登場者プロフィール
佐藤 歩武(さとう あゆむ)
その他 : 株式会社大学書林取締役経済学部 卒業1990年慶應義塾大学経済学部卒業。大日本印刷勤務を経て、祖父が昭和4年に創業した世界113の言語の出版を行う語学専門出版社である大学書林の現職。
佐藤 歩武(さとう あゆむ)
その他 : 株式会社大学書林取締役経済学部 卒業1990年慶應義塾大学経済学部卒業。大日本印刷勤務を経て、祖父が昭和4年に創業した世界113の言語の出版を行う語学専門出版社である大学書林の現職。
井上 逸兵(いのうえ いっぺい)
文学部 教授その他 : NPO法人地球ことば村・世界言語博物館理事長専門は英語学・社会言語学。著書に『グローバルコミュニケーションのための英語学概論』ほか。
井上 逸兵(いのうえ いっぺい)
文学部 教授その他 : NPO法人地球ことば村・世界言語博物館理事長専門は英語学・社会言語学。著書に『グローバルコミュニケーションのための英語学概論』ほか。
藤田 護(ふじた まもる)
環境情報学部 専任講師東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻単位取得退学。専門はアンデス人類学、およびアイヌ語とアイヌ語口承文学。
藤田 護(ふじた まもる)
環境情報学部 専任講師東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻単位取得退学。専門はアンデス人類学、およびアイヌ語とアイヌ語口承文学。
2018/01/01
少数言語との関わり
今回はいわゆる「少数言語」がテーマですが、大学書林さんは、日本人にあまり馴染みのない言語も多く扱っている貴重な語学書の出版社としてよく知られています。
大学書林は私の家業で、祖父が昭和4年に創業しました。現在父が社長を務めていますが、おかげさまで創業89年目です。世界の130の言語を出版させていただいている語学専門出版社として、小さい頃から父、祖父の背中を見てまいりました。ですから少数言語の本にも家の中で触れるという環境でした。
当社は創業以来、世界の言語に関わる辞典、文法書、会話書、単語集、対訳書などを出版、一貫して語学書のみに専念しております。ご指摘のようにイディッシュ語、ウルドゥー語、スロヴェニア語、ロマンシュ語、カザフ語、アルメニア語、ハウサ語、シュグニー語など馴染みのない言語に囲まれながらという感じです。
藤田さんはアンデス地域の言語がご専門ですね。
ええ、特にペルーやボリビアといった国々の地域研究を専門としてきました。大学の途中からスペイン語をずっと勉強していて、今もスペイン語の教員として湘南藤沢キャンパス(SFC)で働いております。
地域研究は、その社会で人々が話している言葉をまずは話せるようにならないといけません。特に南米のアンデスの国々はケチュア語、あるいはアイマラ語といった、もともと先住民の人々が多く住んでいる地域なので、スペイン語を話す人でも、かなり多くの人がケチュア語あるいはアイマラ語といったもう1つの言語を話している。とすると、やはり話せるようにならないと人々の世界に入っていけないことになります。ペルーやボリビアを対象地域とする研究者は、私ぐらいの世代から、かなり多くがケチュア語やアイマラ語を勉強し始めました。
アイヌ語も学ばれているのですよね。
日本に戻ってきたとき、アイヌ語の研究をされている中川裕さんという千葉大の先生のことを知りました。それでアイヌ語を勉強しに行きながら、そこの大学院生の研究を参考にして、自分もアンデスの研究を博士課程でやるようになったわけです。
私は専門が英語学、社会言語学なのですが、少数言語との関わりとしては、例えばアメリカは完全に英語が国の中で先住民の小さな言語を消滅させてしまっていますね。日本語とアイヌ語の関係もそうだと思うのですが、その一方で、例えばアフリカなどだと英語がいわゆる公用語になっていて、小さな言語もある意味保たれている。英語が世界中で他のいろいろな言語とどう関わっているかというところに関心があります。
井上さんは「地球ことば村・世界言語博物館」の理事長も務めていらっしゃいますね。
