慶應義塾

[第111回] 石野 雅也

登場者プロフィール

  • 石野 雅也(いしの まさや)

    (慶應義塾志木高等学校出身) 1992年3月 慶應義塾大学理工学部物理学科卒業 1995年3月 京都大学大学院理学研究科修士課程修了 2000年9月 京都大学大学院理学研究科博士課程退学(10月学位授与) 2000年10月 東京大学素粒子物理国際研究センターポスドク、半年後、助手 2009年7月 高エネルギー加速器研究機構准教授 2011年6月 京都大学大学院理学研究科 物理学・宇宙物理学専攻准教授

    石野 雅也(いしの まさや)

    (慶應義塾志木高等学校出身) 1992年3月 慶應義塾大学理工学部物理学科卒業 1995年3月 京都大学大学院理学研究科修士課程修了 2000年9月 京都大学大学院理学研究科博士課程退学(10月学位授与) 2000年10月 東京大学素粒子物理国際研究センターポスドク、半年後、助手 2009年7月 高エネルギー加速器研究機構准教授 2011年6月 京都大学大学院理学研究科 物理学・宇宙物理学専攻准教授

私が慶應大学矢上キャンパスにやってきたのは、今から20年以上も前のことです。物理学科の9期生として、比較的若い組織に加わりました。学科全体の運営が軌道に乗り、目立った成果が学部生の私たちの耳まで、ちらほらと聞こえてくる、そんな活気があふれるタイミングで、大学生活の後半2年間をすごしました。「矢上での生活」・・・ 自分で言うのもなんですが、よく勉強したな、と思います。本当のところは、長い時間をかけて勉強することで、初めて触れた量子力学を理解するための道具に、なんとか、なじんでいったのだと思います。(今だに、量子力学を理解したとは、到底思えない)

授業と対になった演習の授業では、先生が骨のある基礎的な良問を用意してくれて、毎晩、矢上の図書館の閉館時間まで友達と一緒にとりくみました。これは最高に楽しい思い出です。単に問題を解いて終わるのではなく、友達や1年上の先輩を巻きこんで議論を深めつつ、多角的に問題をいじくることで、題材が持つ面白さが立体的に浮かんでくることが何度かあり、そんな時は、物理をやっていて本当によかった、と心の底から思ったことを記憶しています。また、そうやって物理を語りあえる友達・先輩に恵まれたのは、本当にラッキーだったな、と思います。物理を「語る」、と書きましたが、確かに文字通り、よくしゃべっていたなと思います。演習に限らず、実験、卒業研究、どんな課題に取り組む時も、何かしら常にしゃべっていたような気がします。大学3年生は、量子力学をはじめ、膨大な量の新しい概念に触れるタイミングですが、人に説明をすること・人の説明を聞くことを通して、理解の不具合を修正し、正しい概念を定着させていたのでしょう。周りの人間からは重宝されていたか、迷惑に思われていたか、多分どちらもあったと思いますが、思う存分、論理・理解の検証をする相手になってもらいました。慶應大学でなくても、そんな場や空気をもっている大学はあると思いますが、高いレベルでそんなチャンスが転がっている大学であることは、学校選択の動機になりえる重要なポイントかな、と思います。

それでも、矢上を去る → 京都へ →Genevaへ

付属高校から大学までの7年間、慶應の空気に浸って過ごし、居心地はよかったのですが、私がどうしてもやりたかった素粒子物理の研究室は慶應大学に存在せず、その点では迷うことなく外の世界に出ると決め、縁あって京都大学の大学院に進学しました。2008年にノーベル賞を受賞された南部陽一郎先生が基礎的な概念を発表した、カイラル対称性の破れによってハドロンが質量を持つ、という理論的なアイデアに対して実験的な証拠をみつけることを研究テーマとして、修士2年+博士3年を実験装置の開発に費やし、さら留年を3回くりかえしてようやく、データ取得・解析・ドクター論文までを完成させました。規定年限の5割増しの時間がかかっていますが、実験物理屋としての基礎体力は、この期間によくよく身についたように思います。

その後、GenevaにあるCERN研究所に9年半滞在し、今度は素粒子が質量をもつ仕組みを考える上でキーポイントになる、ヒッグス粒子を発見するための実験にたずさわり、今に至ります。2012年7月の新しい素粒子の発見についての新聞報道、2013年のノーベル物理学賞を通じて、この成果を知った方も多いと思います。私自身は、ヒッグス粒子がμ粒子を含んで崩壊するイベントを捉えるための実験装置を、イスラエルの仲間と共同制作し、巨大なシステムとして組み上げる際の国際色豊かなチーム(パキスタン・イスラエル・中国・アメリカ・西ヨーロッパの国は数えきれない)の現場監督を務め、さらに検出器の運転・性能評価といった一連の作業・研究をやってきました。今回の新粒子発見に欠かせない、実験装置の開発・運転に成功したという点で、本当によかったなと思っています。

これで真に新しい素粒子物理の世界を拓くための準備が整いました。本当のお楽しみはこれからです。「慶應で学んだことが、その後の研究生活に活きたか?」と問われれば、やはり「yes」でしょう。友達と物理を語る中で身についていった、物理の基礎、知らないことに臆せずアプローチしていく方法は、今も、そしてこれからも、研究を進めていく上での大切な土台になっていくと思います。

CERN研究所にて(CERN研究所提供)