慶應義塾

万年筆の愉しみ

登場者プロフィール

  • 宮原 義郎(みやはら よしお)

    株式会社丸善ジュンク堂書店MD統括バイヤー(万年筆・高級文具)

    1989年玉川大学文学部卒業。90年丸善株式会社入社。高級文具バイヤーを務めるとともに、オリジナル製品の開発にも携わる。

    宮原 義郎(みやはら よしお)

    株式会社丸善ジュンク堂書店MD統括バイヤー(万年筆・高級文具)

    1989年玉川大学文学部卒業。90年丸善株式会社入社。高級文具バイヤーを務めるとともに、オリジナル製品の開発にも携わる。

  • 山縣 裕一郎(やまがた ゆういちろう)

    その他 : 株式会社東洋経済新報社代表取締役会長経済学部 卒業

    1979年慶應義塾大学経済学部卒業。『週刊東洋経済』編集長を経て、2012年に同社代表取締役社長。2017年より現職。

    山縣 裕一郎(やまがた ゆういちろう)

    その他 : 株式会社東洋経済新報社代表取締役会長経済学部 卒業

    1979年慶應義塾大学経済学部卒業。『週刊東洋経済』編集長を経て、2012年に同社代表取締役社長。2017年より現職。

  • 中田 俊也(なかた としや)

    その他 : プラチナ万年筆株式会社代表取締役社長その他 : 有限会社中屋万年筆代表取締役社長商学部 卒業

    1985年慶應義塾大学商学部卒業。三菱銀行を経て、祖父・中田俊一が創業したプラチナ万年筆を継承し、2009年より現職。

    中田 俊也(なかた としや)

    その他 : プラチナ万年筆株式会社代表取締役社長その他 : 有限会社中屋万年筆代表取締役社長商学部 卒業

    1985年慶應義塾大学商学部卒業。三菱銀行を経て、祖父・中田俊一が創業したプラチナ万年筆を継承し、2009年より現職。

2021/01/25

気持ちが整う筆記具

山縣

今日は万年筆のプロであるお二人にどのようなお話が聞けるか楽しみにしてきました。

私にとって「万年筆の愉しみ」は2つあります。1つは「実用的な愉しみ」、もう1つは「精神的な愉しみ」です。万年筆は記者だった時代に仕事道具として使い始めました。取材や記者会見などでメモを取ることが多く、1時間のインタビューが1日3回ということもざらでしたので、ボールペンで書くと指が痛くて。

何とかしたいと思って万年筆を使い始めたらインクが紙に接してスムーズに出るし、指にそれほど力を入れなくても運筆できるので非常に楽になったんですね。

万年筆は素早く書けないと思い込んでいる人が多いのですが、実際にはボールペンよりも断然速くメモが取れる。最近、記者会見場で若い記者がパソコンに直接メモを打ち込んでいますけど、アナログの万年筆だってスピードはおそらくあまり変わらないはずです。

中田

その通りですね。

山縣

もう1つの「精神的な愉しみ」とは何かというと、私は毎朝背広を着てネクタイを締めた後、「今日はこの1本で行くぞ」と万年筆を胸ポケットに差すんです。そこで気持ちがシャキッとする。

この感じは、武士が帯刀するときの気分に近いのかなと。それに私はインク壺からインクを入れるのですが、その間に気持ちが整ってくるんです。すると、ものを書くときも、一歩立ち止まって考えられる。墨を磨るのと似たような感じが万年筆にはあって、そういう「間」みたいなものがあることが筆記具として非常に重要なのではと思っています。

宮原

なるほど。ロックバンド「チャットモンチー」の元ドラマー高橋久美子さんがあるエッセイで「(万年筆の魅力は)着物を着てスッと背筋が伸びるようなことなんじゃないのかな。着物を着たときに女性らしさを意識するのと同じ感じで」と表現していました。

山縣

まさにそんな感じですね。

宮原

私は丸善に入社する前は万年筆とほとんど縁がありませんでした。万年筆に興味を持つようになったのは約30年前、日本橋店、高級筆記具売り場に配属されてからです。

異動をきっかけに一から勉強しようと、自分なりに色々と集め始めるようになりました。当時の『学鐙』編集室には丸善の歴史に詳しい生き字引のような先輩社員がいらして、私が骨董市などで手に入れたビンテージの常滑焼のアテナインキ瓶を見せに行くと「これはもう社内に残っていないものだから大切にしなさい」と言われたり。

