登場者プロフィール
切通 理作(きりどおし りさく)
文筆家、脚本家、映画監督。1993年『怪獣使いと少年 ウルトラマンの作家たち』でデビュー。『宮崎駿の<世界>』でサントリー学芸賞受賞。特撮、アニメ等について幅広く執筆。阿佐ヶ谷「ネオ書房」店主。
切通 理作(きりどおし りさく)
文筆家、脚本家、映画監督。1993年『怪獣使いと少年 ウルトラマンの作家たち』でデビュー。『宮崎駿の<世界>』でサントリー学芸賞受賞。特撮、アニメ等について幅広く執筆。阿佐ヶ谷「ネオ書房」店主。
木下 浩子(きのした ひろこ)
石ノ森章太郎先生公認のサイボーグ009ファンクラブ会長高校生の時にサイボーグ009ファンクラブに加入、1988年2代目会長に就任。同会は会誌の定期発行を続け、2020年には43周年を迎えた。
木下 浩子(きのした ひろこ)
石ノ森章太郎先生公認のサイボーグ009ファンクラブ会長高校生の時にサイボーグ009ファンクラブに加入、1988年2代目会長に就任。同会は会誌の定期発行を続け、2020年には43周年を迎えた。
大越 匡(おおこし ただし)
政策・メディア研究科 特任准教授1998年慶應義塾大学環境情報学部卒業。2000年同大学大学院政策・メディア研究科修了。専門はモバイル/ユビキタスコンピューティング等。
大越 匡(おおこし ただし)
政策・メディア研究科 特任准教授1998年慶應義塾大学環境情報学部卒業。2000年同大学大学院政策・メディア研究科修了。専門はモバイル/ユビキタスコンピューティング等。
2020/12/11
「みんながヒーロープロジェクト」
われわれは、SFCで「健康情報コンソーシアム」という、企業、病院、自治体等の皆さまにご参加いただき、情報と健康を掛け合わせて、良好な生活をするためにいかに役立つ情報を届けられるか、というコンソーシアムをやっています。その中で、今回新型コロナが広がり、何ができるのかを考えた時、「みんながヒーロー」というネーミングを思いついたんです。
ステイホームが言われ、子供たちは外で遊びたくて仕方がないかもしれない。でも、とにかく家の中にいるだけで君は感染を広げないという役割を果たせる。皆がヒーローになれるんだよ、ということです。
他にも換気をしたほうがいいとか、食事・睡眠をとって免疫力を高めることも大事といった、いろいろなアドバイスを多くの方に伝えたい。その時に、やはりキャラクターというのは有効だと思って『サイボーグ009』に登場してもらったんです。
最近のキャラではないですけどね(笑)。
われわれがともに活動をしているグループの中で、ヘルスプロモーションとして医療とエンタメを掛け合わせた「メディテインメント®」を提唱しているメディシンクという会社が石森プロとサイボーグ009で感染対策活動を企画していて、慶應とできないかと相談があった。そこで遠隔会議システムZoomのバーチャル背景に、001から009までのサイボーグ一人一人のセリフを全部書き下ろして、石森プロに監修いただいたんですね。例えば「食事は、栄養バランスに気をつけるアルよ」と、張々湖(ちゃんちゃんこ)(006)の口調で吹き出しにする。それを9パターンつくったのです。(みんながヒーロープロジェクト - 素材ダウンロードページhttps://www.keiosfchic-covid19hero-project.com/download)
そうすると、今までにないほどSNSで「いいね!」とか、リツイート、シェアをいただき、非常に好評でした。漫画家の方からも、何名もフェイスブック上でシェアをいただき、ファンの皆さまの熱意と作品の力を痛感しましたね。
とても嬉しい試みですね。『009』は歴史も長く、漫画は実に多くの出版社の雑誌に連載されている。アニメや映画に何回もなっています。
長い歴史と言えば『仮面ライダー』や『ウルトラマン』もシリーズ化されていますが、『009』は、9人のキャラクターがまったくそのままで変わらないで今に至っている。これは本当に珍しい作品だと思います。いろいろな能力を持った9人が集まって力を合わせて1つの物事に向かっていくということが長続きしている1つの要因かなと思います。
