登場者プロフィール
小泉 武夫(こいずみ たけお)
東京農業大学名誉教授発酵学者。1943年福島県の酒造家に生まれる。東京農業大学農学部醸造学科卒業。農学博士。専門は醸造学、発酵学、食文化論。著書多数。
小泉 武夫(こいずみ たけお)
東京農業大学名誉教授発酵学者。1943年福島県の酒造家に生まれる。東京農業大学農学部醸造学科卒業。農学博士。専門は醸造学、発酵学、食文化論。著書多数。
生江 史伸(なまえ しのぶ)
その他 : 西麻布「レフェルヴェソンス」シェフ法学部 卒業1996年慶應義塾大学法学部政治学科卒業後、都内有名イタリア料理店、海外レストランでの修業を経て2010年に同店をオープン。
生江 史伸(なまえ しのぶ)
その他 : 西麻布「レフェルヴェソンス」シェフ法学部 卒業1996年慶應義塾大学法学部政治学科卒業後、都内有名イタリア料理店、海外レストランでの修業を経て2010年に同店をオープン。
井奥 成彦(いおく しげひこ)
文学部 教授研究所・センター 福澤研究センター所長専門は近世─近代日本社会経済史。著書に『醬油醸造業と地域の工業化──髙梨兵左衛門家の研究』(共編著)など。
井奥 成彦(いおく しげひこ)
文学部 教授研究所・センター 福澤研究センター所長専門は近世─近代日本社会経済史。著書に『醬油醸造業と地域の工業化──髙梨兵左衛門家の研究』(共編著)など。
2017/12/01
発酵技術との出会い
生江さんはフランス料理のシェフでいらっしゃいますが、発酵技術に大変関心を持っておられますね。生江私の師匠はミシェル・ブラスという人で、フランスの片田舎でレストランを経営しているのです。丘の上にポツンとあるレストランで、まわりに何もないへき地なのですが、ヨーロッパ中の人々がポルシェやフェラーリで乗り付けてくるんです。それを見て、何がそこまで人を魅了するのだろうと思いました。
師匠からはよく、「自分の立っている場所、自分が生まれ育った場所に対して誠意を持って、料理を作るなり生活をしなさい」と言われました。そして、「君たちは日本に生まれ育って、日本には料理をはじめさまざまな深い文化があるのにもかかわらず、なぜ国を抜け出してフランス料理を学びに来るのか」と厳しく問うのです。僕は彼にすごく魅了されていたので、このことは僕の中でもずっと自問自答していることです。修業をして自分のお店を開いた後、もう1度その問いを自分の中で繰り直して、もう1回日本を学び直そう、いままで無視していたものを改めて勉強し直してみようと思ったんです。井奥そこで発酵食品との出会いがあったわけですね。生江ええ、どうしても発酵食品にたくさん接することになりました。海外の料理人や食のスペシャリストの方々から、日本の発酵食品についてたくさん質問されるのです。それに答えられない自分をすごく恥じました。それでまた勉強し直して、酒蔵や醬油蔵、味噌蔵から、お酢の蔵、そして「しょっつる」とか、「いしる」とかの産地にできる限り足を運びました。いまも、まさにいろいろと勉強させていただいているところです。あと、発酵を通じた海外のシェフとの交流が、また僕の気持ちに火を付けています。彼らにはセオリーがないので、テクニカルなものだけピックアップして、自分たちでオリジナルな発酵の食品を作り始めてしまう。そこで日本にはいままでなかったものがたくさん生まれています。小泉なるほど、それはおもしろいね。生江日本の発酵技術はいま世界に広がり始めて、そして根づいて、世界のオリジナリティーになりつつあります。すごくおもしろいシーンが生まれているなと感じています。
「こうじ」による発酵
