登場者プロフィール
山口 信博(やまぐち のぶひろ)
グラフィックデザイナー、折形デザイン研究所主宰。1948年生まれ。桑沢デザイン研究所中退後、山口デザイン事務所設立。日本の伝統的な礼法である「折形」の研究、指導を行う。著書に『新・包結図説』など。
山口 信博(やまぐち のぶひろ)
グラフィックデザイナー、折形デザイン研究所主宰。1948年生まれ。桑沢デザイン研究所中退後、山口デザイン事務所設立。日本の伝統的な礼法である「折形」の研究、指導を行う。著書に『新・包結図説』など。
こもの ちほ
その他 : Salon de COMONO主宰理工学部 卒業慶應義塾大学工学部卒業後、放送局ディレクター等を経て、ライフスタイルデザイナーに。スクールや出版を通じ、日本の伝統文化を幅広く伝える。著書に『包み方、結び方便利帳』など。
こもの ちほ
その他 : Salon de COMONO主宰理工学部 卒業慶應義塾大学工学部卒業後、放送局ディレクター等を経て、ライフスタイルデザイナーに。スクールや出版を通じ、日本の伝統文化を幅広く伝える。著書に『包み方、結び方便利帳』など。
佐賀 一郎(さが いちろう)
その他 : 多摩美術大学美術学部グラフィックデザイン学科准教授総合政策学部 卒業1976年生まれ。2000年慶應義塾大学総合政策学部卒業。専門はデザイン史。著書に『包:日本の伝統パッケージ、その原点とデザイン』(共著)など。
佐賀 一郎(さが いちろう)
その他 : 多摩美術大学美術学部グラフィックデザイン学科准教授総合政策学部 卒業1976年生まれ。2000年慶應義塾大学総合政策学部卒業。専門はデザイン史。著書に『包:日本の伝統パッケージ、その原点とデザイン』(共著)など。
2022/07/25
「包む」との出会い
私は普段マナーの講師をしています。ビジネスや冠婚葬祭から食事のマナーまでさまざまですが、贈答のマナーも教えており、私自身もラッピングの勉強をしました。
包装紙で包み、リボンで飾るのが洋のラッピングなら、和のラッピングもあるはずと考えた時に、それは風呂敷だろうと思い当たりました。勉強を始めたころは風呂敷が少し廃れかけていた時期でしたが、京都で昔の風呂敷包みの発掘や新しい包み方の探求に取り組んでいる方に習い、それ以来、風呂敷の魅力に取りつかれています。
その成果を生徒さんにも伝えていらっしゃるのですね。こものさんはどのくらいの期間、風呂敷を探求しているのですか。
数十年ですね(笑)。風呂敷に興味を持ってくれる生徒さんもたくさんいます。今でこそ風呂敷は専門店以外の場所でも手に入りますが、私が始めた時はお店も本当に限られていました。生徒さんにも「どこで買えるんですか?」と訊かれるほどでした。
当時は呉服屋さんに置いてあるのがせいぜいで、そういう風呂敷は正絹で作られていて非常に高価。それでも京都の繊維問屋からお安く取り寄せたものを教材として配ったりしていました。
転機になったのは、小池百合子現東京都知事が環境大臣に就任した時です。環境配慮の観点から風呂敷に着目され、それをきっかけに一般層へと広がっていきました。
僕の本業はグラフィックデザイナーですが、そのかたわら、日本の伝統的な礼法とされる折形(おりがた)の研究を続けています。折形とは熨斗(のし)や水引をはじめ、贈答品を包む型として現代に伝わる日本古来の伝統的な技法や文化です。
僕がその世界を知ったのは、俳句雑誌のデザインのために、日本的な図版が載っている本を神保町へ探しに行った時のことでした。ある店で棚を眺めていると伊勢貞丈(1717-84)の『包之記(つつみのき)』という本を見つけました。とても古い本でしたが、興味本位で手に取ってみると、見開きで折形の展開図と完成図が対になっていました。ただ、そこに添えられている文字は万葉仮名で、さらに連綿体で書かれていてほとんど読めない。
とても古い本ですよね。その本をお求めになったのですか?
