慶應義塾

[第120回] 元井 直樹

登場者プロフィール

  • 元井 直樹(もとい なおき)

    (兵庫県立豊岡高等学校出身) 2005年3月 慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学科卒業 2007年3月 慶應義塾大学大学院理工学研究科総合デザイン工学専攻修士課程修了 2010年9月 慶應義塾大学大学院理工学研究科総合デザイン工学専攻博士課程修了 2007年4月 トヨタ自動車株式会社入社 2010年4月 横浜国立大学大学院工学研究員研究教員 2014年1月 神戸大学大学院海事科学研究科講師 現在に至る

    元井 直樹(もとい なおき)

    (兵庫県立豊岡高等学校出身) 2005年3月 慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学科卒業 2007年3月 慶應義塾大学大学院理工学研究科総合デザイン工学専攻修士課程修了 2010年9月 慶應義塾大学大学院理工学研究科総合デザイン工学専攻博士課程修了 2007年4月 トヨタ自動車株式会社入社 2010年4月 横浜国立大学大学院工学研究員研究教員 2014年1月 神戸大学大学院海事科学研究科講師 現在に至る

この度は、塾員来往への執筆機会を頂き、関係者各位の方々に心より感謝を申し上げます。若輩者ではございますが、私が感じる慶應義塾大学について僭越ながら記させて頂きます。私は、学部4年、修士2年、博士2年の合計8年間の大学生活を慶應義塾大学で過ごしました。この8年間の学生生活を振り返ってみると、研究室やサークルでの楽しい日々が思い出されます。また、学生時代の様々な経験が、今の私の大きな財産であり、現在の生活の基礎となっていると感じます。私の学生生活の記憶を中心に、その後の社会人生活までを簡単ではございますが、記させて頂きます。

理工学部システムデザイン工学科へ

中学・高校生時代から理系科目が好きで、気付けばいつかは研究者となり、様々な研究を行うことを夢見ていました。工作などのものづくりが好きで、特にロボットに対する強い憧れがありました。そのため、大学入試ではロボットと言えば機械という考えから、機械学科への進学者が多い学門4を選択し、慶應義塾大学に入学しました。その後、学科配属等の説明会において、横断的な学問体系に魅力を感じ、システムデザイン工学科を選択しました。この2年進級時に学科を決める「学門制」という制度が、今の私の人生に大きく影響していると思います。高校時におけるイメージのみでの学科選択ではなく、大学進学後に実際の研究室を訪問し、様々な研究を見学してからの学科選択により、より将来へのビジョンが明確化できました。システムデザイン工学科においては、クラスの仲間にも恵まれ現在の仕事に直結する多くの知識を学習できたと感じています。

また、大学生活の楽しみの一つであるサークル活動においてはテニスサークル「慶球会硬式庭球部」に所属し、テニスや飲み会を楽しみ、大学生活を謳歌しました。特に、夏休みや春休みの長期休みを利用してのサークルの合宿では、昼はテニス、夜は飲み会漬けの日々を送りました。サークルで知り合った多くの仲間は、今でも連絡を取り合う人生のよき友人たちです。

慶球会硬式庭球部

研究室での日々

学部4年生での研究室配属では、大西公平教授主宰の研究室を希望し、念願かない配属となりました。配属されました大西公平研究室では、現在さまざまな大学で活躍されている多くの先生方が同窓としておられ、非常に刺激が多く、常に世界を意識した研究室でした。幸運にもこのような多くの刺激がある恵まれた研究室に配属されたこともあり、気が付けば自身も人の役に立つ研究がしたいと自然と考えるようになっていました。

研究においては、見た目が格好良い(笑)という理由から、パラレルリンク型ヒューマノイドロボットの押し動作制御の研究を行いました。学部4年生における卒業研究において、はじめて研究というものに触れ、研究の難しさを痛感しつつ、それ以上に研究の楽しさに没頭する日々を送りました。

学生時代にロボットと

修士になると幸運なことに国際会議等に複数回参加する機会を与えて頂き、世界の研究レベルの高さを肌で感じるとともに、自分の研究の立ち位置を知ることができました。学生時代に何度も国際会議に参加させて頂いた経験が、今の私の研究生活に大きく影響を与えています。国際会議に多く参加させて頂いた大西公平教授に深謝いたします。

国際会議での発表の様子
国際会議にて大西先生と

トヨタ自動車株式会社へ入社

修了式にて

修士を修了し、ロボット技術を家庭内に実用化し、より多くの人々の生活を豊かにしたいと考え、愛知万博においてパートナーロボットの発表直後であったトヨタ自動車株式会社に入社しました。入社後は、迷うことなくパートナーロボット部を希望し、配属となりました。その際、部署配属の相談に親身に乗って頂き、その後、同僚として一緒に働かせて頂いたのが平哲也さんです。会社に就職した後も、慶應義塾大学の持つつながりの強さを感じました。パートナーロボット部に配属後は、希望のロボット開発を行い、忙しくも楽しい日々を過ごしました。

一方で、もっと自身の研究を深化したいという気持ちが芽生えるようになり、後期博士課程への進学を決意しました。月曜日から金曜日は愛知県豊田市にて仕事を行い、週末は矢上キャンパスや新川崎タウンキャンパスにて研究という、二足の草鞋の生活を2年間行いました。多忙であり体力的な厳しさはありましたが、自身の好きなロボットの研究開発の毎日であり、非常に充実した日々を送ることができました。

研究者生活のはじまり

博士課程終了後、中学生からの夢であった大学での研究をもっとやりたいと思いが日に日に強くなりました。そこで一念発起し、トヨタ自動車株式会社を退社、横浜国立大学の研究教員として研究に従事しました。この際にも、慶應義塾大学の先生方や研究室の諸先輩方が親身に相談に乗っていただき、慶應義塾大学の持つつながりの強さを再度感じました。2014年1月からは、地元である兵庫県の神戸大学において講師として働いています。2015年4月からは、自身が主催する研究室を持つ予定です。

元井研究室

最後に

このように私の慶應義塾大学での8年間を振り返ってみると、今研究者として働けている私の基礎は、慶應義塾大学の生活において形成されたものだと感じます。また、人生の節目節目で慶應義塾大学の持つつながりの強さを感じています。慶應義塾大学における塾生の時から、塾員になった今でも自身が望み前進し続ければ、先生方、友人や研究室の諸先輩方、後輩の皆さんなど多くの人々がそれに呼応してくれ、切磋琢磨できる恵まれた環境であると感じます。「好きこそものの上手なれ」という言葉もありますが、自身の興味があることをとことん突き詰めていけば、おのずと将来の輪郭が見えてくるのではないでしょうか。私の経験が、理工学部の受験を考えている中高生の皆さんにとって将来をえがくヒントになれば幸いです。