私は学生時代から江戸時代の経済の発展について勉強していたのです。その当時、江戸時代は停滞的な時代だと一般的に言われることが多かったんですが、私の学生時代ぐらいから、速水融先生や中井信彦先生などが、江戸時代にかなり日本の経済は発展したのだとおっしゃり始めました。それから関東をフィールドにいろいろ調べていくと、やはり江戸時代の後期ぐらいには、関東でも相当、農業生産量が高まっていったことがわかった。そうすると、それまで年貢を納めて自分たちが食べるだけで精いっぱいだったのが、ゆとりができてきて、余剰の農業生産物を加工して何か作るようになる。その場合、関東は地質的にローム層で、これは大豆や小麦などの生産に非常に適しています。それで醬油醸造業が発展していくわけですね。醬油というのは実に不思議な調味料だと思います。標準的には1年ぐらいかけて作る。それも毎日コツコツとかき混ぜたりして発酵作用を促進させる。世界の民族の中でも、日本人みたいに、調味料を1年もかけて毎日コツコツと作っていくというのは他にあまりないのではないでしょうか。小泉日本の場合、まさにそういうコツコツ作るという流儀が、江戸時代ぐらいから広まっていったように思います。それと、日本は木の文化ですね。桶というものがあった。桶によって醬油や味噌、お酒を長く熟成させることが可能になったわけです。その日本の発酵文化で中心になっているのは、こうじです。醬油こうじ菌とか、味噌こうじ菌とか、日本酒のこうじ菌とか。ところが、こうじ菌はすぐに発酵するのではなく、長く発酵しておいしさが出てくる。そこに乳酸菌とか酵母が来て、じっくりと発酵していく。そういうエイジングによって、非常に味が良くなるわけです。
最も体に優しい食べ物
発酵食品の特徴は、まず1つは非常に安定した食べ物で、ほとんど腐敗をしない。これは微生物学者として考えても非常に不思議なことです。例えば牛乳を放置しておいたら、すぐ腐ってしまいますね。夏なんかは1日でもうダメです。でも、乳酸菌を入れてヨーグルトにしたら腐らない。納豆だって、煮た大豆を納豆菌で増殖したそのままを食べる。置いておいてもほとんど腐らない。冷蔵庫のなかった時代には発酵させて保存したのです。2つ目は、発酵すると栄養価がものすごく高くなります。微生物がビタミンやアミノ酸などいろいろなものをつくってくれる。しかも、最近は免疫活性まで高めてくれると言われていますね。そのように体にとってとてもいいものを生み出すのが発酵です。3つ目は、味とにおいがなんとも言えない。くさやのにおいなんて、私の場合はもう、しびれちゃう(笑)。だから、味とにおいが特徴的です。これは人間の力ではつくれない。
もう1つ加えると、発酵食品は究極の自然食品です。つまり、何も添加物がない。味噌にしても、大豆とこうじ、それから塩で発酵させてそのまま食べます。添加物も化学調味料も合成も何もない。だから最も体に優しい食べ物だと思いますね。日本は世界で1番、発酵食品が多い国です。これは気候風土も関係していて、例えば東アジアなら中国、朝鮮半島、台湾、日本。東南アジアだとタイ、ベトナム、ミャンマー、カンボジア、ラオスなどにはみんな発酵食品があります。ところが、日本だけがこうじ菌なんです。韓国も中国も東南アジアも、発酵に使うのはすべてクモノスカビというカビです。そこが違う。井奥こうじは日本だけなのですね。小泉こうじ菌には2つ種類があります。黄こうじ菌と、黒こうじ菌です。これは日本でしか使っていないし、他の国にはほとんどいない。2006年にこうじ菌は国菌に指定されました。国の菌です。黄こうじ菌は味噌、醬油、日本酒、みりん、米酢などを作るのに使います。黒こうじ菌は焼酎だけ。沖縄の泡盛、鹿児島の芋焼酎は全部黒こうじ菌です。国際微生物学会は2013年、沖縄、鹿児島の黒こうじ菌をアスペルギルス・リュウキュウエンシス(Aspergillus luchuensis) と、「リュウキュウ」(琉球)にちなんだ名前を付けました。
「こうじ」の特徴
醬油の歴史を勉強していると、日本って何だろう、日本人って何だろうということを究極的には考えるわけです。醬油というのは、すごく日本人らしいものだという感じがするんですよね。作っている職人さんを見ていても、こうじ菌と対話するような感じで作っています。毎日コツコツと均等に発酵するように、発酵し過ぎたり遅れたりしないように気にしながら作っている。小泉全く、職人はオーケストラの指揮者みたいなものですね。井奥その繊細さ、勤勉さも、日本人に非常に合った調味料だなというような感じがします。小泉いまや外国に行って、「醬油」と言っても「ソイ・ビーン・ソース」と言っても分からないけど、「キッコーマン」と言ったら分かるんですからね(笑)。井奥こうじ菌というのは非常に奇跡的な菌で、こうじ菌の仲間はだいたい毒を持っているのだけれども、こうじ菌だけが毒を持っていないという話を聞いたことがあります。