登場者プロフィール
真辺 将之(まなべ まさゆき)
早稲田大学文学学術院教授。同大学歴史館副館長。2003年早稲田大学大学院文学研究科史学(日本史)専攻博士課程満期退学。博士(文学)。専門は日本近現代史。著書に『猫が歩いた近現代』等。
真辺 将之(まなべ まさゆき)
早稲田大学文学学術院教授。同大学歴史館副館長。2003年早稲田大学大学院文学研究科史学(日本史)専攻博士課程満期退学。博士(文学)。専門は日本近現代史。著書に『猫が歩いた近現代』等。
金子 信久(かねこ のぶひさ)
その他 : 府中市美術館学芸員文学部 卒業1985年慶應義塾大学文学部哲学科美学美術史学専攻卒業。専門は江戸時代絵画史。著書に『ねこと国芳』『江戸かわいい動物 たのしい日本美術』等。
金子 信久(かねこ のぶひさ)
その他 : 府中市美術館学芸員文学部 卒業1985年慶應義塾大学文学部哲学科美学美術史学専攻卒業。専門は江戸時代絵画史。著書に『ねこと国芳』『江戸かわいい動物 たのしい日本美術』等。
志村 真幸(しむら まさき)
その他 : 南方熊楠顕彰会理事その他 : 非常勤講師2000年慶應義塾大学文学部卒業。2007年京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。2020年にサントリー学芸賞。著書に『熊楠と猫』『日本犬の誕生』『絶滅したオオカミの物語』等。
志村 真幸(しむら まさき)
その他 : 南方熊楠顕彰会理事その他 : 非常勤講師2000年慶應義塾大学文学部卒業。2007年京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。2020年にサントリー学芸賞。著書に『熊楠と猫』『日本犬の誕生』『絶滅したオオカミの物語』等。
2022/06/24
歌川国芳が描いた猫
私は江戸美術が専門ですが、『ねこと国芳』という本の他に、歌川国芳(うたがわくによし)(1797~1861)が絵を描いた山東京山(さんとうきょうざん)の『朧月猫の草紙』という本の現代語版(『おこまの大冒険〜朧月猫の草紙〜』)も出しています。絵画から見ると、江戸時代の猫って、今と同じだなと思ってびっくりするところがあるんです。
私などは猫がみっともないことをしたり、いたずら好きといったことを含めて大好きで、かわいいなと思っているんです。ただ、そういう複雑な「かわいい」の受け止め方は現代人特有のものかと思っていたら、国芳の猫を見る限り、そうでもないなと。国芳の時代から200年近くたつけど一緒だな、と親近感が湧くんですね。
今の日本ではネット上で、猫の面白さみたいなところに着目する写真や動画が溢れていますけど、国芳の絵は現代と相性がいいんでしょうね。だから人気がある。
ただ歴史的に見ると、必ずしもそういったやんちゃな猫のかわいさがもてはやされた時代ばかりではない。昭和期などはむしろおとなしい感じの、チョコンと座った猫の絵が多く、時代による猫の評価は変化している部分も結構あると思うんです。
おっしゃったように国芳の猫の絵は、今、非常に人気があり、『ねこと国芳』は、外国でも売られていて好評だと聞きます。府中市美術館で国芳の展覧会を2回やりましたが、猫のコーナーを目指してくる方はとても多いし、グッズをつくれば喜ばれます。そして明らかにいつもと客層が違うんですね。
国芳の絵を見ると、誰もが「かわいい」と思うような、すべすべした毛並みの、いかにもおとなしそうな猫の絵もあれば、いたずら心いっぱいの動物だというところをかわいく描いた絵もある。
円山応挙の子犬の絵が好きだという人ともちょっと違うんですよ。真辺さんがおっしゃるように、まさに現代の猫好きに響く、時代を飛び越えているかもしれない面があるような気がしますね。
