登場者プロフィール
佐伯 晃(さえき あきら)
その他 : 日本ジーンズ協議会顧問経済学部 卒業1965年慶應義塾大学経済学部卒業後、帝人入社。東京販売部、ニット販売部を経てアパレル企業の帝人ワオに出向、同社社長を務め2002年退任。日本ジーンズ協議会専務理事等を経て現職。
佐伯 晃(さえき あきら)
その他 : 日本ジーンズ協議会顧問経済学部 卒業1965年慶應義塾大学経済学部卒業後、帝人入社。東京販売部、ニット販売部を経てアパレル企業の帝人ワオに出向、同社社長を務め2002年退任。日本ジーンズ協議会専務理事等を経て現職。
道家 美奈子(どうけ みなこ)
その他 : アトリエ・ツイン代表取締役その他 : ディレクター・デザイナー法学部 卒業1986年慶應義塾大学法学部政治学科卒業後、バンタンデザイン研究所ファッションデザイン学科卒業。株式会社レナウンルックを経てアトリエ・ツイン入社、2007年より現職。
道家 美奈子(どうけ みなこ)
その他 : アトリエ・ツイン代表取締役その他 : ディレクター・デザイナー法学部 卒業1986年慶應義塾大学法学部政治学科卒業後、バンタンデザイン研究所ファッションデザイン学科卒業。株式会社レナウンルックを経てアトリエ・ツイン入社、2007年より現職。
デーヴィッド・マークス
その他 : ファッションジャーナリスト商学研究科 卒業2001年ハーバード大学東洋学部卒業、2006年慶應義塾大学大学院商学研究科修士課程修了。日本の音楽、ファッション、アートについて雑誌、ウェブ等に 寄稿。著書に『AMETORA 日本がアメリカンスタイルを救った物語』。
デーヴィッド・マークス
その他 : ファッションジャーナリスト商学研究科 卒業2001年ハーバード大学東洋学部卒業、2006年慶應義塾大学大学院商学研究科修士課程修了。日本の音楽、ファッション、アートについて雑誌、ウェブ等に 寄稿。著書に『AMETORA 日本がアメリカンスタイルを救った物語』。
2018/06/26
日本の若者のファッション愛
マークスさんが昨年出された『AMETORA 日本がアメリカンスタイルを救った物語』を拝読しました。実によく調べていらっしゃるし、研究書として素晴らしいと思います。
ありがとうございます。書く際には、佐伯さんも書かれている『ヒストリー 日本のジーンズ』の資料が大変参考になりました。
この本はどんなきっかけでお書きになったのですか。
私自身、もともと洋服とかファッションに全く興味はありませんでした。でも、それはたぶんアメリカの男性として普通のことです(笑)。
高校のとき日本に3週間ホームステイをしたのがきっかけで、日本について勉強しようと思いました。90年代の終わり頃に、日本の若者たちの間では「裏原宿」がブームになりましたね。そこで彼らは、何時間も並んでTシャツを買っていた。なぜ日本人の若者がそこまで洋服に情熱を傾けるのか、とても興味を持ちました。 以前、『三田評論』でもアイビーファッションに関する三人閑談(2014年5月号)がありましたが、アイビーブームの立役者であるくろすとしゆきさんが65年に作った『TAKE IVY』という本の英語版が2010年にアメリカで出て、結構話題になりました。
そうなんですね。
なぜ日本人が65年にアイビーファッションの本を作ったのかというのはとても興味深くて、まず日本のアイビーについて本を書こうと思ったんです。でも、出版社から、日本のジーンズもすごく海外で人気があるという話を聞いて、それも調べることにしました。なぜ日本人がそんなにいいジーンズを作るようになったのか、というところがとても面白いと思ったんです。
『AMETORA』は、2015年に英語版が出て、去年の9月に日本語版が出ました。先日、中国語版も出たところです。
すごいですね。どういった方が読んでいらっしゃるんでしょう。
「アメトラ」という名前なので、アイビーの話の本だと思われがちですが、たぶん一番海外で読んでくれているのは、デニムマニアの人たちです。特にヨーロッパに日本デニムマニアの人が多いんです。そういう人たちにとって、こういう日本のデニムの話がある本はあまりないみたいですね。
日本の「藍染め」とジーンズ
