慶應義塾

童謡は時代を超えて

登場者プロフィール

  • 片岡 輝(かたおか ひかる)

    その他 : 児童文学者その他 : 詩人法学部 卒業

    1957年慶應義塾大学法学部法律学科卒業後、TBSを経て執筆活動に。『とんでったバナナ』『グリーングリーン』ほか多数の童謡・合唱曲を作詞。

    片岡 輝(かたおか ひかる)

    その他 : 児童文学者その他 : 詩人法学部 卒業

    1957年慶應義塾大学法学部法律学科卒業後、TBSを経て執筆活動に。『とんでったバナナ』『グリーングリーン』ほか多数の童謡・合唱曲を作詞。

  • 大石  泰(おおいし ゆたか)

    その他 : 東京藝術大学演奏藝術センター教授経済学部 卒業

    1974年慶應義塾大学経済学部卒業後、テレビ朝日入社。「題名のない音楽会」プロデューサーなどを経て2004年東京藝術大学演奏藝術センター助教授、2016年より現職。

    大石  泰(おおいし ゆたか)

    その他 : 東京藝術大学演奏藝術センター教授経済学部 卒業

    1974年慶應義塾大学経済学部卒業後、テレビ朝日入社。「題名のない音楽会」プロデューサーなどを経て2004年東京藝術大学演奏藝術センター助教授、2016年より現職。

  • 若松 歓(わかまつ かん)

    その他 : 作曲家文学部 卒業

    教育音楽一筋の作曲家。1988年慶應義塾大学文学部卒業。96年NHK「ときめき夢サウンド」で編曲デビュー。『最後のチャイム』『君とみた海』など小中学生のための合唱曲や教科書の歌を多く手がける。

    若松 歓(わかまつ かん)

    その他 : 作曲家文学部 卒業

    教育音楽一筋の作曲家。1988年慶應義塾大学文学部卒業。96年NHK「ときめき夢サウンド」で編曲デビュー。『最後のチャイム』『君とみた海』など小中学生のための合唱曲や教科書の歌を多く手がける。

2018/03/01

100年目の童謡

大石

ことしは、多くの名作童話・童謡を生み出した日本初の児童文芸誌『赤い鳥』が創刊100年を迎え、童謡についても誕生100年ということでいろいろな催しが行われています。

片岡さんはこれまで数多くの童謡、子どもの歌の作詞を手掛けてこられましたが、ご自身はどんなかたちで童謡と出会ったのでしょうか。

片岡

まさに『赤い鳥』ですね。父が商社マンだったので、子どもの頃、旧満州国の大連におりました。

父母はギターやマンドリンをやっていて、レコードもたくさんあり、その中に『赤い鳥』のレコードアルバムもあって、タイトルを覚えていないのですが、「聞いたか 聞いたかスズメのこそこそ話」という朝寝坊の子どもの噂をする歌がありました。童謡との出会いはそれが最初です。

あと「わらべうた」も母親が歌っていましたね。ヨーロッパの『Row Row Row Your Boat』とかも歌いました。どちらかといえば西欧的な音楽が多い環境で育ったと思います。

中学1年生で日本に帰ってきて、そこで初めて日本の民謡やわらべうたに触れました。ですから、これは日本の子どもの歌や音楽のルーツとして理解しなければいけないと思って関心を持つようになりました。

私は子どものテレビ番組をつくりたいと思ってTBSに入ったのですが、まだTBSは試験放送が始まったばかりで、テレビ要員はあまり必要ないということで、ラジオのほうに配属されました。

そこで子ども向けの番組を担当することになり、童謡番組で武満徹さん、湯浅譲二さんなど、後に現代音楽を担ったそうそうたる方たちに童謡の編曲を大量に頼んだりしていました。

