慶應義塾

ホモ・サピエンスの誕生

登場者プロフィール

  • 川端 裕人(かわばた ひろと)

    文筆家

    東京大学教養学部卒業。日本テレビ報道局で科学報道に従事し、1997年よりフリーランスの作家となる。小説、ノンフィクションともに手掛け『我々はなぜ我々だけなのか』で科学ジャーナリスト賞、講談社科学出版賞受賞。

    川端 裕人(かわばた ひろと)

    文筆家

    東京大学教養学部卒業。日本テレビ報道局で科学報道に従事し、1997年よりフリーランスの作家となる。小説、ノンフィクションともに手掛け『我々はなぜ我々だけなのか』で科学ジャーナリスト賞、講談社科学出版賞受賞。

  • 荻原 直道(おぎはら なおみち)

    理工学部 機械工学科教授

    2000年慶應義塾大学大学院理工学研究科後期博士課程(生体医工学専攻)単位取得退学。博士(工学)。京都大学大学院助教を経て現職。機械工学的アプローチで人類進化プロセスを研究。

    荻原 直道(おぎはら なおみち)

    理工学部 機械工学科教授

    2000年慶應義塾大学大学院理工学研究科後期博士課程(生体医工学専攻)単位取得退学。博士(工学)。京都大学大学院助教を経て現職。機械工学的アプローチで人類進化プロセスを研究。

  • 河野 礼子(こうの れいこ)

    文学部 准教授

    東京大学理学部生物学科(植物学)卒業。同大学院理学系研究科生物科学専攻(人類学)修了。理学博士。国立科学博物館研究員を経て現職。「人類の進化における歯」を研究テーマとする。

    河野 礼子(こうの れいこ)

    文学部 准教授

    東京大学理学部生物学科(植物学)卒業。同大学院理学系研究科生物科学専攻(人類学)修了。理学博士。国立科学博物館研究員を経て現職。「人類の進化における歯」を研究テーマとする。

2019/01/25

ホモ・サピエンスに至る道

川端

人類の進化というのはテレビでもよく特集されますね。人類に生物学的な起源があることに気づいたダーウィン以来、私たちの人類学的な意味での先祖がどういうものだったのかということは、絶えず社会的な関心の的ですね。

河野

ホモ・サピエンスに至る過程は、昔は猿人、原人、旧人、新人という区分があったんですが、今はもう分類としては正しくないということになっていて、学界では基本的には使いません。でも、日本では便利なので言葉としては使っています。

これは、どれかの種を1つ指し示すという意味ではなく、例えば一番古い時期の人類を、「猿人」と呼んでおこうというように、ある段階を表す言葉として使っていて、その限りでは今でも有効だとは思います。

川端

現在から振り返れば何らかの段階を設定することができるけれど、あくまでサピエンスに至るにはこういうステップがあった、みたいな感じですよね。

分かりやすいけれど、ともすれば、進化の頂点がわれわれ、今の人類であると受け取られかねない部分もあると感じます。

河野

今、テレビなどでも、盛んに進化の過程は一本道じゃなかったと言う。それはその通りですが、「たくさん人類がいて、生き残ったのはホモ・サピエンスだけだ」という言い方はちょっとミスリーディングです。

いろいろな種類がいたかどうかについても、多くの議論があります。仮にいたとしても、ご先祖さまに当たる一部はその途中段階なわけです。だから生き残ったのはホモ・サピエンスと言っても、その前がなければ存在できないので、「20種もいて、生き残ったのは1種だけです」と言われると、「ちょっと待って」と言いたくなりますね。

川端

猿人、原人、旧人、新人とだんだん進化してきたわけでもなく、併存していたときもありますし。

河野

そうです。逆に、やたらといっぱい併存していたというのを強調されるのもどうかと。

川端

その時々によって、強調したいことが違うみたいですね。

河野

種を増やすほうが、話題としては面白いので、今は「増やす派」の人が、世間の関心をうまく集められているのではと思います(笑)。

人類の定義は二足歩行?

