慶應義塾

量子情報で生活は変わるのか

公開日:2026.03.10

 スマートフォンの中だけでなく、街や工場、医療現場までセンサとネットワークが張り巡らされ、デジタルツインとAIが意思決定を支える時代になりました。製造ラインの稼働状況をリアルタイムに再現したり、交通の流れを予測して信号制御を調整したり、個々人の健康データを解析して予防につなげたりと、私たちは大量のデータを集め、予測し、最適化することで、便利さと安全性を少しずつ高めています。その一方で、計算量や電力、そしてプライバシーの制約も年々厳しくなっています。

近未来に社会実装が進む基盤技術として、量子コンピュータ・量子インターネット・量子センサなどを組み合わせた量子コンピューティングが注目されています。量子は重ね合わせや量子もつれといった性質を情報処理に利用するため、従来の計算機では追い付けない計算を実行したり、現在のインターネットでは運用しにくいアプリケーションを実現できる可能性があります。量子センサが「見えない変化」を高感度に捉え、量子コンピュータが膨大な探索や最適化を肩代わりし、量子インターネットが量子情報をやり取りできるようになると、デジタルツインやAIの精度や更新頻度、そして個人情報の安全な共有の仕方や使い方そのものが変わるかもしれません。

 例えば、クラウド上の量子コンピュータに対して、計算内容や結果を秘匿したまま処理を依頼する秘匿型量子計算や、離れた量子コンピュータ同士を接続して計算空間を拡張する分散型量子計算などが提案されています。これらは、医療やライフラインのようにデータを外に出しにくい領域と相性が良い一方で、量子デバイスはまだ高価で繊細です。だからこそ、性能だけでなく「どう運用するか」「どこまでコストが見合うか」を現実的に見積もる視点が重要になります。

 私たちの研究室では、量子計算の性能を引き出すミドルウェアやコンパイラ、量子インターネットのセキュリティ設計、量子もつれを用いたアプリケーションの運用コスト定量化などを、理論と実装の両面から進めています。さらに、学内外で生まれた成果を有機的に結びつけ、量子インターネットOSの開発も組み合わせながら、実機とシミュレータが連動した量子インターネット・アプリケーションのテストベッド構築を目指しています。量子情報で生活が変わるかどうかは、物理実装だけでなく、情報領域の適切な設計も不可欠です。デジタル情報・量子情報を組み合わせた次世代の社会を一緒に作っていきましょう。

テストベッドでは、このようなプロトコル・量子回路・光学実験系が量子インターネットOSを介して統合されていく