慶應義塾

チャーハンを極める

登場者プロフィール

  • 菰田 欣也(こもだ きんや)

    ファイヤーホール4000のオーナー

    1968年東京生まれ。大阪あべの辻調理師専門学校入学。陳建一氏と出会い1988年四川飯店へ入社。2008年四川飯店グループ総料理長就任。イベントや料理番組等に多数出演。

    菰田 欣也(こもだ きんや)

    ファイヤーホール4000のオーナー

    1968年東京生まれ。大阪あべの辻調理師専門学校入学。陳建一氏と出会い1988年四川飯店へ入社。2008年四川飯店グループ総料理長就任。イベントや料理番組等に多数出演。

  • 土屋 敦(つちや あつし)

    その他 : 料理研究家その他 : ライター経済学部 卒業

    1994年慶應義塾大学経済学部卒業。出版社で週刊誌編集を経て料理関係のライターとなる。新著『男のチャーハン道』の他、『男のパスタ道』『家飲みを極める』等がある。

    土屋 敦(つちや あつし)

    その他 : 料理研究家その他 : ライター経済学部 卒業

    1994年慶應義塾大学経済学部卒業。出版社で週刊誌編集を経て料理関係のライターとなる。新著『男のチャーハン道』の他、『男のパスタ道』『家飲みを極める』等がある。

  • 山本 英史(やまもと えいし)

    その他 : 南開大学講座教授その他 : 名誉教授

    1973年慶應義塾大学文学部卒業。1979年東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。専門は中国史。中国料理に絡む世俗文化に関心があり、随筆を多く執筆。

    山本 英史(やまもと えいし)

    その他 : 南開大学講座教授その他 : 名誉教授

    1973年慶應義塾大学文学部卒業。1979年東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。専門は中国史。中国料理に絡む世俗文化に関心があり、随筆を多く執筆。

2018/10/25

「パラパラ」チャーハンを目指して

土屋

私の『男のチャーハン道』という本は、素人が家庭でお店のような「パラパラ」のチャーハンを美味しく作ることができないかなと思って試行錯誤した記録です。

チャーハンをどうしてもパラパラにできないという人は多い。なんとか頑張ってみよう、と私は一介の素人の立場でチャーハンを作ってみたのですが、まず、チャーハンの一番の魅力は一見簡単であるというところだと思うんですよね。どなたもたぶん一度は作ったことがある。

山本

そうですね。

土屋

家にある余ったご飯を炒めれば一応できる。そして、実際に作ってみると、まず楽しい。そして、作業の工程がシンプルだからこそ、ちょっとした違いが味の違いに反映する。それから、なかなかパラパラにならない(笑)。

家で中華料理のシェフの真似をしても、上手くいかないことがほとんどです。この「どうしたらいいんだろう」というところが創造性を刺激するんです。

菰田

よくレストラン系のものは中国料理店と言ったり、町場にあるラーメン屋さんは中華料理屋と言ったりしますが、どちらのお店にも必ずあるのはチャーハンですね。

中国料理店が、町場の中華屋さんのチャーハンとどれだけ差をつけられるかが問われる。食べて分かりやすいので、非常に侮れない料理だと僕は思っています。

僕は、スタッフに教えるとき、お客さんに出す前に、自分自身の賄(まかな)いとしてチャーハンを作らせるんですが、同じように作っても、火を通す時間や、卵の混ぜ方が違うと出来上がりがまったく違う。土屋さんが言われたように、簡単に見えるけど、実はすごく難しくて本当に奥の深い料理です。そしてお客さんは大好きな人が多い。

山本

チャーハンが嫌いな人っていないですよね。

菰田

なかなかいないですね。卵とご飯だけでも美味しいし、いろいろな具を入れたりもできる。四川省のほうに行くと、ホイコーロー味のチャーハンもある。ゴルフ場でもカジュアルに食べられますし、高級店でもそれほど高くなく、誰にでも手が届く料理です。

それでいて、炒め加減とご飯の質との兼ね合いも非常に出てくる料理ですよね。

土屋

シンプルだからこそ差が明確になり、皆が細部にこだわりを見出していくという面白みがありますね。

チャーハンは日本料理?

