登場者プロフィール
岡 啓輔(おか けいすけ)
セルフビルダー、大工、ダンサー。1986年有明工業高等専門学校卒業後、鳶職、鉄筋工、大工などを経験。88年から高山建築学校に参加。2005年から三田・聖坂で蟻鱒鳶ル(アリマストンビル)を自力建設中。
岡 啓輔(おか けいすけ)
セルフビルダー、大工、ダンサー。1986年有明工業高等専門学校卒業後、鳶職、鉄筋工、大工などを経験。88年から高山建築学校に参加。2005年から三田・聖坂で蟻鱒鳶ル(アリマストンビル)を自力建設中。
青木 真(あおき まこと)
その他 : ハーフビルドホーム代表取締役経営管理研究科 卒業1997年慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了。会社員を経験後、2000年に那須へ移住し、自宅をセルフビルドで建設。DIYによる住まいづくりの魅力を伝える。
青木 真(あおき まこと)
その他 : ハーフビルドホーム代表取締役経営管理研究科 卒業1997年慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了。会社員を経験後、2000年に那須へ移住し、自宅をセルフビルドで建設。DIYによる住まいづくりの魅力を伝える。
松川 昌平(まつかわ しょうへい)
環境情報学部 准教授1998年東京理科大学工学部建築学科卒業。専門はアルゴリズミック・デザイン。湘南藤沢キャンパスでスチューデント・ビルト・キャンパス(SBC)計画を推進。
松川 昌平(まつかわ しょうへい)
環境情報学部 准教授1998年東京理科大学工学部建築学科卒業。専門はアルゴリズミック・デザイン。湘南藤沢キャンパスでスチューデント・ビルト・キャンパス(SBC)計画を推進。
2022/03/24
英国のコテージガーデンに憧れて
最近、住宅専門誌などで「自力建設(セルフビルド)」という言葉をよく目にするようになりました。私も留学先の英国コッツウォルズ地方でコテージガーデンを見たことをきっかけに、22年前に那須の自宅をセルフビルドで建てました(写真1)。家と庭が一体になったような英国のコテージガーデンを見てとても感激し、家づくりを一から勉強して妻とセルフビルドに挑戦することにしたのです。家を建てた経験が私の人生観を変え、その後、同じ那須で2003年にハーフビルドホームという設計会社を立ち上げました。
会社を設立した動機は、他の人も私たちのように、セルフビルドで自分たちの手で家をつくってみたいという需要が潜在的にあると思ったことです。会社でこれをサポートするシステムを事業化しました。これまでに約130棟の住宅を手がけましたが、最近はテレビでもDIYの番組が増え、昔に比べてずいぶん身近になっているのを感じます。
青木さんの自宅はすべてご夫婦で建てたのですか。
そうです。屋根や外壁もすべて妻と二人で仕上げました。屋根はレッドシダーシェイクという木材を使い、板葺きで仕上げています。庭も全部自分たちでつくりました。
すごい。何歳の頃ですか。
30代です。若かったからできたのでしょうね。
こんなに緑が豊かな家は奥様もうれしいでしょうね。どうして那須だったのでしょうか?
以前から田舎に住みたいとは思っていました。軽井沢や八ケ岳まで土地を見に行ったりもしていたのですが、たまたま那須にペンションを開いている先輩が「いい土地があるよ」と言うので、即決しました。
ハーフビルドホームのお客さんにはどんな人が多いのですか?
