登場者プロフィール

池田 幹朗(いけだ みきお)
(市川学園市川高等学校 出身) 2005年3月 慶應義塾大学 理工学部 管理工学科 卒業 2007年3月 慶應義塾大学 大学院理工学研究科 基礎理工学専攻 修士課程 修了 現在 Amazon UK

池田 幹朗(いけだ みきお)
(市川学園市川高等学校 出身) 2005年3月 慶應義塾大学 理工学部 管理工学科 卒業 2007年3月 慶應義塾大学 大学院理工学研究科 基礎理工学専攻 修士課程 修了 現在 Amazon UK
会社の社内公募に挑戦し、2024年末に家族とともに英国ロンドンへ移り住みました。
冬のロンドンは日が差さず、朝8時でも街はまだ暗く、15時を過ぎると空は早くも夜を迎えます。薄暗い朝靄の中を歩きながら「ここで自分はどう価値を出していけるんだろう」と、立ち止まることが何度かありました。
そんな時こそ、学生時代に身につけた“考える型”が、少しずつ自分を前に進めてくれました。
専門や職種が変わっても、学生時代に身につけた「考え方」が自分を支えてくれる——それをいま改めて実感しています。
ロンドンでの出会いをきっかけに「塾員来往」へ寄稿する機会をいただき、朝妻先生ならびに関係者の皆様に心より御礼申し上げます。
1.栗田研究室で学んだ「問いの立て方」
私は2005年に管理工学科を卒業し、2007年に修士課程を修了しました。栗田治先生の下で、都市を対象としたオペレーションズリサーチ(OR)を研究していました。ORとは、現実の問題を数学モデルとして捉え直し、分析や最適化を通じて意思決定を支援する学問です。栗田研究室では特に、都市や社会現象といった複雑で幅広い対象を扱っていました。テーマ選びの自由度が高く、思考と技術の両方を鍛えられる点に魅力を感じていました。
ORで学んだのは数式そのものよりも、数式に至る前の「問いの立て方」でした。
卒業論文では、新規美術館を建てる場合に、都心と駅から離れた場所で集客がどのように変わるのかを考えました。修士論文では、MNP(Mobile Number Portability)が日本で始まる前に、その影響を評価しました。いずれも、数式を組む前段階にある「何を、どの視点で、どう測るのか」という思考が成果を左右します。毎週の輪講を通じて、その思考過程を鍛えていただいたことが、今の自分の礎となっています。
研究熱心な学生生活だったとは言い切れませんが、悩んでいた時に博士課程の先輩がスポーツカーで深夜のラーメンに連れて行ってくださったこと、多くの方にプログラミングの基礎を教えていただいたことは、忘れられない思い出です。
研究室では、思考や技術を鍛えただけでなく、一人で抱えず、言語化して相談しながら前に進む感覚も身につけました。
それも研究室で得た大切な財産でした。
2.研究室の外へ:現代美術と“混ざる”面白さ
研究とは少し外れますが、今は亡き現代美術の近藤幸夫先生の授業を履修したことをきっかけに、東京芸術大学の学生と一緒に作品を作り、来往舎で展覧会を開いたことも忘れられない思い出です。知的好奇心を入口に、専門の異なる人とつながり、何かを形にできる——総合大学の良さを実感しました。
芸大生が考えたアイデアをもとに、慶應の学生の写真と動画を集めてメディアアートを制作しました。一人ひとりの何でもない思いや言葉が、芸大生のアイデアのもとで作品になっていく過程は、普段の研究生活とは異なり刺激的でした。
このとき芽生えた「科学と芸術の両方を知り、そのあいだに立つ面白さ」が、その後の選択に影響を与えました。
3.美の世界から留学へ
当初は社会インフラに関わる仕事を漠然と考えていましたが、就職はLVMHの新卒プログラムを通じて、フランスの化粧品ブランド Guerlain に入社しました。
