慶應義塾

海賊が世界をめぐる

登場者プロフィール

  • 桃井 治郎(ももい じろう)

    清泉女子大学文学部准教授

    筑波大学第三学群社会工学類卒業。中部大学大学院国際関係学研究科中退。専門は国際関係史、マグレブ地域研究。在アルジェリア大使館専門調査員、中部大学准教授等を経る。著書に『海賊の世界史』等。

    桃井 治郎(ももい じろう)

    清泉女子大学文学部准教授

    筑波大学第三学群社会工学類卒業。中部大学大学院国際関係学研究科中退。専門は国際関係史、マグレブ地域研究。在アルジェリア大使館専門調査員、中部大学准教授等を経る。著書に『海賊の世界史』等。

  • 伊藤 盡(いとう つくす)

    その他 : 信州大学人文学部教授文学部 卒業文学研究科 卒業

    1989年慶應義塾大学文学部英文学専攻卒業。95年同大学院文学研究科博士後期課程単位取得退学。専門は英語史・中世英語・北欧語。監訳書に『【図説】ヴァイキング時代百科事典』がある。

    伊藤 盡(いとう つくす)

    その他 : 信州大学人文学部教授文学部 卒業文学研究科 卒業

    1989年慶應義塾大学文学部英文学専攻卒業。95年同大学院文学研究科博士後期課程単位取得退学。専門は英語史・中世英語・北欧語。監訳書に『【図説】ヴァイキング時代百科事典』がある。

  • 太田 淳(おおた あつし)

    経済学部 教授

    1993年早稲田大学第一文学部卒業。広島大学大学院文学研究科准教授等を経て現職。専門は近代東南アジア経済史、インドネシア史。19世紀ユーラシアにおける海賊と国家形成の関係についても研究。

    太田 淳(おおた あつし)

    経済学部 教授

    1993年早稲田大学第一文学部卒業。広島大学大学院文学研究科准教授等を経て現職。専門は近代東南アジア経済史、インドネシア史。19世紀ユーラシアにおける海賊と国家形成の関係についても研究。

2019/09/02

人気がある海賊

伊藤

今、ちょうど10世紀から11世紀にかけてのヴァイキングを扱った幸村誠さんの『ヴィンランド・サガ』という漫画がアニメ化されて注目を集めています。昨夏に、アイスランドで行われた国際サガ学会と並行して幸村誠さんを招いて、立教大学の小澤実さんと私がアイスランド大学スタッフと協力してマンガのシンポジウムを開き、大変盛況でした。塾の文学部の井口篤先生もパネリストのお一人でした。

その作品中、デンマークの王、後にイングランド王「カヌート」とも呼ばれるクヌートルが、「自分はヴァイキング王である」と言う、非常にかっこいいシーンがあります。このように、おそらく海賊は「かっこいい」、そして「恐ろしい」というイメージがあるのと思うのですね。

桃井

たしかに、海賊という存在には不思議な魅力があると感じます。私は『海賊の世界史』(中公新書)という本を書くに当たって様々な時代の海賊を調べてみたんですが、海賊のタイプは一様ではなく、その多様性が非常に面白いなと思いました。

私はもともと、アルジェリアがフランスに植民地化される19世紀初頭の国際関係史に関心があったのですが、当時のウィーン体制の下で、ヨーロッパ諸国が北アフリカのいわゆるバルバリア海賊を禁止するという合意をしました。ちょうど奴隷貿易の禁止と同時に、文明化の1つとして海賊行為が禁止されるのです。

当時、北アフリカはオスマン帝国の一部でしたが、こちらはこちらで言い分がある。ですので、被征服者側の北アフリカから歴史を見たら面白いかなと思って調べ始めました。

太田

私はインドネシアのある地域の社会変容を研究しているのですが、18世紀にバンテン、ランプンというジャワの一番西、スマトラの一番南のあたりにオランダが勢力を伸ばした時に、たくさん海賊に対する言説があるんですね。

その後、18世紀末から19世紀初めの西カリマンタン地域でも、やはりオランダ人がたくさん海賊のことを記録している。その時はもう東インド会社から直接植民地支配になっているのですが、同じ海賊について書いても言説が少しずつ違う。