大きく二つの志向のお客様に分かれます。一つは私たちのようなこだわりの家を自分たちの手でつくりたいという人です。他の工務店やハウスメーカーではできないから、と訪ねてきます。もう一つは予算が少ないけど妥協はしたくない、だからがんばって自分の手でつくるというお客様です。
「俺がすごい家をつくってやる」
岡さんも三田の聖坂沿いの土地で、ご自宅の「蟻鱒鳶ル(アリマストンビル)」をセルフビルドで建設中ですね。2005年からつくり始め、今も鉄筋コンクリートで建て続けていると聞いて驚いたのですが、自分でつくるきっかけはどんなところにあったのでしょうか。
僕は30歳まで、1年の半分ほどを建設現場で職人として働き、残りの半分は自転車で日本中の建築をスケッチして回るという生活をしていたんです。現場では土木工事や鉄筋工事、型枠大工、鳶職など、色々な職種を経験しました。大きな挫折もなく、割と思いどおりの人生だったんですね。
その傍らで、法政大学で教鞭を執られていた建築家の故・倉田康男先生が1972年に始めた高山建築学校という私塾にも毎年通っていました。そこで建築家の哲学みたいなことも学んでいたのです。
ところが、30歳をすぎたころに体調を崩してしまい、もう建築家になる夢は諦めるしかないと思い詰めるまで気持ちが落ち込んだのです。
そんなどん底状態にもかかわらず結婚をし、ある時、妻から「自分たちの住む家をつくろう」と言われました。僕が正直だったなら「ちょっと俺には無理」と言えたのですが、血迷ったことに「俺がすごい家をつくってやるから任せとけ」と言い切ってしまったのです(笑)。
その一言が岡さんの人生を決めてしまったんですね(笑)。
とはいえ、最初は何をつくっていいかわかりませんでした。ひとまず2000年ごろに聖坂沿いの土地を買ったのですが、着工したのは5年後のことです。
5年間、どうしていたのですか?
何をどうつくればいいか、ずっと悩んでいました。ようやく踏ん切りがついたのは、これ以上悩んでもしょうがない、自分がそれまで学んできたことを信じようと覚悟を決めた時です。
それにしても5年というのは長いですね。
そうですね。つくり始めた当初は闇雲に手を動かしていたのですが、少しずつ形が見えてきて、次第に自分なりのつくり方がわかってきました。すると見に来てくれる人も増え、自分では気づいていなかったようなところを「ここがいいね!」なんて言ってくれるようになったんです。そんな感じで自信を取り戻しながらつくり続け、今に至っています(写真2)。
学生がつくるキャンパス
私が勤務する湘南藤沢キャンパス(SFC)でも、学生たちが建設に参画する「Student-Built Campus(SBC)」というプロジェクトを進めています。SFCは郊外型キャンパスなので、学生が寝泊まりしながら研究教育できる宿泊施設をつくることが悲願でした。そこでこのプロジェクトを「未来創造塾」と呼び、槇文彦さんの設計で2008年ごろまで建設計画が進んでいたのです。
ところが、施工業者を決めるタイミングでリーマンショックが起こり、暗礁に乗り上げてしまった。計画が再び動き出したのは、SFCが25周年を迎えた2015年です。その前年ごろ、業者がいないなら自分たちでつくればいいという話が持ち上がり、五年ほどかけて木造平屋の小さな建物を増やしていくプロジェクトに発展しました。今は全7棟が完成した状態です(写真3)。
SBCは宿泊施設を建設するとともに、学生自身が設計や施工に関わることで学びにつなげ、研究にも役立てることを目指しています。「未完のキャンパス」というコンセプトのもと、つくることを学ぶと同時に壊すことも学ぼうということで、当初の計画の5年が経った今も、授業で家具をつくったり、内装を変えたりしながら続いています。これを20年、30年と続けることも目標の一つです。僕も大学のシステムの中で「つくりながら壊す」を実践することにおもしろさを感じています。
学生さんはどのように関わってきたのですか。
おもに設計です。教員らが構造や法規、技術の面をサポートしながら、学生たちが図面を引いたり、模型をつくったりしてきました。施工面でも建設会社のアルバイトというかたちで、学生に瑕疵担保責任が生じないように参画できるスキームをつくりました。
アルバイトだと、どこまで関われるのですか?
