慶應義塾

塩の魅力

登場者プロフィール

  • 青山 志穂(あおやま しほ)

    その他 : 一般社団法人 日本ソルトコーディネーター協会代表理事総合政策学部 卒業

    1999年慶應義塾大学総合政策学部卒業。2012年一般社団法人日本ソルトコーディネーター協会を設立し独立。全国各地で、塩の魅力を広く伝えている。

    青山 志穂(あおやま しほ)

    その他 : 一般社団法人 日本ソルトコーディネーター協会代表理事総合政策学部 卒業

    1999年慶應義塾大学総合政策学部卒業。2012年一般社団法人日本ソルトコーディネーター協会を設立し独立。全国各地で、塩の魅力を広く伝えている。

  • 杉本 雄(すぎもと ゆう)

    帝国ホテル第14代東京料理長

    武蔵野調理師専門学校を卒業後、1999年帝国ホテル東京入社。2004年に同社を退社し渡仏。17年に帝国ホテル東京再入社し、19年より現職。21年に「塩」を主役にしたレストラン企画「「塩」の世界」を開催。

    杉本 雄(すぎもと ゆう)

    帝国ホテル第14代東京料理長

    武蔵野調理師専門学校を卒業後、1999年帝国ホテル東京入社。2004年に同社を退社し渡仏。17年に帝国ホテル東京再入社し、19年より現職。21年に「塩」を主役にしたレストラン企画「「塩」の世界」を開催。

  • 前田 廉孝(まえだ きよたか)

    文学部 准教授

    2013年慶應義塾大学大学院経済学研究科後期博士課程単位取得退学。博士(経済学)慶應義塾大学。18年より現職。専門は近代日本経済史・経営史。著書に『塩と帝国―近代日本の市場・専売・植民地』。

    前田 廉孝(まえだ きよたか)

    文学部 准教授

    2013年慶應義塾大学大学院経済学研究科後期博士課程単位取得退学。博士(経済学)慶應義塾大学。18年より現職。専門は近代日本経済史・経営史。著書に『塩と帝国―近代日本の市場・専売・植民地』。

2023/01/25

塩の世界へ

前田

青山さんはソルトコーディネーターと伺いましたが、どのようなきっかけでこのお仕事に就かれたのですか?

青山

総合政策学部を卒業した後、食の世界に面白みを感じ、カゴメに入りました。商品開発などをやっていたのですが、ちょっと働き過ぎで若干体を壊したのをきっかけに、沖縄に移住をしまして、そこで沖縄のお塩に出会ったのが塩の世界に入るきっかけです。

それがもう19年前ぐらいのことですが、そこで塩の専門事業をやっている会社に転職をして、塩との付き合いが始まりました。2012年に一般社団法人日本ソルトコーディネーター協会という協会を立ち上げ、今年でちょうど10年になります。

前田

塩のどのようなところに魅力を感じられたのですか?

青山

いろいろなことをしていますが、例えば昨年、杉本さんと「塩の世界」というイベントでコラボさせていただいたように、料理と塩についての関係や、世界各地の塩の歴史、あとは美容の面といったところに面白みを感じています。

杉本

塩と料理はもう切っても切り離せないものですね。

私は子どもたちを対象にした食育の授業をする時にも、改めて塩の大切さをひしひしと感じています。子どもたちに旨味を感じてもらうために塩を使います。もちろん、われわれ料理人にとっても塩の使い方はとても重要です。世界各地で塩の歴史があって、それが料理の歴史と結びついている。その他にも塩があってこその発酵の技法が進歩したり、その土地で採れた食材との出会いが新たな料理を生み出して食文化に影響を与えたりと、本当に欠かせないものですね。

前田

私の専門は近代日本経済史・経営史、植民地経済史です。日本の植民地経済史研究では、戦前日本が台湾、朝鮮半島などに進出し、現地で何を引き起こしたのかということが主に議論されてきました。

もちろんその研究も重要ですが、私は近隣地域の植民地化によって宗主国の日本がどのように変わったのか、ということに関心があります。

特に、私は戦前日本における植民地の一次産品供給に着目しています。こうした一次産品の1つとして塩は、両大戦間期の内地における流通量の半分近くが植民地から輸入もしくは移入されていました。それゆえに、戦前日本の食塩市場を考える上で植民地の製塩業は欠かすことのできない存在でした。そこで、塩に関する歴史研究をやっています。