海賊行為というもの自体は同じでも、それを見ている側の国家や権力側の「書き方」が違うところに面白みがあるのではないか、と思って調べているところです。

誰が「海賊」と呼ぶか

桃井

人間が海に乗り出し、交易が発達すると、それを襲う人間が出てくる。それが海賊の始まりでしょう。

地中海では、風が止むと進まなくなってしまう帆船の商船を狙って、人力によるガレー船の海賊が出現する。そういうことが、記録がない時代からあったのだろうと思います。歴史家フィリップ・ゴスは、海賊行為は「最も古い人間の行為の1つである」と言っています。

ただし、いったん海賊と海賊行為を分けて考えたほうがわかりやすいと思うのですが、今、言ったのは、船を襲ったり、沿岸の町を略奪したりという海賊行為のことです。

一方、「海賊とは何か」と問われるとなかなか答えづらい。海で略奪行為をするものがすべて海賊と言えるのか、海賊を定義するとなると、とたんに難しい問題になります。

太田

そこはもう、「誰が名指し、そう呼ぶか」なのでしょうね。マレー海域ではフルタイムの海賊というのは少なくて、普段は商業をやっていたり、あるいは王族の一員として政治をやっていたりする人間が、ある時期に海賊行為を行うわけです。

それはもう彼らの生活の一部、政治や経済活動の一部なのですが、そういった人間を「海賊である」という語り手が出てきたときに、彼らがプロフェッショナルな海賊であるように位置づけられる。

それを生業としているかどうか、では定義付けができなくて、むしろ、そう呼ぶ人間が現れることによって海賊という存在が立ち現れるのではないかと思うのですね。

伊藤

太田さんが、おっしゃった通り、豪族、王族の一員として農業に従事していながら、季節労働のように、もしくは後の人々の言説によれば、男を上げるために海賊行為に行くこと自体がヴァイキングと言ってもよいのです。

ヴァイキングという言葉自体は古英語にも存在し、それがどういう意味なのかは長年議論があるのですが、「ヴィーク」(古北欧語vík)というのは〝入り江〟という意味があるので、私は、「入り江に入ってする何かの行為」をヴィーキングと言い、それをする人たちがヴィーキングルと呼ばれ、英語のヴァイキングになったと考えています。

そして、9世紀頃、北欧の人たちが突然、船足の速いヴァイキング船をつくれるようになったのです。それ以前から航海術はかなり発達していた上に、非常に喫水線の浅いヴァイキング船が作られて、鉄器を持って海賊行為をするようになった。

それで外国に行き、相手が強ければ北欧から持っていったものと物々交換する。でも相手が弱ければ、武器を持って襲う。それがビジネスで、そこに良心の呵責もあまりなかったのではないか。

その後、人々は彼らをヴァイキングと呼ぶようになった。実際にヴァイキング行為が行われていた当時は、「異教徒」、もしくは「北欧人」という呼び名が基本で、ヴァイキングという名はもっと後の人たちの命名だと考えられています。

海賊の二面性

桃井

海賊のとらえ方が難しいのは、暴力行為を働く荒くれ者という反社会的な側面とともに、時代によっては社会的に認められた海賊行為もあるというところです。

自分たちの同類を襲うのは単なる荒くれ者ですが、襲撃対象が敵対する「他者」である場合には、それを襲うことが社会的に認められるという面がある。

この、自己と他者の線引きをどう引くのかということが、それぞれの時代の海賊行為に対する認識を特徴づけているように思います。

伊藤

後に、歴史的な小説として語られる「サガ」と呼ばれる文学では、王が自国の中のヴァイキングたちをどう処理するのかというエピソードが出てきます。要は、王が王権を広げていく中で、こういう人たちを自分の中に取り込んでいった。桃井さんがおっしゃったような、「他者」を襲う勢力として「自他」の認識が曖昧な連中を取り込んでいったのです。

あるいは、ヨームスボルグと呼ばれる伝説のヴァイキング軍団の基地が、今のポーランド地域にできて、所属する人たちは非常に怖くて強いという言い伝えがあり、その人たちは後世の伝説では「ヨームのヴァイキング」と呼ばれる。命名というのはとても大事な気がします。