さらに、石ノ森章太郎先生が、作品が作者の手を離れて発展していくことを楽しんでくださった方でした。自分の作品をいじられるのを嫌う作家さんもいらっしゃるんですが、先生は、おおらかに見てくれた方でした。心の内ではちょっと違うと思っていらっしゃることはあったと思いますが。
ファンクラブができたのが1977年ですか。カラー版のアニメが出るちょっと前あたりですね。
そうですね。私は2代目の会長なのですが、もともと高校生の友達同士、好きな人たちが集まった感じのサークルでした。それがちょうどアニメブームに乗っかって、アニメ雑誌に紹介されるようになったので会員さんがワッと増えたんです。
今はネットで簡単に同好の人とつながることができますが、サークルに入って、そこに行かないと好きなことを話せないという時代でしたし、まだ「アニメが好き」なんて、あまり大きな声では言えなかった(笑)。
77年は『宇宙戦艦ヤマト』の劇場版が公開され、ティーンエイジのアニメブームがありましたよね。
そうです。『ヤマト』によってアニメというものが、子供でなくても楽しんでもいいんだ、という状況になってきたんですね。それ以前は、アニメなんて小学生以下の子供の見るものと思われていましたね。
ファンクラブを私が引き継いでから30年ぐらいですが、1つの作品のファンクラブでこれだけ長続きしているのはあまりないと思います。漫画家さんのファンクラブは、それこそ先輩格の石ノ森章太郎ファンクラブが私たちよりも5年ぐらい年上のサークルとしてありますけれど。
あの当時、朝日ソノラマから出た『マンガ少年』の臨時増刊『TVアニメの世界』でアニメファン投票の人気10位までの作品が紹介されていたんですが、当時放映中でベストテンに入っていたのが『ダンガードA』だけ。あとは『ルパン三世』など全部昔のアニメでした。『009』は白黒の時代(1968年)のもので、『ヤマト』に次ぐ2位でした。
だから、少し前の子供の時に見たものが復権していく時代。そういうものが後押しして、『ルパン三世』も第2シリーズができ、『009』もカラーで第2シリーズ(1979~80年)ができ、『ヤマト』も続いていく。
国際色豊かなサイボーグたち
一方、『009』の漫画は、ちょうど東京オリンピックのあった昭和39(1964)年に最初の連載が始まっています(週刊少年キング)。その時代、「サイボーグ」という言葉を、一般的な日本人はまだ知らないですよね。
石ノ森先生は、世界一周旅行に行って、インスピレーションを貯め、世界中からサイボーグのもとになる人間がさらわれてくるという設定になったようですね。石ノ森先生自身の世界各国への興味というものがそのまま各キャラクターになっている。
まだそれほど海外に行く人がいなかった時代です。『009』は途中から海底ピラミッドや世界の神秘を巡る話が多くなっていきますね。先生自身、世界各国を旅行し、巨石文明とかいろいろなものを見たとしても、あくまで旅行者であって、その世界をもっと深く知れたらなと思ったのかなと。
これは僕の妄想ですが、石ノ森先生は、もし自分がサイボーグ戦士だったら、海底に深く潜ったり、ピラミッドの中の秘密を探ったり、テレパシーで会話したり、ということが縦横無尽にできるのではと考えたのではないでしょうか。『009』を見ていて、そんな夢を追体験させてもらっているような気もしましたね。
私はお二方の後輩で1976年生まれですが、幼稚園から小学校に上がるぐらいに、アニメで『サイボーグ009』(第2シリーズ)や『ヤマト』『ガンダム』を見て、幼稚園から小学校低学年はアニメ漬けみたいな幼少期でした。
おっしゃられたように世界中からヒーローがさらわれて集まってくるという国際色豊かなキャラクター設定は、意外とほかのアニメで、あるようでない。例えば、『ヤマト』も基本的に日本人ですよね。
そうですね。
これだけ国際色豊かなことに、幼いながらもすごいなと感じていました。その中でも004(ハインリヒ)は、右手と左手と左右非対称で武器があるのが当時の憧れでした。とにかく膝からミサイルは出るわ、右手はマシンガンだし、左手がナイフになっている。そこが格好よくて。
女性ファンは、004は影を背負っているところが好きっていう人が多いんです。一番人気があるのは009ですけど、004はその次あたりです。
私は、幼稚園生だったので、影を背負っているというのは結構あとから分かりました(笑)。