荻原

私は機械工学が専門ですが、機械として人間を見たときに、人間ってすごいな、人間のような機械を実現することは難しいけれど、それに挑戦していくことが機械工学として大事だなと思い、人類学の分野をやっています。

突き詰めて考えると、人間はやはり進化の産物ということになるわけです。そういう視点から人間の動きの仕組みを考えていくことは、すごく重要で面白いと思うのです。

川端

機械工学的に面白いのは二足歩行ですか。

荻原

そうですね。人類の定義は二足歩行を始めたこと、と認識されていますし。

河野

そんなこともないでしょう。そういう定義もできるけれど、先に「人の起源はチンパンジーと分岐したところです」と言っておいて、「二足歩行は結果的に始まっていました」というのが今の解釈です。二足歩行をしていない人類祖先というのも少しだけでもいるはずなんです。

荻原

それはそうだと思いますが、じゃあ、どうそれを見分けるのか。

河野

それはまた別の問題です。今は見分けられないですね。

川端

結局、どう認識できるかの問題ですよね。年代が古い骨がアフリカから出てきて、どうやら二足歩行をしていたようだとなったら、「それは人類だろう」となると思います。

荻原

確かに系統学の観点からすると河野さんがおっしゃった通りだと思うけど、実際問題としては「二足歩行をしていた」ということを、定義として用いることにはなると思います。

川端

逆に、二足歩行をしていたかどうか分からないけど、「これは人類だ」と言い得る材料は、初期人類だとどういうところなんですか?

河野

犬歯の縮小ですね。人類は犬歯が小さく、かつオス、メスの差がありません。チンパンジーなどは、犬歯が大きくて、雌雄差がありますが、それがだんだん小さくなっていくのが人間なんです。

だけどそれを証明するのは大変なんです。化石を1個見つけて「小さいから」と言っても、「メスでしょう」と言われておしまいになります。

荻原

ある程度分布が分からないといけない。

河野

そうです。440万年前のアルディピテクス・ラミダス(ラミダス猿人)の犬歯は20個以上見つかっていますが、1つも大型のものがなく、皆、メス相当の大きさしかありません。そこで、すでに犬歯は小さくなっていたと主張しています。

20個見つかってその20個が片一方しか出てこない確率は限りなくゼロに近いので、そういう結論になる。でも20個見つけないとそういうことは言えない。

川端

人類学も突き詰めれば、やはり頻度の科学なんですね。最終的には頻度がどれだけ違うかを検討して、「ちょっとあり得ない?」と、初めて結論が出てくる。

でも、人類学では1点物の化石も多いので、それが言えないことも多い。そこを段々と発見することでその間を埋めて、何とかサイエンスとして妥当な解釈をしていこうという果てしない努力ですよね。

荻原

化石をベースにした学問だと、数が少ないのが当たり前なので、ばらつきを持った生物群の中に違いが本当にあるのか、ないのか、厳密な意味で言うと難しい。だから、証拠を積み上げて、いかにももっともらしいものにする(笑)。

川端

もっともらしいと言っても、「とんでも」は駄目なので。

荻原

「可能な限り正しい」ということですね。だからしょっちゅう説が書き換わることになります。今までなかった化石が出てくると考え方が変わってくる。そういう意味ではダイナミックで面白いと思います。

河野

同じ種類でも、当然、個体差がありますし。2つの化石が個体差の範囲なのか、違う種類なのか、その判断基準がない。

川端

昔の高校の教科書では、原人はシナントロプス・ペキネンシス(北京原人)やピテカントロプス・エレクトス(ジャワ原人)とそれぞれ別種の名前がついていました。それがいつからかホモ・エレクトスで統一するという話になっていきましたね。