はい。図版がとてもきれいで、ここから理解できることもあるのではと思い、買って調べることにしました。後にそれが「折形」と呼ばれる礼法で、それを研究している山根章弘という方がいらっしゃることもわかりました。
偶然にも山根先生の『日本の折形』という本を持っており、その巻末にあった「山根礼法教室」の電話番号に連絡してみたんです。すると奇跡的に山根先生とつながり、伊勢貞丈のものと思われる本を手に入れたので一度見ていただけませんかとご相談したところ、「明日遊びに来なさい」と言っていただきました。翌日、出かけて行き、その日のうちに入門することになりました。
古書店で『包之記』を手に取らなければ、折形に興味を持つことはなかったのですごい偶然ですが、必然という気がしなくもありません。それ以来、日本の文化や礼法、武家の文化を学び続けてきました。それと同時に、デザイナーとしての視点からも、こんなことができるんじゃないかと、色々と応用の仕方を考え続けています。
僕はデザインの歴史を研究しています。日本の伝統パッケージを収集した岡秀行(1905-95)というデザイナーがおり、彼のコレクションが目黒区美術館に寄贈されました。そのコレクション展を2021年に開催する際、僕も企画に関わりました。岡秀行という人物について調べながら、包むということについて色々と考えてきました。
岡さんは戦前からグラフィックデザイナーとして活躍していましたが、1959年ごろから90歳で亡くなる1995年まで、日本の伝統パッケージを収集し続けました。
デザイナーという仕事は基本的にものをつくり、対価を得るという社会的な立場ですが、岡さんは高度経済成長期の中でまるでそれに抗うように、ほとんど値打ちのないような伝統パッケージに夢中になったのです。彼がその向こう側に何を見ていたのか。岡さんについて調べる中で、それぞれの時代の文化や地域の風俗、習慣や産業の中で生きている人たちが、自分の思いを形にする行為として「包む」があるのだと感じ取りました。
消費社会と伝統文化
岡さんは小説家を志望していた時期があり、リアリズム小説のようなものも書いています。つまり若い頃から個人と社会を結びつけて捉えていた。そんな彼にとって、デザインという仕事は社会的な行為であり、モノを通じて日本の発展を導く一助となるものと考えていました。デザインとは単純にモノを装うのではなく、社会を変える仕事であるという志があったのです。
岡さんが伝統パッケージの収集を始めた1960年代前後は、多くの人気デザイナーが活躍していました。70年代にスーパーマーケットができ、デザイナーもパッケージデザインを手掛けます。そうした中で、岡さんは自分の仕事が結果として消費者を生んでいることに気付いた。
商業的なパッケージデザインは買い手に選択を迫るものです。岡さんが伝統パッケージの収集に打ち込んだのは、そこに暗い未来しか見出せなくなったからかもしれません。
デザイナーがみんな時流に乗った時代に、岡さんはどこかで抵抗する気持ちがあったのかもしれませんね。僕にもそういう葛藤があります。消費者に欲望を持たせることが本来のデザインなのだろうかと。
伝統文化に着目することには、そういう流れと相反する部分があると思います。伝統も文化も、その本質は外観だけにあるわけではないからです。
僕は若い頃、スイスのグラフィックデザインに憧れていて、勤めていたPR会社では何をデザインするのにもそれっぽいものを意識していました。その時、当時の上司だった瀬底恒さんというデザインジャーナリストの女性から「ナショナリティ(国民性)をちゃんと持たないとダメよ」と言われたのです。この言葉は僕の胸に刺さり、自分が日本のことを何も知らないことに気づきました。
ただ、僕が折形にのめり込んだ動機はもっと単純です。『包之記』に興味を持ち、調べてみると知らないことばかりだったからです。
