登場者プロフィール
竹内 孝治(たけうち こうじ)
愛知産業大学造形学部建築学科准教授専門は住宅産業論、居住文化論。ハウスメーカーの営業職を経て研究者の道へ。住宅雑誌やパンフレットを収集し、戦後日本の居住文化を研究。
竹内 孝治(たけうち こうじ)
愛知産業大学造形学部建築学科准教授専門は住宅産業論、居住文化論。ハウスメーカーの営業職を経て研究者の道へ。住宅雑誌やパンフレットを収集し、戦後日本の居住文化を研究。
佐藤 和歌子(さとう わかこ)
その他 : 文筆家その他 : 間取り収集家環境情報学部 卒業2003年慶應義塾大学環境情報学部卒業。義塾在学中から「間取り通信」を発行。著書『間取りの手帖』(2003年)『間取り相談室』(2005年)が話題となる。
佐藤 和歌子(さとう わかこ)
その他 : 文筆家その他 : 間取り収集家環境情報学部 卒業2003年慶應義塾大学環境情報学部卒業。義塾在学中から「間取り通信」を発行。著書『間取りの手帖』(2003年)『間取り相談室』(2005年)が話題となる。
浅尾 千夏子(あさお ちかこ)
研究所・センター 理工学メディアセンターパブリックサービス担当主任図書館司書を務めるかたわら、個人的な趣味として2002年に風水鑑定士の資格を取得。1992年慶應義塾入職。
浅尾 千夏子(あさお ちかこ)
研究所・センター 理工学メディアセンターパブリックサービス担当主任図書館司書を務めるかたわら、個人的な趣味として2002年に風水鑑定士の資格を取得。1992年慶應義塾入職。
2023/02/24
三田キャンパス図書館旧館の方位
20年ほど前に、風水の鑑定士の資格を取ってみたことがありました。きっかけは引っ越しを考えていた時期に鑑定士の資格を持っていた知人から勉強してみたら? と奨められたことです。住宅選びの参考になればと勉強してみました。
風水にはさまざまな要素が関係してくると思いますが、その中でも特に重要な要素は何でしょうか。
風水は間取りにも関係するのですが、もう少し大きなスケールで見るものです。例えば、土地の気運や地形、建物の立地などです。
三田キャンパスの図書館旧館はキャンパスの北東に位置し、これは勉強や研究といった探究心を満足させる方角にあたります。また新館は東にあり情報や通信、発展性を意味する方位にあります。
図書館に最適ですね。
そうですね。佐藤さんが卒業された環境情報学部のある湘南藤沢キャンパス(SFC)のメディアセンター(図書館)は比較的キャンパスの中心に近く、ネットワークのハブ的な意味があるのですが、集中して勉強するというよりも自己表現を学ぶのに適した位置と言えます。
たしかにそんな感じでした。説得力あるなあ。
鑑定士をお仕事にしようとは思われなかったのでしょうか。
今のところ個人的な趣味に留まっています。というのも鑑定する際には方角の善し悪しだけでなく、住人の生年月日と建物が建った年との相性も関係し、それも数十年に一度、気運が変化したりします。それらを組み合わせなければいけないので、かなり面倒な作業で時間と労力が必要になるんです(笑)。
風水と言えば、有名なのは、Dr.コパさんですね。
そうですね。彼は西側に金色や黄色のものを置くとよいと言っていましたが、あれは中国由来の風水というよりも日本の家相学に重きを置いたもののようです。鬼門や裏鬼門という概念も日本独特のものです。風水の中の地形の考え方を間取りにも用いたのが日本の家相学になるのかなという気がします。
『間取りの手帖』の反響
私は昔から間取りを蒐集するのが趣味で、環境情報学部に在学していた頃に「間取り通信」というフリーペーパーをつくっていました。それが編集者の眼にとまり、2003年4月に『間取りの手帖』(リトル・モア)という本になりました。半年留年してぎりぎり学生だったことも関係したのか、これが予想外にヒットして、間取りに関するコラムの執筆依頼などを受けるようになりました。市民向けのカルチャーセンターでも何度か間取りの話をしましたが、間取りに興味をもつ方が予想以上に多く、当時はびっくりしたものです。
佐藤さんが面白いと感じたことがじつは皆にも面白かったのですね。
「私も子どものころから間取り図を見るのが好きでした」とか「こんな間取りはどうですか」と読者カードでご意見を寄せてくださる方もいました。今ではさまざまな出版社から間取りの本が出ていますが、間取り図は人の想像力を刺激するところがあるのでしょうね。
たしかに、どこかよその家庭の生活を想像させる何かがあります。この家に住んだらどんな生活になるだろうと。
そうなんです。間取り図を見ていると住める気がしてきますよね。こんなところには住めないよ、なんて若干上から目線になれる楽しさもあります(笑)。
間取り図づくりは癒しの時間?
