慶應義塾

[第216回]杉浦 健太

登場者プロフィール

  • 杉浦 健太 (すぎうら けんた)

    (慶應義塾高等学校 出身) 2016年3月 慶應義塾大学 理工学部 生命情報学科 卒業 2017年9月 慶應義塾大学大学院 理工学研究科 基礎理工学専攻 修士課程 修了 2020年9月 慶應義塾大学大学院 理工学研究科 基礎理工学専攻 博士課程 修了 2020年10月 慶應義塾大学 理工学部 訪問研究員(日本学術振興会特別研究員DC1-PD) 2021年4月 群馬大学 生体調節研究所 博士研究員 2023年10月 群馬大学 生体調節研究所 特別研究員(日本学術振興会特別研究員PD) 現在に至る 受賞歴 慶應ライフサイエンスシンポジウム ポスター賞 (2017年度) 群馬大学 生体調節研究所 ホープ賞 (2022年度) 群馬大学 生体調節研究所 若手優秀賞 (2023年度)

    杉浦 健太 (すぎうら けんた)

    (慶應義塾高等学校 出身) 2016年3月 慶應義塾大学 理工学部 生命情報学科 卒業 2017年9月 慶應義塾大学大学院 理工学研究科 基礎理工学専攻 修士課程 修了 2020年9月 慶應義塾大学大学院 理工学研究科 基礎理工学専攻 博士課程 修了 2020年10月 慶應義塾大学 理工学部 訪問研究員(日本学術振興会特別研究員DC1-PD) 2021年4月 群馬大学 生体調節研究所 博士研究員 2023年10月 群馬大学 生体調節研究所 特別研究員(日本学術振興会特別研究員PD) 現在に至る 受賞歴 慶應ライフサイエンスシンポジウム ポスター賞 (2017年度) 群馬大学 生体調節研究所 ホープ賞 (2022年度) 群馬大学 生体調節研究所 若手優秀賞 (2023年度)

この度「塾員来往」に寄稿する機会をいただきありがとうございます。一塾員として嬉しく思います。塾内高生も含め、理工学部への進学を目指す多くの方の背中を押すコラムにできれば幸いです。

クマムシという小さい生き物の繁殖生態を研究して博士となり、今は研究者としてご飯を食べています。「成績はよくなくても、杉浦みてたらなんとかなるかも、道が見つかるかも」と思ってもらえるたら嬉しいです。

ポンコツだった高校・大学時代

吉田祐貴くんのレポートを読む塾高時代の執筆者(吉田くん撮影)

私は慶應義塾高校に入学し、塾生としての生活をスタートさせました。ドラマや漫画の影響から医療に興味があったので、最初は医学部への進学を夢見ていましたが、高校1年の前期期末試験でその夢は儚く散ることとなりました。

塾高時代の成績は全く奮いませんでしたが、たまたま席が隣になった吉田祐貴くんのレポートを拝読しなんとか乗り切った、そんな高校時代でした。

理工学部への進学では、当時の学問3、5、1を志望しました。医療系の仕事や研究に携わりたいと思っていたため、生物系ど真ん中の生命情報学科、また生物とは違った視点からも医療に貢献できる応用化学、応用物理学科に進級できる選択をしました。大学に進学しても、必修科目は落第、英語もダメ、高校から続けていた體育會フェンシング部も途中で逃げ出してしまいました。

友人たちの支えもあり運良く生命情報学科へ進級でき、なんとか2年次に必修単位を取り切って、無事矢上キャンパスへの通学が現実となったときの喜びは、とてつもないものでした。

念願の矢上キャンパスで友人と勉強をする執筆者(左)。生命倫理の授業で習った脳死判定を試している。

当時は学部3年生に進級するタイミングで、アルバイトでもしようかな〜、と思っていた矢先に飛び込んできたのが、恩師・松本緑准教授(理工学部生命情報学科・当時)が募集していた「クマムシを育てるバイト」でした。日本を代表するクマムシ学者である鈴木忠准教授(慶應義塾大学医学部・生物学教室)が南極へ調査に行かれており、半年間留守にする間のクマムシ飼育をする、という名目のバイトでした。

バイトの初日に、クマムシを初めて顕微鏡で見たあの瞬間のことは、今でも昨日のことのように覚えています。4本の脚で不器用に歩く姿、つぶらな瞳、漫画でみる「恋に落ちる」というものを味わった気分でした。このクマムシとの出会いから大きく人生が変わり、学部の卒業から博士学位の取得までクマムシと歩むことになりました。