今に続く私の万年筆愛は丸善の歴史を管理、保存しなければいけないという思いが出発点なんです。

中田

私は万年筆づくりを家業とする家に育ったものですから、幼稚園の頃にはすでに万年筆は身近な存在でした。とはいえ子供には、その有り難みはおろか、使い方もわかりませんし、筆圧の加減もできない。だから、与えられるがままに次から次へとボキボキとペン先を折ってしまって(笑)。

小学校に上がると、父がたまに「新商品ができたぞ」と持ち帰って私にくれるのですが、学校では見慣れない筆記具を「これは一体何だろう」と訝っていました。皆さんと比べると万年筆との出会いはずいぶん特殊だったと言えますね。

関係性を持てる希有な商品

山縣

それなりの値段がする万年筆をどうしてわざわざ使うかと言えば、私は、人生のいろいろな節目に、何か自分を一旦、整えて前に進むという時に買うものなのではないかと思っているんですね。そしてせっかく買うからには、やはり何かの記念といった意味付けがほしいと思っているんです。

だから買うときもどこで買ってもいいというのではなくて、やはり気持ちのいい人から買いたい。私は日本橋に会社がありまして、仕事柄、丸善日本橋店に始終行くのです。

地下の万年筆売り場で万年筆に詳しい方といろいろ話をするのが楽しくて、そこで買う。やはり買った時の気分が悪いとそれが残ってしまうので、信頼している方から買うのが一番です。

宮原

有り難うございます(笑)。そういったお客様との関係は大変有り難いものですね。日本橋店在籍時にお礼状をお送りすると必ずすてきな手刷り版画の絵葉書をご返信くださる、ご夫婦共に版画家のお客様がいらしたのです。万年筆というのは、話をしたいとか、価値観を共有したいという関係性を持つことができる希有な商品ですね。

やはり万年筆ってある意味難しいのです。ペンの長さや太さはもちろん、書いた時の感触や筆記具本体の重心のバランスまで手に馴染む条件は人それぞれです。だから100万円の万年筆がすべての方に合うかというとそうではなくて、もしかしたら1,000円の万年筆がその人にとって一番合っているのかもしれません。

ですので私も売り場に立つ際には、目の前のお客様の手に合った1本をご紹介するのが信条で、それができる信頼関係をお客様との間に築けると嬉しいですね。

中田

メーカーは普通、お客様の要望を直接聞く機会はないのですが、プラチナ万年筆は1999年に、100%手作りで万年筆を製造・販売する中屋万年筆を立ち上げたんです。「中屋」というのは先々代の中田俊一が1924年に上野で創業した「中屋製作所」の屋号を受け継いだもので、「筆記カルテ」をお客様に記入して頂き、ご自分の筆記特性に合わせてペン先等のカスタマイズをしていく受注生産でやっています。

全部オーダーメイドなので、ペン先の調整とか、それこそお客様と密なコミュニケーションをしていますよ。

梅田晴夫氏と〈#3776〉

中田

今年(2020年)がちょうど慶應の図書館に万年筆コレクションがある作家の梅田晴夫先生の生誕100年なんですよ。当社は1978年、先代が日本一の万年筆を作ろうと、万年筆コレクターとして名高い梅田晴夫さんに監修していただき〈#3776〉というモデルを開発したんです。

この商品名は富士山の標高にちなんだものです。2010年には現在の技術でインクが乾きにくい機構を採り入れ、フルモデルチェンジした〈#3776センチュリー〉を発表しました。万年筆を頻繁に使わない現代のユーザーでもキャップを外してすぐに書き始められるように気密性の高い構造にしています。

日本の筆記というのはもともと筆から始まっているので、万年筆も当初は柔らかいものが好まれたようですけど、その後、現代的な組織経営の時代に移る過程で帳簿を付ける必要が生じ、細字でカリカリと硬い書き味のものが普及し始めました。オリジナルの〈#3776〉はちょうどその時代の感触が反映されたものなんですね。