小泉アスペルギルス・オリゼー(Aspergillus oryzae)というのが黄こうじ菌で、日本はコメの国ですが、「オリゼー」というのは、イネ(oryza)から来ているんです。コメによく生えるこうじ菌、ということです。ところが、同じアスペルギルスの仲間には、アスペルギルス・フラバスというのがいます。これは猛毒中の猛毒で、アフラトキシンという、大変強い発がん性の物質をつくってしまう。分類学的には同じアスペルギルスですが、日本のアスペルギルスは毒をつくらない。これは日本のこうじの特徴の1つです。それから、もう1つはっきりしているのは、日本のこうじだけが、穀物一粒一粒にばらばらにカビが生えるのです。これを「散(ばら)こうじ」と言います。ところが、朝鮮半島から向こう、日本以外のこうじは、すべて「餅(もち)こうじ」です。つまり、だんごの形をしていたり、お餅の形をしていたり、レンガの形をしている。ですから、その点でも全く違う。
こうじの始まり
日本人がその「菌」という存在に気づいたのは、いつくらいなのでしょうか。
微生物という意味では、17世紀にオランダのレーウェンフックが初めて顕微鏡をつくって、微細な生き物がいるのを見つけたのが最初ということになっていますが、日本には、それよりも400年も前に、微生物を売る商売があったんです。平安時代の話です。
それは何かというと、種こうじ屋さんです。もちろんまだ微生物という言葉自体はないですが、でも不思議なものだという意識はあったんですね。蒸した米を置いておくとカビが生える。それをこうじと言うんです。こうじの定義は穀物にカビが生えたもの。
かなり以前から気づいていたわけですね。
そもそも、奈良時代の『播磨国風土記』にこうじが出てくるんです。今の兵庫県の宍粟市に、伊和神社という神社がありますが、そこで編纂された『播磨国風土記』に、驚くべきことが書いてあります。
蒸したコメを神様に上げました。古くなって、それにカビが生えました。それをカビタチ(加比太知)と言います。カビタチが、カムタチ(加牟太知)になって、カムチ(加牟知)になり、カウジになり、そしてコウジになっているんです。
だから、もう奈良時代にこうじという存在はあったんですね。神棚に上げた餅には、カビしか来ない。コメを煮たら、水分が多いからカビは来ません。焼き米にも来ない。蒸したコメにだけカビが来るんです。それがこうじの始まりなんです。
コメを蒸して置いておけばカビが生えてこうじになりますが、その中から、いいこうじだけを選択したのが実は平安時代末期です。灰をふりかけておくと、雑菌は淘汰されこうじ菌だけが出てくる。これは、人類最初の純粋分離ではないかと思います。
それを絹のふるいにかける。ちょうど絹のふるいの目はこうじ菌の胞子が落ちるような大きさです。それを集めて、種こうじ屋さんは、酒屋さんや味噌屋さんに売り始めた。これが室町時代の初期です。
日本人は大昔にそんなことをよくやるものですね。その意味でも、日本はやっぱりコウジカビの国なんだなとつくづく思います。
外国人が作り出す醬油
フランス料理やイタリア料理の料理人は、発酵技術への関わりが日本の料理人とは違いますか。
そうですね。日本人にとって、醬油は生まれたときからあるものとして認識していますが、外国人の彼らからすると、発酵の技術やプロセスはすごくユニークで新しいものなんですね。英語で言えばヒップで、クールで、という感じ。
なるほどね。
あと、発酵技術を取り入れようとしている国は、いままでヨーロッパ料理の覇権の中心だったフランスやイタリア、あるいはスペインではなく、辺境の地、しかも発酵というか保存をきかせなければいけなかった地域が多いんです。
北欧のデンマーク、スウェーデン、ノルウェーでは、日本の発酵技術と、自分たちがもともと持っている保存技術をうまくシナジーさせています。もちろん原料は違っていて、彼らの土地では、基本的には大豆もお米も作れない。ですから、例えばグリンピースを乾燥させて、そこから味噌を作ったり、大麦からこうじを作って、そこから発酵させる原料を作ったりしています。あと、たんぱく質は高いけれども脂質が低いものを取り上げて、オリジナルの醬油や味噌を作っています。おもしろいところだと、バッタ、イナゴを使った醬油ですね。大麦で立ち上げたこうじと、塩と水とバッタだけで醬油を作る。小泉おもしろいですね。