最初は塗装程度だったのですが、7棟つくる中で少しずつ範囲を広げていき、最後は躯体金物や構造を補強するブレースの取付けなども担当していました。
当社ではスタッフが現場でお施主さんに手取り足取りレクチャー・サポートをすることで、お施主さん自ら内装を手がけています。
こうしたスキームがもっと広がると家づくりも楽しくなるのですが、日本では、施主の責任と建設会社の責任の線引きがとても難しいという事情もあります。SBCの場合、これは学生の勉強なんだともっと大雑把に捉えて既存の制度や瑕疵責任と関係なくできれば、学びの幅も広がることでしょうね。
そうですね。法規を根幹から変えていくのはたいへんな労力がかかります。アルバイトで学生を参画させる手法は、既存のシステムをハックする発想から生まれたものでした。つまり、あるシステムを本来の目的と違う用途に読みかえて使うアイデアですね。
学生の学びを中心に考えて生まれたアイデアですね。
おっしゃるとおり、アルバイトの立場なら保険制度も適用できる上、学生と大学、建設会社が三方よしになる仕組みです。
生きのびるためのセルフビルド
現行の建築基準法だと、床面積10㎡以上はすべて建築確認申請が必要で、設計者が工事監理をして完了検査まで受けるのがルールになっています。これもセルフビルドの壁になっているように感じます。例えば、300坪ある田舎の広い土地でわずか20㎡の小屋を自己責任でつくるのに、どうして建築確認申請や設計者の工事監理、完了検査まで必要なのかと。
一方、今、世界的に「ウッドショック」と呼ばれる木材不足が起きていますよね。これはステイホーム中に米国でDIY需要が高まったことに起因するとされています。つまり、欧米では休日に手軽に自分の土地で住宅や小屋やガレージを建てているわけで、法律面での縛りは日本とは随分と違うと思います。
今は日本も大型のホームセンターが増えて、材料も手に入りやすくなりましたよね。建物をつくるための細かい情報もインターネットで簡単に集まりますし、僕も普段YouTubeを見まくっています。セルフビルドするには本当にいい時代なのにもったいないですよね。
自分が自宅をつくっていたころと比べても、情報量は天と地ほどの差ですね。もちろん、フェイクな情報も多いので注意は必要ですが。
そうやって自分が使うものを自分の手でつくったり直したりできる人は、危機的な状況でも生き残れる確率が高いと思うんです。
ところが、今の日本の社会はそれを半分放棄してしまっているところがある。多様性がない社会は環境の変化で衰える可能性が高い社会でもあります。法律が硬直化しているのも、大きな視野で見ると生存戦略と無関係ではないと感じます。
私も本当にそう思います。
僕が蟻鱒鳶ルをつくり始めた2005年にちょうど構造計算書偽造問題、いわゆる姉歯事件が起きました。それをきっかけに法規制がすごく厳しくなったんですよね。それまでは国も確認申請を民間に任せる動きがあったのですが、これを境に施工業者や職人の意識もだいぶ変わりました。
あの事件の後、住宅の品質確保の促進等に関する法律(品確法)ができました。建設会社や工務店に対し、10年間瑕疵保証をするのに財政的な裏付け、つまり担保を付けなさいと。
ところが、品確法は建設会社が建てることを前提とした法律なので、セルフビルドは考慮されていないのです。建設費500万円程度の小さなセルフビルドでさえ品確法が適用されてしまう。もちろん消費者を保護するための法律なのですが、それがかえって気軽に自分の家をつくりたい人たちを縛ってしまっているのが実状です。
岡さんが言うように、今は大きなホームセンターが増え、つくりやすい時代です。インターネットからも多くの人が色々な情報を取得できるようになりました。それなのに法規だけはまだ中央集権的に定められている。建物を建てるための選択肢が少なすぎますよね。
鉄筋コンクリートでつくる理由
ところで岡さんはなぜ三田で、しかも時間と労力がかかる鉄筋コンクリートで建てようとしたのですか。
もともと高円寺や下北沢のような若者の街が好きだったので最初は三田に抵抗がありました。ビジネス街だし、慶應が近くにあることにも敷居の高さを感じていました。三田に落ち着いたのは、自分たちの財布でどうにか買えそうな土地がたまたまあったからです。利点と言えば、日本建築学会が近くにあることで、色々な知り合いが立ち寄ってくれるところでしょうか。