河野

化石などがそれなりに増えて、比較するとそこまで違わないんじゃないかと、種をまとめるようなムーブメントが起こるときもある。

一方で、ホモ・エレクトスとしてまとめられていたアフリカ産の化石が、あまりにも違うので、これはまた外しましょうという動きもある。だからもう寄ったり、分かれたりを繰り返している。結局、どう分けるかは人が決めることなので。

「上投げ」ができる原人

荻原

サピエンス以前の人類といったときに、日本だと一般の人は、まず北京原人あたりを思い浮かべるかもしれませんね。ネアンデルタールはヨーロッパのイメージが強いので。

川端

ネアンデルタールはシベリア南部までは来ていたんですね。中国やインドでも、いわゆる旧人クラスと言われるようなものが出ているけれど、ネアンデルタールとの関係はよく分かっていませんよね。

河野

アジアは原人の化石がよく出ますね。旧人はあるにはありますが、どこに当てはめるべきかを判断するに足りるほどには出ていない。

川端

荻原さんに伺いますが、北京原人やネアンデルタールというのは、現世人類から見てメカニクス的に際立った違いはあるのですか。

荻原

どのレベルで違いを見るかということになりますが、マクロに見ると、肉体的に劇的に違っているとは考えていません。

やはり初期人類である猿人、さらにその前、二足歩行が始まったかどうかあたりとの違いは面白いんですが、原人から先は、正直、私はあまり変わらないと思っています。

河野

筋肉の発達度合いみたいなものはどうでしょう?

荻原

そんなに違わないのではないでしょうか。個々の違いはあっても、たぶんバリエーションの範疇に収まってしまう。原人だと上投げ、つまりオーバースローもできる。要するに現代人と基本的には近いんです。

河野

猿人は、上投げはできなかったんですか?

荻原

そう言われています。少なくともチンパンジーは、上手に上投げをできないですね。

川端

野球のピッチャーみたいにテイクバックができないのですね。

荻原

そうです。肩の構造、肩甲骨の形がずいぶん違っています。『猿の惑星』の猿は上からやりを投げますが(笑)、チンパンジーは基本的には下投げでしょう。原人レベルからできるようになると思っています。

川端

原人とサピエンスでは歩行自体もそれほど変わらないのですか。

荻原

そうですね。違っているとは考えられない気がします。スピードもそれほど違わないでしょう。最近人間は持久走に適しているという話がありますが、それも大体原人レベルからと言われています。

河野

NHKの番組「人類誕生」で言っていたダニエル・リーバーマンの説ですね。

荻原

そうです。ホモ・エレクトスのあたりから、獲物を長く追って仕留めることができるようになった。だから人間は決してスプリンターではないけれども、他の動物より持久力に適しているという説です。

それこそ下肢の構造が原人になった頃からより現代人的になってきたということでしょう。正直、走るのと歩くのとどちらに適しているかの見分けは難しいところはあります。

人間の足全体に対して、ありとあらゆるところを、「これは全部走行適応だ」みたいな話もありますが、それはどうかと思っています。

河野

毛がなくなって発汗することで熱がこもらなくなったので、長い距離を走り続けても熱中症になりません、という話もありましたね。

荻原

あれはどうやって毛がないと分かるのですか。

河野

それはそういう想定です(笑)。根拠はどこにもないですね。

川端

CGで古い人類を毛がないバージョンと毛があるバージョンで再現したら、我々は認知のレベルでヒトか獣かというくらいに感じてしまいますよね。印象が全然違う。

荻原

でも原人になると、汗腺が発達して毛がなくなり、それで放熱が上手くできるということが、走ることへの適応だと考えられている要因なのではないですか?

河野

でも、NHKではホモ・ハビリス(最初期の原人)は毛むくじゃらでしたね。

川端

ハビリスとエレクトスの間に線があるんですかね。ハビリスは、『2001年宇宙の旅』でモノリスに出遭った頃の人たちですね。300万年前の想定ですから。

荻原

なぜハビリスは毛があるということになったのでしょう?