これはNPO法人で、藤田さんがアイヌ語を学ばれた中川さんの先輩に、千葉大の金子亨先生という方がいらっしゃいました。もうお亡くなりになったのですが、その方が残された部分も大きなウエイトを占めるウェブサイトなんです。
「博物館」という名前なので、夏休みの終わり頃になると子どもたちが「そこに行きたいんですけど、どこにあるんですか」とよくお問い合わせいただきます。でもこれはネット上にしかない、架空博物館です(笑)。
サイトを私が直接つくったわけではなく、金子先生やいろんな言語を専門にしている方々に書いていただいているものからできています。毎月、三田キャンパスでサロンと称して、いろいろな言語の研究者や大学院レベルの若い方などにお越しいただき、お話を伺っています。
アンデス地域の言語
藤田さんがアイマラ語、ケチュア語と最初に出合ったときの印象はどんなものでしたか。
最初はそもそもスペイン語が話せるようになることで精いっぱいでした。
現地で調査する場合、われわれは向こうの人々とほとんど生活をともにするような形で行います。そうすると、普段町中で人々と話すぶんにはスペイン語でも十分に通じますが、村で1日の農作業を終えて家族が戻ってきて、あたりが真っ暗になった頃、家の台所兼食堂に当たるところだけケロシンランプをともして、薄暗いなか家族みんなでしばらく話している。ペルーでの体験ですが、そういうときはやはりスペイン語ではなくて、ケチュア語を使ってみんなで話しているわけです。
家族という親密な空間のなかで、もう1つ別の言語を使って人々が大事なことを話しているんだと感じたことは、その言語を勉強しなければいけないと思った大きなきっかけでした。
どんな言語だと感じましたか。
最初はもちろん、何を聞いても全く意味の分からない音の羅列にしか過ぎません。ただ、ケチュア語のほうは子音の後に母音が来ることが多いのに対し、アイマラ語は子音が連続することがあって、多いときは4つ、5つの子音が連続します。ですから、ケチュア語のほうが柔らかく、アイマラ語のほうがとがって聞こえると現地の人々はよく言います。私自身はあまりそのように思ったことはありませんが。
アンデス地域の言語というのは、その2つ以外にもたくさんあるのでしょうか。
私はアンデスの山の、標高3000メートルを超えるようなところの町や村に普段出かけていますが、そこは今、話されている言語の数はそれほど多くありません。
もともと言語の多様性は、アマゾニアを中心とした標高の低い熱帯のほうに集中しています。ただし、例えばケチュア語は、それ自体が1つの言語ではないと今では考えられるようになっています。そのさまざまなケチュア語は、全部合わせて900万人ぐらい話者がいます。
アイマラ語はどのくらいの話者がいるのでしょう。
200万人ほどで、これも南アメリカ大陸では話者数が多いほうです。
アイマラ語と同系統の、より古い形をとどめていると考えられているハカル語という言語があります。これは、ペルーの首都リマの近郊の山地で、話者は1000人を切っています。
アイマラ語を話す人やケチュア語を話す人は、かなり最近になってアンデス全域に広がったと考えられていますが、より古くからアンデス高地に暮らしていたウルと呼ばれる人たちが話すボリビアのウルチパヤ語も、1500人ぐらい話者がいる。
そのくらいの話者数の言語がたくさんあるのですね。
それらの話者数がだいぶ少ない言語は、もう絶滅するだけではないかと思われていたのですが、20世紀の終わりくらいから実は持ち直しているんです。人々がその言語にアイデンティティを感じだして、親から子どもへの継承も改めて行われるようになりました。言語によっては村人たちが専門のラジオ局も持つようになったり、もう1回活力を取り戻しつつあります。
共通語、公用語
スペイン人の到来する直前の時期、アンデス地域ではケチュア語が共通語として使われていました。スペインによる植民地支配の時代も、共通語があると都合がいいので、例えばカトリックの普及に共通語を使おうとすることがあったりしましたが、今ではより話者数の少ない言語の話者が、隣接しているより強い先住民言語であるケチュア語にスイッチしていくという動きが少しずつ進んでいます。
ボリビアの公用語はスペイン語だけではないのですよね。
今ではアマゾニアの低地も含めて、35の言語が全て公用語だということになっています。
政府とか政治のレベルはスペイン語?