私は建築学科を卒業後、住宅メーカーの営業職に就職しました。まさにマイホームの間取りをつくる仕事です。新入社員時代、外回りから営業所に戻ると、プラン集に掲載された間取りを描き写して、間取りのパターンを学習する課題がありました。学生時代には設計製図の授業がイヤだったのに、慣れない外回りでくたびれて帰ってきた後では心落ち着く楽しい仕事になりました。
竹内さんが間取りを考えていたのですか? 普通は建築士の人が描くのでは?
じつは、一戸建ての住宅はそうではない場合が多いです。素人同然の営業マンが間取りをつくり、そのまま建ってしまう場合も多い。もちろん建築士が正式な図面(設計図書)にするので違法ではありませんが、もとになる間取りは営業マンが 考える場合が多いのです。
ひょんなことから研究者になった今、戦後の家づくりのなかで、間取り図やその検討方法が社会でどのような役割を果たしてきたかに興味をもち研究しています。
間取り図の不思議なところは、誰からも教わるものでもないのに、皆がそれなりに描けてしまうことですよね。以前、某文化センターでワークショップを担当した時、理想の間取り図を描いてみるという企画を立てました。9坪の狭小住宅という枠で自由に描いてもらい、それを小冊子にまとめてみると描き方は人それぞれ、家具の配置まで描き込む人もいれば、住宅の広告に使えそうな典型的なスタイルを踏襲する人もいて興味深いものになりました。
営業マン時代のお客さんにも、こんなのを考えてみたのだけど、と自分で描いてくる人は多かったです。誰もが描ける背景には、日本に木造住宅が多いという事情がある気がします。畳敷きの6畳間と言えば、皆何となく想像できるでしょう?
畳の存在は大きいですよね。住宅広告では今でも「洋室7J」といった表記が一般的です。
とくに木造と畳に負うところが大きい。住宅メーカーの営業職には文系出身者も多いのですが、ちょっとしたトレーニングで皆間取り図を描けるようになります。
情報量が少ないからこそおもしろい
間取りは建築の仕事をしている人たちからすると情報が少ないのです。だからこそ妄想が広がるところもあるのでしょう。『間取りの手帖』が面白いのは佐藤さんが説明しすぎていないところですね。読者が妄想できる余地が残されていて、佐藤さんの妄想も入っているのが楽しい。隣の住戸や共用部分の関係にも想像がふくらみます。敷地配置図がないことで周りがどうなっているかもあれこれ想像を促されます。
じつは住宅メーカーに勤務していた時代に、お客さんが最もテンションが上がるものが間取り図でした。立面図や断面図を見てもあまり高揚しない。
高揚……わかるなあ。平面図を見るとどうしてテンションが上がってしまうのでしょう?
間取りは抽象化されることで抜け落ちる情報もありますよね。
そうですね。逆に情報量が少ないからこそ想像力が刺激されるところは確実にあると思います。
間取りはコミュニケーションツールとしても優れていると感じたのは、佐藤さんが『間取りの手帖』の2年後に『間取り相談室』(ぴあ)を出版されたことです。「手帖」から「相談室」へ、というネーミングが秀逸ですね。
ありがとうございます。『相談室』は架空の相談者の相談に私が答えるという体で書いたものでした。本当は実際に相談を募ればよかったのですが、そうすると真面目な内容になってしまうのであくまでもフィクションとして書きました。
見ても読んでも楽しい本です。
妄想相談のような感じがいいなと。途中に間取りの猛者たちとの対談が入っていますが、これも貴重なお話だと思いました。
同感です。『相談室』の間取りはフィクションなのでしょうか?