太田

マレー世界では、16世紀ぐらいには海上のいろいろなルールを決めるマレー法と一般に言われる法律ができます。でも、この法律には全く王位継承のルールがないのです。

ですから、叔父であろうが弟であろうが、あらゆる人間が王位継承者を自称でき、王位継承は必ず戦いになる。そして、そこで敗れた集団は、たいていマレー海域の別の地域に行って新たな勢力を作るのです。

マラッカ王国というのも、パレンバンの王位継承争いに敗れたパラメスワラという王子が、マラッカ海峡を渡ってマラッカの地に定住したことから始まります。

「俺は王に対抗する」と宣言すると、その王へと向かう商船を襲撃することが正当化される。「襲われるのが嫌なら私の港で商売をしろ」と脅して、自分の港に商船を呼び込むのです。そして、元の王を打ち倒せば、今度は彼が正当な王になれる。

そうやって小さい王国がたくさんできるのですが、王国史を残した国では、その中で、海賊を指す「プロンパック」(直訳すると襲撃者)というマレー語を、王の行為だけには使わない。「王は生計の手段を確保した」とか、「自らの民を養う行動を取った」とか、あらゆる言葉で正当化する。どんな行為も、ネガティブな言葉では書かれなくなるのですね。

海賊が活躍した時代

伊藤

面白いですね。それは16世紀以降ということですか。

太田

そうですね。今、紹介した王国史は19世紀に書かれたものですが、そのぐらいの時代にも似たような出来事は起きているので、その頃からそう認識された可能性は高いです。

伊藤

ちょうどイギリスがエリザベス女王を中心に海賊行為を容認した時代と重なるのは興味深い。

桃井

そうですね。ほぼこの時期(16世紀)にカリブ海地域に海賊が現れます。これは何段階かあるのですが、最初はスペインが「新大陸」を発見して独占的に支配したときに、イングランドやフランスの船が密貿易を開始し、その後、財宝を輸送するスペイン船を襲い出します。

伊藤

ドレークがエリザベス女王の支援も受けて活躍するのがこの時期ですね。

桃井

ええ。そのうちにイングランドが北米に植民地を築くと、海賊は通商を妨げる厄介者になって、逆に排除の対象となっていく。ディズニー映画の『パイレーツ・オブ・カリビアン』などで描かれる荒くれ者、国家秩序からの離反者としての海賊の時期です。

また、海賊は海軍の先鞭のような役割も担いました。エリザベス1世の時代には、海軍の力が弱かったので、民間の船に対しても、戦争が始まったら交戦国の船や領土を襲っても良いという許可が公的に与えられました。それがいわゆる私掠船(Privateer)です。

近代の主権国家体制に基づく国際秩序ができる前の時代には、いろいろな形で海賊行為が正当化されたというところがあります。

太田

国家にとっては、大規模な海軍を維持するよりはコスト的にもとても助かるものだったでしょうね。海賊側も普段は商船として活動し、いざという時に略奪の許可を得られるのはすごくメリットがある。だからやはり、どうしても持ちつ持たれつになりがちですね。

桃井

そうですね。しかし、最終的には海賊に対する国家のコントロールが利かなくなっていきます。戦争が終わっても海賊はその旨味を忘れられず、海賊行為を続ける。時には自国の植民地も襲い始める。そうした状況から海賊を排除していく動きが出るのが、17世紀後半から18世紀なのだと思います。イギリスが海賊法などを定めていく時期です。

海賊は人類共通の敵か?

桃井

いずれにしろ、世界全体のパワーバランスの変化と海賊のあり方はリンクしています。群雄割拠の時代にはいろいろな勢力が海賊行為をしてお互いを非難する。西洋史で言えば、古代ギリシアや中世の地中海などがそれにあたります。

一方、海域で覇権が打ち立てられると、海賊は排除の対象となっていく。古代ローマのパクス・ロマーナの時代になると、海賊行為は悪ということになる。キケロの言う「海賊は人類共通の敵」ですね。ローマだって地中海に覇権を広げていく過程では、いろいろな国を征服していったわけですが、それは正当化されてしまうのです。