例えば、かつては武家の礼法というものがあり、貞丈の『軍用記』によれば首を落とすにも作法がありました。落とした首をどのように洗い、首を検分するのか。あるいは箱に納めるためにはどうやって包み、検分役に差し出せばよいか、伊勢貞丈はそういうことも図解しています。首をはねるという蛮行を肯定しているわけではありませんが、そこにすら、美しい作法に則って行う行動美学があったのです。こうしたことが折形の世界に惹き込まれるきっかけになりました。
ラッピングに現れるナショナリティ
一方で、その世界をデザイナーの視点で見る自分もいます。折形とデザインはどこかに接点があるかもしれないと。そういう動機から、山根先生が亡くなった後も自分たちで研究を続けるために、折形デザイン研究所を立ち上げました。
礼法や所作は動作を伴うものですよね。それは世代を超えて受け継がれた、匿名性をもつものです。こものさんも風呂敷をデザインする中で伝統と向き合っていると思います。現代的な感覚との葛藤があるのではないでしょうか。
それは風呂敷だけでなく、テーブルコーディネートやラッピングにも言えるのですが、じつは私も伝統を追求する中で折形に行きつきました。私が習っていたのは山根章弘先生のご子息の山根一城さんです。ですので、今、山口さんから山根先生のお名前が出たことにとても驚きました。
そうだったのですか⁉
私は一城先生から折形を教わった上で、風呂敷という文化を広めることをライフワークにしようと決めました。私の場合、風呂敷を使ったライフスタイルを教えており、海外で講演することもあります。
「ナショナリティ」という言葉が出ましたが、日本人はリボンを結んで形を作るといったことがとても上手です。海外の人を一概に不器用とは言えませんが、対照的だなと思ったのは、海外にリボンを注文した時のことでした。
太くてかわいいリボンが届きましたが、素材は硬くて結びにくいポリプロピレンでした。不思議に思いましたが、海外に行ってわかりました。向こうの人たちはリボンを留めるのにホチキスやスプレーのりを使うのです。包装紙も包みながら不要な部分を切っていく。日本人は紙取りから始めますよね。包むもののサイズに合わせてまず包装紙を切ります。さらに折形では左から包むとか、裏返してはいけないといった作法もあります。
外国の人たちは品物を上下左右に回して、自由に包みますよね。
包装を開く時も外国では大抵破いて開けるのに比べ、日本人はきれいに開封します。こうした考え方をナショナリティと呼ぶかどうかはさておき、文化の違いを感じます。
贈り物に込められた型の文化
たしかに、外国の方は包装を破いて開けることが多いように思います。包みは単なる保護の役割にすぎず、相手に届きさえすれば後は用済みという意識が窺われます。
僕らはむしろ外側を大切に考える文化でしょう。中身も大事ですが、包みや結びは身体を使った所作も含めて外側に心を込めている。それによって目に見えないものを付与している気がします。
どうすれば相手の方が喜んでくれるのか、まず相手の好みの色や包み方から考えますものね。それが包むことによる付加価値なんです。海外の方が包装を破くのは、「何をいただいたのかしら、早く見たいわ」という感情を表現しているように思えます。
日本人は「何か包んで差し上げなさい」と言います。そういう場合、「何を」ではなく「包むこと」自体を問題にしていますよね。
一見軽薄に聞こえるようで、じつは外側こそ心だという矛盾した論理が働いているようです。
でも、なぜそんな感性が培われたのか不思議ですね。汎神論的というか……。世界には心というものが偏在していて、オブジェクトとは心を伝えるものだというような、何かしらの宗教観につながっているのでしょうか。
りんご1つでも、お隣におすそ分けしようという時に、このまま持って行くのではちょっと……と思いますよね。やっぱり、どうやって包もうかと考えます。
日本人の感性として、りんごをもらったら「もらった」事実のほうが大事で、その延長線上に包む行為があるのかもしれませんね。
いただきものがあった時、お返しの仕方も考えませんか? 器に入れていただいたら、その器に別の何かを入れてお返しすることを「お移り」と呼びますが、差し上げる時にも相手が気を遣わないように配慮する慣習があります。
