日は砂丘のコースを走ってきました。

中島

今日は仕事を休んで……?

小川

普通に出社しました。

ピスト

タフですねー。

小川

そういう感じで自転車をずっと楽しんでいるのですが、ピストバイクには学生時代に競輪場で乗っていました。

ピスト

小川さんは普段も生活の足に自転車を使うのですか?

小川

近くの駅まで自転車をよく使います。

ピスト

僕も中島さんと同じく、ストリートカルチャーとしてかっこいいと感じたのがピストバイクの入口です。ピストバイクはもともとアメリカの都市部で自転車を使って書類等を送達するメッセンジャーの人たちが、日本の競輪用自転車のフレームが優れていると目を付けたことが始まりと聞きました。

構造がシンプルなので、メンテナンスにお金がかからない。変速のない固定ギアなのでディレイラー(変速機)を修理する専門的な技術も必要ない。ファッション性と手軽さが大きな魅力でした。

固定ギアで技を競う

小川

ピストバイクの特徴って何ですか?

ピスト

一番の特徴はクランクと呼ばれる、チェーンリングを固定させるパーツとペダルが固定されているところです。普通の自転車はこの2つが固定されていないのでペダルを逆回転しても前に進み続けるのですが、ピストバイクはペダルを逆に漕ぐと後ろに進みます。そういうつくりによって自転車を漕ぐ時に一体感が生まれる。人馬一体感とでも言うような、他の自転車では味わえないペダリングの楽しさがあります。

他にも、今はそうではない車種も出てきてはいますが、ギアが変速式ではなく固定式であるところも特徴の1つですね。

中島

そうですね。ピストバイクとは何かと定義するなら、ペダルが固定されている「固定ギア」だと思います。そう言えば、日本でピストバイクが広まった当初はブレーキが付いておらず、物議を醸しましたね。

ピスト

そうそう、スポーツブランドが「ブレーキなし。問題なし。」というキャッチコピーで広告を打ち出したのはインパクトがありました。

中島

それが2007年ごろのことです。その後、取り締まりが強くなり、日本でのピストバイクのブームは一旦落ち着きました。専門店も減りましたよね。道路交通法上、ブレーキを付けなければいけないというルールになってからは販売店でもブレーキ付きが売られるようになりました。

ピスト

最初のブームの時には皆、ペダルを逆に踏み込んで後輪をロックし、ドリフトさせる“スキッド”と呼ばれる技を競ったりしていました。スケボー感覚で遊ぶ若者が大勢いましたね。僕も当時はそれで何度もケガをしました(笑)。

ちなみにオフロードを走るシクロクロスにはそういう技を競う面はあるのでしょうか。

小川

シクロクロスにはないですね。どちらかというと、マウンテンバイクに近いイメージです。

近距離移動の手軽さ

ピスト

小川さんは普段、どんな自転車に乗っているのですか?

小川

クロスバイクを使っています。やっぱり高い自転車は盗難が心配です。街中で目を離す時のことを考えるとなるべく安い自転車がいいのです。

自分の自転車以外にも、最近はシェアサイクルの“LUUP(ループ)”を利用しています。下北沢~三軒茶屋間も利用エリアになっていますよ。5、6分の移動が150円くらいでできて電車に乗るよりもはるかに早くてお得です。

ピスト

LUUPは試したことがありませんが便利そうですね。

中島

電動アシスト自転車と電動キックボードの2種類がありますよね。キックボードタイプはよく見かけるので興味はあるのですが、以前、飲酒運転の男性が転倒事故を起こしたニュースを見て、少しこわいなとも感じました。

小川

私も最初は電動キックボードを利用していました。今は法律で時速が上限15キロと定められているので安心ですよ。近距離移動に使い勝手がいいです。

中島

近距離の手軽さ、それこそが自転車の価値ですよね。

小川

ローカルな話になりますが、三軒茶屋と下北沢を結ぶ茶沢通りはバスも走っていますが、LUUPならバスを待つ必要もありません。

ピスト

小川さんは競輪場でピストバイクに乗ったと仰いましたが、街では乗ったことないですか?