だから、今の塩の流行りなどにはまったく詳しくありません(笑)。

昔は嫌われた天日塩

青山

そのような視点から塩について考えたことはあまりなかったので、とても興味深いです。日本でももちろん昔から塩は作られていたわけで、日本全国で塩田や釜で塩を作っているところは大変な数がありましたよね。

しかし、1905年に日露戦争の戦費調達のため、それまで自由販売だった塩を大蔵省主税局の管理下におく「塩専売制度」が始まってからは、徐々に効率化という名の下に塩田はどんどん減っていってしまった。でもそれまでは、海なし県と呼ばれるような山梨などでも温泉水からの塩作りが行われているので、作っていない県の方が珍しいぐらいでしたよね。

前田

そうですね。

青山

私の知っているところでは、台湾の七股(チーグー)には日本軍が伝えた塩田が今でも残っています。あれも、日本が植民地支配をした時に海外で塩田を作って、それを流入させていたということですか。

前田

軍隊が台湾で塩を作っていたというより、もともとあった塩田を軍が利用したという話ではないかと思います。

台湾では、内地の入浜(いりはま)式塩田とは異なる天日(てんぴ)塩田で塩を作ります。その製法に起因し、台湾領有初期の文献を見ると天日塩はネズミ色の塊状であったそうです。それは白色粉末状の内地塩と異なる形状から「砂利塩」と呼ばれ、内地の消費者から嫌われていました。

例えば、第一次世界大戦期までは塩の用途別工業用消費量で最多を占めたのは醤油醸造用でしたが、醸造工程で塩は水に溶かして食塩水にしてから投入します。それゆえに、塊の塩だと溶けにくい。そこで、天日塩を嫌う醸造家も少なくありませんでした。

杉本

塩の作り方というのは天日塩と入浜式と大きく2つあるのですね。

青山

大きく言うと釜で煮るか煮ないかの違いです。太陽と風の力だけで最後まで結晶させたものが天日塩で、途中まで塩田を使っていても最後に釜で炊いたら煎熬(せんごう)塩になります。釜炊き塩とかいろいろな呼び方があるのですが、専門用語だと煎熬塩と分類されます。天日塩だと、前田さんがおっしゃったように下が土だったり砂利だったりするので、異物が入る可能性が高くなります。

でもお話を聞いていて面白いと思ったのが、当時は灰色の塩が砂利塩だといって敬遠されていたということですが、今だとフランスのゲランドの塩は灰色ですが、ブランド塩としてすごく人気が高いのです。時代が変わると変わるものですね。

杉本

そうですね。ゲランドの塩はミネラルが豊富で、食材が持つ本来の美味しさを引き出してくれますので、料理人からも評価されていると思います。今はスーパーなどでも見かけるようになりました。

青山

最近は消費者の間でナチュラル志向が強いんですね。ローフード(生で食べること)の流行りで、火を通さない食べ物を嗜好する傾向があります。その中で、塩も当然「煎熬」すると100度近くで炊くことになりますので、炊いていない天日塩がいいよね、という流れが強くなったと思います。

塩専売と植民地塩

青山

日本では、1971年に第4次塩業整備事業という法律が公布され、イオン膜を使った塩しか作ってはいけないとなったため、そこで急に海水中のナトリウムだけを取り出した塩だけが流通するようになったのです。

それまでの人類の歴史としては、ナトリウム以外のミネラルを含んだ、昔で言ういわゆる差塩(さしじお)と呼ばれてきたようなベタベタした「にがり」をいっぱい含んだ塩を使ってきた歴史のほうが古いのです。

前田

その意味では、1905年の塩専売制度導入以前は、塩の選び方には塩化ナトリウム含有率以外のいろいろな尺度があったと思うのです。

例えば、杉本さんのように専門の料理人の方だったら、食材選びも食材の生産者側が発信している情報だけではなくて、シェフ同士の情報交換などから得た知識も利用できると思うのですが、一般消費者にはなかなか難しい。そうすると「見た目」のような誰にでも分かりやすい情報が重要になる。