今、日本のジーンズは、世界で一番敬意を持ってみられている。一番本格的だと思われているのです。もともとアメリカで生まれたものなのに。だから、アメリカで本格的なジーパンを作りたいブランドは、絶対に日本のデニムを使います。「日本のデニムじゃないと本物じゃない」みたいな考え方になっている。これはある意味で奇跡に近いことです。
なぜ日本のジーンズが世界一になったのか、改めて考えてみると、戦後、アメリカの駐留軍が、特に厚木基地で着古したジーンズを、チャリティで教会に寄付していたんですね。それを、日本人が憧れて着るようになった。でも、チャリティですからそんなに量はなかった。
上野のアメ横にマルセルというお店があって、そこの創業者の檜山健一さんが「これ、売れるぞ」ということで始めたのが原点です。そこから岡山の業者が手がけていくのですが、そこでハッと気が付いたのが、「なんだ、日本には藍染めがあるじゃないか」ということ。 藍染めといっても、「藍」の色は何十種類もあります。僕の祖母の世代なんかだと、全部その色の名前が言えました。それだけ日本には藍染めの文化があったんですね。これはジーンズに使える、藍色に関してはわれわれが世界一だ、ということで染めにこだわった。
そこは面白いところで、日本の「本藍染め」でジーンズを染めると、実はちょっとクオリティが高過ぎるんですよね。つまり、芯まで藍が入ってしまって、あまり色が落ちないんです(笑)。
アメリカでは、ロープ染色(綿糸をロープ状に束ねて染める)という技術を使っていて、そのほうがコストも安い。それを、日本では広島のカイハラが最初に取り入れました。
つまりカイハラは、アメリカの真似をしなきゃいけないと思って、日本の昔からの藍染め文化があるけれども、あえてアメリカの、色が落ちやすい方法を使うことにしたわけです。
90年代に入ると、昔の藍染め文化と、アメリカの染め方を混ぜたようなブランドも出てきました。
日本が発見した「赤耳」
それからもう一つ、ジーンズには赤耳というものがあります(写真)。織物の端っこが、赤い「色糸」で区別してあって、それがほつれ止めになっています。
赤耳は、力織機という旧式の機械で織るときに出てくるものです。今では能率が悪いので、そんな機械は使いません。だからアメリカや先進国では、その古い機械はとっくに捨ててしまっていた。ところが日本人は、工場長とか職人さんがもったいないからといって、力織機を納屋で取っておいた。
リーバイスの代名詞ともいえる「501」には、もともと赤耳が付いていました。でも、アメリカ人は「赤耳が格好いい」なんて全然思わなかった。ただ普通に、製造工程で仕方なく出てきてしまうものだったわけです。
日本でも70年代のデニムには赤耳は付いていなくて、ジーパンが普及していくなかで、マニアの人がなんとなく501の風合いが良くて、色の落ち具合も良いと感じ、そして、赤耳の存在にも気付いた。それで、80年代にわざわざ小さい織機、たぶん帆布の織機を使って、赤耳の付いたデニムを作ったんです。
つまり、自然に生まれたわけではなく、アメリカの真似をしようと思ったときに、アメリカ人が気付いていないところを真似しようとした。すごく人工的な経緯なんです。
面白いですねえ。
1990年代、日本のEVISUといったブランドがアメリカとイギリスに売り出すまでは、向こうで赤耳にこだわっている人はほとんどいなくて、日本のブランドが「赤耳がいい」とか「これは501っぽい」と言ったから、西洋人がやっと「赤耳デニムって格好いいんだ」と気付いたんです。
今では海外でも、デニムマニアは、赤耳が付いているものしか買わないようになりました。あれは完全に、アメリカの文化を日本人が復活させたものです。
リーバイスは1984年まで赤耳のジーパンを作っていたのですが、85年以降はありません。リーバイスのデニム生地を作ってきたのは、ノースカロライナ州にあるコーンミルズ社のホワイトオーク工場で、その工場には昔の力織機があったのですが、使っていなかった。でも、日本の岡山の工場がそれを使っていることに気付いて、じゃあ真似しようということで、コーンミルズがまた赤耳のデニムを作るようになったんです。
しかし、去年、その工場も閉鎖になってしまい、アメリカで赤耳デニムを作れる工場は今は1つもないのです。でも、日本には残っている。だから、これは本当に日本独特の製品になっていると思います。
「一生穿き続けられる」
