慶應義塾

[第176回]石川 隆昭

登場者プロフィール

  • 石川 隆昭(いしかわ たかあき)

    (慶應義塾高等学校出身) 2007年3月 慶應義塾大学理工学部物理情報工学科卒業 2010年3月 慶應義塾大学大学院理工学研究科基礎理工学専攻前期博士課程修了 2015年3月 筑波大学医学群医学類卒業 2017年3月 初期臨床研修(川崎市立川崎病院)修了 2017年4月 筑波大学附属病院脳神経外科 現在に至る

    石川 隆昭(いしかわ たかあき)

    (慶應義塾高等学校出身) 2007年3月 慶應義塾大学理工学部物理情報工学科卒業 2010年3月 慶應義塾大学大学院理工学研究科基礎理工学専攻前期博士課程修了 2015年3月 筑波大学医学群医学類卒業 2017年3月 初期臨床研修(川崎市立川崎病院)修了 2017年4月 筑波大学附属病院脳神経外科 現在に至る

この度は塾員来往に寄稿させて頂く機会を頂きましてありがとうございます。

現在私は大学院に在籍しながら筑波大学附属病院脳神経外科で医師としても勤務をしています。理工学部から医師への転向といった変わった道を進んでいますが、進路を考えている方々にこのような進路もあるのだなと思って頂ければと思います。

高校

高校から慶應義塾に入り、バスケットボール部に所属していました。受験に囚われず、部活動以外の記憶が無いぐらい打ち込み、今でもこれ以上に厳しい(楽しい?)生活はないぐらいです。進路は理系科目、特に物理が好きだったので悩むこと無く理工学部を選択しました。

大学・研究室

理工学部で学んだ数学や物理は高校までのものよりも難しく感じましたが、一つのことをじっくり考えることが増え、答えを出すことよりも考えている時間が好きでした。学科に関しては基礎から応用まで幅広い分野を学べる物理情報工学科を選択しました。学科選択時には将来医療工学系の職に就こうかと漠然と考えていましたが、研究室配属を考える頃には医師免許を持っていれば将来工学や医学どちらからアプローチするにせよ役立つのではないか、と考えるようになっていました。

的場教授と研究室にて

研究室選択は実験が好きだったこと、そして何より面白い人材を世の中に送り出したい、と仰っていた的場正憲先生の人柄に惹かれ的場研究室に入りました。研究室では先輩、後輩、そして教員とも垣根がなく、自由に考えを言い合い、議論し研究生活を送っていました。慶應義塾に在籍した高校から大学院までの生活は、一人の個として独立した人格を互いに尊重し、互いに刺激し合うとても素晴らしい時間を過ごすことができました。

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的場研究室の仲間と
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医学部・医師

医学部は学士・修士を持っていることもあり、筑波大学医学群医学類の編入学試験を受験し入学しました。筑波大学には当時国立大学で唯一陽子線治療器を有し、基礎生物学的な実験応用もされていました。編入学後は坪井康次先生(前職筑波大学医学医療系陽子線医学利用研究センター教授、現つくばセントラル病院腫瘍センター長)のご指導の下、大学院博士課程の学生とともに実験をさせて頂きました。またその時に扱っていた細胞が脳腫瘍細胞由来であったこと、そして脳神経外科の病院実習で実際に人の脳とその精緻さを体感したことで専門科目を脳神経外科に決めました。

医師免許を無事取得し初期臨床研修を終え、筑波大学脳神経外科に入り、現在筑波大学附属病院で脳神経外科医として勤務しています。また大学院進学を希望していましたので、その希望も通して頂き、本年度から博士課程にも在籍しております。臨床と研究の両立に苦労することもありますが、毎日忙しくも充実した日々を送っています。

現在の仕事

慶應義塾、筑波と2つの大学に所属させて頂きましたが、在籍してみるとその雰囲気は驚くほど違っています。しかし何れの機関においても、人に恵まれ自分は好きなことをやってこられました。好きなことをさせて頂いている以上、今後少しでも社会に還元できるよう努力していきたいと思っています。また将来、この取り留めのない拙い文章を読んだ方と塾員、医師、研究の場でお会いし、交流の和ができましたら大変嬉しく思います。