基本的には事実上スペイン語が優勢なのですが、できるだけ先住民言語にさまざまな文書を翻訳すべきだとされていて、公務員も、スペイン語と、自分が勤務する地域の先住民言語を運用できることが義務として定められています。
なるほど。国語という概念はなかなか難しいですね。公用語に等しいような意味で国語と呼ぶ場合もあれば、この国で話されている全部を国語、と呼ぶ場合もある。
私がやっているNPO法人の前の理事長の阿部年晴先生は、アフリカの人類学の研究者で、アフリカもそういうところが多いという話を聞きました。部族間の言語があって、共通語があって、その上に英語やフランス語などの公用語がある。3層構造みたいになっているところが結構あるそうです。
アイマラ語を日本で研究している人というのはどのぐらいいるんでしょう。
ケチュア語のほうが話者数も多くて、日本でも研究している言語学者がいます。アイマラ語になるとなかなか難しくて、逆に世界中で何人研究者がいるだろうか、というレベルです。
アメリカでも、アイマラ語の社会言語学で1人、私の同世代の研究者はいます。あと、オランダ人でアイマラ語の文法で最近博論を書いた人がいる。ほぼ全員が把握できてしまうくらいの人数です。
多様な語学書を出版
私どもは出版社ですので、あくまで黒子役として本を世に出す手助けをさせていただいている立場ですが、そういったいろいろな言語についてご執筆をいただける研究者を探すというのが、実際は一番大変な仕事です。信頼に足る優れた研究者を見つけられるかどうかというのが、語学書を出すうえでは大きな鍵になっていると思いますね。
現在130の言語について出版されているということですが、世界の言語数からするとまだ少ない、ということでしょうか。
そうですね、ほんのひと握りです。言語数は数え方によっていろいろ異なりますが、いずれにしても当社が出している113というのは本当に微々たるもので、まだまだ当社がやらないといけない言語の出版の仕事は際限なくあるということだと思います。
2016年、東ヒマラヤにあるブータンという多言語国家の国語で、ゾンカ語の単語集を日本で初めて出しました。国と言語の名前が一致しないケースですね。
数年前、この三田にもブータンの国王とお妃さまがいらっしゃいましたね。
そうですね。国民総幸福量(GNH)という概念を提唱されておられましたが、その概念の柱の1つにも、ゾンカ語、独自の言語を推進していくというものがありました。ブータン自体はもともとイギリス領で、英語が普通に通用するのですが、ブータンの国をまとめるアイデンティティとしてゾンカ語を使おうという動きがあるようです。
言語数については、Ethnologue(https://www.ethnologue.com/)というサイトでは、だいたい7000ぐらいと書かれています。
でも、130というと、そんなに学んでいる人が多くない言語も多くあるわけですよね。
そうですね。世界には本当にたくさんの言語があって、そのような多様な言語があることをまず知ってもらいたい。言語は文化とイコールだと言われたり、文化を構成する1つの大きな要素と言われたりもしますが、言語を勉強することによって、世界のさまざまな文化に触れてもらいたいということも当社の大きな主眼です。
当社のような出版をしていて、「儲かりますか」とよく聞かれます。これは正直言いまして、商売としてはなかなか厳しい。
でも佐藤さんまで3代も続いていらっしゃるわけで(笑)。
もちろん英語やドイツ語、フランス語など学習者の多い言語の本も出させていただいているので、それとあわせて何とかやっていけているという感じです。やはり特殊な言語だけで採算を取るというのは非常に難しいですね。でもどこかの出版社がやらないといけないことだと思っています。
素晴らしいことだと思います。
ありがとうございます。最近の話ですが、国賓として来日されたルクセンブルクのアンリ大公を歓迎する宮中晩餐会に、当社の『ルクセンブルク語入門』の著者である田原憲和先生が招待され、この本の影響の大きさを実感したとおっしゃっておられました。ルクセンブルク語は人口約60万人の小国ルクセンブルクの国語ですが、実用範囲の低い少数言語で、そういった言語の研究者が評価されたのは出版社としても大変うれしく励みになることです。
また一昨年、ウクライナのポロシェンコ大統領が来日された際、同国の聖オリガ公妃勲章が当社のウクライナ語の対訳書『シェフチェンコ詩選』の著者、藤井悦子先生に授与されました。ウクライナ近代文学の父であるシェフチェンコの作品をウクライナ語を通して日本で出版したことが評価されたとのことでした。これらの言語があるということ自体、日本ではあまり知られていませんので、当社の出版を通して知っていただけたら嬉しいですね。
東京でアイマラ語を学ぶ