応挙の描く子犬のかわいさと、国芳の描く猫のかわいさは、そのかわいさの種類がだいぶ違うような気がしますね。
そうですね。応挙の子犬というのは、「万人向け」というか、本当に形が整っていて、見ていて気持ちがほがらかになる。一方、国芳が描く猫のやんちゃさというのは、目いっぱい頑張っているんだけど、おっちょこちょいみたいなところを手の平の上で楽しんでいるような。
国芳は子猫ではなく、ほとんど大人の猫を描いていますね。
そうなんです。犬の場合、絵になるのは子犬ですが、猫は大人の猫です。野犬って怖いじゃないですか。昔は犬なんてきれいな動物ではなく、大人の犬はかわいいものではなかった。でも子犬はかわいい。反対に猫は大きくなってもきれいだという違いがあるのではと思います。
また、子猫は、よくわからない、クシャクシャして毛糸玉みたいな格好をしていますよね。あれをかわいらしく描くのは難しいのではないかと思うんですね。
化け猫と芸者のイメージ
ただ、私がこれまで持っていた江戸期の猫の絵のイメージは、むしろ化け猫などで、「怖い」印象が強かったんです。国芳的なかわいいもの、面白いものというのは意外な感じがしました。江戸絵画全体だとどっちなんでしょうか。
浮世絵師としての国芳は、すごく仕事の幅が広く、中心的な存在でした。ただ、猫は国芳のレパートリーの中のあくまで1つで、江戸時代に浮世絵の世界で、猫の絵を多く描いたのは国芳とその弟子たちぐらいで、そんなに多くはないでしょう。
江戸時代はやはり化け猫のイメージは強かったみたいですね。例えば、昔の歌舞伎の中では、ほとんど化け猫や不気味な存在として描かれるようです。
だから国芳が、それに対して意表を突くようなかわいい猫を描いて、それで面白がられたという面もあるんじゃないかと思うんですよね。
歌舞伎で化け猫と言えば、3代目の尾上菊五郎の当たり役でした。いろいろな演目の中で菊五郎が化け猫をやるんだけど、その都度浮世絵が出る。だから結果として今、浮世絵を眺めた時に、菊五郎の化け猫のイメージが強く印象づけられているという気はします。
あと、猫には芸者のイメージもありますね。江戸時代にはお客が芸者と楽しんだ後に寝ていて、ふと気づいたら芸者に化けていた猫が正体を現し、料理を食べている姿を見るといった話が結構あるようです。
これが明治の初期になると、幕末の志士出身の官僚たちは女遊びも結構激しいので、それがメディアで批判されて、芸者を「猫」、官僚はひげを生やしているので「ナマズ」と呼ばれ、猫とナマズの風刺画が、たくさん新聞に出ていたりします。
河鍋暁斎とかが描いていますね。
例えば、江戸と京都と長崎で、地域によって猫の受け入れられ方が違ったりしたんでしょうか。
私の知る限り、上方で国芳が売られていた形跡はないですね。向こうにも浮世絵師はもちろんいましたが猫の絵はほとんどないです。
ちょっと意外な気がしますね。江戸時代には人気だった猫の柄(がら)ってあるんですか。国芳はほとんど黒猫を描かなかったんですよね。
黒猫、少ないですね。あとトラも少ない。国芳の絵の中では、白と黒のブチが多いですね。
それは国芳の個人的な好みですか。
どうだったんでしょうね(笑)。『朧月猫の草紙』とかを見ると、三毛やキジトラ、白や灰毛など、いろいろな柄がいるんですよ。
あまり柄によるステータスとかはなかったんですね。黒猫は不気味なイメージですが、化け猫の絵は必ずこういう柄だというのはあったんでしょうか。
なぜか三毛風が多いですね。
ヨーロッパでは、多くの国で黒猫が前を横切ると不吉だとみなしますけど、イギリスでは逆に幸運だと言ったりもします。猫に関する文化の差ってあるのでしょうか。
黒というのは不思議ですよね。日本だってカラスを不吉と思う見方と、吉祥と思う見方と両方あるじゃないですか。何か特別感はありますよね。でも、絵画的な見地から考えると、黒猫はあまり「絵」として浮世絵には適さない感じもします。
