慶應義塾

"声"のちから

登場者プロフィール

  • 佐藤 正浩(さとう まさひろ)

    ワグネル・ソサィエティー男声合唱団常任指揮者

    東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。ジュリアード音楽院ピアノ伴奏科修士課程修了。オペラ指揮者として国内外で活躍。愛知県立芸術大学講師。

    佐藤 正浩(さとう まさひろ)

    ワグネル・ソサィエティー男声合唱団常任指揮者

    東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。ジュリアード音楽院ピアノ伴奏科修士課程修了。オペラ指揮者として国内外で活躍。愛知県立芸術大学講師。

  • 森山 剛(もりやま つよし)

    その他 : 東京工芸大学工学部准教授理工学部 卒業理工学研究科 卒業

    1999年慶應義塾大学大学院理工学研究科電気工学専攻修了。博士(工学)。在学中は慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団に所属。専門の1つとして「声研究」を実践。「モテ声診断ツールVQチェッカー」を監修し話題に。

    森山 剛(もりやま つよし)

    その他 : 東京工芸大学工学部准教授理工学部 卒業理工学研究科 卒業

    1999年慶應義塾大学大学院理工学研究科電気工学専攻修了。博士(工学)。在学中は慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団に所属。専門の1つとして「声研究」を実践。「モテ声診断ツールVQチェッカー」を監修し話題に。

  • 魚住 りえ(うおずみ りえ)

    その他 : 元日本テレビアナウンサーその他 : フリーアナウンサーその他 : スピーチ・ボイスデザイナー文学部 卒業

    1995年慶應義塾大学文学部仏文学専攻卒業。長年のアナウンスメント技術を活かし、「魚住式スピーチメソッド」を実践。

    魚住 りえ(うおずみ りえ)

    その他 : 元日本テレビアナウンサーその他 : フリーアナウンサーその他 : スピーチ・ボイスデザイナー文学部 卒業

    1995年慶應義塾大学文学部仏文学専攻卒業。長年のアナウンスメント技術を活かし、「魚住式スピーチメソッド」を実践。

2019/02/25

「生きかた」が音色をつくる

魚住

森山さんは「声の研究」をご専門として、もう長くやっていらっしゃるんですか。

森山

そうです。人の声の感情の研究を慶應の理工学部時代からやっていました。でも、音声認識の研究は伝統的に長くあるのですが、感情の研究は僕が始めた90年代前半はまだ研究として認められていなかったんです。

フリッツ・ヴンダーリヒというテノール歌手の歌を聞いて、「なんでこんなに声がきれいなんだろう」と思ったんです。感情表現も豊かで。でも、当時はきれいな声の研究なんか「それは芸術家のやることだ」みたいな感じでしたね。

魚住

声の違いというのはどのように現れるのでしょう。

森山

人間は喉のところにある声帯で音の源をつくるわけです。この音源だけ取り出しても、「ボーッ」という何の音色もない、音の高低しかない声なのですが、その音源が頭蓋の上の部分に響きわたると雑音成分が打ち消し合って、きれいな倍音という成分だけが上澄みみたいに出てくる。そこで音色がつくられるのです。

ですから、日々皆さん苦労されて、皺を蓄えたりして喉から上の様子が変わっていきますが、それが全部、この音色をつくるところに反映する。つまり、生きかたが全部音色に関係してくる。

魚住

口の開け方などで音色を自分で変えていけるということですか。高い声を出す人は顔のある部分に皺が寄りやすい?

森山

はい。高い声というのは鼻腔(びくう)というのをよく使わないとなかなか出ないのです。頭の中には上顎洞(じょうがくどう)、前頭洞(ぜんとうどう)、篩骨洞(しこつどう)、蝶形骨洞(ちょうけいこつどう)という4つの大きな空洞が空いています。そこに声帯でつくられた音が響きわたることで息の通り道みたいなものができる。

発声法の中で大事なことは、空気の通り道がよく開いていないといけない。特に「イ」の口なんか舌が前に出るんですが、「ア」は口の前の開きは大きいのですが、舌は奥に引っ込んでしまって案外通り道は狭いんです。