杉本

確かに一般の方が細かい情報を集めるのは難しいでしょうね。

前田

戦前期も同じです。内地塩と見た目が異なる台湾塩は売れないんです。しかし、それでは台湾総督府は困るのです。総督府も本国政府と同様に塩専売制度から歳入を得ていましたから。そこで、移入業者は台湾から内地に持ってきた天日塩を海水に溶かして煎熬したのです。

こうした作業を経た塩を再製塩と言いますが、結局のところ内地の消費者は、天日塩は煎熬しないと食べなかった。これが、少なくとも第1次大戦期ぐらいまでの内地における塩消費の実情です。

青山

そのような事情があったのですね。

前田

塩専売制度の下で大蔵省専売局は、1910~11年の製塩地整理で全国において製塩地の多くを廃絶させました。それまでは、例えば東北地方では宮城県、九州地方では福岡県が塩の一大生産地であったように、各地域にある程度の規模の生産地が存在していました。それらは主産地の瀬戸内地域と比べれば小規模でしたが、一定程度は塩を地域内で賄えていました。しかし、そのような生産地の多くが廃絶され、結局大蔵省専売局が内地全体で塩の需給調整を担う形になったわけですね。

そして、内地全体の塩の需要を満たすような供給を行うためには、植民地から塩を入れないといけない状況になってしまったわけです。

しかし、塩が足りないから天日塩を買ってくださいと言っても消費者は買わないんです。いくら専売制度の下といっても政府が無理やり買わせるわけにいきませんので、政府としても消費者が買ってくれるものを供給しなければならない。そこで、植民地塩には再製塩の作業を施し、白色粉末状の塩として供給するしかなかったのです。

浸透圧を使った料理法

前田

さまざまな塩がある中で、やはり料理の用途に応じて使い方も変わってくるのでしょうか?

杉本

塩というのは味を決めていくものとしての使い方が第一ですが、調理工程で使っていく塩というのもとても重要です。

お魚などがいい例ですが、まずお魚を水洗いして、真水ではなくて塩分濃度が3%くらいの塩水につける。そうすると浸透圧によって、余分な水分や臭みが外に出ていく。それで鮮度を保つのです。私はその際、真水と氷を使って、氷の中で締めながら塩分の高いところに漬けていくというやり方をしています。そうすると、お客様にご提供するお皿の上の仕上がりの状態まで魚の身の質が全然違うのです。そういった塩の魅力は現場の第一線にいて感じます。

また、私は主がフランス料理ですので、フランス料理で野菜などを炒めるときに必ず「塩をしなさい」と教わります。何かと言うと、それも浸透圧で、野菜を炒めるときに表面に塩が付いている部分は塩分濃度が高くなるので、野菜から自分の水分が外に出ようとする働きをするわけです。塩分濃度の高い方に移行する、水分を出させることによって、その野菜の持っている味がギュッと凝縮するのです。この野菜の調理法をフランス料理では最初に覚えます。

前田

浸透圧が重要なのですね。

杉本

もしかしたら料理人が一番最初に覚えるフランス語は「シュエ(Suer)」かもしれません。「汗をかかせる」という意味ですが、必ず野菜を炒めるときには少量の塩をして汗をかかせる。余分な水分を足して火を入れていくのではなく、自からが持つ水分を利用して火を通していく、というのがフランス料理における塩の使い方です。

青山

塩によって素材の味を引き出すのですね。

杉本

また、塩がどこで採れているかということが、最終的に料理が仕上がったときの味わいに大きく影響しますし、食事と共に楽しむ飲み物にも確実に影響してきます。

例えばカルシウムのようなものを多く含んでいる塩で味付けしたものには、同じ系統のワインが合うでしょうし、鉄分を多く含むと、鉄分に反応するようなワインは逆に合わない。塩ひとつ取っても料理だけではなく、それを取りまく周りの環境も左右するのです。

前田

なかなか深い話ですね。そういった料理を作る際に、塩のコーディネートを青山さんはされているわけですか。

青山

そうですね。シェフにどういうお料理を作られて、どういうふうにしたいかというお話をお伺いし「じゃあ、この塩にしましょう」とやっています。

今、2300種類ぐらいの塩を持っているのですが、1つ1つやはり個性が違います。形も違えば、味ももちろん違いますし、中のミネラルのバランスも違う。製法も産地も違うので、その時のお料理のコンセプトやテーマに合うようなものを選ぶのが私の役割になります。

前田

2300種類というのはすごいですね。それは海外のものも含めてですか?