山縣

私も〈#3776センチュリー〉は持っています。万年筆は書いた時に手に伝わってくる感覚がじつに様々で、その書き心地に使い手の好みが直接表れますよね。1つ1つの製品だけでなく、メーカーごとの性格の違いもあり、万年筆に各社の気質や世界観が表れていると思います。さらに、そこにインクの好みが加わることで無数の組み合わせが生まれるのも魅力です。

一口に「青」と言っても国内外問わずメーカーごとに種類も様々ですからその数たるや。さらに、インクの色味も紙の色や質感でまったく違って見えるので、ノートや便箋の選び方にまで愉しさは広がります。こうしたバリエーションがどんどん広がっていくところにも他の筆記具とは違う豊かさや奥深さがあると思うんですね。

宮原

丸善には、1,000円の万年筆と6色のアソートのノートと3色のインクをセットにした万年筆スターターセットというオリジナル商品があります。なぜそのようなものをつくったかと言えば、例えば同じブルーのインクでもブルーの紙に書いたときとピンクの色の紙に書いたときと全然違う色に見えるということを知ってほしいからです。

そうやってご自分のお気に入りのペーパーカラーとインクカラーの相性を探したりできると、いろいろな世界が広がって愉しみが広がると思うんですね。

失われた技術を甦らせたい

中田

筆記具の魅力はまさに機能と見た目に分かれると思うのですが、万年筆はまず見た目の美しさに惹かれて〝沼にはまる〟方が多いようです。万年筆自体はこの数10年間、大きく変わっておらず、生活必需品と呼べる存在とも違う。自分で作っておいてなんですが、けったいな道具という気がしなくもない(笑)。

ところが歴史を辿ってみると、これほど探求しがいのある筆記具もない。私たちは今、吸引具付きの万年筆を開発しようと1年以上かけて取り組んでいますが、何に苦心しているかというと、握るグリップ部分と軸を一体成型する技術の確立なんです。万年筆はもともとプラスチックなんてなかった時代の発祥で、当初は軸の部分をろくろでつくっていたんですよね。

なので、金型を起こして量産するプラスチック成型にする前提は当時はなかったでしょうし、今はインクカートリッジ式で十分なのに不便な昔の商品を喜ぶ方もいる。初めに山縣さんがおっしゃった精神的な愉しみの部分が大きくなっていることの1つです。

これをゾンビと呼ぶか、先祖返りと呼ぶかはさておき、やればやるほど面白い道具だなと感じます。

山縣

なるほど、面白いですね。今、子供向けの万年筆を多くのメーカーが売り出していますが、小さな頃から万年筆の感触を体験しておくのも大切なことですよね。

昔は子供が進学する時には、多くの家庭で親戚がお祝いに万年筆を贈ってくれたものですが、最近はそういう習慣もなくなりつつある。すると万年筆に接する機会がないまま大人になってしまうことにもなり、もったいないですね。

中田

ヨーロッパでは万年筆を使うことが義務教育に組み込まれているんです。中国でも政府の指導で子供たちが万年筆を使っていて、インクカートリッジの色までブルーブラックと決まっているそうです。

インドの市場も1千万本規模と言いますから、万年筆は世界的に見てもまったく廃れていないんですよ。実際、ヨーロッパでは万年筆を10本所有している人はざらですからね。それに比べると、日本では万年筆を1本でも持っている人は限られているのが実状でしょう。

インクから入る新世代

宮原

実は興味深い動きも起こっているんです。「文具女子博」という毎年開かれる国内最大級の文具の祭典があって、この中の「#インク沼」という万年筆インクに特化したイベントに丸善も2019年に参加したんです。お客さんは20代女性が中心なのですが、この時は3日間で5千人を動員し、入場制限がかかるほどの盛況ぶりでした。

中田

うちにもプレピー(preppy)という300円でインクと一緒に買えるものがあって若い女性に人気ですよ。

宮原

驚いたことに「#インク沼」に来場される若年層の女性はペンよりも圧倒的にインクの方に関心があるんですね。今までは万年筆を買ってからインクを選ぶのが一般的だと思っていたのですが、「インク沼」のお客様方は先にインクの種類に興味を持ち、そこから「じゃあ私、どの万年筆を使えばいいんですか」となる(笑)。