小川

ないんです。乗ってみたいのですが。

ピスト

僕のまわりでピストバイクに乗っている女性ってほとんどいないんです。中島さんのまわりではいかがですか?

中島

そうですね。メッセンジャーをやっている人くらいかも。

ピスト

でしょう? 僕はネットの情報もまだ乏しかったころ、雑誌を見てピストバイクを知った世代ですが、お金や手間をかけずにカスタムできる楽しさに触れたのも雑誌でした。色違いのハンドルやペダルに換えてみたりといった楽しみ方を女性にも知ってもらいたいんです。

小川

自転車の扱いが得意な女性は多くないですよね。私も自分でカスタムするのは苦手なんです。仰るとおり、乗っている仲間がまわりにいないと自分も、という気持ちにはなかなかならないかもしれません。

頑丈さの魅力

中島

僕は今、「FRAME」という自転車の情報を扱うウェブメディアをやっています。取り扱う記事はロードバイクが多く、例えばフレームの素材などの話題だとクロモリ(鉄にクロムとモリブデンを加えた合金鋼)などがメジャーなのですが、ピストバイクファンにとって素材はそれほど重要な要素ではないですよね。カーボン素材のピストバイクなんて聞きませんし、ファンの間でもたぶん需要はない。ハードなレースになるシクロクロス用バイクもフレームにクロモリを使ったものはありませんよね。

小川

ほとんどありませんね。ポピュラーなのはカーボンとかかな。

ピスト

たしかにピストバイクのフレームは、軽さよりも頑丈さが肝ですね。皆、だいぶ乱暴に扱うから(笑)。

小川

ピストバイクはランドナー(フランス発祥のツーリング用自転車)に近いように思います。

ピスト

僕はそういう頑丈さもピストバイクの魅力の1つだと思うんです。生活スタイルによるところも大きいのでしょうが、僕は仕事でフリップと呼ばれる紙芝居方式のネタをやることがあるので、そういう時は小道具をケースに入れて運んでいます。バイクの前方にキャリア(荷台)を付けて、その上に括りつけている。とにかく使い勝手が良いんですよ。

中島

小川さんはご自分で競技用の自転車をメンテナンスしているのですか?

小川

いえ、自分ではまったくしていません。全部お店に預けてお任せしています。というのも、自分のメンテナンスが信じられなくて……。

ピスト

ピストバイクはなじみの店ができるとカスタムが楽しくなります。かかりつけ医が見つかる感覚に近いかも。競技用の自転車は車体をどれだけ軽くできるかといったせめぎあいがあると思うのですが、生活の足として乗る分には自分さえ納得すればOKでしょう? カスタムの方法も仲間同士で情報を仕入れたりするのは楽しいですよ。

中島

たしかにそういう魅力がありますね。メッセンジャーの間では速さを競い合うカルチャーがあるのかもしれませんが、そうではないユーザーにとっては自由な感覚で乗れるものですね。

ピスト

僕はこの7年ほど、アルミ製のフレームを気に入って使い続けています。このフレームはタイヤの太さを変えられるのが魅力。タイヤ部分のフレーム幅に合わせて23ミリがいいか、30ミリがいいかと、ちまちま調整して楽しんでいます。

自分のギア比を見つける

中島

小川さんが学生時代にピストバイクで競輪場を走った時はどんな印象でしたか?

小川

その時はまずローラー台の上で試しに乗ってみて、いつもの感じでペダルを逆に回してしまい、吹っ飛びました(笑)。

ピスト

ああ、やっぱりそうですか。

小川

こんなことになるとは……とびっくりしました(笑)。

ピスト

競輪場のバンクって、ものすごい傾斜ですよね。僕はもちろん体験したことがないのですが、こわくないのですか?

小川

慣れないとこわいです。

中島

それはトレーニングの一環で?