愛玩動物としての猫と犬
江戸時代は全体的に見れば犬のほうが価値があると思われていたでしょうね。しかし、ペットとして特定の家で飼われることは少なく、まちの犬とか村の犬とか呼ばれて、いろいろな家から餌をもらっているのが一般的だったようです。
飼われている犬も、その辺をうろうろしていたんでしょうね。首輪とかもないですし。
国芳の絵の猫は、首輪はしているんですか。
しているのもいますね。山東京山にも、赤いちりめんの首輪が猫の白と黒に映えて美しい、みたいな描写がありました。
それは所有の印という意味でしょうか。
そうですね。それで食器はアワビじゃないですか。そういうペットとしてのこだわり、かわいがり方というのはあったと思います。
愛玩動物としては、もしかしたら猫のほうが犬より古いのかもしれないですね。
犬でいわゆるペット、愛玩犬が広まるのは大正の末ぐらいです。それまでは犬は何らかの役割を負っていて、特に西洋から来た猟犬なんかが重要視されていました。
猫は昔はすごく数が少なかったみたいで、中世まではひもでつないで飼うことが多かったらしいです。江戸時代初期に、ひもでつないで飼うことの禁止令が出て、その結果数が増えたようです。中世までの史料では割と大事にされている記述が多いのですが、数が増えて珍しいものではなくなり、扱いがぞんざいになった面もありそうです。
猫は農村では養蚕などをやっているところがネズミ捕りのために飼うことが多かった。もちろん愛玩用で芸者が猫を飼うこともよくあったようです。愛玩用という意味では、絵では芸者と猫が一緒に描かれていることが多く、女性が飼っている率が多かったように思われますが、それも実態はよくわからないですね。
猫を飼っているのは女性的というイメージがありますよね。
そうですね。「猫と女性」はセットのイメージがずっと続いているところがあります。ただ、女性は猫嫌いも多かった。つまり家事をやっていると猫が泥棒するので嫌いになる。猫は好きな人と嫌いな人に極端に分かれるんですね。現代だと割と好きな人が多いですが、昔は嫌いな人も相当多かったみたいです。
評価が相当幅広く、しかも歴史の中で結構変わってきたと思います。
「ネズミ捕り」で地位を上げたか?
明治に入ると猫の評価はどうなったのでしょうか。
政治的には明治維新でガラッと変わりますが、文化的には明治期の特に前半は江戸からの連続性がかなり強いので、人と猫の関係もそんなには変わっていないですね。
犬は明治維新でポインターやセッターといった猟犬が輸入されます。それでガーンと地位が上がるんですけど、猫は、明治以降、洋猫がどんどん入ってきたり、ある品種が流行したりってことはあるんですか。
いや、戦前はほとんどないです。政治家などでシャム猫を飼っていた人もいることはいますが、ごく一部ですね。戦後になって占領軍の人たちがシャム猫を連れてやってきて、そこから日本社会に広まっていくような形です。
犬が輸入されて飼われるようになるのは、猟犬などの実用的な面に加えて、社会的ステータスですね。散歩に連れていくと、「ああ、あの人、いい犬持っている」と尊敬される。
絵画作品でもそういうのがありますよね。橋本関雪(1883~1945)という動物を描く名手がいるんですが、ボルゾイとグレーハウンドを描いていて、もう見るからにゴージャスな絵です。ああいうのを見ていると、本当に洋犬はステータスだなと思いますね。
猫は猟の手伝いはできませんが、唯一有用と言われるのがネズミ捕りで、江戸時代からその目的で飼う人が多かった。特に開国後、海外からいろいろ疫病が入ってきます。すると、ロベルト・コッホが明治41年来日した際、弟子の北里柴三郎がペスト予防のためのネズミ駆除対策の教えを乞うと、「猫による駆除が効果的」と言うので、国家を挙げて「猫を飼え」という運動をやった時期があったんです。