藤田さんはアイマラ語の勉強には、どのような教材を使われていますか。
基本的には、スペイン語を通じて現地で教えてもらうかたちになります。ただケチュア語であれ、アイマラ語であれ、最近は英語でもいくつか重要な教材が出てくるようになりました。1960〜70年代にアメリカのいくつかの大学が大型の研究費を取って、母語話者を招聘し文法書と教科書、問題集、教師向けのガイドブックなどをつくるかなり大掛かりなプロジェクトが走っていたことがありました。
最近は日本でも若い言語学者の人が南米、中米の先住民言語のフィールドワークをしに出かけていくようになっていますが、日本でこの地域の言語を勉強するのは依然としてハードルが高いかもしれません。
アイマラ語については、PARC(アジア太平洋資料センター)というNGOが東京にあって、そこの「自由学校」で、一昨年と去年の2年間、アイマラ語の講座という市民講座を行いました。
そうすると、受講生が10人前後集まるんです。ギリギリですが開講できる人数が集まる。私もそんなことは全く予期しなくて、どうせ成立しないだろうと思っていたら、なんと2年連続して成立してしまった。
それはすごいですね。皆さんどんな動機で学びに来るのですか。
例えば、アンデス地域のフォルクローレの音楽は日本人にもファンが多いですから、自分が歌っている歌詞の意味を知りたいといった関心もあります。
あるいは現地に駐在したことがあったり、暮らしていたことがある方などですね。また、言語自体にそもそも関心がある方もいました。東京だけでも10人ぐらいは毎年コンスタントに受講生が来る、というのは新鮮な発見で、やってみるものだなと感じました。
うれしい驚きですね。語学出版社としても希望を感じるお話です(笑)。
世の中の外国語学習はビジネス向けの英語が主流ですが、そういうところとはちょっと違う言語に目を向けようとする人たちもいるということですね。ビジネス上の目的ではなくて、興味のあることを学びたいと。
先ほどお名前が出た千葉大学にいらっしゃった金子亨さんが書いた『先住民族言語のために』(草風館)を読んでいると、複数のレベルで「多言語」について考えることができるのではないか。グローバルな意味での共通語、ある国家で生きていくときに必要とされる言語。そして、それとは別に、地域の中で人々が大事にしている言語もある。
いくつもの層があって、そこで必要とされる言語が変わってくるということだと思うのです。世界中で、複数の言語を使い分けながら生きていくことは、決して特殊なことではなく、普通に生きている人々が日々やっていることです。これが理解されて、研究者ではない一般の人たちにも、そのように複数の言葉で人とつながろうという考えの人が増えてくれるといいなと思います。
日本語に近いアイマラ語
アイマラ語は、接尾辞をひたすら単語の後ろに付けていくという意味では、助動詞と助詞を使う日本語と非常によく似ています。しかし日本語のような、漢字を組み合わせて熟語でいろいろ表現していくという手段はなく、接尾辞だけで全てを表現し分ける。ですから、日本語より接尾辞の組み合わせがはるかに複雑に発達した言語です。日本語とよく似ている面があるので、日本人が学ぶにはアイマラ語は相性がいいのかもしれません。
スペイン語よりは日本語に近いかもしれない。
そうですね。一方で、アイマラ語は一人称、二人称、三人称以外にも、もう1つ、一人称複数の「わたしたち」について、話している相手が含まれるか含まれないかという区別を厳密に行います。アイマラ語の文法では「話し手を含むわたしたち」を伝統的に四人称と呼んでいます。
英語だと、「exclusive we」と「inclusive we」という言い方をしますね。相手を含めるかどうかについては英語では区別しないので、とても面白いですね。
アイヌ語でも、この四人称という体系が文法的に存在しています。
実は、私もアイマラ語の先生に、「アイマラ語に四人称があるからには日本語にも四人称があるだろう」と言われたんです。「いや、ない」と答えたら、「そんなことはない、よく探してこい」と妙な宿題を出されました(笑)。それで「アイヌ語にはあるらしいですよ」と答えたら、「よし、おまえはそれを勉強して俺に教えろ」と言われました。アイヌ語を勉強し始めた頃のことです。
アイマラ語ではラテン文字を使うのですか。
植民地時代、つまり16世紀にスペイン人が先住民言語を記述しようとする試みを始めているので、すでに500年以上、アルファベットで表記をしようとしてきた歴史があります。
また最近は、広い意味で「文字」の概念を拡張していこうという動きがあります。例えば、アンデスでは縄にそろばんの珠(たま)のような結び目をつくって、その結び目の色や形、位置などで物事を表現するということがされてきました。