小川

そうです。学生時代は競輪場で走るトラック競技の大会にも出ていました。自転車競技部にはおもにロードレースとトラック競技の2種類があり、私は長い距離を競うほうが好きで、短い時間で競うトラック競技は得意ではありませんでした。

中島

そうか。当たり前ですが、自転車競技部も自転車の種類ごとにいろいろな大会に出ているのですね。

小川

そうです。とはいっても、大学の自転車競技部の活動はロードレースとトラックの2つが基本ですね。シクロクロスやマウンテンバイクの種目はありませんでした。

ピスト

そんな小川さんにどうすれば、よりピストバイクの魅力が伝わるだろう。それなら乗ってみようかなと思ってもらえるセールスポイントを思わず考えてしまいます。

中島

僕の主観ではクロスバイクよりピストバイクのほうがかっこいいと思うのですが……。

ピスト

ピストバイクには自転車が持つシンプルな美しさがあると思うんですよね。ギア変換のストレスがゼロなのも魅力です。シングルギアは乗る人に合ったギア比を予め設定するものなのですが、それを追求する愉しさもあります。

ちなみに僕はフロントのチェーンリングが46T(Tは歯車の数)、リアのコグを17Tにしていて、それでギア比は大体2.7くらいです。乗り方によっていろいろと変えられて、自分に合ったギア比が見つかると楽です。

小川

坂道はどうしていますか?

ピスト

2.7なら、僕はたいがいそのまま上ります。

小川

それはすごい。思ったよりもギア比の倍率が高くてびっくりしました。

中島

例えば、渋谷の道玄坂は結構急斜面ですがどうですか?

ピスト

道玄坂は余裕で行けます。ですが、東京は坂が多いのでギア比に応じてルートを少し変えたりもしています。僕がよく通るのは中目黒から恵比寿に向かう途中、代官山のほうに上がるエリアです。このあたりは目切坂などポイントによって傾斜がきつい所があります。

中島

山手通りが駒沢通りにぶつかる鎗ヶ崎の三叉路に上る坂もなかなかの傾斜ですね。

ピスト

そういう場所は迂回するルートを通りますね。他にも、この道は一旦下った後でまた上らなければいけないからこっちを行こうなどと考えて走ります。ですが、僕の場合、大体の道なら2.7で行けてしまう。適性のギア比が見つかるとすごく楽です。

秘密兵器? 内装変速ギア

ピスト

小川さんが普段乗っているクロスバイクも使うギアはほぼ決まっていませんか?

小川

たしかにそうかもしれません。あまり意識したことはありませんでしたが。

ピスト

僕はクロスバイクやロードバイクに乗っていたころによく使うギア比の幅に気付いたんです。傾斜に応じて重くしたり軽くしたりしているけど、よほどじゃないと基本はこの範囲しか使わないと気づき、固定ギアのピストバイクに乗り換えることにしました。

中島

僕は亜流なので、今乗っているピストバイクには内装変速ハブのギアが載っています。

ピスト

ああ、これはまた新しい。僕も内装ギアに憧れがあります。

小川

へえ、それはどんなものですか?

ピスト

ハブと呼ばれる後輪の中心部にギアが内蔵されているんですよね。

中島

そう。一見するとハブがやけに大きいと思われるのですが。

ピスト

見た目は完全にシングルギアですよね。シングルギアはシングルスピードとも呼ばれますが、ギアがついている自転車は普通、漕ぎながら6段、5段、4段、3段と切り換えていきますが、そのように変速するのはペダル部分にギアが付いているからです。後輪にギアが付く内装ハブは停車中に切り換え、ギアがセットされた状態でいきなりスタートできるのが利点です。6段で止まり、1段で漕ぎ出せるという仕組みは便利で僕も迷ったのですが、カスタムするのにも結構お金がかかりますよね。

中島

そうですね。僕ももともと普通のピストバイクに乗っていたのですが、お店でカスタムしてもらいました。ピストジャムさんのようにいいギア比を探すのが面倒くさくなってしまって、つい(笑)。

ピスト

それも個性ですから(笑)。でも本当に皆、好きなように楽しむように変わってきていますね。

小川

ピストバイクは田舎道を走るよりも街乗りのほうが向いているのでしょうか?