ただ、それは本当に猫の地位の上昇と言えるのか。あくまでネズミ捕りという目的のために猫が大事にされたわけなので。実際その後、殺鼠剤のほうが効果があるとわかると、そういう動きもすぐやんでしまう。すごく一過性のものだったわけです。
「かわいがり方」の変化
猫はいたずらをしますし、問題も起こす。それでもみんな飼っていたのは、やはりかわいらしさがカバーしていたのですかね。
かわいがり方にもいろいろありますよね。志村さんの『熊楠と猫』の中でも描かれていますが、今と昔の猫のかわいがり方では結構違うところがある。熊楠なんかも、汚れて帰ってきた猫を蹴飛ばして追い出したという記述がありますね。
犬猫どちらも、動物と人間の序列が厳としてあり、動物はそんなに大事にするものじゃない、ということが根本にあった上でかわいがっている。だから動物を愛している人が、今から見ると虐待じゃないかということを結構していますよね。
その話はよくわかります。私の祖父母は明治生まれでしたが、動物を決して虐待しているわけではないんだけど、私から見たら、すごく乱暴に扱っているなと思うことがありました。
熊楠はすごく気まぐれな人だったこともあり、猫に対する態度も本当に不安定ですね。すごくかわいがって一緒に布団で寝たりすることもある一方、どら猫が家に来て悪さをしたりすると毒餌を仕掛けて殺したり。
自分の飼っている猫は大事にしても、そこらへんを歩いている猫は大事にしない人は、昔は結構多いようですね。
そのあたりは現代人からすると、ちょっと理解不能なところですが、自分の所有物の延長という感じでしょうか。
猫の近代
熊楠は、動物の中でも猫を偏愛していたということですか。
それは言えると思います。熊楠はいろいろな動物を飼っていて、犬、鳩、イモリ、蛙、亀のほか、サソリを大陸から送ってもらって飼ったりもしていますが、だいたいの動物には名前を付けない。
猫だけは「チョボ六」とか「チョコ」と名前を付けて、日記にもしょっちゅう出てくる。名前を付けるかどうかは1つの分かれ目かもしれないですね。一方で漱石の猫は名前は付いてなかった。
そうですね。「名前はまだない」という。
でも、あれは1匹だからできることですよね。うちの実家も最初に猫が来た時は名前を付けたんですが、そのうち「猫ちゃん」としか、みんな言わなくなった。
昔は割と複数の名前を持った猫がいましたね。家の外を出入りするのが普通なので、あちこちで餌をもらって、それぞれの家で違う名前が付けられる。今はもう室内飼いが中心になったから、そういうことはなかなかないですけど。
うちの猫の1匹も3カ月ぐらいいなくなったことがあって、ある日、母が近所を歩いていたら、ある家に「あれっ、うちの猫がいる」って。向こうも「あっ」って感じでちょっと気まずそうに寄ってきて。でもうちにいた時より太ってた(笑)。
栄養がよかった(笑)。ちゃっかりしていますよね。
江戸の物語の中に出てくる猫は、擬人化されて人間のような行動をしますね。もちろん、漱石の猫も擬人化はされていますが、基本的には人間に飼われている猫の地位を超えるようなこと、つまり化けたり、何かを持って戦ったりとかはしない。
そういう意味で、猫は猫として描く、人間と違う存在、動物としての猫がだんだん定着していくのが近代の特徴だと思います。江戸時代の化け猫も基本的には人間の延長線上ですよね。そういう意味で、近代に入るとそこが変わってくると思います。
江戸時代の猫は、確かに思いきりキャラクター化されていますよね。おっしゃったように、近代の猫は自然主義というか、猫のありのままのありようが一応尊重されている。
絵画でも猫の近代的な描き方というのはあるのですか。