古いものを大事にする、捨てないという精神が日本人にはあるんですね。つまり、能率一辺倒でコストが安ければいいのではなくて、高くても風合いや色が良かったら売れる、という文化がジーンズ業界に残っていた。それが今でも続いているということですね。
そうですね。私は50代なのですが、私たちの世代は、もうモノを買うことに疲れてしまっています。さんざん買ってきたからもういいよ、みたいな(笑)。子育てが終わったような世代の人は、もっと丁寧に暮らしたいと思っているマインドの人も多いと思います。
数年前、慶應の卒業25年で大同窓会があったのですが、そこでも話に出たのは、みんな昔はよく買っていたけれども、あれはちょっとね、という話になりました。もう少し、地に足をつけた生活をしていこうよという志向が出ていると思います。
ジーパンって、穿けば穿くほどだんだん格好よくなっていく。これは着るものでは唯一ジーンズだけが持つ特徴じゃないでしょうか。
日本のデニムは、海外ではちょっと高くて、ある意味高級品のような感じも持たれています。つまり、エルメスとかヴィトンの鞄と同じように、高いけれどもずっと一生使えるようなものと。だから、硬くて分厚いデニムだと、最初は穿くのが大変だけど、「本当に一生ずっと穿ける」みたいなストーリーが込められているように思います。
アメリカから来た特別な服
デニム素材については、穿きやすいストレッチ加工など、今はさまざまな技術が進んでいますね。
ただ、日本のデニムがなぜそんなに海外で評価されているのかというと、実はストレッチとかが入っていないからなんです。本当に50年代のデニムと全く同じような、分厚くて硬くて、色落ちがいいようなものだからです。日本のカイハラとか日本綿布のジーンズはストレッチもないし人工繊維も入っていない。それがいいと思われているんです。
ファストフードってあるでしょう。要するに何でもいいからとにかく安く食べよう、たくさん食べようというものです。一方で、グルメブームもすごいですね。着るものも一緒で、いろいろなファストファッションがファッションの世界を席巻していますが、あれは本来の日本のジーンズ文化とはちょっと違うんじゃないかと思います。
ハンバーガーはアメリカのファストフードですが、マクドナルドの日本での第一号店は銀座に置かれました。つまり、当時は結構上等なもの、高級品に近いものだったわけです。ジーパンもそれに近いですね。
その後、アメリカでは素材の質も下がってしまいました。
それはやはり、ジーパンが最初から、アメリカでとても一般的なもので、何も特別なものではなかったからだろうと思います。つまり、格好いいけれども、アンチファッションなのです。着るものを考えないからジーパンを穿く、ステータスを考えないからジーパンを穿く。だからヒッピーも穿いていたし、ジェームズ・ディーンのように、反社会的なイメージとして穿いていた。ジーパンは、ファッションではなくあくまで機能的なものだったわけです。
でも、日本ではジーパンというのは、アメリカから来た特別なファッションでした。だからすごく大切にしていて、アメリカのジーンズの質がだんだん落ちていったとき、どうしてこんなに特別なファッションなのに質が下がっていくのか、日本人は不思議に思ったはずです。
ああ、なるほどね。
それで、日本のブランドが、もう少し高級のジーパンを作ったらどうかなと思った。でも、80年代にビッグジョンが「ビッグジョン・レア」というブランドで、初めて高価な赤耳デニムを出しましたが、全然売れませんでした。ステュディオ・ダ・ルチザン(STUDIO DÅfARTISAN)というブランドもそうです。
日本では、ジーンズは最初からファッションだった。でも、アメリカではやはり作業着の延長線だった、ということが背景にあるんでしょうね。
女性にとってのジーンズ
デザイナーの立場からすると、ジーンズはすごく手っ取り早くおしゃれになれるものとして、大手アパレルも開発をしていたと思います。私は2000年代にセリーヌとかバーバリーの子供服をやっていたのですが、ライセンサーからも、ジーニング(デニムの要素)を必ず入れるようにというアドバイスは来ていました。
つまり、ややもすると日本人のファッションは、生真面目で堅苦しくなってしまう。やはりちょっと遊びとか、何か少し反体制的な、くすぐりの部分がほしい、ということだと思います。