鉄筋コンクリート造にしたのも深い理由はないのです。鉄筋コンクリートって「RC」(Reinforced Concreteの略)と呼ばれるじゃないですか。高専時代にそれを知った時、ちょうど忌野清志郎さんのRCサクセションが人気だったんですよね(笑)。僕も大ファンで、ある時に鉄筋コンクリートをつくる「RC作製所」という会社をつくったら清志郎と友だちになれるかもしれないと思いついたのです。
たしかに深い理由ではないですね(笑)。でも、土地を買ってRCでつくるという決断と、それをすべて自分でやろうとすることの間には大きな飛躍があると思うんですが。
一つは現場を経験したことでしょうか。ゼネコンやハウスメーカーの現場で働いてみて、色々なところで職人が結構いい加減な仕事しているのを見てしまったのです。そうすると、とてもじゃないけど彼らには身銭を切れないですよね。
もう一つはダンサーをやっていたことです。とくに僕は舞台上で感じたことを即興で表現することを熱心にやっていました。この方法論はなかなかいいぞと思っていて、同じように建築もできないかと考えたのです。つくりながら自在に造形を変えていけるRCは即興的で、僕にぴったりの素材だと思ったのです。
岡さんは自分の感性と素直に向き合っていますね。やっぱり形が漠然としていても、つくりたい気持ちが原点になければ、セルフビルドはおもしろくならない気がします。
ずっとつくり続けていると、それまで正解だと思っていたやり方を自分で疑い始めたりするんですよ。試しに別の方法でやってみると意外とうまくいったりして、新しい筋道が見つかることがあります。
例えば、最近コンクリート型枠の内側にビニルを貼ってみると表面が滑らかになるのを発見しました。さらに、コンクリートを打った後、通常数日以内に型枠を外すのですが、それを2、3週間存置したら、仕上がりが良くなったりします。これはコンクリートを風雨に晒さずに寝かせておくとセメントの中でガラス質が生成されるからなんだそうです。学校でも教わらないようなことを発見するのはとてもドキドキします。僕はそれが一番楽しい。
大事なのはこういうものがつくりたいという思いやこだわり、感性ですよね。それがないまま、ハウツーばかりを集めているとセルフビルドの良い面、つまりプロには出せない手づくり感とか、おおらかで自由な発想の造作が生まれない。結果的に下手な大工がつくったようなセルフビルドの家になってしまう。
セルフビルドをやっている人は世の中にたくさんいると思うんです。山梨県の白州に住んでいる建築関係の友人がいますが、やはり周りには東京から移住して家を建てる人たちが大勢いるそうです。でも半分は失敗するらしいですね。
どうしてですか?
途中で何もできなくなり、投げ出してしまうそうです。
基礎を打つところから自分で始めた結果、時間がかかってしまい、雨ざらしになった木材が腐ってしまって諦めざるを得なくなる人もたくさんいます。そうならないように、私たちの会社では躯体工事から雨仕舞い、外壁工事までを必ず自社で手がけます。施主には構造や雨漏りに関わらない内部造作工事をお任せしています。
壁・柱・天井ができ上がったスケルトンの状態で引き渡すということですよね。それなら最後までやり遂げられる割合はぐっと高まりますね。
短期間でつくれるという思い込み
岡さんは蟻鱒鳶ルをつくり始めた時、16年経っても完成しないことを予想できていたのですか?
いや、全然。妻には「3年で完成する」と言っていました(笑)。ですが、そのころから建築家の石山修武さんや藤森照信さんのようなセルフビルドの達人たちから「人生変わるぞ」と脅されてもいました。
フランスの著名なセルフビルド作品に「シュヴァルの理想宮」がありますよね。郵便配達員だったフェルディナン・シュヴァルが、拾った石をコツコツと積み上げてつくった建物です。岡さんはもともとシュヴァルのようになるつもりはなかったのですか。
シュヴァルとか、ワッツタワーを自力で建てた米国のサイモン・ロディアに対する憧れはありましたよ。それくらい突き抜けた人がいないと日本はダメだろうと思っていました。まさか自分がそうなるとは思いませんでしたが(笑)。
でも実際、自分なら数年で完成させられると思っていました。こちらはシュヴァルやロディアのような素人じゃありませんからね。一級建築士だし、現場で鍛え上げてきたという自負もありました。
私たちの場合も6カ月あればできるだろうと思っていました。その間に完成させないと失業保険が切れてしまうという事情があったからですが、なぜか最初は希望的観測もあって、短期間でできると思い込んでしまうんですよね。うちも実際は10カ月もかかりました。
10カ月は速いですよ!