大石

ご自身が子どもの歌をつくられるきっかけは何だったのですか。

片岡

湯浅さんや谷川俊太郎さんたちと組んで、子どものためのミュージカルをつくったりするなかで、自分も書いてみようと思って詩を書き始めました。

TBSのときは自分の詩を曲にすることはしなかったのですが、フリーになって3年目くらいのときに、NHKで当時『おかあさんといっしょ』の中に「うたのえほん」というコーナーがあって、そこのディレクターから「歌をつくりませんか」ということで初めてつくったのが『とんでったバナナ』です。作曲は桜井順さんで、私と同期で経済学部出身でした。

バナナが飛んでいって、一生懸命、食べられないように逃げて行って、最後に船の上で昼寝をしていた船長がポカンと口を開けているところに飛び込んで、食べられちゃったというナンセンスな歌ですよね(笑)。

若松

今でも子どもたちに人気のある歌です。

片岡

この曲をつくった頃、実は自分の子どもが3歳くらいでした。当時放送されていた子どもの歌番組を聞いていて、どうも日本の歌は西洋の歌に比べるとまじめで、お行儀がよすぎるのではないか、と思ったんです。

そこで、あえてバラードのような長いナンセンスな歌にしました。子どもの歌は3〜4コーラスが定番でしたが、これは6番まであります。

そうしたら、NHKの幼児番組の責任者から、主人公が最後に食べられてしまうのは残酷なので、何とかハッピーエンドにしてくださいと言われたんですね(笑)。

バナナを食べて残酷と思う子どもはいないと思って、担当のディレクターだった小森美巳さん(塾出身の作曲家・小森昭宏さんの奥さん)と相談して、「このまま行きましょう」と放送したら、非常に評判がよかった。以後、いっさい何も言われなくなりました(笑)。

子ども時代の体験

大石

自分が子どものときにどんな童謡の体験があったかと言われても、これというのを思いつくことはないのですが、でも刷り込まれているものというのはやはりあって、例えば、「好きな童謡は何ですか」と言われれば、『月の沙漠』とか『雨降りお月さん』とかが好きですね。これも子どもの頃に聞いたからということではなくて、仕事でいろいろな童謡に触れるなかで、いいなと思った曲です。

以前、テレビ朝日にいたときは、若松さんのお父さま(正司氏)がいらっしゃった日本童謡協会が毎年開催していた『全国童謡歌唱コンクール』という番組の担当になって、いろいろな童謡を聴いたり取材もしました。

2年前からタイトルが「童謡こどもの歌コンクール」に変わったのを機に、審査員のまとめ役もさせていただいています。

若松

私は父も作編曲家で、私が生まれた昭和40年代はテレビでも音楽番組はすごくいっぱいあったし、大手レコード会社の録音の仕事も今の100倍くらいあったと思います。

テレビをつけると、ときどき父が、自分が編曲した曲の指揮をしていたりして、そういう番組を見たり、父が作編曲したいろいろなジャンルの音楽を聴いて育ってきました。

特に小学校時代、土日は父がNHKやレコード会社で録音することが多くて、だいたい連れて行ってもらいました。

スタジオミュージシャンが緊張感をもって演奏するスペースの中に僕も入れてもらったり、NHKホールの録音でも公開録画でも、コンマスの横や指揮者の後ろとか、いいポジションに座らせてもらっていました。贅沢な環境だったんです。なので、小学校・中学校の音楽の時間というのは、僕にとって1%くらいの影響しかなかったと思います。99%は私生活での現場の音楽、響きの中で育ちました。

大石

何ともうらやましい環境ですね(笑)。

若松

身内褒めで恥ずかしいのですが、父は本当に素晴らしいアレンジをするんですよ。特にストリングスアレンジでは、僕はいまだに父が日本一だと思っています。それが子どもの頃から身近にあって、名曲童謡、唱歌・叙情歌を含めて、なんて素晴らしい作品なんだろうと自然に思うようになりました。