それでジーニングをファッションとして取り入れるようにしていたのですが、2000年代、2010年代と時が進むにつれて、婦人服でも、デニムを着ておけばなんとかなる、というような、結構表層的なものになってきてしまったように感じています。
手っ取り早くデニムを手段として使うだけではなくて、日本人のジーンズファッションも、もっといろいろ発信していけることがあるんじゃないかと思いました。
僕もレディースジーンズを30年ぐらい見てきていますが、70年代には裾の広がったヒッピースタイルのジーンズがあって、そのうちにカルバン・クラインとかのデザイナージーンズがありましたね。細身でホテルにも入っていけるもの。それからやっとレディースジーンズが市民権を得て、しばらくしたらカラージーンズが出てきた。
日本では「脚長ジーンズ」という言葉がありますね。体のラインにぴったり合うような、ストレッチも入っているものです。スタイルよく見せたいという女性の美容願望とうまく結びついてマーケティングできたわけです。ですから、メンズのこだわりと少し違いますけど、レディースの「自分を美しく見せたい」「健康に見せたい」という気持ちと、ジーンズとのつながりは大事にしていきたいなと思っています。
私も、20代のときと同じサイズのデニムを穿くのがテーマになっています。デニムは結構正直ですから、なかなか大変ではあります(笑)。けれども、白いTシャツとブルージーンズを着て表に出られるおばあさんになりたいという願望があります。自分のインチをちゃんとキープして、そしてストレッチでごまかさないようにしたいですね(笑)。
今ジーンズ業界のキャンペーンとしては、ジーンズを穿くことによって、自分の体を変えようということをやっています。お腹が出っ張らないようにとか、運動してきびきび動こうというイメージをつくろうとしています。
やはり、ジーパンの社会的な役割が変わったということなのだと思います。特に女性の場合、501とか赤耳といった話からずいぶん遠いようなジーパンが流行っている。
一方で、ジーパンマニアの人、昔からの文化を続けたいと思っている人もまだたくさんいます。もちろんアメリカやヨーロッパにはそういう人がいますが、一番びっくりしたのはタイとインドネシア。インドネシアは、日本より蒸し暑いじゃないですか。でも、インドネシアの男性は20オンスくらいある、ものすごく分厚いジーパンが好きです。赤道直下でも、そういう文化が流行っているんです。 つまり、合理的だから穿いているのではないし、流行っているから穿くというのともちょっと違う。いわば「物語がある洋服」として、ジーパンはまだものすごく強いと思います。昔だったら、朝起きて何も考えたくないから自動的にジーパンを穿いていたのが、今はそうではなくなったんですね。
現代アメリカとジーンズ
アメリカでは今、ジーンズはどういう位置づけにあるのでしょうか。
もちろん、今でも普段着的な存在ではありますが、その一方で、ファッションに敏感な男性たちのものにもなっています。
10年ぐらい前から、アメリカでいろいろなインディーズデニムブランドが出てきました。デニム自体はたぶんほとんど日本製のものですが、ブランドとしては、全然大衆向けではありません。むしろ、大衆向けにはなりたくない、というスタンスのブランドが出てきています。
そういうブランドがファッションリーダーとして先導しているんでしょうか。
そういう流れは、今なくなりつつあるような気がしているんですよ。
「冷戦」「内戦」という言葉がありますが、今のアメリカは、いわば「冷内戦」みたいな状態にあります。例えば、トランプ派と反トランプ派が本当に内戦になりそうなくらいに対立している。ニューヨークやサンフランシスコ、ロサンゼルスにいるエリートたちはたぶんジーパンが好きで、日本のデニムも好きです。でも、その人たちは、アメリカの中央部にいるトランプ派の人たちに全く影響力を持っていない。逆に、「あいつらが穿いているんなら絶対に穿かない」というような感じですね。
アップルのスティーブ・ジョブズのような、ノームコア(normal+core=「極めて普通の格好」を指すスタイル)というファッションスタイルがあったりして、IT系の人たちとかは結構デニムが好きなんだろうなと思っていました。