河野

それはエレクトスが長く走るという話にしたいから、そこで初めて毛のない状態になったとなるのでしょう。授業で同じ番組を6回ぐらい見たので頭に染み込んでいます(笑)。もっと前に毛がなくなっていたことを否定する理由もなければ、その時点で毛があった可能性もあります。

荻原

エレクトスの頃は、もう完全に地上で生活してサバンナに出ていて、という背景にするから毛をなくしたんでしょうね。

河野

汗ぐらいかかないとやっていられないはずだという類推ですね。

毛があるなしは、DNAで分かるんですか。DNAで分かるようになったことはいろいろとあるようですが。

荻原

エレクトスは古すぎてDNAは無理でしょう。

系統関係は、はっきりと分かるようになりました。つまり、どれとどれがより近い関係にあるとかです。

川端

どういう順番で分かれていったかも分かりますね。

荻原

基本的に化石の場合は形の類似性で話をするわけですが、DNAを調べると、形は類似しているけれど、実は違っていたということはあちこちであります。

化石でしか判別できないものは、しょうがないのですが。ネアンデルタールぐらい新しければDNAが取れる。化石といっても、まだ骨が石にはなっていないのです。でも、それ以前は石ですからDNAは取れないでしょう。

河野

40万年前のホモ・ハイデルベルゲンシスから取れたというのが今のところ一番古いのですね。

人類の起源はアフリカから

川端

昔はサピエンスの進化は多地域進化説というものがありましたが、今はアフリカ単一起源説が確立されていますね。

河野

基本的にはそうです。

荻原

それこそDNAで分かってきたんですね。

川端

ホモ・エレクトスもアフリカ起源になっています。

河野

アフリカでないところで生じたかもしれないのは、ネアンデルタールぐらいですか。

川端

それにしても、ネアンデルタールの祖先種はハイデルベルゲンシスで、さらにその前はと辿っていくと、結局アフリカから出てきたというイメージですね。

荻原

そうです、結局アフリカ由来ということになると思います。

川端

アフリカ単一起源説は、サピエンスの起源について言っているわけですけど、ほかの原人にしろ何にせよ、ヒトの近縁のものたちはもとを辿ればアフリカ出身だというのは印象的です。

でも類人猿までさかのぼっても、やはりアフリカ起源なんですか?

荻原

類人猿も元を辿ればすべてアフリカ起源であると考えられているんですよ。

川端

そうなんですか。荻原さんは京大がケニヤで見つけた1000万年前の化石類人猿ナカリピテクスを研究されているんですね。

荻原

残念ながら携わっているわけではありません。出たのが顎ですから(笑)。

京大がナチョラピテクスという1500万年前の化石類人猿を発見していて、これについてはほぼ体全部の骨を発見しています。ですが、いわゆる人間と類人猿との分岐に近い年代あたりの化石は歯、顎がほとんどです。さすがに顎から移動様式を推定するのは難しいですね。

河野

歯については類人猿だったら3000万年前ぐらいから、人類の少し手前くらいまで、飛び飛びだけどいろいろなものが出ています。ただし、どれが人類の祖先筋かははっきりしていません。

初期の類人猿はシンプルな歯ですが、途中からエナメル質が少し厚くなって類人猿らしくなる、というぐらいしか違いがないのです。

川端

類人猿だなと思うポイントはどこですか。

河野

それはもう歯の形です。歯を見たら類人猿だと分かります。

荻原

初期の類人猿は歯だけが類人猿的で、体は基本的にはサル的と。

河野

2500万年前のプロコンスル(絶滅した化石霊長類)ぐらいまでいくと、結構体の骨も出てきますね。「デンタルエイプ」と言っていますが、そこまで辿ると歯は類人猿だけれど、体を見ても分からない。