だから、「イ」のほうが鼻腔共鳴しやすい。笑顔の感じですかね。「イ」の口をつくると、急に明るい音色になってよく聞こえるようになります。これは実は響き方が変わっているんです。

魚住

頭の上のほうで響かせるということになるのでしょうか。

森山

そうです。昔、小学校の音楽の先生が「頭のてっぺんから声を出しなさい」と言うと、「そんなの出るわけない」と皆言っていたけれど、実は頭の上のほうに響くポイントがあるわけで間違っていないんです。

魚住

例えば男性でも高い声のパートをやられる方は、口角が上がりやすいということはあるんですか。

佐藤

僕なんかはバスですが、テノールの、自分のもともとの声よりも少し高い音を出さなければならない場合は、口角を使ったり、鼻腔の響かせ方を持ち上げることはしますね。

ただ、オペラとか合唱ではもちろん鼻腔共鳴は大切ですが、一番僕が大事だと思うのはやはり息なんですよね。

魚住

まず最初に肺に空気を入れるところから。

佐藤

そうです。息が入って、それをどう押し出すか。われわれが魚住さんとちょっと違うのは、マイクを使って拡声をしないで2千人のホールで隅々まで聞こえる声を出さなければならないので、それなりの音量が必要になってくる。

そうすると、ただ声帯を強く鳴らすだけではなく、どれだけ共鳴をつくって声を響かせるかということになり、息の圧力が大事ですね。体の支えと圧力が強くないと全体を響かせる声は出せない。

魚住

歌の場合と普通に話すときの大きな声の出し方とは違うものなのですか? 話すときに大きな声でしゃべり続けられない、と悩んでいる方も結構いらっしゃるのですが。

森山

話す場合でもブレスが重要ですよね。「とりあえず吸って、たくさん吐きましょう」と言えば、当然、大きな声は出ますものね。

佐藤

それが基本ですね。オペラなどの発声は、まずは息の部分から始まるのだけれど、歌を習いにいくと、口の開け方がどうのという話になってブレスのことを忘れてしまう。でも、ブレスコントロールをどうするかというところが一番大切です。

オペラの「アリア」というのはイタリア語で「空気」という意味なのです。僕はイタリアのオペラは息のコントロールの芸術だと思っています。響きも発声も声の美しさも必要だけど、詰まるところは、息をどうつなげていくかだと思います。

ブレスを声に結びつける

魚住

難しいですよね。1回吸った息をなるべく長くワンブレスでお歌いになるということですね。

佐藤

長いフレーズを歌うには長い息が必要になってきますね。

森山

メッサ・ディ・ヴォーチェでしたっけ? 息の自然な流れに乗せて歌う歌い方がありますね。そういうものを聞いていると、やはり心地いい。自然な循環を感じます。

魚住

話し方もワンブレスで息を継がないでしゃべると、経営者の方などは説得力が増し、カリスマ性が出てくると言われます。息を吸ってバーッとしゃべるコツみたいなのはあるのでしょうか。私は「腹筋を使う」とよく教えているのですが。

森山

ブレスをどう声に結びつけるかというのは実はすごく難しい。でも幸い、日本語は言葉の頭に大事な音があるので、一文字目、二文字目をはっきり言うと結構伝わります。

言葉の頭さえブレスが乗れば、あとは惰性で息が乗るので、最初の一文字さえはっきり言えば、なんとか息とつながるのです。

佐藤

それは日本語に関してですか。

森山

イタリア語だと「ボンジョ(・・)ルノ」「ロンター(・・)ノ」とか、長短アクセントのところに息を乗せやすいかもしれませんね。ドイツ語だと「イヒ・リー(・・)ベ・ディヒ」とか、アクセントがあるところへ上手く息を乗せるのはいいかもしれない。

佐藤

実はこの間、練習をしているときに、「最初の言葉がよく分からない」と常に小言を言っていました。日本語の場合、確かに最初の言葉が分かると、次が予測できますね。

森山

聞いている人の力も借りて。

佐藤

それもあるんですよね。だから、第1音が分からないと、「ん?」と思ってしまい、聞く方が考えなければならない。でも、第1音がきっちり分かると、自然に耳に入ってくる。いつも練習でそれを言っているのですが、なかなかできませんね。

「いい声」って何だろう?