例えば、長谷川潾二郎(りんじろう)なんていうものすごい猫好きの洋画家がいます。潾二郎が描いた、眠っている猫の絵はかわいいですが、あれは国芳の猫なんかとは、もう一段違う、ありのままの猫の様子です。
近代のリアリティということだと思いますけど、加えて潾二郎の作品を見ていると、「自分は猫好きですよ」と言っているかのようです。猫好きの自分を表現するというのが近代にはあるのかなという気もしますね。
確かに、自分が猫好きだと表現するのは1つの社会的メッセージですものね。SNSで猫写真をあげるのも、もちろんそうですし。
そうですね。横尾忠則さんは猫をずっと描いているけれど、あれなんかも横尾さんの気持ちが伝わってきます。
熊楠が描いた猫
日本の近代小説の猫には、西洋文学での猫の描き方が影響を与えているんでしょうか。
相当影響を与えていると思います。志村さんのほうがお詳しいかもしれませんが、漱石にはイギリスの猫を主人公にした文学がかなり影響を与えていると言われています。
最初は明治中期に児童文学の世界で西洋の猫の描き方が入ってくる。その中で描かれる猫は、多少擬人化はされているものの、基本的には猫の存在そのままで描かれているものが多いのですが、そういったものが明治の終わり頃、一般の小説にも相当入ってきます。
現代のわれわれの猫に対する態度って、いったいいつぐらいから日本にあったものなんでしょうね。伝統的なものなのか、輸入されたものなのか、気になります。
志村さんのご本で熊楠の描いた猫を初めて見たのですが、そこで印象に残ったのは、全部ではないですが、人間みたいな顔をした猫が多いなということです。
その時思ったのは、ヨーロッパでは風刺として描かれる動物がありますが、ああいう影響ですかね。
熊楠がいったいどんな影響の下に猫の絵を描いたのかは、われわれ熊楠研究者のあいだでも懸案となっているのですが、残念ながらわかっていないのです。
ご指摘いただいたように、熊楠の絵は写実的なものではないんですね。明らかに人間的な感情とか表情とかが込めてある。その理由の一つは、熊楠が気合いを入れてきちんと描いた絵は、しばしば人に贈るために描いているからなんです。
自分の貧しい境遇や世に認められない状況を猫に託し、パトロンに当たるような人に贈って、なにがしかの援助や謝金をもらうといったものです。だから、ある意味、熊楠は猫の中に自分自身を描いている面もある。
ただ熊楠は日記の端っことかに猫を描いていることも多く、何でここに猫がいるんだって不思議な絵もあるんですけど(笑)、そういう猫たちはのびのび暮らしています。
一時期、南方熊楠顕彰館でも、猫を館内で飼ったらどうかという案が出たこともありましたが、さすがに無理でした。
館長を猫にしたらいいんじゃないですか。名誉館長ぐらいなら(笑)。
現代の猫事情
ペットフード協会が毎年ペットの飼育頭数の調査をしていますが、2017年に猫の飼育頭数が犬を逆転しました。猫の人気が高まりつつあるわけですが、今のようなかわいがられ方になった転機みたいなのはいつ頃なんでしょうか。
基本的には高度成長の後にだんだんそうなってきたのだと思います。いろいろな要因があると思いますが、一番はやはり豊かになって余裕ができたということがありますし、同時に家族自体が変容していきます。
核家族化が進み、夫婦だけの世帯も増えていく。そうすると猫を子どもみたいに可愛がることも増えてくる。そういった社会のあり方の変化も関わっていると思います。
今は1人暮らしでも猫を飼っている人がいますね。
やはり猫は飼いやすいでしょうからね。犬の場合は散歩もさせなければいけないし、大きいと外で飼うことが多いけれど、猫の場合は家の中で飼えるので、マンション暮らしが増えてきているところにも合っていますよね。