山本

私は30年くらい前から、中国に毎年のように行っています。日本人は本場でチャーハンを食べたらどんなに美味しいだろう、と思うではないですか。でも実際に向こうで食べると案外大したことないんですね。

中国ではチャーハンは冷やご飯で作るようなありあわせ料理で、メニューの主役にはなりません。そうすると、それほど作ることに情熱が湧かないようで、日本人のような思い入れはあまり感じられません。高級料理店でもその点は同じです。

日本人はコース料理の最後の締めにチャーハンを頼むことが比較的多いのですが、向こうの方はスープ代わりの汁麺か、あるいは単に白米ご飯だけという場合が多く、チャーハンにさほどこだわりがありません。

日本で食べるチャーハンは、中国から伝わった料理法を日本人が自分たちの口に合うように改良した、いわば日本料理の一種で、とても美味しいものだと思いますね。

菰田

向こうはチャーハンよりも、ご飯にあんかけとか、おかずみたいなものを乗せて食べるほうが好きな感じがありますね。

土屋

中国ではお店でチャーハンを注文するというイメージはあまりないでしょうね。

山本

日本だとラーメン屋にはギョウザとラーメンとチャーハンが必ずあって、普通にチャーハン単体、ないしはラーメンかギョウザと組み合わせて食べますよね。でもこうした食べ方をするのは、やはり日本人ならではの特徴だと思います。

土屋

明治時代に中国に行った日本人のエッセーで、チャーハンがすごいうまいというものが出てきます。

お手伝いさんとして雇われていた中国人の女性が、忙しい中、自分のために塩漬けの高菜を刻んで、ご飯と炒めて食べている。それを味見したら、メチャメチャ美味しかったという記述がありました。日本人にしてみれば、きっと目新しい料理だったのでしょうね。

山本

中国料理を日本人が食べ始めたのは意外と近年のことなのです。明治には一部の食通の間では好まれたものの、それが大衆化したのは関東大震災以降らしいのです。 そして、いわゆるラーメンとギョウザがセットになって、狭い屋台のカウンターで食べる様式が定着したのは、どうも戦後の闇市のバラックからのような気がします。

土屋

戦後すぐの小説などでは、よく支那ソバの屋台が出てきますね。もしかすると、あの頃すでにチャーハンが出ていたんでしょうか。

山本

たぶんそうじゃないですか。

チャーハンの香りの秘密

菰田

私はお客様に出すときは、卵は溶き卵にしてバーッと軽く炒めて、ご飯入れてってやるんですけど、自分で食べるチャーハンは、絶対に黄身を溶かないんです。

土屋

そのまま落とすんですか。

菰田

はい。混ぜてしまうと、卵の香りがなくなってしまうんですよ。

山本

ああ、はい。

菰田

卵の香りは、僕は100パーセント白身だと思うんです。白身を焼いたときの香りというのがすごい好きで、白身だけがブクブクッて、少し火が通って茶色くなったところにご飯を入れて、自分用にチャーハン作るのが大好きなんですよ。

土屋

すごく分かります。熱々の鍋に落とすと、白身の後ろが茶色くなったときにフワッと香りが漂ってきて、ご飯を入れたときに「あ、これがチャーハンの香りだったんだ。白身ってこんなに重要な役割を果たしているんだ」と思います。

YouTubeで町場のチャーハン屋さんの作っているのを見ると、やはり、溶かないものが多いんですね。作業として楽ということなのかもしれませんが。

菰田

子供の頃の記憶で、行っていたお店が直に卵をバーッと入れて、ブクブクブクってしたところにご飯を入れていたなというのがあって。香りという面では、白身は抜群だと思っていますね。

山本

いわゆる黄金チャーハンというのは昔からあるものですか?