魚住

発音というのはすごく大事だと思うのですが、一方で皆、「いい声になりたい」と言いますね。でも、いい声って何なのでしょう? 魅力的な声というのはいろいろあると思うのですが。

佐藤

その人のキャラクターとマッチした、人間性が出る声でしょうか。

例えばすごくいかつい(・・・・)感じをした人が、とても高くてかわいい声だったら、マッチしないので「いい声」とは言われないでしょうね。

魚住

そうか、外見やキャラクターとマッチしていると、「あ、素敵な声だな」となるんですね。

森山

私は「モテ声診断ツールVQチェッカー」というweb上のアプリを2011年に監修したのですが、1200万アクセスを優に超えたんです。それ以来、ラジオとかテレビから「いい声って何ですか」とよく取材されます。

まずはTPOですね。例えばアメ横の店員にとってのいい声は、「いらっしゃい、いらっしゃい」という威勢の良い「だみ声」です。一方、エレベーターガールのように狭い部屋にいる人たちは口元でつぶやくようにやさしく話す。このように状況によって、いい声の物差しが全然違ってきます。

魚住

状況もありますよね。相談事をしているときに、ブワーッと後ろの人まで聞こえるように話す人がいる(笑)。

そういう話し方のコントロールができているかというのもありますね。

森山

また、聞いている人の好みも千差万別ですからね。

魚住

好みというのは難しい。

森山

だから、「いい声」という1つの答えはない。

魚住

歌手の方でも、ワーッと何か心が震えるような声の方がいらっしゃいますよね。

森山

佐藤先生の低音とか。

魚住

そうです。例えばキャラクター的にもぴったりの低音を電話で話されたら、「あ、好き」みたいに思ってしまう(笑)。

森山

だから2つありますね。TPOに左右されるものと、無条件に「なんていい声!」というのと。

魚住

その「無条件にいい声」というのを皆さん、どうすれば出せるのだろうと思っていらっしゃる。

正しい声と話し方

森山

皆さん、理想が高いですよね。いい声というのはやはり才能が左右するところがあります。

でも「正しい声」というのは誰でもできるんです。人間の体の構造はそんなに個体差は大きくないので、息の通り道が大事だということや、最初の文字をはっきり言って、ブレスと声がつながっていることが大事だというポイントを意識すれば、皆、「正しい声」を出すことはできる。

それから、人を説得するような場面では、音楽でいうところのクライマックスが大事です。クライマックスのないしゃべり方はやはり聞いてもらえませんね。

魚住

話し方に山を持ってくるということですか。

森山

そうですね。やはりいい音楽には流れがありますよね。きれいなメロディは、よく3回繰り返すといいます。1回、2回、そして3回目に変化する。「さくら、さくら、やよいのそらは」と。これがリズムよく感じるらしいです。

スピーチでも、よく役職者の方がご挨拶されるときに3つの〇〇と言いますよね。

佐藤

僕も声自体は、健康な声帯であれば、そんなに違いはないと思うのです。やはり共鳴、息をどれだけのいい圧力で出すか。説得力のある政治家などで、その訴えが心に残る声というのは、そういった「圧」が強いような気がします。

加えて声楽家から言うと、鼻腔の共鳴というのは声帯と同じで人それぞれなのですが、共鳴体が大きいほうが、大きなホールで響かせるためのいい響きが得られるし、まろやかな音にはなります。

魚住

体が大きいほうがよいということですね。

佐藤

ええ。響きの部分が大きければ大きいほどいい。日本人女性は小柄なほうなので、世界的に見ると、オペラなどで歌える役もすごく限られてしまいます。例えばスーブレットという快活な若い娘の役とか、レッジェーロ(軽快優美に)しか歌わない役とかを当てられてしまうことが、日本人は多いのです。

若手のバリトンで素晴らしい人がいるのですが、何か僕が思っていた役の音と色が違うなと思ったんです。きちんと役はできるし、歌い通せるキャラクターを持っているのだけれど、彼と話すと、「実は、昔はテノールだったんです」と言う。「共鳴体が普通のバリトンよりは小さい」とお医者さんに言われましたと。