もともとは統計を記録するためのものだったのですが、それだけではなく、歴史や神話を記録することもできたのではないかと言われています。
つまり、その結び目を文字のようなもの、広い意味で「書き記されたもの」として考えて、どのようなシステムを持っているのかを明らかにすることで、小・中学校の国語教育に生かせるのではないかという研究が、アンデスでも進められています。
複言語使用の現状
デイヴィッド・クリスタルというイギリスの言語学者によると、世界中の3分の2ぐらいの人たちは2言語を使っていると言っています。日本はそうでもないですが、現地の言語と英語の併用状況がある国は世界にいろいろな例があります。そういう状況では、英語にいわゆる土着の色が付いてくる。
例えばシンガポールのようなところだと、教育レベルが高度な人たちはかなり英米的な英語に近い英語を話す。一方で、町場に行くと本当にシンプルな英語です。そういうことが、世界のいろいろなところで起こっていると思います。
ブレグジット(Brexit)で、イギリスがEUを出た後に、英語がEUの言語であり続けるのかどうかなども結構話題になったりします。その一方で、「ユーロイングリッシュ」と言って、EUの会議場で使われている英語も、いわゆる標準的な英語から離れて慣用化されていることが研究されています。だから、イギリスがいてもいなくてもあまり関係ないのではないか。これもある意味でグローバル化の一面としての現象かもしれません。
今、井上さんが言われたことは、スペイン語でも起きています。
スペイン語とアメリカ大陸の先住民言語は、もう500年以上接触を続けています。もともとスペイン語しか話さない層の人たちも、先住民言語の言葉を単語として取り込むことはしてきたのですが、先住民言語とスペイン語のバイリンガルの人たちは語順を変えたり、教科書のスペイン語とは少し違う動詞の活用の使い方をするなど、文法としても先住民言語にもう少し近くなったようなスペイン語を使っています。
先住民言語との接触で変化してきたスペイン語の研究も、スペイン語学の1つの分野として認めよう、そういうスペイン語があることを積極的に認めようという動きが、先住民言語の復権と同時に生まれつつあります。むしろ、そういうスペイン語は、先住民言語を勉強しよう、理解しようと思ったとき、入口の役割を果たすものにもなると思います。
なるほど、スペイン語が橋渡しの役割になる。
ただ、やはりスペイン語は非常に勢力が強いので、モノリンガル(先住民言語のみを話す人)はどんどん減っています。今ではアンデスでは80代以上のおじいさん、おばあさんの世代にしか、モノリンガルはほぼ見つからない。しかも、先住民言語とスペイン語のバイリンガルの層も、徐々にスペイン語のモノリンガルに移行しつつあります。
アンデスではまだ人口が大幅に増え続けているので、絶対数としてのアイマラ語の話者も増え続けているのですが、徐々にスペイン語話者の比重が高くなっているという状況に変わりはないです。
そういう中で、いわゆる「アンデスのスペイン語」が安定した言語として続いていくのか、先住民言語がこれからも話者数を保ち続けられるのかは、いまだに予断を許さない状況です。
そもそも、より低地の言語では、話者数が10人とか15人という言語がいくつもあります。そういう言語はもう消滅するのではないかと多くの専門家が言っていますね。
学者によって違いますが、100万人いないと維持できないという学者もいますし、30万から50万ぐらいで維持できると言っている学者もいます。でも、15人というのは危機と言ってもいい状況ですね。
だいたい世界の言語は7000と言われていますが、平均すると一言語あたりの話者数はたぶん80万人ぐらい。けれども、中央値は7000ぐらいです。つまり、話者数が10万人以下の言語がたくさんある。いま話者数では中国語、英語、ヒンディー語、スペイン語という順番で、日本語は9番目ぐらいですが、上位8位までの言語で世界の人口の40%ぐらいを占めています。圧倒的多数が世界トップ10の言語を話していて、しかもトップ10の中にはインドの言葉が3つぐらい入っています。また、中国語というまとまりも言語学的にはかなり難しい。「中国語」は1つの共通語であり、公用語ですね。
インドの言語ではヒンディー語の他にマラーティー語も多いですね。ムンバイを中心に話されている言語です。あと、テルグ語は3年ぐらい前に、当社から初めて出版させていただきましたが、話者約8500万人で、これもトップ15には間違いなく入ってくる。でも、日本人でテルグ語という言語があることを知っている人も少ないと思います。
ただ、インドの方々は英語を流暢にしゃべりますし、テルグ語を母語としている人は、IT関係の仕事の方が多く、日本にも数多く来ていますね。