でも、よくあるパターンで、中学生くらいになってくると、童謡よりもロックやポップスへの関心が高まりました。結局大学を卒業するまで童謡からは少し離れていました。

大卒後6年ほどサラリーマンをやり、脱サラして自称作曲家になって、コツコツいろいろな編曲の仕事をいただくうちに、童謡のお仕事をいただくようになったんです。

実際にやってみると、これがすらすらできるんです。駆け出しの頃、流行のJポップ曲を合唱アレンジする仕事を随分やりましたが、それだとぴたっと筆が止まってしまう(笑)。

「やはりこれだよな」というのを少しずつ思い出しました。童謡を自分なりの形でライフワークにしたいと思って、新しい童謡を書くというよりは、名曲童謡をもう1回、教育音楽の現場の先生や子どもたちに知ってもらいたいと思って活動しています。

子どもが好きな歌とは

大石

片岡さんは、これまでどんなことを考えて童謡をつくってこられたんですか。

片岡

コルネイ・チェコフスキーというロシアの文学者が書いた、『2歳から5歳まで』という厚い本があります。その中に自分のお孫さんが遊んでいるのをずっと観察して、子どもが歌を好きになる要素を10くらい抽出している章があって、それを読んだら、『とんでったバナナ』が子どもにアピールした要素がすべてあてはまっていると気づいたんです。

彼が言っているのは、まず詩については、詩に使われている言葉を耳にした瞬間に子どもの頭の中にイメージとしてパッと浮かぶものでないと駄目だということ。そして、その浮かんだ場面が、ずっと同じでは子どもはすぐ飽きる。急速に展開・変化していく必要がある。

言葉自体も、子どもの発達段階に即して、最初は名詞がいい。子どもはパパとかママとか、1語の名詞から始まりますよね。その次に、食べるとか走るという動詞が出てくる。形容詞とか形容動詞というのは、発達段階でいうと最後だというんです。

若松

なるほど。

片岡

私の歌で言えば、最初に「バナナが いっぽん ありました」というと、バナナがパッと頭に浮かぶ。そして、「あおい みなみの そらのした」。バナナは消えて、今度は青い空の場面です。「子どもがふたり」というと、子どもが浮かぶ。そのように場面がポンポン展開していくし、しかも複雑でないので、情景が子どもの想像力でも描けるというところがポイントになりますね。

この場面が物語的にどんどん展開していく、その意外性も子どもにとっては大変魅力的だと書いてありました。展開が予想どおりでも、子どもは予想が当たったというので喜ぶし、当たらなくてもその意外性を面白いと感じる。また、物語の進行の中に繰り返しが入ることも好きだというんです。

このようなことを、子どもは理屈でなく、感覚的にわかっていて、それで好きな歌というのが生まれるということなんですね。

大石

メロディというのはどういう位置付けなのでしょう。

片岡

もちろんメロディも非常に重要です。「フック」(引っ掛かり)という言い方がありますが、人の心に引っ掛かって、記憶に残るようなメロディかどうか。

「とんでったバナナ」では、童謡の中にラテンのリズムをもってきたのは、桜井さんのこの曲が初めてだと思います。リズムが弾んでいる、というのも、子どもが喜ぶ1つの原因だとチェコフスキーも述べています。

ですから詩だけではなく、弾むリズムと覚えやすいメロディ、記憶に残る「バナナン バナナン バーナーナ」という繰り返し、そういった要素が組み合わさって子どもに好かれたのだろうなと思います。

若松

やはりいい詩とメロディに尽きるんですよね。合唱の仕事、作曲をずっとやってきて感じるのは、どちらかが欠けていると、絶対にロングランしない。それだけ子どもは敏感で、よく見抜くんです。

言葉に関しても、ただ「きれい」とか「楽しい」だけではなくて、そこに深みがないと持たないと思うんです。川柳でも、単なる五・七・五ではなく、書いてある先に何か語っているものがないと面白くないじゃないですか。そういうシンプルだけど深いというものが童謡にはあると思います。