ピスト

ギアが付いていないのがピストバイクの性能なので、ロードバイクのようなヒルクライムには向いていないでしょうね。舗装された道で、勾配があってもたかが知れているような道が向いていると思います。

小川

湘南のような海沿いを走ったら気持ちよさそう。

中島

それは気持ちいいでしょうね。でも間違っても三浦半島1周しようぜ、ということにはならないと思います(笑)。

カスタムする愉しみ

ピスト

小川さんはパーツを変えてみようとは考えますか?

小川

私は全然ないですね。完成車のまま乗っています。

ピスト

例えばバーテープ(ハンドルのグリップ)の色を変えたいとかは?

小川

あ、それはやります。バーテープやボトルゲージを差し色にしようとか。でもその程度ですね。

ピスト

僕はハンドルのタイプをドロップハンドルやフラットハンドルなどいろいろと試して、最近、マスタッシュバーという昔ながらのM字型スタイルに行き着きました。

中島

マスタッシュバーは最近、自転車店の「ブルーラグ」が提案しているスタイルですよね。

ピスト

そう。ピストバイクもゆったり乗りましょうよ、という提案ですね。それがとても楽なんです。同じ自転車でも日々そういう発見があるというのも楽しみの1つですね。

中島

ピストバイクは皆、ハンドルを変えますよね。スタイルごとにブームがあったりもします。

ピスト

ハンドルの流行もありますね。僕も短ければ短いほどかっこいいと思っていた時期があります。

小川

使わなくなったハンドルはどうするんですか?

中島

僕は誰かにあげたりします。

ピスト

僕もそうですね。新しいハンドルの様子を少し見て必要そうなら手元にとっておいたりもします。

自転車競技の世界

ピスト

今はマウンテンバイクでもシングルスピードの競技もできているそうですね。

小川

シクロクロスにもシングルスピードの競技があります。

ピスト

競技でシングルスピードを走る人たちは相当きついですよね。ちなみに、普通のシクロクロスのギア幅はどれくらいあるのでしょう?

小川

私は12速の電動式ギアを使っていて、レース中はほぼすべての段を使います。すごくこまめに切り換えます。

ピスト

電動のギア、めちゃくちゃすごいですよね。

小川

eTapと呼ばれる電動式の変速機構で、ボタン1つでウィーンと変速されるんです。走りながら自分でコントロールします。

ピスト

一度電動ギアを知ってしまったら、もう普通の自転車は乗れなくなりそうです。

小川

シクロクロスは自転車競技の中でも一番変速が多いんです。コーナー1つで2、3回、変速します。でも私にとってはシングルスピードの競技も面白くて、見ていてもすごく楽しいですよ。

ピスト

シングルスピードのレースも今流行っていますよね。ポピュラーなクランカースタイルのハンドルで、マウンテンバイクの初期型のような、ビーチクルーザーに太めのタイヤを付けたタイプの自転車を街でよく見かけます。こんなので競技するって……とも思いますが、そういうシンプルなものが残るところにも面白さがありますね。

海外ではピストバイクのレースも行われていて、メッセンジャーたちが参加しています。活躍している日本人もいるので、国内でもそういうイベントが盛り上がったらいいなと思います。

中島

小川さんはどうしてロードレースからシクロクロスに転向したのですか?

小川

理由の1つは、ロードレースはアスファルトの上を走るので大ケガをする心配があるからです。それに比べ、土や砂の上を走るシクロクロスはスピードが出ないので安全なのです。自転車はあくまで趣味として、今は月曜日から会社に行くことが一番大事ですから(笑)。

中島

社会人になってケガをした経験はありますか?