もちろん暴力行為自体はよくないことですが、覇権が打ち立てられた後に言われる、絶対悪としての「海賊」は、ある意味でレッテル的なものもあるかなと感じます。

太田

東南アジアでは、海賊を絶対悪とみなす言説が、19世紀の初めから出てきます。オランダもイギリスも、植民地政庁という権力としてこの地に現れた時、決して覇権は伴っていないのに、「あらゆる民に害悪をもたらす海賊は根絶されねばならない」とか、「我々はここに平和と文明と法、秩序、自由な貿易をもたらすのであって、それを阻害するものは排除する」と言い出すのです。

それ以前の東インド会社は、自分たちの貿易を邪魔するライバルを皆、海賊と呼びますが、絶対的な正義を語るという発想はまずない。それが、19世紀初めになると、ヨーロッパ人たちはそういう言説を使うようになるのですね。

桃井

なるほど。19世紀初頭、いわゆる北アフリカの海賊はウィーン体制の下で禁止されるのですが、その理由は2つあって、1つは、キリスト教徒が北アフリカで奴隷にされているという人道上の問題です。

2つ目がまさに太田さんが言われた自由貿易の問題です。海という自由な場所における商業活動を脅かす海賊は悪であるということです。

この2つの考え方が明確に出てきたのが19世紀で、それはヨーロッパがいわゆる重商主義の時代から自由貿易の時代に移っていったことと重なるのかなと思います。

18世紀まで、なぜ北アフリカの海賊が温存されていたのかというと、有力国のイギリス、フランス、オランダがそれを認めていたからです。北アフリカに海賊がいれば、他の国がその地域に商業活動に入ってこられないので、自国の商業にとってはむしろ都合がよかったんですね。

包摂と排除

伊藤

近代になって公海という考え方が出てくることも自由貿易の考えと、リンクしていますよね。

桃井

そうですね。公海という考え方は、基本的にはスペインが新大陸での商業活動を独占したことに対して、後発国が反発したという背景があると思います。

現在の領海は、大砲が届くところまでは自分の海とするというところから来ていますが、それ以遠は誰のものではないとし、航行の自由という原則が確立していったのは、イギリスの覇権下の19世紀です。

18世紀まではオランダ、フランスとイギリスの覇権争いがかなり激しかったのが、自由貿易が奨励され、そのイデオロギーが定着していくんだと思います。

太田

実際には19世紀になっても、東南アジアではなかなか海賊は排除されないんですね。1820年代でも、ヨーロッパ勢力と現地の海賊との協力はよく行われます。シンガポールを取りに行ったイギリスも、明らかに海賊をやっているトゥモンゴンという地方領主を海賊鎮圧のために体制に入れるのです。

オランダも海賊と分かっているものを、海賊鎮圧の責任者として、オランダの海軍に入れて、マヨールという海軍の位を与え、最終的にはスルタンにも任命してしまう。

そのように海賊行為をしていることは分かっていても、あえてそこに任せて、金をかけない統治をするといった例はとても多かった。言説上は「海賊を排除する」という表明をしても、実際にはそうはせずに現地のシステムを上手く自分たちと融合させようとしたんですね。

桃井

なるほど、面白いですね。海賊を包摂して利用していく時期と、排除していく時期があって、それが必ずしも世界同時的に進んでいるわけではないんですね。

太田

地中海では、すぐに海賊を排除できたのですか。

桃井

地中海の場合、ヨーロッパの覇権が実質上かなり進んでいたので、北アフリカの海賊は19世紀初頭には鎮圧されました。比較的早い段階で包摂の時期が終わって排除に向かったのでしょうね。

王様が行う海賊行為

伊藤

「歴史は繰り返す」ではないけれど、古代ギリシアの時代から、結局、包摂と排除の繰り返しが起きているのではないかと思うのです。そうすると、ヴァイキングがなぜこんなに注目を浴びるのかを考えると、長い世界史の中でも特別な部分があるのかなと思います。

シンガポールの海賊を海賊鎮圧のために利用したオランダとは違い、中世後期のデンマーク王は、クヌートのように、王様自身が、自らが海賊を率いて、征服・侵略をしていったわけです。

同じように、ヴァイキングの頭目が、パリに行って王様と交渉した結果、ノルマンディーの大公になってイングランドの半分を征服したり、東欧に向かった北欧人はキエフ大公国をつくった。王様や頭目が自ら出かけていくあたりが、ほかの海賊と違うのではないかと思いました。