獣医さんなんかが推奨してきたのだと思いますが、完全な室内飼いが普及しましたよね。
都市は特に交通事故があるので。
私が前に飼っていた猫は、会津若松でうちに通ってきた猫だったんですけれど、東京に引っ越さなければいけなくなり獣医さんに相談したら、「大丈夫。この子なら順応できますよ」と言われて閉じ込めたんです。
ある時、ようやく砂の上でトイレをしてくれた。そうしたら一切外に出たがらなくなりました。不思議なものですね。だから室内飼いは猫にとって苦痛じゃないんです。
猫は結構臆病なので、知らない場所にあまり行きたがらないですよね。もちろん猫にも個性があるから、猫ごとに違うと思いますけど。
それと、猫の入手方法が気になっているんです。うちは野良がいつの間にか居着くパターンでしたけど、かつては血統書付きの猫がもてはやされましたよね。でも、ペットショップに行って購入する人は最近ではむしろ減っているとも聞いていて。
減っているんですか。
ええ、譲渡が多いと。保健所とか、そこにつながっている愛護団体とかが頑張っていて、処分される猫の譲渡がずいぶん広まっているみたいです。
そっちのほうがうれしい話ですけど。
猫をペットショップで買ってくること自体、そんなに歴史が長くはないですね。犬や鳥は専門の業者が江戸時代からあるらしいですが、猫はペスト対策の一時期を除けば、専門店はずっとなかったらしく、高度成長期の頃にやっとできてきた。
以前は、例えば芸能人が猫を飼うというとシャム猫やペルシャ猫といった洋猫を飼う人が多かったのですが、最近は保護猫がクローズアップされてきています。今、石田ゆり子さんの猫とかインスタグラムで人気があるようですが、やはり保護猫です。ペットショップで買う比率はかなり下がってきているのかと思います。
猫がペットショップで売りにくいのは、品種の確立が難しいのもあると思います。外に出して飼っていると、勝手に恋をして混ざりますからね(笑)。血統書が付いていれば高く売れるけれど、ミックスには値はつけられない。
ブリーダーなり愛猫団体なりで、品種ごとに純血の系統を確立して血統書付きで売っているところも、もちろんありますが。
あと犬との大きな違いは、犬は今、ほとんどうろついている野良犬はいないですよね。猫はまだ結構いるので、そのあたりも違いますよね。拾ってくることができるので。
「地域猫」の登場
真辺さんのご本(『猫が歩いた近現代』)の表紙の猫は早稲田大学の地域猫だそうですね。
そうですね。大学にある地域猫サークルが面倒を見ている猫です。慶應はないんですか。
三田では聞いたことがありませんが、日吉に「猫サークルひよねこ」という未公認団体があります。
今は結構いろいろな大学にできているようです。早稲田でつくられたのが、大学では一番早いみたいですね。
地域で猫をという動きはいつ頃からでしょうね。
地域猫という名前自体は、たぶん90年代ぐらいに広まったと思うんですが、それを実際にやっている団体はもうちょっと前からあったとは思います。行政がかかわったのは、横浜の磯子区が最初だと言われていて、それが成功したので広まっていったみたいですね。
行政がどんなかかわり方をするのですか。
地域の中で猫が好きな人と嫌いな人がいて、トラブルになることが多い。そこで行政が加わって説明会を開き、「ちゃんと避妊、去勢をさせますし、餌をあげた後には片付けますので」とお互いに合意形成して、地域に猫が一代限りでいることを認めてもらうんです。
一代限りなんですね。猫嫌いというのは今でもかなり多いですからね。
昔に比べれば減ったと思いますが、それでもかなりいますね。
何か壊したりひっかいたりといった実害もそうですが、何となくイメージで猫を嫌う人は今も多くて、私の父や弟も割とそうです。猫に上から見られている感じがして嫌らしいんですよ。犬って絶対下からじゃないですか。人間に忠実だし。