当時まだドイツが東西に分かれ、ベルリンも東西に壁で分けられている中で生まれたサイボーグというその背景は興味深いですよね。当時の国際情勢を上手く反映させている。
「『009』を通してベトナム戦争を知った」という子供の投書が単行本に収められていましたね。そこに「また、ああいう漫画を描いてください」と書いてあって、今度は中東のことを描いたり。『009』を通して子供時代に世界情勢を知ったところはありました。
ベトナム戦争にサイボーグ戦士が行くというのは、ある種の戦争批判で、非常に直球の設定。石ノ森先生は、70年代に入ると『仮面ライダー』など、テレビシリーズの原作が多くなってくるけれど、60年代の『スカルマン』などは、テレビを通しての洗脳に触れられている。『009』でもアメリカへの憧れの一方でアメリカが支配している世界をブラック・ゴーストに見立てているようなところもある。そういった考えが割とストレートに『009』の初期には出ていると思います。
なるほど、そうなんですね。
未完で終わるストーリー
68年のテレビアニメ版をアニメブームで回顧して出たサントラ盤のライナーに石ノ森先生の言葉が載っていて、人間全体を人体に喩えれば、戦争を起こすような白血球(=悪)を滅ぼすことは、人体を滅ぼすことにもなりかねない。それでもサイボーグ戦士たちは戦いを挑まなければならないというテーマを描いていきたいと語っています。それが神々との闘い、要するに「天使編」(1967~68年)で描こうとしたことなんですね。
この「天使編」は中断してしまうんですよね。
秋田書店の単行本には、「天使編」を中断する作者のお詫びの言葉があって、次の巻から違う話になる。
先生の中で人間社会の悪、矛盾みたいなものに向き合って、それを乗り越えるためにはサイボーグ戦士を神への叛逆者と位置付けるという考えがあったのでしょう。神と闘うことは絶対的な劣勢に立たされる。しかし、サイボーグ戦士は、たとえ負けても神々に抗うことで、逆に人間の価値を神に見直してもらいたいと決意するあたりで中断してしまいました。それがどういう決着になるのかを、未完にしながら『009』の連載自体は続けていったんです。
手塚治虫先生だと『火の鳥』ですよね。宮崎駿さんで言ったら『ナウシカ』。このいずれも、このままだったら地球を壊してしまう人間というものをどう乗り越えるのかというテーマに触れている。『火の鳥』も未完じゃないですか。同様に『009』も、話を終わらせてしまうことはできるけれど、単なる戦いのやり取りだけではちょっと終われないんじゃないかと、そのテーマに向き合ったまま、未完で生涯を閉じられたという感じがします。
でも、先生自身はとにかく終わらせる、絶対描くという意識は強かったのだろうと思うのです。だんだん年齢を重ね、考え方も変わってくる中で、ずっと構想ノートを書いていたのですが、病気をなさって、もう判別できないような字でびっしり書いてあるんです。描きたかったという執念がそこから伝わってきました。
うちのファンクラブの20周年の時、先生はすでにご病気だったんですが、お願いしたら、カラーのイラストを描いてくださったんです。サイボーグたちが皆私服なんですよ。これはなかなか珍しくて。いただいた時、びっくりしてしまいました。
その時の島村ジョーの表情が、これから闘いに行くから戦闘服に着替えようとしている絵なのか、それとも、もしかしたら先生は病気だったので、もう疲れたので闘いを終わらせたいから戦闘服を脱いだということなのか、どっちなんだろうと。その物憂げな表情が胸に刺さりました。見る人の気持ちによってどちらとも取れるような絵なんです。
でも、本当に描きたかったんだなという気持ちは伝わってくるんです。ところが、完結することができずに亡くなられて、石森プロの早瀬さんらが漫画を完結してくれたのですが、やはりファンの中では先生が描いたものではないので、ピンとこないというところも正直あるのです。
未完のままの状態が長かったので、皆さん、心の中で自分の中の『009』を持っていて、自分の中でストーリーをつくり上げてしまっている人が多いんだと思います。
『ナウシカ』との類似