メロディも、童謡は基本的にシンプルなものが多いと思うんですね。歌いやすい、覚えやすい。だけど、それだけでは駄目というか、その引っ掛かりですよね。

中田喜直先生の曲というのは、特に順次進行(音階の隣り合った音へ移動すること)が多いんですよ。本当に1音ずつ上がり下がりするので、歌いやすいし覚えやすいけれども、必ず仕掛けがある。だからこそ、現代の作品の中でもよく歌われ続けているんだと思います。

メロディが見える詩

大石

例えば『赤い鳥』でも、歌のメロディのついていない童謡がたくさんありますね。片岡さんが詩を書くとき、この詩にメロディがつくと想定して書かれるのですか。

片岡

基本的には自分なりに声に出してみながら書きます。ただ、それだとどうしても定型詩的なリズムを持つ詩になってしまうんです。

『七人の刑事』という番組のテーマソングで知られる山下毅雄さんという塾出身の作曲家と、名古屋のテレビ局で連続人形劇をつくったことがありました。

熊倉一雄さんなどテアトル・エコーの人たちに出演してもらったのですが、そのときは定型詩ではなくて、本当に話し言葉で詩を書いたんです。

それに山下さんが非常に巧みなメロディ、しかも子どもが好きなメロディをつけてくれた。そのときは、韻やイントネーションとかを考えないで書いたものが、こんなふうに歌になるんだと発見がありました。

若松

「あっ、この詩はすごいな」と感じるときは、詩の中に必ず挑戦状みたいなものが入っているんですよ。これを調理してみろと問われているような感じで、やってやろうじゃないかと思いますね(笑)。だから、型に収まらない詩というのは、作曲家としてはうれしいですね。

片岡

白秋などの詩はとてもきれいで、流れるようですが、先ほど紹介した「聞いたか 聞いたか スズメのこそこそ話」という歌も、言葉としてリズムもあって、メロディもピタッと合っていた。ですから、どんな歌であっても魅力があるものは魅力がある、ということになってしまいますが。

大石

その分析が難しいですよね。法則があるかというと、こうやればいいというものはないわけで。

若松

詩人の方でも、メロディが見える詩をつくられる方はいらっしゃるんです。言葉の選び方とか流れでしょうかね。

童謡に触れる機会

大石

今、「芸大とあそぼう」というコンサートシリーズを企画して制作しているのですが、このあいだ「芸大とあそぼう in 北とぴあ」というコンサートをやりました。

ある物語をつくって、その中にいろいろな既成の音楽をはめ込んでいく。もちろん音楽だけ聞かせてもいいのですが、小さい子どもたちはただずっと座って聞いていると途中で飽きてしまったりするので、子どもたちも参加できるような構成の舞台を考えて、そこに必ず童謡とか子どもの歌を入れるんです。

このあいだは『お猿のかごや』を入れました。戦前の歌で、その曲ができたときにはもちろん僕もまだ生まれていないですが、僕は知っている。でも、そのとき出演した北区の合唱団の子どもたちは、誰も『お猿のかごや』を知らないわけですが、あえて新しい歌ではなく、『赤い鳥』の頃に生まれた歌も演奏して取り上げるようにしています。

それは、そういうものに触れてもらう機会をできるだけ増やしたほうがいいと思っているからです。

片岡

子どもたちの反応はいかがですか。

大石

古い歌、といった感覚はもっていないような気がします。子どもたちにとっては、ほとんどすべてが初めて触れるものですから。童謡に限らず、子ども=こういうイメージだと考えて、こういう音楽を与えていればいいというのは、大人として驕っているのだと思います。子どもは感受性が非常に豊かだし、表現もストレートです。

だから、中田さんは「子どもに媚びない」という言い方をするわけですが、私も演奏会をつくるとき、そういうことは気を付けています。

若松

素晴らしいことですよね。童謡を大事になさっている現場の先生方もたくさんいらっしゃるのですが、先生方の中には、教科書に載っているもの以外の童謡をご存じない方もおられます。