相手の負担にならないように、という気配りをしますよね。
その配慮が所作やマナーにまで及ぶというか、茶道や華道はどういうものを仕立てるかということよりも、そこに至るプロセスがむしろ主眼になります。そういう型の文化みたいなものも日本を特徴付けるものの1つでしょう。
型が伝承されるためには、自分の身体をそこに投げ込むことが求められると思うんです。その反面、型どおりにやればよしとしてしまう危険性もある。
折形は「型」ではなく「形」ですが、吉の形もあれば、凶の形もあります。さらには「格」もあり、形が格付けに依っている。その背後にはやはり心の問題があるんです。心がないとつい「これが正しい、あれが正しくない」という議論に陥ったり、「ほかの先生はそんなこと言っていない」と言ったりします。どういう思いや心が入っているかという肝心な部分が見落とされてしまいます。
「包む」を追体験する
折形は贈答品を包む礼法なので、本来結びを解いて包みを開かなくてはならないのですが、今出版されている入門書を見ても、そういうことは書かれていません。伊勢貞丈の時代は、所作として誰もが知っていることだったと思います。
私が以前監修を務めた『包みかた、結びかた便利帳』(PHP研究所)では、解き方も解説しました。おっしゃるとおり、結ぶことは解くことでもありますね。
折形は包んだものを解いたり開いたりすることで流れをリバースするところがあります。解きながら包んだ相手の身体性を追体験するというか。
なるほど。逆再生する……。
まず包んで結ぶという贈る側の所作があり、それを受け手が解いて開く。まさに逆再生ですね。折形にはそういうコミュニケーションの側面もあります。
そこに現代的なデザインの余地も残されているということですか。
そうですね。一方で、折形には封を他人に開けられないようにする「結び切り」という技法もあるんです。
水引は解けない結びとして最も知られているものですね。何度でも結び直せる結びと、一回限りの結びがある。
そう。一回きりにするために結び切りにする。そういうこともきちんと伝承されているのですが、あまり知られていないのは残念です。
水引は大抵、封筒をスライドさせて抜いてしまいますよね。裏面の重ねが違うのは意味があるのですが、わからないから、水引が崩れないようにそっと抜いて、お金を入れて戻す方が多いような気がします。私もマナーを勉強するまではそうしていました(笑)。
伊勢貞丈は江戸中期の人なのですが、彼が著した『包之記』や『結之記』を読むとすごく論理的な思考の持ち主だったことがわかります。きちんと根拠にもとづいて折形を説明しています。例えば、これは室町時代の陰陽五行説に則った形だとか、この形は受け取った人の手が空いているから、両手で引き解けるようになっているといった具合です。あの時代にあって、近代的な思考を持った人なのだと思いました。
一方、自らの家柄の正統性を主張するところがあります。その点は、相対化して彼を見据えるように注意しています。
一度理由を知ると忘れませんよね。
僕も折形の教室を受け持っていますが、貞丈の話をしながら論理的に説明すると、みんな納得するんです。
折形には"見せるラッピング"もありますね。全体を覆うのではなく、中身の一部を包む形です。例えば、矢を包む時、篦(の)の部分を包み、矢羽根と矢尻は見えていてもいいという考え方があります。
私もラッピングでは"見せるラッピング"が大好きでぬいぐるみなどは顔を見せて包んだりしますが、折形を勉強した時にすでにあるのを知って新鮮でした。全体を包み込んでしまうのがラッピングだと思っている方も多いのではないでしょうか。風呂敷では全体を包むことが多いですが。
パッケージは保護したり、装飾したりといった意味合いが強いですが、おっしゃるとおり、そうではないものもあります。伊勢貞丈はそれを「見ゆるように包む」と書いています。中身が見えていれば、上書きする必要がない。わざわざ中身が見えるように包むのはとても不思議なことなのですが。
伝統の価値を守るとは?
