慶應義塾

世界に広がるBENTO

登場者プロフィール

  • トマ・ベルトラン

    株式会社BERTRAND代表

    1981年フランス・リヨン生まれ。京都大学への留学を経て、2008年フランス語による弁当箱の通販サイトを開設。2012年、京都に弁当箱専門の実店舗「Bento&co」をオープン。

    トマ・ベルトラン

    株式会社BERTRAND代表

    1981年フランス・リヨン生まれ。京都大学への留学を経て、2008年フランス語による弁当箱の通販サイトを開設。2012年、京都に弁当箱専門の実店舗「Bento&co」をオープン。

  • 前田 祐志(まえだ ゆうじ)

    法学部 卒業

    慶應義塾大学法学部卒業。会社経営の傍ら、長年お花見弁当箱や提げ重箱の蒐集や研究を続ける。著書に『漆器の弁当箱・食籠・盆─食育文化の伝統技』など。

    前田 祐志(まえだ ゆうじ)

    法学部 卒業

    慶應義塾大学法学部卒業。会社経営の傍ら、長年お花見弁当箱や提げ重箱の蒐集や研究を続ける。著書に『漆器の弁当箱・食籠・盆─食育文化の伝統技』など。

  • 加藤 文俊(かとう ふみとし)

    環境情報学部 教授

    慶應義塾大学経済学部、同大学院経済学研究科修士課程修了。博士(コミュニケーション論)。専門はコミュニケーション論、メディア論。近著に『おべんとうと日本人』など。

    加藤 文俊(かとう ふみとし)

    環境情報学部 教授

    慶應義塾大学経済学部、同大学院経済学研究科修士課程修了。博士(コミュニケーション論)。専門はコミュニケーション論、メディア論。近著に『おべんとうと日本人』など。

2016/12/01

海外で「弁当箱」が人気

加藤

ベルトランさんは京都で弁当箱の専門店を手がけていらっしゃいますが、きっかけは何だったのですか。

ベルトラン

私はフランス生まれで、京都大学に2003年に留学して、当初はその1年だけいようと思っていたのですが、京都が大好きになり、そのままずっと居ついてしまいました(笑)。

京都に住み続けるには自分の仕事をつくらないといけないと思いました。2005年から、フランス語で京都の生活とか日本のこととか毎日ブログを書いていました。そのおかげでブログの読者が増えて、1日だいたい1000人ぐらい読んでくださっていました。

加藤

それはすごいですね。

ベルトラン

それをきっかけに、何かビジネスができるかな、日本のいいものを売りたいなと思ったんです。弁当箱のことは知っていましたが、それを売ろうとは全く考えていませんでした。でも、母との話のなかで偶然「フランスの雑誌でBENTOの記事を見たよ」って聞いて、なぜか「あ、弁当箱は絶対フランスで売れる」と直感しました。自分でも不思議なアイデアでしたね。

当時、アメリカとフランスでお弁当のブログを書いていた人はいましたが、弁当箱を売っているところはなかった。だから、絶対ビジネスチャンスがあると思いました。タイミングがすごく良かったんです。始めたのは2008年の11月。ちょうどリーマンショックのあとです。アメリカでもヨーロッパでも、外食をやめる人が多かった。日本でも不景気だと弁当箱が売れます。

アイデアが浮かんでから2週間ぐらいで、ホームページを開設しました。2012年の4月からは、京都に実店舗を持ちました。卸も2011年から始まって、いままで95カ国へ弁当箱を発送しています。

前田

スタッフは何人くらいいらっしゃるんですか。

ベルトラン

いま13人です。あくまで看板は「弁当箱専門店」ですが、私たちの仕事で大事なのは2つあります。1つはマーケティング。日本にある弁当箱を海外で販売するために、その商品の価値をお客さんに見せないといけないと思っています。弁当箱を売るだけではなく、それがいい物だから売る、ということです。「メイド・イン・ジャパンだから」だけでは不十分で、その弁当箱を作った職人さんや企業、そしてその弁当箱にまつわるストーリーなども説明するようにしています。