間取り図は実在するものです。ただ『手帖』ほどインパクトのある間取り図が集まらなかったので、妄想を多めにトッピングしました。
今、『変な家』(飛鳥新社)という不動産ミステリーの本が売れていますね。これも間取りをもとに妄想を膨らませる話ですが、やはり専門家ではなくても想像力を刺激する力があるのでしょうね。
マドリッドで間取りを蒐集
間取り図は日本特有のものなのでしょうか? というのも学生時代に語学研修でスペインへ行った時、マドリッドの間取りを収集しようと不動産屋を回ったことがありました。
それは洒落ではなく?
洒落ですよ、もちろん(笑)。ですが、不動産屋の感じが日本とはまるで違いました。
日本の不動産屋と言えば、窓ガラスに間取り図がびっしり貼られているのが一般的ですよね。
はい。スペインの不動産屋は1つか2つ、簡素なパネルがディスプレイされているだけ。間取りという言葉も辞書にありません。私は間取りの研究をしている日本の学生で……と店の人に伝えるとだいぶ困惑されました(笑)。建物の骨格が大体決まっているから、そもそも間取り図があまり必要とされないようです。間取りよりも立地や築年数といった文字情報が重視されている様子でした。日本で間取り図が重視されるのは、都市部を中心にいろいろな事情でヘンな間取りが存在するからかもしれません。風水の故郷、中国では間取りという概念は存在するでしょうか。
中国では寝室や玄関の方位をとても重要視しますが、日本のように細かく間取りを考える伝統はないような気がします。
海外の人は家を選ぶ時に間取りに頓着しませんよね。どちらかと言うと内装を気にする。
日本はむしろ間取りが幅をきかせすぎているのかもしれません。
何だかんだ言っても日本人はやっぱり間取り図が好き。
外観への関心も間取りほど高くありませんよね。
そう、内装や外観への視点は抜け落ちていますよね。
外観もせいぜい、よそと同じは嫌だから色を変えたり屋根の向きを変えたりする。その結果、統一感のない町並みができ上がるという。でも、そこにも日本の間取り中心的な価値観が垣間見えて面白い。
間取りの日本近現代史
日本は高度経済成長期に一戸建ての需要が高まった歴史がありますよね。狭い土地にいかに建てて、心地よく住むかを工夫する文化があるのではないかと。竹内さん、いかがですか?
アパートやマンションの間取り図はすでに決まっているものを読み取るものですよね。注文住宅の場合、間取りをイチから考えることになります。戦後、政府の方針もあって、庶民も持ち家を建てる時代になり、間取り図も広まりました。戦前に間取り図を拡げて家づくりを考えるのはあくまで金持ちの道楽でした。
なるほど。
農家の住宅などは昔から定型の間取りがありますが、間取り図というものが普及したのは大正期の洋風住宅、文化住宅です。いわば舶来のもので当時の日本人には馴染みの薄いものでした。そこで大体の感じを把握するのに間取り図などの情報が必要になりました。
洋風住宅のイメージが一般人の間で共有されていない時代だったのですね。
そうです。とはいえ、洋風住宅もまだお金持ちの世界。間取りは自分でつくるものという認識が庶民にも広まるのは戦後です。建築士の数が足りない中、皆が見よう見まねで間取り図を描き始めました。
そういう本がたくさん出版された時期もあったと聞きます。
例えば終戦直後の住宅不足の時代は、大手建設会社が『復興住宅建築図集』という事例集をつくっています(図1)。皆が家を建てないといけないので、間取りのスタイルブックがたくさん登場しました。
こういう図案集を見て夢を描いた人がたくさんいたのでしょうね。
1950年代には小中学校教科書にも間取り図が登場します。住宅改善が重要課題だったのですね。自分たちの力で自分たちの住環境を良くしていこうと思ったら、皆が間取りを読めて、問題点を発見できる能力が求められたのでしょう。驚くことに理科や社会、数学の教科書にも間取りが取り上げられています。
各家庭で家づくりは一大問題だったのですね。すごく実践的。
こうした教科書は1950年代に盛んにつくられましたが、悲しいことに、この教科書で勉強した世代が持ち家を建てようというころには地価が高騰してしまい、思い描くような家を建てられない時代になっていました。
間取り図を描いたり、読み解く技術だけが蓄積されてしまったわけですね。
ほかにも間取りの読み書きは戦後、いろいろな媒体を通して伝えられました。変わり種は雑誌『夫婦生活』。これはいわば家庭内の性生活に関する情報誌で売れに売れました。その裏表紙には毎号、間取り図が掲載されています。敗戦後、ひとつの家に複数世帯が同居する雑居家族が多くなります。そうした状況でもプライバシーを保ち、性生活を営むための間取りが模索される中、間取りの情報も必要になったのです。