猫の視線に、ちょっと薄気味悪さを感じるらしいですね。それは化け猫につながってくるのかもしれないですけれど。
近頃は猫嫌いの人も、表明しづらくなっているでしょうしね。
自分の猫は好きだけど他人の猫は蹴っ飛ばすみたいなのは、表面上はだんだんなくなってきていると思いますが、実態としては今でも猫を捨てる人は結構いますし、身勝手な飼い方をする人もいますね。
社会的に猫ブームが過熱して、捨て猫や殺処分が大きく批判されるようにもなってきているので、大っぴらに猫を捨てたり、猫を嫌いだと言って乱暴に扱ったりはできない雰囲気にはなっていると思います。
最近問題になっているのは、猫をかわいがっている人でも、たくさん飼ってしまって崩壊状態になっているケースです。そういう人は猫を嫌いなわけではないけれど、結果的に猫をつらい目に遭わせている。
地域猫がかわいがられている地域には、いつの間にか知らない猫が加わっていることが多いと聞きますね。ネットなんかで知って、遠くから捨てに来る人がいる。
和歌山の田辺市でも以前に問題になった地域がありましたが、わりと早くから市民団体と協調して管理できるようになりました。熊楠の猫好きとは関係ないとは思いますが。
消える野良猫
地域猫は基本的に一代限りということであれば、目指すのは外にいる猫をなくすということでしょうか。
最終的にはそれを目指しています。
すべて不妊・去勢してしまうということですね。
そうですね。東京の中心部だと相当効果があるようです。さらにそれが徹底的に行われているのが、例えばロンドンです。熊楠の日記にはよく出てきますし、1990年代まではいたようですが、今は街を歩いていても野良猫を全然見ません。行政が完全に管理して野良猫をなくしてしまった。だから猫好きの私としてはロンドンを歩いていてもつまらない(笑)。
今はヨーロッパではどこの国も、都市で野良猫を見ることは少ないですよね。昔はイタリアなんかもすごくたくさん野良猫がいたようですが、今はローマでも保護猫団体が管理する場所以外ではあまり見ない。
事故や虐待を避けるには仕方ないですが、社会全体として見た時に、猫も歩けないコンクリばかりの都市でいいのかという気持ちもあります。
一生、家の中にいても猫にとっては不幸ではないのかもしれませんが、われわれ人間にとっては塀の上を歩いていてほしいという願望もある。でも、結局、それは人間の願望ですよね。
そうですね。
猫カフェとか猫島とか、今、猫名所がいっぱいできていますけど、それはやはり身近に猫が減ってきた結果だと思うんですね。野良猫がいっぱいいれば、猫カフェに行かないでも触れ合えるわけだから。
猫カフェは日本では確実に増えていますし、今はヨーロッパにも猫カフェがたくさんあり、世界に広まっている感じです。
『熊楠と猫』の本をつくった時に、打ち合わせを池袋の猫カフェでしました。初めて猫カフェに行ったんですが、ワラワラ寄ってきて、楽しいは楽しいですね。料金は結構しますけれど。
猫の死をどう受け止めるか
猫は短命で、必ず人間より早く死ぬのが一番つらいところです。寿命は15年ぐらいと言われていますね。うちは飼っていた子が死んだ後、家族がすごく悲しんで、もう次の猫は飼えなかったくらいで。猫の死と、どのように人々が向き合っていくのかがすごく気になります。
私も親が死ぬよりつらかったですね。もう飼えないと思い、それから飼ってないです。私はこのあいだ60歳になったんですが、今もし子猫を飼ったら、自分のほうが先に死ぬかもしれないと思ってしまうし。
あれだけつらいのに、何で人は猫を飼うのかな、と。
猫が死ぬと何であんなにつらいんでしょうね。体重、減りましたから。