「天使編」中断後、雑誌『COM』で「神々との闘い編」を連載しています(1969~70年)。ある号は『火の鳥』が巻頭で、その次に『009』があるんですけど、4、5ページで終わってしまうんです。しかもストーリーを描いているのではなくて、心象風景みたいなもののスケッチで、終わりに、「次の号は『トキワ荘物語』を描くために休載します」と書いてある。何かこの時期は、終わらせたいのか、終わらせたくないのか分からないみたいな感じがちょっとするんですね。
あらためて「天使編」を読み返して驚いたのが、先ほども例に出しましたが『ナウシカ』の原作の終わりと通じるものがあることです。人間というものが過ちを犯す存在だから全部滅ぼしリセットして、新しい人間を生み出すという神の正義に遭遇するという展開は、『ナウシカ』の原作とまったく同じです。
神的な存在に対してナウシカがノーを突きつけるという『ナウシカ』のあの終わり方は、当時、いろいろな識者から「宮崎駿はすごい」と言われたのだけれど、もうとっくに『009』がやっているんだなと。
石ノ森先生って、すごくいろいろなことを考えて、いろいろなことをやりたがる先生なんですね。だから、いろいろな分野にわたる作品がある。「これは面白そう」といってガーッと盛り上がって描いて、ものによっては、きちんと結末をつけていない作品も多い。途中で他にやりたいものに興味が移ってしまうところもあったようです(笑)。
あれだけ忙しいのに、睡眠時間を削って映画も見て、本も読んで、お酒も飲んで、タバコも吸って、ゴルフも行って、ファンが行っても歓迎してくれました。正月の2日には先生の家にファンが遊びに行っていたんですよ。
先生の中では、たぶん一度「ヨミ編」(1967年)で終わっているんですよね。「それ以外は認めない」というファンの人もいますし、私もあれが一番の名作だなと思います。
ファンがやめちゃ嫌だと猛抗議して再開したんですが、たぶん先生自身も別の形で描くと、どんな作品になるんだろうと思って描いてみたら、延々続いてしまったんだと思うんです。
女性ファンの心を摑む
ファンクラブの会員は圧倒的に女性が多いんです。たぶん男性も好きな方はたくさんいらっしゃると思うんですが、男性は、どちらかというと自分の中で思いを昇華しちゃうようですね。
なるほど。フェイスブックにこのコンソーシアムのことを出しますと、50代、60代の、やはり女性の方の反応が多いですね。
女性はどのキャラクターが一番好きなんでしょうか。
一番は島村ジョーだと思います。石ノ森先生の描く島村ジョーって何か色気があるんですよ。カラー版のアニメシリーズのオープニングでは009が涙を流すんですね。ヒーローもので涙を流す主人公なんて普通いない。そういうところにたぶん女性はグッと心を摑まれる。
第2シリーズのオープニングですね。ほかのメンバーはオープニングで特技を披露する。でもジョーは泣いてるんですよね。あれは当時、話題になりましたよね。
あれに結構、女性ファンは心を摑まれましたね(笑)。また、その時の声優さんは、当時はまだ駆け出しで、甘い声で。
『009』って、アニメ化するたびに声優さんが代わるのも珍しい。こんなに声優さんが代わった作品も、キャラクターデザインが変わった作品もないんじゃないかと思います。
確かにそうですね。
絵柄も声も全部変わるのだけれど、全部『009』なんですね。
石ノ森先生の原作の絵がだんだん流麗な島村ジョーになっていくじゃないですか。それがすごくしっくりくるんですよね。初期ももちろんいいんですが。
いかにも少年漫画という。
そう、いかにも少年漫画的なよさはあるけれども、そのなかに潜在的にキャッチしているものがより繊細な形で石ノ森先生の中で昇華されていって、それが具現化されているような感じがしますよね。
これは男の子向けの漫画、アニメだったわけですが、これだけ女性にも人気が出てしまった。今でこそ『少年ジャンプ』の人気漫画が女の子に人気で大ヒットする作品はたくさんありますけど、たぶんその先駆者だったんだと思いますね。
「リブート」という展開
先生が亡くなって一応完結編も出てからリブート(再起動)がまた始まるわけですよね。漫画の連載もまた始まっていって。
そうなんです。とんでもない作品です。ちょうど『RE:CYBORG』(2012年、神山健治監督)の映画をやった時に、監督にインタビューをさせていただく機会があったんです。その時、「企業とコラボ、やってるんですね」と言ったら、企業のそこそこ決定権を持つ年齢の人に『009』が好きな人が多くて、話を持っていくと、すんなりOKをもらえるとおっしゃってました。