土屋

「卵コーティング」(あらかじめご飯に溶き卵を混ぜてから炒める)ですね。昔は卵でコーティングするという発想が全然なかったようで。90年代以降に卵コーティングが出てくるようです。

それ以前は、家庭料理では先に卵を入れて、取り出してお米を炒めてから混ぜるというレシピばかりなんですね。中国人三代によるレシピ本『馬家の中国名菜譜』でも、お母さんと娘さんはやはり先に卵を取り出している。でもお孫さんになると卵コーティングしているんです。

菰田さんも家庭用に書かれた『菰田欣也の中華料理名人になれる本』(2014年)では、卵コーティングをお勧めされていますね。それから崎陽軒の嘉宮(かきゅう)のシェフだった曽兆明さんが「黄金の炒飯」というものを商標登録していますね。

菰田

もうお亡くなりになってしまいましたね。

土屋

彼がお父さんから習ったというチャーハンに、卵に伊勢海老のみそを入れたのとご飯を混ぜて、黄金にして炒めるというのがあって中国では結構ポピュラーのようなんですね。ただ中国の場合はパラパラにするためではなくて金色にするのが大きいようです。

菰田

金、大好きですね(笑)。

ご飯が決め手の一つ

山本

日本で黄金チャーハンにする主目的はパラパラにすることですか?

土屋

そうだと思います。たぶん日本のお米には粘りがあるという、もとから日本人が抱えるジャポニカ米の問題をどう解決するかということと、中国では色を付けるために卵を事前に混ぜるんだよ、という話が合体して黄金チャーハンになったのではないかと。

菰田

ご飯の状態というのは非常に大事だと思いますね。炒める前のご飯がどういう状態かで、基準となるスタートラインが決まります。

土屋

実はこの本を書く際にも、ご飯の品種や炊き方も、いろいろなものを試しました。チャーハンというと、どんなご飯でも美味しくできてしまうのが中華料理屋の技なのかなと思っていたのですが、こんなにお米の味に左右されるのか、ととても驚きました。

菰田

もともと中国ではご飯を「炊く」という習慣がなくて、蒸しご飯なので、炊いて、そのまま食べるご飯の状態をチャーハンにするのは、結構難しいんです。

それに、向こうのお米って、結構パサパサしていますからね。普通に作れば、たぶんパラパラになるんですよ(笑)。

山本

稲の品種が違うんですね。中国ではもともとインディカ米が主流です。中国米は東南アジアのインディカ米よりも丸くて、見た目は日本米と同じように思いますが、インディカ米であることに変わりなく、炊いても粘り気が少ないので、本来パラパラなのです。

だから卵コーティングの目的は色付け以外に理由がないのでしょうね。

土屋

そうなんです。それでも中国人もチャーハンのパラパラにはこだわりはあるみたいです。蒸すだけではなくて湯取り法を使う。つまり、1度蒸して途中でお湯で洗って、もう1回蒸す。あんなにパサッとしているのに、もっとパラパラにしたいのかなと(笑)。

僕も中国のお米は短いから、日本と同じかと勘違いしていたら、中粒種といってインディカ米だけれど長くないお米らしいですね。

山本

日本では昔は外米の輸入規制がありました。ですから日本人は日本米でチャーハンも作ったのでしょうが、日本人にとってはその方が口に合ったんでしょうね。

菰田

やはりお米の美味しさは、日本のお米のほうがはるかにあるんです。でも、それをパラパラのチャーハンにするためには技術が必要です。

山本

それが難しい。

菰田

そうです。そこを乗り越えると、中国を超えたすごく美味しいチャーハンが出来上がるんです。

僕は子供の頃、家で母親が「今日チャーハンね」と言うと、がっかりしていたんですよ(笑)。作っているのを見ていると、今思えば餅つき状態ですね。

中華鍋に具材を炒めて、冷やご飯をボンボンと入れて餅ついてるような感じ。こんな大きな塊の温かくない白い部分があったり。

土屋

ご飯が油を吸っていて(笑)。

菰田

そうなんですよ。でも母親の時代はそういう情報しかなかった。

「あおり」は必要か?