もう1つは物流です。結局「弁当箱」というモノを発送・販売するわけですから。

加藤

ご出身のフランスでは、お弁当を食べることはあったんですか。

ベルトラン

フランスには、お弁当の文化、子供の弁当箱は全くありません。学校には給食があるか、あるいは家へ帰ってお昼を食べる。昔からフランスはお昼の休憩が結構長くて、1時間以上あります。2時間とる人もいます。だから、大人でもお昼にレストランに行ったりワインを飲んだり。ほとんどフルコースでお昼を食べています。

フランス人にとって、お昼ごはんはすごく大事な時間なんです。だからこそ、日本の弁当文化が合うのだと思います。味だけではなく、見た目も重要で、単なるサンドイッチよりは何かいいものを食べたい。お昼の休憩を楽しみにしたいフランス人に、お弁当は合っていると思います。

前田

外国人にとって、日本の弁当箱は小さくないのでしょうか。

ベルトラン

やはり、日本より少し大きめな弁当箱が売れていますね。ごはんではなくてサラダを持って行く人が多く、サラダは結構スペースを取るからです。日本では平均650mℓがよく売れていますが、フランスだったら900mℓぐらい。

加藤

それは大きいですね。

ベルトラン

ただ、当初「箱が小さすぎる」というクレームが多かったのですが、最近はあまりありません。箱が小さくてもそれにぎゅうぎゅうに詰めるのがお弁当なんだ、ということがフランス人にも分かってきたんです(笑)。

お弁当は1つの「小宇宙」

前田

私はお花見弁当箱、とくに時代蒔絵のお花見弁当箱のコレクションをしてきて、360ぐらい集めました。近年、縁あってコレクションの多くは伊勢の名店「赤福」のオーナー濱田益嗣氏(塾員)にお譲りし、「赤福」の関連企業「野遊び棚」の一角に一部が展示されています。

本業は光学屋で、工業用のレンズを作っています。高速道路で使われる赤外線カメラのレンズのような特殊なものです。

その光学屋がなぜお花見弁当箱を集めているかというと、お花見弁当箱は手塗りのものが多くて、それらは漆でできた蒔絵なんです。蒔絵というのは光学屋と共通していて、研ぎの技術の文化です。日本人はメガネを掛ける人が多いですが、メガネのレンズを作るには研磨の技術が必要です。日本が誇るカメラのレンズもほとんど日本製です。

加藤

たしかにそうですね。

前田

太古の昔から伝わる三種の神器の勾玉、鏡、剣、いずれも「研ぎ」で生まれるものですよね。日本人は研ぎということに関して非常にこだわる民族です。これがあるから、例えばシリコンウエハーやベアリング、レンズなど、さまざまな良質な工業製品ができる。

私も研磨をやっていたから、昔の人はどうやってこんなにツヤのある漆黒の世界を作ったのだろうと思いました。そのうちに、自分で集めてみようという気になったんです。

古い家系なので、蔵の中に蒔絵とか刀とか、美術工芸品がいっぱいありました。四季折々に、調度品の虫干しや入れ替えを必ず行います。それで蔵から出すのを手伝わされたりしているうちに、「日本の工芸品はなんてすばらしいんだろう」と思うようになった。商売を始めるようになってから、「自分でもこういうのが欲しいな」と思って集め始めたわけです。

加藤

僕はとくに食文化やお弁当が専門というわけではなく、趣味というか、もともと移動するということに興味があったんです。

前田

旅ですね。

加藤

そうです。例えば出張のときに、何を荷物として持って行って、何を現地で調達するか、そのやり繰りとか、身の回りのものをまとめて移動することに関心がありました。

日本人は小さいところにいろいろ詰め込んで持ち歩くことが、お弁当に限らず得意だというところに関心があり、それを『おべんとうと日本人』で書いたわけです。

前田さんはご自身でもお花見弁当箱を作られていますが、弁当というのは何か1つ、宇宙のようなものを作るのだと思うんです。盆栽もそうですね。日本人は古来から、小さい中にものすごく広がりのあるものを作ってきたのだと思うんですよね。