そうですね。そういう人たちの中で、だんだんと日本のデニムがいいと分かっている人の数が増えてきている気がします。
ハイテク技術で古さを出す
2005、6年ぐらいから、インターネット上で「デニムの色落ちがどう」といったことを、アメリカでも言い出す人が出てきました。実は、英語にはその言葉がなくて、「tateochi(縦落ち)」という日本語がそのまま英語でも通じるようになっています。
縦落ちというのは、縦糸に太さのムラがあって、こすると白がまだらになる、それが素晴らしいという感覚ですね。
そういうムラがあるものは、本来は価値がなかったんですね。
ムラ糸も、日本のジーンズにしか出てこない話だと思います。80年代、クラボウ(倉敷紡績)が、わざとムラがある「ムラ糸」を開発しました。その作り方もハイテクで、きちんとムラの出方をプログラミングして作っています。今の日本のデニム工場に行くと、人間がほとんどいなくて、ほぼロボットが作っています。
最新鋭の大きなハイテク機材がたくさん動いていて、それで50年代の昔の古いデニムみたいな糸を作っている。この、ハイテクで古いものを作るというのは、まさに日本的な考え方じゃないかと思います。
そのハイテクの裏には伝統があって、和服の着物の膨れ織りとか、まだら織りとか、かすりとか、均一ではないものも意味がある、という感覚ですね。
大ざっぱに言えば、西洋の方は均一な、真っ平らなほうがいいと思っている文化だと思います。リーバイスでも、アメリカの人はまっさらなものとか、ちょっとお湯だけ通したノン・ウォッシュのものを穿いていたんですよ。戦後、貿易が自由化されて、日本にも新しい生地の新品デニムがアメリカから入ってきましたが、それはゴワゴワで穿けない。それで、岡山の連中は洗濯機で洗うことを始めました。ついでに穴もあいたりして。
足の付け根あたりに筋状に色が落ちるのをヒゲと言いますが、あれも日本人が言い始めた。もっと前にイタリアの人もやっているのですが、アメリカに売り込んだり、ビジネスにしたのは日本の岡山です。
クラボウのムラ糸は、最初日本のブランドではなく、フランスのブランドに売ったんですよね。
まずフランス人が501をすごくいいと思って、501のパクリみたいなものを作った。そういうフランスの501を見て、日本でも男性向けファッション雑誌で「フランス人が501を穿いているよ」みたいなことが話題になりました。だから、501はまずフランスと日本で注目されて、アメリカ人は特に何とも思っていなかった。普通だと思っていたのですが、でもそれは84年に501のキャンペーンをまたやって、それでまたアメリカ人も501が一番本格的なジーパンだと分かって、それが世界の潮流になりました。
エシカルな消費へ
今、世界でジーンズは20〜23億着くらい生産、販売されています。これはアウターウェアとしてはおそらくナンバーワンですね。それだけに、綿花栽培、織物づくり、染色、縫製、販売、物流など、すべての規模が大きい。ですから、その社会的影響もものすごく大きいんですね。
農薬の被害で作業する農民が苦しんでいるとか、大量に水を使うために湖が干上がってしまったとか、染料が川や湖を汚しているとか。また、バングラデシュの縫製工場では、崩落事故があり、安い賃金で働いていた女性が数百人亡くなりました。そのとき、欧米の人たちが騒いで、俺たちが着ているジーンズは、そういう工場で劣悪な労働環境で働いている女性たちが作っているんだ、これを喜んで穿いていていいのだろうか、というムーブメントを起こしました。
まさに、そういう問題があるからこそ、日本のデニムが注目されている面があると思います。
「キャピタル」という岡山・児島のブランドがありますが、あれは、日本のデニムを児島の工場で作っているというストーリーを売りにしています。日本のブランドはどこで作られているか分かるから信用できるものになっている。そして、職人が作っているものを買いたい、身に付けたいという傾向もあります。エルメスの鞄がこの工場で職人によって作られている、というのと同じですね。
日本のブランドはうまくストーリーを作っていて、日本のデニム工場はロボットばかりなのに、イメージとしては年老いた職人が昔の織機で苦労しながらこつこつ作っているという感じを出しています(笑)。