普通の日本人は考えないような醬油です。
いまイナゴの醬油の話が出ましたが、実は平安時代の延喜式(法令集)に、京都の町の中に4つの醬屋(ひしおや)、つまり醬油屋があったと書いてあります。穀醬(こくひしお)、魚醬(うおびしお)、肉醬(ししびしお)、そして草醬(くさびしお)(野菜の醬油)の4つです。当時すでに、日本人は4種類の醬油を作っていた。これを見つけたとき、私は現代人より平安人のほうがグルメではないかと思いました。
肉醬というのは現代ではもうありませんが、平安時代はカモの肉で作りました。最後まで残ったのは伊豆諸島の1つの御蔵島に、オオミズナギドリで作った肉醬が、昭和27年ぐらいまであったと思います。
私どもはいま、沖縄の石垣市で、豚肉の醬油を作りはじめました。皆さん非常に興味を持ってくれて、ラーメンのスープに使うと、ものすごくおいしいんです。
「醸造」という言葉
江戸時代、鎖国していた日本に長崎から醬油がわずかな量でしたがオランダに輸出されました。それがフランスに伝わって、ルイ14世が非常に喜んだという話があります。それ以降、ヨーロッパでも細々とでしょうが宮廷の料理人の中で隠し味として日本の醬油が使われたという話も残っています。
現在では、キッコーマンはもう日本国内よりも海外での生産量のほうが多いんですね。
醬油イコール日本という感じですね。日本の味としてすっかり定着したと思います。でも、醬油というものが何かを分かっていない人も多いのではないかという気もします。ゆっくり発酵していくなかで作られて、熟成を経て醬油ができているのを知っている人がどのぐらいいるか。
外国の料理人にとって、醬油はどういう位置付けなのでしょう。
パリのレストランの厨房に行ったりすると、必ずキッコーマンが置いてあります。ただ、ヨーロッパの人間は、東南アジアのナンプラーも使うし、日本の醬油も味噌も使う。そこは、アジアの調味料ということで、ひとくくりという感じなのかもしれません。
日本の醬油、韓国のカンジャン、そしてラオス、カンボジアあたりの魚の保存のしかたも含めて、アジアのさまざまな発酵技術を、用途に応じて使いこなそうとしている感じはあります。そのなかで、どういうおいしさにポイントを持っていくかを考えていますね。
どちらかというと、これまでヨーロッパは油脂優先の傾向が強かったと思います。一方でアジアはアミノ酸重視です。アミノ酸をどうやってコントロールするか。これは醬油との付き合い方でもあります。
そして、水を使ってどうおいしいものを作るかに関心が強くて、ヨーロッパも脂よりも水へシフトしているような感じはします。
醬油というのは日本では醸造業の1つで、酒も醬油も味噌も酢も、それからみりんも醸造業ですね。「醸造業」は英訳するとBrewingIndustryとなるのでしょうけど、外国の人はBrewing=酒造り、というイメージのようですね。
そう、日本は「醸造」だけですべて表現できてしまう。
東京農大にはいまでも醸造学科があります。20年ぐらい前、私が教授をしていたとき、学生がもっといっぱい来るように、「醸造という名前は古いから、食品工業学科とか食品化学科にしよう」という話が出たのですが、私は大反対したんです。醸造という言葉は日本だけなのだから、日本の伝統文化として残しておかなければ駄目だと。いまはもう、日本に醸造学科は1つしかありません。
なれずし=チーズ
小泉さんが以前にテレビで、中国の40年前の鯉のなれずしを召し上がっているのを見たことがあります。ああいうのを食べてもなんともないんですか。
あれは薄く切って食べてみたんですが、もう完全にチーズですよ。みんな日本にはチーズがなかったと言うけど、とんでもない話です。チーズというのは、日本ではなれずしなんです。チーズという言葉がなかっただけです。
チーズは動物性の乳ですよね。たんぱく質と脂肪が多い。例えば近江のふなずし。これもたんぱく質と脂肪です。だから、なれずしから分離した乳酸菌でチーズを作ったら、もう立派なチーズもヨーグルトもできます。逆に、チーズの菌を使って、なれずしを作ることもできる。