僕は慶應を出た後、美大に入り直して、今は美大でタイポグラフィの理論や実技を教えています。美大の受験では、いまでもデッサンや色彩構成をやっています。これは19世紀のやり方ですが、最近、それが今も続いていることの意味を考えていました。
絵を描く行為には、それによって単純に何かを描き出す能力や、そのための技術の修練だけではなく、何かを感じ取る力も求められます。美大という場所はつくり上げる能力と、感じ取る能力を身体性を通して磨き、また学問的に追究する場ではないかと思います。
僕たちは行動と結果を切り離して考えがちですが、例えば、包まれたモノというのは包む行為と切り離せません。包む行為を通して、包む心が感じとれるようになりますし、包まれたものを受け取った時に、僕たちも自分の身体を使って、何かを理解すると思うのです。
岡さんが抗った近代的な包装デザインには、おそらくそういう身体性が介在する余地がほとんどなかったのではないかと思います。では、そういう文化が支配的になった時にどうして着物はなくならなかったのか。着物のマーケットシェアは明治期以降、下がり続ける一方で、文化的価値は上がっています。
経済的な物差しで測れば、着物には大きな価値はありません。でも文化的な価値は相反して上がったわけです。こものさんや山口さんの活動は、そういう価値を守るガーディアンとしての役割を果たしているのだろうなと思いました。
私がラッピングを始めたころ、百貨店などではそのサービスでお金をとることはなかったのです。そのうち、ラッピングサービスのカウンターができましたが、最初はそれに対価を支払うことに抵抗を感じるお客様もいました。
ですが、そういう声も次第に減り、私も百貨店で自分がデザインした風呂敷で包むといった催事をやらせていただき、とても盛況でした。
箱代やリボン代もかかるわけですが、最近は包むことの価値に共感する層も生まれていて時代の移り変わりを感じます。
成熟し、固着したものというよりも、むしろ時代を超えて再定義されていくものが伝統文化なのかもしれません。
今、包むことの価値を考えるには、僕たちが置かれている現在から捉え直す視点が必要です。ある意味で時代の変わり目なのでしょうね。
岡さんが収集した伝統パッケージのコレクションは、あの時代だから収集できたと言えるでしょうね。ある意味、ギリギリの時期だったと言えるかもしれません。
岡さんのコレクションには竹の皮を使ったものなど、天然素材が多く見られます。天然素材とは土に返るものです。そういうものが、時代が変わるにつれてビニール製のフェイクの竹になり、工業製品へと置き代わっていきましたが、岡さんはその境目の時代にご自身のアンテナでそれをキャッチしていた気がします。
柳宗悦ら民藝の人々はああいうものを民藝と呼ばないような気がしますが、僕は地場の人たちが身近にあるものを工夫してつくったパッケージも、広い意味で民藝と言えるように思います。
民藝はもともとイギリスのアーツ・アンド・クラフツ運動があり、それに重ね合わせるように日本の伝統文化を再定義しようとした運動ですよね。
柳宗悦らにとっては、収集した品々を作家性とつなげることがもう一つの主題でした。岡さんが収集したパッケージは、いわば"詠み人知らずのデザイン"です。でも、山口さんが言うように、本質的には1つのものとして括られるべきだと思います。
そうですね。
お弁当の仕切りに使われる、笹を模したプラスチック製の「ばらん」なんて型の極致みたいなものですね。
もともとは殺菌作用があるという理由で薬効のある葉っぱが使われていたのですよね。
笹団子は今も本物の笹で包まれています。
心ある老舗は、その点をちゃんと使いながら伝承していこうとしていますね。
風呂敷と和紙、寸法の理由
古いものを手に入れるのも研究というか、伝統を受け継ぐ活動だと思うのですが、こものさんは古い風呂敷を収集されたりしているのですか?