前田

おっしゃるとおりで、私は古美術のコレクションもしていますが、印籠、刀の鍔なども全部小宇宙です。弁当箱も1つの小宇宙で、いろいろな想像をかき立てることができる。

加藤

まったくそうですね。

前田

だから、僕はあまり好きじゃないんだけれど、よく駅で「このお弁当はこんなのですよ」って見本を並べて売っていますね。私が好きなのは、中に何が入っているのかわからないお弁当です。母親が作ってくれたお弁当って、開けるまで中身はわからない。学校へ行って開けた瞬間、「あ、お母さんこんなの作ってくれたんだ」っていう驚き、興奮があるじゃないですか。最初から「今日のお弁当はこんなだよ」と見せられていたら、ちょっとつまらない。

ベルトラン

中身が見られない弁当屋さんがあったら面白いかもしれないですね。見えるのは値段だけにして(笑)。

前田さんのコレクションと、自作したお花見弁当箱

先に「入れ物」がある

ベルトラン

アメリカやベルギーもそうですが、向こうではサンドイッチとジュースと果物を箱に入れず、そのまま持って行きます。だから、ランチボックスは運ぶためだけの道具です。日本だったら、この入れ物に合う何かを作らないといけない、入れ物のためにメニューを考えるわけです。

加藤

なるほど、形のあるサンドイッチを運ぶためだけに入れるのとは違いますね。

ベルトラン

そうです。結局、入れ物のほうが大事なのかもしれません(笑)。私も、丸い弁当箱だったらパスタを入れたいし、四角い箱だったら丼にするとか。

前田

フランスの方は外でごはんを食べるとき、リュックサックの中に紙で包んだ大きなパンとかを入れて、おかずはどうするのですか?

ベルトラン

子供の遠足では、タッパーの中にサンドイッチとサラダとかを入れます。あと、バナナや水筒は別に持ちますね。だから箱を3つぐらい持って行きます。

前田

そのまま食べられるものが入っていて、加工して細かくしたものは入っていないわけね。

ベルトラン

そうですね。日本の弁当箱は小さいから運びやすい。仕切りもあるし、1段、2段、3段と分けたりできるので、小さい箱でもフルコースを入れられます。これは大きな特徴だと思います。

前田

3段に分かれてそれぞれ違ったものが入っているというのは、驚きでもあるでしょうね。しかも開けてみないとわからない。

ベルトラン

イギリスの「black+blum」という会社が作っている「BENTO BOX」は、蓋が透明で、中身が見える。日本でもよく売れていますが、でも中身が見えると弁当っぽくないというお客さんもいます(笑)。

あと、最近はパリで、お弁当を食べられるお店が多くなりました。最初から中身が入っているのではなく、松花堂の弁当箱に、おかずを自分で選んで入れて、店内で食べるというスタイルです。

前田

なるほど。自分の好きなものを取る。

ベルトラン

ええ。あと、高級ホテルでもお弁当が食べられるようになってきています。ルームサービスで。だから、ホテルからも弁当箱の注文がよく来ます。

前田

お弁当もたいしたものですね。そこまで格が上がるなんて(笑)。ちょっとした高級料理になっているんですね。

ベルトラン

はい、天ぷらとかお刺身とかが入っています。あと、高級レストランではおせち料理を入れた弁当も頼めます。

前田

ミシュランに頼んで、お弁当の二ツ星、三ツ星を選んだらおもしろいかもね(笑)。

「冷めてもおいしい」お弁当

前田

私はお花見弁当箱を集めていますが、実は集めるだけではなく、道具というのは使ってこそ道具だと思っています。

慶應の卒業50年記念で、新宿御苑に同期で集まって江戸時代のお花見弁当を囲みました。担ぎ箱という大きな箱に金具が付いていて、そこに棒を通し、昔はこれを召使がいくつもつなげてエッサホイサと担いでいくものです。そういう担ぎ箱付きお花見弁当を実際に弁当箱として使いました。

