登場者プロフィール
茅野真雄(ちの まさお)
(慶應義塾高等学校出身) 1989年3月 慶應義塾大学理工学部応用化学科 卒業(竜田邦明教授)※指導教授(以下同) 1991年3月 慶應義塾大学大学院理工学研究科修士課程修了(竜田邦明教授) 1995年4月 三菱化学株式会社入社(研究開発本部横浜総合研究所) 1996年3月 慶應義塾大学大学院理工学研究科博士課程修了・理学博士(鈴木啓介教授) 1999年11月 カリフォルニア大学バークレー校博士研究員(Jonathan A. Ellman教授) 2001年11月 三菱ウェルファーマ株式会社創薬基盤研究所 2007年10月 田辺三菱製薬株式会社研究本部研究企画部
茅野真雄(ちの まさお)
(慶應義塾高等学校出身) 1989年3月 慶應義塾大学理工学部応用化学科 卒業(竜田邦明教授)※指導教授(以下同) 1991年3月 慶應義塾大学大学院理工学研究科修士課程修了(竜田邦明教授) 1995年4月 三菱化学株式会社入社(研究開発本部横浜総合研究所) 1996年3月 慶應義塾大学大学院理工学研究科博士課程修了・理学博士(鈴木啓介教授) 1999年11月 カリフォルニア大学バークレー校博士研究員(Jonathan A. Ellman教授) 2001年11月 三菱ウェルファーマ株式会社創薬基盤研究所 2007年10月 田辺三菱製薬株式会社研究本部研究企画部
はじめに
受賞経歴のない筆者に執筆依頼が舞い降りた。各界で活躍される先輩を差置いて引き受けるのは偏に恥ずかしいのでその理由を伺うと、白羽の矢には「慶應義塾の多様性を発信したい」という短冊がついていた。優秀な卒業生とがんばっている卒業生、両方紹介したいことが分かった。義塾の熱意に寄り切られた。
工場実習
筆者が在学当時、応用化学科と化学科で構成される理工学部III類は、有機化学/無機化学/物理化学/分析化学等と多様な授業を学生に提供してくれた。なかでも思い出に残るのは大学3年夏の工場実習である。その学外講座は、まだ学生実験しか経験したことのない学生に3週間の企業現場の実習機会を与えるものであった。現金な筆者は"往復旅費支給と3食付き独身寮入寮"の文字に惹かれ「山口県の宇部興産」を選択した。一緒に実習した井上君は当時先端技術であった中空糸膜の事業部、筆者は化成品事業部(主力製品εカプロラクタムを生産する部署)に配属された。当時、宇部興産のεカプロラクタムは国内5位のシェアだったと思う。配属先のプラントは国内屈指の生産規模を誇っていた。
(注)εカプロラクタムは化学繊維ナイロン6の原料。
Beckmann転位反応
筆者にとって"主力製品"や"国内屈指"という形容詞よりも、目前の大きな反応釜の中で、授業で習った"Beckmann転位反応"が起こっていることがなにより嬉しかった。同じ化学反応でも工場となると大学とだいぶ違う。原子力発電所の中央制御室のようなところで、反応釜の内温を計器表示で確認しながらボタン操作で原料と試薬の投入を制御する。巨大な反応釜内部の様子はほとんど分からない。決められた時間が経過するとまたボタン操作で"釜だし"を行い、濃紫色に変色したεカプロラクタムの溶液が出てくる。釜の中で物凄い量のシクロヘキサノンオキシムがεカプロラクタムに化学変化したのだ。次にこの紫色の溶液を大きなイオンクロマトグラフィーカラムに通し、不純物を取り除き精製作業を達成する。当時は巨大な設備に圧倒されるだけの毎日であったが、後に研究室で研鑽を積むに従って目前で展開されたBeckmann転位反応の高い精度が分かるようになった。数多くの化学反応がこれまでに報告されているが、実生産に使われている反応はそれほど多くない。生産されたεカプロラクタムの高い純度と化学収率、そして無駄のないプロセスに裏付けられたコストパフォーマンスは、実用化された"力量ある"反応の証明だった。実習期間中にεカプロラクタムの生産効率をさらに向上させるためのイオン交換樹脂の精製検討も行った。その検討にいたる背景は良く分からなかったが、その実験を通じて企業のコスト削減に懸ける情熱を汲み取ることができた。
兀兀;こつこつ
毎日の生活は部署の先輩と一緒に出勤し、マニュアル通りに工場勤務をした後、夕方退社する繰り返しだったが、時折部署の方と一緒に宇部の町で夜遅くまでスナックのお姉さんを交えて飲んだことは楽しい思い出だ。現在、地方経済再生が国家課題の一つになっているが、企業景気が地方経済を支えていることを体験した。また、飲み会で工場のおっちゃん達から「日々当たり前の作業を確実に達成することが安定生産につながること」を教わった。εカプロラクタムは有機化学の教科書に記載される化学物質のひとつだが、宇部興産においては化学工学やイオン交換樹脂、物性分析など様々な学問の統合の象徴だった。そして工場のおっちゃん達と彼らを支える家族の力があって始めて安定生産される。製薬企業においても有機化学、薬学、医学、分析化学、統計学など多様な研究の統合によって新薬の開発が達成される。かつて組織の一員とか歯車といった日本経営を揶揄する言葉がマスメディアを賑わせたが、石垣の石一つを疎かにしては城を築くことはできない。振り返れば、あの3週間は後の研究生活の基礎を築く貴重な日々だったと思っている。小さな努力の積み重ねがあのような巨大なプラントになることを教えてくれた工場のおっちゃん達と、実習の機会をくれた理工学部のカリキュラムに感謝している。
最後に
筆者が所属する学会で活躍する義塾の関係者は実に多い。国立大学の科学者は理学部、工学部、薬学部、農学部と複数の学部から輩出することを鑑みれば、理工学部のみを源泉とする慶應関係者の数は脅威的と言えよう。これはひとえに建学以来、多くの先生方がこつこつ熱心に指導してこられた証であると思う。人生に無駄はありません。前途洋洋たる研究者の卵の皆さんも、たゆまぬ努力をこつこつと続けてがんばってください。