やはりポンコツではあった修士・博士時代

学部4年次には研究室配属があり、私は一目惚れしたクマムシを研究材料とするべく、松本緑研究室の扉を叩きました。研究室では生物が持つ独自の繁殖方法、一言で表すと「生殖戦略」をテーマとして掲げており、私もクマムシの生殖戦略をテーマとして卒業研究に取り組むこととしました。とは言っても研究室でクマムシを使った実績があるわけでもなく、バイトとして経験していてもクマムシの研究は大変難しいものでした。

状況に打ちひしがれSNSをみていると、高校時代に化学Bのレポートを見せてくれた吉田祐貴くん(環境情報学部・当時)の投稿が目に飛び込んできました。“国際クマムシ学会でイタリアなう(要約)”なんと高校時代に隣で勉学に励んでいた友人(こちら的には一方的にスネをかじっていた)が、同じクマムシを対象に研究をしているということがわかったのです。

そこから吉田祐貴くんの指導教員である荒川和晴教授(慶應義塾大学先端生命研究所・所長)の研究室へ勉強させてもらいに伺うなど、大きく私の研究が発展していきました。慶應義塾では、学部といった色々な枠組みを超えた出会い、繋がり、信頼を得ることができると感じた瞬間でした。

吉田祐貴くんと鈴木忠さんと、クマムシを持つ執筆者。(左から執筆者、吉田くん、鈴木忠さん)
学部から博士課程を乗り切った生命情報学科の仲間たちと。(写真中央が執筆者)
博士の学位記をもらった日。(写真右上が執筆者)

また研究の軸となったのが、松本緑研究室でモットーにしている言葉「Study nature, not books」、つまり<本に書かれていることだけではなく、自分が見た自然の理を追求しろ>と解釈できるこの言葉です。たまたま観察に成功したクマムシの交尾行動を追求し、最終的には「クマムシの生殖戦略」と言える形で論文を出版、博士の学位を取得することができました。

ずっとポンコツな現在

現在私は、群馬大学生体調節研究所の細胞構造分野で、線虫という生物を材料として生殖の研究を進めています。線虫ではひとつの細胞レベルでの研究が行えるため、クマムシより詳細な生き物のメカニズムを調べることができます。

自分の研究分野を広げたい、最先端の技術を習得したい、と思い、群馬大学にやってきましたが、まだまだ私もこのレベルでは不勉強なポンコツな存在です。それでも私の面倒を見てくれると雇ってくださった佐藤健教授(群馬大学生体調節研究所)には頭が上がりません。

現在はいつかクマムシの世界に戻ることを夢見て、日夜線虫の研究に励んでいます。ちなみに今回のコラムのプロフィール写真は、群馬に来てからクマムシを採取しに登山した際の写真です。

恩師・松本緑さんと、現受入教員の佐藤健さん。群馬で開催したクマムシ学研究会にて。 (左から松本緑さん、執筆者、佐藤健さん)

絶滅危惧種の研究者から産まれた研究者は絶滅するか?

「絶滅危惧種の生物学者」、これは恩師・松本緑の退職者最終講義(定年退職される教員の最後の講義)のタイトルです。松本緑は自らを「絶滅危惧種」と称しており、彼女から研究を教わった我々は「絶滅危惧種の子孫」であると言えます。自らをそう称した恩師の言葉に対して、僭越ながら以下の言葉をお返ししたいと思います。

「Life finds a way」<生命は必ず道を見つける>これは「絶滅した恐竜たちを蘇らせた」という世界感の映画での一節で、人為的な操作によって卵が孵らないように仕組まれた恐竜たちでも、限られた環境の中で殖え、生活をしていく様を目の当たりにした研究者が発したセリフです。あなたから教えを乞い、半学半教精神のもと共に研究を繰り拡げた我々は、たとえ絶滅に瀕したとしても生き残る術を持っている。これから理工学部へ進学される方々にも、その精神・教えは受け継がれていくのだろう、決して絶滅することはないだろうと思います。また、進みたい道を明るく照らしてくれる環境が慶應義塾大学理工学部にはあると思っています。そう恩師に解答し、末筆とさせていただきたいと思います。