青山

産地が日本国内の製塩所だけでも約600カ所あります。ただ、一製塩所で一製品しか作っていないわけではなく、「フルール・ド・セル」と呼ばれるような一番塩だけ製品化したものや中層や最下層にできた塩もまた別の製品にするので、1つの製塩所で3~4種類、多いところだと6~7種類の塩を販売しています。

するともう国産の塩だけで軽く千を超えてくるのです。そこに輸入されてきたものを含めると2300種類くらいになります。

塩はしょっぱいだけか?

前田

例えば、ソムリエはワインを「ナッツのような」などと複雑な表現をしますよね。確かにワインは、いろいろな味とか香りが複合的に混ざっているため、それをどう評価するかという表現が多様になるのは分かるのですが、塩というのは「しょっぱさ」以外を感じることがあるのでしょうか。

青山

味覚センサーの研究をされている方のお話を聞くと、いわゆる塩の「しょっぱみ」という味以外にも、いろいろな要素があることはデータでも出るのです。苦味や酸味というものもやはりあるということです。

よく、海水は世界中共通なのだから、味は変わらないのではないか、と言われます。確かにマクロで見れば同じと言えるのですが、ミクロに視点を移していくと、すごく流れの速い沖合なのか、入ってきた海水が大量に底にたまるような湾なのかによって、塩の原料として取水されるときの状態というのはだいぶ変わってくるのです。それが塩の味に影響を与えたりするのですね。

前田

20世紀初頭の台湾で日本が塩田を作ったときも、確かに海水の品質差が問題になったことがありました。ある日本人事業者が南部の高雄湾で塩田を作ろうとするのですが、そこには川が流れ込んでいるので海水の平均より塩分濃度が下がってしまっている。それで上手く塩ができなかったことがありました。

青山

川が流れ込むと製塩効率は非常に下がるんです。ただ、現代の塩マーケットでいくと、それもまた1つの面白みとして捉えられていて、産地の後ろの山なども注目されます。つまり、川が運んでくるものですね。

鉄鉱山なのか、リンが多い土壌なのか。山のミネラルが川を伝って海に流れ込んでくるため、塩分濃度は薄まるけれど、通常の海水にはないいろいろなものが含まれた状態で塩の原料として使われ、特徴のある塩ができやすかったりするのです。

前田

成分が特徴的な塩を使うと、料理も変わりますか?

杉本

仕上げの段階で振っていくようなタイミングだと、だいぶ影響があるのではないかと思います。

「塩が甘い」という表現がありますよね。これは何かなと思ったのですが、マイルドなテイストを感じるというお塩も中にはあるのです。それが人によっては「甘い」と感じるのではないかと思います。

青山

そうですね。「マイルド=甘い」という受け取り方が一般的だと思います。ナトリウムが「しょっぱみ」を呈するミネラルですが、ナトリウムしか入っていなければ鋭い刺さるような塩味になる。それが近代人にとってはノーマルなものとして扱われているので、それと比較したときに、ナトリウム以外のミネラルが入っていることによって塩味がまろやかになると「甘い」という表現になるのではないでしょうか。

また、ナトリウム以外のミネラルが多く含まれている塩は、塩味を付けること以外にも、有機物とくっついて働くという効果もあります。特に下ごしらえに使った場合などは、寝かせている間にアミノ酸を分解するスピードが速い塩も遅い塩もあるので、同じ肉や魚でも違うタイプの塩で仕込んでいただくと、全然違う仕上がりになりますよね。

杉本

そうですね。使い分けは難しいですけどね。

料理とどう合わせるか

青山

塩=ナトリウムという認識が長く続いたため、ナトリウム以外のミネラルがどのように、発酵や熟成、旨味の分解などに関与しているかという研究がまだあまり進んでいないんです。そこが解明されていくと面白いのかなと思います。お肉の発色とかすごく変わるんですね。

前田

塩の種類によって変わるということですか。

青山

これはあくまで経験則でしかないのですが、マグネシウムが多い塩、いわゆる「にがり」を多く含む塩で仕込むとちょっと灰色になったりします。そうすると味はおいしいんだけど、見た目のせいで、トータルのおいしさは下がってしまうのです。目をつぶって食べたらすごくおいしいですが、料理はそういうものではないと思うので、そこの最適解を探していく世界なのかなと。