小川

ケガはないです。私はもともと信号がある道が好きじゃないので、基本的には安全なところしか走りません。平日は自室のローラーに乗るくらい。

中島

でも、ちゃんとトレーニングしているんですね。

小川

さすがにそれをやらないと大会では走れないです。

ピスト

やっぱり都内を走る場合は信号が多いのでストップアンドゴーの繰り返しになりますよね。都内でもロードバイクに乗っている人たちをよく見かけますが、東京は自転車の性能を生かしきれないなあと思うんです。加速しても数十メートル先でまた止まらないといけなくなる。

小川

都内を走るなら電動自転車が一番です。ダイチャリのようなシェアサイクルも便利。

中島

朝に時々車に乗っていると、ロードバイクで通勤している人を見かけますが、サッと抜かれた後に次の信号でまた追いつくみたいなことがあります。

ピスト

そうそう。三軒茶屋をポルシェで走る感じ。それ性能生かせてないだろうと突っ込みたくなる(笑)。

大荷物での遠征行

ピスト

2005、6年くらいから日本でもピストバイクに乗る人が増えて、この20年の間にいろいろな乗り方が広がっている感じがします。僕はずっと固定ギアにこだわってきましたが、ハンドルを変えたタイミングでコグ(後輪のギア)をフリーギアにしてみました。ですので、ピストバイクの原型はフレームしか残っていないことになります。

中島

コグを内装ギアにしたら、いよいよ原型をとどめなくなりますね。

ピスト

乗り方が変わるのは自分の年齢や使い方、住んでいる地域も関係します。そういう変化を受けとめてくれるピストバイクは懐が深いので、僕はもっといろいろな人にお薦めしたい。小川さんの自転車は、街乗りでは乗れないような高価なものですか。

小川

そうですね。競技用自転車は高価なので、盗まれるのが怖くて街では乗れません。

ピスト

ちなみにどこのメーカーですか?

小川

ロードバイクは「フォーカス」の最もハイエンドなモデルに乗っていました。シクロクロスは「ジャイアント」が女性向けにリリースしているリブのバイクです。シクロクロスはレースに出る時に同じバイクを2台揃えなければいけない、代車が必要な競技なんです。

中島

遠征が大変そうですね。

小川

そうですね。予備のホイールも含めると飛行機に乗れないほどの大荷物です。昨日も愛知まで自動車移動でした。

中島

ちなみにこれまでで一番遠い遠征地はどちらでしたか?

小川

能登ですかね。チームでの遠征なので、大きいハイエースに3人分の自転車6台を載せ、さらにホイール3~4セット積み込んで遠征に行きます。

中島

前席に3人乗るともうぎゅうぎゅうですね……。

趣味を強みに日本代表へ

中島

小川さんの普段のルーティンはどんな感じですか。

小川

今は、平日は仕事で出張に行くことも多いので、その合間を縫ってトレーニングを入れています。秋から冬にかけては、土日はほぼ毎週レースに行っています。

中島

シクロクロスは今がオンシーズンですものね。

小川

9月から2月の週末はほぼ毎週レースに行っています。今週は出張が3日あり、土日にまたレース。ほぼ家にいない生活ですね(笑)。

中島

いつ休んでいるのですか?

小川

最近は本当に休んでいないのですが、私はショートスリーパーで4時間半も寝られれば十分なんです。

中島

全日本選手権に優勝した昨日の夜もそんな感じですか?

小川

昨日はテンションが上がって、ほとんど寝られませんでした(笑)。

ピスト

初優勝ですもんね。

中島

やったぜ! みたいな?

小川

そう。たいへんうれしいことにメッセージも夜中までずっと鳴りやまず、200件くらい受け取りました。それで朝の5時ごろには起きていたので全然寝ていません。

でも私の場合、趣味でできることが気持ちの上でも楽だし、楽しさでもあるんですよ。スポンサーの存在を気にすることもなく、自分が好きなバイクで好きな時に走れて、趣味でプロ選手を倒すのはやりがいがありますね。

ピスト

それはすごいな。

中島

逆にオフシーズンはどういう生活になるんですか?

小川

オフになった瞬間、その半年間は仕事に全力投球します。半年変わりで文武両道みたいな感じでしょうか(笑)。

ピスト

いいですね、最高です。ちなみに来週もレースですか?