万年筆自体に関心の高い今までのお客様とは異なり、「きれいなインクが欲しい」という視点から万年筆を手にするお客様が増えてきたと痛感しています。これまでと同様のアプローチだけでは不充分だと自分を戒めています。

中田

インクからはまっていくというのは、面白い動向ですね。紅茶を買ってからティーカップを選ぶ感覚なのかな(笑)。そうやって彼女たちは何を書いているんでしょう。

宮原

会場で50人ほどの方から「万年筆で何を書いていますか」とアンケートをとったところ、日記や手紙と答える人が多く、大体5~6割を占める感じでしょうか。

山縣

私は彼女たちとまるで年代は違いますが、「日記」というのは感覚的によくわかりますね。私も万年筆を使い始めて以来、日記をつけるようになりました。

手紙はそう始終書くものでもないし、万年筆を心置きなく使えるのは日記なんですよ。日記は手紙と違って人に見せるものではないので、書きたいように書けるし、毎日どのペンを使うかも自由です。達筆な方はいいけど、万筆筆を使って自分の字の下手さに愕然とすることもあるわけで、誰にも見せない日記が一番都合がいい。

実際に万年筆で日記を書いていくと、次第に気持ちがスーッと落ち着く部分がある。だからたとえ短い文章でも、日記をつけるのは万年筆を愉しむのにうってつけです。日記を書く習慣がある若い人にこそ万年筆を勧めたいですね。

中田

今は対極的な2つの層に愛好されているのかもしれませんね。一方で丸善さんの一番伝統的なお客様かもしれませんが、モンブランのペンに純正インクを合わせるような、年配男性の層があり、他方にはペンよりもインクに関心を抱く若い女性の層がある。

年配の女性や若い男性が必ずしも無関心ということではないと思いますが、出会うこともなさそうな2つの層が万年筆のマーケットを支えつつある。こうした構図から的確にニーズを摑むというのもなかなか難しい時代ですけれど。

モンブラン考

山縣

ちょうどモンブランの名前が出ましたが、仕事柄、会社役員の方にインタビューする機会が多かったのですが、圧倒的にモンブランの所有率が高いんですね。大事な役職への昇進祝いなどで贈答することが定番になっているのでしょう。

以前、ベルリンに行ったときにモンブランのお店で、日本人はどういうものを買っていくかを訊いてみると、大抵一番立派で大きなものを買っていくという。中国人や韓国人もそうだと。「ドイツ人でこんな高級品を使う人はほとんどいない」とも言われました。きっと日本ではモンブランはある種、権威の象徴として流通してしまっているんでしょうね。大げさに言えば、文化の多様性をちょっと阻害してしまっているのかもしれない。

今や国内外問わず、いろいろなメーカーが、外見から書き味まで個性的で魅力ある万年筆をつくっているのだから、ユーザーももっと自由にその世界を愉しめばいいと思うんだけど、海外のメーカーについてはどうも〝万年筆=モンブラン〟になってしまっているようにも思いますね。

中田

最初から最大手の高級品に触れてしまうと、2本目、3本目にいくきっかけがなかなか見つからないのかもしれませんね。

宮原

モンブランはモンブラン特有の良さがあるのですけどね。私が丸善に入社した90年代前半は、モンブランのマイスターシュテュックが毎日飛ぶように売れていました。

どうしてこんなに売れるんだろうと当時は深く考えもしなかったのですが、その後、幸いドイツの工場を見学する機会があり、そこで大型車を洗うような巨大なブラシで製品に磨きをかけていく様子などを見せてもらうと、やはりヨーロッパらしい力強さを感じます。

モンブラン特有の重量感や輝き、質感はこうやって生まれているのかと。こういう質感が日本でも出せればもっと裾野が広がっていくのかなと個人的には思うのですね。

中田

ドイツのものづくりは強いですよ。プライドもすごいし。

手書き文化のテクノロジー

中田

私どものものづくりのこともお話ししておきます。中屋万年筆は創業時から1人1人の筆記のスピードや筆圧を製品開発に生かせないかと思って「筆記カルテ」と言って、万年筆の製作指示書にもなるお客様のデータをいただいています。