手に入るものがあれば入れますけれど、今はなかなかそういうアンティークが見つからないんです。所蔵している方がわずかにいるくらいではないかと思います。お金を出しても買えないものもあります。
お金を出しても買えないというのは、代々継承されて一枚しか残っていないといったものですか。
そういうものもありますし、限定品・珍しい柄や素材でつくられたものなどですね。昔はペラペラしたナイロン製の風呂敷もありました。商店が粗品として配った3桁の電話番号入りのものとか。建築家の隈研吾さんデザインの風呂敷も所有しています。そういう珍しいものを教室で見せたりします。
もちろん、百貨店が得意先に配った桐箱入りの正絹のものや、結婚披露宴の引き出物のような高級品もありますが、今は風呂敷をもらっても使い方がわからず困る人が多いでしょうね。
ちなみに風呂敷の寸法はどうやって決まっているのでしょう。
いくつか種類があるのですが、二巾(ふたはば)と呼ばれるサイズは、一般の方がモノを包むのに最も適した寸法と言われており、大体二巾=68センチです。じつは風呂敷って正方形ではないんですよ。
そうなんですか⁉ 正方形だとばかり思っていました。
三角に折ってみていただくとわかりますが、少しずれるように仕立てられているんです。
どうしてなのでしょうか?
これは生地の伸縮性のためなのです。少し引っ張ると伸びるように生地が取られています。風呂敷は斜めに使って四方を結びますよね。その時に伸びるように微妙に縦長にしてあるんです。
それを見越して……。
はい。二巾68センチというのは機織り機の幅で、女性の腰幅の大体2倍と言われています。昔の女性は細身だったのでしょうね。それで二巾。
風呂敷には耳がある二辺とまつってある二辺がありますが、それは二巾の反物を裁断して仕立てているので、丈のほうをまつっているというわけです。
機織り機と織り手の身体の関係から生まれた寸法なのですね。
そういう背景を聞くと忘れないですよね。
そうですね。折形デザイン研究所でも折形用の半紙を開発したことがあり、和紙職人の職場を訪ねた時に同じような経験をしました。和紙をすく時に使う簀(す)がありますよね。僕は、簀の寸法というのは標準化されているとばかり思っていました。ところが職人さんの中には障子紙をすく人もいれば、書道用半紙をすく人もいる。依頼主の注文に応じて紙のサイズや性質が違うのです。
では折形の紙の寸法はどのように決まっているのだろうと調べたところ、縦横の比率の多くは1対√2に近いことに気が付きました。1対√2という比率は、印刷現場では標準的に使われています。これは色彩学者のヴィルヘルム・オストヴァルトがドイツの工業規格のために考案した紙の比率と言われており、いくら折っても比率が変わらない寸法です。
オストヴァルドの紙の比率は、コピー用紙のA判、B判として採用されていることからもわかるようにとても合理的です。僕たちが職人と共同開発した和紙も、身近すぎるあまり意識していないものの意味をもう一度考えようという主旨から、1対√2の寸法でつくりました。
ちなみに、後から知って驚いたことですが、この比率はヨーロッパだけでなく、日本でも昔から大工の間で使われていたようです。
大工の合理性が導いたプロポーションでもあったと。日本の伝統文化が世界につながってしまうというのは何とも興味深い話です。
おっしゃるとおり、日本の伝統文化を探っていくと普遍性にたどり着くというのは意外な驚きでした。自分にとっては異なった文化だと思っていましたから。僕はデザイナーでありつつ折形を研究し、それらを統合できないことがずっと悩みの1つでしたので、これは本当に発見でした。
とてもおもしろいですね。
コンパクトカルチャーの普遍性
折形は贈答のための包みと結びの礼法ですが、贈り物は世界中にある文化ですよね。僕たちも外国に招かれる機会が多く、アフリカやウクライナでもワークショップを行いました。海外の人たちとの交流が刺激的なのは自国の文化を再認識するきっかけをもらえるところです。
ワークショップではまず和紙に触れてもらい、テクスチャーや張り、折った時の心地よさを感じてもらうのですが、折り畳んでコンパクトにする行為をどのように伝えたらいいのだろうと考えました。
例えば、ソニーの小型化された電化製品などと折形も、日本人のコンパクトカルチャーの中で通じているのかもしれないとか。外国の人たちに向けて言語化することは、自分たちのデザインを丁寧に考え直す良い機会になります。