教科書のスペースは本当にわずかなので、数えられるだけの童謡しか入れられない。でも、他にもいい童謡ってもっとたくさんあるのに、とは思いますね。最近は、学校以外でもなかなか童謡が聴ける機会はありません。

大石

テレビ朝日が童謡の歌唱コンクールをやっているというのは、そういう意味もあるんですよね。

若松

本当に貴重な番組だと思います。

子どもの感情を揺さぶる

片岡

もう1つ思うのは、言葉、メロディも大切ですが、子どもは感情を揺さぶられるのがすごく好きだと思うんですよ。私が好きな童謡の1つ『あめふりくまのこ』……。

大石

ああ、湯山昭さんの。

片岡

あの曲の世界って、そこはかとない悲しさがあるじゃないですか。くまがずっと餌のさかなを待っているという。子どもは元気がよくてワクワクする曲も好きだけれども、ああいうちょっとホロッとするようなものも好きなんです。

だから、子どもも大人と同じようにいろいろな感性をもっていて、いろいろなことに心を震わせたいと思っている。童謡というと1つのパターンになりがちですが、子どもの未開発の感性を刺激するような歌がもっとあっていいのではないかと常々思っています。

私の曲の『グリーングリーン』は、お父さんと死別するという、言ってみれば子どもの歌ではタブーのようなテーマですよね。

大石

ハッピーなものではないですね。

片岡

けれども、あの曲が好きな子どもはたくさんいるんです。いまだに「お父さんはどうしたんですか」と私のところにも手紙が来る(笑)。ついこのあいだも高校生から来ましてね。

大石

何てお答えになったんですか。

片岡

こういうものだと決まった解釈はなくて、受け取る人が自由に解釈して、自分の気持ちをそこに乗せてくださいとしか言えないんです。ただあれは、実は山本直純さんがテーマソングを書いた『歌のメリーゴーランド』というNHKの30分番組でつくった歌だったんです。

たしか水曜日が音録りで、前の日の火曜日の夜に詩を書きました。

若松

へぇー、前の日ですか。

片岡

夜中に書いたんですよ(笑)。『グリーングリーン』のメロディに惹かれて詩をつけようと思いました。元の曲はアメリカのフォークグループのニュー・クリスティ・ミンストレルが歌っていて、ヒッピーが親から旅立っていくという歌なんです。

『歌のメリーゴーランド』は子どもの番組なので、そのまま訳したのではアピールできないと思い、行き詰まっていたのですが、そのときベッドで眠っていた3歳の娘が目に留まり、ふと、もし自分がこの子を残して死ぬとなったら、どういうことを思うだろうかと考えたんです。それであれがパパッとできた。

もう1つ、日本の子どもの歌にはお母さんはたくさん出てくるのですが、お父さんがあまり出てこない。だから、お父さんの歌をつくりたいというのもありました。

つくっているときは自分でも少しうるうるしていました。そして放送されたら、とたんにビクターのディレクターから電話がかかってきて、レコードにしたいと。やはり自分の心が動かないような歌は、聴く人の心も動かすことはできないとそのとき感じました。

創作はある意味、非常に冷静で知的な営みですが、考えるだけでは人の心を動かすことはできないと、実感として学びました。

理屈で「子どもにこういうメッセージを」というのではなくて、自分の頭の中に具体的な名前と顔を持つ子どもの姿があって、その子に何を伝えたいだろうと問いかけながら、その子に向けて書く。その子の後ろにはたくさんの子どもがいるわけです。

抽象的に子どもをとらえてつくると、どうしても頭の中でつくったものになってしまう。校歌をつくるときは必ず現地に行き、生徒と話してから書きます。

大石

童謡をつくるというとき、子どもの歌なので童心に帰って詩を書くと言う人もいます。でも、例えば中田喜直さんは、子どもの童謡をつくるときに子どものことはあまり考えない(笑)。そうやって曲をつくっているわけですよね。