こうした蓄積を生かした研究を、応用統計解析がご専門である慶應理工学部の鈴木秀男先生のゼミの方々に定期的にご協力いただいているのです。収集したデータを科学的に解析し、お客様(社会)に還元できるようにと思っています。

また慶應理工学部で力触覚(リアル・ハプティクス)の研究をされている、現在MITにいる野崎貴裕先生にもご協力いただいているんです。筆記カルテを活用し、筆圧と筆記中の私たちが言うところの「動態筆圧」、筆記している感覚の快・不快などの波形データを収集する研究を助けていただいています。

お客様の〝最適な今の筆記コンディション〟を保存して差し上げる。(筆記)カルテがある以上その方の健康状態の把握も対になるかと。そんな研究をしているんです。

宮原

とても面白いですね。私達も店頭ではお客様の手の大きさや筆圧、字の大きさなどを拝見してお勧めの1本をご提案します。この方には硬いペン先が合うなとか、この方、手が大きいからちょっと太軸の大きいものを紹介しようかなとか。

数少ない情報から目の前のお客様に最適な1本をご提案するのが我々販売員の腕の見せどころだと思っていたのですが、中屋さんのような科学的なアプローチが進むと、私達の仕事がなくなってしまうかもしれませんね(笑)。

中田

いえ、お客様との接点こそがとても大切な部分なので、私達だけでなく販売に関わる方々のお知恵は必要です。ぜひ一緒にやりましょう。

宮原

今はもう数字やデータにもとづいて、ペン先や軸の設計が可能だったりするのでしょうか。

中田

まだ統計的有意性が出せるレベルには達していません。動態筆圧については、5年前にとにかく何かやろうというところから始めたばかりですので。

デジタルに負けない筆記具

宮原

脳科学の分野では手で文字を書くことは認知機能の低下を防ぐという記事を読んだことがあります。パソコンのタイピングのような〝打つ行為〟では脳が活性化しないそうなんです。

実際に手で書く時、紙の上でどこに、どのように書くか、と頭の中で整理していく動きが脳を活性化させるそうです。そういう意味ではあらゆる世代の方に手書きの良さを伝えていきたいですね。

山縣

私達はたぶん書くという行為を通じて「編集」しているのだと思います。例えば、話した内容をメモに残す場合、タイピングではただの記録になってしまいますが、自分の手で書き留めることで話をまとめる作業も同時に行っているのだろうと常々思うんですね。

だから、デジタル時代の中で「万年筆なんて何だ」という人もいるかもしれないけれど、逆の贅沢さとか意味付けが出てきて、エッジを立てられるのではないかと思うのです。

デジタル時代にのみ込まれて万年筆が消えるのではなくて、万年筆は自分の立ち位置を明確にして、深くその世界をきちんとつくれれば決して負けないものだと私は思っているのです。

中田

大学生になる前に、不自由な道具で、無用の用というか、そういう時間を持てる人というのは、かなりクリエイティブなことができるのかもしれないとは思います。

万年筆はそれ自体の重さで勝手にインクが出るのです。そこでスッと脳に考えが上がってきたときに、描画とか殴り書きでもいいから、実際に書くことによってマッピングをしていくことができる。

考えを可視化するだけだったらパワーポイントでもいいでしょう。でもその思考のプロセスにはやはり手書きの筆記具というのは何かあるような気はしますよね。

山縣

今のお話を聞いて思い出したんですが、私が駆け出しだった頃の先輩記者達は、原稿を書き始める前からすでに頭の中で文章ができていて、万年筆で原稿用紙にパッパッと書いておしまい。修正の手を入れることはほとんどなく、それは見事なものでした。

私は鉛筆で書いたり消したり、吹き出しを作ったりしてぐちゃぐちゃになった原稿用紙を先輩に提出する有様だったので、先輩たちに秘訣を訊くと、「君は頭の中でまとまっていないから書いたり消したりしているんだ。書く前からきちんと整理しておけば、直す必要なんてない」と言う。なんてかっこいいんだと万年筆のきれいな原稿にあこがれていました。