それを見て外国人の方がびっくりしていました。つまり、年代物の美術工芸品を普通に使っているわけです。使ったあとはきれいに中を洗って、飾ることもできる。

加藤

インテリアになるということですね。

前田

そうです。実用性と芸術性を兼ね備えているのが日本の弁当箱です。

加藤

その実用性の部分、つまりサラリーマンや子供が毎日持ち歩くものとして丈夫で、使いやすい道具の部分がすごくおもしろいと思っていました。

いまのコンビニ弁当は、みんな温めて食べますよね。でも、昔はそんなに簡単にお弁当を温めることができなかったから、作りたての朝は温かくても、食べるころには冷たくなっている。僕が一番おもしろいなと思ったのは、冷めてもおいしいようなものを作るというところです。

前田

たしかにそうですね。

加藤

そもそもお弁当は冷たいもので、だけれども箱にきれいに詰まっている。そこのバランスですね。つまり、冷たくてもさびしくならない。見た目もそうだし、誰が作ってくれたかということもこの小さい箱の中からうかがえる。だから冷めていてもおいしく食べられるのではないでしょうか。

ベルトラン

冷めていても温かいものを感じる。

加藤

ええ、そこはうまくできているなと思いましたね。

前田

ヨーロッパでもお弁当ってだいたい冷たいものでしょう?

ベルトラン

昔、フランスではガメル(Gamelle)というものがありました。あまりイメージの良いものではなくて、残り物をステンレスの丸い容器に入れて、火の上で煮込んでスプーンで食べる。ナポレオン時代の軍隊で食べていたようなものです。犬用のお碗も同じ「ガメル」という言葉です。

前田

そうなんですか。

ベルトラン

やはりお弁当は、見た目も味も大事にする。最近は温められる弁当箱の人気が高いですね。いまよく売れている弁当箱も、電子レンジ対応のものです。

そもそも、昔フランス人は箱のままで食べることはしませんでした。タッパーに入れて仕事場に持っていって、お昼のときに出して、お皿に載せて温める。

加藤

そのままでは食べないのですね。

ベルトラン

そう。箱で食べるなんてありえなかったんです。ナイフとフォークを使うと箱が傷ついてしまうからですね。お弁当だと、最初から一口サイズに切って入れています。

お弁当とジャポニカ米

前田

民俗学者の柳田國男さんがこんなことを言っています。「いま起こった事象はすぐ直前にその原因があるように思えるけども、そうじゃなくて、その1年前、10年前、50年前、100年前、ひいては500年、1000年、2000年前にその原因がある」と。

お弁当はどこから発生しているかというと、日本にお米が伝わったときから始まっていて、東京農大の先生の話だと、縄文時代の後期のほうにプラントオパールという遺物があり、そこに稲の痕跡があった。弥生時代に入って稲作が盛んになります。いまのお米は、たしかに冷めてもおいしい。これはジャポニカ米(箸文化)のおかげです。もしインディカ米(手食文化)だったら、日本のお弁当文化は花開かなかったと思います。箸文化は手先が器用になる。

加藤

かもしれないですねえ。

前田

ジャポニカ米は粘り気があります。あの成分が、お弁当のお米の、冷めてもおいしい原因なんですよ。

お弁当が発展した理由として、近代以降の2つの要因があると思います。1つは自動炊飯器、電気釜の普及。僕が小さいときは、母がガスでお米を炊いていました。前の日の夜にセットしておけば翌朝ごはんが炊けている、なんてことはなかったんですよ(笑)。

それと電子レンジ。金属の器だと放電してしまうから使えませんね。タッパーであれば使えるものもあります。この2つの普及は大きいと思います。

加藤

電子レンジの影響は大きいですよね。フランスで広まったのも、電子レンジで使えるからですよね。

ベルトラン

そうですね。

前田

漆塗りの弁当箱なんて、電子レンジに入れたら一発で駄目ですからね(笑)。

ベルトラン

でもたまに、お客さんから「曲げわっぱを電子レンジで使いたい」という要望が来ます。本物の曲げわっぱではないですが、木でも電子レンジOKのアイテムがあります。

加藤

フランスでは、お弁当にお米を入れることも多いのですか。

ベルトラン

はい。お米ももちろん食べています。ただし、ジャポニカではなくて、イタリアや南フランス、アメリカの、ちょっと細長いお米です。フランスでは、お米とパスタは同じものと考えます。日本だとよく「パンかライス」と聞かれますが、向こうでは考えられない(笑)。水とフォークとナイフとパンまでがセットで、パンは絶対に必要です。

