登場者プロフィール
阿部 真志 (あべ まさし)
(長野県須坂高校出身) 2006年3月 慶應義塾大学理工学部物理学科卒業 2008年3月 慶應義塾大学大学院理工学研究科基礎理工学専攻前期博士課程(修士課程)修了 2008年4月 ソニー株式会社入社 2015年3月 慶應義塾大学大学院理工学研究科基礎理工学専攻後期博士課程(博士課程)修了 2015年4月 日本電信電話株式会社博士研究員 2017年4月 中央大学理工学部物理学科助教 現在に至る
阿部 真志 (あべ まさし)
(長野県須坂高校出身) 2006年3月 慶應義塾大学理工学部物理学科卒業 2008年3月 慶應義塾大学大学院理工学研究科基礎理工学専攻前期博士課程(修士課程)修了 2008年4月 ソニー株式会社入社 2015年3月 慶應義塾大学大学院理工学研究科基礎理工学専攻後期博士課程(博士課程)修了 2015年4月 日本電信電話株式会社博士研究員 2017年4月 中央大学理工学部物理学科助教 現在に至る
これが読まれている時点でコロナがどれほど収束しているかはわかりませんが、みなさんは健康に過ごされているでしょうか。
日本でも最近多くなってきましたが、私は大学・大学院(修士)と進んだあと、一度社会人を経験し、再度、大学院(博士)に戻りました。それらの経験も含めて書いていきますので、少しお付き合いください。
理工学部(物理学科)の志望理由
多くの理系の高校生と似ているかもしれませんが、中学で理科に興味をもち、比較的数学も得意であったので、それらを深く勉強し、活かしていきたいということで理工学部、特に物理学科を目指しました。「双子のパラドックス」といったアインシュタインが考えた相対性理論について書かれた本を高校時代の夏休みに読み、これはおもしろそうだなと思った記憶があります。こういったことも物理学に進んだ理由になっていると思います。
学部時代
理工学部の入学は「学門〇」(〇には数字が入り、1から5で、物理学科は1)で分けられていましたが、1年生では「学門〇」に関係ない第二外国語(私の場合はドイツ語)のクラス単位で授業を受けることが多かったです。私は大学ではアルバイトと学業のみに追われ、部活動・サークル活動と無縁でしたが、このシステムのおかげで他学科の友人を作る機会を得ることができました。そのクラスで仲良くなった友人とは、学生時代を通じて集まっていました。
2年生では学科分けがあり、私は無事に第一希望の物理学科に進級できました。1学年40人程度で高校のクラスに戻ったような感覚でした。学科の友人との思い出としては、3年生の実験になります。この授業は通年で月・金の午後の3コマが使用され、だいぶ時間に余裕をもちながら実験に取り組むことができたので、パートナーになった人と実験に取り組みつつも、ときには雑談もはさみといった感じで、親交を深めることができました。4年生になると研究室配属ですが、入学当初自分は理論がやりたいと思っていたので、理論研究室に入りましたが、ものを触って物理を明らかにする方に興味が移っていき、修士からは佐々田研究室(レーザー物理の研究室)へと移りました。
私は教職課程も履修していましたが、免許取得までには多くの苦労をしました。中・高の理科免許を取得(現在は更新未受講状態)したのですが、卒業単位以外に40単位近くとらなければならず、またレポートや教育実習・介護等体験といったものにも追われ、大変だったことを覚えています。ただ、母校での教育実習は「教える」という場をえることができ、現在の教育の現場に立つうえで非常に役立っていると感じています。
研究室でのはなし
修士からは博士課程までお世話になる佐々田研究室で研究活動を行いました(今は長谷川研へと引き継がれています)。佐々田研はレーザー物理の研究室です。そのなかでも私は分子のレーザー分光というテーマに興味があったので、その研究に取り組みました。レーザーというと赤色や緑色の光を出す装置と思われるかもしれませんが、私は目に見えない赤外レーザーを開発していました。目で見えないことに加え、この波長域の光の検出には液体窒素を使った装置を必要とするなど、様々な実験的な困難があります。このような難しさはありますが、分子の状態を変化させるのに赤外レーザーは適しています。このレーザーの開発と分子の状態変化を明らかにすることで学位を取得しました。
研究室での行事の1つに先生方の誕生日の際には学生がケーキを作り、祝うというものがありました。佐々田先生の「料理のうまさと実験のうまさには相関がある」という言葉を信じて、私たちは一所懸命にこれに取り組みました。
社会人
修士修了後にソニー株式会社へと入社しました。ブルーレイディスクプレイヤーの光ピックアップという装置の設計・開発にたずさわり、商品を無事に世の中に送り出すことができました。メーカーと呼ばれる会社と大学の理工学部は両方とも理学・工学の知識を生かしていくという点は同じではあるのですが、決定的に違うこととしては会社の業務は利益を生み出す必要があるという点です。大学院のころのように自分の取り組んでいるものにずっと専念していればいいだけではすまず、決められた時間で成果を出す必要があります。このあたりが入社直後、効率的に仕事ができず、悩まされたところでした。
社会人から博士課程、その後
ソニーでの仕事は非常に有意義だったものの、修士のころに抱いていた研究へのあこがれを捨てることができずにいました。佐々田先生に相談したところ、博士課程への進学をこころよく受け入れてもらえ、なんとか3年間で学位を取得することができました。この3年間の中で短期留学や国際学会発表なども経験することができ、苦手な英語の力も多少は伸びたと思います。
学位取得後は日本電信電話株式会社(NTT)の先端集積デバイス研究所で博士研究員としてお世話になりました。ここでは、半導体や光導波路といった光通信を支えるデバイスの研究をしており、その応用研究に取り組みました。光通信についてはまったくの素人でしたが、知らなかった知識を吸収しながら、研究にはげみました。光通信では情報をもった光を何千キロと伝搬させますが、その実験に立ち会えたのはよい経験です。
その後、中央大学の助教に着任し、レーザー物理の中でもホットトピックスな「冷たい原子(冷却原子)」を使った研究に取り組むとともに教育にたずさわっています。冷却原子は量子コンピューターをはじめとした量子操作の実証に最適であり、現在は新しい量子状態の操作手法を実験的に証明しようとしています。なかなかうまく研究が進まないことも多いですが、研究室のメンバーと協力しながら、少しずつ未知であった物理現象を解明していき、新しい量子状態の操作を実現できればと思っています。この1年半ほどはコロナの影響で通常の研究・授業ができない状況ですが、教員同士で知恵を絞りながら研究の仕方やよりよい授業方法を模索しています。