たぶん家庭料理ではそこまでやらないので、それがレストランでシェフがお客さまに提供されるお料理の世界になるのかなと思うのです。

杉本

そうですね。われわれが行っている最大限食材の魅力を生かす領域はそこかもしれませんね。

前田

杉本さんは普段、何種類ぐらいの塩を使われるのですか。

杉本

平時では3種類ぐらいですね。値段もそんなに高くない、大量に使ってもいいというもの。あとは岩塩といわれる塩とフルール・ド・セルと呼ばれる結晶の一番澄んだ塩。それは常備しています。

あと気を付けているのは使うタイミングです。最終的にお客さまにこの塩の感じ、塩が引き出す食材の味を届けたいタイミングで使うのと、調理工程のタイミングを使い分けています。

個人的にも塩は数種類持っています。塩だけで食感を楽しめる塩というのが私は大好きで、中でもイギリスのマルドンの塩はよく使っています。食感に加えてちょっとスモークがかかっている塩だと、より料理に奥行きが出て大変おいしいものになります。

青山

お料理と塩を合わせるときは味だけではなくて、食感、テクスチャーもすごく重要になりますね。塩というと、白い粒々のイメージがありますが、球状の大きい真珠のような塩もあったり、いろいろな形があるので、これで食感がかなり変わってきます。

下味で使う塩と、トッピングの塩は別のものをお使いいただく方も結構いらっしゃる。そのあたりも追求していくと面白いのです。

塩マーケットの可能性

青山

また、塩はマーケットとしても特殊なのですごく面白いと思っているんです。現代の塩市場においては、基本的にものの価格が品質と一切比例しないのです。安いから悪い塩というわけでもないし、高いからいい塩というわけでもない。

専売制度が終了するまでの塩の市場というのは、いわゆる家庭用食塩はずっと決められた低価格で売られてきました。それこそ1キロ100円ぐらいで売られていて、マーケットも家庭用食塩がほとんどを占めているので、それ以外の塩のパイが小さいのです。

でも、専売制度が終わって約20年が経った今日、100グラム500円ぐらいする、世間では自然塩とか天然塩と呼ばれているもののマーケットが拡がっています。家庭用食塩の使用量は減っても、そのマーケットが拡がっていくことで市場全体はさほどシュリンクしないのです。

これは夢物語ですが、もしすべての人が嗜好性食品として塩を選ぶようになった世界が来て、100グラム500円の塩を当たり前に買うようになると、マーケットサイズが突然50倍になるわけです。このような可能性を秘めたマーケットは他の食べ物にはありません。今後の広報の仕方によっては、マーケットサイズがボンと広がる可能性があると思っています。

前田

品質と価格に関連がないと表現する場合、「品質」を構成する要素は何なのかなと思うのです。専売制度の下では非常にシンプルで、基本的には塩化ナトリウム含有率の高さが品質の尺度でした。

しかし、それは専売制度時代特有の考え方なのかもしれません。専売制度が導入される前は、塩の塩化ナトリウム含有率を計測することは現代よりはるかに難しかった。ですから、価格は産地の情報、包装が俵なのか叺(かます)なのかといったことでも変わりました。

おそらく今の塩市場は、専売制度時代のように「塩化ナトリウム含有率が品質を示す唯一の尺度」という状況ではないと思います。だとすると、品質と価格に関連がないというより、むしろ品質をどう判断するのかという基準が非常に多様化したということではないかと。

青山

そうかもしれませんね。なぜ赤穂(あこう)の塩がブランドになったかという話をすると、専売制度の時代、再生加工塩、つまり「海外から輸入してきた塩を日本でもう1回手をかけて作り直すのだったら売ってもいいですよ」という許可が1973年に出たのです。その時に後に赤穂の天塩の母体となる自然塩の復興運動をしていた人たちが、海外産の塩であっても、そこに手を加えて日本の昔の塩に近い塩を作れるのなら作ろうということで作りはじめたのが赤穂の天塩と伯方(はかた)の塩です。

すると昔っぽい塩が食べたいなと思っていた人がこの2つを選び始めたのですね。その後、赤穂の天塩はどちらかというと加工食品業者向けに、伯方の塩は料理業界に強いアプローチをしていったので、だんだん棲み分けができてきました。料理業界の方に聞くと、赤穂の天塩より伯方の塩の方が一般的ですよね。