当時の家庭の苦心が窺われます。
1951年に住宅金融公庫が選定したプラン集では、模範的な間取りをパッケージ化して広めていました。例えば「15N6型」というと、北側に玄関がある15坪の家の6番目の型のこと。この型番を協会に申請すると設計図一式が買えて、住宅金融公庫の融資を申し込む添付書類にもなる仕組みでした。当時は建築士に図面を書いてもらうこともなかなかハードルが高かったのですね。
“取って付けた”ような洋間の登場
以前、ワークショップのために自分なりに間取りの歴史を調べたことがあります。江戸期や明治中期ごろはお屋敷でも長屋でも障子や襖で仕切るスタイルが一般的だったようですが、大正期になると家の中に壁が増え、文化住宅のように洋風の応接間が端っこに取り付くようになる。戦後には広告を通して「間取りの文法」が浸透して、間取り図が普及していった──というのが私の仮説なのですが、いかがですか?
仰るように間取りの大衆化が進むのは戦後ですね。ただ、大衆化とは言っても、立派な家は建てられないので、お金持ちの家の縮小版みたいなかたちで一般化していったと思います。戦前の豪邸も基本は和風住宅でしたが、目上の人を招く時のみ洋館部分で応接していたようです。これは天皇陛下の生活が率先して洋式化されたことが大きく、それに倣って民間人の家にも洋間が増えていきました。
ホテルや旅館でも天皇をお迎えする時に洋館をつくったという例を聞いたことがあります。
高貴な方々のスタイルが縮小版的に模倣され庶民住宅の応接にも取り入れられるようになります。ステータスとしての洋室が一体化して、徐々に家全体が洋風化していくのが大まかな流れでしょうね。
私が子どものころに建てられたマンションでは、取って付けたような和室が多く見られます。
和室はせめて1室欲しい、という思いは根強いですね。洋が珍しい時代にはそれがステータスになり、洋が普及すると今度は和が新しいステータスになったりもします。
風水と家相
日本で家相や風水を気にするようになったのはいつごろなのでしょう。
家相はもともと、村の庄屋さん、和尚さんや神主さんに見てもらうものだったそうです。間取りの善し悪しを判断してあげることも彼らの大事なスキルでした。戦後、地縁から切れたことで家相のマニュアルが求められたわけですね。
なるほど。家相を自分たちで占うようになっていくのですね。
家相が普及した後、1990年代ごろに風水の本が盛んに出るようになりますが、Dr.コパさんが著書のタイトルに風水と謳うようになるのは1993年のことで、それまでは家相という言葉を使っています。ただ、家相と風水はそもそも別のものですよね?
そうですね。風水は流派がとても多く、それぞれ考え方が違います。もともとの中国の風水ではお墓の方位をとても重要視しており、自分の先祖をいい場所に祀ることで子孫繁栄を願っていました。お墓の位置と自分の家を良くする考え方というのは風水の中でもいろいろあり、流派ごとにまた違います。
生まれ年と玄関の向きの関係を見る流派もあれば、いろいろな気がいろいろな方向から飛んでくるのを30年のサイクルで見る流派もある。形を見るのを「巒頭(らんとう)」と呼び、気を見るのを「理気(りき)」と呼びます。そのどちらに重きを置くかという大きな違いがあり、また、さまざまな地域で派生した流派が生まれています。
時代も変われば家のつくりも変わりますし、風水の中でも自分たちで関与できるスケールはさまざまに変化するのでしょう。そこでアレンジを加える流派も現れる。でも本来の風水は人が住む家も周りの土地も宇宙全体で考えるものという思想が根本にあるのですよね。
おっしゃるとおりです。ですが、家の間取りと宇宙を関連づけるなんて実際は難しいですよね。
間取りが固定化されたマンションやアパートに住む人が増えると、Dr.コパさんが玄関に黄色いものを置いたらいいと言うように、個人のできる範囲で幸せになる方法を提供する傾向が現れるのでしょうね。
風水が流行り始めた1990年代は、景気低迷もありマイホームの夢を持ちづらくなった時代です。その中で幸せをつかむ方法として風水は時代の気分とマッチした気がします。
風水を占うには
風水はとても複雑な世界ですよね。『間取りの手帖』を出した後に「風水の本を書きませんか」と誘われて少しかじってみましたが、とても専門的で難しいと感じました。
私は『間取りの手帖』を見て、方位を確定できないほど複雑な間取りに住んでいる人たちにぜひ感想を聞いてみたいなと思いました。
案外「住めば都」だったりするのかも。間取り図だけで風水を鑑定することはできるものですか?