中田

かつての企業には万年筆で書類を書く人も多かったですよね。文章の構成力を身に付けるうえで、手書きというのはよい訓練になるのでしょうね。

宮原

万年筆が似合う人を表彰する会があるのですが、その会の特別ゲストでアイドルの生駒里奈さんからこんな話を伺いました。「あなたが万年筆を使うとしたら、どういうふうに使います?」というインタビューに対して、紙に「ありがとう」の手書き文字と自分の手と、その時に使った万年筆をまとめてスマホで撮って送ると答えていたのが印象的でした。

手紙を書いて、封書に入れて、切手を貼って、ポストまで持っていってなんて、メールやラインのスピードにはかなわないかもしれないですけど、それでもやはり手で書いた文字以上に味のあるものはないのかなと思いました。

自分の想いを相手に伝えたいという気持ちがなくならないかぎり、「手書き文化」は生き残るのかなと思っています。

コレクションの愉しみ

宮原

ちなみに山縣さんは何本ぐらい万年筆をお持ちですか。

山縣

30本ぐらいですね。今日は私が持っているプラチナ万年筆をすべて持ってきました。デスクペンから300円のプレピーに、そして〈#3776センチュリー〉です。

中田

オリジナルの〈#3776〉の開発の発端となったのは梅田晴夫先生が「理想の万年筆」というテーマでお書きになった文章だったんですね。それを読んだ先代が、その万年筆づくりをぜひ当社にやらせてくださいと頼み込んで始まったと聞いています。

販売面でも随分お金をかけたようで、森村誠一さんや開高健さんなど、当時一流の作家50人に〈#3776〉で書いてもらった直筆原稿が残っています。

山縣

それはすごいです。

中田

面白いのは「こんな万年筆ではあかん」と書く人もいて(笑)。当時の作家の方々の万年筆はやはりモンブランのような極太が主流だったので、そのなかでカリカリとした細字の書き味が好みじゃない人もいたようです。

山縣

他社のものでは丸善日本橋店のベテランの女性の販売担当の方に勧められて買った、銀製のキャップのペリカン万年筆がバランスも良く小さくてすごく使いやすい。

中田

私もペリカン好きですよ。

山縣

今日はプロのお2人が相手なので、ついいろいろ持ってきてしまいました(笑)。これは丸善が輸入して日本に入ってきたオノト、丸善がウォーターマンと作った1本も持ってきました。

丸善は元は「丸屋商社」といって横浜新浜町に開業した書店ですよね。創業者の早矢仕有的は福澤諭吉の盟友。福澤は丸善の経営に深くかかわっていますが、丸善は舶来品の輸入に力があったのですから、新しいものに興味のあった福澤先生も、丸善で万年筆を購入して使っていたかもしれませんね(編集部注:福澤諭吉は原稿、手紙類は基本的に筆書きのようである。「西航手帳」はほとんど鉛筆書きで一部がペン書き)。

中田

ほとんどお店に勧められて買っている感じがしますね(笑)。

山縣

そう言われてみれば(笑)。

他に最近買ったもので少し変わったところでは、イタリアのレオナルドという新しいメーカーのものがあります。

中田

イタリアのデザインはコテコテで面白いですよね。

山縣

カラフルで風格のある美しさと言えます。中田さんは自社の製品以外で個人的に買い求められたりしますか?

中田

たくさん買いますよ。変わり種で言うと、ペン先と軸が一体型になったシェーファーの〈シュノーケル〉は面白いですね。

めずらしい機構のペンは修理も大変なので同じものを7、8本買ったりしています。あとはお客様からいただくことも。

山縣

他社のペンをもらうことがあるのですか?