いや、終わりの頃はもう足、腰、指の関節が全然動きませんでした。最後はもう泣きながらやっていたという感じです。若かったからこそできた挑戦だったと思います。
今ハーフビルドホームに来るお客さんの半分は住宅ローンで建てる人ですが、ローンを使うと銀行の要請で約1年で完成させないといけない制約があります。自己資金なら何年かかっても問題ないのですが、ローンの場合、私たちのほうで1年以内に完成するメニューをつくります。
例えば、お客さんの能力ややる気、体力、家族の協力度、家づくりに費やせる時間を見積もりながら、あまり大きな家にならないようにしたり、内装工事に時間がかかる場合は大工さんに任せることを提案したりします。工程ごとにすべてサポートして完成に導くのが私たちの仕事の大部分ですね。
一般的なのは在来軸組工法ですか。
ツーバイフォーです。
ツーバイフォーならあまり時間をかけずに建てられますね。僕もツーバイフォーの大工をやっていましたが、このつくり方を考えた人は天才だと思いました。なんてつくりやすいシステムなんだろうと。
生き物のように建築を見る
システムと言えば、僕が日本の建築文化で最も素晴らしいと思うのが伊勢神宮です。20年ごとに社殿を建て替える式年遷宮の仕組みは天武天皇の時代につくられた制度とされていますが、このシステムを考えた人も天才だなと思います。
20年というスパンも伝統や技術を伝える上でちょうどよいですね。それ以上間を空けてしまうと伝わらない部分も出てくる気がします。
20年ごとに物質が入れ替わりながら、仕組みとしては伊勢神宮であり続けるモデルというのは生命体に近いと思うんです。僕たち人間も細胞レベルでは1年前とは完全に入れ替わります。身体の内部では新しい細胞をつくりつつ壊してもいる。ですが、不思議なことに僕たちの人格は保たれていますよね。
式年遷宮も社殿だけではなく、それに携わる周りの人々を含めて一つのシステムとして見ると、建築という人工物が人間の身体のように思えてくる。
こうした建築の対極にあるのがギリシアのパルテノンで、あの神殿は大理石という物質に建築の永続性を託したモデルと言えます。こうした対比で見ると、セルフビルドしたり、建物をつくりつつ壊したりする行為からは、生命体に似たある種の持続可能性についての考え方が浮かび上がってくるなと思うんです。
なるほど。
環境問題がより深刻になって、持続可能性がシビアに語られるようになった時、この生命体のモデルが建築界でもリアリティをもつのではないか。すると、3年ごとに建て替えなければいけないとか、ちょっとした建築は品確法の適用外になるといった法整備が行われるかもしれない。そういう段階になって初めて、法規というものも変わっていくのかなという気がします。
今のお話はおもしろいですね。建築に参画して構造や仕組みがわかるようになると、お客さんが自分でメンテナンスできるようにもなります。漆喰壁にヒビが入る理由も理解できるので、クレームもなくなりますし、木材が反るのは当たり前のことなのもわかってもらえます。
施主が建築に参画しないノーマルな住宅建築においてはちょっとした不具合でクレームになる。そのため、建設会社が無垢材を使わなくなったり、漆喰に接着剤を混ぜてわずかなクラックも出ないように細工したりする会社も中にはあります。それではイタチごっこです。家づくりに関わる人が増えて、そういう例が減るといいのにと思うのですが。
セルフビルドからの学び
実際にやってみなければわからないことですが、セルフビルドは発見の連続ですよね。
本当にそう思います。
現場の中は別世界なので、日々新しい発見に溢れています。技術的なスキルが上がるだけではなく、職人の世界観みたいなものにも触れられますし、それだけで多くの学びがある。この経験はじつに大きいですよね。
そう、学びがありますね。僕はいろいろな現場で仕事をしてきましたが、蟻鱒鳶ルに時間がかかる理由の一つはやっぱり仕事量が多いからなんですよ。
通常の現場では自分が任されている以外の仕事は誰かがやってくれるものです。例えば、現場にいると箒を持って掃除している土工のおじさんがいるのですが、職人時代の僕はこういう人を気にも留めずにいました。ところが、一人でつくっていると、ちょっとした掃除も自分でやらなくちゃいけない。
いつも朝ごはんを食べながら、頭の中では今日はまずこれをやるぞ!と意気込むのですが、いやそうじゃなかった、と。今日は火曜日だからまず燃えるごみを出さなきゃいけないと思い出したりする(笑)。そういう雑用があるので、四六時中作業に没頭できるわけではないんですよね。一人だとこうしたことも学びになります。
建築の現場に参画すると、社会の中で色々な仕事をしている人たちの大変さ、とくに現場の人の大変さが身に染みてわかります。うちのお客さんたちは皆、人生観が変わると言いますが、本当にそう思います。
青木さんご自身はどのように人生観が変わりましたか?