片岡

子どもにではなく1人の人間に向かってつくる、ということですよね。

若松

子どもも大人も聴ける童謡もあって、心を育む音楽であるという点では同じだと思います。

メディアの影響

片岡

NHKの『みんなのうた』は、童謡といえるかどうか分かりませんが、子どもの歌の宝庫ですよね。あれを立ち上げたディレクターの後藤田純生さんは、本物を伝えたいという思いを常にお持ちでした。私もスコットランド民謡など、ずいぶんたくさん訳したり作詩したりしましたが、番組としての理念が厳然としてあったんですね。

当初は、担当者のディレクターが企画会議でもがんがんやり合い、練り上げて、みんなが納得するものをつくり上げていたんですが、それが時代とともに変わってしまい、プロダクション任せみたいになってしまって、テープで送られてきたものの中からいいものを選ぶ、みたいなことになっていき、企画会議も変質してしまったんですよね。

はたで見ていると、いくところまでいったような感じがします。子どもはメディアを通してしか歌に触れられないわけで、メディアから出てくる歌に反応するという形で好き嫌いが出てくるわけですよね。だから、今、子どもの選択肢がすごく限られてきている。はっきり言って、「こんな歌でいいの?」という歌だって、『みんなのうた』にありますよね。

若松

実質的には12、3年前くらいに、大きく方針が変わってしまいましたね。

片岡

合唱コンクールの課題曲も、ポップスの人たちの人気に頼っているような形になってきています。

若松

NHKの合唱コンクールでは、AKB48が歌唱する秋元康氏作詞の作品が中学校の課題曲になって、ちょっと話題になりました。指揮者の田久保裕一さんが、合唱コンクールの趣旨からしてポップスの曲を課題曲にするのはおかしい、と声を上げておられて、私も一緒に文科省に行きました。

いずれこういう曲が課題曲になるだろうというのは、僕も前から分かっていました。小学校、中学校の合唱曲というのは、比較的守られている聖域で、いい作品を書けば、生徒たちに歌われる可能性は高い。ただ、やはり子どもたちの環境にはテレビやメディアの影響も大きいですから、そういったものもどうしても学校の音楽の中に入ってきますね。

メディアもそれを受け入れている風潮があるので、そのなかで、それでもいい音楽を提供しなければいけないというのは非常に苦しいです。

片岡

今テレビやネットだけでなく、保育園や幼稚園というのも、ある意味でメディアなんですよ。運動会などで使われる曲というような保育現場をターゲットにしてつくられている。つまり、有用性、実用性と子ども受けを狙っただけの音楽です。もちろん役に立つのかもしれないけれども、音楽として心に残るかというと疑問が残ります。

若松

そういうものとの戦いですよね。

片岡

最終的に決めるのは聴き手ですから、いいものはいいと聴衆が気が付けば、また童謡が力を持ってくるんじゃないかと期待しています。

子どもは多様な音楽が好き

若松

現在、学校の音楽の時間はどんどん減らされています。今はおそらく、僕が小・中学校のときの半分くらいじゃないですか。それでも、童謡は生き残ってきた。何とかこれを絶やさずに、子どもたちの音楽教育のしっかりとした柱にしてほしい。今だからこそ、と思うんですよ。

大石

子どもたちが歌いたい歌と、大人が子どもに歌ってもらいたい歌というのは違うわけじゃないですか。その溝をどうやって埋めていくか、考えなければいけないのではないかと思いますね。

若松

「子どもの歌の詩に、もっと新しいものがあってもいいんじゃないか」というお話がありましたが、音楽の側でもそうかもしれません。例えば、洋楽とかポップスのテイストをもっと増やすことも必要だと思います。

古い童謡にはなかった要素かもしれないけれども、テンションコードだってあったほうがいいかもしれない。童謡のクリエーターが勉強する気持ちを忘れずに、新しいものを取り入れていくことは必要だと思います。

片岡

このあいだ、東京都の私立小学校の音楽祭があって、孫が出ていたので聴きに行ったんです。そうしたら、AKB48の歌もあったけれども、リコーダーの合奏では古楽の曲を取り上げたりしていた。