子供の頃に見た『009』が好きで記憶に残っているんだなと思いましたね。
まさに今回の健康情報コンソーシアムの企画もそこが狙いなんです。当時子供や学生だった方が今、40代から60代で、家庭をお持ちだと、そこから広げられますよね。
子供の時にヒーローだったキャラクターが今も現役でいるということは、他にあまり例がないなと思いまして。例えば『ガンダム』のアムロ・レイも、今も現役で描かれているわけではないですし。
『ガンダム』はガンダムというロボット(モビルスーツ)はあるのですが、世代も話も変わっていって年代記になり、アムロの下の世代たちの話ですものね。それに引き替え、サイボーグは歳を取らないので。
そう、001はいつまでも赤ちゃんですからね。
だから、だんだん新作をつくるにつれて、004のベルリンの壁の扱いをどうしようかと、スタッフの方々は苦労されていた。2001年のテレビ『サイボーグ009 THE CYBORG SOLDIER』ではコールドスリープしていたことにするという、なかなか難しいことをやっていました。ベルリンの壁なんて、今の子たちは知らないし。
この企画検討中、「現代版の004はベルリンの壁はいらないよね?」という問いかけに、「ベルリンの壁がないと、004じゃないですよ」といったやりとりがあったと聞いたことがあります。
いざふたを開けてみたら、004までは冷戦初期の古い時代の改造なんです。だから実際にベルリンの壁でケガをして、サイボーグになる。でも時代が早すぎたので、全員コールドスリープにしてしまって、そのあと30年ぐらいたって、005以降が第2世代としてつくられたという驚きの設定。
だから、003と009は実は30歳ぐらい違う(笑)。コールドスリープして時代を超えるというのは、なかなかすごい発想でした。
でも最大の謎は、ギルモア博士はいったい何歳なんだと(笑)。
リアルに考えると、ギルモア博士は途中で死んじゃいますよね。
だから、実はギルモア博士もサイボーグじゃないかと言われました(笑)。
リアルな世界を背景に描く
004は、ファンクラブの間では、西ドイツの出身なのか、東ドイツの出身なのかと、皆がいろいろ自説を展開します。たぶん先生は細かい設定までしていない。
東ではないんですか? 一緒に逃げるエピソードがあるじゃないですか。あれを見て、僕は東だと思っていたんですが。
私も単純に東だと思ったのですが、もともと西の人が東に行った時に戻れなくなって彼女を見つけて、彼女を連れて西に戻りたいんじゃないかと説を唱える人もいて。
時代背景という意味では、008も当初は「奴隷商人から逃げた」という話でしたよね。子供の頃、奴隷商人って何だろうと思って。
当時はもうアメリカにも奴隷制なんかないわけですが、その記憶が残存していて、まだ人買いみたいなことをする人たちがいてもおかしくないという想像が成り立つギリギリの頃につくられた話ですよね。
今はああいった話を書こうとしても難しいかもしれません。社会情勢には直に触らないほうがいいという感じに漫画の世界がなってしまっている。だから今は、異世界に行っちゃった話のほうが簡単なんですよね。
異世界だったら、すべて「これは異世界だから、こういう話でいいんだ」となる。でも、『009』はあくまでもリアルな世界をベースにした話をつくっている。逆にそういう縛りがなかった時代だからこそできた作品かなと。
そうですね。『009』は、かなり直球の設定が多くて、今だったら、ちょっとできないかもしれません。
でも、素朴に考えてみたら、007がイケメンに変身してモテる話がありましたが、「できないことをやりたい」みたいなものこそが直球の欲求ですよね。これを社会に広げて考えれば、人間として生きていて足りないものを、粉飾なく正直に掘り下げていたといえます。特に初期は世界情勢への迫り方を感じますよね。
名シーン、名セリフ
すべての009漫画の作品タイトルごとに9人がどれくらい出てくるかという統計が009研究本にありまして、主人公なので009が当然トップなのですが、第2位はやはり004なんだそうです。そして、第3位が007。何にでも変身できるところが強いのかもしれません。