だから、バリトンの低い声を出しても、もともとテノールの高い音を出す共鳴体しか使えないから、低音の豊かさというのがちょっと足りないのかなと。

魚住

声帯は弦楽器にたとえられたりしますが、ボディの部分の個人差というか、得手不得手みたいなのがあるんですね。

「通る声」の秘密

森山

オペラ歌手は大声が偉いみたいなところがありますが、でも、音楽にはピアニッシモがあるし、実際、ステージの上でいつも大きな声で歌っているわけではないのに、客席の一番後ろの列までちゃんと聞こえます。あれは音量ではないんです。

佐藤

われわれは、「通る声」と言いますね。よくないとされているのは、「そば鳴り」の声というのですが、近くでは耳を塞ぎたくなるぐらいの大声なのだけれど、大きなホールで遠くで聞くと、「あれ、それほどでもない」という声。

逆に近くで聞くと、そんなに大声ではなくても、大ホールでオーケストラと一緒でも、きちんと言葉の一つ一つが聞こえてくる声があるんです。その声の違いは何だろうといつも思うのだけれども。

森山

あれは人間の耳の特性に秘密があるんです。音というのはいろいろな周波数が混ざって1つの音になるんですが、その中でも3千ヘルツ付近の周波数成分が外耳道を通る間に増幅されてから鼓膜に達するので人の耳に一番敏感に響くんですね。声楽家の人たちは、副鼻腔によく共鳴するように声を出すのですが、そうすると、3千ヘルツ付近がすごく多い声になる。

スウェーデンの研究者がオーケストラの中で歌っている歌手の実験をしたら、3千ヘルツ付近に大きな山があったそうです。歌っているときにだけ、シンガーズフォルマントというピークが出るんです。

僕も歌舞伎役者で実験しましたが、歌舞伎発声にしてもらったら、やはりそのあたりにピークが出ました。

佐藤

なるほどそうなんですね。例えばコンサートを聞きにいくと、最初は何かすごく遠くで鳴っているように思うのが、十分ぐらいすると自分の体にきちんと伝わる大きさになって、音が小さいと思わなくなる。そういう経験が何度もありますが、それもそうなんでしょうか。

森山

それはさらに「カクテルパーティ効果」と言いまして、人は注意を向けたところの音をよく聞くことができるという不思議な能力があるんです。

佐藤

耳がだんだん開いていくということですか。

森山

そういうことです。最初は隣の人が咳き込む音とステージの音が同じように聞こえている。それがだんだんステージの音に特化されていく。

魚住

ネガティブなことでいうと、喫茶店などで、隣の席の人のパソコンのキーを叩く音が一度気になり出すと、すごく大きな音で聞こえてきますよね。それもカクテルパーティ効果ですか。

森山

そうなんです。音楽家で失敗するのは、頻繁に手を動かしたり、関係ないところでいろいろな動きをしてしまって観衆の注意を削ぐと、カクテルパーティ効果が下がってしまう。選択的受聴というのですが、選択されなくなってしまうんですね。

だから、聞いてほしかったら相手を集中させるための演出はとても重要です。営業マンが意見を聞いてほしいときは横に並んで話すんです。そして注意を向けさせたら、むしろ小さい声でしゃべるとよく聞いてもらえる。

行動を真似る

魚住

声の抑揚の部分でも結構お悩みの方が多いんです。話し方に抑揚がないとやっぱり伝わらない。私はそこで本を読ませる練習をするのです。私自身高校生のときからずっと朗読をやっていたのですが、ここは音を上げるとか下げるとか、ポーズを取るとか、小さく読む、大きく読む、速く読むというように変化をつけさせるのです。それは音楽と似ているなと思うのですが。

佐藤

まったく同じです。

魚住

そうやってひたすら読ませて、その後、フリートークをしてもらうと、感情が上手いこと乗ってきて、自分でコントロールもしながら話せるようになるんですよね。

私はナレーションの仕事が結構多いのですが、3時間ぐらいブースにこもって、バーッと人の書いた文章を抑揚をつけて読みます。そうすると、そのあといくらでもしゃべれるんです。それは何か脳の回路ができるのかなと思っているんですが。

