慶應義塾

[第15回] 落合 正行

登場者プロフィール

  • 落合 正行(おちあい まさゆき)

    (慶應義塾高等学校 出身) 1974年3月 慶應義塾大学工学部管理工学科卒業 1976年3月 慶應義塾大学商学部卒業 1976年4月 株式会社三越入社 1981年11月 株式会社紀文入社 1982年2月 株式会社紀文システム開発社長 1997年9月 株式会社紀文本店社長 現在に至る

    落合 正行(おちあい まさゆき)

    (慶應義塾高等学校 出身) 1974年3月 慶應義塾大学工学部管理工学科卒業 1976年3月 慶應義塾大学商学部卒業 1976年4月 株式会社三越入社 1981年11月 株式会社紀文入社 1982年2月 株式会社紀文システム開発社長 1997年9月 株式会社紀文本店社長 現在に至る

下の写真は我社の2004年12月に羽田空港第一ターミナルビルにオープンした『出来たてエッグタルトの店』である。当社はデパ地下を中心に、おでんなどの惣菜や出来たてのお菓子の店を運営しており、おいしい商品の開発とお店の新規開発をするのが、今の私の仕事である。自分で食べたいと思うものやこんな店があったらいいなと思う店を、若いスタッフ達と一緒になって作り上げていく時のワクワクする楽しさや、胃の痛くなるようなプレッシャー、苦労をも共に乗り越えて開店にこぎつけた時の達成感には、何ものにも替えがたい格別のものがある。

羽田空港の『出来たてエッグタルトの店』

まわりからは理系とは縁遠い仕事と思われているようで、『工学部卒です』というと大変意外な顔をされる。しかしながら、私にとっては慶應義塾大学工学部で学んだ4年間は、仕事をしていく上での考える力をもたらしてくれた。困難にぶつかった時に、その力は大変大きな心の支えとも自信ともなっており、自分の人生にも多大な影響を与えてくれたと思っている。

小さい時に持っていた「科学者になりたい」という夢を抱いたまま、喜び勇んで入学した工学部だったが、学生時代を振り返り思い出すことは、入学早々の電磁気学の授業がさっぱり解らず、大きなショックを受けたこと。聞いてみるとまわりの皆も同様な思いであり、同級生たちと一所懸命自習に励んだものだった。フランス留学を夢見て、フランス語づけの生活だった教養課程。管理工学科に進級してからは、実験と演習とレポートに追われた日々。アセンブラー言語で書いたプログラムが動かず、連日連夜、コンピュータールームに通ったこと。そしてI・Eの川瀬研卒業研究では、連日のように徹夜して、先輩や同級生に助けてもらい何とか仕上げたシステムダイナミックスのモデル。

本当に情熱を持った先生が大勢おられ、私達を導いて下さった。そして工学部で学んだ4年間は数え切れない思い出と、多くの生涯を通じた恩師・友人を得た素晴らしい4年間であったと感じている。

研究室の仲間と一緒に

また慶應義塾の特徴として、OBの結束が強いとよく言われおり、このことについて最後に触れたいと思う。

福澤諭吉が塾員同士の助け合いや協力を大事にした事から、今も塾の基本理念として『社中一致』という言葉で引き継がれてきているが、その象徴的な活動に三田会活動がある。それは卒業10年、20年、30年、40年を迎えた卒業生達が幹事となり、毎年秋に日吉キャンパスで大規模なホームカミングデーを催すことだ。

昨年は我々が卒業30年の年代にあたり、その中心となり、私も実行本部長として代表幹事を務めた。実行委員として参加した人は総勢1,000人を超え、10月17日の大会当日は17,000人の参加者という大規模なものであった。1年以上前からいろいろなパートに分かれて準備をし、同級生の松任谷正隆君と中村雅俊君のライブショーや、やはり同級生のユビキタスコンピューターで有名な坂村健君の講演会、50店を越える飲食の模擬店の出店など様々な催しを行った。10年ごとの4世代にわたる卒業生たちが力を合わせて一つのことをやり遂げていく。大きなエネルギーと時間を使った活動で大変な一年であったが、終了後に皆で成就したという達成感と連帯感には素晴らしいものがあった。そしてこれを機に同級生や先輩・後輩の連帯感が更に深まり、充実した同窓会活動が築かれている。他の大学からは羨ましがられる慶應義塾卒業生の結束力というパワーを実感した次第である。

昨年開催された連合三田会大会の風景