できれば道路が面している向きや、その部屋が何階にあるかといった情報は欲しいですね。部屋の階数、築年数、住所……それを見た上で、さらに住人の生年月日がわかれば何かしら占えると思います。
部屋の形はいかがでしょう。やはり四角い方がよいですか? 『間取りの手帖』で蒐集した間取りには三角形や円形のような変な部屋がずいぶんありましたけれど。
変則的な間取りというのは、鑑定する上で足りない方角が出てしまうことが多く、その方位の運が欠けていると見る場合もあります。四角であることは結構大事ですね。
同じ部屋でも住む人によって違うのではないかと思ったことも、私が風水に挫折した理由の1つです。
おっしゃるとおりです。なので、運勢を占うのに住人の生年月日がわかるとより正確なのです。
浅尾さんのお話を伺っていると、風水というものは基本的に人を元気づける目的があるのかなと思いました。それに比べ、家相はどちらかというと、これはダメという場合が多いですよね。
家相学も建築家の清家清先生のご著書で少し勉強したことがありますが、すごく条件が厳しいのです。こうするといい、こうするとダメというのがとても細かく決まっています。
条件をすべて満たす100点満点のケースは見たことがありますか?
いやあ、ないですね。
清家清先生の本は家相をネタに、じつは住宅計画学の話をしているんです。家相見の人が読んだら、違う意見をもつところもあるかもしれませんが、清家先生のすごいところは、家相の話題を取り入れることで専門的な話でも多くの読者に届けられるとわかっていたことです。もちろんきちんと家相を勉強しておられると思いますが、ケースバイケースだとわかってお書きになっている。
たしかに、家相というものは風水と違い、それをどのように取り入れるかという取捨選択の手法なのかもしれません。
理想の間取りを描いてみた
じつは今日、見てもらいたいと思って「私の理想の間取り図」をお持ちしました。ワークショップの講師を務めた際にサンプルとしてつくったものです(図2)。当時は34歳で、20年後に住む家という設定にしました。都内から電車で30分か1時間ぐらいの立地で2階建て。ポイントは坪庭があることです。坪庭を見ながらお風呂に入りたいとか、トイレを掃除する時に狭いのは嫌だから広くしようといったことを考えながら描きました。いかがでしょう、ぜひ添削してください!
私もお風呂やトイレは大きいほうがいいな。
賃貸のトイレは大抵狭いので自分で建てるなら広くしたいなと。あとは、本をたくさん収納したい。
意外に……というと怒られるかもしれませんが、よくできていますね(笑)。
お仕事部屋からは緑が見えるようになっているのですね。
はい。梅か柚子か柿の木を植えて、ベランダでビールを飲めるようにしました。だいたい食べることか飲むことしか考えていない(笑)。
お一人で住むのですよね。寝室はどこですか?