小川

そうです。来週は宮城なのですが、日本選手権に優勝したことで世界選手権のメンバーにも選ばれ、来月は会社を1週間休んでオランダにも行く予定です。

ピスト

もう趣味じゃないですよ、それは(笑)。日本代表はすごいですね。でもオランダは本当に自転車王国ですもんね。気合いが入るでしょう?

小川

そうですね。本場なので本当に楽しみです。観客の多さなど、やはり文化が違うので。

自転車に囲まれた生活空間

中島

小川さんは、どれくらい自転車を持っていらっしゃるのですか?

小川

たくさんありますよ。マウンテンバイク1台、シクロクロスバイクが2台。ロードバイクが3台と、もう手放してしまったのですが、先日までTT(タイム・トライアル)バイクが1台ありました(笑)。

ピスト

ちょっと待って! それ全部家に置いているんですか?

小川

半分は実家に置かせてもらっていますが、今は1LDKの自宅に4台あります。

中島

ご家族も乗るのですか?

小川

夫との2人暮らしですが、彼のサイクリング用ロードバイクが1台あります。

中島

ということは合計5台?

小川

そうですね。

ピスト

ちょっと信じられない。

小川

ウォークインクローゼットの半分に2台入れて、それから突っ張り棒で2台、スマートローラー1台。5台と同居しています。夫は早く処分してソファを置きたいと言っています(笑)。

中島

理解ある旦那さんですね。

小川

本当に。無理やり理解してもらっています。

自転車の画像で心を静める

ピスト

でも、小川さんにとってはある意味、商売道具でもありますよね。僕も自転車に純粋な愛情があるので、自転車を見たら気持ちが落ち着いたり、興奮したり、ときめいたりします。普段からネットでかっこいい自転車の画像を見つけると、保存して時々見ています。

小川

ええ!? それはすごい。

ピスト

嫌なことがあったらその画像を見て気分転換していますし、街でも止まっている自転車をずっと眺めて歩きます。このフレームにこのハンドルを合わせるんだーとか。

中島

自転車の画像で心を落ち着かせるって相当ですね。

小川

ご自分の自転車が一番好きというわけではないんですか?

ピスト

写真を集めるのは純粋に憧れです。車好きの人やバイク好きの人がポルシェやハーレーをかっこいいなと思う感覚と同じです。ブランドに対する憧れも純粋にありますよ。ロードバイクなら「デローザ」。こんなカラーも出ているんだ! とか。

中島

でも他の自転車を見てかっこいいなと感じる気持ちはわかります。東京と大阪でそれぞれ年に一度、「サイクルモード」というスポーツバイクの大きい展示イベントがありますが、そこで見るディスプレイはやっぱりかっこいいんですよね。店頭で見るのとは違い照明やディスプレイもキマっていて、あれを見ていると憧れが芽生えます。

ピスト

僕はそれが10年ほど前に一度ピークに達して、原宿の自転車ビルダーと呼ばれる職人を養成する専門学校に入学しようか迷いました。資料を取り寄せてオープンキャンパスまで参加しました。

中島

その学校は知っています。国産メーカーの「ケルビム」の方がゲスト講師できていたんですよね。

ピスト

そうそう。ケルビムもクロモリにこだわったフレームをつくることで知られていますが、100万円クラスのロードバイクをそこでつくるのもかっこいいなと憧れました。

小川

2人とも自転車愛がすごい。

ピスト

小川さんは、普段乗っているクロスバイクを買い替えたいと思ったりしませんか。

小川

全然しないです。ママチャリ感覚ですね。しかもママチャリよりも長い距離を走れるので、買い物も移動もすべてこの1台です。

ピスト

是非日常使いにピストバイクをお薦めしたいです。ピストバイクの最大の売りはやっぱり頑丈さなのです。追求し始めるとキリがないのですが、いろいろな奥深さがあるのも魅力の1つですよね。

(2023年1月16日、三田キャンパスにて収録)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。