中田

アンティークの持ち込みが多いのです。お手製の万年筆をお持ちになる方もいます。手作りだとインクがポタポタ漏れたりして時々大変なことになるのですが(笑)。

アンティークと言えばこういう、象牙のつけペンなどもあります。

山縣

ああ、すごい。形がきれいですね。

中田

これぐらい精巧なものを中屋万年筆でも作りたいと思っています。設備投資に力を入れて100万本のロットを生産するのと違い、中屋万年筆はこだわりのある小料理屋を目指したいんです。

例えば、「10席しかないので予約してください」とか、「フグなら1週間前に言っていただかないと」なんて言えるような、数量限定の予約販売制の世界。「試しにつくってみよう」というところから万年筆づくりができると面白いだろうなと。

山縣

丸善でもオリジナルの万年筆はつくっていますよね。

宮原

そうですね。実は、丸善では大正末期、輸入万年筆が主流だった頃に、「アテナ万年筆」の商標で国産万年筆の製造に取り組んでいました。

創業150年を迎えた2019年には、当時のモデルを現代風にアレンジして発売しました。万年筆のみならず、2016年に国立歴史民俗博物館で開催された「万年筆の生活誌」展を参考にして、当時のアールデコ調デザインの化粧箱も忠実に再現し、その世界観を同デザインの本革製ペンケースを製品化することで強調しました。

また弊社の商標でもある「アテナ」を広めるべく、150周年アテナ万年筆にはアテナインキ瓶デザインのピンズを付属して発売しました。昔は海外の文具ブランドもそういうものをつくって販促品として配っていたそうです。

万年筆は筆記具としてほぼ完成されてしまっているので、こうした遊び心も表現できる余白の部分も伝えることで若い人たちにも広がっていくといいなと思うんです。

中田

インクを吸い取るための専用紙、所謂ブロッターと呼ばれる物があります。昔はあの紙の裏側をパーカーなどの文具メーカーが広告媒体としていたそうで、私もそれを集めているんです。ああいう、つい取っておきたくなる小物の存在は魅力ですよね。

名品・パーカー75

山縣

宮原さんも海外の製品も含めて色々とご覧になっていると思いますが、良い万年筆とは、どういうものでしょうか。

宮原

私にとっていい筆記具の条件とは「直せること」だと思っているんです。その意味で理想的なのは〈パーカー75〉です。

私が入社したころはまだ、輸入ブランドでもパーツ単位で豊富に供給が受けられていました。日本橋店の筆記具売り場の引き出しにはブランドごとに部品が沢山入っていて、「キャップが緩くなって困っている」というお客様に、その場で必要な部分だけ交換して店頭で修理できていたんです。

〈パーカー75〉はキャップを締めたときにカチッと音を出すクラッチが内側に付いていました。これが使っているうちに次第に緩んでくるのですがパーツさえあればその場で修理できた。

ところが今は大抵、修理ではなくまるごと交換ですし、一旦お預かりして工場などで見てもらわなければならなくなってしまいました。

山縣

私が最初に手にした万年筆がまさに〈パーカー75〉でした。あのシズレスターリングシルバーの。中学生の頃です。たしか進学祝いにソニーにいた叔父からもらった。アメリカ出張で買ってきてくれたのではなかったかな。

ただ、〈パーカー75〉と後継の〈ソネット〉では一見デザインは似ていますが、ペン先の形状がずいぶん違いますよね。昔のもののほうが断然いいと思うんですが、もうパーカーではつくらないのでしょうか。

宮原

〈パーカー75〉のファンという方は根強くいらっしゃいますね。あのペンはグリップの断面が三角形になっていてにぎりやすくできており、ペン先を回してペン先の向きを調整できる機構が優れていました。ペン先がグリップの正面を向くようにクルクルと回せたのですね。使う人にフィットする部分にオーダースーツのような心地よさがあり、非常に高い完成度を誇っていたと思います。

後継シリーズの〈ソネット〉はペン先が固定されてしまっているのが少々残念ですね。パーカー輸入元の方にお会いするたびに〈パーカー75〉を「復刻しませんか?」と持ちかけるのですが、本社の認可のハードルは思いのほか高いようです。

でも熱意はいつか通じると信じて、訴え続けたいと思っています(笑)。

中田

そのあたりがハードウェアの面白さであり、難しさでもありますね。とくに万年筆はユーザー1人1人の使い勝手が違うので微妙なところで好みが分かれます。

〈パーカー75〉のペン先の機構も中屋で実現できないかと、そわそわしながら聞いていました(笑)。

山縣

しかし、こういう話は尽きませんね。

中田

なにせ慶應はペンの徽章ですからね(笑)。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。