森山

内面と行動は同じもので、内面が先にあって、行動をするのだ、と心理学の世界では19世紀までずっと信じられてきた。

ところがジェームズさんとランゲさんという人が、ジェームズ=ランゲ説というのを唱えて、「人間というのは悲しいから泣くのではなく、泣くから悲しいんだ」と言った。泣いている自分の行動を見て、「ああ、自分は悲しい」と認識する。つまり、行動が先なんだと言ったのです。

現在ではその両方があるということが分かっています。

魚住

では行動が先でもいいと。

森山

ええ、「形から入る」というやつです。自信に満ち溢れた声を手に入れたいなら、内面が自信に満ち溢れていないと駄目だとなると、一生かかってしまうかもしれない。でも、自信に満ち溢れた人の真似をすればいいのならより簡単だし、いずれ内面がついてくるかもしれない。

「行動療法」といって、うつ病患者が元気な人の真似をして治療するという療法はアメリカなどでは非常に盛んです。

佐藤

「真似」ということで言うと、歌が上手くなる人は真似ることが上手い。体の使い方とか、息の使い方がどうなっているかを自然に察知するのでしょうね。それができるということが、歌が上手くなる一つのコツでもあるんです。

森山

まさに「まねぶ」ですね。「学ぶ」の語源で「まねぶ」というのは「真似する」からきているということですね。

魚住

アナウンサーでも先輩の実況やリポートを聞きながら、真似ていくというところがあります。まず型を覚えて、そして自信が出てくる。

大体皆、憧れのアナウンサーがいて入ってきますから、真似から入って、そして上手くなっていきます。そして歌が上手くてカラオケ大好き。マイクを持つのがもともと好きなんでしょうけれど(笑)。

佐藤

われわれの練習でも、僕が「こうだよ」と自分で歌って聞かせながら真似させるんですね。

だから、ワグネルがずっと一定のレベルをキープしているというのは、木下保先生、畑中良輔先生、と指導者がもともと声楽家だったということが大きいのではないかと思います。

森山

もともと僕が「モテ声診断」をやっていた理由は、まさに行動療法なんですよ。加齢によって自分の声に自信を失ってしまった人、それから、もともと声にあまり自信がない人に、情報技術が助けにならないかと思ったのです。

モテ声診断というのはコンピュータに向かって話せば、5つのポイントで声を評価して百点満点でモテ声度が出る。そうすると、自分が何点と言われたら、もうちょっと次は上がるようにと頑張る。

同時に「あなたはもうちょっと笑顔にして聞き取りやすさを増やしましょう」とか、「滑舌をよくしましょう」というアドバイスが出るので、それに従って「さっきよりも笑顔を心掛けてみよう」とやって、点が上がるとなんか嬉しい。

それで自信をつけると、今度は人に声を聞かせたくなるので、いつの間にか内面が変わっている。僕は声というのは、そういう意味では自分の分身だと思っているんです。見えないものですが、褒められると無上に嬉しいというか。

魚住

そうですね。「格好いいね」とか「美人だね」と言われているような。

森山

「もっと聞きたい」と言われたら、いやあ、もうこれでいく晩か悩まずに寝られそうだなと(笑)。それぐらい元気がもらえますよね。

男性の声、女性の声

森山

人は怒ると声高になって、声が大きくなりますね。怒りというのは迫る脅威に対して、「強いぞ」ということを示さないといけないので、筋力とか身体的な強さを主張しなければいけない。テストステロンという男性ホルモンも関係しているということです。

人間も、ほかの動物もそうだと思うのですが、高い音は小さくて、かわいくて、弱いという象徴で、低い声は大きなものとか強いものです。

魚住

男性という感じですね。

森山

だから、怒りを表現して相手を追い払うためには、ボディの響きが必要だし、声帯も長くなって、低い音を鳴らせるようにならないといけない。

一方、子供たちはかわいらしくて高い声で、大人に子供の声がよく聞こえるように3千ヘルツ付近をたくさん含んでいる。わざと耳障りにできているんですよね。大人に聞いてもらわないといけないので。