太田

デンマーク王という国家の指導者が、外部の軍事力を利用したのでしょうか。

伊藤

外部というよりは、自分の国内の勢力を結集して侵略をしていったんですね。同じことを、ノルウェーの王様もやっています。海賊行為をする連中を集めて、イングランドを襲う。

最終的には、「最後のヴァイキング」「ハラルドル苛烈王」と呼ばれるノルウェー王ハーラル3世は、イングランド王ハロルド2世と、ヨークシャーの近郊で戦って1066年に倒されます。それが、北欧ヴァイキングの最後の戦いとみなされている。それ以降は王権が確立し、いわゆる封建時代になって、人々が土に根ざす時代になっていきます。

そう考えると、ヴァイキング時代というのは、土に根差さないで海を通して活躍した人が多く出た時代だったのではないかと。そこは、太田さんがおっしゃったマラッカの話と少しつながりそうですね。

土に根差さない人の活動

太田

とても似ていると思います。16世紀マラッカもそうですが、18世紀ごろの西カリマンタン、マレー、あるいはインドネシア諸島一帯では、土に根ざさない人たちの活動がとても強まるのです。

東南アジアでは15世紀から17世紀は「商業の時代」と言われ、高級香辛料のナツメグ、メース、コショウや、沈香(じんこう)のような高級木材など、非常に希少な産品が重要な輸出商品でした。このような高級産品は、生産地と積み出し港が限られるので、ここをコントロールできる王が非常に強くなる。そして、産地の周辺と港の支配を目指す国家が現れるのです。

そういった独立王国が、一度、オランダ東インド会社によって弱められるのですが、その後、すぐにまた東南アジアに小さな国家がたくさん現れます。そして、18世紀半ばから、中国で中間層が拡大し、豊かになった人たちが、東南アジア産品を非常に欲しがるんですね。そのターゲットが、東南アジアのツバメの巣、フカヒレ、ナマコといった、ちょっと珍しいものでした。

伊藤

高級食材というわけですか。

太田

いえ、ちょっと違って、「ミドルクラス・ラグジュアリー(中間層のちょっとした贅沢品)」と呼ばれる、高級ではあるものの、ナツメグ、メースのように、手が届かないほどの値段が付くものではない。だけど、中国国内では取れないので珍しく、それまで宮廷でしか食べられていなかったものです。

ところが、これらの産品は、東南アジアでは本当にどこでも取れるので、産地や積み出し港を独占してもほとんど意味を持たない。こういった産品を取る人は定住しないで港から港を移動しています。しかも、不便な僻地で取れることが多いので、国王の保護も期待できず、自分たちで武装して、小さな政治勢力をつくるんです。これがすごく18世紀から19世紀の初め活発化するんです。

伊藤

なるほど。そういうことなんですね。

機動力に優れた海賊の船

太田

そういった産品を集めるには人力が非常に必要で、かつ競争も抗争もあるので漕ぎ手や武力も必要ですから、海賊のような集団がたくさん出てくる時代になる。

彼らが国家をつくることもあれば、国家と微妙な関係を維持して免税されたり、住む土地を与えられるなどメリットを与えられ、協力することもありました。そういった一定の自立性や距離を保った集団が活躍しやすい時代というのがあるのではないかと思います。

伊藤

地理的交通の僻地のような状況がそういった海の人たちを生んだと考えると、なぜ北欧がヴァイキングを生んだかということが納得できるような気がします。

ノルウェーも、スウェーデンも、村と村との交通が非常に不便でした。水路を辿れば大したことはないのに、陸路は非常に難しいのが北欧の地理的な特徴です。だからこそ小さな集団が点在し、彼らは武力を持ち、3隻、4隻と小さな船団をつくるのです。

しかも、機動力に優れた小さい船で、すいすいと自由に動けることで、経済的、あるいは商業的なメリットを生む。小さくて軽い船を60人ほどで漕ぎ、陸路ではそれを抱えて移動するのです。

