慶應義塾

塾長室だより No. 25 AIと勝負するということ:世界最高峰のAIキャンパス実現に向けて

公開日:2026.02.17

慶應義塾長 伊藤公平

慶應義塾は、これからの3年間で世界最高峰の人間中心のAIキャンパスの構築を目指す。人間中心とは、最先端のAIを創り、最先端のAIと勝負する人々が集うキャンパスを意味する。私は本年(2026年)の

年頭の挨拶の後半で、AI時代にこそ必要なのは好奇心であることを強調した。まずはその部分を以下に引用する。

-引用始め-

『今の若者は生成AIになんでも相談します。生成AIは相手を否定することがなく、どこまでも寄り添い、いつまでも対話に付き合ってくれます。並行して若者達はSNSを通して友人や一般の人間と繋がりますが、こちらの方は常に炎上や仲間外れと背中合わせです。既読となるとすぐに返信しなければというプレッシャーもある。こうなると人間社会で最も重要であるはずの、人間同士の直接の人付き合いはどうなっていくのでしょうか?私の考えでは、このような時代の教育機関の最大の務めは、好奇心を徹底的に育てることです。先の1月5日の日本経済新聞朝刊に私の教育に関する投稿が掲載されました。そこには次のように記しました。

「人間が精神的な自立と尊厳を保つために最も重要なのは好奇心であり、それは行動力、向上心、そして人とのつながりの源泉でもある。生成AIに対しても、好奇心をもって多様な問いを投げかけ知識や想像力の幅を広げる人は成長する。一方で、生成AIを単なる効率化の道具としか見なさない受動的な人では成長は難しい。

好奇心を育てるうえで、初等中等教育は極めて重要である。小中学校では、好きな教科等を学年の枠を超えて徹底的に伸ばし、その特技を仲間に教えることでさらに成長できる環境が望ましい。高校では、幅広い教養を身につけることが理想である。教科の枠を超えて、人文科学、社会科学、自然科学、医学など、さまざまな分野の「本物」に触れる。AI時代だからこそ、小中学校で育んだ好奇心と基礎学力を土台に、高校で文理を横断するリベラルアーツに浸ることで、自分の関心や進むべき方向性が次第に見えてくる。」

皆さん、これを実践できる小中高はどこだと思いますか?もちろん慶應義塾の一貫教育校です。そして大学においては、好奇心旺盛な塾生の期待に応える授業、課外活動、留学機会等を準備し、最先端のAIといったデジタルインフラをも好奇心の対象として用意して、教育と研究を大いに発展させるのが私達の目標です。好奇心に満ち溢れた塾生は学校のすべてのリソースを使い倒します。だからこそ慶應義塾が最高のリソースを用意していくのです。好奇心に満ち溢れた塾生は自分のペースを保ち焦りません。だからこそ慶應義塾は塾生たちにたくさんの寄り道の場を与えて、卒業後も福澤先生のように、様々な学びと挑戦を継続する人となり、社会貢献に尽くしてもらいたいと思います。そのような慶應義塾の発展に益々のご支援をお願いして私からの年頭の挨拶と致します。』

-引用終わり-

本稿はその続編であり、AIと勝負するという趣旨について説明したい。

将棋の藤井聡太氏は最強のAIと勝負することで人間棋士としての高みを得てきた。AIを活用するのではなくAIと戦ってきたのだ。ルールが定まった将棋というボードゲームではAIの方が人間より強いことを藤井棋士は認めている。現代の最強AIは将棋のすべての展開を瞬時に俯瞰して最強の手が繰り出せるからだ。しかし、人間の能力では指し手の可能性は莫大すぎてその一部しか検討できない。藤井棋士が感動的なのは、人間では到底網羅できない膨大な空間の中で驚きの一手すなわちイノベーションを繰り出すことであり、これが最強のAIと正しく真剣に勝負している成果なのである。

社会科学者の吉見俊哉氏も近著「自己との対話:社会科学者、じぶんのAIと戦う(集英社新書)」で「AI吉見くん」との勝負を披露している。AI吉見くんは、過去約45年間にわたる吉見氏の著書、論文、エッセイ、インタビュー記事、活字にならなかったノートなどをAIに徹底的に読み込ませて学習させることによって完成させた吉見氏の分身AIである。様々な時事問題に関する対話で、吉見氏がAI吉見くんを徹底的にやっつける様子は感心の連続で痛快である。この本は、人工知能に負けない人間の知性のあり方を我々に考えさせてくれる。