魚住

注意を引きますよね。

森山

男性の場合、大人になって声変わりすると、むしろ野太さみたいなものが出てくる。

魚住

女性も年を取ると声が低くなるじゃないですか。宇多田ヒカルさんとか、デビュー曲の「Automatic」のときはものすごくキーが高かったけれどだんだん低くなってきて。

森山

マライア・キャリーもそうですね。

魚住

女性の声が低くなっていくのはどういうことなのですか。

佐藤

声楽家もやはり高い声が出にくくなってきます。筋肉の衰えというのは大きいですよね。

森山

あとは声帯の表面は粘膜があって、潤いによって非常に繊細にくっつくようになっているのですが、「ヤダァー」みたいな喉を使ったしゃべり方をしていると声帯が傷むわけです。こういう話し方というのは女性同士にとってはどうなんですか(笑)。

魚住

高い声を出し合って、ちょっと「上から」みたいになってしまうとマウンティングし始めるので、低い声を出してカジュアルにするということは、女性は知らず知らずにやっているはずなんです。嫌われないようにしていくために喉を使っているのかも(笑)。

森山

それが喉にはあんまりよくない。

魚住

それでエイジングするというのもあるんですか?

森山

あとはやはり傷んだあとの治りですかね。若いとすぐ治るのですが、声帯も皮膚にできた傷と同様になかなか治らなくなってきます。

「息を吐く」から始める

佐藤

僕は声楽を教えるときに、1つの表現として、習字の筆の使い方で筆先から自然に下ろすようにする。それがうまい声帯の合わせ方だ、と言うのです。

そのような感じの、すっと入る息の使い方、声帯の使い方というのが、いいと思っているんです。でも、年齢を重ねると、それもできなくなりますね。声楽家も声帯を長い間使ってくるとやっぱり摩耗してきます。

魚住

声帯を疲れさせないとか、長く使うためにはどのようにすればいいのですか。

森山

先ほどブレスが大事だと言いましたが、これは本当に一貫しているんですよ。喉の筋肉も衰えるけれども、呼吸筋も衰えるんです。息を吸って吐くということがだんだん弱くなってきて、腹式呼吸ができなくなり胸から上だけになってしまう。すると、少ない息で聞かせなければいけないから、無理やりガーッと、「そば鳴り」で声を出さなければならなくなる。

体を使わないで息を吸うと、良くない話し方になってしまうんですね。

魚住

やはりお腹を使って声を出すことを続けていれば声帯は守られやすいと。

森山

そうだと思います。だから、あまり速くしゃべらないほうがいいんです。浅い呼吸しかできなくなってしまうので。

佐藤

確かに早口の人のほうが声が荒れているような気がしますね。

森山

時代が「うまい、安い、早い」なので、矢継ぎ早にパンパンパンとしゃべらなければいけないというところもありますが、そこはぐっとこらえて、ゆっくり息を吸ってからしゃべる。そのほうが説得力も増すのではないですか。

スピーキングマシンみたいなのではなく、肉体を持った生身の人間という感じがしますし。

魚住

そうですね。でも、「吸ってください」と言うと、皆、胸のあたりが動くんです。そうではなくて、お腹を膨らませるイメージですよね。

森山

初心者の人は「吸って」と言うと、お腹が硬くなってしまうんです。だから、僕はいつも「吐く」ことから始めましょうと言うのです。まず全部息を「ハーッ」と吐く。

佐藤

歌の場合もそうです。とにかく吐き切る。そうしたら、自然に息が入ってきます。

森山

その自然に入るというのがとてもいいんですよね。「吸ってみましょう」というと、もう空気があるのに、さらに吸おうとするので胸に入るしかなくて、力を入れて広げないといけなくなってしまう。

佐藤

素晴らしいですね。声楽家がやらなければいけないことをすべて知っていらっしゃる。

アナウンスとナレーション

魚住

アナウンサーは最初は「アー」と長音を30秒ぐらい延ばすことで息の使い方を学ぶのです。ワンブレスで長い文章をしゃべって粘りを持たせるためですが、そういう訓練とか、あと単発で「ア」「ア」と声をバンと出す練習をやります。

あとは滑舌ですかね。早口言葉で「外郎(ういろう)売り」の口上を練習する。原稿を読むという、目で見たものを声に出すというのはまた特殊なことですので、初見のものを間違えずに読むという練習もします。