菰田

チャーハンって家庭では均一に混ぜることが、非常に難しいと思うんです。液体物ではないので例えば塩とか胡椒を入れたときに、それを全体に行き渡らせるには鍋を回す技術が必要になります。

皆さん、チャーハンのイメージというと、まず「あおり」という、料理人が鍋を大きく振る動作を思い浮かべる。でも、家庭用コンロで鍋を振ると火から離れてしまうので、変にご飯の粘りが出てきてしまう。

山本

あおりはいけないと?

菰田

そうですね。プロの場合、強火の中に中華鍋を置いて熱が十分に行き渡っているので、振らないとあっという間にお米が焦げてしまう。だから振っているんです。

土屋

火力をむしろ弱めるためですね。

菰田

そう、火力調整なんですね。でも、その動作だけを取って家でやってしまうと、いつまでたってもご飯が温まらない。

山本

なるほど。

菰田

火力によって、やはり作り方も変わってくるんです。ご家庭だったら火力を最大限に使うためには、火から離さない作り方がいいですね。

土屋

私も最後にたどり着いたのは、なるべく広い平面を火力で、鍋には触らないで、むしろ平べったく押し付けて、できるだけ火の力を浴びるようにすることでした。

よかったです。本に「鍋を振りましょう」と書いていたら、菰田さんに「駄目だ」と言われていた(笑)。

菰田

これは僕が教えに行ったお宅で主婦の方がやっていたのですが、お箸を4本ぐらい持って混ぜているんです。

しゃもじとかで皆さんやるのですが、お米同士がばらけるようにはなかなかいかないんですよね。お箸を4本持って置いたまんまで、グルグル回しているとパラパラになりやすいんですよ。

「私、ふだんこうやってやってます」と教わりました。

土屋

知恵ですね。

菰田

フライパン面にご飯を接地させたい、そして火が通ったものと、通ってないものを入れ替えたいときに、しゃもじよりも優れている。

土屋

そうか、しゃもじでやると一度浮いてしまいますよね。

「盛り付け」の芸

菰田

ラーメン屋さんとかが結構ラードを使っていますね。普通のサラダ油よりもラードを使うと重めなのでラーメン屋さんのものは、しっとり系のものが多いですね。

土屋

固まった感じですね。

菰田

そうですね。ポン、ポンとおたまに入れて、ボトッとやるとボコッと落ちてくる。それがラーメン屋さんだと主流。

山本

ラーメン屋さんではおたまを使って、その形のままお皿に出しますね。でも高級料理店のチャーハンは型を取りません。それには何か理由があるのですか?

菰田

やはりパラパラ系というか、それを目指そうとして、盛るときもずらしながらフワッと盛る感じです。すると、香りがよくなるというのもあるので。

土屋

おたまの底にエビか何かを入れてくれて、上からご飯で押さえてひっくり返して、上にエビが乗っているのも嬉しいですね。

菰田

私も、料理人が盛り付けている姿、好きですね(笑)。ずっと見入ってしまいます。

土屋

おたまに入れるときも振りながら入れていく、上手い人がいるんです。あれは芸だな、とつい見てしまう。

菰田

チャーハンを楽しみに食べに行ったときに一番がっかりするのが、後から来た人がチャーハンを頼んで一緒に作ってしまうときです。3個はちょっときついなあと(笑)。やはり2つぐらいまでですね、最高の状態で作れるのは。

土屋

プロの火力でもそれぐらいですか。私も主婦の方に「家庭の火力でチャーハン4人分一遍にパラパラで作りたいんです」と言われると、「ちょっとそれは無理だと思います」と、答えざるを得ないですね。

菰田

そういった場合、2回に分けたほうが早く作れますし、結果的に状態もいい。多いと混ぜるのも大変です。主婦の方は力もないので、重たいと、「もう、このへんでいいや」と諦めてしまうんですね。最初に卵を混ぜた状態で中途半端に火を通すと、逆にくっついてしまって重たい感じになってしまうと思います。

「揚州チャーハン」をたどって

山本

菰田さんのお店ではチャーハンはよくオーダーされますか?