フランスでは、お米は茹でます。パスタと同じで、水と塩をいっぱい入れてしっかり茹でる。

加藤

炊くのではなくて茹でるんですね。

ベルトラン

そうです。パスタと一緒でちょっとバターを付けて、塩を振って食べます。だいたい魚料理と一緒のことが多いです。

最近はヨーロッパでも炊飯器が売られていて、炊く人も出てきました。でも日本みたいにすばらしい炊飯器はないですね。

弁当箱以外に、おにぎり用の商品も外国人に人気ですね。おにぎりを入れるケースとか。

前田

半年前にフランスへ行ったのですが、スーパーへ行ったら「コシヒカリ」とか「ササニシキ」を売っていましたよ。

ベルトラン

日本の文化が好きな方はおにぎりを作っています。簡単に作れるからですね。日本人みたいな生活ができるからうれしい。僕は子供のときに日本のアニメを見ていたのですが、『ドラゴンボール』でおにぎりを食べていた。それが何か当時は全く知らなくて、メレンゲをチョコレートで包んだものだと思っていました(笑)。

前田

おにぎりやお米を食べたのは、日本に来てからですか。

ベルトラン

そうですね。最初、日本のお米はあまり味がしないと思っていたんです。フランスでは、魚や肉などのソースと一緒にお米を食べるからです。あと、これは私の家族だけかもしれませんけど、私はごはんにレモンをかけます。

加藤

ええっ。

ベルトラン

大好きです(笑)。塩とレモンが大好物なので。結構日本のお米でも合うと思っているんですけど、最近はやめています(笑)。やはり味って勉強しないといけないですね。和食もこの10年間いろいろ食べてきて、「これ、すごくおいしい!」と感じるものが増えてきました。

お弁当は記憶を喚起する

加藤

お弁当に関する話って、なぜか盛り上がるんですよね。子供のときにお母さんに作ってもらって学校に行ったとか、友達と比べて恥ずかしかったとか(笑)。みんないろいろな思い出があるじゃないですか。

前田

ありますよね。

加藤

弁当箱そのものも大事だけれど、それがきっかけになって、いろいろなコミュニケーションが始まると思います。

僕もこの本を出したあと、同僚からいきなり話しかけられました(笑)。年上の男性の先生ですが、やはりすごく思い出があって、聞いていると、要するにお母さんとの関係のお話なんですよ。お弁当の話なのだけど、それを作ってくれていたお母さんと自分との関係を思い出したそうで、お弁当ってそういうものなんですね。

前田

僕がお弁当を持って行くようになったのは中学校くらいで、日本が戦後の経済成長を始めたころです。でも貧富の差があった。公立の学校だったんですが、お弁当を食べるときに蓋で隠して食べている子がいっぱいいたんですよ。

そういうお弁当が、いまだに強く印象に残っています。だからこそ、弁当箱は豪華なものがいいなあ、お弁当は楽しく食べたいなあという気持ちが強いんです。お弁当って、そういう自分が生きてきた時代も思い出させるものですね。

加藤

たしかに、時代によってお弁当もまったく違いますよね。

僕たちの世代はむしろ両親が、子供に対して、とにかくたくさん食べさせてあげようという時代でした。「食べ物だけは」という想いで豊かに育てられたから、僕らの世代は、お弁当に対してわりと良いイメージを持っていると思うんですよ。

前田

僕らのころは、出来合いのお弁当なんて、駅弁ぐらいしか売っていなかったからね。コンビニエンスストアもないし。

加藤

やはりコンビニからですね、お弁当を買うことが広がったのは。

ベルトラン

フランスはコンビニがないんですよね。小さなスーパーはあるのですけど。

今年3月から、パリでJR東日本のPR列車が駅弁を売ったんですよ。中も全部和食で、パリのリヨン駅で売っていました。大好評でした。

前田

日本の駅弁は、そこの地域の特産のものを売っているじゃないですか。フランスでもそうなのですか。

ベルトラン

そうなったらいいと思いますね。フランスのTGVのごはんはおいしくない(笑)。せっかくパリなら、パリの食材を使って、冷めてもおいしいお弁当ができたら人気が出ると思います。