荻原

基本的に樹上を四足歩行するサルですね。

河野

歯の形が進化していったり、エナメル質の厚さが変わっていく原因は食べ物であろうと想定しています。ただ最近は、エナメル質の厚さは思ったよりも進化的に変わりやすく、それを基に人類かどうかを判断するのは無理なのでは、という論調になってきています。

フローレス原人の謎

川端

アジアの原人が発掘された現場にはいろいろ行きましたが、フローレス原人は面白いですね。国立科学博物館にも再現の模型がありますが、2004年にNatureに論文が発表されたときには、皆驚きました。身長は110センチしかない。

河野

あれにはびっくりしましたね。

川端

実際に110センチの子供と接してみると、びっくりするぐらい小さいですね。幼稚園児でも、大きい子は110センチ以上あります。

荻原

原人がそんな小さくなるものだろうかと。

河野

脳もすごく小さくて。

川端

チンパンジー並みですか。

河野

そうです。なのに数万年前という新しさで、一体どうなっているんだろうと。人類はどんどん脳が大きくなってきた、というセオリーがその限りではないということになった。ほかの原人は皆、160センチぐらいでしょう?

川端

科博に150万年前のアフリカの原人の少年、トゥルカナ・ボーイという子がいますけれど、少年なのに165センチぐらいあります。ジャワ原人でも、大腿骨などから類推するに170センチオーバーの個体はいたと言われますよね。

荻原

原人は大きいですよね。何でフローレス原人はこんなに小さくなるものなのか。最初は大きかったのが小さくなったんですよね。

河野

島に渡って島で小さくなったと考えられていますね。

荻原

それは適応したということですか。

河野

そうですね。島という環境には敵もいないし、食べ物も限られているので、大きくなる必要もチャンスもなく、だんだん小さくなってしまう。島嶼矮小化という現象があり、人類の矮小化版ではないかと言われています。

川端

でも一部には納得しない人もいます。「人類は小さくならん。脳は小さくならん」と(笑)。

河野

病気のホモ・サピエンスだと言い張る人とか、いろいろいます。

フローレス原人は、近くにジャワ原人がいたはずなので、それが行って小さくなったんじゃないかというのが一番素直な解釈ですね。

荻原

でもあんなに小さいのに、石器技法はプリミティブではなかったんですね。

河野

そうそう。

荻原

脳の大きさって実は必要ないんじゃないか?(笑)

河野

細胞が小型化したんじゃないですか? 細胞の数は同じで。

荻原

でも細胞のサイズって、種でそんなに違わないのでは?

河野

そうなんですよ(笑)。クジラもゾウもネズミも皆同じ。

荻原

純粋に不思議だなと。

川端

石器だけ最初に見つかっている状態が4、50年続いて、その後で骨が見つかったんですね。最初は石器が出るといっても、真に受けてない人が多かったみたいです。

今は研究チームに入って骨を見ている海部陽介さんも「化石が出たといっても最初はまともに取り合っていなかった」とおっしゃっていた(笑)。

東南アジアではスラウェシ島やルソン島でも、石器だけ出ていて、その作り主の骨がまだ出ていない場所があります。年代的にはフローレス原人に近い時代のはずなので、どういう骨が出てくるのか興味深いですね。

人類進化の2つのフェーズ

河野

初期の人類が結果的に二足歩行をしつつ、犬歯も小さくなっていった、というところが、まず1つ目の大きな変わり目で、次の大きな変わり目は、300万年前から200万年前頃のどこかからホモ属の脳が大きくなっていったというところでしょう。

脳が大きいものをホモ属と呼んでいる。なぜ、脳が大きくなったかというと、肉食をするようになったからと言われている。でも、これも堂々巡りなんです。道具を使って肉を食べられるようになったので脳も大きくなったんだけど、なぜ道具がつくれたか、というと脳が大きいからと循環してしまう。