2階です。上げ床式にした畳敷きの4畳半部分に布団を敷こうかなと。布団を仕舞うために床面の下を収納にしています。
玄関を開けるとLDKがあるのですね。
そこにダイニングテーブルを置こうかなと思ったのですが……。
〈LDK+個室〉というのは、住宅を計画する際の典型なのですが、この間取りだとLDKは1階にありますね。ご飯を食べる時はテーブル? こたつでもいいですよね。
なるほど、こたつを置くとしたら2階ですねえ。
佐藤さんは意識せずに洋室と和室を区別して〈LDK+プラス〇〇〉にしているでしょう? 玄関を開けてすぐに食事するスペースがあるので、例えばこたつでミカンを食べている時にもし誰かが入ってきたら、あ、みたいな感じになりますよね。設計の授業なら、本当にここで生活したい? と訊いてしまうかもしれません(笑)。
難しいですね! LDKと言いつつけっこう狭いですし。
日本の住宅はLDKに代表される典型例が根強いので、本当に自分が暮らしたい家を自由に考えるのはとても難しいのです。私が営業マンだった頃に営業所で間取りを描き写していたのも、まさに典型例を覚え込む課題でした。
よくある失敗談に、リビングを10畳確保して、広々としたダイニングもある、4畳半のお茶の間でくつろぐこともできる、といった家をつくったとしても、実際に住んでみると広いリビングをもてあまし、結果、家族全員が小さなお茶の間に集合し ているなんてケースもあります。
こたつがあると、どうしてもそこに人が集まりますね。
そういう典型的な間取りは展示場でよく見られます。そうした印象が強すぎると自分たちの暮らしもそれに縛られてしまいます。
そう考えると、私の間取りはLDKの部分がわりといい加減だと認めざるを得ないです。坪庭が見えるお風呂とか、ビールが飲めるベランダを先に考えて、LDKは一番最後に適当に付けちゃった。
技術革新が変形間取りを生んだ?
家相的にはいかがですか。
まず真四角なのがびっくりしました。神社などで見られる形ですが、一戸建てではあまりないので。
そうですね。
1階に水場が多いですよね。水場は凶方位に付けた方がよいのですが、どの方位にも水場がある。
私は1980年2月生まれですが、その場合、凶方位というのはどちらになりますか?
おそらく北と南と南東と東がいい方位なので寝る場所は変えた方がいいかもしれません。
家だけでなく佐藤さんご自身にも方位の相性があるので、おうちと自分のいい方位が合っていると、すごくつくりやすいのです。でもおうちと生年月日のタイプが違う場合、いろいろな調整が必要になります。
調整の際に、玄関の向きや通りがどこに面しているかが重要になってくるわけですね。
そうですね。
水回りも風水において重要な要素だと聞きます。しかし住宅メーカーとしても、水回りについて好き勝手言われると困るのでは?
昔に比べるといかようにもできるようにはなっています。もちろん、1階と2階で水回りの位置をそろえた方が合理的ですが、そうでなくともそれほど建設コストは上がらないんじゃないかと。
よく言われるのは、昔トイレに換気扇を付ける慣習がなかったころは、アパートやマンションのトイレは必ず外に接していなければなりませんでした。換気扇が付けられるようになったことで、トイレの位置が自由に決められるようになります。設備機器の発達で間取りの自由度が上がり、『間取りの手帖』に出てくるような自由を謳歌した間取りが増えていきました。
個性的な間取りが生まれた背景にはそういう技術革新があったわけですね。
もうバブル期のような変な間取りは出てこないのですかね。
建設コストが上がる要因になるので間取りで差別化することは少なくなりました。今は間取りも屋根形状も外観デザインもシンプルにして価格を抑える家が多いです。
住宅業界の方から「もう間取り図はなくなる」という話を聞いたことがあります。住み方を3次元で考えるようになると、平面の図面は意味がなくなると。
そうですね。住宅展示場などもVR体験できるサービスがあります。ですが、一般の人にはやはり使いづらいようで、何だかんだ言ってまだ間取りが一番わかりやすい表現方法のようです。
私も図面派です。Google Earthのようなものでさえ操作が苦手。身体の感覚や想像力が刺激されるところがないですね。
私も立体で見ると現実に近づきすぎるようで、あまりわくわくしないのです。リアルに体感できてしまうと夢が広がらなくなってしまうのが難点です。
大衆化する風水
風水は今でも根強い人気があるのですか。
人気があると思います。今もいろいろな流派から出版物が出ており、簡略化したものも出版されています。
今だったら私のような素人にも理解できるでしょうか。
簡略化したものが流行るのは、やってみたい人が増えているからだと思います。今回、改めて買い直してみた本は家や間取りも占えるようになっています(図3)。仕事場の机の位置も占えるようですよ。
私も始めてみようかな。先ほど仰っていた気運というものはどのように変わっていくのですか?