007は、ちょっとメタキャラ的というか、ジョークを言ったり、なごませ役でもありますから。
最初の白黒アニメでは007が子供ですよね。でも、あれも変身能力で子供の姿になっているんではないかという説もあります(笑)。
僕も白黒のアニメで『009』に最初に触れた世代ですが、基本的に1話完結。題材も反戦を強く訴えたり、子供番組の中でシリアス劇を展開していた。人間が信用できない心理や、復讐劇、サイボーグになった青年と少女の悲劇とか。
結構シリアスでしたよね。悪いやつが徹底的に悪くて、それをやっつけるというだけではない。
シンプルな勧善懲悪ではないと。
それこそ、映像の中に広島の原爆ドームが出てきたりする。原爆の碑に書かれている「過ちは繰返しませぬから」という文がちゃんと画面に出てくる。あれを子供番組でやってしまうところがすごい。
現実とコミットしていく原作の姿勢を、最初のシリーズは強く出していましたよね。
それはたぶん脚本の辻真先先生の力が大きかったんじゃないかなと思いますね。
そうですね。最終回も、「ヨミ編」の最後のテレビ流のアレンジとも取れるやり方でしたね。
「ヨミ編」の、俗に「どこ落ち」って私たちは言うんですけど、宇宙空間でブラック・ゴーストを倒して地球に落ちていく009を002が救助に向かうものの、燃料が尽きて2人で燃えながら落ちて行く、あのラストシーンはファンの心を打つんです。2001年の3度目のテレビシリーズ(平成版)でも最後に「ヨミ編」をやってくれました。あれは、私は何回見ても泣ける名シーンです。
メインのキャラクターでもない市井の姉弟が、物干し台の上で外を見ていて、燃えながら落ちてくるジョーたちが流れ星に見えて、弟が願い事で「おもちゃのライフル銃が欲しい」と言ったら、姉が「世界に戦争がなくなりますように! 世界中の人が平和で仲良く暮らせますようにって祈ったわ」と言う。あれは名セリフとして、たぶん皆の心の中に残っているのではないかと思うんです。
平成版のアニメは、「ヨミ編」も「ミュートス・サイボーグ編」も映像化してくれました。やっぱり、「ミュートス・サイボーグ編」の「あとは勇気だけだ!」というセリフがかっこいいんですよ。そこらへんで女性ファンは刺さるんですよ(笑)。
ミュートス・サイボーグのほうがみんな能力的には上で、「おまえの能力は、まさか加速装置だけとは言わないよな」と言う問いに対し、009が「あとは勇気だけだ!」と言う。あれですね。
影を背負うキャラクター
今回読み返しても、「あ、これ、後のいろいろな漫画の源流になってる描写だな」と思うようなところは結構ありましたね。
昔は、今のように漫画の量がなかったので、たぶんあの時代に漫画を好きで読んでいる人は皆、目にしているのでしょうね。
共有体験ですね。テレビも当時だと、5時台はアニメか特撮の再放送、ゴールデンタイムの7時台は新作。ビデオのない時代ですから、もう皆、リアルタイムで見ていましたからね。
『009』はやっぱりマフラーが特徴ですよね。石ノ森先生の作品は『仮面ライダー』もマフラーをしていますし。
だいたい先生の描くものはマフラーかマントかを着ている。『ゴレンジャー』もそう。やっぱり絵的にかっこいいんですね。
本当は戦う時、邪魔なんでしょうね(笑)。
どう考えても(笑)。マフラーも、ファンの間では、あれは1本なのか2本なのか話題になったんです。『RE:CYBORG』の時には、監督は本当はマフラー2本にしたかったけれど、CGにすると大変なので1本にしたとおっしゃっていました。2つなびかせるのは大変らしくて(笑)。
でも、マフラーがあると、動いた時のスピード感が出ますよね。風を切っている感じが。
『009』って、デザインとかは変わっていますが、基本的にそれぞれの能力の部分とキャラクターは50年前とまったく変わらないですね。
あれだけ変わらないのは、他に『ルパン』ぐらいではないですか。あと、意外と『妖怪人間ベム』が根強い人気なんですよ。
そうなんですか。
やっぱりちょっと変わったキャラクターのほうが長続きするんですね。あと、日本人は影を背負っている人が好きなんだと思います。妖怪人間だって、「早く人間になりたい」って影を背負っている。
00ナンバーサイボーグの場合は全員、事情も違う影を。
石ノ森先生、影を背負うキャラクターが好きなんですよね。天真爛漫なヒーローって、あまり描かないんじゃないかな。