売れ筋は数色しかないにもかかわらず、何十色も並ぶリップスティック。価格が高ければ高いほど付加価値があるように見えるビジネス。自分が慣れていた効率化や最適化とは異なる価値の置き方がある“美”の世界を、感性だけではなく構造として捉えようとしました。
その後、改めて経営を体系的に学びたいと考え、London Business School へ留学しました。当時の上司から「人生は長く、自分で道を切り開いて進んでください。2つも修士を修めるなんて素敵ですね。」と快く送り出していただいたことが忘れられません。留学中、異なる背景の人たちと議論しながら考えを磨く時間は、学生時代の「問いの立て方」と地続きでした。
場所や領域が変わっても、思考の筋力は再現できる——それを確かめた期間でもありました。
4.卒業後も続く研究室の縁:ファッション×科学
卒業後は外資系企業の日本法人で働くかたわら、慶應の同級生が立ち上げたファッションプレスの顧問も務めました。ファッションプレスは、ファッションを中心にライフスタイルの情報を発信するオンラインメディアです。10年以上蓄積されたパリやミラノのコレクション写真を、読者により魅力的に伝える方法を模索していました。
そこで、栗田研究室の先輩で、当時東京大学 生産技術研究所の准教授でいらした本間先生を頼りました。テーマは「類似度」でした。膨大な写真の中で、何が似ていて、何が違うのか。人が感じる“近さ”をどう定義し、どう扱うのか。3年以上の共同研究で、蓄積された写真を用いたさまざまなモデルを検討しました。研究成果の一部は実装されているので、よろしければファッションプレスのコレクションページをご覧ください。
卒業後10年以上経ってもすぐに頼れる先輩がいること、研究室の縁がプライベートの活動まで拡張してくれたことを、嬉しく思いました。
感性の世界と数学の世界を行き来しながら、新しい価値を生み出せることを実感した出来事でした。
5.Amazonでのいま:科学とビジネスのあいだで
その後、Amazonで勤務する中で、海外で働いて日本以外の市場に携わりたいという思いが強くなりました。相談に乗ってくれた上司のサポートと、最後は同僚が私を推薦してくれた後押しもあり、ロンドンオフィスへの異動が実現しました。現在はロンドンにて、Amazon上でビジネスを展開する中小企業向け広告マーケティングチームのファイナンスを担当しています。日本・EU・米国を含む22市場にわたり、中小企業の成長と成功を支援するのがミッションです。
今いる部門では、サイエンティストやエコノミストのチームと連携し、施策を評価し、意思決定を支える仕事があります。ここでも私は、科学とビジネスのあいだに立っています。
業界が変わっても「現実を捉え直し、意思決定を助ける」という仕事の本質は変わらない——それが学生時代から今につながる一本の線です。
世界中に関係者がいて、正しさや優先順位が少しずつ違う中、どこまでを共通方針にし、どこからを例外として扱うのか——まとめるのに苦労することもあります。どんな時も感情の強さに引っ張られずに「何を目的とするのか」「比較の軸は何か」を言語化していく。
ORで鍛えられた“問いの立て方”が、今も自分の役割を支えています。
6.小さな言語化が、現実を動かす
振り返ると、私のキャリアは「まず言葉にしてみる」ことで動いてきたように思います。研究室の外に出て展覧会を開いたことも、就職から留学につながったのも、先輩に頼って共同研究を始めたことも、海外で働きたいと上司に相談したことも、すべては小さな言語化から始まりました。
想像できることは実現できる、というよりも——“思いを言葉にし、人に頼り、手を動かす”ことで現実に近づいていくのだと思います。
学生時代に培った思考の磨き方は、一生の財産です。現在の仕事は当時の研究分野と直接一致しているわけではありませんが、学生時代に過ごした時間が今の私の礎になっています。今年ご退官される栗田先生に、改めてご指導への感謝を申し上げます。