杉本

そうですね。プロの世界では一般的なのかもしれないですね。

青山

何をもって品質が優れているのかという話ですが、塩の面白いところは、私は絶対的な1つのブランドがないところだと思っています。例えば穀物で育った和牛に相性がよい塩でも、真鯛の刺身に付けて食べると、塩の味が強すぎて真鯛の味を殺してしまうことが多いのです。

前田

用途によって特性がそれぞれあると。

青山

はい。例えば最近だと「にがり」を多く含んだ塩が好まれる傾向がありますが、ベタベタしているので、焼き鳥の振り塩で使うと、ボタッボタッと落ちるので指でつかんで上手に振れないのです。

杉本

振り過ぎてしまいますね。

青山

結果ものすごくしょっぱくなってしまう。用途によって塩の良し悪しが変わることはあると思います。

塩の魅力の拡がり

杉本

今、日本全国、世界もそうですが、お土産になるちょうどいいサイズの塩がいろいろ出ていますね。私はそれがすごく魅力だなと思っているんです。その土地に行ったことのない人もそこのお塩を使う、プレゼントとしていいですよね。

最近、多様性を追求した食のあり方ということで、帝国ホテルでビーガンの方に向けて、植物性のものに特化した料理を追求しているのですが、海洋国である日本は旨味をどこから持ってきたのかと考えると、やはり昆布なのです。

カツオは動物性なので使えないとすると昆布になります。昆布はもちろん海の中にあるもので、それを使って料理をするときに、昆布が育った海水の塩で最終的に昆布のおだしと一緒に調理をしていくとすごく魅力を感じるんです。そこに行ったことがなくても、そこの環境を味わうということにつながる魅力的な使い方だなと思って。

青山

すごくよく分かります。もともとの産地というか、血筋が一緒みたいな話ですね。特にお米は産地の影響が強く出る傾向があるんです。やはり水で育つからです。そしてその水脈が流れ込んでいる海の海水で作った塩とはやはり相性が合いやすいのです。

何かDNAが一緒みたいな感覚です。そしてその考え方が、たぶんナチュラルベーシックというか、プラントベースを召し上がる方、ビーガンの方の志向にも寄り添うので、今後増えていくのではないかという気はしています。

杉本

そうですね。そういう多様性を持った塩の食における魅力は、ますますいろいろな可能性があるなと感じます。

塩にこだわるトレンド

前田

世界のシェフで、日本の塩が素晴らしいと言っている方は多いのですか。

杉本

私は長いことフランスにいてロンドンでも仕事をしましたが、日本の塩がいいから使っているというシェフには会ったことはないですね。

それは自国の塩でも大変高品質なものが各地にあって、言ってみれば国民性なのかもしれないですけど、自分たちのものをちゃんと自分たちがアピールしていく、いいものを世に出していく、自分たちの作りだしているものに誇りを持って使っているからかもしれません。

青山

そうだと思います。特にフランスは自国に対する愛情が半端ではないですよね。名産地であるゲランド以外にもいい製塩地があって、その中だけでも20種類ぐらいのいい塩が手に入るので、わざわざ他国のものなんか使う必要がないと考えているのだと思うのです。

逆に日本がすごく珍しい。一般家庭レベルでこんなに広く他国の塩を輸入してまで、あれでもないこれでもないと言って使い分けているのは日本だけです。

前田

最近の傾向として、やはり外国産の塩を求める個人の消費者は多くなっているのでしょうか。

青山

何となくピンク色の岩塩を使っていると「私、おしゃれ」みたいな意識があるということは感じます。「塩にこだわっている私、健康のことを考えていてちょっといい」みたいな、自己承認欲求をちょっと上げてくれる日常のアイテムみたいな扱いにはなっていますね。前田さんも今日をきっかけに少しでも塩の魅力に目覚めていただけたらうれしいんですけど(笑)。

前田

「塩の歴史を研究しています」と言うと、「どこの塩がいいんですか」とかよく尋ねられて困っています(笑)。

青山

絶対聞かれますよね。

前田

以前、あるお寿司屋さんを訪れた際にご主人が「私はこういう塩を使っているんです」とすごく熱く語っていただいたんです。でも、何のことかさっぱりわからない(笑)。

塩の話は間違って伝わりやすい?