川端

しかし、先ほどのフローレス原人のように、脳は小さくても道具を使っていたこともあるわけです。

荻原

でもホモ属なんです。それは定義が崩れているけど、それ以外には呼べないと。

川端

そうでしょうね。

河野

属レベルであれだけ分けるというのもできませんね。分岐分類学的にも、あれを分けたら、ほかを皆、解体しないといけなくなる。

ともかくも、大きく変化していったのは、その2つのフェーズです。ただ、それは一定のペースで進んでいったのか、どこかで急激に変わったのかはまだはっきり分からない。

脳のほうはある程度、どういうペースで大きくなったかは分かっていて、エレクトスになってから、グッと大きくなったとNHKは言っていました。

NHKはとても頑張って、きちんとした番組をつくっている。これは間違いないけれど、全部正しいとは限らない。今、世にある説はこんな感じ、という1つの捉え方だと思っていただければと思います。

川端

一般の人たちにとっては、標準的な解釈が決まっているんだ、と思いがちだけれど、決してそんなことはないですよね。

ネアンデルタールからサピエンスへ

荻原

ネアンデルタールとホモ・サピエンスの「交替」と言われますが、これはどう捉えるべきなのか。ひと昔前は「交替」という言葉で表すことが多かったのですが、最近のDNAの研究では混血を支持する証拠が次々と出てくるので、交替という言葉に違和感を覚えます。

また考古学的な証拠も、昔はホモ・サピエンスにならないと比較的高度な抽象表現や芸術に関係するアーチファクトは出てこないと言われていたけれども、最近はネアンデルタールでもそうした能力があったことを示す証拠が見つかった、という話も増えてきています。

川端

戦いになってネアンデルタールは負けたんだ、というドラマティックなことを言いたい人が昔はよくいましたね。

荻原

そうですね。最近はあまり聞かなくなりましたけど。何が一番もっともらしい仮説なのかというのは、正直分からない。

ネアンデルタールとホモ・サピエンスの大きさはほとんど同じです。解剖学的にもほとんど変わらないですが、頭の形は違います。

体はネアンデルタールのほうが若干大きいので、脳の絶対サイズもネアンデルタールのほうが少し大きかったという考えが一般的です。ただ、サピエンスは小脳が相対的に大きいのではないかと思っています。ネアンデルタールはどこが大きいかというと、後頭葉という後頭部のあたり、主に視覚を司る場所です。ただ、微妙な差であることも事実です。

川端

単純に考えれば、ネアンデルタールのほうがより視覚優位な暮らしをしていた可能性があると?

荻原

比較的高緯度にネアンデルタールはいたので、暗い環境で暮らしていたからではないか、という論文も出ています。でも、よくは分からない。

ホモ・サピエンスの小脳が大きいのは、たぶん事実なのですが、意味のある差がそこにあるかと言われると微妙です。だから脳の形の違いが交替劇の要因になったかと言われると、確証的なことは何も言えないですね。

川端

後頭葉が大きいとか、前頭葉が大きいというのは直接頭蓋の形に表れると思いますが、小脳みたいに小さくても表れるものですか。

荻原

表れるんですね。後頭部の下のあたりの形が小さいのです。われわれは、人間の脳をネアンデルタールの頭に変形させて入れ込もうという作業をしたのです。

数学的に人間の脳を変形させて入れる計算をしたら、小脳あたりの収まりが悪いということに気がつきました。初めは前頭葉とか、高次機能に関係する場所に、差が出てくるのではないかという先入観の下にやっていたのですが、実は、一番形が違うのは後頭部の下のあたりでした。

川端

前頭葉はそれほど変わらなかったと。

荻原

結果としてそうです。頭全体を見るとネアンデルタールと現代人は、額のあたりの形がずいぶん違います。それもあって前頭葉のあたりが違うのではないか、と思ったのですが、頭骨の内腔の形を比較してみると、あまり違いませんでした。

