慶應義塾

[第68回] 西野 嘉之

登場者プロフィール

  • 西野 嘉之(にしの よしゆき)

    (岐阜県立大垣北高等学校出身) 1997年3月 慶應義塾大学理工学部情報工学科卒業 1999年3月 慶應義塾大学大学院理工学研究科電気工学専攻修士課程修了 2001年3月 慶應義塾大学大学院理工学研究科電気工学専攻 博士課程修了、博士(工学)取得 博士課程修了後 株式会社図研ネットウエイブ(株式会社図研グループ)取締役、 タック株式会社(イビデングループ)技術顧問を歴任 現在 株式会社メディネットグローバル代表取締役CEO 株式会社ヴァーチャル・エヌ代表取締役CEO

    西野 嘉之(にしの よしゆき)

    (岐阜県立大垣北高等学校出身) 1997年3月 慶應義塾大学理工学部情報工学科卒業 1999年3月 慶應義塾大学大学院理工学研究科電気工学専攻修士課程修了 2001年3月 慶應義塾大学大学院理工学研究科電気工学専攻 博士課程修了、博士(工学)取得 博士課程修了後 株式会社図研ネットウエイブ(株式会社図研グループ)取締役、 タック株式会社(イビデングループ)技術顧問を歴任 現在 株式会社メディネットグローバル代表取締役CEO 株式会社ヴァーチャル・エヌ代表取締役CEO

連休明けの5月7日の「第1回グローバルCOEフォーラム」というイベントに、私の指導教授だった笹瀬先生からお誘いを頂き、現在大学でどのような最先端の研究がなされているかに興味があり、久しぶりに母校を訪れることになりました。その際に、このような寄稿があると伺い、少しでも大学生活の楽しさが伝われば良いと思い、執筆をお引き受け致しました。

私は、小学生の頃に当時のマイクロソフトのMSXやPC8801を親に頼んで買って貰い、PCに興味を持ちました。漠然とではありますが、電気系に進みたいと考えていたら、高校の担任の先生に慶應理工学部の指定校推薦があるので受けたらどうだと薦められ、進学することになりました。それまであまり勉強をしていなかったので、大学に入ってからは勉強をいうよりは、自分の学びたい授業を選択し、やりたい研究をやっていました。なかでも、私にとって研究室配属は大きな影響を与えられました。

写真1 フィンランドの学会にて後輩たちと

研究室では、当時インターネットがまだ普及する前に、ブロードバンド通信の研究をすることができ、年に国際会議を2回、国内の研究会で2回、論文誌を1本書き続けました。論文を書くことだけが全てではないという方もいらっしゃいましたが、何も分からない学生にとって非常にシンプルな目標でした。そのおかげで私は、電気普及財団賞や、 2000年エリクソン・ヤング・サイエンティスト・アワード などを受賞することができました。研究に没頭できる楽しさは今でも忘れません。ご褒美といっては何ですが、国際会議に発表にいくとその国、その町を探索するために、3週間くらい旅行をしました。必死になって研究し、結果を出したら自分になにかご褒美を出すという、オン・オフのやり方は今でも変わりません。

写真1は、フィンランドで行われた学会に後輩たちと発表に行ったときの様子です。このときに、フィンランドのノキアで同級生の友人が働いていたので、現地で会うことができました。フィンランドまで来ることはめったにないだろうと思い、わざわざ、サンタークロース村にサンタに会いに行ったり、同時に、オランダでハイネケンの工場に行き、本場の生ビールを飲んだりしました(写真2)。このとき、飲みすぎて後輩は寝てしまいました。さらに、ポルトガルにも立ち寄り、MINIが展示会をやっていたので記念撮影しました(写真3)。学会では、世界の研究者と熱いディスカッションをしますが、終わってしまえばそんな思い出の多い最高に楽しい旅をしていました。

写真2 国際学会の旅行先で(オランダのハイネケン工場)
写真3 国際学会の旅行先で(ポルトガルのMINI展示会)

その後、私は、笹瀬教授の指導のおかげで1年飛び級をして卒業、そして起業し、会社の経営者となりました。現在会社の経営をしていても、大学時代、先生や先輩や後輩から学んだことがすべて活きています。当然研究そのものをご指導頂いた事はもちろん、問題解決能力や、運営方法なども学ぶことができました。確かに、研究者として一つの道を究めることも非常に魅力的です。しかし、私はより多くの研究者と出会い、その技術をどのように活かし社会に還元するかを広めることを自分の役目だと感じております。多くの慶應OBに仕事でお会いしますが、研究者がきちんと評価される環境にもっともっとしていきたいと思います。

岐阜県の財団法人ソフトピアジャパンのマイクロソフトパワーベンチャー事業に採択され、シリコンバレーに行ったときには、日本とアメリカの研究を行う環境の格差に非常にショックを受けました。しかし、日本でもやれることはあると感じ帰国しました(写真4、写真5)。

写真4 (財)ソフトピアジャパンのマイクロソフトパワーベンチャー事業に採択され、シリコンバレーへ
写真5 シリコンバレーのマイクロソフト社

私はインターネットとそれを支える技術がどのように社会を進化させられるかを追及し新しいサービスを提供していきたいと思っています。現在は、ユーレットという上場企業4000社の企業価値をボタン一つで検索できるサービスを提供しております。これは、情報過多になった社会で、人間がどれだけ効率よく情報を収集できるかを企業情報で実現したものです。就職活動している学生さんが自分の入社したい会社を調べるときにも便利です。このような横断的な検索エンジンは今後、グーグルやYAHOOとは違った意味の検索を実現する可能性を秘めております。大学時代に国際会議で発表したときのように、世界で勝負できるサービスを追求していきたいと思います。そのため日々海外の動向が気になり出かけることも多く、写真6は、スイスのカフェで商談中に現地の人が撮ってくださった1枚です。

写真6 商談先のスイスのカフェにて

社会に出て最近よく思うことですが、学生時代には研究はもちろん、経験するすべてのことに無駄なことはないと思います。大いにチャレンジし、失敗することを恐れないで、与えられたことはチャンスだと思い、挑戦し続けることが大事だと思います。そんな環境が少なくとも私がいた研究室にはあり、貴重な宝物として今も残っています。