では、慶應義塾キャンパスで繰り広げるべきAIとの勝負とは何か。慶應義塾の目的は、教育・研究を通じて全社会の健全な発展に貢献することである。そのために私たちは、教育と研究に取り組み、さまざまな社会連携を進めてきた。しかし教育の対象は生身の人間であり、研究の領域も多岐にわたる。将棋のように、ルールで正確に定義された範囲内で勝敗が決まる世界ではない。ましてや「本物の吉見氏」と「分身AI」を比べて出来を判定するような基準があるわけでもない。教育・研究は、どれほどAIが発展しても、決して完全には網羅できない無限の広がりを持つ。そしてそれは、社会の在り方や経済活動についても同じである。だからこそ私たちには、AIに委ねきらない人間としての主体性やチームワークが必要になる。文明の利器としてのAIが発展し始めた以上、それを排除することは不可能である。ならば私たちは、AIと共存しながらも、人間として主体性を発揮し続けるための勝負を続けなければならない。そして勝負の相手は、最強のAIでなければ意味がない。だからこそ慶應義塾は、先進的なAI研究を推進し、最先端のAI企業と連携し、塾生と教職員に最高水準のAI環境を用意する。同時に、AI社会において人間の主体性を確保するための法制度や倫理の整備をリードしていく。*1

先進的なAI研究は慶應義塾大学グローバルリサーチインスティテュート(KGRI)に設置された様々なセンタープロジェクトが推進している。特に慶應AIセンターは、AI・ロボティクス世界トップのカーネギーメロン大学と組んで最先端のAI研究に産学協同で取組むフラッグシップであり、我が国のAI研究を牽引するセンターである。

塾生たちがAIと正しく向き合うためには、まず自らの日常がどのように形づくられているのかを理解する必要がある。スマートフォンの画面を開けば、その人の好みや関心、価値観に合わせた情報が、AIによって自動的に提示される。インターネット検索でも、過去の閲覧履歴や行動履歴に寄り添う形で、AIが検索結果を最適化して表示する。こうした仕組みは便利である一方で、情報の偏りを静かに拡大させていく。私たちはその影響を決して軽視してはならない。気づかぬうちに思考が誘導され、判断の主導権がAI側に移ってしまう危険があるからである。だからこそ、AIに主体性を奪われないための勝負勘を、塾生のうちから学ばなければならない。AIを使いこなしているつもりでも、実際にはAIに誘導され、支配されている人は少なくない。学業においても研究においても、そして卒業後の仕事においても、最強のAIと向き合い勝負して独自性を発揮できる人だけが、独立自尊を保てる時代が到来しつつある。よって慶應義塾においてはAI時代の独立自尊を主題に据えた教育プログラムの開発を進める。

教職員においては、すべてのタスクでAIと戦うのではなく、自らの能力で十分な目利きができる仕事や単純な事務作業はAIに任せて、そのアウトプットには責任を持つ力が問われるようになるであろう。それによって時間を作り出し、創造的な教育の設計や、先端的な研究の推進や、高度な学事運営に専念するのである。自らの仕事が高度になればなるほどAIとの協調と勝負に基づく主体的な任務遂行が不可欠である。しかし、各人が孤軍奮闘して成し遂げる必要はない。教職員が互いの知見を共有し知恵を出し合うこと、それができる環境をAIをも活用して作り出すことが重要なのである。このような主体性とチームワークを育むためには、教職員にとっても好奇心に基づく様々な寄り道が重要で、AIやITから離れて学んで考える時間も必要であろう。IT端末の電源を切って、人間同士の生身の付き合いやスポーツや趣味などの活動で力を合わせることの重要性は強調しても強調しきれない。

私はテニスが大好きだ。テニスではポイントを取ったり取られたりしながら最終的な勝利を目指す。同じように最強のAIと勝負してポイントを取ったり取られたりしながらもそれぞれのタスクでの最終的な勝利を目指すことで、自らの独立自尊を保ち、皆でAIと勝負するチームワークを育み、想像力と創造力を発展させるのがAIキャンパスでの教育と研究であり、これからの仕事の仕方でもある。

以上