太田

それはすごいですね。

伊藤

東南アジアは島と島との間がかなり近いので、「この水路を断ったら、この地域は首根っこをつかまれる」ということはないのですか。

太田

なかなかそれが難しいんです。ある水系の下流の、河口に近いところを押さえようとすると、上流の人間は分水嶺を越えて、別の水系に行ったりするんですね。

海賊の船が小さくて機動力に優れているのは同じです。入り江や河口にすぐに隠れてしまって見つけられないのですね。それに業を煮やしたヨーロッパ人は海岸線や河口の詳細な地図をつくる。海賊対策の副産物として地図が発達したという側面はありますね。

海賊は自由を目指す

桃井

海賊の魅力の1つは、「海」の賊というところにもあるのではないでしょうか。活動の舞台が海だったがゆえに、権力が分散的だったり、移動的だったりと捉えどころがない。

今でこそ海洋というのは有限な世界ですが、近代以前は、どこまでも広がる無限のもので、逃げてしまったら捕まらない。そこから海賊の自由なイメージが醸成されていったのではないでしょうか。現代人が海賊に惹かれる理由の1つは、そうした海賊の自由さにあるように思います。

伊藤

船で未知の海に出ていくというのは、最初にご紹介した『ヴィンランド・サガ』という作品のテーマでもあるんです。『ヴィンランド・サガ』というのは、北欧人がコロンブスよりも500年ほど前に北米に入植した記録・伝承に基づく話なのです。

その漫画の主人公に、「自分はもうこれ以上人殺しをしたくないからクヌートル王から逃げる。逃げていった先に、平和な別天地をつくりたい」という主張があるんですね。

ヴァイキング時代の当初、「アイスランド人はノルウェーの圧政を敷こうとしたハラルド美髪王の専制君主から逃れて、アイスランドに自由な国をつくろうとした豪族たちの子孫なのだ」という伝承も頻出します。

だから、ヴァイキング行為というものは、確かに悪かもしれませんが、海に出て行って自由を目指したというところが必ずある。それに時代を超えて魅了されるんでしょうね。

東南アジアにはそういう海賊たちを称揚するような物語や伝承といったものはないんでしょうか。

太田

現地のものでは思いつきませんが、ヨーロッパ人がマレーの海賊を美化してつくった物語はあります。ジョセフ・コンラッドの『Almayer’s Folly』(1895年)や、イタリアのエミリオ・サルガーリの『Le Tigri di Mompracem(モンプラチェムの虎)』(1900年)という話は、どちらも海賊が非常に美化されています。

『Almayer’s Folly』というのは、イギリスの支配者が海賊の娘を救い出して育てるのですが、彼女は、自分は保護されているのではなく囚われているのだとずっと信じていて、いつか救い出されると夢見る。そこに、現地のマレー系の海賊が実際に救いにやってきて、彼女はついて行くという話です。

『Le Tigri di Mompracem』は、やはり非常に閉ざされた生活を余儀なくされている美しい白人の娘が、彼女を奪おうとするマレーの海賊に恋をして、その海賊を追いかけていくというような話です。やはり海賊が自由の象徴で、閉じ込められた生活を強いられている女性を救い出す存在として美化されています。

伊藤

面白いですね。今のフェミニストたちが喜びそうなテーマではないかと思います(笑)。

太田

『Le Tigri di Mompracem』にはいくつもバージョンがあって、もとがイタリアですが、イギリスなどでも映画や小説、テレビシリーズにもなっていて、ヨーロッパ人には割と有名です。

冒険をするメリット

桃井

やはり人間は冒険というものが好きなのでしょうね。

伊藤

冒険をしたときに、「獲得できるもの」がありますね。例えば、女性であったり、金銀財宝であったり、あるいは、ナツメグやコショウのような高級産物であるのかもしれませんが、北欧の場合は、何といっても、南ヨーロッパが持っている、財宝も含めた文化力の高さだったのかなという気がします。

もう1つ、カリブの海賊にはどうしたってラム酒が付きものですよね(笑)。ヴァイキングにとっては、蜜酒(ミード)が大変有名です。

太田

東南アジアは何かあったかな。おそらく、ヤシ酒(アラック)が関係していたかなと。

桃井

海賊と酒という点で言えば、遠洋での長い航海で水が腐敗してしまうことから、ワインなどアルコール類が積みこまれていたようです。

そうした習慣に加えて、一仕事終えた海賊が港に戻り、どんちゃん騒ぎをするということがカリブ海では日常的にあったようですね。

伊藤

なにせ、海は水に囲まれていますけれど飲めませんので。

桃井

はい。それと、海賊が楽天的で享楽的であるというイメージには、先ほどの自由という要素も関係があるのかなと思います。

確かに冒険はリスクを伴いますので、メリットがどこかにないと冒険しないと思うのです。イスラムの海賊がキリスト教国を襲う時も、宗教的な面はもちろんあるとは思いますが、やはり新しく自分たちの土地を手に入れるという実利的な面があった。海賊というのは、実際かなり儲けが大きかったのだと思います。