私も最初に飼っていた猫が死んだ時は本当に涙が止まらなくて。親戚が死んだ時にも泣いたことがなかったので、何でだろうと、ずっと思っていたんです。佐藤春夫が、やはり飼い猫が死んだ時に涙が止まらなくて、何でだろうと考えたらしいんです。
佐藤は、人間だったらその人が何かしゃべれば、違う人格だということがわかるんだけど、猫の場合、「この猫、いま何を考えているのか」と、推測しないといけないので、ある意味、自分がその猫を見ている時に猫になりきっている。そのように自分の一部になって自分が猫の立場になって考えているので、それがなくなった時に自分の一部がなくなったかのように悲しいのだろうと書いていて、なるほどと思いました。
犬が死んだ時もつらかったですけど、でも、やっぱり猫のほうがつらかった。同じくらいかわいがったんですけど、死んだ時の気持ちは違った。
うちも犬も飼っていたんですが、犬のほうが距離感というか、序列的な感覚があった気がします。真辺家には今も猫がいるんですか。
はい。1匹います。当初純血種のロシアンブルーというあまり鳴かない猫を飼い始めたんですが、8歳で死んでしまった。その時はもう二度と飼いたくないと思ったんですが、その死んだ日に生まれた、同じ種類の猫に偶然出会ってしまったんです。「これは生まれ変わりじゃないか」と思い、それでまた飼い始めました。もうすぐ13歳です。
猫は生まれ変わるという話がありますね。「猫には9つの命がある」と言ったりして。犬の場合はあまり聞かない。
そうですね。
どうしてそんなことが言われるんでしょうか。『100万回生きたねこ』という作品もありますし。
大学と猫
そう言えば三田には猫がいませんよね。何年か前に文学部の民族学考古学専攻の学生が猫をテーマに卒論を書いたことがあったんですが、やはり「三田では見たことがない」と言っていました。早稲田ではこの子以外に何匹いるのですか。
3匹ぐらいですね。でも、だんだん数が減ってきて。一時期1匹だけになったことがあるらしく、今はまたちょっと増えましたけど、基本的には減少傾向にあるようです。
京大の大学院生時代に研究科棟の脇に、箱に入れた子猫が3匹捨ててあったことがありました。大学に猫を捨てるというのは、定番の方法なのかもしれません。
京大には吉田寮という有名な寮がありますが、寮生の誰かしらが面倒を見てくれるということで、あそこもしばしば捨てられるらしいです。
府中市美術館も22年間で1回だけ捨て猫がありましたね。
佐藤春夫もそうですが、尾崎行雄、久保田万太郎、松永安左エ門、村松梢風、龍膽寺雄(りゅうたんじゆう)、奥野信太郎など、慶應出身者は昔から割と猫が好きな人が多いようなイメージがあります。早稲田は戦前にはあまりいない。
実は慶應の図書館は、昔の猫に関する洋書をたくさん持っているんです。なぜかというと、水木京太(大正8年卒)という劇作家がいまして、水木京太はものすごい猫好きですけど、奥さんが猫嫌いだったらしく、猫を飼えない代わりに猫の本を集めていたらしいんです。亡くなった時にそれが慶應の図書館に寄付されたんですね。
民族学考古学専攻の収蔵庫には、発掘されたオオヤマネコの骨がたくさんあります。
猫好きはグッズを買いまくるそうですね。犬好きは自分の飼っている犬しか興味がないらしいんですが、猫好きは自分が飼っている猫だけではなくグッズも欲しがるのが犬好きと違うと聞いたことがあり、確かにそうかもと思います。
やはり犬は、それぞれの家の中に序列的に組み入れられている存在だからですかね。
そうですね。自分との関係において忠実だから好きだというところがあり、猫は、別にかまってくれなくても、それでも好きだということだから。
自分の猫以外にも興味があるのは猫好きの特徴ですね。
(2022年4月20日、三田キャンパスにて収録)
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。