「仲間意識」をもたらす

加藤

お花見弁当というのは、何人かで一緒に食べるというものですよね。コンビニ弁当みたいに1人で食べるものとは違う。

前田

そうなんですね。お花見弁当が他と決定的に違うところは、大勢用のものは必ずお酒入れが付いているんです。お皿は人数分付いていますが、酒杯は1つだけです。これは必ずそうなんですよ。なぜかというと、1つの杯をみんなで回しながら飲むというのは、「俺たちは仲間だよ。一蓮托生で、強固な結び付きですよ」という連帯を意味する。そのために杯を回して、1つの杯で飲む。

加藤

なるほど。

前田

私がコレクションした中で、酒杯が2個付いているものはありません。何人で食べても酒杯は1つだけ。お花見弁当は、ただ「食をする」という意味だけではない意味が込められているんです。

ベルトラン

日本の地域によって、弁当箱の形が違うということはありますか。

前田

場所によって、漆の塗り方が違ったりはしますが、形の違いはあまりないです。ただ、材料の違いはあります。あとは身分の上下によって、例えば高貴な人は、銀でできたものとか、すごい蒔絵が入ったものを使う。そうでない人は、孟宗竹などを半分に切った、簡単な竹の弁当箱です。山に入っていく木こりの人などが、腰に付けていく簡単なお弁当箱ですね。

「半端者」と言う言葉があるでしょう。あれは、働きの悪いやつは半分の竹のほうしか食べさせてもらえないところから来た言葉(半飯者)と言われています。

加藤

そうなんですね。

前田

加藤さんが御著書の中で、「お弁当を一口だけ残しておく。そうすると悪霊が出てきたときに、その一口を食べると悪霊は退散する」と書かれていますが、それも本当です。

一口残しておくのは、もう1つ理由があります。自分が遭難したとき、最後の一口を残しておいたことで、生き延びることができる。山で猟や木こりをやったりして無事に帰り着いたら、その一口を神さまに供え、「無事に戻りました」とありがたく感謝する。こういう精神性も日本のお弁当箱にはあるって、マタギのおじさんが言っていました(笑)。

ベルトラン

徳島県にしかない弁当箱があるそうですね。

前田

ああ、遊山箱(ゆさんばこ)ですね。女の子が7歳のときにもらう。いまでもあります。これは必ず3段と決まっているんです。

ベルトラン

いまそれを作れる職人さんがいないので、最近、それがあまりなくなってきたらしいです。

前田

ええ、だから代々お母さんの使ったものを娘が受け継いでいくという形になっているらしい。でも、最近また見直されてきて、遊山箱パーティーを始めたりしているところがあるみたいですね。

遊山箱って、何段目かにお菓子が入っているんです。それを女の子たちが野原でワーワー言いながら楽しむ。やっぱりお弁当というのは楽しいもので、〝ケ〟じゃなくて〝ハレ〟なんですよ。弁当箱は〝ハレ〟のときにしか使わない。

弁当箱を支える職人芸

前田

ベルトランさんはご自身で弁当箱のデザインも起こすんですか。

ベルトラン

たまにしています。いまオリジナルは10種類ぐらいで、よくプラスチックのメーカーさんに提案したりしています。

メーカーさんは石川県の山中町にあって、昔は漆器のお椀を作っていたのですが、80年代くらいに漆器をやめて、弁当箱を作るようになりました。加賀の山中温泉には、型を作る会社も、プラスチックの会社もあるから、そこで全部作れるんです。

職人さんが1つずつ作っているので、プラスチックの弁当箱ですが、すごく手間がかかっています。うちで一番売れているのは、その加賀で作っている弁当箱です。プラスチックだけどクオリティが高い。