川端

一番大きいネアンデルタールの頭は、東大のチームが見つけているんですね。

荻原

そうです。イスラエルの洞窟で発見したんですね。1740ccもあります。極めて大きいですけど、あの個体は身長も高いのです。全体的にネアンデルタールのほうが大きく、また骨太だと言われています。

小脳が小さいというのは、小脳は運動能力と関係が深い場所なので、運動能力が低かったのではないかと思われるかもしれませんが、われわれはそうは考えていません。小脳は大脳とたくさんの結合を持っていて、高次機能とも関係しているので、どちらかというと運動神経ではなく、認知機能の差につながっていたのではないかと思っています。

河野

ネアンデルタール人の歯は、理由は分かりませんがエナメル質が薄めだと言われています。でも、たまたまそういう方向にシフトしたのかもしれません。

荻原

ネアンデルタールは前歯の咬耗が激しいという話がありますね。前歯を使って、皮をなめしたりしていのではないかとも言われる。

河野

現代人も時代と地域によっていろいろですからね。時代が新しくなると、例えば同じ集団の中の役割分担が生じたりすると、1人の歯が減っていても、別の1人が減っていないということも起こります。

ネアンデルタールとの共存

河野

ネアンデルタールとサピエンスは何のDNAが一番違うのでしたか。

荻原

確か言語や脳の発達に関連する遺伝子が少し違うという話があったと思います。

河野

肌の色は薄かったんですよね。

荻原

そうですね。交雑は何回かはあったと言われていますね。

河野

あれは何回と推測できるんですか。

荻原

正直あまりよく知りません。

河野

教えてほしい(笑)。でも混血があったというのは、証拠があるらしいですね。

また、デニソワ人というのはネアンデルタール人と同時代で、小指の骨と歯が2本見つかっているだけですが、そこからDNAを取ったら、ネアンデルタール人ともサピエンスとも違う、また別の種がいたんだということが分かってしまった。

DNAで研究する人たちはメラネシアあたりの人たちがデニソワ人から遺伝的なものを受け継いでいるとか、チベット人の高地適応の遺伝子がデニソワ人から来ているとか、いろいろなことを言っているそうですが。

川端

ちょっとびっくりするくらい大きなストーリーになっています。

河野

そう。場所も世界中に広がりつつあるし。

まあ、ネアンデルタール人とホモ・サピエンスは同時期に共存していたのは事実なわけです。それが、一気になのか段々となのかは分からないけれど、ネアンデルタールはいなくなってしまった。

重なりあっていたのは数万年で、これは長いと言えば長い。ホモ・サピエンスはアフリカで20万年前ぐらいに誕生しているけれど、アフリカを本格的に出たのは6、7万年前ということになっています。それ以降で共存していたとすると、ネアンデルタールは3、4万年前までしかいないのでその間です。

サピエンスはなぜ生き残った?

川端

結果から見ると、ホモ・サピエンスが生き残ったわけですが、僕がこの前書いた『我々はなぜ我々だけなのか』というタイトルを見て、その答えが書いてあると思っている人も多いんですよ(笑)。

僕は問いの設定のつもりでした。例えば今、僕がなぜこの会議室にいるのかは、いろいろな説明ができますよね。1つに絞るのはたぶん無理です。偶然の要素もあるに違いない。

河野

それまで多様だった人類が、ネアンデルタールがいなくなってからは、単一になったとは言えるんでしょうね。移動が活発だったということも結果的に言えます。それ以前の人類は行かなかったところに進出して行っているので。

荻原

地理的な隔離がなければ単一になりますよね。人口が爆発的に増えて全世界に広がっていったことが、単一となった1つの理由だとすると、なぜこんなに人口爆発したのか。

河野

ひょっとすると、どこへでも行けました、とかいうロマンチックな話ではなくて、人口増加が著しくなりすぎて出ざるを得なくなったのかもしれない。

荻原

そもそも、では人口増加がなぜ起きたのかという話になってくると、協力するとか、社会的知性に起因するところがあるのかなとも思います。農耕などは、他者と上手くやっていくということが根底にない限り、できないのではないかと思いますし。

