慶應義塾

[第42回] 竹歳 尚之

登場者プロフィール

  • 竹歳 尚之(たけとし なおゆき)

    (栄光学園高等学校 出身) 1992年 慶應義塾大学理工学部物理学科卒業 1994年 慶應義塾大学院理工学研究科 物理学専攻修士課程修了。 同年 通商産業省工業技術院計量研究所入所。 2001年 (独)産業技術総合研究所に組織改編。計測標準研究部門に配置換え。 2004年 慶應義塾大学大学院総合デザイン工学専攻にて博士(工学)取得。 2006年 経済産業省産業技術環境局技術振興課産業技術総合研究所室に出向。 2007年 独立行政法人産業技術総合研究所計測標準研究部門物性統計科熱物性標準研究室主任研究員。 現在に至る。

    竹歳 尚之(たけとし なおゆき)

    (栄光学園高等学校 出身) 1992年 慶應義塾大学理工学部物理学科卒業 1994年 慶應義塾大学院理工学研究科 物理学専攻修士課程修了。 同年 通商産業省工業技術院計量研究所入所。 2001年 (独)産業技術総合研究所に組織改編。計測標準研究部門に配置換え。 2004年 慶應義塾大学大学院総合デザイン工学専攻にて博士(工学)取得。 2006年 経済産業省産業技術環境局技術振興課産業技術総合研究所室に出向。 2007年 独立行政法人産業技術総合研究所計測標準研究部門物性統計科熱物性標準研究室主任研究員。 現在に至る。

研究で何より大事なのは、大きな目標があって、その目標に対して「粘り強く」あることです。私の場合は、その「粘り強さ」を支える素は慶應義塾大学理工学部、特に物理学科で得たと思っています。

【学生の頃】

物理学科を選んだのは、単純に物理が面白く感じたからです。あまり理屈はなかった気がします。強いて言えば、変わらない(保存される)もの(例えばエネルギーであったり、運動量であったり)、を見つけて、それをベースに現象を体系的に説明していくようなところに物理の面白さを感じていました。

学部4年、修士課程では理論研究室に入りました。理論研には世界的にも有名な先生が多数集まっており、そういう先生のセミナーや講義を受講し、今振り返ると非常に贅沢な講座だったと思います。

物理学科の先生や仲間達と

卒論、修論については高分子系のスケーリング則をテーマに高野先生、川村先生のご指導のもと、計算機シミュレーションを行っていました。スケーリング則では、高分子の化学結合に依らないユニバーサルな性質を扱っており、個人的には好きなテーマでした。

物理学科で経験したことは盛りだくさんで、寄附講座で外人の非常勤講師と週1でディスカッション(英語…)を経験し、毎春、毎秋に学会で発表し、ティーチングアシスタントとして学部1年生の力学や電磁気学の演習指導補助、そのレポート採点など、通常の講義以外でも、物理の基礎を身につける機会を人より多く頂いたと思っています。

卒業式で高野先生を囲んでの一コマ

【就職後の仕事】

修士課程修了後は当時工業技術院の下にあった計量研究所に就職しました。現在は組織改編により、独立行政法人産業技術総合研究所計測標準研究部門となっています。

計測標準研究部門は、国の「標準」を司るところです。皆さんの身の回りには、定規や体重計、体温計、ガスメータなど「はかり」がたくさんあると思いますが、例えば、定規の目盛が本当に正しいかを保証するためには、さらに細かい目盛を刻んだ定規で確認する必要があります。計測標準研究部門はその目盛を国として保証する機関で、長さ、温度、時間などの基本量について「最高精度の目盛りを持つはかり」=「国家標準」を保有しています。ここでは、国内の様々な「はかり」の目盛の信頼性の源がこの「国家標準」につながるよう体制を整備するほか、外国との間で目盛りが一致するように海外の関連研究機関と実験的に確認したり、国家標準の目盛の更なる高精度化を図る基礎的な研究を推進したりしています。

上の話からもわかるように、この部署で研究するということは、実験のスキルがないと基本的には使えない人材であることは明らかです。実際、私の与えられたテーマは、薄膜の熱物性計測技術でして、レーザを使って非接触で定量的に薄膜の熱伝導率を計測する技術を開発し、標準を整備するというものでした。

当たり前ですが、最初の1年は全く結果も出ず、鳴かず飛ばずでした。物理科理論研で計算機を使った高分子系のモンテカルロシミュレーションをやっていた修士卒の人間がすぐに実験で成果を上げられるはずはありません。正直だいぶ長い間劣等感がありましたし、当初課題に取り組む際に戸惑いがなかったと言えば嘘になります。

ただ、次第に装置開発にも慣れてきて、少しずつ成果を出せるようになってきました。今にして思えばそのような好循環に発展した要因は、「粘り強く」研究を続けられたことだと思っています。その「粘り」を支えたものの一つと自己分析しているのが、学生時代に叩き込まれた物理の基礎、土台です。計測技術というのは実際その当事者として取り組んでみると、その計測の原理が物理現象に基づいていますので、電磁気、力学、光学、統計力学、物理数学など、使っている計測器がそもそも何を見ているのか考える際に、役に立たなかったものはありませんでした。これら物理の基礎知識は応用範囲が広く、知識は乏しいながらもそれに応用を効かせることで、「粘る」ことができたと思っています。

もう一つ「粘り」を支えたものは、当時物理学科主任であり指導教官であった川村先生の「物理屋は何にでも面白がって取り組まなくてはならない」という言葉です。どんなシチュエーションで言われたかが思い出せないのですが、未知のことに対し面白がることができれば、粘れるのは当たり前です。このマインドは、自分が苦しいなと思っている時には忘れがちなものです。我ながら運がいいなあと思うのは、ちょうど苦しい時にその言葉を思い出すきっかけのようなイベントが都合よくあったことです。理論研の先輩の結婚式には、ずいぶんたくさん呼ばれましたし、本塾の非常勤講師として物理学科の学生に話をしたり、本稿の執筆を頼まれたりと、卒業しても何かにつけて縁があり、この言葉を忘れかけていた頃に、そういうことがありました。

幸運にも助けられて、この研究については研究所からも支持が得られ、継続的に実施することができました。おかげさまで成果もまとまったものとなり、本テーマと関連の深い本塾理工学研究科システムデザイン工学専攻の長坂先生の熱心なご支援を得て、博士論文としてまとめることができました。

現在では、研究を発展させる一方で、成果の一部は民間企業に移転したり、自分が関与した技術をもとにした標準が供給されるようにするなど、研究成果を単に研究成果として終わらせることなく、社会に成果を還元するための仕事もしており、充実した毎日を送っています。

慶應物理学科で培った物理に対する基礎体力と先生からの言葉は、決して失われることのない一生ものの私の財産です。

2003年ナノテクシンポにて(テニスでアキレス腱断裂状態での発表)
海外での学会にて(懇親会前)