004は左右非対称ですが、『キカイダー』もそうですよね。あの当時は、ロボット、合体アニメもいろいろあったんですが、左右非対称が格好いいんですよ。
『六神合体ゴッドマーズ』とか。
そうですね。石ノ森先生の原作ではありませんが、『ゴッドマーズ』も右足と左足、右手と左手で色が違うとか、面白みを感じますね。
石ノ森先生が先取りして、普通の人が考えないようなアイデアを出している。
とにかく作品がとんでもない数です。石ノ森先生が絵を描くのを見ていると、速さが本当にすごいんです。サササッて描いて、それでいてちゃんと構図が取れている。やっぱり絵を描く才能がピカイチだったなって思います。ジョーなんか、頭の角から描くんですよ。それでいてちゃんと描けてしまう。普通、顔の輪郭とかから描くじゃないですか。石ノ森先生はサラッと描いても独特のニュアンスがでるんです。
今回79年のアニメを見返して、あの当時のアニメの温かい描写は、今のデジタルで描かれたアニメとは全然違うと感じました。山小屋で暖炉があって、火の影が009に当たってその火が揺れるシーンがあるのですが、よくこんなに手間をかけてやっていたなと、あらためて感じましたね。
9人の個性という多様性
今の特撮、アニメは、いかに親、特にお母さんを取り込むかというところがポイントですよね。『仮面ライダー』やスーパー戦隊とかもイケメンの男の子が活躍していて。
『仮面ライダー』はまさに石ノ森先生の原作だし、亡くなった後もどこか引き継いでいるものはあると思いますね。『仮面ライダー アギト』なんかは完全に「神々との闘い」がモチーフになっていたし、漫画の『仮面ライダーSPIRITS』も「ベトナム戦争編」を思わせるような要素がある。
チームで戦うという『009』の発想は『ゴレンジャー』的なもののひな形になっているし、そういう点でも非常に新しくて、今も引き継がれているところがあるんじゃないですかね。
9人というのは野球が頭にあったらしいですね。「皆で協力して戦う」という考え方は、私も『009』で教わったようなところがあります。
私がすごく好きなのは、1つのエピソードが終わると、いったんメンバーがバラバラになるじゃないですか。それぞれの国に帰って、それぞれの生活をしている。それでまた、何かがあると集まってくる。あれが感情移入できるんですよ。
それぞれの背景を持っていても、いつも一緒に行動しているのだったら、結局、背景は最初に紹介されて終わりになってしまうと思いますけど、戦いが終わるたびにいったん自分の故郷に戻る。でもそこで受け入れられなかったとか、恋人ができたけれど上手くいかなかったとか、いろいろあって、それでまた集結する。
戦っている間、やっぱりこの仲間たちしか、本当の意味での運命を分かち合えないんだなというのが逆に、ある種の温かみとして何か伝わってくる。あれがいいんじゃないですか。
これほど主要キャラクターの能力がバラけていて、多様で、補完し合うようなチーム戦のアニメはない気がするんです。
今、大学で学生を教えていますが、学生の得意なところは1人1人バラバラです。われわれはそこをいかに伸ばすかに注力する。平均点の学生が育つよりは、特異なスキルがある学生の芽を伸ばしてあげることが役割だと思っています。
ですので、多様性、ダイバーシティというキーワードと絡めても、「009」は非常に新しいし、今の時代に合っているなと思いますね。
それを50年以上も前に作品として仕上げたというところがやっぱりすごいなと。
世界中から人種にかかわらずキャラクターを集めたということと、もう1つ、誰に何の能力を振るのかがすごく上手いですよね。長年続いているものって、普通、だんだんその設定が変わっていったりするのですが、それがほとんどない。
初期の属性そのままで、しかもそれがドラマの中でちゃんと生きている。003は目と耳を強化されたサイボーグですが、もう完全に何が起きるのか予知しているという勘の鋭さがあって、すごく全体に生きている。そういうものって珍しいんじゃないですかね。
そのくせ主人公は加速装置と「あとは勇気だけだ!」と言う。そこの、意外とシンプルなところが面白いですね。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。