川端

農耕は1万年前ぐらいにならないと始まりませんが、狩猟採集の時代にパタゴニアまでもう行っていますしね。

荻原

何かしらの協力行動があって、それが生存率を高めることに寄与しているのではと思います。

川端

そこで、例えばマンモスを狩るために協力プレーが必要だったという話になると、分かりやすすぎるでしょうか(笑)。それが小脳と関係しているとか。想像はいろいろできそうですすが。

荻原

エレクトスの頃から持久走で狩りをするというのも、たぶんグループでやっていたことにつながるので、その頃からの脳の増大も関係してくると考えることもできますね。

川端

そうなるとますますフローレス原人は謎ですね。

河野

日本列島にホモ・サピエンスがやってきたのは大体3万8000年前くらいと言われています。それ以前の段階の人たち、例えば大陸には隣に北京原人とかがいますが、原人が来た証拠は、残念ながら今日まで見つかっていません。

石器などが見つかる遺跡が、3万8000年前ぐらいから全国的に出てくるんです。だけど骨はほとんど見つからない。日本列島は土壌の都合で骨が残りにくいのです。

例外が沖縄です。沖縄は石灰岩質の土地なので骨が残りやすい。旧石器時代の骨が見つかっているのは沖縄で10カ所ほどと、本州は1カ所だけです。

川端

本州はどこですか。

河野

静岡の浜北遺跡です。昔はもっといろいろあるということだったんですが、年代を検討したら新しかったり、ヒトの骨ではないという判断になってしまった。

人類学の魅力

川端

日本では、考古学と人類学は別の学問だけど、実は古い時代の人類のことを知る場合、諸外国では一緒に仕事をしていることが多い。例えばネアンデルタールのことを知りたければ考古学的なアプローチと骨形態からのアプローチの両方が必要ですね。

日本だと大学に入った時点から、それがスパッと分かれてしまい、お互いにあまり交流がなく別の学問だと思っていることが不健全だなと思います。河野さんはそのへんでギャップを感じることはありますか。

河野

考古学との距離があるのはその通りです。ただ、それ以上に人類学の業界が縮小してしまっていて 仕事もポストも減っています。昔は、医学部の解剖学教室などに人類学の先生が結構所属していましたが、今は少なくなってしまっている。もともと学生を育成することのできる大学がそれほど多くはないですし。

一方で骨が出てきたり、NHKの番組で特集されると、皆、喜んで見てくれるんですけど(笑)。

川端

今の河野さんの所属は文学部じゃないですか。文学部の中の人類学というのは割と珍しいですよね。

河野

でも、人類学って理学部系で、すぐには役に立たないけど人間の本質とは何かということをやっているわけで、文学部の人たちのやることにもどこかつながるんですよね。

文学部の学生相手になぜこんなことをしゃべっているんだろうと、最初は思ったんですが、感想を書かせると、「人間というのは道具を使ったり、文化を持っていることが重要だと思ったけれど、体のつくりはほかの霊長類と一緒だということに驚きを感じた」とか書いてくるので、「よかったな」と思いました。

これから人間のことを考えていく人が、生物学的な目線でも人間を見てくれることはいいなと思います。中には骨を研究したくなる学生も時々いるんです。

川端

荻原先生のところの学生さんで、人類学のほうに興味を持たれる学生さんはいるのですか?

荻原

基本的にはあまりいないのですが、ヒトの二足歩行の進化の研究が基礎としている学問は、ロボット工学などとかなりかぶっています。

本来は、ロボット工学も生物学的な視点を持った人と一緒にやっていくと、もう少し違うものができ上がってくる土壌があるかとは思います。

河野

一般の皆さんも関心がある領域だと思いますので、人類学に興味を持つ学生が増えてほしいですね。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。