菰田

やはり人気ですね。

山本

お米はあらかじめ、チャーハン用に炊いておくわけですか?

菰田

ちょっと硬めに炊いたものを用意しています。昔は試行錯誤して、営業で残ったご飯をどのようにしたらチャーハンに適するかと、1回冷凍して、解凍したものをほぐしたりしました。

そうするとだいぶ水分が抜けているので、逆に炒めるときに水分を補給しながら炒めたり、卵を炒めてから温かいご飯を炒めたり、いろいろやっていましたね。

僕が今一番チャーハンを作りやすいなと思うご飯は、お米とお水を一対一で、そこに少しサラダ油を入れるんです。

土屋

最初から?

菰田

そうです。そうやって蒸したご飯が一番やりやすい。

土屋

それは試してみたいですね。

菰田

中華料理屋はずっと「せいろ」が付いているので、蒸すことに対してあまり抵抗がないんです。朝来たら蒸し器をつけて、閉店までそのままですので。

山本

中国ではよく「揚州チャーハン」という特別な言い方をしますね。要するに、いろんな具材が入った五目チャーハンなのですが。なぜ「揚州」なのかといろいろと調べてみたのですが、案外わからない。いい加減な説はいっぱいあります。隋の煬帝(ようだい)が好物だったものが揚州に伝わったとか。でも、どうもはっきりとした文献があるわけではありません。

一番信憑性のあるのは、19世紀に揚州の知事になった役人がチャーハン好きで、自分の文集の中に作り方を書いていて、それが一種のブランド化して広まったというものです。ただ揚州人に言わせると、地元でそんなものを食べたことがないそうです(笑)。だいたい地名が付く料理はその土地にはないことが多いわけで、揚州でわざわざ「揚州チャーハン」とは言わないでしょう。

土屋

言わないですね。

山本

一説によると香港人か広東人が、もともとその地にあったチャーハンを揚州ブランドにしたと言われています。五目チャーハンは本来広東料理である可能性は十分にあるかと思います。

土屋

揚州チャーハンは、これを入れなければいけないとブランド化していますね。最近のことだと思いますけど。

山本

揚州チャーハンの定義によれば、中国ハム、ナマコ、エンドウ豆など、いくつかの具材を必ず入れることになっています。でも何を入れてもいいような感じだし、実際何も入ってないものもあります。

揚州市が最近、地方振興の一環として「揚州チャーハン」を文化遺産に登録しようと試みたのですが、結局上手くいかなかったようです。揚州にもともとそんな伝統はなかったとか(笑)。

菰田

あんかけチャーハンというのも、僕が修業していたころはあまり見かけなかったですね。

山本

それもいわゆる「福建チャーハン」という名称で今は広まっています。これもまた福建人は食べたことがないそうです(笑)。

土屋

あれは香港が怪しいですね。

菰田

でも、あのパラパラのチャーハンに「あん」がかかっているのは合いますよね。ベッチャリしたチャーハンに「あん」をかけても美味しくないですけど、パサパサぐらいのチャーハンには相性がいい。

山本

あんかけチャーハンの歴史は新しいと思います。広東人が海鮮を炒めた八宝菜のようなものをチャーハンに乗っけたという説ですね。

食べ物の由来は、それを実証する史料がほとんど残っていません。反対に噂みたいなものは山ほどあり、誰かが1つの説を唱えると、それが独り歩きしてしまうので、歴史研究でこれを究めるのは難しいのです。

菰田

1カ所で流行ると、すごい早さで広まっていきますね。例えば四川省の成都のお店に行って、「この料理、すごいですね」と言うと、そこの人が「この料理は私が考えました」と言う。次のレストランに行くと、また同じ料理が出てきて「この料理は私が考えました」と。もう、言ったもん勝ちみたいな(笑)。

山本

揚州チャーハンも、ある種の権威を揚州という文化の香りがする都市に求めたのではないですかね。

なぜ日本は油で「炒め」なかったのか

菰田

今、チャーハンにもいろいろな種類のものがありますが、油と卵は組み合わせとして絶対なんですよ。油を入れないと卵が膨らまないので。

山本

油のないチャーハンってあるんですか?