音楽と同じで強弱とか緩急、間を取るという訓練もします。でも、なかなか上手いアナウンサーはいませんけどね。

森山

そうですか(笑)。

魚住

アナウンサーからナレーターになれる人はほとんどいないんです。私は朗読を高校生からやって大会とか出ていたので、ものすごく訓練したんですね。

小さいときからピアノをずっとやっていて、音の流れやメロディが体に入っていたので、それを「読み」に変えていったのですが、アナウンサーからナレーターになる人はあまりいないですね。

森山

おもしろいですね。声優から、アナウンサーにもいけないと言いますよね。

魚住

そうですね。やはり、体が伴わないとナレーションというのは難しいんです。体の動きを音に乗せていくと、聞いている人がワーッと感動してくれたりするんですね。

森山

ナレーションは歌なんですね。

魚住

声優さんはセリフですものね。ト書きの部分もナレーションは読むし、むしろ、そちらの状況説明のほうが多いですから。

森山

同じ声を使う、似ている仕事に見えるけど、全然違うんですね。

合唱の妙味

魚住

ハーモニーのときの声の出し方は独唱のときとは違うものが何かあるのでしょうか。

佐藤

声というのは長い音を出すとビブラートがついてしまうのですが、ハーモニーをつくるときはそのビブラートを少なくするんですね。ただ、まったくなくても上手くハモりにくいので、ある程度余裕のある、お互いが感じ合えるところでつくり合うとハーモニーになりやすい。その加減がすごく難しいです。

あとは、どれだけソルフェージュ力があるか。ソルフェージュというのは楽譜を正しく読んで、正しい音程がとれることです。

ワグネルもそうですが、譜面を初めて見たという人たちが、正しい音程で歌うというのは、すごくハードルが高いことだと思います。楽譜を正しく読めて、自分の音は正しい音程なのかということを体に身につけていくことはすごく大切だし、それができたら音をキープできます。

ソルフェージュ力というのも、「真似」につながるところがあって、ピアノを1回も弾いたことがない人でも、すごく音程がいい人はいます。耳がいいんでしょうね。

森山

あと、合唱がおもしろいのは同じパートを何人もの人で歌いますが、あれはある人の声帯で鳴った音源が隣の人のボディに響くという妙味があるんです。

だから、体の使い方、つまり共鳴体を同じにしてやると、歌がお互いに共鳴してボーンと響いてくる。鳴っているのは一人の体ではないんですよね。

だから、体の使い方がメンバー同士で違う合唱団だと集まって歌ってもお互い助け合えない。

魚住

上手くない合唱団って、音程は合っているのに何か音の質が合っていない感じがしますよね。

森山

逆に一人一人の声が聞こえてきてしまう。上手いところは誰が歌っているか分からなくなって、1つのパートからボーンと一個の人格が聞こえてくる感じで混ざります。

佐藤

全部が一つに共鳴し合っているんですね。

森山

だから、合唱というのは不思議で、一人一人の能力はそんなに高くなくても、体がお互いに響き合えば結構いい音が出てくるんですよね。そこが合唱の門戸の広いところというか、魅力だと思うのです。

佐藤

そうですね。だから、プロの歌手たちが十人集まって歌っても、魅力的な響きになるかというとそうとも限らない。それは声量はあるだろうし、ピッチも正しくとるだろうから、ちゃんとした音にはなるだろうけれど、味があるかというと、そうでもないんですよね。いろいろな声を持った、多様なバックグラウンドのある人が集まって、同じ方向を向いたメソッドで歌ったほうがいい場合があります。

これはオーケストラの場合も同じなんです。

森山

「思い」というレベルですかね。昔、福永陽一郎という指揮者はある練習で「やさしく」としか言わなかったそうです。「やさしく」、また一旦音を止めて「もっとやさしく」(笑)。そうするとピターッと揃って、やさしい音が一つになる。これは「やさしく」というイメージが共有できた瞬間に、みんなの共鳴体が揃って鳴ったのだと思うんです。

魚住

今日はいろいろなお話をいただいて、とても得した気分です(笑)。有り難うございました。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。