少数言語を保存する
大学書林さんはアイヌ語についても、佐藤知己先生の『アイヌ語文法の基礎』を出されていますね。
ええ、北海道大学の。
この本は、白沢ナベさんという千歳のおばあちゃんのアイヌ語をベースにした文法書です。アイヌ語も、少なくとも研究者が把握している範囲では、日常生活でほとんど使われることがなくなってしまいました。ただ、周りの人たちがアイヌ語で会話をしていたという時代のことを覚えている人たちが、今はまだある程度、私より若干年上の世代で何人も残っています。また、自分でアイヌ語を後から勉強して身に付けた私の同世代や少し年上の方々には、やはり自分の子どもにアイヌ語を教えておこうという方もいらっしゃいます。
自分がある程度話せれば、子どもに対して話すこともできるわけで、今どこまでアイヌ語で生活が送れるかという試みも行われています。あるいは、ご年配のおばあちゃんたちで、それほど流暢にアイヌ語で会話をすることがなくても、例えば不完全な表記で筆記されたアイヌ語の単語を見ただけで、完全な発音でアイヌ語を読む方もいる。それが自分の言語なんだ、自分の言語となるはずだったんだと思っている限り、さまざまな形でその言語を続けていこうという努力はできるものなのだなと思います。
例えば東大の角田太作さんという方は、オーストラリアのアボリジニの研究をなさっていて、その言語は話者がいなくなったのですが、その言葉を復活したいという動きが地域で起こって、角田先生がいろいろな資料を持ってそこに行かれて、復興活動に寄与されたりしています。
ですから、大学書林さんのお仕事もすごく価値があるわけで、いろいろな研究者が資料や図書を残しておくことで、予想しなかったようなニーズが未来にあるかもしれないし、実際にそういうことが今起こっているように思います。
今は英語が世界のグローバル言語であり、英語中心の世界観で世の中が回っているところがありますが、これからどんなふうに変わっていくかは分からない。例えば数百年後、ケチュア語の世界観が人類を救うかもしれない。そういうことが、起こり得ると僕は思っています。その意味で、人類全体のリスクヘッジとして、いろいろな言語を残していくことは重要ではないかと思いますね。
おっしゃるとおりですね。私どもの会社の仕事もまさにそれとつながるところにあって、いろいろな言語を研究される研究者が、今後そして次世代のためにしっかりと研究を残していけるような社会にしていかないといけないと思っています。
名誉教授の鈴木孝夫先生がよくおっしゃっていますが、英語の時代はもう終わりつつあって、例えば「もったいない」のような英語にない概念が、次の時代では意味を持つようになるということですね。
大学で少数言語を学ぶ
SFCではアイヌ語の授業もされていらっしゃいますね。
はい、スペイン語圏に関する研究会とともに、アイヌ語とアイヌ語の口承文学から世界観を学ぶという研究会をつくりました。
学生が来るのだろうかと心配していたら、これがSFCの面白いところで、年によってはスペイン語圏の研究会を上回るぐらいの学生数が来ています。東京でも、アイヌ語を勉強できる大学というのはあまりないし、教えられる人もそれほど多いわけではありません。アイマラ語の自由学校の話とも重なりますが、これだけ関心がある人がいるのかとちょっとびっくりしています。
学生さんはどんな関心で来るのですか。
アイヌ語やアイヌ語の口承文学そのものに関心を持つ人もいれば、もう少し民俗学的な関心、例えば出身地方の方言でお年寄りの人たちの伝承を記録してそれについて考えたいなど、さまざまな関心を持った学生が集まってきます。
ちなみに、これは大学書林ではないのですが、白水社に『ニューエクスプレス アイヌ語』という中川裕さんが書かれた教科書があって、それを教科書に指定したところ、先日白水社の人から「SFCで急にまとまった数売れたので何が起こったのかとびっくりしたら、そういうことでしたか」という連絡をいただきました。
その気持ち、よく分かります(笑)。
そういった言語が学べるというのは大変素晴らしい環境ですね。
SFCでは他にも、同僚のスペイン語の教員は、実はバスク語のネイティブスピーカーです。また、英語の先生で、フィンランド語のネイティブの方もいらっしゃいます。そういった人たちで、一緒に何か授業ができないかと考えているところです。
今、小さな大学はどんどん外国語科目の数を減らしていて、英語と中国語しかない、みたいな大学もいっぱいありますからね。慶應には西脇順三郎、井筒俊彦以来の言語研究の伝統があるわけですから、そういった世界の多様な言語についてこれからも積極的に取り組んでいきたいですね。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。