最近、40代以上の女性を対象としたファッション誌で、「知的な女の人は何を着ているか」という特集がありました。やはりオーガニックの食品にみられるように、みんな出所が分かるものを買いたいんですね。
そして洋服も、不当な労働状況で働いている人が作ったものを3,900円で買ってうれしいのか。もっとエシカル(ethical)な購買をしたいということで、少しずつ変わってきているんだと思います。
また、子供服作りの現場にいると、どうしても安いものを作らざるを得ないところもあるのですが、その雑誌には、「もう無駄な消費を促すような、無駄なデザインは起こさないでほしい」という言葉があって、グサッときました。デザイナーも、無駄なものはもう作ってはいけないんですね。本当に意味のある仕事をしたい。もちろんビジネスではありますが、でもデザイナーの意識として、「無駄なものを作らない」というのは心していきたいと思います。
リーバイスが501のキャンペーンで、「noragi(野良着)」と言うのを出しました。日本のお百姓さんが着ていたような、継ぎ接ぎをデニムで再現しているんです。これも日本的な感覚というか、そういう時代になってきたなという感じがしますね。
「ボロ」という言葉も、今は結構英語として通じますね。
エシカルという言葉は、直訳すれば「倫理的な」といったところですが、トレーサビリティ(追跡可能性)、サステイナビリティ(持続可能性)そして、フェアトレード(公正な価格・条件での取り引き)という、いろいろな意味が込められていると思います。まさにこのエシカルを実現できるのがジーンズだと思います。
「ストーリー」としての魅力
ジーンズに関する最新技術としては、レーザー加工と言って、縫い上がったジーパンを1000度のレーザービームでワーッと焼く。それで色落ち感を出すことができます。この方法だと、水や薬品を使わないから環境にやさしいんです。
また、ロボットが生地をこすって、擦れた感じを出すというのも一般的に行われています。そして、縫製の完全自動化も研究が始まっています。つまり、布を入れたら製品として出てくるというものですね。
アメリカのジーンズメーカーは戦後、どんどんコストを下げて、クオリティが悪くなってダサくなってしまいました。日本のジーンズブランドは、そのクオリティをすごく大事にしています。だから、本格的なジーパンが残っているのは、本当に世界で日本だけです。
これはジーンズに限ったことではなくて、たぶんイタリアのナポリのピザも、日本で食べたほうがおいしい(笑)。日本の文化は、「ゲイシャ」「フジヤマ」「スシ」みたいなイメージが今でもあるかもしれませんが、もう一つ、西洋が作り上げた近代の文化が、まだ日本には残っています。そして、これは実は今、日本にしか残っていない。
さっき紹介した技術では、例えば木村拓哉さんの穿いたジーンズのシワを再現したジーンズも作れるんです。
このように、アナログな雰囲気や効果を、最新のデジタルな技術でやる。これが日本がこれから進む道かなと思います。その実力を、日本は十分に持っている。
まさにその手仕事感というところは、日本の強みだと思います。ただ、日本は賃金が高いし、縫製の人もどんどん辞めていっています。工場で60代なんて若いほうですよね。倉敷の工場に行っても、70代の方が現役だったりします。ですから、自動化の技術も取り入れながら、価値のあるものを作り出せる日本の企画力、デザイン力を、もっとアピールしていけたらなと思います。
ファストファッションには価格では太刀打ちできないので、今日お話があったような、対価を払ってもいいと感じるような「ストーリー」を、もっと日本のユーザーにも発信しないといけないと改めて感じました。
現在、ジーンズの需要は横ばいからやや減り気味のところにあります。ジーンズが普及し出した1970年代の若者は、ジーンズファッションに対してものすごく熱意があってうんちくもあったんですが、最近それが薄れているので、何とかそれを復活させたいですね。
ちなみに、福澤先生がもし生きておられたら、ジーンズを穿かれていたんじゃないかと思うんです(笑)。先生の肖像画は着流し姿ですが、堅苦しい侍の服は封建制度の象徴だということで嫌われた。自由な服がお好きだったわけで、その意味では、ジーンズがあったら「おい、ちょっと穿かせてくれ」とおっしゃったんじゃないかなあ。
なるほど、そうかもしれませんね(笑)。※所属・職名等は当時のものです。