私は大学卒業後、大企業に勤めていたのですが、そこでは周りにいる人もみんな大卒でした。こうした限られた人づきあいの世界から、突然那須に行って現場の基礎工事の業者さんと付き合うようになったんです。
もちろん最初はカルチャーショックを受けるのですが、親しくなるにつれて、その人たちの考え方や生き様が勉強になる。今までの人間関係とはまったく違う視点で物事が見えてきました。
モノと格闘するDIY的世界
松川さんは今の学生をご覧になっていていかがですか?
今、建築デザインの現場はデジタライズしていく流れにあるのですが、学生がCADなどの設計ソフトで家具をデザインすると、厚さゼロミリの板とか長さがゼロの点で3Dモデルを組み立ててしまうんです。
でも、実際はそんなことありえません。椅子をつくるにも板の厚みがあるし、木材をつなげるには接合部もデザインしないといけない。すると、学生たちは実物を前にして、ここのジョイントがうまくいかないといったことが起こるんですね。
考えてみれば当たり前のことですが、そういうモノとの格闘を経験しないと、重さや触感を考えない建築家が生まれてしまいそうでこわいなと思います。僕の専門はデジタライズのほうですが、学生たちの様子を見ていると、DIYの世界、つまりモノとの格闘にも同じくらい力を入れることが大事だと思うんです。
うちのお客さんは断熱材の取り付けから始まり、床、天井、ドアを付けて、最後に塗装、漆喰、左官塗りで仕上げていくのですが、大工さんがやるよりも丁寧にやりますね。
それはそうですよね。
私たちもコンセントの裏側には断熱材をこう入れましょうとか、隙間をつくらないためにはこうですよと丁寧に教えると大工さん以上の仕事をします。すると断熱性能がものすごく良くなる。その満足度は実際にやってみた人じゃないとわからないんじゃないかなと思います。
セルフビルドのコスト
蟻鱒鳶ルのコストは全体で見るとどうなのですか。16年も建て続けているとコストもそれなりにかかると思うのですが。
お金を借りてつくっていますが、僕の人件費はともかく材料費が安いので十分返済できる見込みのある金額です。巨大な彫刻をつくっているわけではないし、完成すれば家賃支出のない暮らしが始まるので収支は合っています。
先ほど青木さんからもローンの話題が出ましたが、今独力でセルフビルドに挑戦しようとしても、住宅ローンで最初に全額出資を受けると1年以内に完成させなくてはいけない仕組みになっています。そうすると、蟻鱒鳶ルのように10年、20年かけてつくるケースに対応できません。
そこで例えば、1000万円を10年単位で毎年100万ずつ借り、その年ごとに消化していくような仕組みとか、ローンのかたちも多様化してほしいと思うんです。というのも、今のような不確実な社会では、刻々と変わる状況にアジャイルに適応することが生存戦略的にも重要だからです。時間をかけてつくったり壊したりするセルフビルドの方法は現代社会をサバイブするヒントになります。
10年のスパンはわからないけれど、たしかに20年、30年の間の変化はものすごく大きい気がします。実際、バブル期の建物で跡形もないものは多いですし、今、蟻鱒鳶ルの裏では超高層のオフィスビルが建設中ですが、コロナ後の社会ではオフィスビルの需要が少なくなることをみんなわかっているはず。それでも、あのビルを完成させようとする。この硬直化した感じは少し考え直したほうがいいですよね。
大型再開発はとくにリスクが高いですよね。これからは試行錯誤しやすい状態を保っておけることが重要になっていくでしょうね。
お客さんには、いつもセルフビルドだとどれくらい安くなるかと訊かれるのですが、30坪で大体300万円ぐらいなのです。ただ、その金額がお客さんにとって得なのかどうかは、実際に全部終わってみないとわからないんですよね。
というのも、中には「やるんじゃなかった」と後悔する人もいるからです。そういう人にはコストセービングできてよかったという意識は当然ありません。
すこし厳しい言い方ですが、セルフビルドは根気、根性、計画性がない人には難しいですね。日曜日も自分を奮い立たせて、朝8時から夜7時まできっちり作業できる人が1年で完成させます。木工のスキルとかはあまり重要ではないんですよね。
わくわく感だけで突っ走れる人はいませんか?