保育現場でも、古楽器を使った合奏団「ロバの音楽座」が今すごく人気ですよね。子どもたちも、リコーダーや横笛、フルートなどで彼らの曲を自分で吹く。子どもって、心に感じたものは、強制されなくても自分で再現してみたくなるんです。小学校でも、沖縄やアイヌの民謡をたくさん歌ったり踊ったりするところもあります。

子どもたちは、今の流行りの音楽だけにしか興味がないのではなくて、多様な音楽を受け入れるキャパシティがある。だから、周りの大人がそういう機会をどのように提供するかですね。

大石

まさしくそうですね。どう気づかせるかということ。

片岡

例えば谷川さんが書いた『ことばあそびうた』って、ありますよね。あれは別にメロディになっているわけではないけれども、子どもたちは群読するのが大好きです。

若松

音楽の分野だと、いい曲が少なくなるとリズムが中心になるという傾向があります。僕はこれはとてもよくないことだと思っているんです。それを止めようと頑張っている人たちもいて、何とか保たれているのかなとは思うのですが。

ついでに言ってしまうと、今、文科省はダンスを必修にしていますね。あれ、僕は反対なんです。もちろんいくらでも時間があるのだったら、やればいいと思うんです。けれども、そもそも時間がないのだから、もっと叙情的なことに触れる機会を増やさないといけない。

もちろん、やること自体は悪くない。僕自身、高校生のときバンドでロックやポップスをやって、先生に白い目で見られていましたが、それは課外活動くらいでちょうどいいんじゃないかと思います。それを教育方針として「やりなさい」みたいな感じなのは、おかしいのではないか。

とにかく低学年は童謡、高学年は定番の合唱曲をしっかりやったほうがいい。

大石

いい曲がたくさんありますからね。

若松

そうです。それをしっかりと学ぶ構造になっていないのがすごく残念ですね。こんな優れた文化、財産を持っているのに、それを生かせないのがもったいない。ですから、音楽大学でももっと日本の音楽、童謡、叙情歌を積極的に教えてもらえるといいのではないかと思います。

新しい童謡をつくる

若松

兵庫県のたつの市と福島県の広野町では、新作の童謡が今でもつくられていますよね。

大石

たつの市は三木露風の生まれ故郷で、詩のコンクールをやっていますね。

若松

僕も少し関わったことがあるのですが、本当に100年残るような名作って、なかなかできないんですよ。やはり詩が難しい。

僕は戦前の童謡が好きなのですが、明治から大正、昭和というのは、時代はいろいろな意味で貧困だったけれども、だからこそいろいろな表現が豊かに花開いた。今はそういう時代ではなくて、ある意味、もう飽和して行き詰まっている。そこでいい詩を書くというのは、至難の業ですよね。

大石

曲の良しあしももちろんあるのだろうけれども、社会の構造自体がもう、特に童謡においてヒット曲が生まれにくい状態なのではないかと僕は思います。

若松

やはりどんなジャンルでも、新しいものをつくっていかないと途絶えてしまうのではないかと思います。だからつくられていってほしいけれども、なかなか出てこない。

大石

だからこそ、伝えていかなければいけないというようなことは強く思うんですね。今、例えば老人ホームに行って、みんなが歌う歌は童謡です。やはりそういう年齢になると童謡が大切なものになってくる。

片岡

「うた」の語源は、心を「打つ」から出たという説があります。子どもが歌いたい歌というのは、子どもが自分の気持ちを乗せたくなる歌ということだと思います。その乗せたくなるものが非常に形式的だと、子どもはなかなかそれを自分自身のものと感じられない。

そういう部分で、もしポップスの中に「子どもが気持ちを乗せたくなる要素」があるとすれば、それは学ぶべきでしょうね。

若松

子どもが歌いたくなる歌が、これからもぜひ生まれていってほしいですね。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。