つまり、日本で動物性たんぱく質を発酵させて、チーズと同じものを作ったのがなれずしです。日本には牛がいなかったけど、淡水魚はいっぱいいて、それを発酵させたわけです。最初は保存目的でしょう。だからなれずしとチーズは、分析するとほとんど成分が同じです。においも似ていますね。特にサバを長く漬けた「本なれずし」なんてのは、ゴルゴンゾーラとかスティルトンとかエピキュアチーズみたいな、猛烈に臭いチーズにそっくりです。
和歌山県新宮市に、東宝茶屋という料理屋があります。そこではサンマのなれずしの30年ものをいま売っています。そんなに高くありません。それを学生たちに、目を隠してスプーンでなめさせると、100人中100人が「とけたチーズですね」と答えます。これをクラッカーか何かに付けて食べたら、本当にブルーチーズじゃないかというような感じ。それがサンマでできるんですよ。
それは1度食べてみたいですね。
だから、発酵食品というのは保存がいつまでもきく。じゃあ、なんで発酵したら保存できるのか。理由は2つあります。
1つは、微生物が発酵するとそこは自分の棲処ですから、ほかの菌が増殖できないような阻止物をつくるんです。アンチバイオテクスといいます。
それからもう1つは、腐らない要素を微生物自体が持つんです。例えば乳酸菌の場合は乳酸をつくると酸っぱくなってしまって、そこにほかの菌は来られない。納豆もそうです。
この発酵の技術は、医学にも使われています。発酵がなかったら、手術はできないです。抗生物質というのは微生物がつくるものです。抗生物質を投与して手術しないと、切ったところから膿んでいってしまいます。
猛毒が抜ける発酵技術
世界各地にはいろいろな発酵食品がありますが、これはすごい、というものはありますか。
世界一珍しい発酵食品だと私が思うのは、石川県のフグの卵巣のぬか漬けですね。フグの卵巣には、テトロドトキシンという猛毒が入っているんです。このテトロドトキシンは、青酸カリの180倍の毒性を持っていて、本来なら、ちょっとなめただけで死んでしまいます。
ところが、このぬか漬けは、江戸時代から作られ、いまでも普通に売られています。白山市美川というところで作っていますが、これは食べられるまでに3年かけて毒を抜くんです。
フグの卵巣は大きいのですが、それを塩漬けにすると、塩は水分を取りますから、だいぶ小さくなります。半年ぐらい塩漬けして水分を出すと、ある程度固まります。それで真水に入れると塩抜きができます。でもまだ毒は抜けません。
それで、今度はぬか味噌に漬けて3年置きます。そうすると、毒がなくなります。これを商品として売っています。これを食べて亡くなったということは聞いたことありません。ただし作り方にはノウハウがありますから真似て作らないように。
なぜ毒が抜けるんでしょう。
やはり微生物で分解するんですよ。ぬか味噌の中には1グラムにだいたい1億8000万個ぐらいの乳酸菌がいます。フグの卵巣には、明太子のように薄い膜がある。塩漬けしたりするときにその膜に傷がつくんです。
微生物の1匹、乳酸菌の1匹にとって、その傷は東京ドームぐらいに大きい。そんな傷からどんどん微生物が卵巣に入り、増殖していくわけです。彼らには血管、血液がないですから、毒なんて関係ない。テトロドトキシンという化学物質をどんどん体の中に取り込み、アンモニアと水と炭酸ガスに分解して生きていくわけです。
これを私は解毒発酵と言っています。この解毒発酵は、本当に日本のフグの卵巣のぬか漬けだけです。他に世界には絶対ない。
チーズのような、ぬか味噌みたいなにおいがしますよね。
硬いですが、切ってみると、きれいな卵巣が、カズノコみたいにプツプツびっしり付いている。それをご飯の上にパラパラッとまいて食べてもいいし、茶漬けとか湯漬けにする。この卵巣の酸味とうま味とにおい。これも料理の隠し味に使ったらおもしろいと思いますね。
イヌイットのビタミン源
フグの卵巣のぬか漬けが東の横綱とすれば、西の横綱はキビヤックですね。イヌイットの作る発酵食品です。
まず、200キロぐらいの大きなアザラシを捕って来て、内臓、肉を取って、皮を残す。その中に、ウミスズメを2,300羽ぐらい詰め込むんです。それを土の中に埋めて、上に土をかぶせて、石をいっぱい置いて、3年間発酵させます。