例えば、私が買った風水鑑定本のうち玄空飛星派(フライングスター)と呼ばれる風水術の流派では180年を1サイクルとし、20年ごとに気運が変わるとしています。2024年2月にまた気運が変わるそうで、これを「三元九運」と呼び、第1から第9の運が順繰り巡っていく中で2004年から2023年が第8運に当たります。2024年2月に第九運という新しい運になると吉方位ががらりと変わるそうです。すると、同じ家でも吉凶が大きく変化し、もう1度調整しなければならなくなります。
気運はそれほど大きなものなのですか。例えばそれまでは玄関に黄色いものを置いたけれど、今度は青いものを置かなければいけないといったことになるのでしょうか。
そうですね。玄関の位置は変えられないので、できる範囲で皆対処するのだと思います。
では2023年は第8運の締めくくりになる年なのでしょうか。
気運は少しずつ変わっていくので移行の年になると言えるかもしれません。この本の著者は1つの流派にこだわらず、いいとこどりをせよと書いているところがいいのですが、竹内さんが仰ったとおり、環境を変えるために自分の都合のいいように使えばいいのだと思います。きっちりやろうと思ったら家探しも難航してしまいますから。
間取り図は見ているうちが楽しい
一生のうちに5回くらい注文住宅を建てれば、理想の間取りにたどり着ける気がするんですよね。作家の吉屋信子がその生涯でいくつか家を建てていて、興味本位で図面を取り寄せて見たところ、やはり最後に建てた家がいいんです。
数寄屋建築の名手と言われた吉田五十八の設計ですよね。
はい。中を見学させてもらったところ、お庭がとても広々して、北向きの書斎の窓の外には藤棚があって気持ち良い。お客さんが大勢来てもお庭を眺めながら宴会できて、本もたくさん収納できる。仕事量が多く、交友範囲も広かった作家にとってとても理想的で、何軒か試行錯誤した結果の完成形、という印象を受けました。実際に終の住処になったそうです。
自分に最も必要なものが何か判断するのはそれほどに難しいということですよね。
一般庶民にはとてもたどり着けない境地ですよね。私は実家を出て以来、万年賃貸暮らしです。昨年、引越しをしましたが、海の近くに住んだら毎日海を見ながらビールを飲めるなと思って、その他の条件はかなり妥協しました(笑)。
素敵ですね。
賃貸の件数が少なくて競争率が高いエリアなので、手の届く物件が見つかり次第勢いで決めました。結果的に、間取りで選ぶ余地はほとんどなくて……。
でも注文住宅であっても、じつは検討の余地が多いわけではないんです。敷地の面積や形状、予算が決まっていれば、ある程度共通した型にならうことになります。それよりも海を見ながらビールを飲みたいというテーマが決まっていることのほうが大事でしょう。
そうかもしれませんね。使いづらそうなところがあればまた引っ越せばいい。そう考えると、実際に住むという場合には間取りよりもその外の条件の方が大きな動機になるのかもしれませんね。
今流行っている新しい風水に「金鎖玉関(きんさぎょくせき)」と呼ばれているものがありますが、それによると南側が低くて、北側が高い土地はいい条件のようです。
そうなんですか!? 住んでいるところがまさにそんな地形です。私も風水を始めてみようかな……。
楽しいですよ。ぜひ。
佐藤さんが仰るとおり、間取りに惚れて住まいを決めることってじつはあまりないですよね。むしろ、どうやって過ごしたいかを考えることのほうがたぶん自分に嘘がない。
Instagramで素敵な暮らし方をしている人を見つけたのですが、その方が仰るには、家はハコを1つつくってもらえればいいと。ハコがあれば中はどうにでもすると仰っていました。
わかります、私もそう思う。理想の間取り図を描いておいて言うのもなんですが、それは一応お仕事だったからということで(笑)。
あの間取りは理想ではなかったと(笑)。
やはり住んでみなければわからないことが多いので、窓と玄関さえあれば、あとは住みながらあれこれ変えていったほうが理想に近づけるような気がして。
そこがおもしろいですよね。間取りだけ見ると夢が膨らむのですが、住んでみてあれ? となる。
間取り図は見て楽しんでいるうちが花なのかもしれませんね。
2022年12月19日、三田キャンパスにて収録
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。