太田

東南アジアでも、土地から取れるものより、船が積んでいるもののほうが、はるかに価値があるのです。だから、それを襲撃して取ることができれば大きな富を得られる。そして新天地に行って、港を築いて、そこを商業拠点にできると、それは政治的権力にもなるのです。

伊藤

そして冒険には、「命をかけて」というところが付きものですね。死と隣り合わせという部分も、都会に生きる現代人にとってはなかなか体験できないものなのかもしれない。

桃井

そうですね。また、18世紀の海賊バーソロミュー・ロバーツの記録に「海賊の掟」というものがあるのですが、そこには船長は投票によって選ぶなど、当時のヨーロッパの身分制社会の中ではあり得ないような平等な秩序があったようです。

そういう意味では、海賊の仲間になってしまえば、後は実力勝負というところがあったのだと思います。

太田

身分制社会を抜け出すチャンスであったということですね。

海賊が表象するもの

桃井

海は、21世紀には完全に管理されるものとなってしまいましたが、現代で言えばサイバー空間みたいなところが、海賊的なものが生まれやすいのかなと思います。

既存秩序に対して、ハッカ—などがサイバー空間で海賊的行為をしているのかなと。

伊藤

なるほど。『攻殻機動隊』の世界ですね。

桃井

もちろん、現代でも管理されていない海域では海賊が出現します。ソマリア海賊が有名ですが、ソマリアは、いわゆる破綻国家で、通常は国家が取り締まるべき海賊を取り締まれていない。

漁船に自動小銃や迫撃砲を積んでタンカーに迫り、停止したタンカーに乗り込んで船員を連れ去るんですね。主権国家体制の下で暴力が国家管理された近代では理論上は生まれ得ない海賊が、政治秩序の「ほころび」から生まれています。

太田

マラッカ海峡、フィリピン、インドネシア、マレーシア辺りの境界でもまだ出ます。

取り締まれないのは、地方ボスが海賊と絡んでいるからです。そして襲撃するのは本当に漁船なのですね。だから彼らはすぐに隠れてしまうこともできるし、漁船だと言い張ることもできる。

これだけ貧富の格差があって、貧しい漁民たちの前を豊かな積載物を積んでいく船がある以上は、なかなか完全に取り締まることは難しいのかなという気がします。

伊藤

そうですね。想像の世界の中では、海賊というものを美化し、イメージすることはいくらでもできる。人間の想像力というのはどこまでも広がるので、将来宇宙に人々が進出していけば、そこに海賊のようなものは生まれるのかなとも思います。

そうすると、地中海で何度も何度も海賊が生まれ、包摂されては排除されていったように、今後も、人間がどこか未知の領域に行くたびに、海賊というものはなくならないということでしょうか。

桃井

海賊にとっては、ここまで海がくまなく管理されてしまったのは歴史上初めてなので、今までとは違う状況なのは間違いないでしょうね。

伊藤

文学の世界で、海賊というものを悪漢として常に「魅力ある敵」であると描く1つの典型が、『ピーター・パン』に出てくるキャプテン・フック(フック船長)です。

あれはディズニー映画で有名になりましたが、子供たちが冒険をしたいといった島に海賊がいるということは、つまり、自分たちが倒すべき敵というものを想定しないと物語は面白くないということです。

でも、そういった存在がいれば、誘拐されたり被害を受ける。そういったものを常に人間は求めているということは、客観的かつ冷静に認めなければいけないのかなと。

それがある意味で、海賊というものが持っている本質に近いものかもしれないと思います。魅力はあるけれど、敵であることには変わりがないと。

桃井

そうですね。現実的な存在としての海賊は衰退しても、海賊の物語はわれわれを魅了し続けていくのだと思います。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。