菰田

いや、それでは卵が膨らまないので香りも出ない。使う油が白絞油(しらしめゆ)みたいなサラッとしたものを使うのか、それともラードを使うのかで違う。やはりラードを使うとコクが出るんですよね。

山本

日本人はもともと油っこいものを好む民族でなかったのかもしれませんが、天ぷらみたいなものは昔から割と普及していました。なのに、なぜご飯を油で炒めることを考えつかなかったのかと思うのです。

きんぴらごぼうみたいに炒めてから煮るような調理法は江戸時代でも結構あったらしいのに、どうして「炒める」だけの料理がなかったのでしょうか?

土屋

不思議ですよね。

山本

ご飯があってネギがあればすぐできそうなものなのに、江戸時代の日本にチャーハンのようなものはなかったようです。その代わりかやくご飯の類はいっぱいありましが、これには油を使わないんですね。

菰田

日本というと炊き込みご飯風なイメージが強いですね。

土屋

僕も調べていて、チャーハンが明治時代に入ってきたことには結構驚きました。江戸時代に「焼き飯」という言葉は出てくるので、「ほら、やっぱりあった」と思ったら、焼きおにぎりのことだった。やっぱり江戸時代にはないようなんですね。

山本

チャーハンのチャー(炒)という字は、日本語では「炒(い)る」と訓読みします。「炒る」は油を使わない調理法ですね。

日本には油を使って調理するという発想がないわけではなかったのに、いわゆる炒め料理はついに生まれませんでした。炒めたものをそのまま食べるのは当時の日本人にはちょっと脂っこすぎたのかもしれません。

土屋

しかし、「揚げる」のはあるわけですね。

山本

そうですね。西日本ではチャーハンのことを「焼き飯」といいます。この場合の「焼く」はまさしく中国語の「炒」と同じ意味で用いられています。焼き魚のように本来直火であぶり焼きする調理法である「焼く」がなぜ油を使う「炒」の意味にも使われるようになったのか。こんなこと1つをとってもなかなか興味が尽きません。

「美味しさ」の記憶

菰田

僕は料理人ですが、子供の頃に食べた記憶に憧れて、結構昔の味を思い出して作って食べるんですよね。「なると」が入っているチャーハンとか、色が付いてもいいからよく焼くとか。

土屋

美味しさと記憶に残る懐かしい味っていうのが、われわれの心にないまぜになっていますね。

チャーハンを作ったときに、ラードで炒めて化学調味料を入れると、食べた瞬間懐かしいんですよ。「ああ、これ、子供のとき食べたやつだ」と。そういう記憶にグッとつかまれるものは、ちょっと冷静に見ていかないといけないなと思いました。

菰田

家庭のきれいなフッ素樹脂加工のフライパンと、ラーメン屋さんの手元にタオルがグリグリ巻きになっていて、脇に層があるような中華鍋では全然違いますね。あれ、絶対いい香りがチャーハンに移るよなと思っています。

土屋

コロッケもお肉屋さんはラードを使って何十回と揚げる。だから香りがあって美味しい、とおっしゃる方もいますよね。

菰田

料理って、食感ももちろんですけど、やはり香りも大きい。私はチャーハンの最後に紹興酒やお醤油をちょっと入れるんです。それもお米につけるのではなく、お米と鍋肌の間のところにパッと入れる。そうするとヒュッと蒸発して香りが立つ。そこで混ぜるとチャーハン全体にその香りが染みるんです。醤油の塩分というよりも、醤油の焼けた香りを中に入れるみたいな感じです。