前田

一番売れるのはやはりプラスチックですか。

ベルトラン

ええ、そこは日本と一緒ですね。扱いも楽だし、簡単に洗える。

前田

落としても割れないし。

ベルトラン

木の弁当箱も売っていて、会津工芸の弁当箱がよく売れています。あとは曲げわっぱですね。

曲げわっぱは秋田杉で作るので、何個作れるかは毎年決まっています。樹齢100年ぐらいの木を採って、1年間置いてから作るので、とても手間がかかります。でも海外のコレクターの人は「この職人が作った曲げわっぱが欲しい」と言ってきます。

前田

曲げわっぱはいま外国の方がすごく注目していますね。例えばワインなどを冷やすために、金属のワインクーラーに氷を入れると、周りに水滴が付いてしまうでしょう。曲げわっぱは付かないんですよね。

中にごはんを入れると、水蒸気を吸うからおいしい。昔、炊いたごはんをお釜からお櫃に移したじゃないですか。あれと同じです。

加藤

そうですね。

ベルトラン

フランスに帰ったとき、三ツ星レストランに行ったら、いろいろな種類のパンがあって、それがお櫃に入って出てきたんですよ。機能的なのはもちろんですが、日本のものをちょっと取り入れると、おしゃれに見えるんですね。

前田

おしゃれだね、たしかに。

ベルトラン

外国の人には「これは職人さんが作ったこの1個しかない」というのが魅力的なんです。日本人にはあまりピンと来ないかもしれません。

加藤

だからこそ、弁当箱を作る職人さんにとってはチャンスでもあるんですね。

前田

いまは漆採集の漆搔き職人が減っています。また、漆を搔くための漆搔き刀も、作る人が少なくなっている。日本は、戦前は1万トン以上漆があったけれども、いまはもう国産漆の生産は数トンだと思います。「japan」って小文字で書いたらこれは漆器のことです。この「japan」を、大事にしないといけない。

わっぱもいま、職人が少ないでしょう。わっぱは、昔は漆器に比べて安物でした。いま、わっぱのお弁当箱なんて何万円もしたりします。ベルトラン 一番安いのが8000円からで、3万円くらいまであります。うちでも、注文してだいたい3カ月から半年ぐらいお待ちいただきます。日本人のお客さんからも注文が来ますね。

前田

あの木の香りがいい。わっぱの綴じ面は山桜の皮で綴じますが、皮は夏の間しか採ってはいけないんですよね。桜皮のヒモを通してピュッと締める。それも含めて1つの絵模様景色になっているんです。僕に言わせれば、これこそ日本人の感性、美意識です。

体に良くてエコ

加藤

お弁当のいいところはたくさんありますが、もちろん安上がりというのと合わせて、健康にいいというところですね。外食をするとどうしても塩分が多かったり、添加物なども気になる。その意味でもお弁当はすごく体にいいなと思います。

ベルトラン

もちろんヘルシーだし、あと社会のためにすごくいいと思います。素材をゼロから買って、自分で弁当を作るってとてもエコなことだと思います。農業にとってもいいことです。全部コンビニの弁当になると、あまりエコじゃない。プラスチックのゴミも出るし。

前田

いま学校で「食育」がよく言われます。「食は文化なり」ですよね。料理だけでなく、その素材である野菜は、米はどうやって作られているのか、子供たちが学んでいます。

ベルトラン

ええ、フランスで「la Semaine du Goût」(味覚の1週間)というイベントがあります。日本でもやるようになりましたが、全国の学校で1週間、給食が特別なメニューになります。有名シェフが考えたメニューで、近くの農家の野菜を使います。授業でも、この食材はこうしてできているとか、給食に普通出ない食材の味を子供に教えています。

前田

それはいいですね。

ベルトラン

そういうときに、お弁当のコンテストもやります。お弁当は、そういう文化とすごく合うと思いますね。

前田

ただお弁当文化を紹介するだけではなくて、日本の食文化全般を紹介していただいているというのはうれしいかぎりですね。

ベルトラン

もちろん弁当箱を販売していますが、たまに取材で「弁当箱、大好きですか」って聞かれたりするんです。そうでもない(笑)。やはり食べ物が好きなんです。そして、日本人にも、もっと弁当箱を使ってほしいし、料理を作ることを大事にしてほしいと思っています。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。