前田

おっしゃられたように、ピンク色の塩を使っていると何かイケてるみたいなのはあるのかなと思います。しかし、そのピンク色の塩を「ヒマラヤ産の天日塩」と表記している店がありました。「ヒマラヤ産の天日塩ってなんだよ」と思いまして、若干情報に混乱もあるなと。岩塩と天日塩を区別できていないのでしょう。

青山

そういう話は結構聞きます。自由化になってまだ20年ぐらいしかたっていない上に、小規模事業者が非常に多いので、情報発信活動もあまりなく、塩の情報はほとんど消費者に伝わっていない感じですね。

例えば時々テレビや雑誌が特集すると、「わあ、間違っている」みたいなことが発信されていたり、SNSでも、皆さんかなり好き勝手に言っていらっしゃったりするので、相当誤った情報が流布されてしまっていると思います。

前田

歴史をやっている人間からすると、塩というのはそうなりやすいのかなと思う節もあるのです。もともと塩は、冷蔵設備がない時代に保存の手段としてよく用いられていました。例えば、魚は全部塩漬けにすることで腐敗を防いでいたので、漁業者はある意味で塩使いのプロだったわけです。

しかし、明治期に北海道の漁業者は意図的に品質の悪い塩を調達していました。それはもちろん安価な特徴にも起因しましたが、理由はほかにもありました。北海道の漁業者には、塩化ナトリウムではなく、にがりの成分が腐敗の防止に効いていると信じている人々がいました。つまり、塩分濃度が低い塩を使った方が日持ちするという誤った知識が広がっていたのです。

それゆえに、オットセイなどの毛皮をヨーロッパへ輸出する際にもわざわざ塩分濃度が低い塩で保存処理することもあった。結果として輸送中の赤道通過時に腐ってしまう。

それでようやく間違いに気付いて、塩分濃度の高い塩を使うべきと気付くようなことがありました。塩は身近なものであるからこそ、都市伝説的な風説が広まりやすい面があるのかもしれません。

「ばらつき」こそが塩の魅力

青山

杉本さんは、これから塩の魅力をどのように料理で表現したいと思っていますか。

杉本

新しい料理を塩で表現していくというのは、なかなか難しいことかもしれませんが、今までプロが調理のため、調理工程のため、料理をおいしくするため、保存のためにいろいろ塩と向き合ってきたと思うのです。

プロが代々紡いできた塩との対峙の仕方がもっと世に出て広まっていくことが、より塩の魅力を皆さんが再発見するきっかけになるかなとは思います。塩ってこういうふうに使うと、体にももちろんいい、食材にもいいということを、少しでも広めていけたらいいなとは思います。

私は様々な食材に向き合い、食品ロスなどの社会的課題に対しても取り組んでいきたいと考えています。「食べて健康になる」という食事のあり方、食のあり方もこれからどんどん追求していきたいと思っています。われわれが提供しているサービスのラグジュアリーな空間であっても、そういうことが少しでも考えられ、ラグジュアリーな価値としても提供できないかと、今、模索しているところです。そこにおいて塩も必要不可欠なアイテムになってくると思っています。

前田

塩は近代日本においてかなり早い時期から自給率が低下した商品です。戦前期は供給を植民地に依存し、敗戦による植民地喪失後は諸外国に依存してきました。現在は、メキシコとオーストラリアに依存しています。

このように自給率が低くなった要因の1つには、製塩地整理のような専売局による政策がありました。そして、先ほど青山さんのお話にもあったように、現在ではいろいろな海外産の塩が一流レストランから一般家庭まで幅広く流通する日本独特のマーケットが成立しています。こうした特徴的なマーケットの成立要因の1つに、1世紀以上の長期にわたって海外から塩を取り寄せ、それを使っているという日本の消費のあり方が関係しているのかなと思いました。

青山

今日、実にいろいろな話題が出たと思うのですが、この話の「ばらつき」こそが塩の魅力だと思っています。塩は、健康はもちろん、各地域の食文化や歴史、経済発展にも深く関わってきました。美容にも活用されています。この、切り口があまりにもたくさんあるのが塩の楽しさかなと思い、このバラエティー豊かな楽しさをもっといろいろな人に知ってもらいたいですね。

(2022年11月24日、オンラインにより収録)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。