土屋

いわゆるアミノカルボニル反応が起こると、香りの発生する化学物質がその瞬間にものすごい数になって、いきなり複雑になるらしく、その複雑さを人間は美味しいと思うらしいですね。

菰田

だからみんな焼き肉のたれとか好きなんですね。いろいろなものが入っている。

山本

目隠しして鼻をつまんで食べると、何を食べているのかまるで見当がつかないということになってしまうんですね。面白いものですね、味覚だけの問題じゃなくて。

土屋

われわれが味覚だと思っているものが実は嗅覚だったり。口の中は鼻につながっているので。

山本

子供の時に経験した味は忘れないと言います。その点では日本人もだいたいが保守的です。

麻婆豆腐の味もそうですね。中国山椒の「麻味」が強い本場四川の麻婆豆腐は日本ではなかなか定着しませんでした。今でこそ、レトルト食品なんかにも見かけるようになりましたが、それでも、昔からある「麻味」を抜いた定番の麻婆豆腐の方がよく売れています。

菰田

そうですね、しびれに違和感を感じる、という方もいらっしゃるので。

土屋

われわれの世代の中華料理の味を作ったのは、やはり陳建民さんの力というものがあると思います。

菰田

陳建民さんがいらっしゃらなかったら、麻婆豆腐が伝来されていない。そうすると歴史的には60年ぐらいしかない。

土屋

実は意外と歴史は浅いですね。

菰田

そうなんです。でもそれだけ短期間に、誰でも知っている麻婆豆腐をこれだけ広められたというのは、陳建民さんが美味しい麻婆豆腐の作り方を隠すことなく周りの方に教え伝えて、その方たちがそれを再現してくれたからなんだと思います。

どちらかというと中国の人って隠したがる文化なんですが、そうやってちゃんと伝えたからこそ、日本にこんなに麻婆豆腐がある。今は四川省より日本の人のほうが食べているんじゃないかと思いますね。

チャーハンを炒める技術

菰田

料理の中で「炒める」という作業は、一番、腕の差が出やすい技術なんですね。炒め時間とその油の量などで、仕上がりがまったく変わってきてしまう難しいものです。だから、具材はシンプルだけど、一番の入り口はチャーハンだと思います。鍋を振るというのもそうですし。

土屋

シェフの技術の基本みたいなところになるわけですね。

菰田

チャーハンを美味しく、きれいにつくれたら、まずほかのものはできますよ。チャーハンでドタドタしていたら、チンジャオロースとかは駄目です。

山本

漫画の『美味しんぼ』で「チャーハンが作れなければ、ほかのものも駄目だ」という場面がありますが、その説は正しい?

菰田

いや、そうだと思いますね。

山本

これは周富徳さんが本当に言ったわけではないのですよね。

土屋

でも、周富徳さん自身も「チャーハンが生きざまだ」みたいなことは、ご自身の本で結構書いています。「火力を御す人間にならなければならない」など。

山本

「炒める」という調理技術の基本練習はどういうことをやるのでしょうか?

菰田

鍋を返すというか、手前のものが中に入っていって、均等に回るようにする動作の練習は、よく塩でやっていました。それができるようになると今度はゴマを炒るんです。

ゴマを炒るって、ずっと均一にやっていかないと、パチパチッと焦げてしまう。パチパチとなったら、「もう使えない」と言われるんです。

弱火でゆっくり黄金色に炒めていくんです。また、鍋の温度が上がっているので、火を止めてもしばらく振り続けないと、予熱で火が通ってしまう。そうやってチャーハンに入る前に鍋の技術を鍛錬するんです。

土屋

それは両手鍋ですか?