コンパクトなものや手軽さを形容する軽薄短小という言葉もありますよね。
もともと日本人の知恵として備わっているのだろうと思います。他方でそれは、世界中の人たちが合理的と考えるものとどこかでつながるのかもしれない。
ですので、僕たちもワークショップでは、これが日本文化だと偉そうに語るのではなく、世界中で共有し合っているもの、根っこでは一緒だと思えるものを探れるような場にしてきました。
岡秀行さんの生前に、伝統パッケージが海外巡回展に出展されたことがありました。彼のコレクションは外国の人たちにとって日本の包む文化を印象付ける役割を果たしたのではないかと思います。当時、岡さんはこんな言葉を残しています。
「究極的にパッケージの追求は人間の追求である。しかしそれは風土や民族や歴史の違いだけを知ることではない。むしろその逆に、どれほど風土や言語や文化の質が異なろうとも、人間は等しくみな人間なのだと知ることである」
山口さんの言う普遍性はどこかで人間性に通じているのを感じます。興味深いのは、その人間性を通じて普遍性に至る時に異文化との交流が介在しているところです。
それはとても現代的なことです。僕たちが目指すべきところも、他者を認めることによって自分たちがほかの人と同じなのだと知ることですよね。
伝統文化と自由に接する
折形を研究しているとどうも懐古趣味的な人間に思われるところがあります。別に僕は昔に戻れとは考えていないのですが。
懐古趣味の捉え方も変わりつつあるのではないでしょうか。
私の生徒さんも風呂敷を懐古趣味とは思っていないですね。そして、身につけた知識を本当によく活用してくれます。次のレッスンには風呂敷をハンドバッグ代わりに持ってくるとか。ラッピングの教室では、「傘をラッピングするので長めの傘を持ってきてください」と言うと、傘を風呂敷に包んで持ってくる人もいます。
そういう環境で若い世代は新しい感性を磨いているところがありますね。僕たちが感じているような古さを、彼ら彼女らはそれほど感じていないようにも思います。
一方で世代が代わると、先行世代が僕たちに残したものを今後どうするかという問題もあります。僕は大学のアートアーカイヴセンターの所員でもあるのですが、そこでは日々さまざまなモノと向き合っています。収蔵品を残してくれた人たちに直接話を聞ける機会があり、そうした時に感じるのはモノ自体の価値よりも、モノを依り代(よりしろ)にして語られるその人の言葉のほうが大事だという感覚です。
これは伝統文化にも言えることで、僕にとって大切なのは風呂敷そのものよりも、風呂敷を通じた生徒さんとの交流やこものさんのお話の方なのです。僕たちは僕たちなりに古いものと向き合いながら、そこにどんな心を読み取るか、ということが試されています。
ラッピングも折形もいまだになくなりませんよね。それはやはり必要なものだからだと思うんです。エコじゃないからと言ってすべて捨ててしまうのではなく、大事なものは残ると思いたいですよね。
そうですね。身体性を介在させながら、何度も息を吹き返し続けるのかもしれません。
型の話でも出たように、絶対にこうでなければいけないということはないと思うんです。その時々に応じた形でやればいい。生徒たちには、気持ちを込めて包むのならどういう包み方をしてもいいと伝えています。できるだけ伝統文化に自由に接してほしい。
私は道で風呂敷を持っている人に出逢うと感激してしまいます。銀座で一度、男性が持っているのを見かけたことがあるんです。習いに来てくれる生徒さんは多いのに、実際に使っている人を見かける機会はまだ少ないんです。
うちの学生にも勧めようかな……。
是非お願いします。お中元やお歳暮の時期になると、ビールの箱を風呂敷で包むコマーシャルが流れますね。じつは、贈答の時は平包みにするのが正しくて、本来は結ばないんです。進物を差し上げる時にほどかなくてはいけないので「相手との関係がほどける」という意味があるからです。結んである演出を見ると「ちょっと違うのよね」なんて思いますが、数年後には平包みに直っていたりします。
誰かがアドバイスしたのでしょうね。
そうですね。そんな話で生徒さんと盛り上がったりします。
風呂敷はたくましく、したたかに生き残っていますね。
そう。風呂敷は一度廃れかけた時期を乗り越えたので、もうなくならないと思います。
(2022年5月12日、三田キャンパスにて収録)
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。