登場者プロフィール
長尾 辰哉(ながお たつや)
(静岡県立沼津東高等学校出身) 1987年3月 慶應義塾大学理工学部物理学科卒業 1989年3月 慶應義塾大学大学院理工学研究科物理学専攻修士課程修了 1991年7月 慶應義塾大学院理工学研究科物理学専攻博士課程退学 1991年8月 群馬大学工学部共通講座助手 2003年4月 群馬大学工学部共通講座助教授 2007年4月 群馬大学大学院工学研究科電子情報専攻准教授 現在に至る
長尾 辰哉(ながお たつや)
(静岡県立沼津東高等学校出身) 1987年3月 慶應義塾大学理工学部物理学科卒業 1989年3月 慶應義塾大学大学院理工学研究科物理学専攻修士課程修了 1991年7月 慶應義塾大学院理工学研究科物理学専攻博士課程退学 1991年8月 群馬大学工学部共通講座助手 2003年4月 群馬大学工学部共通講座助教授 2007年4月 群馬大学大学院工学研究科電子情報専攻准教授 現在に至る
慶應義塾理工学部物理学科を卒業後、理論物理の研究教育スタッフとして地方国立大学に奉職。『塾員来往』の従来の執筆者の方々のご体験と比べ、地味でドラマ性も皆無。そのような自覚にも関わらず、原稿をお受けしたわけは後述するとして、高校生のときには慶應義塾も物理も構想になかった筆者が、卒業後に物理研究者に化けているのは、本塾の入学者への「教育力」の賜物かなと感じている心境を綴ります。
進路選択
高校で理系コースを選んだものの、本当は世界史の先生に憧れ、物理は苦手でした。実際、初めての物理試験(高2)ではクラス最低点をとり(実話)、それに奮起して物理が得意になった!わけでもありません。六大学野球で一番好きなのは慶應(福島監督のファンでした。)、志望大学は地元の国立か東京の大学がいいなあ程度。そんな(大学側からは歓迎されそうにない)高校生が本塾を選択し、物理を専攻した契機は、2つの謎のご託宣です。
ご託宣その1「××大はやめて慶應にしなさい」
発言者は父の知人の××大教授です。高校卒業時、本塾と××大のどちらへ入学手続きすべきかの助言を求めてお会いした際、初対面の彼による開口一番のセリフです。一応それから「福翁自伝」を読み、本塾入学を決意しました。
ご託宣その2「こんなに高校の物理がだめだと、大学の物理が好きになるかもね」
(物理がご専門の)高2の担任による、面談の際のセリフです。これに対しては、理工学部初年時、力学の講義を受けたとき、謎が解けた気がしました。学問を学ぶことと、問題が解ける解けないを競うことの違いを実感したような。ご担当は物理学科の日向裕幸先生でした。3年後、理論研で卒論配属を決める際、迷わず日向先生のグループを選びました。
ご託宣に関する教訓は、信頼できる人の言葉は一考に値する、としておきます。
学部時代
受験勉強でない学習というのは本当に魅力的で、教養の2年間は、人文系や工学系の選択科目も積極的に履修しました。当時工学系の諸分野の学問内容をかじったことは、現在の職場で、工学基礎としての物理を工学部の学生に教育する上で、とても役に立っています。本塾理工学部が、理学、工学にバランスのよいカリキュラムを組んでいるのは、特に卒業後の財産だと思います。
大学院時代
大学院では理論研の中で米沢富美子先生のグループに在籍しました。先生にはタイトなスケジュールの中、準結晶と高温超伝導、当時流行のテーマを追求する筆者を忍耐強くご指導いただきました。修士論文作成に当たり、先生から「論文には両方の結果をまとめて。」とのご提案があり、2つ分の試練を堪能しました。提出用論文ファイルの背表紙に2つのタイトルを小さな字で書き込むのも大変でした。舞台裏では、論文テーマが2つなんて前例がない(非常識?)と物議を醸したようです。
理論物理というと、個人の孤独な営みをイメージするかも知れませんが、本塾の理論研の特徴の1つには、学年や所属グループの違いを越えた一体感の強さがあります。有志による輪講やゼミの開催、卒論・修論の締め切り時期の互助などは当然。平素より話題の軽重を問わず、誰とでも議論できる環境がありました。話題は物理の研究内容から、「地球環境と割り箸使用の是非」といった雑多なものまで。全国から集った価値観の多様な院生との交流で実感した、当時の知的興奮が筆者の将来を決定づけたと言えます。また、直接の指導教員か否かを問わず、先生方との距離の近さも特筆すべきでしょう。その上、筆者の未熟さ故か、高野宏先生、宮島英紀先生などには、就職後もお気に掛けていただき、アフター・ケアまで享受しています。
以上振り返ると、高校時代、理系の研究者というビジョンがなかった筆者の、今日があるのは、本塾理工学部というハードと、良き師と仲間というソフトの両面からのサポートが出発点だったとつくづく思います。進学時の動機は強い方が良いのでしょうが、多少見切り発車でも、本塾理工学部には「探せば何かある」こと請け合いです。
その後 - full circle -
博士課程を中退し、群馬大学工学部の共通講座に助手として着任しました。当該学部への塾員の採用は筆者が初めてと知らされ、緊張した記憶があります。奉職後は磁性や光(x線)散乱など、理論の分野で地道に研究を行っています。教育面では、これまで、物理(理学)を志す学生への教育機会がなかったことを少し残念に思っておりました折、宮島先生のご紹介で、理工学部の大学院生を相手に、半年間の講義(2009年春学期)を行う機会をいただきました。母校の後輩相手に教壇に立つという感慨は格別でした。また、現在物理学科のスタッフには、恩師の方々の他に、米沢グループ同窓の大橋さんや、高校の1年先輩の江藤さんといった懐かしい顔もあり、旧交を温められた上に、この記事の執筆依頼をいただいたり・・・