菰田

両手鍋です。初めはみんな、すぐ腕がパンパンになってしまう。

でも、そうすると鍋が返る仕組みをやはり体で覚えるんです。それが材料を均等に回していくという技術となる。チャーハンに至るまでにプロも意外に鍛錬しているんです。

土屋

さまざまな技術がシンプルなものに収斂していっているんですね。

IHでも「パラパラ」チャーハン

土屋

家庭でチャーハンを作る悩みの1つが、家庭用コンロは中心から火が出ていないので、中心部がなかなか熱くならないということでした。中華鍋は油が中心にたまるので、そこが一番熱くなってほしいのですが。

それを考えると、いまIH対応の中華鍋も出ていますし、IHは真ん中がちゃんと熱くなってくれるので、意外と鍋さえ手に入れてしまえば、できてしまうのかなという気がします。

菰田

IHで作られるなら、最初に温かいご飯か、冷めていたらレンジでラップとかしないでレンジでチンしていただいて、ちょっと水分を飛ばすような感じにして用意する。

そこに卵を2個、普通のと、黄身だけ入れたもの2つ用意し、黄身だけのほうを溶いて、そこに塩、胡椒、あと、だし系のものをちょっと入れるといいですね。鶏ガラの顆粒だったり、ほんだし系でも、ブイヨンみたいなものでも入れるとコクが出やすかったりするんです。

油を敷いて、ご飯とともにそれを入れて、箸4本持ってグルグルやって。パラパラになったら出してもらって、残り1個分の白身をちょっと炒めて、少し茶色くなるまでやってご飯を戻していただくと白身の香りが付きます。

土屋

僕もパラパラを追求していくと、最後は黄身だけを溶く方法になったんです。

白身はとても水分が多いので、家庭の火力だと白身が入った時点で温度が下がり、パラパラにするのが非常に難しい。黄身だけだと上手くいくと気づいたんですが、香りが足りなくなる。結局、最終レシピでは黄身2つと白身ちょっとにしたんですが、最後に別に白身だけ入れるというのは素晴らしいと思いました。

山本

パラパラにこんなにこだわるようになったのは、1990年代からですか。

土屋

そうですね。90年代以降、1つは日本のお米はササニシキが作られなくなって、流通するお米がコシヒカリ系が主流になり、とても粘るようになったということもあると思うんです。家庭でパラパラにするのは昔より難しくなっているのかもしれません。

今、中国東北地方では日本米が流行っていますので、中国で日本米を使っている家庭は、チャーハンで悩んでいると思うんですね(笑)。昔の感覚でチャーハンを作ろうとしたら、「あれ?」って。

菰田

蒸していた人たちが、炊飯器で炊くようになってしまいましたからね。

山本

土屋さんのようにチャーハンに徹底してこだわるような中国人はいないという感じがしますね。

菰田

もともとのお米の質も、日本のほうが絶対美味しいですよね。

チャーハンには向かないけれど、上手く粘るところを処理できれば美味しくなる。

土屋

明治期に「南京米」という呼び名で、中国からパサッとしたお米が入ってきていたのですが、普及しなかったというのはやはり美味しくなかったのでしょうね。

山本

日本ではインディカ米は全く普及しないですね。パラパラがいいのであれば、日本でもインディカ米で作ればよさそうだけど、そうしないところが面白い。

日本人には自国のものを大切にするとともに外国からやってきたものに対しても、それをよりよいものに作り変えるのに努力を惜しまないといった独特の感性があります。

ウイスキーがまさしくよい例です。外国の酒造りにこれほどこだわる民族は他にまずいないと思います。ラーメンだって、これだけスープ作りに全神経を傾けるのは日本人くらいのものでしょう。これもまた日本人特有の文化なのかもしれません。

土屋

『男のチャーハン道』は中国本土で出るみたいなので、どんな反応が返ってくるかと思っています。

山本

それは面白い。

土屋

なぜ日本人はチャーハンごときでこんなに苦しんでいるんだ、なんてちょっと笑いながら言う感じじゃないですかね(笑)。

山本

ぜひ知り合いの中国の友人たちに読ませて、その反応を聞いてみたいですね。

山本

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。