石をいっぱい上に置いておくのは、クマや北極オオカミが来て掘って食べてしまわないようにするためです。3年過ぎたら掘り起こします。鳥は300羽ぐらい、羽も取らずに詰め込みましたから、ゴソッとそのまま、発酵して出てきます。これがもう猛烈に臭い。こんなに臭いものはないというぐらい。
なんともスケールが大きいですね(笑)。
食べ方なんですが、鳥を取り出して、その肛門に口を付けて体をギューッと押して、チュッチュッと吸うんです。体液も発酵していてドロドロですから、もう内臓も肉もベトベトなのが口の中に入って来る。植村直己さんが、このキビヤックが大好きだったそうです。
なんでこんなものを食べるのか。イヌイットの人たちは、野菜が栽培できないからビタミンが取れないんです。ビタミンは人間の体では作れませんから、外から取らなければいけない。セイウチやアザラシの腸内細菌はビタミンをいっぱいつくっているから、その腸の内容物を鳥などの生肉にくっつけて食べるわけですね。そのうちに、キビヤックを発明したんだと思います。キビヤックを分析すると、ビタミンのかたまりです。
これをチュッチュッと食べるだけでなく、あとは調味料として冷凍保存しておきます。解凍してギュッと絞ると、ドロドロのあんこみたいなのが出てくるんです。肉と内臓が発酵してドロドロになっている。それをカリブー、トナカイの肉にくっつけて食べたりする。
小泉さんも召し上がったんですか
ええ、食べました。とにかく臭い! 味は、モンゴルや内蒙古自治区にヒツジの腸に血を入れた腸詰があるのですが、それをゆでて食べたときの、ネトッとした感触ですね。ただ、においは猛烈です。
人間本来の「におい」
よく発酵料理で臭いものとして言われるのは、フィンランドのシュールストレミングですね。
地獄の缶詰ね(笑)。あれもすごいですね。ニシンを発酵させたものですが、缶詰を開けるときに、あまりにも臭いから、3つの注意書きがあるんです。「1、家の中では絶対に開けるな」「2、開ける人は不要なものを身にまといなさい」そして3番目は、外で開けるときも「風下に人がいないことを確かめろ」(笑)。
東京工業大学の研究室で調べたら、納豆のにおいが470ぐらい。焼く前のくさやが680ぐらいで、焼いたくさやが1200ぐらい。ちなみに、私の靴下は120ぐらい(笑)。でも、シュールストレミングの缶をシュッと開けてみると、12000ぐらいになるんです。
もはや危険物ですね(笑)。
そういうところも発酵というのはおもしろいですね。ただ、発酵食品のにおいというのは、どこか魅力的です。くさやにしても、納豆にしてもそうです。納豆はにおいがなかったら、全然食べる気がしないでしょうねえ。やっぱりああいうにおいは、実は人間本来のにおいみたいなものなんですよね。
例えば無精者というのがいるでしょう。風呂に1週間も2週間も入らない人。それと同じように、無精臭というのがあるんです。いわゆるなれずしとか納豆とかのにおいです。
人間というのはそもそも、毎日風呂に入っていたわけではない。人間の原点というのはそういうにおいなんですよ。だからあれは自分のふるさとみたいなものだと私は思っています(笑)。
そういう生き方のほうが本当は人間らしいのでしょうね。臭い人間のほうが健康かもしれない(笑)。
あまり清潔になると、長生きできないという研究もあります。もっと野生に戻ったほうがいいのではないか。
カルチャーとしての発酵
小泉さんのお話につなげると、現代文明は、自然からかなり乖離してしまっているように思います。その自然とどうやって人間が向き合っていくのかというのがカルチャーという考え方なんですね。
カルチャーというとアート、あるいはシステムというものだと考えてしまいがちですが、それとは別に、自然と人間がどう折り合いを付けていくかという視点もあると思います。ですから、菌を増やすということも、1つのカルチャーなんじゃないかと思うんです。
全くそのとおりですね。
都会にいても、発酵しているものが身近にあったりすると、そこに小さな自然を見出すことができる。
都心のすごくきれいで清潔なビルの中で生活していると、なかなか生き物との関わり合いを意識することは難しい。でも、例えばぬか床を持っていたり、あるいは自分で作っている手前味噌が近くにあったりすると、毎日その様子や香り、そしてその味が変わっていくわけです。