内装工事は、体力が必要な大仕事が最初にくるんですね。断熱材を取り付けたり、天井材や床材を貼ったりといったことですが、それを3カ月で突破できれば、最後までいけます。逆に時間がかかってしまうとモチベーションがぐっと下がる。これが一番良くないです。スタッフが励ましたり、手伝ったりするのですが、なかなか難しい。
モノと格闘するのは純粋に楽しい作業ですが、それで乗り切れるほど単純ではないのですね。
断熱材や天井、床の工程は単調ですからね。
青木さんのように素敵な理想像があって挑む人が最後までがんばれるのかもしれませんね。
そうですね。とくに夫婦で足並みが揃っているとまず大丈夫。できたものの満足度も高いです。
つくること自体はおもしろいので、それを楽しめればやり切れるし、次につながっていく。僕も日々わくわくしながらやっています。
“新しいつくる”を考える
「つくる」ということに関して言えば、人類の繁栄はずっと手を使って物をつくり続けてきたことにあると思います。食物をつくったり、衣服を織ったり、家を建てたりしていたのは、結局物が足りていなかったからだと思うんです。ところが、現代に入り、途端に物で溢れるようになると今度は誰もつくらなくなっていく。極端に言えば、今の時代、みんなスマホしか触っていないでしょう?
僕は今、人類がとてつもない変化の節目にいるように思えます。生きていくためにもつくるのをやめてはダメなのですが、物は溢れている。だとしたら、今の時代に合わせた「つくる」を発明しなければいけないと思うのです。
哲学的ですね。興味深い話です。
そこで僕は“新しいつくる”を考えようと言っています。そう言うと、みんな大体アートにいくんだけどそうじゃなくていい。だって、本当にアートができるのはものづくりのチャンピオンたちだけですから。アーティストというのは自分の中から「つくる」が湧き出してくるタイプの人たちなんです。
僕はこれまで専門とする建築のデジタライズと、モノと格闘するDIYの世界をうまく結びつけられずにいたのですが、最近ようやくこれらをつなぐ糸口が見えてきたんです。
人間は人間であることを維持するために色々な物質や菌類と共存しているわけですが、先ほど伊勢神宮を例に挙げたように、建築もある生命体として見る捉え方があります。こうしたことから着想を得て、今、コンピュータープログラムで一つの生態系のように建築を育てる仕組みをつくっています。そこで情報から物理的な空間へと具体化するためには、人の手がシステムの一員として必要になります。この時にDIY的な世界とのつながりが生まれる。
建築は人がつくることを止めた途端にエントロピーが高くなって熱力学的な死を迎えます。人間と機械の複合的なシステムを回し続けることによって“生きている建築”をつくりたい。それが僕にとっての“新しいつくる”なんです。
“新しいつくる”で言えば、やっぱりものをつくるのは、衣食住に関係することがとてもいいと思うんです。例えば、庭で野菜をつくってみるとか、家に壊れたところがあるから自分で直そうとか、洋服が破れたから縫わないといけないとか、衣食住はスタートのきっかけになるのでやりやすい。
しかも、こういう料理をつくってみたらおいしかったよと、多くの人と共有できる時代になっています。全員が一から家をつくる必要はありませんが、衣食住に関わることはみんなもっと自分でやったほうがいいですよね。
みんながつくることをもっと楽しむようになればいいですね。
(2022年1月27日、三田キャンパスにて収録)
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。