それはまさに1つのカルチャーで、自然とのつながりを感じさせてくれます。そこには発酵があって、発酵によって培地がつくられ、おいしいものが生まれる。
「おいしいもの」というと、プラモデルのようにパーツを継ぎはぎして作られるというイメージがあるのですが、そうではなくて、本当は、おいしいものというのはまずは環境があって、発酵という最大の技術を使って、そのカルチャーをつくることだと思うのです。そこが、人間が「おいしい」と感じる自然とのつながりの入り口なのかなと感じます。
なるほど。培養するということ自体がカルチャーですものね。この微生物の行いというのは、見ているとつくづく神秘性があります。例えば、乳酸菌や納豆菌、酢酸菌もそうですが、1ミリメートルの2000分の1ぐらいしかない小さな小さなものなのに、人間と同じ体の機能を持っているんですよ。
もう遺伝子が全部その小さい体の中に組み込まれている。そして、ちゃんと栄養源を体の中に入れて、それを全部代謝して、エネルギーをつくって、それで子供まで生む。なんでそんな小さな生命体の中にそんなことが組み込まれているのかということだけでも、とても不思議な感じがします。そういうものの集合体が、われわれに味噌や醬油、お酒をもたらしてくれるわけだから、おもしろいなと思いますね。
見えない力に守られている
私たちは日頃どうしても、目に見えるもの、五感で感じられるものを中心に生活してしまうことが多いですね。ですから、目に見えないもの、あるいは嗅いだり触ったりできないものは見落とされがちですが、逆に僕からすると、そういう見えない世界とつながることができるというのは、すごくロマンがある。
くさい言い方かもしれないけれど、愛とかそういう観念的なものにも近いような気がします。でも、そういうものに守られながら僕らの毎日の生活はあるんですね。
微生物は、もちろん顕微鏡で見ることもできるし、化学的に追究していくこともできますが、日常生活の中での菌との関わり方というのは、すごく人間の生活を正してくれる観念的なものに近いと思うんです。見えない力に守られているというか。
微生物はおいしいものをつくるけれども、場合によっては人を殺してしまうことだってある。
微生物には善玉菌と悪玉菌があって、悪玉菌は食べ物を腐らせてしまう腐敗菌と、病気を引き起こす病原菌があります。これらは発酵の菌とは別です。
善玉菌は納豆菌や乳酸菌、酢酸菌、酵母とかこうじ菌で、こちらの連中だけを人間はかわいがる。目に見えないけれども、人間はそれを区別して、選んで使うことができる。その巧みさというところも、発酵の不思議だと思います。
発酵というのは、大きなものを分解していく作業が主ですね。大きなものをさらに大きく、ではなく、小さく分解していく。
それを人間の営みに置き換えてみると、ものを食べるとき、大きなものを口に入れて、唾液や胃液、腸内の吸収などで分解して小さくしていきます。ということは、僕自身も発酵を行っているようなものなのかなと感じます。菌がやっていることと、僕がやっていることは、実はすごく似ている。
そうですね。微生物に教えられることは多いですよ。
これからの料理を考えていくうえでも、発酵という技術は大きなヒントになりそうですね。
日本人がもともと発端としたアジアの料理文化をもっと遡ってみたいですね。そこから現代、そして未来につながっていくものが見えてくるのではないかと思っています。そこから生まれたアイデアを、僕も1人のアジア人として料理の中に生かしていきたいですね。ちょっと大げさな言い方をすれば、ポストコロニアルな料理のあり方ということになると思います。
料理文化は、ヨーロッパ中心のグローバライゼーションがずっと続いてきて、それが各国の料理文化に影響を与えたり、壊したりしてきました。僕もフランス料理やイタリア料理を学んできたので、それから受けた恩恵を全否定するのではなく、それを踏まえたうえで、次の新しい料理を、アジアの民として作っていきたいと思います。そこでは発酵がベースになるような気がしています。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。